●駅へ向かう
(不気味な依頼だな。こういうの苦手なんだ)
行方不明になった父が残してくれた杖をギュッと握りしめて。山里赤薔薇(
jb4090)はそう思った。
埼玉に現れた悪魔・レガに果敢に立ち向かい、大きな傷を負った彼女。それでも。駅の平和を守りたい、そう思ってやって来た。
その彼女を気遣って同行した桐ケ作真亜子(
jb7709)は、不安そうな赤薔薇の顔を見て思う。
(山里さんはボクが守る! 駅の平和もボクが守る! ……多分)
後半は付け足しっぽいが、今は何より赤薔薇が心配なのだ。
そんな二人の横で。レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)は澄んだ青い瞳で件の駅を眺め。ふむと思わせぶりに頷き、むにゃむにゃと謎の祈祷を始める。その様子に、赤薔薇と真亜子はドキッとする。
銀白の髪を揺らし、浪風 悠人(
ja3452)は穏やかに微笑んだ。
「不気味なところは何かが潜みやすいですよね」
幽霊や動物や天魔などはこういう場所に住みつきやすい。警戒しよう、と思った。
「人が集まる所で、罪もない人を惑わせて危険な目に遭わせるのは止めなければなりませんね」
黒いブーツで歩きながら雁鉄 静寂(
jb3365)が言った。
「誰しも家族や大事な人がいます。電車が安全でないと皆さん困りますし、悲しい事故も起こります。それは食い止めなければなりません」
静寂の言葉は、ここに集まったみんなの気持ちだ。いや、レティシアは本当を言えば怪異の正体を暴く方に興味がいっているのだが。そういうことは口に出さず、ただ愛くるしく彼女は微笑むのだった。
「私様的におじいさんがスゴい怪しいのよね」
七七(
jc1530)は、事前に聞いた証言者たちの話を思い返す。
その中に出てきた謎めいた老人のことや、駅舎の配置など。事前に確認しておくために、彼らはまだ日の高いうちにその場所に向かっていた。
●画像の謎
「すみません。依頼を受けまして来ました、撃退士の七七という者です」
七は駅務室に行き、生徒手帳を駅員に見せた。
「証言者のお話に出てくる不審な人物について調査しているのですが。事件当初から今日までの監視カメラの記録を拝見させて貰えないでしょうか?」
部外者に見せられないなら、駅員が確認する形で、事件が起こった前後の時間帯だけでも良い。レティシアがもの柔らかに言葉を添える。
駅員はとまどった様子だったが。駅長がデータを確認することを承知してくれた。
膨大な映像をチェックするのは七に任せ。レティシアは横で携帯を取り出し、ネットを検索し始める。白い翼の『何か』についての初めての書き込みを探し。そこから逆算して噂の浸透速度を割り出す。噂を人為的に煽っている何者かの思惑が、怪異の裏に見られないか。それを確認しておこうと思った。
静寂は駅員に直接質問した。件の和服の老人は、どの時間帯にホームのどの位置でよく見かけられるのか、と。しかし、その答えは意外なものだった。.
心当たりはない、と駅員は答えたのだ。昼間ならともかく、事件の起こる夕方から深夜に駅を利用するのは勤め人がほとんどだ。和服の老人には思い当たる節がない、と言う。
それでは、あの証言は? あの老人は、偶然通りかかっただけの人物なのだろうか。眉根を寄せる彼女は、やがて更に衝撃的な情報を聞く。
七が。映像データのどこにも、それらしい老人を見付けられなかったのだ。
証言にあった事件らしい、男が急に叫びだす場面にも。横に、若い女がぼんやりと立っているだけで、老人など影も形もない。
それとは対照的に。『白い翼』と呼ばれるモノは、画像のあちこちに映りこんでいた。動きが早く、多くは一瞬でカメラの視界から消えてしまうが。スローで見ていくと、確かに存在が確認できる。
撃退士たちは頭を抱えた。とりあえず、翼は実在する。映像に残っていることからも、やはり天魔である可能性が高い。
老人については……いったん保留しよう。証言者のカン違いかもしれないし、作り話の可能性さえある。
その後、七は駅のあちこちを歩き、施設を確認して回った。悠人は駅員から、彼らがホームを捜索する頃に通過するという回送列車の予定通過時刻を確認した。ネットの噂は、特に怪しげなものは見つからなかったが。それはそれで結構なことだ、とレティシアは考えた。
そんな情報や、互いの連絡先を交換し。逸れたり散開した際にも連絡が取れるようにしておく。それぞれに、暗闇での捜索の準備を整え。
やがて。明かりの落とされた無人のホームに踏み入る時を迎えた。
●夜のホーム
この駅の屋根は全体に低い。長身の七には動きにくいため、駅務室でモニターを監視し、全体をチェックする役となった。
使われていない小屋や朽ちかけた社があり、あやしげな単式ホームの調査にはまず静寂とレティシアが向かうことになった。
赤薔薇と真亜子は主に島型ホームを探索。悠人も、赤薔薇をいつでもフォロー出来る位置で進む。
(何か怖いな。敵と戦ってたほうがマシかも……)
そう思う赤薔薇の横で、
「山里さんはボクが守る! 指一本触れさせないぞ!」
絶対離れない! と真亜子は肩に力を入れて歩いている。赤薔薇はそれを、すまなそうに見た。
「マァちゃん、ごめんね、怪我して迷惑かけて」
その言葉に。
「ボクが撃退士になったのは、あなたを守るためだから。気にしないでいいよ」
真亜子は親しい人の前でだけで出せる、優しい声で言った。
静寂とレティシアは、慎重に進んでいた。終電後とはいえ、駅前広場の街灯は一晩中ついているし、周りの建物の明かりも漏れてくる。完全な闇ではない。
だが、古くて摩耗した不揃いな階段を下り。放置された、がらんとしたホームに立つと、緊張感が押し寄せてくる。何かが起こる。そんな気配がする。
それに気付いたのは、線路を隔てた島型ホームにいる悠人だった。板で扉も窓もふさがれた小屋。その壁を。すり抜けてくる白い影があることに。
阻霊符に手を伸ばす。だが、翼は速かった。
まっすぐ静寂に突っ込んでいく。彼女は咄嗟に迎撃態勢を取った。
Turbinoso G4。その黒く輝くエレキギターが嵐の如き音色を発し。衝撃波が、翼に襲いかかる。勝敗は一瞬。白い塊はホームに落ちた。
だが、敵は一体ではなかった。倒した瞬間に、静寂の体を別の翼が通り抜けた。悠人が阻霊符を発動し終わるまでの、一瞬の出来事だった。
静寂はホームにぺたりと座り込んだ。光纏が解ける。そのまま。彼女は汚れたコンクリートにうつ伏せて、激しく泣き始めた。
レティシアにも白い影が襲いかかる。一体を避けながら、死者の書を開き、別の一体に攻撃を仕掛ける。本から飛び出した白い羽根のようなものが、相手を地に落とす。
それでようやく一息つくことが出来、彼女は泣いている静寂に向け、「聖なる刻印」を発動させた。状態異常を打ち消すわけではないが、それに対する耐性を高めることが出来る。静寂の泣き声が少しずつ低くなっていった。
「山里さん、駅舎に上がって下さい。桐ケ作さん、彼女をお願いします」
悠人はそう言い。長い銃身が特徴的なラストラスLA7に武器を持ち替える。単式ホームに向かうには、線路に飛び降り横断するのが一番早道だが。
時計を確認する。上りの回送電車が通過する時刻が迫っている。彼は仕方なく、階段を駆け上った。
力なく単式ホームに伏せる静寂のポケットで、スマホのアラームが鳴る。悠人から時刻を聞き、列車の通過時刻に合わせておいたのだ。
それと同時に、ヘッドライトを光らせて回送電車が島型ホームの横に猛スピードですべりこんでくる。
真亜子は赤薔薇の手をギュッと握った。線路に絶対落ちないように。二人は警戒を強め、しっかりと身を寄せ合った。
(さっさと終わらせて特製チラシ食べたい。お腹へった)
そう思う真亜子のため息を不安と受け取ったのか。
「大丈夫、きっと上手くいく」
ささやく赤薔薇の声が。彼女の耳に温かく響いた。
回送列車が通り過ぎ、一瞬ホームが静まりかえる。その時、どこに隠れていたのか。
また一斉に、白い影が彼らに襲いかかった。
「マァちゃん、無理しちゃダメだよ!」
自分をかばおうと、前に立った真亜子に。赤薔薇は懸命に声をかける。そんな言葉は。今の真亜子にとって、百万人の応援と同じだ。
まっすぐに飛んでくる白い塊に向け、ツヴァイハンダーFEの長い刀身を振り抜く!
線路に落ちた翼は、醜い骸を晒す。
悠人は階段の上で、七と合流した。彼女も、仲間を助けようと駅務室から飛び出してきたのだ。単式ホームへの歩きにくい階段を駆け下りる。身をかがめながら走る七は、少し遅れる。
ホームに下りると同時に、悠人は引き金を引く。青い半透明の彼のアウルが弾丸になって敵を打ち砕く。
「私様の絶対零度の衝撃。あなたはどう反応するかしら?」
七の声が響く。パイルバンカーアブソリュートゼロを装着した彼女の拳が、絶対零度の杭を連撃で白い影に叩きこむ!
悠人は倒れている静寂を起こし、揺さぶった。
限りなく黒に近い群青の瞳が。ぼんやりと、悠人の顔を見る。
「あ……。私……。試合、試合が、私のせいで……」
うわずった声に。悠人はあえて強く言う。
「雁鉄さん。俺が、分かりますか?」
「え……」
静寂は呟いた。だんだんと、目に光が戻ってくる。
「浪風、さん。依頼、で、一緒に。そう、私……これ以上被害が広がらないよう、食い止めようと……」
大丈夫そうだ、と悠人は息をついた。だが、すぐに戦闘に戻るのは無理だろう。
一方。戦いを続けながらもレティシアは冷静に状況を分析していた。
「主人から受けた命令はシンプルなもののようです」
翼たちの攻撃には一貫性がない。とりとめもなく、目についた相手に襲いかかるだけだ。阻霊符が働いている今、透過も出来ないのにむやみやたらに突っ込んでくる。
「主人が近くにいて指示しているのなら、もう少し知性的な動きをしますよね」
ということは、とりあえずここにいるモノたちを倒せば。話は終わる、そういうことだ。
全員がそう理解した時。銃声が響き、目に映る最後の白い塊がホームに落ちて屍となる。
島型ホームから駅舎に上がる階段の途中に。バスターライフルAC−136を構える赤薔薇がいた。
●薄暗闇の中の影
もう一度、ホームに静寂が落ちる。だが、緊張を解くことが出来ない。いつ、どこからまた、アレが現れるか。撃退士たちは感覚を研ぎ澄まし、その気配を感知しようとする。
それを。拍手の音が、断ち切った。
「アレらをこうも簡単に倒すとは、大したものですな」
利用客は残っていないはずのホームに。影のように、和服を着た老人がいた。
「残りはあの小屋に閉じ込められているようだから、とりあえずは襲われる心配はなさそうです。お嬢さんたちも下りてきなさい」
と老人は階段を見上げた。こっそりのぞいていた真亜子と赤薔薇が。顔を見合わせてから、警戒した様子で下りて来て、仲間たちに合流した。
「あの、貴方は?」
ようやく正気を取り戻した静寂が、ふらつきながら立ち上がり、礼儀正しい口調で問いかける。
「どうしてここに」
「名乗る名はもうない、ただの老いぼれです」
老人の答えに。撃退士たちは、顔を見合わせる。
「あなたは、あの白い翼と関わりがあるのですか?」
軽快しながら、彼女は言った。
「もし、教えていただけるなら。お礼に、名物の駅弁をご馳走させていただきますが」
その言葉に。老人は目を丸くし。それから、呵々と笑った。
「優しい言葉ですな。そんな言葉は久々に聞いた」
暗い穴のような目が。閉鎖された小屋へと移る。
「あれが何かは、私は知りません。ですが、あれに憑かれた人間が心を狂わせ、自ら線路に飛び込む……そんな有り様は、見るに耐えませんでな。何かせねばと思いはしても、このような身と成り果てては出来ることもなく、悔しい思いをいたしました」
しわだらけの手を、老人は眺める。その手が、一瞬透けて見えた気がして。赤薔薇は目をこすり、レティシアはわずかに眉をひそめる。
「それだけですよ。ではお嬢さん」
老人は崩れかけた社の方に二、三歩、足を踏み出し。それから静寂を振り返り、笑った。
「お気持ち、嬉しかったですぞ。ありがとう」
その時、また彼女のスーツのポケットで、スマホのアラームが鳴った。
轟音を立て、隣りの島型ホームの脇を下りの回送電車が走り抜けていく。一瞬、みんながそれに気を取られ。また、視線を戻した時には。
老人の姿はホームから忽然と消えていた。
●約束の海鮮ちらし
残りのサーバント三匹は、連絡を受け応援に駆け付けた管轄の撃退署の撃退士が仕留めた。
疲れ切った六人の撃退士たちには。駅長が、用意していた名物駅弁をご馳走してくれた。
「……納得いかない」
駅務室でちらしずしを口に運びながら。悠人がぽつりと呟く。
またしても。監視カメラの記録に、あの老人の姿はなかったのだ。
確かに、日頃乗客が立ち入らない単式ホームは監視対象ではない。だから、カメラに映らない場所も多い。だが、並んで立つ撃退士たちは映っているのに、その正面にいたはずの人物が影も形もないのでは。納得いかない、としか言い様がない。
撃退署から来た応援は話を聞いて、
「あんたたち、あのサーバントに集団幻覚でも見せられたんじゃないか」
と言ったが。
サーバントに直接触られたのは静寂だけのはずなのである、全員の記憶が正しいとすればだが。
「もし幽霊だったのなら、社の修繕くらいは手伝えるな」
七が思い付いたように言い、真亜子と赤薔薇がひいと悲鳴を上げて手を取り合う。
「調べてみたんですが」
駅長が首をかしげながら、厚い本をめくった。
「あの社は、ホームの事故で亡くなった方々の霊を慰めるためのものだったようでして。いつしか忘れられてしまい、私が来た時にはもうあの有様でしたが」
「修復してください。お願いします」
赤薔薇が必死な面持ちで訴えた。その横で、真亜子がウンウンとうなずいている。
黙ってそれを聞きながら。レティシアはひとり、成程、とうなずき。
「雁鉄さん、すごい申し出しちゃいましたね。でも、約束は守らなくちゃ、ですよね?」
微笑んで。さりげなく退路を断った。
「や、約束……。そうですよね」
固まった表情のまま。静寂はうなずいた。そう、あれは約束。ならば守らなければ、と実直な彼女は自らを鼓舞するのだった。
その後。修復された社には駅員の手で毎日、水や塩などが供えられるようになった。
落成の日に、静寂はそこに駅弁を供えた。どこかで、あの笑い声が聞こえた気がしたが。あの老人に再び会うことはなかった。
駅のホームは相変わらず狭いままだが。
少しだけ、事故が減ったような。地元ではそう、囁かれているらしい。