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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/03/05


みんなの思い出



オープニング

●風の中で
 冬の冷たく乾いた空気は肌を刺し、晴れた空は明るい。
 高台に植えられた枝ぶりの良い松の下に、悪魔アルファール・ジルガイアは立っていた。人間なら二十代前半といった外見だ。
 寒風に長い薄茶の髪が吹き上げられるのを気にせず、彼は淡青色の瞳を手の中の紙の束へ向けた。

 何度も何度も読み返したその手紙には、彼の主からの言葉が記されている。
「ああ……。べリアル様……」
 整った顔に悦楽の表情を浮かべ、彼は胸元を飾るブローチをそっと撫でた。精緻な銀細工の中央に、グリフォンの紋章が象嵌された黒い石がある。
 怪物の翼は、燃え上がる炎のように見えた。
「待っていてくださいませ。すぐにお傍に参りますから……」


●行っても多分迷惑
「アルファール様」
 聞きなれた若い男の声が彼を呼んだ。
「ジュルヌか。どうした?」
 振り返ると、少し神経質そうな黒髪の悪魔が立っていた。代々ジルガイア家に仕える一族に生まれ、アルファールが故郷を離れる時も一緒について来た幼馴染だ。

「お頭殿からの連絡ですが……」
 言いかけて、ジュルヌは途中で言葉を切る。
「どうした?」
「いえ。それは、先日届いた指示書ですか?」
 黒い瞳がアルファールの手の中の紙束を凝視する。
「そうだけど」
「増えていませんか? 先日は一枚だったはずですが」
 今は五枚以上ある。ジュルヌは眉根を寄せた。
「新しい通知でも来たのですか?」

「ああ、これ?」
 アルファールはにっこりと、華やかに笑った。
「他の部下たちに宛てたものだと思うのだけれどね。見つけた分は全部、僕のものにしたよ。だって、あの方が下賜なさるものはひとつ残らず僕のためであるべきじゃないか」

 ジュルヌは肩を落とした。そんなことではないかと思ったのだ。
「それ……バレたらものすごく怒られますよ。何やってるんですか貴方。同胞への命令伝達を阻害してどうする気ですか」
「バカだねジュルヌ」
 アルファールは肩をすくめる。
「あの方に怒られるなんて……そんなの至福の状況じゃないか! あの瞳が僕だけを見て、あの声が僕だけに降り注ぐ……ああ、想像しただけで気が遠くなりそうだ……!」

 悶えるように自分の身を抱き、切ないため息をもらすアルファール。
 ジュルヌは黙り込んだ。長い付き合いだから承知はしている。いるが。
 ……こいつ、ダメだ。
 彼は深くため息をついた。

「あの方にはご夫君がいらっしゃいますよ。覚えてますか」
「それが何?」
 投げやりな問いに、アルファールも言い返す。
「あの方は華。何をしても許される。夫を持ちたいなら持てばいいし、誰を愛そうと自由だ。だけどね、あの方は誰のものでもない。全ての者から崇められるために存在する、それがあの方なのだから。……ということはだよ。万人のものなわけだから、それはある意味、僕のものだと言ってもいいんじゃないかな。うん、そういうことだよね?」

「いやそれ、ご夫君の耳に届いたら消されますからね? 分かってますか? 貴方の魔力では敵いませんよ?」
 アルファールは不機嫌な顔になった。
「どうでもいいだろ。あの方が誰を夫にしていようと、僕はあの方のために生きるのだから。愛に生きて愛に死すのだから!」
 ジュルヌはもう一度、深くため息をついた。

「分かりました。もういいです。それで、あの人間たちはどうしますか」
 話を無理やり実際的なことに戻す。
 二人が今いる場所は、高台の上の庭園だ。人間が作ったにしては美しい、とアルファールが妙に気に入っている。面積の割にたくさん人間がいて邪魔だったが、今は近くの空き地にまとめて移動させた。
「かなりの人数が捕獲できましたから。ゲートを作って魂を確保しますか? お頭殿が動くなら、多くの魂が必要になるでしょう」
「あー……」
 アルファールは興味を失った顔つきになった。

