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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/10


みんなの思い出



オープニング

●悪魔の一番不運な日
 しまった。しまった、しまった、しまった。
 悪魔グムルが思うのは、ただそれだけだった。

 別に深い意図はなかった。あまり馴染みのない人界を、ちょっと探索してみようと思っただけなのだ。『どうぶつえん』とか『すいぞくかん』とかいうものを見てみたかった。
 手に入れた、人らしく見える衣装に身を包み。騒ぎなど起こさず隠密に戻るだけのつもりだったのに。

 なぜか、彼が『どうぶつえん』の前に姿を現しただけで辺りはパニックになり。現れた撃退士に攻撃を受ける始末。何が起こったのか、グムルにはさっぱり分からなかった。
 その場は何とか逃れたが、彼の不運はまだ続いた。『拠点』に戻る途中で、天使の一隊に見つかってしまったのだ。
 逃れるために、今度は手持ちのディアボロを使わなくてはならなかった。まだ調整途中だったのに。だが、自分が殺されては元も子もない。楽しい遊び〜ディアボロ作り〜を続けられなくなってしまう。

 とにかく、今日の自分はどん底に不運だった。そう思って諦めるしかない。一刻も早く自分の研究室に戻り、静かな環境でまたディアボロ作りに励もう。新しい資料を手に入れられなかったのが心残りだが、まあいい。想像で資料の間隙を埋め創造する。それもまた、楽しみのひとつだ。

 そう思って彼はシートにもたれかかり、襟元を緩めた。
 人の作ったこの『自動車』という移動手段。目立たないために使っているが、どうも彼には馴染まない。燃料の臭いがするし、揺れる。
 運転手役に作ったディアボロにチラリと目をやる。自分の作品だが、彼はこれが気に入らなかった。人型のディアボロなど、作っても全く面白くない。
 人界には、もっと不可思議で面白い生物がいくらでもいる。それを再現するのが彼の娯楽なのだ。

 自動車は高速道路に入る。拠点に向かってひたすらに走る。少し休もう、と彼は思った。戦闘に次ぐ戦闘で疲労した。彼はそれほど強い魔力は持っていないし、戦闘も好きではない。研究室にこもっていられればそれで幸せなのだ。


●轟く馬蹄
 目を瞑って自動車の振動に身を委ねたグムルは。しばらくして、また目を開いた。おかしな音がする。車の走行音しかないはずのこの場所に、ひどく不似合いな音。それが、近付いてくる。

 蹄が固い路面を蹴りつける音だ、と気付くのに数秒。爆音や、クラクションの音がそれに混じっていることに気付くのに更に数秒かかった。
 リアを振り返る。
 視界の中に、自動車のフォルムとは異質の黒い影が見えた。たてがみを振り乱し、蹄の音をとどろかせて迫ってくるそれは。

 馬。

 黒く巨大な、馬を模したサーバントだった。
 蹄が前を走る乗用車を蹴り潰す。クラクションを高く鳴らし避けようとする大型トラックの後部を、剥きだされた白い歯が噛み砕く。そんなモノが……三頭。
 道路にあふれる障害物を蹴散らしながら、重い足音を響かせ。阿鼻叫喚の地獄を生み出しながら、確実に近付いてくる。

 標的は自分だ。グムルはすぐに悟った。そして、運転手役のディアボロに叫んだ。
「急げ。スピードを上げろ。ヤツらを振り切るんだ!!」

 道は山間部の、カーブの多い区間に入っていた。本来はスピードを落として走行するべき場所だ。
 ディアボロには、運転に必要なだけの最低限の知能は残してあった。だが、それよりも自分の命に従うことを優先するよう条件づけしてある。
 ディアボロはアクセルを極限まで踏み込んだ。メーターの針がたちまちレッドゾーンに達する。サーバントの姿が遠くなる。
 グムルがホッとした時。行く手の視界が開けた。

 道路は山間から、谷に渡された巨大な高架橋に向かっていた。橋は緩やかにカーブしていた。
 そして。
 フルスピードで走る車は、その湾曲したラインに対応できなかった。
 
 横を走るバンに激突する。その衝撃でグムルたちの車は弾き飛ばされ、更に多くの車をまきこみながら旋回し。相手の車も、前方にいた車を巻きこみながら横転した。運転席側が、ぐしゃりと潰れた。

「何ということだ!!」
 グムルは立腹しながら車を這い出した。壊れてしまったディアボロの頭を、腹立ちまぎれに蹴りつける。
 ちょっと速度を出せ、と命じただけでこの体たらくは何事か。やはり人型など何の役にも立たないし、人の作った機械なるものも信用が置けない。
 そんなことをしている間にも、蹄の轟きは近付いてくる。……いや。ひときわ高いクラクションと共に、タンクローリーが横転し、直後に大きな火が出た。次々に車が巻き込まれ、後方は大変なことになっている。サーバントもすぐにはその火を越えて来られないようだ。
 
 グムルは辺りを見回した。自分がいるのは、巨大な橋の上だった。山の間に挟まれ、下をのぞくと川が流れている。その両側には人家や道路、田畑なども見えた。
 飛んで逃げるか。車を失ってしまったのは腹立たしいが、自分だけならまだ動ける。
 急がなければ。サーバントに追いつかれるし、この騒ぎではまた撃退士も来てしまう。そうなったらますます逃げるのが難しくなる。

 飛び立とうと翼を広げた時。
「……すげぇ」
 そんな声がした。
 
 振り返ると、横転した別の車から。体を半分出した人間の男がこちらを見ていた。路面に這いつくばり、顔を血まみれにして、両手首には手錠をはめられて。
 なのに、何故だか笑っていた。

「オッサン、悪魔? マジモン? おースゲェ。死ぬかと思ったけど、つーか多分死ぬけど、こんなの見られたから、ま、いっかー……」
 へらへらしている。理解しがたい、と思いながらもグムルはたずねた。この日、ずっと気になっていたことを。
「お前。なぜ、わしが悪魔だと分かる?」

 相手は目を丸くし。それからケタケタと笑った。
「翼、翼」
「翼?」
 オウム返しに言って。ようやくグムルは気付いた。
 人に、翼はない。
 しかし、彼は今日一日、それを隠そうとも思わなかった。

「あー。ウケたー。面白ェのね、悪魔って。あー惜しーなー、俺、もう死ぬんだろうなー」
 そう言って、男は仰向けになり、空を眺める。グムルもつられて上を見た。澄んだ秋晴れの空だった。
「目もかすんできたもんなー。でも惜しい、どうせ最後に悪魔とか見るんだったらさー、こんな額の広いオッサン悪魔じゃなくて美女とか、男でも超美形とかさー」

「うるさい」
 グムルは顔をしかめた。相手は、気にしない様子でまた笑う。
「じゃ、最後にインタビュー。悪魔さん、あのさあ。力をふるってやりたい放題するのって……どんな感じ? 気持ちいい?」

 グムルは相手を見直した。男は今は空ではなく、悪魔を見ていた。相変わらず顔は笑っているが。目だけは冷たく彼を見ている。そんな気がした。
「お前……」
 問いかけようとした時。再び爆音と、蹄の音が響いた。
 
 焔を乗り越え。巨大な馬が近付こうとしている。
 グムルの頭に。瞬間的に、ある選択肢が閃いた。
「お前。『自動車』は運転できるか?」
「俺? 一応、免許はあるけど?」
 でも今ムリ、血が抜けてもう死にそうだからムリ……とか言っているのは無視して。グムルは言った。

「それでは。わしに奉仕しろ」



リプレイ本文

●急行
 車のいない山間の高速道を、乗用車が逆走している。ハンドルを握るのは橘 樹(jb3833)。平素はおっとりした彼であるが。今は少しでも早く、と力を込めてアクセルを踏む。
「ひどい状態なんだの……早く止めないとだの!」
 テレビからは現場の映像が流れている。数キロに渡り破壊された車が列なり、火災も起きている。救助活動はゆっくりとしか進んでおらず、画面に表示される被害者の人数だけが刻々と増えていく。

 誰もが言葉少ない車内で。
「久しぶりにサクラでも食うかねえ」
 鷺谷 明(ja0776)が思い付いたように、のんびりと発言した。えっ、と周囲の空気が凍る。
「あー、えーっと。それは?」
 全員を代表して、紫園路 一輝(ja3602)がたずねた。外見は少年めいているが、歴戦の猛者であることは左目を覆う髑髏で飾られた眼帯が語っている。

 明はああ、と呟いて笑った。
「今日の夕食の話ね。間違ってもサーバントを食べたいというわけではないよ」
 また、クスクスと。彼だけの冗談に興じているように笑う。
「桜肉は栄養が豊富で薬膳料理としていいらしいよ」
 それは確かにそうなのだが。皆、さほど食欲をそそられなかった。

「高速道路……この人界では道路の中核を為すモノ、ですか」
 車窓を流れていく景色を眺めながら、リアン(jb8788)は右眼に付けた片眼鏡の位置を直す。
「そこでサーバントが暴れている……しかも死傷者もどれだけ居ることか。ふむ、これはお仕置きが必要でしょうね。しかも手痛い」
 最後の言葉を口にした時。端正な彼の口許がかすかに吊り上がる。

「一刻を争う事態なんだろうけど、救助は地元撃退署がやってるそうだし。獰猛な敵さん逃がすと被害増えてまずいよね」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が軽く肩をすくめる。
「ここはスピード殲滅を最優先にいこうよ。それが生存者増加、救助チームの援護になるだろうしさ」

 彼らの話を聞きながら。後部座席でレティシア・シャンテヒルト(jb6767)は、白い指をスマホの上に滑らせていた。
 馬の行動が解せない。陽動や戦闘が目的なら、炎の前でいつまでも立っていることはない。取って返して、救助部隊を襲撃することも出来たはずだ。
 それをしないのは。炎の先に、求めるものでもあるのだろうか。

 画面に、本日近隣で起きた天魔関係の事件が表示される。
 隣りの市の動物園前に悪魔が現れ、撃退署に追い払われた。
 数時間後、現場と動物園の中間地点で天使と悪魔の戦闘が目撃されている。
 二つの事件は、今回の依頼に何か関わりがあるのだろうか。
 

 現場まであと少し、というところで。樹は車のスピードを緩めた。
 前方から少し古い型のワゴン車が走って来た。自力脱出が出来る人がいるという情報があったので、それだろう。
 すれ違いざまに軽快にクラクションを鳴らし。ワゴンはそのまま走り去った。
「挨拶……かの?」
 樹はちょっと首を傾げたが。現場に向かうのが先と、再びアクセルを踏み込んだ。


●戦場
 高速で走り抜ければ一分もかからない高架橋。だが、車から降り立って見回せば、驚くほど巨大な建造物だ。防護壁の向こうには紅葉の山間をうがち流れる川筋の、のどかな風景が広がるが。

「おやおや。大惨事だ」
 ジェンティアンが呟いた。軽い口調と裏腹に、眉は不快げに寄せられている。
 橋の上には煙が立ち込め、鉄屑と化した自動車の残骸が散乱していた。それと一緒に、強い臭気が鼻を突く。油が燃える臭い、車体が焦げる臭い。そして、おそらくは人体が燃える臭い。

 薄くなりつつある煙の向こうに、巨大な影が見える。
「お、大きいんだの」
 馬の背丈は、先程のワゴンの車高を軽く越える。その上に長い首が乗っているのだから、生物というより家か何かのようだ。治まりつつある炎の向こうで、巨大な蹄がコンクリートの路面をしきりに掻いている。

「さて。前に出た方が良さそうだねえ」
 変わらぬ笑みを浮かべたまま。明はのんびりそう言う。抜き去られたら終わりだしねえ、と付け加える。
 その肌にははいつか、夜の色の斑紋が蠢いている。眼球も黒く染まり、赤い瞳が炯炯と光って見えた。

「脚を狙っていくかな」
 髪を燃えるように輝かせ。足元には紫と黄金の炎を纏い。一輝の隻眼が、遠い標的を射抜くように見据える。
 
 リアンの手配したトランシーバーのインカムを全員が装着する。これで、離れても互いに連携できる。
 ジェンティアンが阻霊符を展開し、戦闘の準備は整った。

 リアンとレティシアが、翼を広げ次々に飛び立つ。遅れて樹も飛び立った。先の二人と比べていささか速度が出ないのは、飛ぶのが苦手だからだ。それでも懸命についていく。
 全員が全力で前に出。敵との距離を測る。

 レティシアはすぐに高度を落とし、恐れ気もなく怪馬の前に立ちはだかるように飛んだ。ただし、敵の攻撃の間合いは十分に意識している。
「通せんぼ」
 そう言って、にっこり微笑んだ。

 せっかく鎮火して前に進めると思えば、別の障害が目の前に。馬と言えども、そんな事態はイラッとするだろう。それを煽る。頭に血を上らせてくれればいい。
 未確認の遠距離攻撃があるかもしれない、と彼女は警戒していた。それなら、自分に撃つように仕向けたい。特殊抵抗には自信がある。

 怪馬の一頭、他の個体より大きな葦毛の馬が挑発に乗った。彼女を見据え、雷鳴の如きいななきを発する。体を衝撃が突きぬけた。意識が飛ばされそうになるが、こらえ切る。
「衝撃波と共に、スタンをかけるスキルのようです。皆さん、お気をつけて」
 インカムに声をかける。
「シャンテヒルトちゃん、ダメージあったら回復するから。残念ながら休んでる暇ないんだよね」
 スピーカーを通して響くジェンティアンの声に礼を言おうとした時。

 黒毛の馬が目を血走らせ彼女に近付き、鼻息を吹きつける。
「大丈夫かの?!」
 上空から樹が声をかける。
「問題ありません。何らかのスキルのようですが、射程が足りなかったようです」
 こちらは、余程近付かなければ考慮しなくて良さそうだ。

 残る栗毛はレティシアには興味を見せず、疾走を始めていた。
「行かせないからな」
 一輝の手にあるのは、薄青色の鞘に納められた曲刀。向かってくる敵の正面に立ち、構えをとる。抜刀と同時に、冷気の如きアウルの刃が宙を飛んだ。栗毛の左腿上から脇腹が大きく斬り裂かれる。

「これ以上、車踏み潰されると困るんだよねー」
 続いて、ジェンティアンの手にした寒雷霊符が翻る。アスファルトに砂塵が舞った。八卦石縛風。葦毛が一撃で石化する。

 黒毛に向かい、天空から放たれる槍のように襲いかかるのはリアンだ。
「進行も逆走も困るんだよ。そこから動くな!」
 普段の礼儀正しく丁寧な彼はそこにいない。別人になったかのように、片眼鏡の奥の目を金に光らせ。急降下による加重も利用して、赤と青の双槍で敵を斬り裂く。タッチ&ゴー。再び空中高く急上昇し、更なる機会を狙う。
 その間に後方に回りこんだ樹が、混元霊符をかざす。渦巻く砂塵の中、黒毛も石化された。

 仲間が次々に石化されたことを理解しているのか、そうでないのか。傷口から体液をまき散らしながら、栗毛は前へと突進する。
 満面の笑みを浮かべながら。敵の正面に立った明は、迎え入れるように大きく両腕を広げる。
 それに誘い込まれるように、栗毛は彼に向かって蹄を振り上げ。そのまま、硬直した。

 邪毒の結界。この場に陣取ると同時に仕掛けておいた、設置型のトラップだ。毒と麻痺を付与する結界に、栗毛は完全に捕えられた。
 三頭全ての動きが止まった。
 一輝が再び、瞬息の内に抜刀する。手加減はしない。敵が動けない間に、完全に倒す。
 
「気を付けて。黒毛が動きます!」
 インカムからレティシアの声が響いた。

 石化から回復し、黒毛は一直線に明に向かった。彼は笑ってそれを迎え撃つ。
 この戦いに、回避という選択肢はない。突破されたら、車でも追いつける保証はない。正面から迎え撃つ。それしかない。

 腕輪に仕込んだヒヒイロカネから、小型の盾を実体化させる。突進してくる巨体に合わせてシールドリボストを発動し、高笑いしながら思い切り打ち払う。橋下に落とさぬよう向きには細心の注意を払って。
 盾に纏ったアウルが、轟音と共に巨体を後方へ吹き飛ばした。

 体勢を整えさせる暇を与えず、再び上空からリアンが斬りかかる。続けて、明がぱっくりと口を開ける。そこから、雷に似た光条が黒毛に向かってまっすぐに伸びた。魔人と呼ぶにふさわしい姿だ。
「だから動いちゃダメだってば」
 目の前まで走り込み、ジェンティアンがスタンエッジを打ち込んだ。再び黒毛がおとなしくなる。

 樹は魔具をウィップに持ち替え、麻痺したままの栗毛の足元に絡ませ、ぐいと引いた。
 重量はあるが、相手に意識があるのが幸いした。逃れようと動かぬ体をよじらせた栗毛は、それゆえに自ら脚を鞭に絡ませることになり、地響きを立てて転倒する。
「逃走や跳躍はさせないであるよ」
 息を切らせながら彼は呟く。こんな惨状は見るに忍びない。これ以上、敵が一般人や車両に向かう場合は身体を張ってでも止める。そう思っている。

 と。再びインカムに、レティシアの鋭い声が響く。
 たった今スタンをかけた黒毛が、また動き始めていた。よほど特殊抵抗の高い個体らしい。すぐ傍に立つジェンティアンに、獰猛に襲いかかる。

 彼も引かない。周囲の破壊された車両の中に、まだ生存者がいるかもしれない。救出の確率を上げるための選択肢に、回避の文字はない。
 札を瞬時に大剣に換装し。敵の喉を狙って、一気に薙ぎ払った。魔力で出来た刃が怪馬の首を半ば斬りおとした。


 その時、葦毛が不意に石化から回復し、前へと駆け出した。
 明が即座に対応した。動作の最適化と神経加速で、一瞬の内に敵の前に出る。
 そこで誤算が起きた。倒れてもがいていた栗毛の体が転がり、葦毛の進路を塞ぐ。葦毛は体の向きを変えた。
 立ち上がろうとする栗毛は、明が弾き飛ばした。だが葦毛は横をすり抜けていく。

 樹が背負ったランドセルから洗濯ロープを取り出した。事前にコンビニで買って、投げ縄状にしておいたものだ。出来ればもう少し太い物が欲しかったのだが。
 翼を動かし、全力で追いすがって投げる。縄の先端が首に引っかかった。力いっぱい、ぐいと引く。首を絞められ、葦毛が棹立ちになった。その背に樹はがっしりとしがみつき、呪縛陣を発動した。
 術者自身にもダメージを与える攻撃だが、それだけに効果は大きい。
 
「橘君やるねえ。振り落とされないでねえ」
 明は楽しげに笑った。魔具を金剛布槍に持ち替える。深青色の布槍が蛇のように地を滑り、敵の脚を絡め取る。
 葦毛は激しく暴れた。樹は上下左右に揺さぶられ、目が回りそうだ。
 握っていた縄から手がすっぽ抜ける。樹の体は空中に放り出され、橋を囲むアーチにぶつかった。そのまま、狩衣姿が橋の外に消える。レティシアがサッとその後を追って飛んだ。

 背中の重圧から解放された葦毛は雷鳴のいななきを発しようとした。天に向け大きく開いたその口を。矢のように飛来した二色の槍が深く穿った。

「攻撃の直前は誰でも隙が出来ると言うもの」
 槍の主はリアン。全身を淡い緑色に輝かせた彼の手が、葦毛の頭蓋に槍を押し込んでいく。
「滅べ」
 大きな目を血走らせながら。怪馬は斃れた。


 三人が葦毛を追っている間。一輝とジェンティアンは、残る栗毛の相手をしていた。
 一輝は続けざまに栗毛に攻撃を打ち込んだ。金色の闘気を纏った白刃が放つ一撃一撃が、重いダメージを敵に与える。
 ジェンティアンが再び、八卦石縛風を放つ。砂塵が栗毛に残された生命力を奪っていく。
「梃子摺ったけど、これでGAME OVERだ」
 両眼を青紫に染めたまま、そっと彼は呟いた。


 その後方で、レティシアに付き添われて樹がふらふらと上がって来た。飛べて良かった。心からそう思った彼である。
 彼女の操る癒しの風が、傷を回復させる。
「ありがとうなんだの、レティシア殿」
 少女の姿の古きモノは愛らしく微笑む。
「いいえ。おつかれさまでした、橘さん」

「けど、何故馬が高速走ってたのかね」
 金色の髪をかき上げながら、近付いてきたジェンティアンが怪馬の屍を眺め、首を傾げる。
「あの馬は、何かを追っていたように思えたんだの……」
 樹の目が。馬たちが目指そうとした橋の向こうを見る。
 ふと、ここに来る途中ですれ違ったワゴン車のことを思い出した。何故だか、気にかかった。


●討伐の後
 そのまま撃退士たちは被害者の救出活動に合流した。
 潰れた車のひとつひとつをのぞき、生存者の有無を確認する。それは気の滅入る作業だ。死者は多く、命を取り留めた者も大きな怪我を負っている。
 回復スキルを持つ者は、皆それをフルに使用し。それ以外の者も消火や被害者の搬送に力を尽くす。

 アウルディバイドでスキルの使用回数を底上げしながら。ジェンティアンは額の汗を拭く。日頃は『頑張らない』を標榜する彼だが、今はそのことを忘れていた。

 少しでも被害を抑えられたら、と消火に救出にと駆け回った樹は。車の中、息絶えている家族連れの姿に絶句する。最後の瞬間、子供たちを守ろうとしたのだろうか。母親は、幼い子供たちをかばうように覆いかぶさっていた。
(助けられなくてすまないんだの……)
 心の中で詫びる。仲間や、救出された生存者の気持ちを落とさぬように明るく振舞いながらも。彼の心は強く痛んでいた。

 レティシアは小さくため息をつく。
 生存者の救出を優先しての今回の作戦。仕方ないなぁと内心で苦笑しつつ、実現のために出来る限りの力を尽くした。
 見た目と異なり長い時を生きてきた彼女にとっては、学園生の大半は幼子のようなものだ。彼らが失敗して気に病む所は見たくなかった。
 だが、現実は厳しくて。
 全てを救えないことは承知している。それでも、伸ばした指からこぼれ落ちていく多くの命を悼まずにはいられなかった。


 救出活動が一段落した頃、地元の警察関係者をつかまえて、彼女はある依頼をした。
 後日、その結果が届く。高速道上の監視カメラやオービスの精査結果と、事故車の乗員と所有者の照合結果だ。
 報告書をめくる指が止まった。あの時すれ違った黒いワゴン車の所有者は、事故現場で遺体となっていたという。
 車に乗って逃れた者たちの身元は不明。ワゴンはインターチェンジの近くに乗り捨てられていたそうだ。

 それでは。あの時、すれ違ったのはいったい何者だったのか?
 疑問は得体のしれない予感となり。レティシアの表情は曇った。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 紫水晶に魅入り魅入られし・鷺谷 明(ja0776)
 きのこ憑き・橘 樹(jb3833)
重体: −
面白かった!:5人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
『三界』討伐紫・
紫園路 一輝(ja3602)

大学部5年1組 男 阿修羅
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB