●ふれあい北ルート
良く晴れた朝。砂浜は集まった人々でにぎやかだった。
働き盛り世代は仕事で忙しいため、町内会からの参加者は高齢者と子供がほとんどだ。
しかしその中に、異彩を放つ集団が。
ゴミ袋にゴミはさみ、両手もしっかり軍手をはめた正統派ゴミ拾いスタイルの黒井 明斗(
jb0525)は良い。学園指定ジャージに身を固めた小宮 雅春(
jc2177)も良いだろう。
黒百合(
ja0422)が大きなリアカーを引っ張っているのも許容範囲内。麦わら帽子と薄手の服の鴉乃宮 歌音(
ja0427)も季節先取り感が強いがOKと言えるだろう。
だが、そこから先はいけない。
「サムライガール只今参上!」
紫の武者袴に編み上げブーツは不知火あけび(
jc1857)。(大正感)
ゴスパンスタイルで決めたヤナギ・エリューナク(
ja0006)。(ゴミ拾いに合わない)
バン・ギュ・ドン! のボディを薄手のドレスに包んだマリー・ゴールド(
jc1045)。(絶対何か起こる)
「お掃除アイドル川澄文歌、参上ですっ☆」
そしてファンクラブ会員を引き連れポーズを付ける川澄文歌(
jb7507)は何故かメイド服。
これだけでもコスプレ会場のようだが、トドメに。
「アキぺんぺんなのー!」
元気いっぱい、アキぺんぺんこと鳳 蒼姫(
ja3762)。その横には、
『キュゥ!』
シズラッコこと鳳 静矢(
ja3856)。
ペンギンとラッコの着ぐるみ夫婦が砂浜に降臨! 町内会ボランティアの皆さまの注目を一身に浴びている。
海上には学園島の影。物理的距離よりも、本土の良識と学園の常識の間が遠い感じがひしひしとする! 撃退士たちは、この心の壁を乗り越えられるのか!
「その……久遠ヶ原の皆さんも参加して下さるので、皆さん頑張って……」
役員の挨拶が終わらないうちに。
「さあ、一番ゴミを多く拾えるのは誰か競争よ!」
雪室 チルル(
ja0220)が飛び出した。その勢いにつられ、子供たちがわっと駆け出す。
「走っちゃ危ないって」
あけびは笑いながら追いかけた。雅春や咲賀 円(
jc2239)もそれに続く。
「きゃはァ、それじゃ海岸清掃の開始よォ」
黒百合がにんまり笑って言えば、
「さぁ、皆さんの力でこの海岸を素敵な海岸へ変えちゃいましょう♪」
文歌も明るく声を上げ、他の面々もゴミ袋をもって歩き出した。
(子供達についてくれる方々はいるようだな)
その様子を見た黄昏ひりょ(
jb3452)は、大人たちと行動を共にすることにした。
今日は真夜と歩こうかとも考えたのだが。彼女の恩人である矢松も来ると聞いて、それなら二人でゆっくり過ごしてほしいと思ったのだ。
(まぁ、一緒に行動も凄く捨てがたいんだけどな)
ただ、真夜とは学園でも一緒に過ごせる。
普段周りにいる人々だけじゃない。自分に出来る範囲で、出来るだけ多くの人が笑顔になれるように行動したい。
俺は俺の出来る事を。今日はいろいろな人と話をしてみよう。
ヤナギは老人たちと列の後方をゆっくり歩いていた。
「年寄りど一緒じゃあ、づまらなかっぺ?」
声をかけられ、首を横に振る。
「亀の甲より……何だっけ。年寄りは尊敬に値する『何か』を知ってることも多いだろ。爺さん婆さんからしか学べないことがあると思ってるゼ?」
その回答に婆ちゃんたちは相好を崩す。
「いいごど言うねえ!」
話しかけても怖がられるかもしれない……そう思っていたのだが。すっかり気に入られたようだ。
「デカかったり重いモノは俺が持つワ。レディファーストは当然だしな」
高齢レディたちは大笑いして、甘えるわと言った。
「綺麗に見えて意外に汚れているものですね」
雫(
ja1894)は河口近くを重点的に掃除していた。一番ゴミが多い場所だ。
「缶やペットボトルのゴミが殆どですね」
と、何やら見慣れたものが?
