●アドバイスをください
菊地原和臣は固まっていた。自分のために集まってくれた5人の撃退士たちを前に、緊張している様子である。こんなお願いをしてすみません、と言いたげに視線を彷徨わせて、そわそわ。
「え、えぇと、皆さん宜しくお願いします……」
ようやく和臣は撃退士たちを見回して、深く頭を下げる。
依頼主である彼は、こんな依頼をしていた。『初デートの手伝いをしてほしい』と。
「さて、女性とお付き合いしたこともない僕が、他人にデートのアドバイスですか。 おかしな話ですが、まあ、全力はつくしましょう」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は笑みを浮かべて応える。
「あらあら、初々しいですね。ふふ、いくつかレクチャー致しましょう」
おどおどしている和臣の様子を見て、草摩 京(
jb9670)は淑やかに笑んで、まず、と言葉を区切った。
「背伸びをせず、一緒に楽しむ事。そして、初デートで最も大切なのは『印象』ですよ」
貴方と同じように緊張している彼女を安心させて、優しくリードしてあげられれば、場所に関わらず喜んでくれるはず。
彼女がそう言うと、和臣の表情が和らぐ。
「……はい」
「デートのプランだけど……水族館とおしゃれなカフェはどう?」
蓮城 真緋呂(
jb6120)がデートプランを提案すると、
「水族館の施設、園内のカフェ、野外ショー辺りかな」
米田 一機(
jb7387)も、彼女の提案に賛同する。
真緋呂は半ば引きずられるように、今回の依頼に参加することになった。受けたはいいけれど女心がわからない、という理由で彼女を引っ張ってきたのは一機だ。
(「一機君から女心が云々と依頼に誘われたけど……うん、受けたからには確りしなくちゃね」)
幸せな2人には楽しい時間を過ごして欲しい。 真緋呂はそう思う。
最初から詰め込み過ぎるよりは、のんびりと。動物園は匂いがダメな人もいるから、1人ではあまり行かない水族館はどうか、と彼女は言う。
一機の言ったようにショーを見るのもいい。ランチをするのも、記念にお揃いの小物を買うのも楽しいかもしれない。
「その後は、カフェでのんびり感想お喋りしたり……なんて如何かしら。次のデートを一緒に計画するのも良いかも」
「水族館は、確かにあまり1人で行くイメージはないかも……」
「水族館、いいわね。最初はカフェでゆっくり、今日いきたいところがあるか彼女に聞くのもいいかもしれないわよ」
肩にかかった艶やかな黒髪を払って、紅 貴子(
jb9730)もデートプランを提案する。
カフェの次はショッピング、もしくは彼女に話を聞いて行く場所を決める。その後は昼食、花が好きなら植物園に行くのはどうか。貴子が提案すると、和臣は頭を抱える。
「ショッピングか……! そ、それもいいなぁ!」
「私のお勧めは県立や国立の大きな博物館でしょうか……」
美術的なものから化石まで、様々な趣味に対応でき、カフェや公園が併設され、のんびり過ごせる。
「入館料も安く、カフェもオーソドックスでセンスのある店が多いですよ。お土産屋で思い出の品を探すのもいいですね」
京からもデートの行先を提案してもらって、彼は唸りだした。
「ど、どうしよう決められない!!」
「最初は喫茶店でお互いのことを話すのもありじゃないでしょうか。趣味や好き嫌いを確認すれば、デートコースの参考になるかもしれないですし」
映画館は会話が続かなくても間が持つのが利点。ショッピングはお金を使わなくても、見て回るだけで互いの好みが把握できるだろう。と、エイルズレトラの意見。
「……き、決められない時って、どうすればいいのかな……」
「悩む時間も有意義なものよ。彼女のことを考えながら、ゆっくり決めたらいいんじゃないかしら」
貴子は、ぽん、と優しく和臣の肩を叩く。頭を抱えた彼は、小さく頷いた。
●デート当日
デート当日。待ち合わせの時間よりも早く、待ち合わせ場所を訪れた和臣は、見守ってくれる撃退士たちに笑みを見せた。多少緊張の色は見えるが、幾分か落ち着いている様子だ。
デート服の提案も様々だった。
コンサバ系の服装は清潔感もあり、少し大人っぽく見せることもできるという意見、靴の汚れには注意する、といった意見もあった。また、基本的に本人に任せるという意見も。共通して、清潔感を大事にすること、と撃退士たちは彼に助言した。
悩みに悩んだ彼は、結局普段着としても着られるようなカジュアルめな服を選んだ。靴は履きやすいものを新たに購入して、デートに臨む。
「紳士として、彼女を危険から遠ざけてあげてくださいね。道を歩くときは車道側を歩き、どこかに入るときは先に入って確認するといいかもしれません」
必要な時はメールでアドバイスを送るから、メールの着信はマナーモードに、とエイルズレトラは続ける。
「デート中は彼女を気にかけてあげてね」
車道側を歩くように、と真緋呂も和臣に助言した。
「ハンカチとティッシュは持った? お財布の中身は? 折りたたみ傘は? 忘れ物はない?」
「は、はい」
「……よし、いってらっしゃい」
「……お母さん」
後ろからぼそりと聞こえた。誰が発した言葉なのか、貴子にもわからなかった。
「……お母さんっていったやつ前にでなさい」
ハンカチ系はいざという時に無いとまずいんだから! と、貴子は 三つ編みをひょこひょこ揺らす。今日は黒縁眼鏡を装備し、森ガール風に変装していた。この姿の方が尾行しやすい。最早原型がわからないが。
「色々、ありがとうございました。頑張ってきます」
撃退士たちは各々の方法で、和臣のデートの成功を見守ることにした。
貴子のように変装している者もいれば、真緋呂と一機はカップルを装っている。彼らが見守っていると、待ち合わせ場所で待っている和臣の元に、一人の少女が近付いてきた。黒髪の、清楚な印象の少女。和臣の彼女の、内田爽だ。
少し離れた距離にいるので、会話などは聞こえない。和臣が気恥ずかしそうに彼女に言葉をかけている。次の瞬間、爽の顔が真っ赤になった。どうやら彼が爽の服装を褒めたらしい。
「いいわねぇ初々しくて。ああいうの憧れるわ」
二人の姿を眺めていた貴子が、微笑ましげに呟いた。
「本当に。和んじゃいますね」
京もくすくす笑って、彼らの様子を見つめる。出だしは好調のようだ。
少しして、二人は移動を始める。まずは手近なカフェに入る様子だ。撃退士たちは怪しまれないように間を空けて彼らの後に続き、入店する。幸いにも、近くの席が空いていたので、様子が窺える範囲の場所に座った。まずはそれぞれ注文を済ませる。
爽は緊張しているのか、表情が硬い。それに気付いたのか、和臣が口を開く。
「えっと……内田は、どっか行きたいとこある?」
「わ、私? その……色々行きたいところあって、迷っちゃって……」
「ホントに? オレもオレも!」
同じだ、と笑う。爽の表情が僅かに和らいだ。
「昨日全然眠れなくってさ」
「私も、緊張しちゃって」
二人の雰囲気は、なかなかに恋人っぽく初々しい。アドバイスのお陰だろうか、和臣は爽をリードできている。
「……結構いい雰囲気だね」
彼らを眺めながら、ぼんやりと真緋呂は呟いた。普段大食いな彼女だが、その実力を発揮しない。食欲がないようだ。
「これ食べなよ。ほら」
そんな真緋呂の様子を見て、一機は注文したサンドイッチを彼女の口の中に放り込む。
「むぐ……っ」
「少しくらい食べないと毒だよ」
そう言われて、真緋呂は渋々咀嚼し始めた。
「いくつか行き先考えてみたんだけど、内田は何処がいい?」
「えっと……それじゃあ――」
●デート
やってきたのは、近くのショッピングモール。水族館も併設されているその場所で、まずは水族館デートをすることになったようだ。
薄暗い館内に広がる水の世界。まるで夢のような場所。爽は瞳を輝かせている。
「水族館、来たがっていたみたいですね」
「喜んでいるみたいだね」
エイルズレトラが声を潜めてぽつり。爽の喜びようを目にした一機は、くすくす笑って頷いた。
「ペンギンのショーもやるみたいですね」
「あら、イルカのショーもあるわね」
ショーの案内ポスターを指差して、京と貴子が仲間たちに声をかける。
「彼は案内を見ていますかね……」
一応メールを送っておきましょうか、と彼は携帯を取り出して、和臣にメールを送信する。
「折角だから私たちも、水族館を堪能しましょうか」
見守るのはもちろんだが、少しは楽しまなければ損だ。貴子が提案して、彼らに目を配りつつ、館内を歩く。
魚たちが悠々と、楽しそうに泳いでいる。真緋呂は、それを眺め、ふと視線を和臣と爽に移すと――
「あ……」
彼らは自然と手を繋いで、楽しげに話していた。手を繋ぐように、助言を言うまでもなかったようだ。苦笑がちに、彼らを見守る。
エイルズレトラから届いたメールを確認したのか、和臣は爽をペンギンショーを行う場所まで手を引いていく。余裕をもって向かったので、まだ人は少ない。撃退士たちも、二人の姿が見える場所に座る。
ショーは子供連れの客が多く見られた。水族館のスタッフが挨拶をした後、すぐにショーが始まる。愛らしいペンギンが愛嬌を振りまいて登場した。
「か、かわいい……! ね、菊地原くん、かわいいよ!」
「ひょこひょこ歩いてて可愛いな!」
ペンギンが登場しただけでこの盛り上がり。話も弾んでいる様子だ。この調子なら、心配も杞憂で終わるだろう。
撃退士たちも可愛らしいペンギンショーを堪能して、彼らの移動に合わせて腰を上げる。
その後はまた館内を見て回り、最後にイルカショーを見て、売店に向かう。
「えっとさ……。今日の記念に、お揃いで何か買わない?」
「お、お揃いで……? う、うん……」
落ち着かなげに、和臣が言葉にすれば、爽の頬がじわじわ赤くなる。二人とも赤い顔で、記念のお土産を選んでいる姿が微笑ましい。
お土産品にお揃いのストラップを購入して、その場で携帯につける。気恥ずかしげに笑い合って、二人は水族館を出た。それから並んでウィンドウショッピング。もう緊張した様子は微塵も見られない。
「……もう大丈夫みたいですね」
後ろから眺めていた京が小声で言うと、皆は同意する。
「……今日のあの子達、楽しそうだったでしょ」
「え?」
ぼんやり二人の後ろ姿を眺めていた真緋呂は、弾かれたように顔を上げる。
「あんな笑顔、護っていけるんだよ。生きていれば此れからも、ね」
僕らは全部は救えない。
何もかも落すときだってある。
でも、そこで立ち止まらなければ、また別の何かを拾う事ができる。
「だから、此れから拾っていけばいい。 沢山拾って、護れなかったけど無駄じゃなかったって証明すればいい。 一緒に拾っていこうな」
彼女の空元気には、とっくに気付いていた。
「……うん、そうね。足掻いた事が無駄じゃなかったって……証明したい。一緒に……拾えるわよね、きっと」
けれど、でも――内心、彼の言葉は怖い。『特別』に、近付くから。
真緋呂は目を閉じて、深く深く、 息を吐いた。
同じように和臣と爽の後ろ姿を見送っていた貴子は、そっとペットの白蛇を放つ。遠くから見守ってくれるだろう。最後に、彼らに幸せなことが起きるといいと願って。