「そうだなあ。でも、まだあんまり動くなって言われてるんだ」
 アルファールは手の中の指令書に目を落とす。この中身は、ジュルヌにも見せていない。愛しい人の筆跡は自分だけのものであるべきだから。気心の知れた幼馴染であっても触れさせるつもりはない。

『よォ、お前ら。今日も愉快に五体満足で生きてっかい?』
 指令書の始めに書かれた、その言葉を読むだけでアルファールの体には電撃が奔る。べリアルの声が聞こえるような、唇が動くのを見るような。そんな幻想が身を包む。
 次の行に書かれた彼女の夫の名前は意図的に読み飛ばし、アルファールは続く文字を声に出して読み上げた。

『如月の空に盛大に砲を鳴らして――派手に祭といこうじゃないか。
 あーっと。ただし、慌てて早すぎるのは女の子に嫌われちまうから気をつけな?
 忘れるんじゃないよ。祭の花火があがるのは【如月の空】だ』

「……意味が分からないのですが」
 朗読を聞かされたジュルヌは率直に言った。
「動くんですか、動かないんですか。あの人は何をするおつもりで、どこにいらっしゃるんです。我々はどうしたら良いのですか」
 如月というなら既に暦は移り変わっている。派手な祭……とはアレのことだろうか。だとしたら、お頭殿が動くのは分からないでもないが。


「さあ。また連絡か何か来るのじゃないかなあ」
 アルファールは、どうでも良さそうに言った。
「あの方の居場所? ここから遠くないよ……多分」
「近いんですか?」
「愛があれば距離なんて関係ないよね!」
「どっちなんですか」

 ツッコミは無視。アルファールは柔らかな髪をかき上げた。
「連絡が来るまで、僕は僕で好きなように動くよ」
 再び浮かんだ華やかな笑顔に、ジュルヌはイヤな予感しかしない。

「見ろよジュルヌ」
 白い指が差し伸べられる。斜面には赤や白の花をぎっしりと咲かせた花木が一面に生え、低地まで続いている。まるで、山が花で身を飾っているようだ。
 その先には湖や池が連なり、水面を陽光にキラキラと輝いていた。

 アルファールは続けた。
「この香りと色、素晴らしいだろう。さっき捕まえた人間に聞いたら、あれは全部同じ種類の植物で、品種違いが百種以上、三千株もこの場所に植えてあるらしいんだよ。奥の方に大きな林があってね。一面、この木が植わっていた。その中からたった一枝、あの方に最もふさわしいものを見つけ出して献上するんだ。楽しいと思わないか?」

 ジュルヌは、この短い会見のうち三度目の沈黙に襲われた。
「……本気ですか?」
「当たり前だろう。あの方に喜んでいただけるよう、真剣に選ぶよ」
「そういう意味じゃありません」

「あのねジュルヌ」
 アルファールは呆れたように言った。
「そんなことどうでもいいんだよ。この僕が、愛しいべリアル様に捧げものをしたいんだ。大切なのはそこだろう?」
 
 違うと思う。少なくとも、本気で恋愛の成就を願っているのならもっと賢いやり方があると思う。
 ジュルヌはため息をついた。
「分かりました。人間たちは私が何とかします。ゲートを開いてよろしいですね?」

 この場所は支配地域にするには狭すぎるが、たった二人で守るには広すぎる。
 ダメな主が遊んでいるうちに、運良く手に入れたあの人間たちの吸魂を終わらせてしまおう。

 人間界にいるというゲキタイシとかいう者どもに邪魔される前に、なすべきことをなし遂げる。
 ジュルヌはそう、決意した。


リプレイ本文

●事前準備
 突入前。撃退士たちは地元撃退署と打ち合わせを行っていた。
「三百人の人質……ねぇ」
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)は赤い髪をかき上げる。
「そンだけ人が居て、北側には神社って小さくともパワースポットが在る。なら……ゲートを開くことも可能、か? いや穿ち過ぎかもしンねーケド」
 窓の外、遠く見える緑の丘を眺めやる。

「生捕り……なら、次の手が何かあるんだろうね」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)がうなずいた。
「救出出来る時間が出来た分、計画した悪魔に感謝かなー?」
 皮肉交じりの言葉を口にし、肩をすくめる。
「老若レディも多いようだし丁重にお助けしなくちゃね」
 それから二班に分かれることを提案した。人質を護衛しながら救出支援する班と、見張り役の敵を陽動する班だ。

「私は護衛で動きますね」
 木嶋香里(jb7748)が立候補する。とらわれている人々を安全に救出し、事態を迅速に解決できるよう頑張りたい。
「俺は陽動班として三方塞いでる敵を何とかするゼ。人質救出が最優先だし、な」
 ヤナギが言うと、
「俺も陽動で暴れてたいかな」
 由野宮 雅(ja4909)も手を挙げる。
「では、僕は救出側に回らせていただきましょうか」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)はトランプを弄びながら。
 残りの二人、ジェンティアンとレティシア・シャンテヒルト(jb6767)は陽動に回る。

 レティシアは地元署の面々に挨拶と労いの言葉を述べ、情報を聞き出す。土地勘、地元民との面識、遭遇戦の経験はどれも貴重だ。
 人質に赤子もいると聞いて、人間界に来た時に遭遇した震える子猫の姿が思い浮かんだ。救いたい。救わねばならぬ。

 ジェンティアンは通信機の手配を要請した。これで陽動組、護衛組、地元署が連携して動ける。
「可能な限り現場に近いところまで避難用の車両を出していただけますか?」
 エイルズレトラが地元署に依頼する。
「あ、救急車もお願い。対応の順序はプロに任せるけど、妊婦さんとか心配だよね」
 ジェンティアンが付け加える。
「避難車両の護衛はお願いできますか? たどり着いた人たちの誘導や整理も」
 香里は地元署との連携を細部まで詰めていく。

 ジェンティアンは敵と遭遇した時の状況を確認した。敵の位置や、追跡距離はどのくらいか、等。
 交戦した撃退士は、戦い始めるとすぐに残りの二体が集まって来たと話した。駐車場から逃げ出すと、追ってくることはなかったそうだ。

「人質の中に従業員さんはいらっしゃいますか?」
 レティシアは確かめた。彼らと連絡が取れるなら自分たちが救出に向かうことを伝え、怪我人を一ヶ所に纏めるなど協力を頼んでおきたい。
「優先度は低いのですが、雷撃を使用した悪魔の目撃情報も知らせていただきたいと……」
 その情報は収集済みだった。茶色の髪をなびかせた、若い男の悪魔だったそうだ。


●陽動
 人質の救出は南側から行うので、囮役を務める四人は東側から駐車場に近付いた。そちら側なら崩れた家が遮蔽物になり近付きやすい。
 瓦礫を乗り越え駐車場に近付くと、残骸の間から人質たちと周りに立つ洋弓を手にした影が見えた。整った顔立ちの茶髪の男性のようだ。
 雷撃の悪魔は茶色の長髪ということだが……東側を守る影の髪は短い。ディアボロなのだろう。

 隙を見て柵を乗り越え、駐車場に侵入。自動車に隠れて進む。敵から十分に離れた場所でジェンティアンはトン、と車の屋根に飛び乗った。
「ちょっとイケメンだからって、お嬢さん方欲張るのは頂けないなぁ!」
 指差しビシぃ!  大声と大きな身振りで、存在をアピール。
 ディアボロが弓を構え、素早く発射。思ったよりも射程があったがジェンティアンは双魚の盾でいなす。
 
