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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/30


みんなの思い出



オープニング

●死者の帰還
 朝。警備会社の仕事を終え、葉守広は自宅にたどり着いた。
 人目を気にしながら門をくぐる。塀や扉には、暴力的な言葉や猥褻な落書きがスプレーで書き殴られたままだ。消してもまた書かれるから、もう何か月もそのままにしてある。
 
 少し前までは、こうではなかった。前年に妻が亡くなり、寂しくはなったけれど。広は長年勤めた商事会社で役職についており、それまで通り仕事に打ち込んでいた。
 近所とは挨拶をする程度の関係だが、特に仲が悪いということもなく。
 あと数年で迎える定年まで、そうやって日々は続いて行く。そんな風に信じて疑わなかった、のに。

 夏の初め。一人息子が事件を起こした。
 就職に失敗してからずっと引きこもっていた息子が。街に出て突然日本刀を奪い、それで何人もの人を殺め。久遠ヶ原の撃退士まで巻き込んだ、大事件になった。
 その様子は、テレビやネットで全国に中継され。

 息子が逮捕された後。家には中傷の電話やメールが相次いだ。報道陣や野次馬が家に群がった。
 投石され、悪罵を投げつけられた。
 会社からは退職を勧告され、近所付き合いも友人付き合いもなくなった。

 この家を、引き払うべきだったかもしれない。
 自分と息子を知っている者がいないところでやり直せば良かったかもしれない。
 だが、どうしてもその気になれなかった。どれだけ冷たい視線を周囲から浴びても、この家を離れたくなかった。

 ずっと仕事第一に生きて来て、妻や息子と積極的に関わろうとして来なかった。
 だから、今。
 二人のことを思い出すよすがは、この家しか残っていないのだ。

 先月、連絡があった。息子が死んだという報せだった。
 刑務所に護送される途中で、天魔に襲撃されたということだった。護送車は焼き尽くされたそうで、骨さえ戻って来なかった。

 鍵を回そうとした時、異状に気付いた。鍵が開いている。
 泥棒か。身構えて、広はそっと扉を開く。
 線香の香りがした。

 ホッとする。悪意のある相手なら、仏壇に線香を上げたりしないだろう。連絡はなかったが、妹が来てくれたのだろうか? 予備の鍵は、妻が生きていた時から変わることなく玄関横の植木鉢の下に置いてあり、それは妹にも教えてある。
「敏江?」
 声をかけてから、玄関に男物のスニーカーが脱ぎっぱなしになっているのに気付いた。
 では、甥の洸太だろうか。ひとりでこの家に来たことはないはずだが。

 仏壇のある客間をのぞきこむ。
 放りっぱなしになっていた仏壇は綺麗に掃除され、線香が燃え尽きそうになっていた。ただ。

 真新しい息子の位牌が床に放り出され。粉々に砕かれていた。

 二階で物音がした。人が動き回っているような気配がする。
 それは妙に耳になじんだ物音だった。そんなはずはない、そんなことはあるわけがないのに。
 だが、この感じは。数か月前までは、当たり前に家の中にあったもので。

 蝋燭の炎に飛び込む虫のように。気付くと広はふらふらと、階段を上っていた。
 息子の部屋だった場所。その中で、物音は続いている。

「誰だ?」
 おそるおそる。しかし、大胆に。広は扉を開ける。その答えはもう分っているような気がした。
 起きるはずのない出来事。会えるはずのない相手。これは夢か。夢だとしても。
 もう一度だけでも。

「あ。お父さん、おっかえりー」
 中にいた男は、振り返りもせずにそう言った。以前と何も変わらない、無関心な調子だった。
 時が戻ったような。全てが夢だったような。
 そんな錯覚に、広は囚われる。

 だが、そんな虫のいい話があるはずはない。
「庸市……。お前、死んだはずじゃ」
 呆然と呟く広の声に。
 息子と同じ声で話す男はようやく振り向いて、ニタリと嗤った。



