●魔の男子寮へ向かえ
「呼ばれて飛び出てなんとやら、という事で来たのですが」
銀白色の髪の中の狐耳をピコピコ動かし。たい焼きを手に持った影山・狐雀(
jb2742)は尋ねた。
「瑞穂さん、どんな依頼なんです?」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)は、長い黒髪を押さえて振り返る。
「狐雀、内容を聞いていませんの?」
なんだかよくわからないけどついてきた、と言われ。瑞穂は概要を説明した。
「そ、それは。何か変わった寮ですねー」
焦る狐雀。
「男の子なのに女の子一切排除なんてぇ、勿体無さ過ぎるよねぇ〜」
瑞穂と並んで歩く、桃色の髪のアムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)が嫣然とほほ笑む。
「ボク達が目の保養をさせてあげちゃお〜♪」
「手はずどおりに頼むぜ」
赤い髪の撃退士、赭々 燈戴(
jc0703)が言う。戦闘用軍服に身を固めた彼は、他の三人と異なる男っぽさを強調した姿だ。
それに向かってうなずき返し。
「おーっほっほっほ! わたくし達にお任せなさいな♪」
ノリノリで高笑いする瑞穂であった。
学園広報の取材、という名目で寮を訪れた彼らに。管理人の鈴木は顔をしかめた。
「女がいるじゃないか! まさかお前ら、痴女か?!」
「まあ待てよ」
前に立つ三人をかき分けて。燈戴が一歩踏み出した。
「噂によれば女を徹底排除してるそうじゃねぇか。イイ場所なら俺も入寮を考えたい。中を見せてくれよ」
白い歯を見せてにっこり笑う。
穏やかだが有無を言わせない口調に、鈴木はついうなずいてしまった。彼はそのまま、寮内を見せてもらうよう話を付ける。
だが、残った三人の前には別の管理人・田中が立ちふさがった。
「ダメだ。いくら学園の広報でも、ここは男子寮だ。女は立ち入り禁止だ」
「伝統と秩序を守る。素晴らしいですが、行き過ぎにも程がありますわ」
瑞穂は青い瞳に怒りを湛え、田中をにらみつける。一触即発の空気が、玄関ホールに満ちた。
●監視体制を解除せよ
案内してもらいながら、燈戴はさりげなく寮の警備体制をチェックした。、
「女? 興味ねぇよ。胸なんか脂肪だろ」
とうそぶく、彼の硬派で女嫌いな雰囲気に。管理人の鈴木も気を許した様子だ。
犬の話が出たところで、見たいと言うと鈴木はすぐに承知し、犬小屋のある裏庭へ彼を案内した。
「エカテリーナ、アンジェリーク、ジョルジーナ(以下略)、おいでー」
鈴木の呼び声に、獰猛そうな犬たちが集まってきた。
しかし燈戴は眉をひそめ、ここぞとばかりにツッコむ。
「待った。何でみんな、女名なんだ」
「メスだからな。オスよりも、メスの方が女に対して容赦ないから……」
得意げに説明しようとする鈴木。だが、そんな説明を聞く気はない。
「女を排除するんなら徹底するべきだ。あんたたち、実は女好きなんじゃないか。そんなんじゃ、寮生にも示しがつかねぇだろ」
燈戴の厳しい口調に、鈴木は気圧される。メス犬なんか見たくない、全部犬舎に入れておけ、という言葉にも渋々従った。
その頃。玄関ホールで田中と対決する瑞穂たちから離れて、アムルは寮内を歩いていた。一応、偵察のつもりでもある。
「そこまでだ。そこで何をしている?」
厳しい声に振り返ると。長身の神経質そうな男が、アムルにショットガンを向けていた。
「部外者、それも女がどうしてこんなところにいる」
その目は鋭く。少しでもあやしい素振りをすればすぐに撃つ、と言わんばかりだ。
「ボク、この寮の視察に来たんだけどぉ」
アムルはとろけるような声で言った。豊満な体を強調しながら、柔らかな笑顔を浮かべる。「天使の微笑」。相手に好印象を与えることが出来るスキルだ。
相手は眉間にしわを寄せ、ほんのわずか、彼女から銃口をそらした。
「本当か? 敵意はないか?」
アムルの可愛らしく魅惑的な姿により、スキルの効果は増幅される。特に男性には効果絶大なはずなのだが。この相手にはもうひと押し、必要。そう見て取って、彼女は無防備さを強調しつつ、彼に近付いていく。
「うん。ボクはアムル。大学部一年だよ」
「あ、俺は軒屋十夢」
つられたように自己紹介する軒屋に、アムルはもう一度微笑を浮かべ。
「よろしく」
と。さりげなくその手に触れた。活性化させておいたもう一つのスキル、「忍法友達汁」がその威力を発揮する!
これに、偏屈をもって鳴る軒屋も屈した。
「そうか。客人に銃を向けて、すまなかった」
おとなしく銃口を下ろす。
と、玄関ホールの方向から、声高に言い合う声が聞こえた。
「何か騒動が起きているようだな」
軒屋は呟き。
「寮の中は好きに見て回ってくれ」
足早にその場を去って行った。
アムルは少し考える。偵察を続けてもいいのだが。瑞穂たちと合流する方が、面白そうだ。
そう決めて、彼女は軒屋の後を追い、来た道を引き返した。
●男子寮の一番熱い日
広い玄関ホールには、いつの間にか寮生たちがいっぱいに集まっている。
女子禁制の寮に女が現れた、しかも美女揃いらしい。と、なれば。男たちが押し寄せて来ないわけがない。
「だいたい、あなた方は女性とお付き合いしたことが一度でもありますの?」
田中に向かって舌鋒鋭くまくしたてる瑞穂。
「寮生の皆さん! こんな環境に甘んじていれば皆さんも一生独身ですわよ!」
その言葉に、寮生たちの間に戸惑いが走る。それを感じ取り、瑞穂はここぞとばかりに爆弾を投下した。
「この狐雀ですら、可愛い顔をして色々と経験がありますのに!.」
狐耳の少年を、前に押し出す。
「はっ、はわわぁぁ?!」
突然の指名に混乱する狐雀。
「そ、そんな。色々とって、どんな経験なんだ!」
「あ、あんな可愛い少年がどんな経験をしていると言うんだあ?!」
寮生たちがパニックに陥る。
「瑞穂さん、そんなことは言わないでもいいのですよー!?」
懸命に否定しようとする狐雀だが。残念ながら、誰も聞いていない。
「さあ。皆さん……」
瑞穂が更に声を張り上げた時。
その背後から。壁を抜け、白い手がするりと現れた。甘い声がホールに響き、瑞穂のスカートがひるがえる。
「ほぉ〜らぁ、これがお嬢様のおぱんつだよぉ〜♪」
物質透過の能力。それをよりによって、スカートめくりに使用したアムルであった。
群青色の生地に黒色のレースをたっぷりとあしらった、セクシーな下着が露わになる。陶器のような白い肌も、たとえようもなく美しい。
おおおお、と寮生たちの間から一斉に上がる歓声。
「ふぇ? ぁ、丸見え……」
狐雀もぽかんと口を開ける。だが、すぐに我に返り。
「じゃなくて、隠さないと大変ですー!?」
目をつぶり、瑞穂に向かって突進する。アムルがめくり上げているスカートをつかみ、丸見えぱんつを隠すため、力いっぱい引っ張る。力いっぱい……。
再び寮生たちの歓声が上がった。へ? と思って目を開ける狐雀。その目に映ったのは。
やっぱり丸出しの、瑞穂のおぱんつ。そして自分の手にあるものは。スカート……。
勢い余って、スカートを元に戻すどころか、逆に引きずりおろしてしまったらしい。
「ぁ、ご、ごめんなさいですー!?」
涙目になりながら、狐雀はわたわたとあやまった。
そして、その横で甘美な微笑を浮かべる緑の瞳の美少女。
「おぱんつ丸出しだね♪ それじゃ、上着も脱がせちゃってぇ♪」
アムルの白い手が魔法でも使ったように。するり、と瑞穂の上衣を脱がせた。その際、男性陣に向かってお尻を突き出すような形になり。ストライプのインナーがスカートの中からチラ見えし、寮生たちを更に興奮させる。
アムルが体をどけると。完全に下着だけになった瑞穂の姿が露わになった。
「ちょ、あっ!?」
さらけだされた自らの姿にあわてる瑞穂。真っ白な肌が、恥ずかしさにみるみるうちに赤く染まる。
しかし。
今、自分は思い切り注目を浴びている!
当然である、もちろんである、この世の摂理である!
この自分のこの姿に、目を奪われぬ人間などいるはずがない!
否! いてはならない!
「ああっ! そんな、み、見てはいけませんわぁっ♪」
体を隠すような素振りをしながらも。
つい、身をくねらせてセクシーなポーズを決めてしまう瑞穂であった。
「さあ。ボクは寮内の男の子達を片っ端から誘惑しちゃうよぉ♪」
アムルは個別撃破を開始した。目に付いた寮生にすり寄り、手を取り、豊かな胸を押し付けながら甘い笑顔と声でささやきかける。
フェロモンをたっぷり放出しているような、薄ピンクに上気した白い肌。やわらかな桃色の髪の毛、きらめく緑の瞳。そして無邪気な笑顔と、甘い声。
標的にされた寮生たちは、次々に籠絡されて行く。
「くそっ! やはりお前らは痴女!」
管理人の田中が、怒気を露わに前に出た。
「排除してくれる!」
「この私のこんな姿を見て、そんなことしか言えませんの?」
その言葉に瑞穂は怒りに肩を震わせる。
「不能ですの!? それとも同性愛者!? えぇい、修正が必要ですわ!」
しかし彼女の横をスルリと抜けて。
「そんなカタいコト言わずにぃ。溜まってるんでしょぉ♪」
アムルがついに、管理人に狙いを付けた! ぴたっと体をくっつけて、その胸筋から腹筋へと指を這わせていく。たとえようもなく官能的な動きだ。
「なっ、なななな、何を!」
田中はあわてふためいた。
その光景が、引き金となった。
他の寮よりも女性関係に厳しいこの寮。そこで彼らを抑圧してきた管理人が、降臨した女神に暴言を吐き、更に美天使といちゃついている。こんな事態を、許しておけるか!
ここに。管理人と寮生たちとの本気戦闘。「桃色の乱」が幕を開けた!!
●男は渋く本筋
「お、庭があるのかい? こうみえても俺は八十二歳でな。庭いじりは大好きだ」
世間話をしながらさりげなく中庭へ向かう。燈戴の実年齢に管理人は唖然としていたが、その間にも彼は気配を探り、相手を遠ざける機会を狙っていた。
スキル「ポーカーフェイス」を活用し、こちらの意図を容易に悟らせない。年齢を重ねた如才のなさが、スキルの力をいっそう増大させる。
と、後ろからボロボロの姿の若い男が走って来た。
「鈴木さん! 今すぐ、玄関ホールに来てくれ。あれはもう……戦争だ!」
「戦争?」
不穏な言葉に眉を吊り上げる管理人。寮生はうなずく。
「頼む、急いでくれ。俺は小川さんも呼んでくる」
「い、一体何が起こっているんだ? 痴女なのか?」
確かに、玄関の方角から罵声や物を壊すような音が聞こえてくる……ような気がする。
燈戴はここがチャンスと、厳しい声音で言った。
「おい。俺のことはいいから、他に痴女が出没していないか調べるんだ! こんなときのための厳重設備だろ!」
「あ、ああ」
突然、厳しさがこもった燈戴の声には抗いがたい響きがあり。鈴木は当然のようにそれに従ってしまった。
あたふたと去って行く二人の背中を見つめる口許に。ニヤリ、と人の悪い笑みが浮かぶ。
この時を待っていた。
瑞穂、アムル、狐雀の三人は陽動担当だ。
そして依頼の本筋である「ブラジャー回収」は。彼の役目だ。
十分に辺りの気配を窺った上で、スキル「侵入」も使い、慎重に問題の銀杏の木に近付く。真下から見上げると、可愛いピンクのブラジャーの端っこが、茂った葉の間からのぞいていた。
時間を無駄にする気はなかった。仲間たちはうまく寮内の人間を引き付けてくれているようだが。いつ誰が、ここに顔を出すか分からない。彼は素早く、普段は不可視化している翼を背中に顕現させた。
白い翼が陽光にきらめき。舞い上がった燈戴の赤褐色の手が、引っかかったブラジャーを手に取る。
「確保、っと」
派手すぎず地味すぎず、カップの膨らみ具合もなかなかで、依頼主の人柄及び体型が容易に想像できる……いやいや、これはあくまで依頼である。と、ブラジャーを懐に押し込む。
残るは素早い撤収あるのみ。仲間の支援のため、燈戴は玄関ホールへ向かった。
●男の涙は人造ダイヤモンドの輝き
結果的に。その必要はなかった。
ホールは完全な戦場と化し、仲間たちの姿は既にない。騒ぎを煽るだけ煽って、さっさと退散したらしい。
ボロボロになった鈴木が近付いてきて、大声を上げる。
「これはどういうことだ! 貴様やっぱり、痴女の手先だったのか!」
「俺も驚いている」
再びポーカーフェイスをフル活用し、深刻な表情で言い切る燈戴。
「だが、これは俺の責任だ。すぐにあいつらを追って、捕まえるぜ!」
と言いつつ。逃げる気満々である。管理人たちの警戒を解くために女嫌いを装ってきたが、本音は。
「本当は女の子大好きです。こんなトンデモな場所居られっかよ!」
である。
扉に向かおうとすると。
「待て。それは何だ?」
鈴木がわめいた。指さされた自分の胸元を見ると。軍服の内ポケットから、ピンクのブラジャーがはみ出していた。
「なぜそんな物をお前が持っている!」
その視線を。だが燈戴は、哀しげな瞳で受け止めた。
「すまん。これは、俺のだ」
その声には。深い哀愁がこもっている。
「色々偉そうに言っておきながら、俺は。このブラで、若い頃に片思いをしていたあの子のことをいつも思い浮かべているんだ。こんなだから、他の巨乳にも女にも興味が持てないし、モテねぇんだ、俺は……」
黒い瞳に、わずかに涙が浮かぶ。燈戴は鼻を強くこすり、無理に笑顔を浮かべた。
「こんな俺がこの寮にいる資格はない。迷惑かけたな」
そう言って、ブラをもう一度胸ポケットに押し込み。
茫然とする鈴木に手を振って、彼は永遠にその寮を後にした。
……演技派であった。
●優しい背中
その日。バイトをしながら、リリカは一日気もそぞろだった。
四人の撃退士が動いてくれる、という話だったが。不安で仕方なかった。
バイトが終わって裏口に出ると。物陰から手招きをされた。
長いきれいな黒髪の、毅然とした美女と。
やわらかそうな桃色の髪の、優しげな美女。
二人がそこに立っていた。ちなみにどちらも、リリカより胸が大きい。
紙袋を渡された。急いで中を見ると、確かに自分のお気に入りブラジャーだった。
「あ、ありがとうございます」
深く頭を下げる。そして。小さな声でたずねる。
「あのう、大丈夫だったんですか? その、いろいろ……」
その言葉に。
「あ、痴女として晒されるのは平気ー。実際そうだしね!」
「例え晒されても、目立てるならば良し! ですわ」
二人は晴れやかに笑った。
去って行く二人の背中を見ながら。なんて、強いんだろう。そう思った。
ブラが飛ばされたくらいで、泣きそうになって。男の人相手だから、そんなこと言えないなんて。わがままを言った自分とは、大違いだ。
そんな自分のために戦ってくれた人たちがいた。それが、胸を熱くする。
これからはもっと強い自分になろう。リリカはそう、心に決めたのだった。