○第一幕
『この依頼は間違いなく、風紀委員経由の依頼だわ。それ自体はおかしいところはないんだけど、かなり上の方から指示らしいのよ』
『気軽に、話かけてきた、依頼人との、温度が、違うということで、ね?』
「‥‥って言われても、結局は足をつかって潜りこむしかいのだけれどねェ」
陽が傾き、海辺の倉庫の天井からわずかにのぞかせる時間帯。黒百合(
ja0422)は昨晩行われた情報共有の会議を思い起こしながら小さく息を吐く。
一日目の調査の結果、一辺二キロほどになっていた調査範囲は、あっという間に狭められた。いかに密造酒とはいえ、もともとは一般生徒を相手に販売しいているものである、秘密がそれほど厳密に守られるはずがない。
黒百合をはじめとする撃退士が調査している最中に新しく入った情報といえば、密造酒が一部の居酒屋で非合法に使われているということと、お金のない学園生徒同士で転売が横行していること、この依頼の出所が風紀委員の(しかも相当上部から)出されているということ程度である。
「皆は随分と安酒を煽る趣味があるのねェ…貧乏って悲しいわねェ…」
酒を飲んだ経験があるかないかはおいておくとして、再度息を吐く黒百合。先ほどのナナシ(
jb3008)と志々乃 千瀬(
jb9168)の話ではないが、彼女の主観も同じく、現実を前にすると、風紀委員が絡んでいるという単体の情報や安酒をなぜ飲むのかわからない個人の感想は「それだけ」では効果を発揮しない場合も多い。
「だからこうして足を使って調べるしかないのですけどねェ‥‥まあ、その必要もないかもしれませんが」
『いやー、やっとみつかったよ☆彡 ボクはいろんな酒を飲むのが趣味でね☆』
『ノブよう、お前また変な奴連れてきたな。撃退士だったら誰でもいいってわけじゃあねえんだぞ』
『いやあすいません。でもボクは結構守備範囲は広い方ですよ☆彡』
『誰もてめえの女の好みなんて聞いてねえよ!』
『‥‥すいやせん親分。昨日飲んでたらどうも気があっちゃいまして』
小さく聞こえる声に耳を傾ける。誰が誰の声なのか、恐らく語尾に擬音のようなものがついているのが今回の依頼で酒が飲める年齢を活用して正面から組織に潜入したジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)であろう。実際この近辺を捜索範囲に絞れたのも、昨日の彼の聞き取りによるものが大きい。
「あの様子だと任せても大丈夫なんでしょうけどぉ‥‥こちらもどうにも大変そうですね」
壁の向こう側から聞こえる声とは異なる複数の足音。どこで自分の存在がわかったのか、着実に近づいてくるそれらに、黒百合は氷月はくあ(
ja0811)にあらかじめセットされていたメッセージを送信すると、最も近い足音の方向へと視線を向けた。
もはや推察をするまでもなく近づいてくる足音の中、壁の向こう側では会話が継続しておこなわれていた。
○幕間(壁の向こう側)
「‥‥これは、抜群に美味しいですね」
男から差し出された酒を一口舐め、目を見開くジェラルド。一口飲んだだけでは10倍以上の値段がする正規品と区別がつかない。むしろ商店などで販売されているようなそれよりも、後味のように高揚感がこみ上げてくる。
一瞬、遠ざかりつつあるとはいえども壁の向こう側で繰り広げられる乱闘劇すらも忘れてしまいそうになる。
「兄ちゃん、少しばかり外で揉め事が起こっている。来てもらったところ悪いが、その一杯できょうはお開きだ。また来てくれや」
ジェラルドが呆然としている内に荷物をまとめ、男たちは荷を船に積み直そうとする。
「ええ‥‥いや、ここまできておいてそれはないでしょう☆ こんな美味しいお酒、2〜3本でいいから売ってくださいよ〜☆」
最低限の情報は抑えたと、ジェラルドは一旦引く姿勢を見せるが唐突に密売人の男に声色も高くくってかかる。まるで長年海外にいて会えなかった恋人と再開したかのような勢いで抱きつきかかるジェラルド。彼は小さくウィンクをすると、大きく身振り手振りを使って、男たちの背後にある酒を売ってくれと懇願する。
先ほどまでの態度とは変わって頭を下げる客に男たちは呆れかえり、特徴的な帽子をかぶった少女が音もなく着地したことに気付かなかった。
○二幕 倉庫と深さ
「敵が多いですっ。後方の敵の撃破を最優先してください。一通りの多い場所までくれば、こんなことはできないはずです」
複数方向から同時に浴びせられる攻撃を防御しながら、黒百合と千瀬に声をかける夏野 雪(
ja6883)。
彼女の耳にも入っていた撃退士の足音は、もはや複数のV兵器による波状攻撃となって三人を襲っていく。敵の実力は彼女たち三人に決して匹敵するものではなかったが、攻撃を絶え間なく受け続けている以上、圧倒的な攻撃力と比較すれば脆弱な装甲『生命力』は底も近い。
「もう少しだけ、がんばりましょう。こんなの、‥‥長く、続きません」
呪縛陣で眼前の敵を束縛し、振り向かないまま数歩下がる千瀬。
騒動の絶えない久遠ヶ原学園ではあるが、騒動というものはあまり長く続かない。
学園内にいる生徒はほぼ全員戦闘能力を持ったプロフェッショナルである以上、騒動になれば(静止に入った生徒がかえって暴れて拡大することもあるが)うやむやになるか風紀委員の介入をもって終了する。
「こいつらもそれがわかっていないって顔でもなさそうですけどねェ‥‥!」
敵の射撃を大鎌と身体の捻りで受け流しつつ、上空から襲いかかってきたディバインナイトをそのまま足を高くあげて蹴り飛ばす。長期戦になれば騒ぎなるということは敵も百も承知。敵は短期決戦を挑んでいるようにも見えるが、勝負を焦って攻撃が単調になることはない。
「後ろから狙撃、狙ってるっす! 注意してください」
高所に待機していたはくあに合図を送りながら、前衛で戦う三名に指示を出す知夏。小さな犯罪と『依頼所で』聞き、向かってきた。その先の敵が統率が相当にとれている。アルコール絡み‥‥
『われわれが後方にから攻撃してこないと思ったか!』
頭の中の糸を手繰り寄せようとする知夏の背後から、学園OBらしき風貌の男は、彼女の身長ほどもあろうかという大剣を力強く振りかぶる。
「それくらいはこちらもわかっていますよ!」
OBらしき男は剣を振りかぶったまま、はくあの冥姫の軍勢、小型の浮遊体の突撃を受けて弾き飛ばされる。
敵が踏み込まれることを想定して防御陣を展開しており、撃退士の侵入に遅れながら気づいたのであれば、この場に挑んだ彼女たちにとってもある程度の戦闘程度は見込まれていた範囲である。
「感謝しますっ。このまま着実に後退していきましょう」
敵が弾き飛ばされたことによってできあがった退路を見逃さず、夏野らは後ろに大きく跳躍すると獲物を前に突きだして、鋭い視線で敵を釘付けにする。
「どれだけの腕前でも人数でも、ここは久遠ヶ原学園っす! 時間をかければこっちが有利っすよ!」
相手へのけん制も含め、黒百合の治療をしながら声を発する知夏。一度発見されたことから始まって、ふえはじめた敵は既に20人にも達しようとしているがど、どれほど敵の統率がとれていようとも、学園内部ので戦っている以上時間は彼女たちに見方をする。
「たかだか安酒の小銭稼ぎに撃退士20人ですかぁ? 私たちがここに来ることを知っていたわんですか? それにしても費用対効果が‥‥って答えてくれそうもありませんねぇっ!」
黒百合の言葉は、時間がないことを再認識したのか中距離から攻撃を徹底的に仕掛けてくる相手に遮られる。
「口封じ、かもしれませんが、何を隠しているんですか? どうして‥‥」
『っ、お前たちのようなまっとうな人間にはわからないことだ。』
知夏へと刃を突き立てようとしていた相手に八卦石縛風を浴びせて動きを止める千瀬。
ついで近接戦闘に持ち込もうとした別の相手も、夏野によって攻撃を逸らされる。
敵の目的が『全滅による口封じ』である以上、いかに数的有利を保っていようとも、残された時間で歴戦の撃退士4名を倒すことは不可能に近い。力押しをもとにしていた敵の攻撃も徐々に抑えられ、騒ぎを聞きつけたのか、周囲も徐々にだが騒がしくなってくる。
『少しばかりと痛い目を見て退散してもらうつもりだったが、仕方がない。‥‥風紀委員にも、こちらのメッセージは伝えなければならないということか』
勝利を確信し始める撃退士と、焦る襲撃者。凡そ敵の撤退まで変わらないと思われた空気の中、一張の弓を持った男が一歩前に進み出た。
○三幕 証拠ともうひとつのもの
「ええ‥‥いや、ここまできておいてそれはないでしょう☆ こんな美味しいお酒、2〜3本でいいから売ってくださいよ〜☆」
『煩い客だな。騒ぎがわかるだろう! あんただって風紀委員の世話になりたくはないだろう』
販売員ともみ合うジェラルドと一瞬だけ目が合う。彼の発する物音に隠れるようにして床に着地するナナシ。見渡す限りにおいて、外の戦いが長引いている影響か、施設内部の見回りの数も少ない。
「これだけの施設、この依頼、この相手の人数、酒以外にも隠しているものがあるようなら明らかにしておかないと‥‥」
呆れ気味にジェラルドを眺めていた見張り一人をミーミルの書で音も立てずに最小限の行動で無力化させると、彼女は、撤収されかけの状態で封がされたクーラーボックスの蓋を次々と開封する。その中には、学園内でも探せばみつかる市販アルコール飲料が大量に出てくる。
「自分たちで作っているわけではない?! あとこれは‥‥」
目を見開き、クーラーボックスの中を漁る。市販の酒が大半の中で、彼女は小さな瓶に入った飲料を手に取る。お酒の種類に詳しいわけではなかったが、それだけが特にラベルもつけられていないため、小さな疑問がつく。
「いや〜〜、限界ですよー☆ せめてもう一杯、もう一杯飲ませてくれたらおとなしくなりますから☆」
(「‥‥ずいぶんわかりやすい限界の合図ね」)
ナナシは手に入れた事実から推測を始めるが、ジェラルドの声によって中断される。市販のアルコールとその飲料を一瓶かかえると脱出すべく侵入時に開けた天井の穴へ向けて跳躍する。
『そこで何をしている侵入者ァ!』
天井に登った瞬間、絶叫と共に突き出された槍がナナシを襲う。敵の攻撃を予見していなかったわけではないナナシは体を捻ってその一撃を回避しようとするが、手に抱えている荷物の影響か、十分な回避姿勢がとれずに後方に弾き飛ばされる。同時にけたたましい音をたてて割れる瓶。
『少し騒ぎになっていると思ってきてみればこれだ。言え、何の目的でここに来た? どこまで知っている?』
「さあね、あなたも学園生徒なら、依頼斡旋所から聞けばいいじゃないの?」
『つぶされないとわからないらしいな‥‥』
男は低い声でつぶやくともう一度槍を構える。先ほど抉られた傷は、致命傷までは至らないが想定していたよりも深い。十分に回避しきれなかったことからも考えると、おそらく天界の力を受けた武器である可能性が高い。
カオスレートの相反する相手が戦えば、戦法は明確。どちらも回避することが著しく困難である以上、相手の先をついて攻撃するしかない。
「どうにも覚悟を‥‥っ」
割れた瓶を持っていたままでは勝負にならないと、相手の出方を見守りながらゆっくりと姿勢を変えようとしていたナナシの視界に、昼間でもわかる強い光が差し込む。
制御を超えて三重螺旋を描いたその弾丸は、目の前に集中していた相手を弾き飛ばした。
「今ですっ! 撤退しましょうナナシさん!」
振り向かなくてもわかるはくあの声。ナナシは証拠を持っている状態でこれ以上戦う必要はないと、僅かに液体の残った瓶を手に、光に寄せられて集まってくる人ごみの中へと撤退していった。
○終幕
「‥‥終わりです。おとなしく投降してください」
弓を持った敵が現れてから十数秒、相手からうちこまれた一撃をかろうじてプロスボレーシールで受け流した夏野は、目の前の敵に宣告する。
強力な一撃、事実受け流せなければ致命まで届いていたかもしれないその一撃に、戦況的余裕は言葉ほどはなかったが、既に学園生徒の足音は至近まできている。
たったひとりの戦術投下で覆せるほどではない。
「何を、作っている、んですか? 本当に、お酒なんか、ですか?」
『答えなくてもそのうちにわかるさ。‥‥どうにもきょうのツキは風紀委員にあるようだな。大人しく撤退させてもらうとするよ。お前たちの働きで、どっちに転ぶかはわからないがな』
千瀬の問いかけにおとこはわずかに口元を綻ばせると、他の襲撃者と共に戦場を後にしていく。撃退士たちは継続戦闘に挑もうとするが、ジェラルドが数名の組織の人間に追われながら駆け込んでくる光景を前に、彼の援護にまわった。
その後騒ぎを聞きつけた風紀委員と学園生徒が乱入し、殴り合いを始めたことで事件は『白昼の大乱闘』として、小さく報じられることになる。
捕縛はかなわなかったが、ジェラルドが飲む際にスポンジにためていた酒と、ナナシが持ち帰ったものは斡旋所に引き取られ、鑑識がおこなわれることとなった。