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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/07


みんなの思い出



オープニング

●フリーで働くということ
 正面から吹きつける風を体に受けながら、波を越えていく。
 フリーの撃退士、矢松祥司は依頼主から借りた漁船で海を進んでいた。

 目的地は、沿岸からかなり離れている。だが、沖合で操業する漁師たちにとっては慣れた漁場だ。そこで、次々に漁船が遭難している。
 その多くが、消息を絶つ前に。
「か、怪物だ……!」
 という言葉を遺している。ということらしい。

 組合は、地元の撃退署に相談した。だが、撃退署は受理するのに逡巡した。
 気象条件により遭難が多い海域である。『怪物』が天魔であるという証拠もない。被害の起こっている海域は沖合であり、地元撃退署が対処するには難しい場所である。
 ということで。久遠ヶ原に対応を依頼する前段階として、遭難の原因に天魔が絡んでいるかどうかの調査を勧められた。
 そして、紹介されたフリーの撃退士が矢松である。

 海図とコンパスをにらむ彼の表情は渋い。
 正直、あまり気の進む依頼ではないが。よほど名の通っている者ならともかく、そうでないフリーの撃退士に回って来るのはこういう『どこも扱いたがらない』『誰に頼めば良いのか分からない』ような仕事が多い。
 しかし、そういう仕事でも受けておかないと次につながらない。
 フリーの身分というのは、実に辛いものなのである。

 まあ、考えても仕方ないので。とりあえず目の前の依頼をこなす。もちろん、頼まれた以上のことをやるつもりはない。
 あくまで、事故が頻発している海域の調査、それだけだ。遠目にでも天魔を確認すれば、即、陸地へと逆戻りする。

 問題の海域の少し手前で、矢松はボートを停めた。
 海面に異状がないかを確認する。相変わらず、波は荒い。だが、それだけだ。特に天魔の気配は感じないが、念のため阻霊苻を発動させておく。

 自然現象であってくれれば良い、と願うが。
 漁師は海のプロだ。プロが、異状を感じている。ならば、やはり何かある。そう思うべきだ。

 矢松は船のエンジンをかけ直し、ゆっくりと問題の海域へ進入して行った。


●海中の巨大な眼
 時間をかけて、広い水域を少しずつ見て回る。
 三時間ばかり巡回をしたところで、また一度船を停め、休憩を取った。クーラーボックスからスポーツ飲料を取り出し、喉に流し込む。晴れた日の陽射しは、まだ強い。
 波の揺れが変わった。規則的な大波が崩れて、下から突き上げるような小波が来た。
 何だろうかと、舷側から海をのぞきこみ。

 巨大な眼と、目が合った。

 自分の見ているものが生物の眼であると気付くのに、数秒時間が必要だった。
 白い強膜に囲まれた黒い瞳が、ギロリと動き。彼をハッキリ見ようとするかのように形を変えたところで。
 ようやく、矢松は自分の見ているものを認識した。

 そして。全速力で操縦席によじ登り、エンジンをスタートさせた。
 あれの正体を探っている余裕などない。必要もない。
 今はただ、一刻も早くこの場を逃げ出し。帰りついて、自分の見たものを報告する。それで十分だ。

 出力を全開にする。全速力で、岸へと向かう。
 イカの遊泳速度はどのくらいだった? あの生物のサイズはどのくらいだ? 脳みそを必死で回転させる。魚屋に並ぶイカと同じ体の比率をしているとして、あの眼球の大きさから推測すると。
 少なくとも全長三十メートル以上、という結論に達する。

 船は速力を増している。使い古された漁船だが、沖合用でそれなりの大きさのエンジンを載せている。
 海に出る前は、小型のボートを使うことも検討したが。そうしなくて良かった、と思う。

 数百メートル離れた時。厭な予感がした。
 撃退士として長年危ない橋を渡って来た、その感覚に導かれ。矢松は勘だけで、舵を大きく右にきった。

 目の前で水面が膨れ上がった。鉤爪のある巨大な触腕が、砲弾のように水面から突き出し、また沈んでいく。
 ギリギリでその横をすり抜けながら、矢松の額に冷汗がにじむ。
 今の一撃をまともに食らっていたら、船はバラバラになり、自分も海に放り出されていただろう。

 だが。一撃だけで終わるはずがない。
 狙われているのなら。
 何度でも、あの攻撃が来る。
 岸までは。絶望的に、距離がある。
 
 また。直感だけで闇雲に舵を切った。船の左舷で、水柱が上がった。
 こんな曲芸は長くは続かない。死が、目の前にある。

 不意に船の動きが鈍くなった。舵が重くなり、エンジンが悲鳴を上げる。船体が重くなり、前に進まない。
 振り返ると。いくつもの太い触手が、船体に絡みついていた。
 巨大な吸盤の一つ一つに、鋭い歯がついているのが見える。まるで無数の口のようだ。

 絶望が胸を染め上げる。
 それでも。もう一度海を見た。
 チョーカーに仕込んだヒヒイロカネに触れ、愛銃を実体化させる。一方的にやられはしない。覚悟を決めて操縦桿から手を離し、舷側に歩み寄る。

 巨大な顔が、海面からせり上がりつつあった。
 大きな的だ、と思う。はずしようがないな、と嗤った。
 
 フォースを発動する。構えた愛銃から高めたアウルの弾丸を九連発、余すところなく巨大な右眼に撃ちこんだ。

 次はどうする? 小天使の翼でも使い、あの目玉に直接切りかかるか。
 自分がここで死ぬことが確定していても。相手を無傷では帰さない。それが彼を支える、最後のプライドだ。

 だが。
 奇跡のように、船を縛りつける触手が揺らいだ。
 巨大な敵は。
 船を離すと一動作で、はるか彼方へ後退する。

 茫然とする間もなく。矢松は操縦席にとって返した。
 船のエンジンはかけたままだ。メチャクチャに進み始めていたそれを、コンパスを見ながら軌道修正。一目散に陸へと向かう。
 敵が戦意を失っている内に、一キロでも先へ。
 命をつなぐ可能性にすがり、エンジンの回転数を限界まで上げ。ただ、船を走らせた。


●というわけで
 何とか港に帰りついた矢松は、依頼主に会うと、すぐに久遠ヶ原に連絡を取るように進言した。
「それでは、やはり天魔だったのですか」
 聞き返されたが。
 確認していない。冥魔認識など使う暇がなかった。いや、あったかもしれないが、使うのを忘れた。
 
 しかし、そんなことは顔に出さない。依頼人には信頼感を与えておくことも、フリーとしてやっていくには大切なことである。

「正体を判別するところまではいきませんでした。しかし、あれは怪物です。対処できるのは久遠ヶ原の撃退士のみでしょう」

 何食わぬ顔をして。そう、彼は言い切った。


リプレイ本文

●出航
「謎の巨大イカ。海のミステリー。いいねー」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は上機嫌だった。
「あ、ちゃんと退治するから安心してよ」

 秋の空にはいわし雲。カモメが港の上を飛び回っている。
 矢松はそっぽを向いているが、嫌な顔をされるのは承知の上。だからこそ、ちょっかいを出す方向で。むしろ、それが主な目的である。(イカは?)

 桟橋の上では、黒羽・ベルナール(jb1545)が熱心に、地元の漁師と話をしている。これから向かう海域についての情報を集めているのだ。アンテナのようなくせっ毛が風に揺れ、ぴょこぴょこ動いている。

「今回は宜しくお願いします」
 漁船では、長く美しい黒髪のユウ(jb5639)が、矢松に丁寧に挨拶した。
「主は中々勘が鋭いらしいな、何か感じた事があらば遠慮なく話して欲しい」
 白蛇(jb0889)も金の瞳をまっすぐに向けて言う。真摯な口調に彼が答えようとすると、
「まあ、わしはもうひとつの『ぼーと』の方に乗るのじゃが」
 あっさり落とされた。ちなみに悪気は全くない。

 更に、見た目中学生女子の鴉乃宮 歌音(ja0427)が現れる。
「船と自分の安全を優先してくれればそれでいい。船を沈めるわけにはいかないからな。私としては射撃が届けばそれでいい」
 悠々と言い、白衣を海風にはためかせて去る。

 何とも言えない顔でそれを見送る矢松を眺め。
「やー、いい顔だねー」
 ジェンティアンは、完全に楽しんでいた。

 少し離れた位置で。黄昏ひりょ(jb3452)は、友人である坂森真夜の心配そうな顔を思い浮かべていた。
(矢松さんは友達の大事な恩人さんだもの、絶対に怪我なんてさせない。その前にカタをつけてやる。あの子の笑顔を守る為にも)
 水平線を見据えるまなざしに、力がこもる。
 もっとも彼女は、ひりょのことも気遣っていたのだが。自分より他人を優先してしまう彼は、そこに思い至っていないようだった。

 出航した後。黒羽は情報を書きこんだ海図を皆の前に広げた。
「戦いやすそうな場所を決めておこう。もちろん、今まで敵が出現した場所からそんなに離れていないところね!」
 明るく元気いっぱいな声が甲板に響く。
 皆で話し合い、戦闘海域と、そこに標的を誘導することを決める。後は到着を待つだけだ。

「巨大イカか……」
 海図を畳みながら、考え込むように黒羽は言った。
「自然生命体だったら、ちょっと食べてみようかな! もしかしたら、凄く美味しいイカの新種かもしれないし!」

「あんまり大きすぎると、食べられるものではないらしいぞ」
 持参の紅茶を楽しみながら、茶飲み話の口調で答える歌音。本人は非情に塩辛いと予想している。
「だが、食べる気なら何か作ろうか」
 ゲソをちょっと切って船のキッチンで焼けば、(見た目だけは)美味しそうに料理出来るだろう。

「喰らうのも良いな。大味だとしても、それはそれで肴になるし、の」
 白蛇が話に乗って来た。『肴』と言うあたり、飲むのが前提のようだ。
「しかし、巨大な烏賊、のぅ」
 金色の瞳が、どこまでも続く海に向かう。
「確認されている最大の生命は、白長須鯨じゃったか? 今回の烏賊が自然生命ならば、歴史が一つ塗り替えられるのぅ」
 しみじみと言う。

「地球の神秘ですね」
 ユウの黒い瞳も、憧れをたたえて海に向かう。
 イカの話でずいぶん盛り上がった。これも海のロマンと言えるかもしれない。


●索敵
 数時間後。目標地点の手前で、黒羽、白蛇、ひりょの三人が曳航してきたボートに移る。
「ひりょ先輩。お願いしますね」
 黒羽に頼まれ。
「ま、まぁ。多分大丈夫でしょう」
 ひりょは少し不安な顔で操縦席に腰を下ろす。ヒャッハー! と叫びながら、超高速でボートを走らせ……たりはしないと思うが。
(運転して性格豹変してたら、同乗している方に注意してもらおう。うん)
 自分に言い聞かせ、操縦桿を握った。

 荒い波を軽快に乗り越え、目的地に到着する。揺れるボートの中で黒羽は立ち上がった。
「マスカット!」
 名を呼ぶ彼の声に応え、暗青色の大きな竜が召喚される。
「巨大イカを探して来てね! 見付けたら『威嚇』を使っておびき寄せてね」
 黒羽の言葉に応えるように。水しぶきを上げ、召喚獣は海中に消えた。

 しかし、目指す相手は簡単には見付からなかった。刻々と時間が過ぎていく。
 黒羽は心配に眉を寄せる。
 その時、暗い海の底から何かが高速で襲いかかった。
 鋭い鉤爪が黒青の鱗を引き裂く、と思った瞬間。召喚獣がその場から消え失せる。効果時間を過ぎたのだ。

「マスカット、もう一度!」
 黒羽は間をおかずに再召喚を行なった。標的を見付けたからには、おびき寄せなくては。
 再び海中に潜った竜は、敵の気配を感じ取る。視認する前に『威嚇』を放って、主の元に戻った。


 その頃、漁船チームは、離れた位置で待機していた。
 歌音の周囲に、青色のモニタのような光が浮かんでいる。「幻視探査『通信士E』」。精度の高い索敵を可能とする、彼ならではのスキルだ。
「来るぞ」
 命綱を確認しながら歌音が言った。ここからは通信士ではなく、狙撃手だ。

「センセ。激しくなるからしっかり避けてね」
 ジェンティアンは矢松を振り返って言う。
「あ、もし逃走したら社会的に抹殺される様に、あーんな事やこーんな事、吹聴しちゃうからね? フリーって信用第一でしょ?」
 素敵な微笑でしっかり釘差し。矢松は不機嫌にそっぽを向いて、答えなかった。
  

●戦闘
 海面を突き上げ、巨大な鉤爪が飛び出した。漁船のすぐ傍だった。
 大きく揺れる甲板で、ユウの背に黒い翼が開く。手にした銀の銃が雷鳴のように轟き、触腕の一部を吹き飛ばす。

 歌音は洋弓を構えた。胴か頭、出来れば眼のあたりを狙いたい。
 だが、巨大イカはすぐには全身を海上に出さなかった。目を凝らすと、黄金色の影が海水の下に揺らいで見えるだけだ。
 その影を狙って矢を放つ。命中したらしく、海面が濁った。


 ボートも激しく揺れていた。その中で、ひりょは黒羽と操縦を交代する。
(ここからは俺が戦闘要員だ)
 触腕が波に潜った海面を見つめる。その瞳は青く輝いていた。
 
「勘とかでよけるの難しそうだから、マスカットよろしく!」
 哨戒を任せた召喚獣から、伝わってくる肯定の意志に力を得て。黒羽は操縦桿を握った。伝えられる情報を利用し、水中の影との距離を巧みに詰めていく。

「翼の司よ、来たれ!」
 白蛇の声に応え、白鱗金瞳の輝く生き物が現れた。その背に飛び乗り、彼女は天高く空に舞う。馬竜が力強い咆哮を上げた。その声が、ボートの仲間のアウルをたぎらせる。

 ひりょは氷晶霊符を手に取る。式神で相手の動きを止めたかったが、距離が足らない。相手は攻撃する時しか海上に出て来ず、体のほとんどは波の下だ。
(大きいだけに生命力は半端なさそうだな)
 そう思いながら、波間から姿を現した触手めがけて氷の刃を撃ちこんだ。


 漁船の方では、ジェンティアンが触手が近付いた瞬間をとらえ、異界認識を発動していた。判定は?
「ふむ、ディアボロみたいね」
 伊達眼鏡を軽く押し上げて、彼は呟いた。まあ、正体が何だろうが倒すのだが。

 結果が皆に伝えられる。歌音は静かにうなずき、ユウは自然の生物を傷付けずに済むことに安堵した。ボートには、矢松が無線で黒羽に伝える。

 これで存分に戦える。そう思いながら、ユウは再び触腕が出てくる瞬間を待つ。敵の最大の攻撃手段はあの鉤爪付きの腕だろう。それを無力化したい。

 ジェンティアンは、海中を見通そうと目を凝らす。傷付いているはずの右眼を、完全に潰したい。
 寒雷霊符から放たれる雷の刃に、蠱毒で味付けをして。雷光と、白いアウルの蛇たちが海上を奔る。

 それぞれがそれぞれに計算をし。海上に姿を現しつつある黄金色の巨体に狙いを付ける。
 だが、全員が射程の確保に苦しんだ。敵は海を熟知している。波の動きを利用し、射程の外に逃げる。間合いが尋常でなく長いので、軽々しく近付くのも危険だ。

 結局。待ち続け、船が巨体に近付いた一瞬を捉えて攻撃を放つ。その繰り返しになる。
 傷は確実に負わせている。が、巨大すぎて手ごたえが感じられない。それが全員に焦りを感じさせる。

 巨大な眼球が。ギロリと漁船の方に動いた。
 矢松は直感的に舵を大きく右に切り、スピードを上げた。鉤爪のついた触腕が海中から飛び出し、舷側の手すりをちぎり取る。漁船はそのままトップスピードで、イカから離れて行く。


「ええー! このタイミングで逃げるの!?」
 ボートを操縦する黒羽は、ぽかんと口を開けた。
「撃退士としてここで逃げるわけにはいかないでしょー!?  敵もきっちり倒して帰ろう!」
 小さくなっていく船尾に声を投げるが、答えはない。
 
 この瞬間。巨大な敵に対するのはボートの三人のみ。どの表情も硬くなる。

 ひりょの符が、再び触手を切断する。暗青色の竜は波の間を素早く泳ぎ回り、触手に向けサンダーボルトを放つ。麻痺が効いたのか、二本ばかりが動きを止め、ぷかりと海面に浮かんだ。

「司、すまんが頼む」
 白蛇は馬竜の首をそっとなでる。
 仲間への攻撃を減らすため、囮となり、気を惹くように飛ぶしかない。海面から現れ出た巨大な眼に睨まれながら、くるくると飛び回る。
 攻撃を仕掛ける余裕はない。触腕や触手に捉えられないようにするだけで精一杯だ。


 その中。エンジン音を高く響かせ、漁船が戻って来た。攻撃を避けた勢いで、目標から遠ざかっただけだったのだ。
 黒い翼がひらりと舞った。ユウである。武器を大鎌に持ち替え、艶やかな黒髪を華やかに風になびかせ。漆黒の刃が、鉤爪を切断する。

 舳先では、歌音が狙いを絞っていた。上下に揺れる船の中、いつ海中に沈むかもしれぬ相手の呼吸を読み切り、射程が届く一瞬を逃さず射つ!! その姿は決闘に臨むガンマンのようだ。

 計器に落ちる影に、矢松はハッと顔を上げた。巨大な触手が操縦席に向かって降ってくる。
 と、白光が操縦席を包み。触手は弾き飛ばされ、また海に戻っていった。

「何のつもりだ」
 矢松は横を向き、言う。視線の先ではジェンティアンが微笑っていた。今のは、彼の放った防護陣だ。
「え、船操縦して貰わないと困るし。あと、坂森ちゃんが哀しむのもヤだし?」

「余計なお世話だ。こっちも撃退士だぞ」
 矢松は更に不機嫌になる。
「あ、僕に借り作りたくないとか考えてる? だったら今、返してもらっちゃおっかなー。船を沈めず、思いっきりあいつに近付いたり出来る?」

 返事の代わりに、船がまた加速した。了解したらしい。本当、面白い。そう、ジェンティアンは思う。
「生還した腕は、認めてるから」
 声はエンジン音にかき消され、届いたかどうかは分からないが。別に、それで構わない。


 イカの動きはかなり鈍くなっていた。泳ぐための触手と触腕のほとんどを刻まれ、本体も大きく傷ついている。
 後は一息。誰もがそう思った時。

 半ば以上切断された触腕が、急に動いた。召喚獣たちを押しのけ、追い払い。ボートに向けて、一直線に伸びる。黒羽の卓越した操船技術が直撃を避けるが。
 衝撃が激しい波を起こす。大きな横波を食らい、更にかぶさってくるような大波が襲い。ひりょと黒羽は、海中に放り出された。

「救助を最優先します」
 ユウが飛んだ。細い体が空をすべっていく。波間を浮き沈みするひりょの体を支える。黒羽の元には、マスカットが素早く泳ぎ着き、主を救い上げる。


「あちらは任せよう」
 歌音が言った。今度の彼は敵陣深く入り込む猟兵。鋭く敵を見据える。
「同感。最後は派手に行こうか」
 ジェンティアンもうなずく。

 漁船が十分に標的に近付いた時。『幻視突破「猟兵」』と『ファイヤーブレイク』が同時に放たれる。
 直線状に位置する全てを破壊する槍が敵を抉り。続いて巨大な火球が包みこみ、炸裂した。

 ついに、巨体は力を失い水面に浮かんだ。体色が白く色褪せていく。
 だが、ひりょは見た。その眼がまだ生気を失わず、反撃のチャンスを狙って光るのを。

「ユウさん。このまま、飛べるかな」
 自分を抱えて飛ぶ少女に、すまなそうにたずねる。
「あいつにとどめを刺さないと」
 ご一緒します、とユウは言った。

 巨大な胴体に下りる。
 ユウが周囲に淡い闇を発生させる。敵を凍てつかせ、常夜の眠りに誘う闇が、この巨体に通用するのか不明だが。目くらましくらいにはなるはずだ。

 薄闇の中、揺れる巨体の上をひりょは走った。海水が跳ねる。
 手にした刀は、友と同じ名。
(この刀で、俺は皆と共に戦ってるんだっ!)
 
 だから、負けられない!

 瞳はますます青く。背に、幻影の黒白の翼を広げ。
 気合いを込めて。二つの巨大な眼の間に、深く刃を打ち込んだ。
 それが、最後の一撃になった。
 

●戦いの後
 ひりょと黒羽はびしょぬれで漁船に上がった。タオルで何度か拭くと、黒羽の頭にまた、ぴょこっとアンテナが立つ。
 着替えようと荷物を確認して、ひりょは困惑した。ぺンギンの着ぐるみ……何故、ここにこれが?

「さて。烏賊を肴に一杯やるとしよう」
 白蛇はさっさと座り込んだ。
「それにしても、改めて見ても大きいのう」

「あ、その前に。せっかくの大物ゲットですから、皆で記念撮影しませんか?」
 ひりょは言った。デジタルカメラを持参している。そして気付いた。写真→裸はNG→ペンギン決定。

 矢松もジェンティアンが連れ出し、巨体をバックに全員で撮影。続いて、一人ずつイカの上に立ってツーショット。
(大物とのツーショットなら、矢松さんの宣伝にもなるんじゃないかな)
 あの子が心配しないで済む仕事が入ってくればいい、と思いながら、シャッターを押す。その瞬間、
(同じような依頼ばっか来たりして……?)
 そんなことを思いつき、冷や汗が出たが。着ぐるみが暑いせい。そう思うことにした。


 後処理を無線で学園に頼み、船はその場所を離れていく。
 白蛇は酒を楽しみ、歌音は紅茶と手作りクッキーを広げる。
 
 ユウは、遠ざかって行く巨大イカの体を見ていた。今回はディアボロだったけれど。
(もしかしたら。この海のどこかに、私たちがまだ知らない、巨大な生き物がいるのかも……)
 そう思うと。不思議に胸が高鳴った。


 帰港後。依頼主は撃退士たちに新鮮な海の幸を振る舞い、ねぎらってくれた。なぜかイカ刺し、イカ飯、焼きイカと、イカ尽くしだったが。

 美味しくいただきながら、ジェンティアンは依頼主に討伐の顛末を報告し、最後に輝く笑顔で言葉を添える。
「的確な事前調査と操縦のお陰でスムーズに退治出来ました。矢松さんは素晴らしい撃退士ですね」
 
 麗しい彼の気遣い、そしてひりょの撮った写真が。あるフリー撃退士のその後にどんな影響を与えたかは、定かではない。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
召喚獣とは一心同体・
黒羽・ベルナール(jb1545)

大学部3年191組 男 バハムートテイマー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード