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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/02/27


みんなの思い出



オープニング

●捕虜返還
 天王の大軍が来襲する、その少し前。
 ツインバベルから情報を受けた学園があわただしく迎撃の準備をしていた間の出来事である。

「捕虜の返還ですか」
 斡旋所アルバイト・坂森 真夜(jz0365)は書類を見て首をかしげる。
「ケッツァー所属の悪魔・グムル。……ああ、あの時の」
 思い出されるのは昨秋撃退士たちによって討伐されたヴァニタス葉守庸市(jz0380)。彼が命を落とした際、その主であるグムルも重傷を負った状態で捕縛されていた。

「あれ、でも地元撃退署に捕まったはずでは?」
「最初はそうだったんだけどね。ケッツァーの仲間が取り返しに来たりしたら地元署じゃ対応できないってことで、少ししてから学園島に移送されたのよ」
 ちゃんと資料読んでね、と職員の越野が丸めた資料でぽんぽんと真夜の頭を叩く。

 その直後に横浜ゲート襲撃とエンハンブレ奪取の二面作戦が行われ、更にべリアルとの同盟の話が持ち上がり。
 捕虜の身柄についてはその後も交渉が続いていたのだが。
「天王軍の襲来に備えてべリアルとのつながりは強くしておこうってことで返還に決まったみたいよ。一応同盟相手だし、尋問もこれまでの間にそれなりにしてきたしね」
 ただ、と越野は眉をひそめる。
「本人がちょっと……精神的に不安定みたいで」

 自らのヴァニタスによって深手を負わされたグムルは極度の他者不信状態に陥っており、尋問の際にも常軌を逸した言動をすることがあったとか。
 今回の返還の話にも、
『お頭様が人間と同盟などするわけがない』
『うまいことを言って貴様ら、わしを殺すつもりだな』
 と騒ぎ、無理に独房から連れ出そうとすると自傷行為に及ぶので担当者も手を焼いているそうである。

「それで、どうにかなだめてくれる人を募集中……ってことで」
 越野は紙とペンを真夜に渡す。
「掲示板に貼る依頼票を今の内容で作っておいてちょうだい。私は天王軍の迎撃準備説明会に行ってくるから、戻ってくるまでによろしくね!」




リプレイ本文

●初日
 与えられた小さな白い部屋に、今日も悪魔は座っていた。
『これから行く者たちは害を加えない』
 ケッツァーの旧知が使い魔を飛ばして伝えて来たメッセージ。その意味を考えながら彼は黙って座り続けている。


(自分のヴァニタスに攻撃された悪魔、ねェ…そりゃ他者不信にもなるワ)
 悪魔のいる部屋に向かいながらヤナギ・エリューナク(ja0006)は思う。
 天界の侵攻は間近に迫っている。そう長くグムルに構っていることは出来ない。
(ちょこっとばかり強気で行くしか無ェ、か)

 まずは黒猫がにゃんと可愛く鳴いて入室。続いてヤナギ本人も進み出る。
 部屋へ入るのは一人。扉の後ろでは二人の仲間が緊急時に備え待機している。面会は交代制だ。
「邪魔するゼ。こいつは俺の飼い猫、セオドアってんだ。よろしくな」
 ヤナギが黒猫を悪魔の膝に乗せてやると、グムルはビクッとする。
「ほ、本物か?」
「触るの初めてか」
 ヤナギは静かに、かつ陽気に語りかける。
 まずはグムルの精神状態を安定させなければ話を聞いてもらえないだろう。自分は仲間が説得する礎を作れれば良い。だから猫の話だけをしばらくして、相手が疲れる前に部屋を出た。


 代わって紫 北斗(jb2918)が部屋に入る。狐耳としっぽを露わにした彼は『ワイルド・もふもふ・美形』という属性てんこ盛りの姿になっていた。
 はぐれ悪魔だと名乗り、持って来た白い鯨のぬいぐるみ(片手サイズ・3000久遠)をグムルに渡した。
「意外にふわふわしておるな」
 ぬいぐるみを触って呟くグムルに、ゆっくりした口調で本物とは違うのだと説明する。

 それから、エンハンブレのグムルの部屋から持ち出させてもらった図鑑を出した。
「今は読めないだろうから、良ければ俺が読んで聞かせてやる」
 しばらく図鑑を読んでから彼も立ち上がった。また来ると言い残して部屋を出る。まずはこちらに興味を持たせたい。


 次に部屋に入ったのはルナリティス・P・アルコーン(jb2890)。
 魔界の出身だと明かし、害意はないと告げて彼女は問いかける。
「なぜ外に出れば殺されると思う? そもそも殺す気なら医者など付けずさっさと始末していると思うのだが」
 グムルはとっさに答えられない。ルナリティスは話を続けた。

「お前は地球人類を取るに足らない存在だと思っているようだが、人間の進歩速度は凄まじいぞ? 産業革命以降―ここ200年程の発展速度は目を見張るものがある。例えば人間が飛行機を発明し初飛行を実現したのは今から113年と1ヶ月程前だが、最初はごく短時間の飛行だった。しかしその11年後に人間同士の大きな戦争が起きた時には、既に自在に空を飛び回る程度に飛行機は進歩していた」
 人間の技術に興味を抱いてはぐれとなった彼女の知識は深い。人類の進歩の歴史を滔々と語り聞かせる。
「よって忠告しよう、同族よ。人間を下等生物と侮っているといつか恐るべき逆襲にあうぞ? 彼らを対等な存在と見ておくべきだ。幾度もの交戦を経て、冥魔も天使も人間を下等な原住民等ではなく侮れない存在だと認識した」

 それからルナリティスは天界の内紛、王権派の台頭、そして間近に迫る天界の侵攻について説明する。
「よってケッツァーは撃退士と共闘する事を決めたと言う訳だ」
 グムルは黙り込む。三界の状況については部分的には学園の職員からも説明を受けていた。だが、同族の彼女の言葉は重みが違う。
 しばらく経ってから、囚われの悪魔は唸るように言った。
「お頭が人間の力を認めたなど、それでも信じられん……」
 相手の頑固さにルナリティスはため息をついた。冷静に理を説いたが、すぐには受け入れ難かったようだ。


 いったん休憩を入れてグムルを落ち着かせ、残る三人が面会に向かう。
「初めましてと。まあ俺はアンタ見た事あるんだけどね」
 鈴木悠司(ja0226)はどうでも良さそうに言った。
「まあ、よろしく」
 グムルは応えない。悠司も無口なので沈黙が続く。

「で、何で帰んないの?」
 しばらくしてから、思い出したように問いが投げかけられる。
「安全な所なんて存在しない。アンタ達は搾取する側。俺達は搾取される側。衝突が起きない訳はない。……同盟とかしてるみたいだけどね。それに関しての不信感は同意だね」
 グムルは悠司の態度に困惑した様子になる。

「ああ、聞いたんだけどアンタ人界の動物とか好きなんだって? 何で好きなの」
 返事が返ってこないので、
「ま、人なんて……ロクでもないしね」
 やはりどうでも良さそうに肩をすくめて悠司は立ち上がった。
「じゃまた来るよ。何か土産とか要る?」
 悪魔が返事をしないのを不要の意味と受け取って、彼は部屋を出た。


 最後に砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が入室した。
「グムルちゃんって甘いの好き?」
 チョコの箱をグムルの手に握らせ、もう一つ箱を取り出して反対の手に置く。
「こっちをアルちゃんに渡してほしいんだけど……」
「断る、人間の使い走りなど何と思われるか……いや、わしはここから出る気はない」
 にべもない返事だが返却は想定内、いわば前フリ。ここからが本番である。

 通信機を取り出しジュルヌに連絡。
「アルちゃんへの贈り物を持って帰って貰いたいんだけど、嫌なんだって」
 ジュルヌから帰艦を勧めてもらうように仕向ける。
「何故人間がジュルヌ殿と気安げに?」
 怪訝そうなグムルに、
「お喋りすれば?」
 と通信機が手渡される。

 悪魔二人が慣れない通信機で話すのを、しばらくジェンティアンは横で聞いていた。私的な話をさせることで、相手が確かにジュルヌ本人であるとグムルに確信させることが狙いだ。
 帰艦はいつになるかと聞かれてグムルは返事に詰まっていた。心を揺らすことが出来ただろうか。


 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、廊下でその様子に耳を澄ませていた。
(この俺が悪魔をなだめるなんて時が来るとはなぁ)
 彼女は『悪魔嫌悪派代表』を自任する大の悪魔嫌い。だが魔界に帰りたくないと駄々をこねている悪魔がいると聞き、呆れ果てつつも少しだけ興味を引かれてしまった。
 引き受けたからにはこれも仕事。たった一人の傷付いた悪魔すら人間の手でなだめられないなら、今後の同盟も危ういというものだ。

 まずは帰還を拒む理由や恐怖の根源を知りたいと思った。そして観察に徹しているうち疑念が浮かんだ。部下に裏切られ重傷を負ったグムルは、仲間のことさえ信用していないのではないか。
(そりゃ味方に殺されるかもなんて考えてたら帰りたくないわな〜)
 葉守の奴も面倒な置き土産をしてくれたぜ、と思いながら彼女は自分に何が出来るのかと考え始めた。


●二日目
 翌日、北斗は昼時にグムルを訪ねた。
「俺が作ったんだ。食べてみないか」
 京都の割烹で板前修行中の北斗が差し出したのは芋煮。小鉢の中から美味そうな香りが立ち上っている。
「少し前、ジュルヌが撃退士と食べたそうだ」
「ジュルヌ殿が」
 グムルは愕然とする。

 ゆっくりと料理を口に運ぶグムルを横で眺めながら北斗は、
「いろいろ溜め込んでないか? 何でも聞くぞ」
 のんびりした口調で言う。
「それとも、尻尾もふるか?」
 もふもふ尻尾をぱたんぱたん。
「いや、わしは別に……」
 困ったように言った後、グムルは黙り込んでしまった。
 しばらく待った後、何かあったらいつでも聞くと言い、食器を持って北斗は部屋を出た。


「どうも。また来たよ」
 入れ替わりに悠司が現れる。
「一寸お疲れ気味? 疲れてる様なら帰るけど」
 前日と同じにどうでも良さそうに言いながら回答を待つ。
 ずいぶん長く沈黙が続いてから、
「たまには話し相手が居ても悪くはないだろ? 退屈紛らわせるし?」
 と言う。会話、あまり成立していないが。

 グムルは何か言いたそうな素振りを見せたが、結局口を開かない。悠司は気付いているのかいないのか、
「怪我の回復とか如何? ……なんて元敵に聞くのも変な感じだね」
 やはりどうでも良さそうに言う。
「元、敵……?」
 その意味を理解しようとグムルは考え込む。しばらくして悠司は立ち去ったが、それにも気付かない様子だった。
 静かな廊下に、誰かが歌う優しい歌が響いていた。


 しばらく時間を置いてから、今度はラファルが部屋に入った。簡単に自己紹介し、
「お前の釈放は決定事項だ、これは変えられねー」
 はっきりと伝える。その上で『何か望みはないか』と尋ねた。望みをかなえてやることで信用を得、帰還に向けての心の準備を手伝おうと考えたのだ。
 グムルは望みなどないと拒絶していたが、繰り返し聞かれて仕方なさそうに『水を持ってきてくれ』と頼んだ。
 自分を注視する少女の気配におどおどしながら、悪魔は急いで水を飲み下した。


 二日目最後の訪問者は黒猫とその主だった。しばらくグムルを猫と遊ばせてから、ヤナギは静かにたずねた。
「なぁ……アンタが動物が好きな理由って何だ?」
 期せずして昨日の悠司と同じ質問だった。悪魔は大きく息をついた。
「さあ、どうしてだろうな」
 見えない目が答えを探すように室内を彷徨う。地球の多種多様な生き物に胸がはずんだ、それだけだった気もするが。

「こいつらは嘘偽りない存在……アンタなら分かるだろ?」
 指先で猫をじゃらしながら、ヤナギは悪魔に語りかける。
「確かに人間……悪魔も天使も……は嘘も吐く。でも、そン中の『本当』を見抜く力……アンタなら持ってるハズだ。そンで……『本当』を自分で確かめて感じてみな」
 グムルは黙ってそれを聞いていた。
 悪魔の中で何かが変わっただろうか。そろそろタイムリミットだ。


●最終日
「残念無念。これで会えるの最後かもだよ」
 翌日。悠司はいつもの時間に訪れた。
「だからこれが最後の選択。此処から出たら自由だ。出るか出ないか。信用するかしないか。アンタが自分で決めなよ。帰れる場所は一応在るんだ。有り難い事だろ?」
 グムルは口を開きかけたが、今度も言葉が出てこない。その様子を無関心に眺めてから、悠司は立ち上がった。

 入口の扉の前で足を止め、一度だけ振り返る。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけどアンタのヴァニタス、殺しておいたよ」
 俺一人でやったわけじゃないけど。そう付け加えて彼は部屋を後にした。


 次に現れた北斗に、グムルはすがりつくような視線を向けた。
「わしには分からん」
 悪魔の声は震えている。
「ここの人間が……お前たちはぐれも含めた、撃退士が分からん。わしに敵意を向ける者がいる。ならばなぜ殺さん。敵意のない者もいる。なぜ怯えん。わしには分からん……これからどうしたら良いのかも……」

 どうやら抱えていたものを吐き出せたか。頃合いと思い北斗はまっすぐにグムルに向き合った。
「なぜ殺されないのか不思議に思ったのか? そもそもここにいれば殺されないとどうして思っていた? お前の上司のべリアルは同盟に当たって、魔界の状況やケッツァーについていろいろ情報を渡したぞ。お前に情報源としての価値はない。殺されるものならとっくに殺されてる。こっちは武器も使える。人数も用意できる。治療しないで放置するだけでも良かった」

 ゆっくりと語る北斗の言葉をグムルは黙って聞いていた。初日に会ったルナリティスの理路整然とした言葉が思い出される。そう、彼女も同じことを言っていた。
「ここにいることは安全の保障にはならん。どちらにいても殺されるなら、騙されたと思って外へ出てみないか。ここじゃ動物とも触れ合えん」
 クジラのぬいぐるみを持たせ、返事を待つ。

「殺されないっての信用出来ないなら、僕が護ってあげるよ」
 部屋の外から声がした。開け放した入り口からジェンティアンが顔を出している。
「グムルちゃんのためじゃないよ。僕自身のため」
 怪訝な表情になる悪魔に向け、ケッツァー入団をべリアルに直訴したのだと説明する。
「未来の[仲間]は護るよ。加入賛成の味方も増やしたいし。そんな私利私欲なら逆に信じられない?」

 ロウワンはOKしてくれたし、アルファールは……とジェンティアンは次々にケッツァー構成員の名を挙げる。それを聞くグムルの表情が翳ったように北斗は思った。
「もしやケッツァーに処分されると?」
 悪魔の社会は実力主義。任務に失敗した者に通常居場所はないけれど。

「カッツェが死ぬほどだ、捕虜になるのも仕方ないと連中も思っているんじゃないか? ジェルトリュードは葉守が死んだことにすら泣いていたらしいぞ。生きてるなら帰ってやれよ……俺の様に居場所を失う前に帰った方がいい」
 上司が人に組したと信じる事ができず捨てられたかつての自分を思う。待っている相手がいるグムルは幸せではないか。

「わしの居場所は……まだあるのだろうか」
 呟くようにグムルは言う。ジェンティアンがその傍に歩み寄り、微笑みかける。
「グムルちゃんに居場所くれたお頭なら、僕の願い無碍にしないのも分かるでしょ? 懐大きいお姉様だよね」
 その言葉に、グムルはひとつ大きなため息をつく。肯定とも否定ともつかない声で、
「お頭は……べリアル様は」
 とつぶやく。

 その正面にラファルが立つ。
「悪魔の心を折る事をライフワークにしているこのラファル様だが、今回だけは言ってやる」
 金糸のような長い髪を揺らし、一語一語はっきりと、
「仲間は信用できるんだよ。それを思い出せ」
 悪魔への敵愾心はそのままに、それでもこの上なくまっすぐな言葉を告げる。

「皆待ってる。帰ろう?」
 ジェンティアンが微笑んで差し伸べた手に、ゆっくりとぎごちなく悪魔の指先が重なった。


●帰艦
 翌日、船へと送られるグムルを関わった者たちが見送った。
「帰っても盟約でディアボロは作れないけど」
 ジェンティアンが説明する。
「だけど天界側が地球の生き物をモデルにして敵を作ってきた時にグムルちゃんの知識は有益なんじゃない? あの船、あほの子多いし」
 見知った顔を思い浮かべて微笑みを浮かべる。

 悠司の前でグムルは一度足を止める。
「ヨウイチは……」
 躊躇いながら言いかけて、
「いや、やはり良い」
 言葉を切る。

「……俺はアイツとは違う」
 悠司は低く、何かを思いきるように言った。
 アイツは本当は何を求めていた? 得た力で何がしたかった? 答えはもう聞けないし、聞こうとも思わない。どちらが持たざる者だったか……聞きたくもない。


 この後、迎えた天王軍との戦いにはケッツァーの悪魔たちも参戦した。
 グムルの帰還がそのことに影響を与えたかどうかは定かではない。けれど人間陣営と冥魔陣営が力を貸し合い共に歩む時代は、確かに始まっている。




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