「なんでヒヒイロカネが此処に」
首をかしげる雫。誰かが海に落としでもしたのだろうか。ヒヒイロカネは撃退士の命、なくした者はきっと困っている。持ち主探しのために中身をチェック!
……壊れた魔具と大量の鉄くずが砂浜に現れた。
「改造に失敗したショックで捨てたのでしょうかね」
持ち主は余程不運が続いたらしい。けれど不法投棄はダメ絶対。
ということで回収。
開幕ダッシュ(フライング気味)で飛び出したチルルは、ゴミを拾って拾って拾いまくっていた。もちろん分別もしっかりと。さいきょーたるものゴミ拾いも最速かつ完璧にこなさなければならない!
「さすがあたい、やっぱりさいきょーね! この勇姿、このカッコ良さ。みんな驚愕し感動し、さいきょーだと認めること間違い無しよ!」
汗を拭きつつ自画自賛。しかし。
「ずるいよ、足早いんだもん。勝てないよ」
子供たちから文句が出た。
「仕方ないわね、あたいはさいきょーなんだもん。あんたたち全員でかかってきても、一番ゴミを拾うのはあたいよ」
胸を張るチルル。それが子供たちの闘志に火をつけた。
「ちきしょー、負けないぞ!」
「みんなで協力して追いつこう!」
撃退士に気後れしていた子供もいたはずなのだが、いつの間にかそんなものは吹き飛んでいた。
列の半ばあたりでは、ラッコとペンギンが精力的に働いていた。
ラッコは危険物や重たい物を率先して拾っていき、ゴミ拾い競争に夢中な子供たちが割れ物に触れようとすれば、
『キュゥ!』
と注意し、重すぎるものを持とうとすればジェスチャーでムリはやめろと伝えて怪我しないように気を配る。
ペンギンは草刈りを行い、海岸の見通しを良くし隠れたところのゴミも拾う。
町内会の誰もが目を瞠る模範的な働きぶりだ。
明斗も熱心に仕事をしている。モットーは『見えないところもしっかりと』。
ボランティアの人々に学園の撃退士は信用出来ると思ってもらえたら。そう願い、労働にいそしむ。
真面目に作業するその背中は、彼が信頼に値する人間であることをきちんと語っていた。
その横をリアカーを引っ張った黒百合が進んでいく。大きめのゴミ袋がもういくつも積み上げてある。
時折足を止め、レンタル品の金属探知機を取り出し砂浜を丹念に探ってみる。
「何か面白いものを拾えないかしらァ♪」
探知機が反応する場所を探し、見つかったものがゴミならゴミ袋、価値のありそうな物なら別にしておく。
「うふふ……何だか楽しいわねェ……」
ちょっとした宝探し気分だ。
雫は見つけてしまったものを凝視していた。
「これは……燃えるゴミで良いのでしょうか?」
何とそこには、砂に埋もれた天魔。何がどうしてこうなった。衰弱しきった様子で砂から出てくる気配もないが。
「処理が必要ですね」
大剣を取り出す。ご近所の皆さまの安全のため、天魔滅すべし。
後方で大きな音がした気がしてマリーは顔を上げた。振り返ると列の後ろで砂煙が見えたが、騒ぎになってはいない。何でもないようだ。
それより、今日の彼女には大切なことがある。『学園生は怖くない』。そのことを子供たちに知ってもらうのだ。いつも自らのドジで大変な目に遭う彼女だが、今回こそは違う!
「ドレスの下は水着です。ドンと来いです」
水着とゴミ拾いは関係ない気が?
そして張り切って働いていた彼女は、浜に打ち上げられていた海草で足を滑らせ盛大に転んだ。ドレスがめくれ上がり、セクシー水着の下半身が丸見えに。
「うう……負けないのです」
立ち上がろうとしたところへ、この日一番の大波が! そのまま波にさらわれ海中へ。
「うぷ……た、助けてですぅ〜!」
半ベソ。マリーはカナヅチなのだ!
急を知らせる子供たちの声で、地元のオッサンが海に飛び込み救出。
「あ……ありがとうございましたぁ……」
砂浜にぺたりと座る彼女の体には濡れた薄いドレスがぴったり貼りつき、発育の良い体が透けて見える。(フラグ回収完了)
「変なの、撃退士のくせに溺れてるー」
ある意味親しみやすいのか、我儘ボディの吸引力か。男の子たちが周りではやし立てる。
「うぅ……思ったのと違うです」
がっくりするマリーだが、とりあえず水着は役に立った。
「まあまあ。撃退士と言っても根っこは同じ、普通のお兄さんお姉さんですよ。私なんかは、普段は手品のお兄さんですから」
さりげなくマリーを皆の視線から守る位置に立って、雅春はニコニコと言った。
嘘だぁ、オジサンでしょー、とからかうような声。
「こらそこ、おじさんって言わない」
と言いながらも満更でもない。
(私も真っ当な大人になっていれば、このくらいの子供がいたんでしょうか)
しみじみと思ってしまう。
「そういうことだな」
スタスタとやって来た歌音が、水分補給しながらクールに言う。
「人間にも怖い人がいる、と思えば撃退士だけが怖いとは思わないだろう? アウルを持ってるだけの人間さ。戦隊ヒーローと同じ。戦隊ヒーローもいれば悪の組織もいる。認識はそんなものだよ」
あでやかに笑う。
「天使も冥魔も同じ。怖い人も優しい人もいる。そうだな、コミカルに貶めてみよう。『羽や角が生えたコスプレの人』……」
「さあさあ、皆も水分補給して。日差しが強いですからね」
何だか話が怪しくなって来たので雅春は急いで遮った。おかしい、途中までいい話だったのだが。
歌音は鼻歌を歌いながらまたゴミ拾いを始めた。
わっという声がした。
ラッコとペンギンが息の合ったダンスを披露していた。人一倍真面目に清掃活動にいそしむも、その存在感のゆえに結構引かれていた二人、いや二匹。
スキル『ダンス』を使って華麗なステップと身のこなしを披露する。
「いえーいなのですよぅ☆」
『キュウ!』
ターンしながらゴミ拾い。ポーズを付けてしっかり分別。
「皆さんもご一緒にですよぅ☆」
疲れと飽きが出始めたところに、明るい音楽と楽しいダンスは皆を笑顔にする。
すぐに小さい子供たちが周りで踊り出した。やがて大人たちも軽く体を動かしだす。
曲が変わるとロボットダンス。カクカクした動きに笑い声が上がる。
「ゴミのポイ捨てはダメですよっ」
ゴミを減らす為のマナーもPRした方がいいかもしれない、そう思いながらゴミ拾いをしていた文歌。と、メイド服が引っ張られた。振り向くと女の子が、
「あの、文歌ちゃん……私、ファンなの」
小さな声で言った。
「もしかして、心美ちゃん?」
少女はうなずく。
「会えて嬉しい。文歌ちゃんがお掃除に来ると思わなかった……」
「私も心美ちゃんに会えて嬉しいよ」
文歌は心美に微笑みかける。
「スクールアイドルは何にでも挑戦がモットーなんだよ。アイドルに海岸清掃が似合わないって固定観念もこんなに簡単に打ち破っていける。だから撃退士や天魔が怖いと思うお友達の心も、心美ちゃん次第で簡単に打ち破っていけるよっ」
心美は目を丸くする。それから憧れのアイドルの励ましに目を潤ませた。
「うん……文歌ちゃんが言うなら、頑張る」
円はカンの良さを発揮して効率よくゴミ拾いをしていた。
(怖がられるかもしれないけど、これをきっかけに子供たちと仲良く出来るといいな)
そう思って来たのだが。
やっぱり、子供たちはあまり寄って来てくれない。仕方ないけれど、ちょっと寂しいな……と思っていると。
かがみこんでいる男の子が目についた。すりむいた膝から血が出ている。
「大丈夫? 怪我してるじゃない」
「さっき転んで……」
「気をつけなきゃ」
円は水筒の水で傷口を洗ってやる。それから用意してきた絆創膏を取り出した。
「貼ってあげるね」
微笑みかけると、男の子もはにかんだ様子で笑い返した。
「ん? これは何かな……」
子供たちの引率役を買って出たあけび。世話好きな高学年女子と仲良くなり、すっかりグループに馴染んでいる。
波打ち際で燦めく何かを拾い上げる。ガラスの小さな瓶だった。
「何か入ってるよ」
子供が指さす。
「手紙みたいだね……どれどれ。みんなもおいでよ」
周りの子供たちにも声をかける。何やら決然とした表情でやって来た心美の手を取り、子供たちの輪の中に入れた。
「ええと……東京の子からだよ! 読んだらお返事下さいって!」
その言葉に子供たちからおおーと驚きの声が上がる。
「住所も書いてあるよ。子供会でお返事書いたらどうかな?」
提案すると世話好き少女がうなずく。
「やる! みんなで書こうよ! 島の子もおいで」
世話好き少女は心美の手を取った。その様子に、あけびはにっこり笑った。
ひりょは大人たちとおしゃべりしつつ一緒に歩いていた。他愛もない話題が多かったけれど、つくばに住んでいた親類の安否を心配している人がいた。学生時代の友達の家が横浜ゲート内にあり、未だに連絡が取れないと言っている人もいた。
この海岸は穏やかだけれど、暗い影と無縁なわけではなく。
今は自分に出来る事として精一杯清掃を頑張る。そう思うから力仕事は率先して引き受け、体調を崩す人がいないか配慮し、のんびり和やかな空気を笑顔で保つ。
今日出会った人が、少しでも笑顔であるように。それが彼の願い。
明斗と町内会役員が難しい顔で話しているところに雫が追いついた。
「どうかしましたか?」
明斗がストレイシオンを召喚して海中のゴミも探させたところ、何と車が沈んでいるという。
「流れ着いたと言うよりも捨てに持って来たのでは?」
雫が眉をひそめると、役員はいまいましげにうなずく。
「俺たぢの海はゴミ捨て場じゃねえのによ」
「召喚獣に引き揚げさせましょうか」
明斗が言う。そこで雫は、海中に沈められた人工物が魚類の住処となるという話を思い出した。
その話をすると役員は顔をしかめる。
「どうせなら、もうぢっと沖に沈めでぐれれば良かったのにな」
今の場所は浜に近すぎるらしい。そういうことなら……。
まずは明斗がストレイシオンで車を引き揚げる。それを雫が烈風突で指定された場所に弾き飛ばす。これならどうだろう。
役員は愁眉を開いた。
●しっとり南ルート
南側からの出発地点にも、地元ボランティアと共に撃退士たちが集まっていた。
しかし不思議なほどこちらのメンバーの服装は落ち着いている。帽子やタオル、動きやすい服装に軍手……一般参加者とまじって違和感のないスタイルが多い。
その中で、樒 和紗(
jb6970)は違う意味で目立っていた。長い黒髪を二本のおさげに編み、つば広の麦わら帽子に小豆色のジャージ上下。
「やはり作業は動き易い恰好でないと」
当然のようにうなずくが、地元民以上に地元民オーラを強烈に放射している。気合半端なさすぎ。
「あ、坂森」
挨拶に来た真夜にビニール手袋を差し出す。
「良ければどうぞ。濡れますから」
「ありがとうございます! でも樒さんは?」
「俺は軍手が正装なので」
両手にはめた白い軍手が眩しい。
それから和紗は真夜の頭にひょいと麦わら帽子をかぶせた。
「日差しが強いですから。熱中症に注意を」
面倒を看る姿は姉のよう。自分はスポーツタオルを頭にぐるっと巻いた。和紗の農家力が上がった!
役員が挨拶し、海岸清掃スタート。
「海岸掃除も悪くない……」
御剣 正宗(
jc1380)は潮風をいっぱいに吸い込んだ。
今日は恋人のユーラン・ソエ(
jb5567)とその兄のユーラン・アキラ(
jb0955)が一緒だ。
「ここらへん、結構ゴミ多いな……」
熱心にゴミ拾いをするソエの隣りで、
「何かいい物……落ちているかも……?」
正宗は清掃しながらいい物探し。そのうち二人の頭がコツンとぶつかった。顔を上げると目が合って、どちらからともなく微笑んだ。
「ほら、坂森ちゃんにお手本見せないと」
一方。真夜の恩人、矢松は砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)に拉致されていた。ちなみにジェンティアンはNot芋ジャージ、カジュアル系私服。和紗には何故着ないのかと詰問されたが逃げ切った。
「矢松ちゃん可燃担当ね。僕は缶」
勝手に分担を決め、
「これ可燃。これも。これも」
見つけた可燃物はぽいぽい矢松に投げつけるスタイル。
「やめろ、私はゴミ箱じゃないぞ」
そもそも漂着物全体の中で『缶オンリー』と『可燃物全般』のどちらが多いかは自明の理であって。
「矢松ちゃん、コート暑くないの?」
「これは魔装だ、話を逸らすな」
「坂森ちゃんの手作りチョコ、ちゃんと食べた? 感想言った? ねーねーねー」
完全にオモチャにしている。
その瞬間。殺気を感じ、ジェンティアンは咄嗟に防壁陣を展開した。
アウルで作られた防御の壁をしかし突き破り、飛んできたハリセンが彼の頭にヒット! スッパーンと軽快な音を立てる。
「人に迷惑をかけていないで働きなさい」
和紗の見事なロングレンジショットであった。
「流石の命中力だね!?」
バッタリ倒れるジェンティアンの背中に空き缶をどさどさ乗せて、矢松はさっさと立ち去る。砂浜に変死体(違)が残された。
一方。
「ひどいな、海はこんなに綺麗なのに浜辺はゴミだらけ」
山里赤薔薇(
jb4090)は海岸の様子に憤慨し、吸殻やら空き缶やら、落ちているものを一生懸命拾い歩く。
「地元も海に囲まれた島だから、よくこんな奉仕活動子供会でしてたよ」
礼野 智美(
ja3600)もゴミの多さにため息をつく。
「人が少なくて毎年大変だったっけ」
それでも、海岸を綺麗にするのも人心を安心させるのも大事。だから進んで参加した。
「紙雛?」
汚れた白い紙の塊を軍手で拾い上げ、智美は首をかしげる。
「昔なら兎も角……でも子供の手作りっぽいし、これは責められないかも」
「風流ですね」
大きな麦わら帽子とショールで頭と首筋を覆った真里谷 沙羅(
jc1995)が目を丸くする。
「ペットボトルやその蓋は定番だよなぁ。後、ビニール袋。何で海岸に流れ着くように捨てるんだか」
智美の持つゴミ袋はどんどん重くなっていく。
「ゴミをポイ捨てする人は、ゴミに埋もれちゃえばいいのに。海も山も空も人間だけのものじゃないよね」
青い空を見上げて言う赤薔薇。二人の額に汗がにじむ。
「日差しが厳しくなってきましたから、良かったら日よけに使ってください」
沙羅は持ってきた大きめのタオルを二人に手渡した。
「ゴミ拾い頑張りましょう。何か楽しい出来事はあるかしら?」
ふんわり微笑みながら、周りをくるりと見渡す。
「綺麗な貝殻とか動かなくなった懐中時計とか落ちてないでしょうか」
その言葉に砂浜に目をやると、海草の間に薄いピンクの貝殻が見えた。赤薔薇は拾い上げ、そっと耳に当てる。
「……海の囁きが聞こえる」
思えばずっと戦いばかりで自然に接していなかった。こんなに近くの海岸なのに、立ち寄ったことがあっただろうか。
「嬉しいな」
小さな貝殻を見つめて呟く赤薔薇を見て、沙羅も智美も優しく微笑んだ。
龍崎海(
ja0565)は万一に備え阻霊符を展開して清掃に臨んでいた。光纏の青いオーラは消しておく。
海は綺麗な方がいい。自分の名と同じ『海』が彼は好きだ。
日射病対策をしっかりとしてせっせと働くが、周囲に高齢の人が多いことが気になった。
(ゴミを持って行ったり来たりで余分に歩くのはつらいんじゃないかな?)
「袋がいっぱいになったらその場に置いておいてください。俺がまとめて集積所に持っていきますから」
周囲のボランティアに声をかける。自分のゴミ袋を持っていく時に、持てるだけ持って集積所との間を往復した。
「おーい。イルカが迷い込んでっど」
大きな声が浜に響いた。海の方を見ると、波の間に黒い影が見える。
「あー、まだ子供だなあ」
漁師だという老人たちがため息をつく。
「はぐれているのかな……?」
正宗がたずねると老人はうなずく。
撃退士たちは目を見かわした。こういう時こそ、彼らの出番だ!(多分)
「分かった、ゴミ集めの方は引き受けるよ」
イルカ対策に人が集まりそうだと見て智美は言う。
「そちらは任せる」
「よろしくお願いします」
海と和紗も居残り、老人たちの負担が少なくなるよう手を貸す。
「真夜ちゃんも手伝ってくれるかな」
アキラに言われ、真夜もイルカ対策に参加。
イルカ対策班には、地元の漁師が漁船を用意してくれた。
「矢松ちゃん操縦お願い。みんなに尊敬されるよ?」
ジェンティアンが輝く微笑で強要と書いてのお願い。矢松は漁師と船を取りに漁港へ。
その間、動物が得意なソエと赤薔薇がゴムボートで傍に寄ってみる。
「弱ってるみたい」
「アキラ兄! この子、怪我してるよ」
すぐにアキラは決断した。二人は医者の子だ。治療してみよう。
「漁船に乗せてもらう?」
妹の言葉にアキラは首を横に振った。
「水から上げると負担が大きいだろ。俺が潜って傷を見てみる」
すぐに準備運動を始める。
「怪我してるなら、気持ちを落ち着けてあげた方がいいね」
ジェンティアンも水に入った。日差しは暖かいが海水はまだ冷たい。
イルカにマインドケアを使用。効果が出たところで彼は水から上がり、アキラと交代する。
「大丈夫……。俺が、ちゃんと群れに帰してやるからな?」
優しく声をかけながら、アキラは傷口を探す。幸い、軽い処置で海に帰せそうだった。
ソエと二人で傷口をよく洗い、薬を塗り込んでいく。
治療が終わる頃に漁船が到着した。
漁船でゴムボートを曳航しながら、イルカを沖へ誘導することに。
「皆で協力して親イルカを探そう」
赤薔薇は甲板で双眼鏡を構える。
アキラは泳いで群れを探すことにした。ヒリュウも召喚して、並行して別の方向を探してもらう。寄り添って泳げばイルカも安心するかもしれない。
正宗は翼を広げ空から捜索する。
ソエはゴムボートでイルカに寄り添う。沙羅も一緒に乗って声掛けを手伝った。
スキルを繰り返し使用して正宗は飛び続けた。最後のフライトでようやく沖で上がる水しぶきを見つける。
すぐに戻って仲間に知らせ、自分はイルカの傍へ飛んだ。
「あっちに君の仲間がいたよ……」
その言葉が通じたのか。イルカの泳ぎに少し力がこもったように見えた。
群れが近付いてきた。船に興味を持って寄って来たのか、仲間がここにいることが判ったのか。
気付くと周りは一面、イルカだらけになっていた。
海中から飛び出し、飛び跳ね、また潜る。目の前で自由に躍動するイルカたちのショーが繰り広げられる。
子イルカがゴムボートの傍を離れようとした。
「あ……」
ソエはハッとする。これでお別れなのか。
離れたくない。そう思い、しがみついてしまう。
「ソエ」
アキラの声がした。
「帰してやろうぜ」
そう言う彼の目元も濡れている。
「アキラ兄。イルカさん、群れに戻っていけるかな……?」」
妹の問いに兄がうなずく。もう一度だけその体を撫でて、ソエは手を放した。
キュイ、キュイと鳴き声が響く。子イルカは一度高く海面をジャンプして、それから群れと一緒に遠ざかっていった。
●労働の後
合流地点では町内会長他役員たちが、バーベキューや漁師汁、刺身など海の幸たっぷりの料理を作って待っていた。
急用で遅れてしまった木嶋香里(
jb7748)はこちらで料理の腕を存分に振るっていた。同じく急に来られなくなった馳貴之(
jb5238)からの差し入れのビールも冷えている。
「皆さんおつかれさまでした♪ たっぷり食べて下さいね♪」
黒百合は金属探知機で集めた価値のありそうなものを周りに適当に配った。誰も欲しがらないものは改めてゴミへ。
アキぺんぺんは、この場で燃やしてしまって問題ないゴミを集めて火をつけた。たき火の煙が黒々と上がる。
歌音もまとめたゴミを片付けたり、子供たちに食事を配膳してやったりと皆の手間が省けるように動いている。
「どのお料理もすごく美味しい……」
並べられた料理に赤薔薇は舌鼓を打つ。
「新鮮なものはやっぱりおいしいな」
海は獲れたての魚の刺身をメインで狙っていく。
「いっぱい食べなせえ」
町内会のおばちゃんが勧めてくれる。
(海が汚れたらこんな美味しいお料理も食べれなくなっちゃう)
青い海を眺め、料理を楽しんで元気百倍! 午後もゴミ拾いを続けよう。赤薔薇はそう決めた。
「それでは、皆でおいしく頂きましょう」
雅春の言葉で子供たちと一緒の食事が始まる。
「やっぱりさいきょーはあたいだったわね!」
チルルは得意げだ。誰が一番ゴミを拾ったかは正直、測定不能だが……子供たちに勝ったのは確か。
「くそー、次は負けねえ!」
「また来いよな」
戦いを通して友情が生まれたようだ。
「あっ、鉄板は熱いから気を付けるんだよ」
その横であけびは周りに気を配りながら食事を満喫。
「はまぐりがすごく美味しい! 仕事の後のご飯は格別だなあ」
姫叔父も誘えば良かったなー、と思ったり。
「本当ですね」
うなずきながら、明斗はストレイシオンに大きな魚の身を食べさせ撫でた。
「よく頑張ってくれましたね……おや?」
BBQを遠巻きに見ている子供たちがいる。
「一緒に食べましょう。召喚獣に触ってみますか?」
おずおずと近付いてきた子供たちはそっと、その青い鱗に触れた。
「ほら……顔にソースがついていますよ?」
円は仲良くなった少年と並んで食事をしていた。口もとを拭いてやる。男の子は照れた。
雅春は子供たちにせがまれちょっとした手品をやって見せる。
「坂森さん、矢松さん、おつかれさま」
ひりょは二人を見つけて横に座った。
「そっちはどうだった?」
イルカの話を聞かされて、目を丸くする。
「そうだったんだ。俺の方は、いろいろな人と話が出来て有意義だったな」
「イルカ可愛かったんですけど、ユーランさんが……」
真夜はちらりと横を見る。
長時間泳ぎ続けたアキラは、ぐったり横たわっていた。目の前にイルカがいた間は気が張っていたが、水温もまだ低いので体力を持っていかれた。ソエと正宗が面倒を看ている。
「真夜。食ってねーじゃんか」
通りかかったヤナギが真夜の皿にどっさり海産物を取り分ける。
「ありがとうございます」
礼を言う真夜にヤナギは片目をつぶってみせる。
「こっちこそだゼ。いつもありがと、な」
自分の方がお世話になっていると思う真夜だった。
そのやり取りをチラリと眺めた矢松はひりょに、
「今日は坂森君と一緒でなくて良かったのか?」
と尋ねる。
(そういえば)
ひりょは大宮での出来事を思い出した。
(前に矢松さんには不機嫌な顔をされたんだよな、何故だろう?)
「だって、今日は矢松さんがいてくれるじゃないですか」
屈託ない笑顔で返すと、矢松は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。
「皆さん、おつかれさま! 私の歌を聴いて今日の疲れを癒していってね☆」
食事が終わる頃、明るい声が砂浜に響く。アイドル文歌のゲリラライブだ!
明るい日差しの中、次々に持ち歌を披露していく彼女の声に、近くにいた誰もが身も心も癒されるように感じた。……『癒しの風』を使用しているので、本当に癒されていたり。
「ね! 文歌ちゃんはすごいでしょ!」
心美は懸命に文歌の魅力を布教していた。子供たちもうなずく。
「撃退士も戦うだけじゃないんだね」
「いろんな人がいるんだね」
傍に立った沙羅はそれを聞いて微笑む。
「私は撃退士になれて良かったと思っています。だって護る力を手に入れる事が出来るようになったのですから」
哀しみは琥珀色の瞳に深く沈め、そっと子供たちの肩に手を置く。
「力はその人の使い方が大切で、その人次第ですよ」
それはきっと、撃退士でなくても。
食事を終えた和紗は砂浜をキャンバスに『スケッチ』で絵を描く。皆の楽しそうな様子、可愛かったイルカが美しく生き生きと描かれる。
「すごい! きれー」
寄って来た子供たちに、和紗は微笑みかける。
「何か好きなものを描きましょうか? 立体を作ることも出来ますよ」
時間が経てば消える儚いアート。だからこそ、この日の記憶に鮮やかに残るかもしれない。
ジェンティアンはそれを眺めながら、喉の調子を整えた。文歌のライブが終わったのを確認し、低い声で歌い始める。『歌唄い』も使用して、響く声に人々が耳を傾ける。
「こっちもリクエスト受け付けるよ。特に女子」
言った後、ハクションとくしゃみをする。そういえば彼も海に入っていた。
「ま、日差しあるし平気でしょ」
と軽く笑う。午後の潮風は体を冷やすのでお気を付けて。
波打ち際ではラッコがぷかぷか浮いていた。子供たちが大声を上げながらその周りで遊んでいる。
『キュゥ〜♪』
皆が美味しいものを食べている時もシズラッコはシズラッコとして、アキぺんぺんはアキぺんぺんとして振る舞った。頑張れ、大人たちがちゃんと食べ物を残してくれている。そしてたき火の中にはアキぺんぺんがおいもを仕込んでいるので、後で美味しく食べてくれ。
「んー……」
海面に浮かぶ夫をしばらく眺めていたアキぺんぺん。
何を思ったか、急にシズラッコをがしがし洗い始めた!
「シズらっこも綺麗にするのでっす☆」
『キュウ?!』
「清掃活動の一環なのです」
子供たちからも手伝うという声が上がり、なぜか海で洗われるラッコであった。海水で洗って綺麗になるのか?
「今日はありがとうごぜえました」
片付けを手伝っていた海に、町内会長が声をかける。
「おかげで楽しかったっぺ……おらげ(家)がらも学園島は見えるげんど、正直、今までは別世界みだぐ思っていだですよ。けど、今日は来てもらって良かったよ」
楽し気にたわむれる撃退士と参加者たちを、優しい目で見やる。
「本当にありがづべな。ご近所同士、まだよろしぐお願いしますよ」
「おや、そろそろ時間みたいですねぇ。それじゃ最後は、アキが締めるですよぅ☆」
会長たちの様子を見て終わりも近付いたと気付いたアキぺんぺんは、ラッコを洗う手を止めた。
「季節外れの打ち上げ花火をご覧くださいですよぅ☆」
『ユキの「大炸裂SHOW」』。色とりどりの大輪の花火が空にいくつもいくつも打ち上げられる。
蒼空を彩る華に、しばし皆が見とれた。