 銀の髪を輝かせて、雅が飛び込んだ。手に持つのは蜻蛉切。全長六メートルの長槍を巧みに操り、『精密細撃』で強化した斬撃を叩き込む。彼は陽動と殲滅を区別するつもりはない。避難を邪魔させなければいいのだ。倒してしまえばそれで済む。
「人をおいそれと持ってかれちゃぁ困るんだよ」
 槍の穂先が敵を切り裂いた。

 レティシアは車の陰からこそっと顔を出した。『隠れてますよ』感を殊更に演出した動きだ。
 回復役を受け持つ彼女は仲間の背中を守ることに専念するつもりだが、万一にも敵の意識が南へ向かないように位置取りには細心の注意を払っている。
 敵の狙いが自分の方に向くと、ひょこっと頭を引っ込める。微妙にイラッとさせる動きだ。

 南側にいたディアボロの視界をかすめるように赤い髪が走った。ニンジャヒーローを使い、敵の目を引き付ける。
(戦闘した撃退署員の話を訊いてっと、ドンパチを始めれば自ずと集まってくる気もするケド、な)
 だが念には念を入れ、というヤツだ。
 ディアボロの注意を引くように、ヤナギは緩急を付けた動きで敵の攻撃を避けながら仲間の方へと走る。

 雅は敵を自分達に引きつけるように動きつつ、短髪のディアボロに攻撃を加える。
 敵は武器をいったん手放した。徒手空拳で雅に向かい合う。
 重い蹴りが来た。崩れ落ちそうになるのを耐える。更に第二撃。気が遠くなりそうだ。
 すかさずレティシアがライトヒールを使用した。急速に傷が回復し、敵を見据えるのが苦痛でなくなる。雅は槍の柄を握りなおし、反撃の刃を閃かす。

 南側の持ち場を離れ、ヤナギを追うディアボロの背で三つ編みにした髪が揺れる。放たれた矢が唸りをあげるが、ヤナギは軽快にそれを躱す。
 西側にいたディアボロも十分にこちらに近付いたことを確認し、ジェンティアンは寒雷霊符を手に取った。ここまでは防御重視の装備だったが、そろそろいいだろう。通信機で脱出支援組に頃や良しと伝える。


●脱出支援
 エイルズレトラと香里は慎重に現場に近付いていた。
 南側は比較的見通しが良いが、倒れた街路樹や打ち捨てられた自動車、雷撃で壊された瓦礫などを遮蔽に、少しずつ進む。
 ジェンティアンからの連絡を受けると、二人は一気に駐車場に飛び込んだ。
「久遠ヶ原の撃退士です。救助に来ました」
 香里は英語と日本語で呼びかける。
 人質になっていた従業員が駆け寄ってきた。撃退署からの連絡で状況は把握済み。誘導の手伝いもしてくれると言う。怪我のひどい者は既に一ヶ所に集めてあった。

 エイルズレトラはどこからともなく大きなクロスを取り出した。舞台に立つような大仰な仕草で、それを怪我人たちにふわりとかぶせる。
「しばしお待ちを」
 丁寧にお辞儀をし、スキルを発動する。
 『素敵で元気な大風呂敷』。傷の深部まで治すスキルではないが、一度に多くの人を回復できる。ちゃんとした治療は逃走できてからで十分だ。
「さあ、奇術士のトリックで皆様の傷は塞がりました。撃退署の車が待っています。指示に従って動いてください」
 マジックショーの舞台のように口上を述べるタキシードにシルクハット、カボチャマスクの怪人に人々は戸惑いつつも、自分の足で立ち上がる。

「今は私たちの仲間が敵の注意を引き付けています。落ち着いて集団行動をしてくださいね♪」
 香里は二言語でのアナウンスを続ける。ひときわ不安そうな様子の外国人観光客たちに微笑みかけ、応急手当が必要な者にはスキルを使う。

 従業員に先に立ってもらい避難を開始する。地元署員が待っている場所までは八十メートルほど。普通なら足の弱った老人や幼児でも数分でたどり着ける距離だ。
 だが今は、道路は陥没してひび割れ、動かない車が行く手を塞ぐ。何より、ディアボロへの恐怖が足をすくませる。怯える人々にはどれだけ遠い道のりに見えるだろうか。
 香里は囮役の仲間たちに紫の瞳を向けた。明るい笑顔が、一瞬厳しく引き締まる。万が一にも被害は出さない。敵がこちらに向かった時に備え、警戒と対応準備は怠らない。


 レティシアはこんもりと木の茂る北側の山を見上げる。
 この状況で怖いのは雷撃悪魔の参戦だ。彼女は辺りに目を配り、警戒を続けていた。

 走り回って敵を攪乱するヤナギは、敵が一直線上に並んだ一瞬を見逃さず雷遁・雷死蹴を発動した。三つ編みには避けられたが、短髪と、もう一体のポニーテールのディアボロにはダメージを与える。更に短髪には麻痺を付与する。
 すかさず雅が最後の精密細撃をたたきこむ。ヤナギも風牙の鎖鎌を手に取った。分銅部分を操り、動きの鈍った敵の側頭部に打ち付ける。倒れた敵の首を、アウルの刃で掻き切った。
「まずは一匹」
 ニヤリと笑う。

 その横で、麻痺を逃れたポニーテールを砂塵が包んでいた。ジェンティアンの放った八卦石縛風だ。何もせぬまま、ディアボロは石化する。
 だが、残った三つ編みが南側を見た。そちらでは香里とエイルズレトラが人質を避難させようと奮闘している。
 ディアボロは黒い翼を広げ、飛び立つ体勢に入った。


 その様子を見た避難者の間から悲鳴が上がる。
「大丈夫です。そのまま逃げて下さい」
 香里は彼らを励ます。笑顔は崩さない。避難者たちをパニックにはさせない。最後方に立ち、さりげなく脱出加速を促す。
 同じくしんがりに立っていたエイルズレトラも、マジシャンめいた身振りで天羽々斬を実体化させる。 いざとなったら自分が敵に立ち向かい、人々を逃がすつもりだ。カボチャマスクの下で青い目が光る。


「面倒な事を態々引き起こさないでくれ」
 魔具をクウァイイータスに持ち替えた雅が言った。二丁拳銃が火を吹き、アウルの弾丸がディアボロの背に突き刺さる。だが敵は動きを止めない。
「俺らに釘付けになって貰うゼ?」
 ヤナギはもう一度ニンジャヒーローを使用したが、効果は発動しなかった。『人質を逃がしてはならない』その命令が強固だったのだろうか。敵はふわりと宙に浮く。
「もっと遊んでくれないと寂しいから……行かせない」
 波の模様が描かれた蒼い布槍がジェンティアンの手から伸びた。敵に巻き付け、引き戻す。
 それでもディアボロは飛び立とうともがいた。その体に、今度はアウルで編まれた鎖が伸びる。レティシアの星の鎖だった。絡みついた鎖は、敵を真下の大地に引きずり落とす。
 三度、飛び立とうとしたディアボロだが、翼は思うように動かなかった。鎖が一時的に飛行能力を奪ったのだ。

 雅が弾丸を放つ。ヤナギの分銅が宙を舞う。ジェンティアンの審判の鎖が、敵を拘束する。動きを止めたディアボロたちは次々に撃破された。


●梅園の悪魔
 香里は怯える人たちに付き添い、前に進んだ。壊れた駅舎に近付くと、地元撃退士たちが姿を現し護衛を引き継ぐ。それを見届けて、彼女は後方に戻り避難者たちの安全を確保する。
 エイルズレトラはしんがりを守り続けた。

 歌声が響いた。声量のある美しい声に、怯えていた人々も振り返る。
 ジェンティアンだった。恐怖にさらされた人質たちの精神安定にと、朗々と声を上げる。陽動組が合流し、回復スキルのある者は求めに応じてそれを使用した。

 避難者たちが全員車に乗る。香里とエイルズレトラは最後までその付き添いを続けることにした。
 ヤナギは北の山を見た。この事件、何等かの理由がありそうだ。
「その辺に悪魔でも居ねーか、探してみるとしますか……っと」
 チラっと近辺を回ってみるとしよう。レティシアとジェンティアンも探索に参加すると言った。
「俺は喫煙所で一服してる。何かあったら呼んでくれ」
 ヘビーチェーンスモーカーの雅は煙草の箱を持った手を軽く上げた。



 庭園に向かったのは、悪魔が最初に姿を現した場所に手がかりでも残っていないかと思ったからだった。
 だから甘い香りに満ちた梅園でそぞろ歩く影を見つけた時、三人はむしろ驚いた。
「おや、風流に花見?」
 ジェンティアンは呟いた。その声が聞こえたのか、悪魔はこちらを向く。淡青色の瞳が訝し気に撃退士たちを見た。
「人間か? 人間は不要だから排除しておけと言ったのに……」
 茶色の長い髪を風になびかせた姿は、先ほど斃したディアボロを思い起こさせた。だがディアボロとは生気が違う。こちらがオリジナル……『雷撃の悪魔』だ。

「お前が今回の黒幕かヨ」
 声を抑えてヤナギが問いかける。一戦やった後で無傷の悪魔に当たるのは無謀だが、相手の真意は知りたい。
 だが悪魔はもう撃退士たちに興味を持っていなかった。
「迷うな。威厳の白。華やかな紅。どちらがより、あの方に捧げるのにふさわしいか……。べリアル様、罪なお方だ。どの花よりも美しいのだから」
 梅の枝に手を触れ、そう呟く。

 『べリアル』。それは最近の報告書に散見される名だ。では、この悪魔は彼女が率いるという『ケッツァー』の一人なのか?
 ……報告書によれば、彼女の夫は人界でも知られた『偉くて有名なお方』のはずだが。目の前の悪魔は片恋に身を焦がす下っ端、というところだろうか。

「春なれば うべも咲きたる梅の花 君を思ふと夜寐も寝なくに……とか」
 クス、と笑ってジェンティアンはいにしえの歌を口ずさむ。
「美しい響きだな」
 悪魔が食いついた。意味を解説してやると、嬉し気にうなずく。
「ふむ……人間というのは魂を供給するだけの生物だと思っていたが、この場所といいその歌といい、美しいものを作り出す力もあるのだな」

「ここを気に入った、のでしょうか?」
 レティシアがたずねた。目的の為に周囲を徹底的に破壊しておきながら庭園に被害は出さないちぐはぐ感が気になっていたが、それが理由なのだろうか。
「では、これからもこの地で動くと?」
 地元撃退署にはそれが気に掛かるかなと、質問を重ねる。

「ここへは花を選びに来ただけだよ。……やはり紅だな」
 彼はひときわ鮮やかな紅の花をいっぱいに付けた木を見上げ、右手を軽く振った。切り取られた枝が、彼の手に収まる。
「勝手に切っちゃダメでしょ」
 思わずジェンティアンは注意するが。
「問題ない。全ての美はあの方のために存在するのだから」
 会話が成立しない。

「誤魔化すなヨ。人間さらって何をしようとしてたんだ?」
 ヤナギの問いに、悪魔は肩をすくめる。
「僕の家令が何かしてたけど興味ない。あの方への捧げものの方が重要だもの」
 悪魔は手の中の花枝を愛おしげに眺めた。それから、ふわりと翼を広げる。

「今日のところは見逃してやる、人間……ではない者も混じっているようだが」
 話は終わりだと言うように、悪魔は笑った。
「今は大人しくしていろ、とのご命令だからな。あの方に感謝しろ。ではまた、縁があったらだ」
「待ってよ。またって言うんなら、名前は?」
 ジェンティアンが聞いた。上空から答えが返る。
「アルファール・ジルガイア」


 つくば市を中心にした巨大ゲートが冥魔により開かれ、人間・天使の両陣営に衝撃が走る。
 その、少し前の出来事である。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
由野宮 雅(ja4909)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド