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識織 二三(jz0237)が仲間たちを店まで案内する。見た目が可愛らしい、暖かな外装。内装もきっと凝っていることだろう。中に入るとすぐにオーナー夫婦が出迎えた。
「ようこそ、皆さん」
「本日はありがとうございます」
雅文とアイラが、穏やかに笑んで、深く頭を下げる。
席は空いている場所を自由に。各々好きな席を確保する。二三は隅っこの方で手紙を書くようだ。そそくさと席へ向かう。
香るインクと紙の匂い。香ばしいコーヒーや紅茶、甘い匂い。店内を見回すと、イギリスで揃えたであろう調度品。落ち着く色合いの、アンティークの小物がいくつか。オーナーの趣味が窺える。丁寧に揃えられた本は気遣い。手紙の書き方の本や辞書が多い。
「お手紙カフェってのが興味を引くね」
レターセットを探しながら、龍崎海(
ja0565)は呟いた。青系統が好きな彼は、青いレターセットを選ぶようだ。この店で手紙を書いたということを思い出せるように、ヤギの絵が描かれているレターセットを手に取った。
「ふわぁ〜……素敵な雰囲気のお店なのですよぉ〜♪ 大切な人ですかぁ〜……誰に想いを伝えるか迷うのですよぉ〜」
店内をきょろきょろと見回して、神龍寺 鈴歌(
jb9935)はそわそわしている。手紙を送る相手に悩んでいる様子だ。そんな彼女を見て、アイラは小さく微笑む。
「あ、よかったら私、ドリンクやお菓子を運ぶお手伝いをするですよぉ〜♪」
「あら、いいのかしら。お客様なのに……」
鈴歌の申し出がとてもありがたい。アイラはお願いします、と頭を下げた。
「お手紙かぁ……なんて書こうかな……? ゆーちゃんはなんて書くの?」
「私がお手紙を書く人は……この学園に来てからいつも助けて支えてくれた寮の皆へ書こうと思います」
悩む花一匁(
jb7995)と対照的に藤宮真悠(
jb9403)は手紙を送る相手も、内容も決まっているようだ。そして真悠はちょっぴり悪戯っぽく笑って、匁をつんつん。
「匁お姉様は拓哉さんに書くんでしょう?」
その名前を聞いた瞬間、匁の顔がりんごのように真っ赤になった。
「面白いカフェじゃの。手紙を描く事が目的とは、初めてなのじゃ」
金の髪をふわふわさせながら、アヴニール(
jb8821)はお店に興味津々。早速便箋選びに夢中のようだ。
「便箋も沢山。手紙と言うのは知っておるが、書くの初めてなのじゃ。 今日は楽しみなのじゃ♪」
大切な人へ、手紙を送りたい。セレス・ダリエ(
ja0189)はそう思った。
(「……友人、と私が勝手に思っているだけかも知れないけれど」)
何時もの感謝を込めて。叶うならば変わらず、私と居てくれるように。
高慢かもしれない。けれどそれが、彼女の本当の想い。手紙に書いて、渡さずにしまっておくつもりだ。
モニターに協力したいと参加した木嶋香里(
jb7748)も、手紙の内容を考えてきたようだ。
「素敵なコンセプトですね♪」
店を見回せば、自然と声が弾む。足取り軽く、便箋が並ぶ棚の前へ。薄い青色の便箋を手に取る。それには愛らしい子ヤギのイラストが描かれていた。
月乃宮 恋音(
jb1221)もレターセットを選んでいる。和紙で出来た淡い桃色の便箋と同色の封筒。便箋は縦書きのもの。彼女も、送る相手は決まっている。
「飲食店と、お手紙……ちょっぴりミスマッチな気も、しますけれど……」
手紙を送るなら家族に。特に祖母に送りたい。そう、天川 月華(
jb5134)は思った。しかし、改めて手紙を書くとなると内容に悩むようだ。
コードマン(
jb8592)は早くもレターセットを選び終え、手紙を書き始めている。誰に送るのかは、彼のみぞ知る。
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「ヤギマフィンは外せないよね!」
食べてみたかった、と匁。紅茶はアップルティーを。真悠は便箋型のショートケーキ。彼女も同様に、アップルティーを選ぶ。
少し経って、お菓子と紅茶が運ばれてきた。ほんのり香る、りんごの匂い。そして甘い甘い、お菓子の香り。二人の前に、お菓子が並ぶ。
ヤギマフィンは、話に聞いていた通り、生クリームでできた白ヤギと黒ヤギのトッピング。
ケーキは便箋の形のいちごショート。ケーキの上に、チョコレートで文字が描かれている。『なかよしさんでほほえましいです』、と。真悠と匁の仲の良さを見ていた、アイラからのメッセージだ。
お菓子を見た二人の瞳はきらきら。アイラはそんな二人を見て微笑む。
我に返った真悠は、彼女にこっそり耳打ち。一瞬きょとんとしたアイラだったが、すぐに満面の笑みで頷いた。二人が話していたことに気付いた匁は首を傾げたが、すぐにお菓子の方に視線が移る。しばし視覚で楽しんだ後、ぱくり、マフィンを一口。
「このヤギマフィン、すごく美味しいよ……!」
一緒に運ばれたアップルティーも一口飲んで、ぱぁっと明るい笑顔。紅茶とよく合う。見た目が可愛いし、味も美味しい。真悠もケーキを一口食べて、ほわっと表情を緩める。
「ゆーちゃん、あーんっ」
一口ちょうだい、と匁がねだれば、真悠がその口元までケーキを運んだ。ぱくっと食べて、ご満悦。
「お姉様の注文したマフィンも一口下さい!」
彼女がお返しをねだると、匁も快く、マフィンを口元まで運んであげる。真悠もマフィンをぱくり。甘さにほわほわして、はっとする。肝心の手紙を書かなければ。
家族である寮の皆へ。
真悠の手紙は、そんな風に始まる。
* * *
ずっと私の事を助けてくれて、支えてくれてありがとう。皆に出会えて本当に良かった。
これからも皆で楽しい思い出を作っていきましょうね。
* * *
これからもよろしくねの想いを込めて。どうかどうか、伝わるようにと。
匁は林檎柄の可愛らしいレターセットにペンを滑らせていく。
* * *
改めて書くとやっぱり照れるね……。
貴方が寮に来てから、いろんな事があったよね。その中で沢山変わったと思うよ。
……約二ヶ月。長いようで短いような、そんな片思いだったよ……。
『自分には無縁かと思った』って言ってたけど、そんな事はなかったよね……?
以前、『あたしは貴方を守りたい』って言ったの覚えてるかな?
……あれ、どんな形でも傍に居たいって思ったからなんだ。
勿論、守りたいと思ったのも本当だけど……。
貴方に会って、本当にあったかい心を教えてもらった気がする。
貴方が笑ってくれる…それだけであたしは元気になれる。
……貴方が貴方でいてくれて、ありがとう。
* * *
愛しい人に、愛しい想いが届くように。
手紙の終わりに名前と追記を書いて。
顔を赤くしている匁に、真悠からのサプライズがある。アイラがそっと運んできたのは、便箋の形をしたケーキ。『おねえさま、いつもありがとう』とメッセージが綴られている。
「私からの感謝の気持ちです」
感謝の気持ちを伝えたい人が目の前にいる。アイラに相談してサプライズを決行したのだ。
アイシングクッキーも土産用に頼んでいたので、それも受け取って。
月華はまだ悩み顔。声を聴きたいから、家族には毎日電話しているから、兄妹には何と書いたらいいか思いつかない。
けれど祖母は、自分が送った手紙を大切にとっていると、姉妹が言っていた。イベントの絵や、送ってくれた作物の絵を描いて、一言つけて。店の趣旨とは、少し違うだろうか。
「改まってのお手紙、って……言葉に困ります」
雅文は注文されたクッキーを彼女の前に。一口サイズのアイシングクッキーは、手紙の形をしている。手紙の封はハートだったり、ひよこだったり、星だったりと様々だ。
「店にいらしてくださったのは、手紙を書きたいからでしょう。お好きなように書いてくださって構いませんよ」
「レターセット選ぶタイミングに、ちょっと困ります……」
完全に趣味のお店ですよね、と彼女が言えば、雅文は頷く。
「タイミング、ですか。来店してすぐでも、注文を終えてからでも、お菓子が運ばれてきた後でも。お客様の好きなタイミングでいいと思いますよ」
それに、と彼は苦笑を浮かべて続けた。
「元々手紙を書くのは私の趣味ですから。手紙の良さを広めたくて、店を始めようと思いました。手紙を書く楽しさを知ってもらいたいと思ったからです」
貴女にも、手紙を書く楽しさを知ってほしい。そう言って、雅文は笑った。
恋音は、宛名に『先生』とだけ。
雨に紫陽花の花が鮮やかに映える季節となりました。如何お過ごしでしょうか。
丁寧な文字が綴られる。
* * *
私の方は、順調に快復しております。
お恥ずかしながら、将来を誓い合う仲の恋人も出来、幸せな日々を過ごしております。
これも、全て先生のおかげです。
「『恨み』『憎しみ』は、他者を気にすることが出来るだけ『余裕のある感情』で、本当に極限まで『壊された』ら、その様な感情は残らず、ただ『疑問』を感じることしかできない」
このような状態という診断を受けながら、良く快復出来たと、私自身驚いております。
私が初めてお会いしたときに、唯一心に残っていた言葉。
「絶望出来るのは、『一度希望を持つことを許された』のだから、その時点でとても幸せなこと」という考えはまだ続いておりますけれど、今の私は、それが出来るようになったと思います。
全て、先生のお力あってのことです。
感謝の念に堪えません、本当に有り難う御座いました。
* * *
此方に来た時に、お世話になった先生がいた。彼女の治療を担当した若い精神科医。今はもう、日本にはいない。外国へ留学し、その後は転々と国を渉っている。
また会える日を楽しみに。そう、手紙は締めくくられる。
感謝の想いを、認めて。
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アイシングクッキーを一口。さくりとした音が耳に心地良い。時折紅茶を口にして、香里は一息つく。
彼女が手紙を綴る相手は、彼女の義母。
最近、義母と出会った時のことを思い出す機会があった。暖かい世界へ連れ出してくれた感謝を、手紙に込めて。
自然と文字が躍る。大切な義母へ。
* * *
義母さん。
久しぶりに出会った時の事を思い出したので筆を取ります。
学園では多くの人を守れる様になる為に様々な人と一緒に頑張っています♪
少し前からは貴女に教えて貰った事を活かして和風サロンを始めました♪
料理や茶道に華道などで来店される方をおもてなししています。
少しずつ常連と言える方も増えてきています。
様々な事に挑戦して貴女に近付て行こうと思います♪
初めて会ったあの時。私を暖かい所へ連れ出してくれてありがとう♪
悲しむ人を無くし、楽しく過ごせる人を増やせる貴女の様な人になれるように。
これからも学園の皆さんと一緒に頑張っていきますね♪
* * *
思い出すように、香里はそっと目を伏せる。口元には、笑みが浮かんだ。
あの時と変わらぬ想いを、貴女に。
セレスは便箋を見下ろして、ペンを執る。思い浮かべるのは、大切なあの人。少し悩みながらも、綴っていく。
――本当に友人と言って良いのかも分からない。
まず最初に、想いを吐露するように。
* * *
私は……友人というモノを知らないから。
けれどアナタは私を友人だと言ってくれた。
私は……私にとってアナタが何になるのかは分からないけれど。
きっと、とても大切だという事は分かる気がする……。
もしもアナタが居なかったら、なんて。想像もつかないから。
不思議な人。今までに会った事もないような人。
……この手紙の中だけでも……せめて友人と呼ばせて下さい。
叶うならば、傍に居させてください。
ほんの少しで良いから、傍に。
* * *
宛名のない手紙は、その人の手に渡ることはない。
渡さずに、心と一緒に仕舞っておくから。
手紙が届くことはないけれど。傍に居たいという想いは、セレスの友人にきっと届く。
海は、少し捻って五年後の自分に手紙を書く。ヤギマフィンを食べ終えてから、選んだヤギ柄の便箋に、丁寧に。
宛名は、『五年後の私へ』。
五年間の内、約二年と半年前から撃退士として実戦に出るようになったこと。その期間で、いくつもの戦いを駆け抜けてきたこと。思いを馳せながら、ひとつずつ書き記す。
* * *
――そちらでは、それまでの戦いで生まれた因縁にもケリがついているのだろうか。
学生としては五年後の私はどう過ごしたのだろうか。
戦ってばかりだから、純粋な医師としての勉強はなかなか進んでいないだろうけど、諦めずに続けているのだろうか。
そして、勉強だけではなく青春はどうなのかな。
恋人はいるだろうか、もしかして結婚し子供までいたりするのかな。
そうだとしたら、とてもうらやましい。
兎にも角にも、この手紙を読まれているなら、とてもうれしく思うよ。
* * *
五年後の自分は、一体どんな人になっているだろう。
そんな風に考えながら、手紙を書き終えた。いつかの自分へ、優しい想いを込めて。
戦火に巻き込まれ、未だ会えぬ家族――特に両親と自分付きの執事に送りたい。送り先はわからない。だから書いた手紙は燃やして、煙にして空へ飛ばそうと、アヴニールは思っている。きっとこの空の元、何処へでも届くはず。
* * *
皆、元気にしておるじゃろうか?
我は何時でも笑顔で元気にしておる故、心配はいらぬのじゃ。
今は未だ会えぬが、きっと会える日が来るのじゃ。
その日を楽しみにしておる故、皆も楽しみにしていてほしいのじゃ。
我は今、久遠ヶ原学園におるのじゃ。
もう来て、それなりに日が経つが、なかなかに面白いところでのう。
こうして手紙を書く場も知ったりしたのじゃ♪
偶に戦いに行くこともあり、危険もない事は無い。
が、我も腕を磨き、強くなろうとも思うておるのじゃ。
* * *
今度は何があっても離れないように。
きっと皆、息災であると、彼女は信じている。
また必ず会おう。そう、想いを込めた。
気に入った青い鳥と草花のレターセットを購入した鈴歌は、仲間たちに誰に送るか訊ねてみた。話を聞いて、彼女は最近気になっている人に、手紙を送ることに。
* * *
最近あなたのことが少し気になるのですぅ〜。
少しでもお傍で支えたいなぁ〜とか。
少しでも離れてたらお会いしたいなぁ〜とか思うのですぅ〜……。
うまく伝えられないですけどぉ〜これが今のお気持ちなのですぅ〜。
もし宜しければ〜このお気持ちを少しでも受け取って欲しいのですぅ〜。
* * *
気持ちを伝えるのは難しい。けれど、鈴歌なりに精一杯の言葉を綴った。
伝えたい。伝わってほしい。きっとそれは、だいすきの想い。
「この想い届くでしょうかぁ〜」
綴った言葉は、気持ちは、きっと誰かに届くだろう。
家族へ。友人へ。恋人へ。――大切な人へ。
想いを、込めて。