●ショッピングモールの惨劇
 正午。
 葉守家からほど近い場所にあるショッピングモールは、恐怖に包まれていた。
 フロアを行き来する怪奇な姿。それが天魔であることを、居合わせた誰もが理解した。

 その中。抜身の日本刀を持って闊歩していく若い男がいた。
 その刃は既に血を吸っている。奇怪な天魔たちより、このひょろりとした青年の方がたくさんの人間を手にかけていたかもしれない。
 彼の通った後には、体を壊され血を流して倒れ伏した人々が点々と転がっている。

「ふーん。こんなもん、か」
 足元に転がるそれを無感動に眺め。刀を鞘に納めた男は、電器店から持ち出したノートパソコンを代わりに膝に乗せた。
「前の時は、力が足りなかっただけなのかー。俺って武闘派じゃないもんね。力あれば真っ二つになるのね、人間なんて」

 ひとりごとを言いながら、軽快にキーボードとマウスを操作する。
「っと。あらら、前の垢、BANされてるや。やんなっちゃうねー、まあいいや、新しいの作って……と」

 しばらくして。にんまり笑って、彼は顔を上げる。
「OK、OK。んじゃ、生中継はじめるよー」
 これも電器店から強奪してきたデジタルカメラを使い。つないだ動画サイトに、足元の死体を映し出す。
「あ、あー。こんちはー」
 ヘッドセットのマイクで声を入れる。

「えーと、自己紹介、します。今日の俺は『黒いサンタクロース』でーす。悪い子にはおしおきしちゃうよー、ってことで、悪い子集めてきましたー」
 
 デジカメを動かす。ガムテープで手足を縛られ、怯えて動けない男女が映し出される。
「エントリーナンバー1番、バイトをこき使うブラックな店長さん。推薦者、お店のバイトさん。エントリーナンバー2番、お嫁さんをいじめる意地悪お姑さん。推薦者、お嫁さんとお孫さん。エントリーナンバー3番、PTAを牛耳ってるモンスターペアレントのオバサン。推薦者、自称おともだちー」
 ひとりひとりの顔をアップで映していく。

「殺されたくなかったら、誰か殺したい人教えて? って言ったら、あっという間に三人集まりましたー。うんうん、殺したい人どんどん殺そうねー。で、ラスト、スペシャルゲストー」
 どんどん、パフパフ。玩具屋から持って来た太鼓とラッパを軽く鳴らし。
 最後の男が映し出される。
「俺のお父さん、葉守広・五十六歳、推薦者、俺ー。理由はー、なんて言うかー、老害ジャマだから?」

 にっこりと、笑顔をカメラに向け。彼は、メッセージを口にする。
「というわけで。これから、十五分ごとにひとりずつ殺していきまーす。ショッピングモールの中にいる人も、逆らったらどんどん殺しまーす」

 久遠ヶ原の撃退士さん、早く来て下さい。
 楽しげに、リズムを付けてそう言って。

「それまでは、悪い子ちゃんと逆らったヤツ以外は殺さないよ? 撃退士さんが到着したら、連れてきたディアボロに人殺し始めさせまーす。あ、ディアボロ四匹しか連れて来られなかったから、撃退士さんは多くても六人までにしてねー。それ以上連れて来たと分かったら、悪い子ちゃん全部殺してすぐ逃げまーす。あと、六人以下で来ても悪い子ちゃん殺し終わったら俺は撤収します」

 細い目が。更に細められ。笑顔は酷薄に歪み。
「ちなみにー。邪魔が入らなかったら、今ショッピングモールにいる人、みんな連れてっちゃうからよろしく。俺、久遠ヶ原の撃退士さんのファンなんだよね。ぜひ遊んでほしいなあー。じゃ、お待ちしておりまーす」
 陽気に言って。生放送は、唐突に切られた。


リプレイ本文

●動画
 撃退士たちは警察車両で現場へ向かっていた。
 最初の動画から直に三十分が経過する。既に一人が殺された。二人目の命が断たれる時間も近い。

 ミハイル・エッカート(jb0544)はもう一度動画を再生した。血にまみれ、嬉しげに嗤う男。その姿は醜悪な道化だ。見たくもない映像だが、時間がない。敵の居所を特定するために分析が必要だ。

 ネットが使える環境。
 撃退士の到着を把握可能だと相手がほのめかしていること。
 画像に映る死体が警備員のものに見えること。
 動画は比較的静かで、背後で音楽などが流れている様子がないこと。
 これは、バックヤードのどこかではないだろうか。

「とすると、一番怪しいのは警備員室でしょうか」
 ロジー・ビィ(jb6232)が輝く銀の髪を揺らす。
 建物の見取り図で確認すると、スタッフ用の空間は商品搬入口付近に集中していた。警備員室は搬入口のすぐ横だ。

「みんな連れてっちゃう、とかほざいていたな」
 ミハイルは更に眉根を寄せる。
「小規模なゲートを展開しているかもしれない。だったらそれも発見して破壊しないといけないぞ」
 状況が不透明な分、最悪を想定しなければならない。そう、彼は思う。

 現場では二人一組で行動することに決めた。施設の制圧効率を考えれば、敵は一、二階に分かれているはず。宣言通り虐殺が始まるなら、その被害を少しでも抑えるために分散して索敵し、撃破すべきだろう。

(少しでも被害を抑える、か)
 鈴木悠司(ja0226)は昏い瞳で窓の外を見る。
(面倒臭いけど……クソッ……)
「胸糞悪い」
 自分だけに聞こえる声で、小さく呟いた。

 車が目的地の敷地に入る寸前で、最初の動画から三十分が経過する。
 また一人、犠牲者が出た。


●到着
 現場では既に警察が、立体駐車場の出入り口封鎖と平置き駐車場・搬入口の一般車両の退避誘導を行っている。救急車も複数台到着し、待機していた。
 建物ギリギリまで車を寄せる。撃退士が到着したことは可能な限り隠しておきたい。
 降車と同時に、六人は素早く散開した。

 向坂 玲治(ja6214)と華澄・エルシャン・ジョーカー(jb6365)は、正面入り口に向かった。
 これ見よがしにひとつだけ開かれた口に、何もないわけはない。そこを通れば確実に敵に捕捉されるだろう。だが、内部にいる人間を避難させるためには突破しなくてはならない。

 華澄の表情は固かった。葉守とは縁がある。
 前に顔を合わせた時、相手はまだ『人間』だった。だが、今は。ディアボロを従えているならば。
 あの時。彼に向けて説いた『力の意味』。伝わらなかったことが、悔しい。
(今度はこの刃をあなたに向けて必ず止める。これ以上殺させない)
 彼女はそう決意した。


 正面入り口には、人ほどの背丈のカンガルーが立ちはだかっていた。
 背景にはクリスマスの飾りと賑やかな音楽。普段通りだから余計に、異様さが際立つ。これが『連れてきたディアボロ』に違いない。
 太い尻尾が、ばしんと床を叩き。カンガルーが戦闘態勢に入る。

 玲治は一気に相手との距離を詰めた。強烈な光を放つ掌が灰色の体を穿つ。
 華澄も迫る。体に淡い桜色の光を纏い。金色の髪をなびかせて、輝く太刀で神速の攻撃を叩きこむ。
 わずか二撃。それだけでカンガルーは動きを止めた。


●二階
 橘 樹(jb3833)とロジーは翼を広げ、透過能力を使用して二階に侵入した。
 全力で飛行した樹は、中に入ったところでいったん息を整える。

 ロジーは無線を試してみた。近くにゲートがあるなら、光信機しか使えないはずだ。
 だが、意外にも無線は生きていた。ということは、ゲートがあるとしてもこの建物内ではないと考えるべきだろう。
 ならば葉守を探したいが。ディアボロによる殺戮が始まっているなら、そちらが先である。
 フロアは非常扉で分断されている。迂回したり、時にはやむを得ずそれを破壊しながら。二人は敵を探して走った。

 大きなクリスマスツリーが見えた。その下に、怯えて動けない様子の親子連れ。
 そして、それを見下ろす赤いカンガルー。長い尾が獲物を狙う蛇のように獰猛に動く。
「やめるんだの!」
 樹は大声を上げた。阻霊符を発動させながら、親子と敵の間に飛び込む。
 ロジーは青いロザリオを具現化する。無数の風の刃がそこから巻き起こり、カンガルーを襲う。挑発のための攻撃。目論見どおり敵の注意は彼女に向く。

 苛立つ敵の周りを、ロジーは軽々と飛び回る。懐に入るチャンスを狙いつつ翻弄するように飛ぶ彼女に、パンチや尾の攻撃が飛ぶが。かすり傷にしかならない。
 その間に親子を逃がした樹は、敵の後方に立ち混元霊符をかざす。
 巻き起こる砂塵。八卦石縛風がディアボロを包み込み、瞬く間にその姿を石化させた。

 まだ終わらない。石化が解ける前に完全に斃さなければ。
「カンガルーは尻尾が命なんだの!」
 身長と同じほどの長大な尾。これがなければバランスを崩し、まともに動けないはずだ。樹は大鎌を振り上げ、切断を試みる。が、石化で硬度を増した敵の体は緑の刃を撥ね返した。
 ロジーは鉈を構えた。嫋やかな彼女に似合わぬ、無骨な武器だ。その刃が敵の喉元に食い込む。天使と冥魔、カオスレートの差が攻撃力を増大させる。

 動きを止められたまま、反撃することも叶わず。赤カンガルーは砕け散った。


●一階
 悠司とミハイルは監視カメラの死角を狙い、建物内に侵入した。
 柱の陰で怯えている客に、ミハイルは「カンガルーはどこだ」と聞く。怯える相手は、ろくに返事も出来ない。

(こうなると邪魔なのは、敵じゃなく一般人か)
 うずくまっていたり、ただ右往左往していたり。そんな影たちを見ながら、悠司は呟く。いったいどれだけの人数がこの建物の中にいるのか。
 十五分が経てば、あの男はまた人質を殺す。だが本当に厄介なのはディアボロだ。命令者をどうしようが、そいつらは一般人を殺害し続けるのだから。
 早く、葉守とかいうクソを見付けてカタをつけたい。そう思った。

 行く手を塞ぐ非常ドアを時には蹴破り、時にはこじ開けて敵を探す。
 悲鳴が聞こえた。次の隔壁をくぐると、逃げ惑う人々の姿があった。情報通りの巨大カンガルーがいる。足元には、倒れ伏した人々の姿。
 悠司は無言で敵に迫った。曲刀が閃き、敵の体に十字を刻む。

「撃退士……?」
 その攻撃に。パニックになっていた一般人たちも気付く。
「邪魔だよ……さっさと行って」
 無表情に無感動に、敵を見据えたまま悠司は言う。
 
 ……足元の死体も邪魔だ。
「胸糞悪い」
 もう一度、彼はそう呟く。

 避難路を教え、一般人たちを遠ざけてからミハイルは愛銃を構える。
「悪いが遊んでいる暇は無いんだ。コイツでさっさとくたばってくれ」
 彼の周りで銃が次々と実体化し、浮遊する。合図を受けて悠司が下がる。
 そして、全ての銃が同時に火を噴いた。嵐のように飛び交うアウルの光弾は、カンガルーの体を細切れにし尽くした。


●対面
 安全な経路を示し、外に警察と救急車がいることを人々に伝えながら。華澄と玲治は、いち早くバックヤードへたどり着いた。
 細い廊下には人影がなく、ひどく静かだ。

 警戒しながら前へ進む。現時点で撃退士たちが斃したディアボロは三体。だが、葉守は動画で『四匹連れてきた』と言っている。
『発見出来れば、そいつの対応に俺は回る』
 移動中の悠司がそう言った。それが暴れれば、また被害が広がる。野放しには出来ない。

 突き当りが見えた。左が警備員室のドア、右が外に出る搬入口だ。
 不意に左のドアが開き、葉守庸市が姿を現した。片手で中年の女性を、片手で自分の父親を引きずっている。
「おー。あんた」
 二人が身構えるのと同時に。葉守は華澄に気付き、手を振った。
「久しぶりー。元気?」

 久闊を叙す気はない。華澄は相手を睨み、口を開いた。
「葉守さん。力を得たら人は目的を持ってそれを使う。誰に向けて何を伝えようと刃を揮ったの? 私達は正義を語ったけどあなたの考えを聞いてない。身体張ってあなたの言葉を聞きに来たわ」
 葉守は低く嗤った。
「正義? あー、聞いたねえソレ。でもさ、俺はやりたいようにやるだけだよ。前にも言わなかった? 力のあるヤツって、そーするもんだろ?」

「ずいぶんと粋がってるやつだ」
 玲治は軽く眉を上げる。
「どれ、現実の厳しさってやつを教えてやろう」
 呟くなり、一気に距離を詰める。両手の塞がった葉守の腹に、神輝掌を叩きこむ。
「うぐっ」
 葉守はまともに受けて、うずくまった。だが、玲治は眉をひそめた。手ごたえがおかしい。固い盾を殴ったようだ。

「痛みも殺害も他人事ね」
 華澄も迫っていた。鮮やかに髪をなびかせ。太刀に光を宿し、戦乙女の幻影をその身に重ね。陽に輝く真紅の花の鮮やかさで。
「人間でいて欲しかった。冥魔として人を殺めたら、あなたは殺されるしかないから。あの日からあなたのことは他人事じゃない。最後の痛みは私があげる」

 目の前に迫る切っ先。葉守は咄嗟に、片手に持った中年女性を華澄に向けて投げつけた。攻撃が止まる。
 葉守はホッとしたように嗤う。
「ちょっとさー、タコ殴りとかやめて。それに、俺ってヒトじゃない枠? ひどくねえ……」
 軽口が途切れた。通路の奥から飛んできた弾丸が、その左肩を抉った。

「人間だった葉守庸市はいない。お前はヴァニタスだ。法律ではなく俺達が裁く」
 狙いをつけたまま。現れたミハイルが言う。
「どうだ、お望みどおり来てやったぜ。ファンなんだろ? サイン欲しいか?」
 揶揄の言葉を口にしながら、青い瞳は冷たく敵を見据えている。

「あー。新しいヒト来たか」
 葉守は髪をかき上げた。と。
「庸市……」
 物のように引きずられた葉守の父親が、細い声を上げる。

「もう、やめろ……。ちゃんと……罪を……償……」
「はあ? 何言ってんの?」
 葉守は不愉快そうに下を見、父親を蹴りつける。
「父親面してんじゃねぇよ、ゴミが」
 
「子供っぽいな」
 ミハイルは不快を隠さなかった。
「親に相手にされず、自己顕示欲が満たされないまま大人になった構ってちゃんだな」
 引き金に指をかける。玲治が拳を構え、華澄も太刀を握る。
 葉守は薄く嗤った。
「よその家の事情に首つっこむなよ。下手なことするとさぁ。アンタたちにこのゴミ、始末させるよ?」
 父の体を持ち上げ、盾のように振り回す。

 父親の哀しげな目に、華澄は気付いた。
 きっと。あの人は息子にもう一度会いたかった。どれだけ変わり果ててしまっていても、それでも。

「もういいや。さっさと死ねよ」
 葉守は飽きたようにそう言って。父親の頭を掴み、勢いよく床に叩きつけようとした。


●憐憫
 薄紫の影が、撃退士たちの間を駆け抜けた。たどり着いた樹が、人質の下に飛び込んで自らクッションになる。
「何だよ」
 葉守は獰猛にそれをにらみつける。
「邪魔すんじゃねーよ」

「満足かの?」
 冷たい床の上で、樹は憐れむような視線を返す。
「可哀想だの、おぬし」

 力を得ても、何も変わらない。
 奪う事でしか、注目されない。
 本当は自覚しているから。こんな事をするのだ。

 葉守の顔から皮肉な笑みが消えた。
「何、上から目線で言ってんだよ。見下してんじゃねーよっ!」
 日本刀が抜き放たれる。

「低俗な趣味。冗談が過ぎますわ」
 鈴を鳴らすような声が響いた。ロジーが嫌悪を露わに立っている。もう一人の人質は、華澄から彼女に渡され、今は後方で震えていた。彼女はそれをチラリと見、また葉守に視線を戻す。

「何故こんなコトをしているのか、あたしには分かりません。けれど、幾ら小悪事を働いていたとしても、貴方に裁く権利はありません。もう、終りにしましょう」
 刃を向ける。父親の目前で息子を傷付けたくはないが、今回ばかりはどうしようもない。

「また増えたし」
 葉守は下を向いて嘆息した。顔を上げた時には、皮肉な笑みが復活している。
「もういいや。フルボッコはゴメンだわ。だからさ」
 商品搬入口のドアが開け放たれる。
 裏口に当たるこちらも、警察車両によって塞がれている……はずだった。

 しかし、そこにあったのは玩具のように転がされたパトカー数台。リアドアの開いた大型トラック。その中には警備員や警官、動画に映っていた人質たちの動かぬ体が積み上げられて。
「コイツの相手でもしてろや」
 立ちはだかる、ひときわ巨大なカンガルーを指して葉守は嗤った。


●終幕
「まさか、トラックで逃げるつもりじゃないだろうな?」
 ミハイルは呆れた。意味がない。ヴァニタスならいくらでも逃走に使える能力があるはずだ。しかし葉守はリアドアを閉め、運転席に這い上がろうとしている。
 進路はカンガルーが塞いでいると見て、ミハイルは素早く葉守の背にアウルの弾を撃ちこんだ。だが敵は無傷で、そのままトラックを発進させる。

 追撃しようとした華澄を、カンガルーが蹴倒した。先の個体とは段違いの運動能力だ。
 搬出口から広い駐車スペースに出ながら、撃退士たちは目を見かわした。一瞬で役割分担が決定する。

 ロジーがスキルでカオスレート差を更に広げ、ディアボロに一撃を喰らわせた。フロアの確認を終え、合流して来た悠司が敵の足元を大きく薙ぎ払う。玲治が拳を構え、相手の懐に飛びこむ。仲間のダメージは全て受け持つ。

 ミハイルと華澄は、動かせる警察車両を探した。先程撃ちこんだのはマーキング弾だ。効果が持続している間、敵の居所は手に取るように分かる。
 カンガルーを味方に任せ、追跡する。三人に囲まれたディアボロが斃れるのは時間の問題だろう。


「大丈夫だの。わしが必ず護るゆえ、信じてほしいんだの」
 樹は廊下に残り、戦いの推移に気を遣いながら人質の拘束を解いた。角がある彼の姿に女性は怯えたが。葉守の父にはそんな気力もないようだった。
「何か、手がかりになることを聞かなかったかの?」
 問いかけてみる。相手は首を横に振り、ただすすり泣いた。


 パトカーの中でミハイルは眉をしかめた。葉守の動きが一度止まった。少しして、また高速で動き出す。
 何かあったのか、と訝しんでいると。先回りするように頼んでおいた地元撃退署から連絡が入った。

 葉守の乗った大型トラックが途中の曲がり角で横転。大きな車体を扱いかねたのだろう、運転席部分は民家の塀に突っ込み、車体が完全に道路を塞いでいるという。
 持ち去られそうになった遺体の回収は出来たが、葉守は野次馬に紛れて逃走。撃退署員が到着した時には姿がなかったらしい。
 ミハイルは葉守の正確な位置を伝えた。横転したトラックを避けてそちらに向かうには、今いる場所からは時間がかかる。スキルの効果は十分間。既に半分近くが経過している。

 タイムリミットまで緊密に連絡を取り合い、追い詰めようとしたが。
 年の瀬で賑わう街という森の中で、ヴァニタスの痕跡は忽然と途絶えた。




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 撃退士・ロジー・ビィ(jb6232)
重体: −
面白かった!:6人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
愛する者・
華澄・エルシャン・御影(jb6365)

卒業 女 ルインズブレイド