●蒼穹の船へ
かつて空の高みにあったべリアルの城は今、太平洋の波にのんびりと揺られている。
「蒼穹だな……」
飛鷹 蓮(
jb3429)は空を見上げて呟いた。しかし、暑い。
「ユリア、日除けの下に」
寒い国生まれの恋人に声をかける。呼ばれたユリア・スズノミヤ(
ja9826)は銀の髪を陽光にきらめかせ、海を見てはしゃいでいた。
「……君は何時も元気だな」
その様子を見て蓮は微笑む。
「正直、俺にとっては何でもない日だが……」
そんな日も彼女と一緒なら色鮮やかになる。言葉にしないその想いが聞こえたように、ユリアは蓮の腕を取って明るく笑う。
「何でもない日、ばんざーぃ☆ ってことで( 今日を楽しもっ」
「最っっっ高に楽しそうな宴じゃないかー! 良いな!!」
大狗 のとう(
ja3056)は上機嫌だった。
(エンハンブレで飲み会……コレは船内を撮影する大チャンスである上、ベリアルにインタビュー出来っかも……!?)
と目を輝かせて参加を決めた小田切ルビィ(
ja0841)の手には既にカメラが。夏の特ダネは頂きだ!
乗船したルビィはすぐにジュルヌを見つけて声をかける。
「よっ! 芋煮会以来だな? 元気そうで何よりだぜ」
「おお、よく来てくれた」
謹厳に挨拶を返すジュルヌにルビィは持って来た大きなスイカを手渡す。
「冷やして食べると美味いのか。ううむ」
悩んだ結果、ジュルヌはスイカをべリアル氷像の足下で冷やしておくことに。(それでいいのか)
「……お招きいただきましてありがとうございますぅ……」
月乃宮 恋音(
jb1221)はべリアルの前に立ち、おずおずと挨拶をした。
「……地球の披露宴に興味があるとうかがいましたのでぇ……。結婚式の定番の品をお持ちしましたぁ……」
手作りのローストビーフを差し出す。
「そりゃありがたい。酒に合いそうだね、いただくのが楽しみだよ」
べリアルは嬉しげだ。
「べリアルちゃん、久しぶり」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)も顔を出す。
「来たね。待ってたよ」
べリアルはにやりと笑う。
「僕からもお土産。まずは日本の夏をいかがかな?」
差し出されたのは生成り地に白と赤の椿が描かれた浴衣。
「俺が着付けを手伝います」
和紗・S・ルフトハイト(
jb6970)が挨拶してから申し出る。
「こっちの衣裳かい。へえ」
べリアルは浴衣を広げて興味深そうに眺める。
久々に向こうの酒を堪能したいと思ってやってきた紫 北斗(
jb2918)。
「差し入れだ」
持って来たものを広げる。鯵のなめろう、出汁巻き玉子にトマトと豆腐の和カプレーゼ。そしてどぶろくだ。
「俺も持って来たよ〜」
星杜 焔(
ja5378)も差し入れの品物を出した。
「ディルピクルスが決め手のポテトサラダに〜、さくじゅわの鶏からあげ。レモンやタルタルソースも持って来たからお好みでかけてね〜。それから牛たたきの橙ポン酢マリネと〜」
こだわりの料理がどんどん出てくる。
「あと、酒にはウコン!! 骨付鶏肉をじっくり煮込んだ特製カレーだよ〜」
そしてこれ……と旬の日本酒と自家製梅酒もテーブルに置く。
「こっちは春巻きの具、こっちは鮭とチーズ。これは桃のコンポートを入れてみたよ」
ユリアはたくさんのピロシキをテーブルに並べながら、手伝う蓮に説明する。
「こっちはボルシチだよー。今日は蓮に私の故郷のお酒と料理を楽しんでほしいんだぁ」
「ん? この飲み物は?」
鮮やかなレモンイエローの液体が入っている瓶を手に取り蓮は首をかしげた。
「レモン味のウォッカだよ」
笑顔で答えるユリア。
「ウォッカ……平均四十度だよな?」
瓶を持ったまま一瞬真顔になる蓮。楽しんでほしいと言われた気がしたが。
「俺はこれを」
浪風 悠人(
ja3452)も持って来た鹿肉のビーフシチュー風煮込みを取り分けやすい場所に置く。
続いて季節外れのサンタクロース……ではなくのとうが登場。
甲板にどさりと置いた大きな袋には市販のおつまみやスナック菓子がわんさか入っていた。
「料理もいいが、こーゆージャンクな味もたまにはいいだろう?」
にぱっと笑う。
「感謝する。親善の宴だ、こちらの世界の飲食物が豊富にあるのはありがたい」
ジュルヌは嬉しそうに並べられたたくさんの酒や食べ物を眺めた。
「俺もお前達の世界の事が知りたいんだ」
不知火藤忠(
jc2194)も妹分の作った鮪の竜田揚げと、自作の長芋の山葵漬けを出す。あと忘れちゃいけない日本酒。
料理上手で知られた面々が腕を振るった品々とケッツァー側で用意した料理が並んだところに、浴衣に着替えたべリアルが再び現れた。和紗の持って来た黒塗りの桐下駄をはき、紫銀の髪も和風にアレンジされている。
「よくお似合いですよ。ご主人も惚れ直すのでは」
夫のことを言われて冥魔空挺団の長はうっすらと頬を染めた。
「そうかな? ダーリン喜んでくれるかな?」
長い袖をひらひらさせてみたり帯を見ようと回ってみたり。途端に挙動があやしくなる。
「べリアル! W披露宴よ!」
華澄・エルシャン・御影(
jb6365)の声が響いた。黒いスーツを纏ったルナ・ジョーカー・御影(
jb2309)に抱きかかえられ、ふんわりとした薄手の花嫁衣裳を纏っている。
「以前、この船に乗り込んだ時にあなたのラブラブなカードを読んでしまったの。あの時は敵だったけど、一人の妻としてとても共感したわ。だから今日は、一緒に夫を肴に飲もーー!」
結婚は三年前だけど、ルナが御影家当主になったお披露目はまだやってないし。
「……あたしとダーリンの披露宴は、まだ何年か先になるんだけど?」
べリアルの言葉に『えっ』と凍り付く二人。
掲示板を見た時、『べリアル/エンハンブレ/酒盛り/披露宴』の単語だけを見て今日が披露宴と勘違いしてしまったようだ。
「でもかまわないよ。ちょうどいい、地球の披露宴についてたっぷり話を聞かせておくれ。それじゃあ皆、待たせちまったね!」
べリアルは声を張り上げる。
「今日は思いっきり飲もうじゃないか!」
威勢のいい声とともになみなみと酒を注いだグラスが振り上げられる。それが宴の始まりだった。
●飲んで食べて笑おう
「ロシアではお酒を飲む時、一言挨拶を述べるのがルールなんだ。なので☆」
べリアルに応えるように、撃退士側からはユリアが進み出た。コホンと咳払いして、
「今日という日に、美味しいお酒と料理に、出逢えた縁に――かんぱーぃ☆」
拍手と歓声、乾杯の声があちこちから上がる。
(出逢えた縁、か……。思えば、俺は彼女に一目惚れだったのかもな)
銀の髪に挿した白百合の花が海風に揺れるのを眺めながら蓮はそっと微笑む。
「ああ、乾杯」
上げたグラスをユリアのグラスと合わせる。二つのグラスは喧騒の中で楽器のように澄んだ音色を奏でた。
「なあジュルヌ、先に取材をさせてくれないか? 船内の撮影をさせてほしいんだが」
ルビィはジュルヌに頼み込んだ。
「さつえい……そっくりな絵を作るアレか。うむ、荒らさなければ好きにして良いとお頭様もおっしゃっていた」
あっさり許可が出た。船内案内もしてほしいと言ったが、そちらは断られる。
「悪いが宴の差配をせんといかんからな。お頭様に雑事をやらせるわけにはいかんし、アルファールは働かんし」
ため息をついている。
「あっ、私も船内見学したいです!」
通りかかった不知火あけび(
jc1857)が元気に手を上げた。
「それと、ロウワンさんはどこですか?」
「ロウワン殿は重要な任務のため現在船を離れている」
すげない答えに、あけびはしょんぼりする。あの試合以来会っていないから今日は会いたかった。それと以前この船を探索した時に、彼の部屋らしき場所を探索した友人が『お宝(=エロい本)を発見した』と嬉しそうに報告していたので、『ちゃんと隠した方が……』とこっそり忠告するつもりだったのだが。
でもいないものは仕方がない。きっと彼とはまた会える。だってあの時あけびが差し出した手を、ロウワンは握り返してくれたのだから。
「あの、葉守さんの部屋ってあるんですか?」
それはずっと気になっていたこと。彼女が深く関わったヴァニタスは、この場所でどんな風に過ごしてたんだろう。
「……最下層のグムル殿が使っている一角にまだ私物が残っていたはずだ」
答えを聞いてあけびは歩き出す。藤忠もそれに続いた。
「せっかくだから一緒に行こうぜ」
カメラを持ったルビィが声をかけ同行した。
「今、グムルの名が聞こえたが」
三人が去った後、ジュルヌの横に北斗が腰を下ろす。
「その後どうしている? そちらに帰すのに助力した身として気になっていたんだ。状態が良くなっているとよいのだが」
「そうか。気にかけてくれたこと、友人として礼を言う」
ジュルヌは丁重に頭を下げた。
「グムル殿は今、魔界に戻っている。そのまま傷が治るまで向こうで療養する予定だったのだが……またすぐにこちらに来るそうだ。何でも地球のキンギョなる生物が急に飼いたくなったと」
「金魚?」
北斗は首をかしげる。
「ああ。魔界に戻ったのもそのための資材を用意するためだとか」
「そうか。とにかく元気にやっているんだな」
そのうちまた顔を見に来ようかと北斗は思った。袖触れ合うも他生の縁。つないだ縁をもう少し辿ってみるのも良いだろう。
「この船にまた乗るなんて思ってなかったな」
船内の通路に立ち、あけびは改めて見回した。
敵船だったこの場所に忍び込んだのは一年前。その後いろいろなことがあったと思う。
(あけびにとっての思い出の場所か)
もの思いにふける妹分と共に藤忠も辺りを見る。彼はここに入るのは初めてだ。
「悪い、待たせた。不知火は去年の作戦に参加していたんだったな。何か因縁があるのか?」
撮影を終えたルビィがたずねる。あけびは笑顔で答えた。
「はい、葉守さんってヴァニタスに十年経ったら告白してくれって言われたんですよ」
告白( )した本人がいたら全力でツッコミそうだが、ここは言った者勝ち(笑)
「告白? 初耳だぞ」
そして慌てだすシスコン兄貴分約一名。
「詳しく説明しろ。危ない目に遭わされたりはしてないだろうな?」
「あの時は探索が目的だったから戦闘はしてないよ」
「いや、そういうことじゃなく」
もっと詳しい説明プリーズ。きょとんとするあけびに、藤忠の心配は尽きない。
一方、甲板では。
「あっはっはっは!! 何だこれ羽が生えてる!!……美味いな!」
のとうは異世界の料理や酒に目を輝かせ、上機嫌であれこれ頬張っていた。
「気に入ったか。何よりだ、もっと食べろ」
ジュルヌが上機嫌で差し出した果物も一個かじってみる。
「にゃはは、甘いと思ったら酸っぱい! 面白いな! 俺ってば、異界のこういう食べ物とか食べてみたかったのよなっ」
もう一口かぷっとかじり、ジュルヌににかっと笑いかける。
「んで、君達とも話したいと思っていたのな! なぁ、俺もそっちの世界に遊びに行ってみたいんだが。駄目か? なぁなぁ! 君達の事を、もっと知りたいのだ!」
「ま、待て待て、ちょっと待て」
彼女の勢いにジュルヌもたじたじだ。
「そういうのはべリアル様にうかがった方がいいよ。話してくれるか知らないけど」
ふらりとやって来たアルファールが話に入ってくる。
「僕は興味ないから知らない。それで何、ヘンな食べ物が好きなの? 僕の趣味じゃないけど、そういうのが好きならこれ飲んでみたら」
置いてあった赤い酒瓶を手に取り差し出す。
「平行世界の酒だけど。あそこでもべリアル様は美しくて……それは美しくて……」
「おっ、酒か?! どんな感じなのだ?!」
興味津々で酒瓶を開けてみるのとう。
「ああそれね、飲むとバチバチするんだよ」
飲んだらやっぱりバチバチしました。
異世界の食事を楽しみにやって来た焔も積極的にいろいろな料理に挑戦していく。
「もぐもぐ……この素材を地球式に調理したらどうなるかな?」
丸焼きや素揚げもいいが、丁寧に下ごしらえすればもっと繊細な味わいを引き出せるかもしれない。味付けは何が合うか、和風もいいけれど洋風も面白そうだし……と頭の中で様々なレシピを展開する。
お酒もいただこう……と手を伸ばしかけた瞬間、閃いた。
(異世界の酒って、覚醒者でも酔えるやつなのでは!?)
さっそく実験してみよう!
※一本目
「強い酒は好きだよ〜」
※二本目
「これも強いね〜」
※三本目
「甘い酒も酸味も好きだよ〜」
※四本目
以下ry
結論:酔わなかった。(ザルなのかもしれないが検証不能)
「わ、この魚きもーぃ」
別のテーブルではユリアが声を上げつつ魚? の揚げ物に挑戦していた。もぐ!
「……うまっ!」
意外にイケたらしい。
その様子を見守りつつ、蓮はレモン味ウオッカに挑戦する。自分のために持ってきてくれたと聞いては飲まないわけにはいかない。たとえ四十度でも!
「まあ、撃退士なら問題な――」
げほ。何これ喉が焼ける。
「……も、問題ない。たぶん」
何とか涼しい表情をキープした彼だが、そこに恋人が追い打ちをかけた。
「一度開封したウォッカは最後まで飲ま干さなきゃだから、頑張ってねん?」
「がんば……なに?」
炎天下なのに凍り付く蓮。瓶の容量は500ml。頑張れ!
「……おぉ……? 此方が『異世界のお料理』ですかぁ……」
並べられた料理を興味深く眺めていた恋音は、会場の端に置かれていた『この場に似つかわしくないもの』に気が付いて足を止めた。
「……うぅん……? これは、パソコン、でしょうかぁ……?」
「それはアルカイド殿の置き土産だそうだ」
ジュルヌが気付いて寄ってきて、会員証の見本を見せる。
「こういうものが作れるらしい。我々には使い方が分からんのだが」
「おっ! 俺もそれ欲しい」
一緒にやって来たのとうが食いついた。
「戦って、楽しく過ごした友好の記念として、な!」
にぱっと笑う。
「……他の方はお忙しいようですし、試してみましょうかぁ……」
恋音は電源を探す。それらしいものはなかったがスタートボタンを押してみるとなぜか起動した。ソフトは一つしか入っていないようだ。
「……おぉ……? 写真が撮れるようですねぇ……どこにカメラが……?」
不審に思いながらもソフトが指示する通りに必要事項を入力していくと、のとうの名前と顔写真が入った会員証がどこからともなく排出された。のとうは大喜びする。
「いっししし! ありがとうなー!」
「……いえ、その、喜んでいただけて、良かったのですよぉ……」
北斗やジェンティアンもやってきた。北斗に頼まれ、恋音はもう一枚会員証を作成する。
「これ、ソフト入れたら冥王グッズ作れるんじゃないかなー?」
べリアルをチラ見しながらジェンティアンはアピール。
「アルちゃんにはお頭グッズもね?」
「……そうですねぇ……。どなたか扱える人がいらっしゃいましたら、ネット経由で学園と連絡したり、色々と対応し易いのではないかと思いますぅ……」
賛同しながら恋音はパソコンをいろいろといじってみる。ネットに接続……接続……できない。海の真ん中過ぎて電波が来ていないのだろうか?
それにしてもこれはどうやって動いているのだろう。魔力で動くのだとジュルヌは言うが、バッテリーの代用など出来るのだろうか?
もしかして歴史に残る大発明なのかもしれない……と思った時。
――――深く追求してはいけないと言ったな?――――
突然画面が真っ白になり、続いてデフォルメされたアルカイドのイラストが表示される。
『不正な使用と判断されました。このマシンは三秒後に消滅します』
とメッセージが流れる。
「……お、おぉぉ……?」
固まる恋音。
画面のアルカイドが笑顔で『3』『2』とカウントダウンする。
誰かが逃げろと叫んだ。全員が機械の傍から飛びのく。恋音も後を追った。
『1』が表示された直後、ぽんっと間抜けな音を立てパソコンはあっさり爆散した。
――――SDチェックが入った! この機械はネタ時空でしか存在できません――――
『魔力で動くパソコン』と見えたが、『パソコンの形をした魔力で作られた何か』であったようだ。あらかじめ設定された方法以外では使用できなかったらしい。
「……おぉ……爆発オチ、ですかぁ……」
思わぬ顛末にふるふるする恋音であった。
●第一回海上コイバナ大会
和紗は持参したカクテル作りの道具と酒やシロップを並べた。
べリアルお薦めの異界の酒も使用してオリジナルカクテルを作り、『創造』で作った花や小物で飾り付けて出来上がり。
「偶にはアレンジして飲むのも如何ですか?」
「へえ、面白いものだねえ」
渡されたグラスをべリアルは不思議そうに眺める。
周りにはいつの間にか参加者たちの輪が出来ていた。
緋打石(
jb5225)が咳払いして挨拶をする。
「天界での決戦の際、作戦拠点として協力してくれたこと改めて感謝じゃ」
「礼を言うことはないよ。あたしらは神界では戦えなかったんだしね」
べリアルは軽く言う。そうかと緋打石はうなずき、
「じゃがケッツァーによる犠牲者の遺族は納得できていないじゃろう。気を付けた方が良いぞい」
遠回しに警告した。べリアルは少し真面目な表情になる。
「そりゃそうさ。同じ種族同士だって戦って誰かが死ねば、その家族は恨む。是非もなしってね。けどその上で、未来を信じるために互いが手を取る事を選んだんだろ?」
紫銀の瞳は緋打石の紫の瞳をまっすぐに見据える。
「あたしらは恨まれて当然だが、その個の恨みをコントロールできるのはあたしらじゃない。『気をつけるようなこと』が起きた時、それを裁くのはあんたらだよ」
「ふむ」
緋打石はその返答の意味をしばし考える。講和が成った以上、同盟が続く限り私的な復讐は『違法』となる。それでも何かが起きた時……それは撃退士たちの問題にもなってくる。そういうことをべリアルは言っているのだろう。
「魔界の実力者でありトップの伴侶であるべリアル女史には前から興味あった。今日は色々食べ、飲みながらゆっくり話を聞かせてもらいたい」
「もちろん。そのための酒盛りだろ?」
べリアルは笑って緋打石の盃に酒を足す。見た目は幼い緋打石だが実年齢は三桁。ぐいっといただきます。真面目な話もそうでない話も、今日はたっぷり語り合おう。
そこへひと通り船内撮影を終えたルビィがあけび、藤忠と共に戻ってきた。葉守の遺品が置かれた部屋を見て来たあけびは少し神妙な顔をしている。
撃退士グッズが飾られてたりするのだろうかと思っていたそこは、寝台が置いてあるだけの簡素な空間だった。開封されていないスマホの箱がきちんと畳まれた服の上に置かれていた。
「飲みますか?」
友人たちの顔を見た和紗は微笑んで新しいカクテルを作った。未成年のあけびにはノンアルカクテルを。
「ありがとう。相変わらず手際が良い」
「ありがとうございます! 見た目も楽しめる飲み物って良いですよね」
綺麗な色のカクテルにあけびにも笑顔が戻る。その勢いでべリアルに、
「私が成人したら一緒に飲んで下さい! きっと私も強いですよ!」
と挑戦。酒の相手はいつでも歓迎だとべリアルは笑う。
「あけびと一緒に飲めるようになる日が楽しみだ」
藤忠もうなずきながら平行世界の料理に手を付ける。ベリアルお薦めの酒も試してみた。
「強いが美味い味だな」
彼もザル。異界の酒も気に入ったようだ。
ルビィはジュルヌたちの故郷のものと聞いた果物や酒を試してみた。
「あんた達の故郷の食い物って、べったり甘いのに後味は(略)なのが多いのか?」
「健康に過ごせて魔力も上がると言われる名産品だ。もっと食べろ」
ジュルヌは得意げに果物の大皿をもう一枚持って来た。
「田舎だからそれしか名物がないんだよ」
アルファールが退屈そうに言う。
「なのにジュルヌが張り切っていっぱい取り寄せちゃってさあ」
一口かじりため息をついて、和紗から渡されたカクテルを飲む。
「僕はこういう方が好き。お前はいつも綺麗なものを作るよね」
「ありがとうございます。それは夫から教わったものですが、気に入ったならもっと作りましょう」
「へえ。お前、夫いたんだ」
アルファールに意外そうにたずねられ、和紗は頬を染めた。
「春に結婚したばかりなんです。……そのことで聞きたいのですが」
ひたとべリアルを見据え、
「夫婦円満の秘訣があれば教えていただけないでしょうか。ぜひ参考にしたく」
生真面目に質問する。
「それは俺も知りたいな」
藤忠も乗って来た。軽く咳払いして、
「最近恋人が出来たんだ。恋仲が続く秘訣があるならぜひ聞きたい」
口調は淡々としているが目はかなり真剣。べリアルににじり寄る。
「んー」
べリアルは首をかしげる。
「思った事は全部言う、かな。好きな所も嫌いな所も、寂しい事も嬉しい事も」
ふむふむ成程。メモを取りそうな勢いで二人にうなずかれ、べリアルはもう少し考えてみる。
「あと、隠し事はしてもいいが、嘘はつくな。隠し事も嘘も、それを知った時の相手の顔を思い浮かべろ。……あたしは単純だから言えることはそのくらいだね」
「いえ、非常に参考になりました」
礼を言う和紗に続き、今度は恋音が質問する。
「……私も数年後に結婚の予定が有りますのでぇ……参考にしたいのですがぁ……。彼方の世界の結婚式というのは、どのような……?」
「うーん、いろいろだね。あたしとダーリンの最初の結婚式は決闘みたいな感じだったな」
懐かしそうに目を細めているが、決闘式結婚式とは。
「武力系冥魔の婚姻の一例というやつじゃな」
魔界にいた頃に聞いた話を緋打石は思い出した。というか長年ラブラブとかうらやま……いや何も。
「俺も聞いたことがある。ガチ決闘で参列者に力を見せつけ畏怖を与える、的なやつか」
京風料理をべリアルに差し出しながら北斗も言った。それにしても非モテの身には辛い結婚の話題。ここから武力系に話が移らないかと期待したが、
「そういえば地球の結婚式ではブーケキャッチという戦争があるのじゃぞ」
いったん出来た流れはそう簡単には変わらなかった。
「げに恐ろしいのは婚期を逃しそうな女性じゃ。先日の友人の式では(ダイス神に見放され)自分は見事独神に……」
緋打石は激戦を振り返る。あれは神界決戦にも劣らない恐ろしい戦いだった。かもしれない。
「ベリアルさん地球の結婚式に興味津々ですか〜」
焔が微笑んだ。
「学園島には海の見えるチャペルがあってお勧めですよ〜。俺もそこで挙式しました」
スマホに保存してある写真を見せる。最愛の妻がドレス姿で微笑んでいる。
「お嫁さんはとびきり綺麗な白いドレスを着るのです。披露宴では色付ドレスにお色直ししたり〜」
白いウェディングドレス……ということで皆の目が御影夫妻に向かう。二人は波の音に合わせ、ゆったりと踊っていた。
白いドレスと黒いスーツがくるくる回り、衣装がどうなっているのか分かりやすい。
「体形や好みに合わせていろいろなデザインもあります」
和紗が説明をして、持って来た婚礼衣装のカタログをべリアルに見せた。
「これも婚礼衣装なのかい? 全然違うけど」
「それは和装です。そうですね」
スケッチブックにさらさらと白無垢を着たべリアルの姿を描いて見せる。
「冥王も合わせると……こんな感じでしょうか」
記憶でルシフェルを描き、隣りに並べる。請われるままに様々なパターンを描いた。
「俺も過去に何度も披露宴に縁があるので、地上で披露宴をするならぜひ協力したいです」
悠人も持って来た写真を皆に見せ、友人の結婚式や披露宴でのエピソードや自分の結婚の時のことを話す。写真の中では妻と自分が寄り添って笑っている。
「式ではこういう風に花嫁を抱き上げて入場するんだ」
ダンスを終えたルナはもう一度華澄を抱え上げ、酒宴の輪に戻った。華澄は真っ赤になる。
「あ、あのね、これ作って来たの。みんな食べて」
手作りのウェディングケーキ。クリームで可愛らしく飾り付けがされている。
「お祝いでケーキをラブラブで食べさせ合うと一生裕福だというの。あなた……って優しくね」
ケーキを切り分け皆に配ってから、夫と向かい合う。互いに一口ずつをフォークにとって、
「ほら華澄。あーん♪」
「うん。クロードも、ね?」
流れる甘い甘い空気。
小さく開かれた華澄の桜色の唇に見とれながらルナは(相変わらずうちの妻は綺麗だなぁ……)と思う。
「綺麗だなぁ……」
あ、声に出てた。
結婚式や披露宴について語る皆を眺めながら魔界の果物を口にしたあけびに衝撃が走る!
「甘い後に酸味……これが恋の味……!?」(違)
みんなパートナーとラブラブだから酸っぱくないか。ベリアルさんも和紗さんも姫叔父も。
彼女が本当の恋の味を知るのはもう少し先になるのだろうか。
一方、平行世界の料理に舌鼓を打っていたルビィは、
「俺も一度は平行世界ってヤツに行ってみてーなぁ」
しみじみと言う。その呟きをべリアルが聞きつけた。
「世界の行き来ねぇ。個人の自由だしいいんじゃねぇの? 冥魔界が安定しないうちは難しいこともあるかもしれないけどダーリンとメフィがいろいろ動いているし、あの二人なら時間はかかっても絶対実現させるよ。世の中が落ち着く前に行きてぇならウチ入れば?」
サラッと勧誘(?)
「そうか」
ルビィはうなずく。そしてメフィストフェレスの名前が出たのをきっかけに取材モードに。
「あんたとルシフェルのプロフィールを教えてもらえないか? 出会いやお子さんの予定は? メー様……メフィストフェレスとの交友についてとか」
「自分も聞きたいのう。思い出話とか、ケッツァーメンバーの印象とか」
緋打石も乗っかる。
「プロフィール……年齢とかかい? もう数えるのがバカバカしくなったからなあ。子供は、戦争も落ち着いたしそろそろ考えるかねぇ。出会いはさ。初めは天界で戦果を競い合う仲だったんだけどさ。堕天して魔界で上り詰めるんだって野心を聞いた瞬間に惚れちまったんだよねぇ」
べリアルはうっとりした表情になってきた。
「それで追いかけて堕天したんだけど、押しかけ女房だったから昔はダーリンはあんまりラブラブしてくれなくてさぁ〜」
それが今では何度も披露宴を挙げるラブラブカップルに……粘り勝ちというヤツだろう。
「メフィは上役とか先生みたいなもんかな。めっちゃ仲いいけどね。酒盛り・博打なんでもござれだよ。うちの団員? あたしも含めてバカばっかだよ。最高に楽しい連中さ」
そう言ってから彼女は照れたように笑う。
「あたしばっかりしゃべっちまってるねぇ。そっちの話も聞かせておくれよ。あんたは結婚してるのかい?」
聞かれて固まる緋打石。
「自分? いや自分はこう、紙袋が『急げ』と……」
あれ?
「……私は、九月頃を目途に事務・経理代行業を起業する予定ですのでぇ……結婚は、そちらが安定してからと思っているのですぅ……」
恋音がおずおずと言う。
「……地上の各種手続き等、必要になりました時はご用命いただけましたらぁ……」
ちゃっかり宣伝。かつては引っ込み思案だった彼女も強くなった。
「計画的なんだねえ」
べリアルは感心した。
「きっと頼むと思うよ。うちの連中にはそういうの欠けてるからねぇ」
「……はい、お待ちしておりますぅ……」
酒が進むうち、話はどんどんコイバナ……というかのろけ合戦の様相を呈してくる。
「……無口ですが、強く心優しい人なのです」
奥手な和紗も照れに照れながら夫のことをそんな風に言う。色白の頬は真っ赤だ。
「ベリアル……冥魔も地球人も変わらないわね」
ルナと二人、お砂糖をたっぷり振りまいた華澄が微笑む。
「どんな愛の囁きでこっち向かせてる? 教えて?」
「いいけど長くなるよ」
受けて立つとばかりにべリアルも笑う。
「肚を据えて聞かせてもらうぞい……」
ひとりものには厳しい話題だが、緋打石はもっと語り合いたいと思っている自分に気付く。組織に所属するのはらしくないが、ベリアル女史とは友人になりたい。
夏の日差しよりももっと熱いコイバナで、甲板はいつまでも盛り上がる。
●思いをぶつけて
中天高く輝いていた日輪も少しずつ西へ向かって移動していく。
影が長く伸び始めた頃には、さすがにコイバナの種も尽きてきた。
「成人したし堂々と飲むわよ!」
飲みに移行し、来るお酒は拒まずであれこれ試してみる華澄を、
「酔いすぎるなよ? 二日酔いは後でキツいぞ?」
ルナは心配する。
べリアルの周りが少し静かになったとみて、ジェンティアンが彼女の正面に腰を下ろした。
「大宮での返事を聞かせて。本気でここに入れてほしいんだ」
色の違う両目には決意が宿っている。
「自分の願いなんてあるようで無かった。でも……どうしても叶えたいと、初めて思ったんだ」
それは乾いた心に沁みる酒のよう。
ひび割れた魂を潤し彼を酔わせた。その味を知ってしまったら、もう戻れない。
「嬉しいセリフだね。敵だったことにわだかまりはないのかい」
「ないよ」
ジェンティアンはきっぱりと首を横に振った。
「いろいろアピールしてきたけど、結局『大好きな子達といたい』、これに尽きる。楽園とは『何処か』ではなく『誰といるか』だと思うから。僕はアルちゃんやロウワンと共に在りたい。彼らの言質は取ってるし♪」
べリアルはもう一度笑った。
「何だい。あたしに隠れてこっそり裏工作してたのかい。油断がならないねぇ」
ジェンティアンのグラスに新しい酒を注ぐ。それを彼は根性で飲んだ。酒には強くないけれど、ここは引けない。
「俺もいいですか」
悠人も前に出た。
「俺はケッツァーとは幾度となく対峙を繰り返してきました。そうして葉守を討伐したし、ジェルトリュードやロウワン、アルカイドとも痛み分けした。ジェルトリュードには和平の礎になればと首を差し出したこともあります」
べリアルは黙って聞いている。
「けど、今も葉守のことがどこかに引っかかっている。それに俺は撃退士と天魔ハーフの子でもあります。血や種族が関係無い世界の到来を望み、葉守が夢見た撃退士として葉守の事も背負って生きたい。俺も入団させてください」
紫銀の瞳がじっと悠人を見る。しばらくして彼女はため息をついた。
「『敵』だった相手にそこまで思ってもらえるとはね。あいつもきっと幸せだったんだろうよ」
差し出された盃を悠人は受け取る。
「俺もこれからどうしよかと思っていたんだが」
北斗も口を開いた。
「あんたのような超魅力的な女性になら仕えたいと思う」
胸の辺りの厚みがあればもっとタイプだったという本音は言わないが。
「俺の売り込める所といえば……どんな所でもすぐ馴染み情報収集可能なことだ」
前の上司のために諜報であちこち周っていたのも懐かしい。
「それに京都で修行したからな、美味い飯を作れる」
そう言った瞬間に彼は息をのんだ。自分の料理を見て喜ぶあどけない笑顔が脳裏に浮かぶ。
「なるほどね。これも美味いよ」
出汁巻き卵をいただきながらべリアルは言うが、
「すまん……今のはなかったことにしてくれ」
北斗は深く頭を下げた。
「魔界で生き別れた妹にこっちで再会したんだ。今は一緒に暮らしてる。あいつを残しては去れん」
「そうなのかい。家族は大事にしなよ。そういえば」
べリアルは悠人を見る。
「あんたも嫁がいたんじゃなかったっけ」
悠人は黙り込む。
「あたしからも言っておく。あたしはダーリンの剣だから、今は人間と手を取り合っているけれど都合次第でまた敵になることもあるかもしれない。それをもう一度考えて、大切な人とちゃんと話し合って、覚悟が出来たならいつでもおいで。あんたたちなら歓迎だよ」
華やかに笑ってべリアルはそう言った。ルシフェルかメフィストフェレスが聞いたら『剣と言うより斧だろう』と言ったかもしれないが。
悠人も少し力を抜いて笑った。
「ジェルト様ともいつかお茶がしたいと思っています」
べリアルも微笑んだ。
「それを聞いたらジュエルも喜ぶよ。ぜひ誘ってやってくれ」
「……僕はもう覚悟は出来てる。大切な相手も応援してくれてる」
ジェンティアンはまっすぐにべリアルを見た。
「そうかい。なら問題はないねぇ」
そう言われ、緊張が解けたジェンティアンは大きく息をついた。どうやら望みは叶えられたらしい。
「大丈夫か、リンドウ……殿。これでも飲め」
力の抜けた様子のジェンティアンにジュルヌが(例の)酒を差し出す。
「ゴメンそれは要らない」
みんながさんざん甘いって言ってたの聞こえてたから。
「ねえ……『お頭』」
静かな声で自ら戴くことを決めた長を呼ぶ。
「寿命来たらヴァニタスになりたいな☆ 冥王かお頭なら能力者でも可能でしょ?」
「出来なくはないけどさ」
べリアルは首をかしげる。
「戦力ではなく人助け。ロウワンが泣かずにすむかなって」
「あたしの魔力を取ろうって言うなら、その価値があるってまずは証明してみせな。その気にさせたらやってやるかもしれないよ」
肩をすくめてから彼女は豪快に笑った。
「ってか、どうせなら年取ってからじゃなくて、若くてキレイなうちにしときな!」
それはべリアル流の冗談なのかもしれない。
先のことなんて気にすんな……そんな風に言われたような気がした。
●夕闇の船
西に向かってゆっくりと日が落ちていく。広い空が赤く染まる。
ユリアは空になった皿や容器を片付けていた。傍では蓮が座って最後のピロシキを口にしている。離れた場所から皆のにぎやかな声が聞こえる。
「……ね、蓮」
そっとたずねる。
「私の料理の味、好き?」
蓮はうなずいて最後のひとくちを飲み込んだ。
「ユリアの故郷の料理、美味いな。心を籠めて作ってくれた味だ」
手元の水を飲み、
「……鮭を入れたのも、俺に魚を克服させようという思いを込めたのか?」
と小声で聞く。
聞こえたのかそうでないのか、ユリアはにっこり微笑んだ。
その笑顔に蓮も微笑みを浮かべる。立ち上がり彼女の横に立ち、小ぶりな顔をのぞきこむ。
「君の味も、君も、好きだ」
銀の髪を指に絡めて、薄暗くなりつつある甲板で少し身を寄せて、沈んでいく夕日を並んで眺める。
「今の……“恋人”の時間を目一杯楽しもうねん」
そっと囁く言葉に蓮もうなずく。
「恋人と夫婦は似て非なるものだからな。君への愛は変わらないが……恋人は、今しか感じられない」
ずっと共にいると心に決めている。だからこそ、この一瞬を大切に。
「だいじょぶ。私はいつも蓮の傍にいるよ……」
お酒でテンションの上がった華澄は夫としばらく踊った後、退屈そうだったアルファールにも声をかけ彼と踊っている。
その間、ルナはジュルヌをつかまえ嫁自慢。ジュルヌはひたすら華澄の可愛さを聞かされる一方で、
「どうしたらモテるのか、誰か教えてくれッ」
と反対側に陣取った北斗に泣きながら訴えられ、困り果てていた。
和紗は浴衣姿のべリアルを描いている。はとこの入団許可の礼を兼ねて本気絵を、と申し出たところ『今の姿をダーリンに見せたい』と言われた。
明かりの下で微笑む和装の女悪魔を、和紗は丹念に描く。
船の周りがとっぷりと暮れたところで、ジェンティアンは持参した花火を出す。
魔力ではない、人間の作りだした夏の花を新しい仲間たちに見せてやりたい。
悪魔の主従が花火に気を取られて行ってしまうと、ルナは妻を誘って夜の甲板を歩いた。
吹き抜ける海風が二人の髪を揺らす。夜空と暗い海面が水平線で溶け合って、星空を行く船に乗っているようだ。
「いい風だな……心地いいな。海から見る夜空の星もいいものだな」
優しい低い声に、華澄はうなずく。
この甲板が戦いの舞台になった日があった。華澄も仲間と共に必死で船内を駆けた。
あの日のすべてが、今は遠い昔のよう。
静かな波の音と花火に興じる者たちの声、料理や酒や談話を楽しむ者たちの楽しげな声が、平和が訪れたのだと告げている。
「もう誰も敵じゃない。……離さないでね」
呟いて華澄は夫の腕に身をゆだねる。酒の運んでくる穏やかな眠気が忍び寄ってくる。
「さて、と……行こうか、華澄? お姫様抱っこしてやるよ」
ルナは妻を抱え上げる。
『卒業の餞にこの船に二人で泊めてもらえないか?』という頼みをべリアルは快諾してくれた。防音性はあまりないよとか言っていた気もするが、深く考えないでおこう。
その時、船室に続く階段を駆け上る足音が響いた。
「あっ、まだやってるっすね! 良かった間に合った」
「当然よ。天を貫く光の奔流のごとくかっとばして来たんだから!」
ロウワンとジェルトリュードが顔を出す。
「アテンションよ! 勿論ベリアルねーさまの宴に飽きたとか無いわよね? お酒が無理なら、あたしのイチオシ・スペシャルデリシャスティを用意するわ」
「あー、お頭。ルシフェル様がそういうことならって冥界の酒とか差し入れてくれたっす。下にいっぱいあるから、あんたら飲むなら一緒に取りに来てほしいっすよ」
さすがダーリンと喜ぶべリアル。撃退士の何人かが腰を上げロウワンに続く。
「あれがエロ本の……」
あけびに教えられ、藤忠は呟いた。いや、世の中言わない方が良い事もある。
後で妹分と一緒に挨拶に行こう。
……にぎやかな酒宴はまだ続きそうだ。