●悪魔祓い(物理)
良く晴れた四月の昼下がり。観光農園に四人の影が集う。
「またアイツ……か。前回といい今回といい、この人数捕まえて何で何もして無ェンだ?」
首をかしげるのはヤナギ・エリューナク(
ja0006)。
「詳しい事は知らねーけど、アルファールって悪魔にゃ独自の拘りがあるっぽいな? そのお蔭で俺達にも付け入る隙があるって訳だが……」
農園のホームページを見ながら言うのは小田切ルビィ(
ja0841)。
「『また、縁があった』ね……」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は肩をすくめた。
「さてどうしよう。アルファールちゃんを誘導するのが一番かねぇ」
「そいつの興味が他に移ればワンチャンって所かね」
ルビィがうなずき、
「ま、とりあえずは平和的にお帰り願うとすっかね」
ヤナギが髪をかき上げる。
(戦って敵を倒せるのなら、どれだけ楽なことか……)
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は後ろでこっそりとそう思う。彼女は本来、武力による解決を第一とするコテコテのタカ派である。天魔との和解はありえない、それが本音だ。
だがディアボロ五十体と悪魔が二体。更に幼い子供を含めたたくさんの人質。
状況が状況だけに今回は平和的に解決せざるを得ないだろう。
入り口の周囲に数頭、大きなヤギのようなディアボロがいた。
「本日、芝桜の花畑は立ち入り禁止で……詳しくはホームページをご確認いただきたいのですが」
引きつった笑顔でスタッフは『逃げろ』と伝えてくる。久遠ヶ原の学生証を見せ、ホームページを見て来たと言うと相手の顔が安堵で歪んだ。
その期待に応えなければ。思いを新たに四人は園内に足を踏み入れる。
ヤナギは深紅の髪色と髪型を変化の術で地味に変えた。ルビィは銀の髪を黒髪のウィッグに、鮮やかな赤い瞳をメガネで隠し、ほぼ別人な姿へ。
これから出会う未知の悪魔には、出来ればあまり印象を残したくない。
件の悪魔を探すため歩き出す。連れ歩いているという園長の顔をHPでもう一度確認する。
ルビィは別行動したいと申し出、みな承知した。連絡先は交換してあるので問題はない。
●使用人悪魔
中の様子は穏やかだった。笑い声を上げる小さな子供とそれを追う大人たち。当たり前の行楽地の風景。
大人だけのグループはさすがに表情が硬い。そこここで深刻な顔で話し合っている。
「はい、コドロワちゃん」
ジェンティアンは買ってきたチュロスをエカテリーナに渡した。
「気遣いは不要。依頼の最中だ」
ディアボロの位置を視認しながら、ばっさり断る。
「だから。一般客らしく楽しまないと浮いちゃうでしょ?」
にっこり微笑みかけられ、変装の一環として彼女はそれを受け取った。かじってみると甘かった。……調子が狂う。
「おい。アレ、違うか」
ヤナギが視線で前方を示した。二人もさりげなくそちらに目をやる。
ラフな格好の客たちの中に異質な二人がいる。スーツ姿の中年男の横に、貴族の使用人の如き服装と物腰のほっそりとした若い男。
軽くうなずき合って、三人はそちらへ向かった。
「あー……ちょっと」
ヤナギは後ろから声をかけた。黒髪の悪魔が振り向く。神経質そうな顔が彼を見た。
「私に用か。直接声をかけてくるとは肝が据わっているな」
感づかれたかとヒヤッとする。ジュルヌは更に眉間にしわを寄せた。
「その殺気を振りまいている女は何だ」
視線の先に立つのはエカテリーナ。
「失礼。私は元軍人でな」
眼光は鋭いまま、敵意がないことを示すため軽く両手を広げる。
「迷い込んだだけの外国人観光客だ。怪しくないぞ、この通り滞在を楽しんでいる」
冷然とした口調と表情で、かじりかけのチュロスを突き付ける。
彼女の堂々とした様子にジュルヌはそんなものかと納得したようだ。
「まあいい。それで、用件は?」
ヤナギは怯えた一般人に見えるよう演技しながら答える。
「あのさ、アンタのツレが探してたゼ? 何か別の場所行くトカ言って、あっちの方に飛んでったみてェだケド」
漠然とあらぬ方向を手で示す。
「連れ……アルファール様か?」
ジュルヌは眉間にしわを寄せた。
「あっちに行きました」
ジェンティアンが加勢する。指さすのは花畑とは逆の方角だ。
「あなたを探し回っていたようですけど?」
「私を?」
ジュルヌが首をかしげる。このまま、口車に乗って園を出て行ってくれれば助かるが。
「あの方にも困ったものだな」
ジュルヌはため息をついた。
「どうせ絵を描くのに飽きたのだろう、腰が落ち着かなくて困る。いや、だからこそ私がしっかりと獲物を管理しなくては。それこそが家令としての腕の見せ所……」
そこまで言って、三人がまだ傍にいることに気付いて言葉を止める。
「まだ何か用か」
「えーと、あの」
ヤナギは急いで言った。
「放って置いても良いのか? 何つーか、困ってたみたいだったからヨ」
ジュルヌの忠誠心に訴えてみる。
だが、相手はとりあわなかった。
「気にしなくていい。本気なら直接私の元にお出でになる。ご苦労だった、行って良し」
まるで格下の使用人を追い払う態度だ。
ヤナギは迷った。食い下がるべきか? 二体の悪魔を同時に相手にするのは避けたい。
その様子に、ジュルヌは合点がいったようにうなずいた。
「ご命令を果たさなかったと叱責されることを恐れているのだな。安心せよ、大切な財産を傷付けるようなことはさせない。ああ、でも……」
そう言って彼は深々と溜息をついた。
「形だけでも探しておくか。後で文句を言われても面倒だからな。まったく困った方だ……あっち、だったな?」
ジェンティアンがうなずくと、悪魔はそちらの方向に早足に歩き出した。ついて来いと命令され、園長が慌ててその後を追った。
とりあえずは目的達成……だろうか。だが急いだほうが良さそうだと感じて三人は速やかに花畑の方向へ向かった。
●足止め作戦
ジュルヌは漫然と出口方向に歩いた。主が見つかるとは期待していない。そんな簡単な相手ではないのだ。
と、角を曲がったところで男とぶつかった。
「あっ……! ごめんなさい!」
黒髪(ヅラ)にメガネ、変装したルビィである。仲間からの情報を受けて先回りしていたのだ。
ルビィは自分がぶつかったのが悪魔だと知って青くなった……フリをした。
「どうか、命ばかりはお助けを……!」
ぺこぺこ頭を下げる彼を、ジュルヌは胡乱そうに眺める。
「良い。主の財産を損なうようなことはせん」
そう言って、
「やれやれ、アルファール様か……」
小さくため息をつくのをルビィは聞き逃さない。
「誰かをお探しですか? お、俺に出来る事なら何でもお手伝い致しますので!」
仲間がアルファールと接触する時間を稼ぐ為、ジュルヌの誘導を試みる。それが彼が自身に課したミッションだった。
●花園の悪魔
農園の一番奥。そのとば口からは一面の花畑だけが目に映るように設計されている。
そこに長い薄茶の髪をたなびかせ、悪魔がひとりで座っていた。
HPには間抜けな会話が掲載されていたが、雷撃で駅舎を破壊したこともある相手だ。油断はできない。
「よ、また会ったな」
変化の術を解き本来の姿に戻って、ヤナギはそう声をかけた。彼には前回会っている。その時の感じなら堂々と入っても大丈夫だと判断した。
「今日は梅じゃなく芝桜だケド」
「筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる ……深い想いの梅は主様のお気に召したかな?」
ジェンティアンも微笑みかける。
アルファールは面倒くさそうな動きで振り返った。そして撃退士たちを少し眺め、
「見た顔だな」
と言い、にやりと笑った。
「べリアル様かい? もちろん花も歌もあの方にはよく似合ったよ。あの方がお気に召したかどうかは問題じゃないんだよ、僕が選んだものがあの方をより美しく輝かせる、そのことが重要なんだよ!」
スケッチブックは放り捨てる。ジュルヌの読み通り、飽き始めていたのだ。
相槌を打っていいのかどうか判らないので、撃退士たちは打ち捨てられたスケッチブックの方に目をやった。『絵の上手な中学生』くらいの画力で風景が写生されている。
ピンときた。これまでの行動から考えて、これも『贈り物』なのだろう。
「……アンタの主に見合うモノを献上したいんだっけ」
ヤナギの呟きにジェンティアンが乗る。
「んー、君の最愛の人にはこの花、地味じゃない?」
たくさんの花が一面に咲いている姿はそれなりに見応えはあるのだが。思い通りに話を持っていくため、あえてそう口にする。
「やはりそう思うかい?」
アルファールは食いついて来た。
「そうなんだよね……。この景色は美しいのだけれど、地に咲く小さな花というところがどうもあの方にそぐわないのだよなあ……」
絶好。ジェンティアンは心の中でほくそ笑む。表面はあくまで友好的に、
「あ、そうなんだ。だったらもっと相応しい花があるよ?」
相談に乗る調子でさりげなく言葉を紡ぎ出す。
「桜の木なんだけど」
「サクラとやらなら見た。確かに美しいが、この前と同じ趣向になってしまうからなあ。そういう芸のないのはイヤなんだよ」
注文は聞き流し、ジェンティアンはスキル『創造』を使う。手の中に一本の桜の木が形作られていく。
「神々しい巨木でね、ここの桜より色も濃くて華やかだよ」
「小さいじゃないか」
「これは僕がアウルで作ったレプリカ。本物は見上げるほどの巨木」
説明を受けて、手の中の桜を悪魔はじっと見つめる。
「夜はライトアップされて、一層気高いゼ。それにその桜の花言葉……っつーのがまた良いンだ。高尚とか美麗とかな」
ヤナギが言葉を添える。
アルファールの肩がピクリと動いた気がする。これはもうひと押し、と撃退士たちは目配せし合った。
「それでも足りないか? それならさ、こいつが言ってるトコから少し離れたところに絶好の夜景スポットがある。キラキラして、この世のモノとは思えない程だゼ? 地上の星空みてェでな」
ヤナギがジェンティアンの肩を抱いて片目をつぶれば、
「そうだな。確か桜のある場所からも夜景が見えたと思うが。それも見ものだと聞くぞ」
エカテリーナが大真面目な顔でホラを吹く。彼女は虚実取り混ぜた情報で悪魔たちを攪乱するつもりだ。
「花が好きなら貴様らの興味をそそりそうな花がたくさん咲いている場所があるぞ。主への土産には絶好だろうな」
「そ、それはどこだ」
アルファールは釣られた。
「あっちをずーっと飛んでけば見つかる」
ジェンティアンは大真面目に北の空を指す。
「主様に相応しい美しさだからさ。本当、おススメだよ?」
べリアルちゃん知らないけど、と心の中で舌を出す。
「今すぐ出発しないと間に合わねェかもな。急いだ方がいいんじゃねー?」
さりげなく急かすヤナギ。
「ああ。夜景はともかく、花には見ごろというものがあるからな」
エカテリーナの言葉には妙に重みがある。
実際には件の桜はまだ花期を迎えていない。万一たどり着いても、花のない木はレプリカとは違って見えるだろう。見つけられずに延々探し続けてくれればありがたい。
「そ、そうか」
アルファールはいかにも落ち着かない様子になってきた。
「そういうことなら一度見てみた方がいいかもしれないな。もちろんべリアル様にふさわしい物かどうか判断するのは僕だけど、まずは見てみないとな」
今にも空に飛びあがりそうだ。
「あ、でもちょっと待って。和歌や美しい物が好きならもっと教えてあげるから……」
ジェンティアンがあわてて止める。
「何だ。忙しいんだよ、早くしろ」
ぐだぐだしていたくせに偉そうである。ジェンティアンは悪魔を一番近い公衆電話まで連れて行った。
使い方を実演して見せる。
「この順番で数字押して、僕の名前伝えてね。場所言ってくれれば会いに行くからさ」
「ふーん」
アルファールは興味がなさそうだったが、小銭と斡旋所の番号を書いたメモは受け取った。
「じゃあ、もういいな? そのサクラとか、キラキラとか、いろいろあるのはあっちだな?」
指さす方向に撃退士たちがうなずくと、アルファールはあっという間に虚空へ飛び立ち、すぐに見えなくなってしまった。
●悪魔祓いの結末
その間、ルビィはジュルヌに張り付いていた。主探しを名目にアミューズメントやレストラン、ショップを引っ張り回す。
意識を花畑からそらすのが主な目的だが、
(人間や人間の造り出す物の良さを、少しでもこいつに知って貰えれば)
そうも思っている。
「人間は回ることが好きなのだな」
観覧車、コーヒーカップ、あひるボートを制覇したジュルヌの感想は以上。意図が伝わっているかは不明である。
売店ではジュルヌから土産選びの苦労話を聞き出し、さりげなく品物選びの手伝いもする。
「美しいものがお好きなら、こういうのはどうですか?」
ルビィは絵葉書や栞の置いてあるコーナーから動植物の写真が使われているものを選んで悪魔に見せた。
「これはどなたかへのお土産というよりアルファール様向けだな。しかし、果たしてお気に入るかどうか……」
ジュルヌは首をひねって真剣に考え始めた。
ルビィの携帯が鳴った。悪魔の様子に気を付けながらそっと画面を見ると、仲間からの連絡だった。
「……あの。俺の連れが、主様が北に向けて飛んでいくのを見たそうです」
「北?!」
振り返ったジュルヌの顔は見ものだった。
「さっきと方向が違うじゃないか。あの方は気まぐれすぎる。付き合う方の身にもなってもらいたい」
悪魔は気まぐれな者が多いと思うが、ジュルヌはそうではないらしい。
「こうなったらアルファール様の分まで私が獲物に目を配り、他の悪魔やまして天使などに横取りされないようにしないとな。手始めにこの場所を本格的に荘園として整備しよう」
何だか生き生きし始めた。
計画では悪魔たちを追い払った後でゆっくりとディアボロを退治するつもりだった。ジェンティアンが地元撃退署に協力要請もしているが、すっかり目算が狂ってしまっている。
これは長期戦になるかもしれない。ルビィからの報告に誰もが表情を引き締めたが。
日暮れ前に問題は解決した。
「お前も来て。一人じゃ見付けられない。人間とかもういいから」
「いや良くないです。お頭様の指令は」
「いいって」
……という具合にアルファールが部下を無理やり連れ去ったのだ。人間もディアボロも全部放り出して。
遠ざかっていく細い影をルビィはじっと見つめる。
(種は撒いたぜ。それが芽吹くかどうかは……)
彼の願いが伝わったか。その答えはまだ出ない。
その後、ディアボロとの戦闘は粛々と行われた。半分ほどは山に逃げてしまったが、数日の内にほぼ殲滅された。人質は全員解放された。