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図書館の開放時間となる少し前に、撃退士たちは集まった。
館長と職員たちは彼らに深く頭を下げる。
「今日一日、宜しくお願いします」
「助かります……」
「古い図書館、と言ったって書架の面倒を見るのも業務の一つじゃあないのかい」
不機嫌面な井筒 智秋(
ja6267)の真っ直ぐな言葉に、館長も職員たちも返す言葉がない。
「もし利用者が怪我なんてしていればコトだよ、それは君、怠慢だと思うがね」
続く言葉に、館長は頭を深く深く下げた。ご尤もな意見である。
「昔を思い出すな……。とはいえ感傷にひたっている訳にはいかん。きちんと勤めは果たさねばな」
図書館の本たちを見回しながら、戸蔵 悠市 (
jb5251)はぽつりと独り言ちた。彼は地元の小さな図書館で司書をしていた経験がある。
「図書館の人のお役にたてるように頑張るっす!」
ついでに子供たちにも喜んでもらいたい、と笑顔を浮かべた芹沢 楓(
jb6399)。小さい身体をぴょんぴょん跳ねさせる。
「図書館は全般、色々お世話になってるからお役に立てる機会があるのは嬉しいわ」
本棚が壊れ、大変な事態だろう。桜ノ本 和葉(
jb3792)は力強く頷いた。作業をしやすいようにと動きやすい格好で臨む。
「本の整理じゃな。任されよ」
尊大な態度の白蛇(
jb0889)は、両腕を組みながら自信満々な様子。
「知能は人には劣るが、司がおる。こやつらと共に働けば、二人分は言い過ぎとしても一人分以上の働きは出来よう」
召喚獣の手も借りるらしい。使える手は何でも使った方がいいだろう。
「早いところ取り掛かっちゃおうよ。人手は多いけど、始めるなら早い方がいいと思う」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が館長と職員たちを促す。与えられた時間は有限だ。早いところ終わらせてしまわねば。
「そうですね……。では皆さん、こちらへ」
促された職員が壊れた本棚がある場所へ案内するため、歩き出す。
撃退士たちは彼女の後ろをついて歩いた。
「ある意味憩いのオアシスなのよね」
学業に務め果たして予習復習怠らない、グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)にとっては、図書館は何時もながらの入り浸り場所。
そんな憩いの場を何とかしてやりたいと思うのは当然のことだ。
「がんばるのー」
えいえいおーと小さい声で可愛らしくちょこんと拳を作る、あまね(
ja1985)。彼女は職員の一人に、館内の日本十進分類法による書籍配置を教えてもらうことにした。
「十進分類法って、数字の配置がおもしろいなのー。占いと宗教が隣の隣の隣くらいにあるなのー」
楽しげに話しながら、ふわふわの白い髪がぴょこぴょこ揺れる。それなら、と職員が教えてくれる。
――そして始まる、図書館攻防戦。
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壊れた本棚のある場所まで案内された一同は唖然とする。見事なまでに本棚が崩壊。そして収納されていた本、本、本の山。
「ちまちまやってると日が暮れちゃいそうだしね。効率良く行こう」
うん、とソフィアは頷いて、腕まくり。彼女の言葉に、他の仲間たちも作業を開始する。
思った通り、所蔵場所の違う本が混じってしまっていた。ソフィアはまず、児童書、文庫、新書、一般開架と所蔵場所ごとに大別する。
「それと並行して汚れている本の処置じゃな」
白蛇は職員に、司書室内に作業用に机を確保してもらう。彼女はそこで本の汚れを落とす予定だ。
ふと、足音がする。図書館利用者が訪れたようだ。出入りが激しくなる前に何とかしなければならない。
「山を片付けないとまずはどうしようもないのー!」
「まずは本を急いで運ばないとね」
司書室にあったダンボールをあまねが組み立て、和葉がダンボールに汚れている本を詰める。
荷台を借りることができたので、何冊か本を積み上げた。
「あまねちゃんはそっちをお願いね」
バイト運送関係で重い荷物持つのに慣れている和葉は、重いダンボールもひょいと軽々持ち上げる。
「たくさん持てるの! すごいなの! ありがとうなのー!」
荷台を押しながら、あまねはきゃっきゃと声を上げた。
二人は隅っこのスペースに本を運んで、本の修繕や掃除を行う。愛情を込めてしっかりと綺麗に。
「……戸蔵君。すまないが、運ぶのを手伝ってくれるかね」
智秋が眉間の皺を深くして、悠市に声をかければ、彼もちょうど本を運ぶところだったらしい。共に邪魔にならなそうなスペースまで本を運ぶ。
書籍表紙の汚れはエタノールを固く絞った布巾で拭いていく。
「なるほど……こういう分類の仕方もあるのだな。勉強になる」
ぽつり、悠市が呟いた。昔取った杵柄というわけではないが、経験があるので本の修繕や配架の役に立てるはず、と彼は思っている。
「僕も張り切ってお手伝いするっすよー!」
楓は用意した布巾で丁寧に拭いていく。少し拭いただけで布巾は真っ黒に。それを見て、おおっ、と声を上げた。
沢山の蔵書ともなると 保存状態に難が出てくるのは止むを得ない。だからと言ってそのままにしておくのも拙いから、補修するのは当然のこと。
「ある意味、図書館攻防戦という訳かしらね」
ふふん、と胸を張る明守華。彼女は綺麗になった本を長机の上に運んでいく。本の山が
人数が多いからか、作業が捗る。分担分けもあって効率がいいようだ。今度はソフィアがきれいになった本たちの請求記号を確認して、順番通りに並べていく。
散らばっていた本を粗方纏め終えると、職員数人が本棚を運搬する。壊れた本棚のあった位置に設置して、これで後は綺麗になった本を仕舞うだけだ。
汚れた本の回収を召喚獣と共に行った白蛇は、司書室の机上で作業を行っていた。ふと時計を見遣れば、それなりに時間が経っていた。皆作業に没頭していたようだ。
「ふむ……。腹が減っては何とやら、じゃのう」
この辺りで休憩も必要だろう。
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休憩を終えた頃に、利用者が増え始めた。ちらりと見遣れば、職員たちが慌ただしくしている。
作業の手を止めた悠市は司書業務の手伝いをするため、カウンターまで駆け寄った。
「何か探している本でもあるのか?」
カウンターに並ぶ一人の利用者に訊ねれば、利用者はおずおずと口を開く。
「探している本があるんですけど……。何処にもなくて……」
本の名前を聞けば、聞き覚えのある書籍名。そういえば先程そんな名前の本を手に取った気がする。
利用者に待つよう声をかけ、未だ作業を続けている仲間たちの元へ戻った。分類され、山積みになっている本の中からその一冊を見つけ出し、表紙を丁寧に拭いてから利用者の元へ持って行く。
「わぁ、ありがとうございます!」
利用者の喜んだ顔を見れば、僅かに表情が緩む。
「あのー、僕も探している本があるんですけど」
「そちらの本は現在書庫の方に収めてあるが、通常通り貸し出しは可能だ」
以前図書館に勤めていただけあって、対応が素早い。
「あ」
古い本の中身をチェックしていたソフィア。ぱらぱら捲っていると、ページに破れを発見した。
破れた部分をクリップで固定して、図書館に常備されているページヘルパーをぺたっと貼りつける。はみ出た部分を切って、裏のページも同様に。てきぱきと修繕を終え、満足げに微笑む。
「君は随分と手馴れているのだね」
彼女の手際の良さを眺めていた智秋が、意外そうにぽつりと零す。
「昔から伝わってる魔法書とかって痛んでること多いからね。自分達で修理できるようにしようってことで少しだけやったことあるんだよ」
僅かに照れくさそうにして、ソフィアは笑う。以前に、魔法書の修理の仕方を図書館の人に教えてもらい、その見返りで少し手伝ったことがある。それが役に立ったらしい。
「ふむ、では修繕は君に任せよう。僕は拭き掃除を優先して……何しろこの有様だ」
布巾はどろどろ。どれだけ汚れていたかがよくわかる。それを見たソフィアは苦笑を漏らした。
子供連れの利用者が多くなってきた頃、職員によるおはなし会が行われる。作業の合間に、あまね、和葉、楓の三人は手伝いに参加した。
楓がタウントを使用すると、彼女の身にオーラが纏う。子供や利用者の注目が集まった。
「これからおはなし会をするよー! 集まってねー!」
和葉が人懐っこい笑みで声をかければ、子供たちが一斉に駆けてくる。子供たちの保護者も少し離れたところで見守っていた。
最初に楓がシンデレラとヘンゼルとグレーテルを選ぶ。おはなし会に集まった子供たちは騒がしい。
「ほら、煩くすると魔女に食われるッすよ?」
くっく、と声を低めて笑えば、少しだけ静かになった。
登場人物になりきっておはなしを読んでいく。
「おーほっほ、シンデレラ、貴女は留守番に決まっているでしょう?」
和葉はそれに合わせて効果音や照明のお手伝い。おはなし会が盛り上がっていく。
次に楓が読むのはヘンゼルとグレーテル。魔女を熱演し、子供たちの前まで近付けば、
「きーひひひ、私の家を食べたのはだーれだー?」
お菓子の家を食べたヘンゼルとグレーテルを探すように、子供たちの顔を見回す。子供たちが楽しそうに笑うのを見れば、更に演技に熱が入る。
楓の次はあまねが読み聞かせ役に。彼女が選んだのは、昔から慣れ親しまれている簡単な絵本。
「あまねちゃん、頑張ってね!」
「ありがとなのー! がんばるのー!」
友達の和葉の声援を受けて、可愛らしい声で元気よく言葉を紡いでいく。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、おはなし会は盛況で終わった。
日が暮れ始め、利用者が少なくなってきた頃。撃退士たちの仕事も残り僅かとなった。
「これが最後の一冊?」
新しい本棚に納める本は残り一冊。明守華がそれを手にとって、仲間たちに見せた。
「じゃあ、あたしが締めさせてもらうわよ」
最後の一冊を本棚に仕舞う。これにて図書業務は終了だ。
綺麗になった本たちは見違えるほどぴかぴかで、本棚も新しくなって図書館が生まれ変わったようだ。
痛んでいた本の修繕も行えて、大団円とは正にこのこと。
「うむ、よい仕事をしたのう」
ぴかぴかな本たちを見つめて、満足げに白蛇は頷く。
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「やれやれ、ようやく終わったようだね」
あの山のように積んであった本はどうにか片付け終えた。智秋がぽつりと呟くと、館長が慌ただしく駆け寄ってきた。
「皆さん、ありがとうございました!」
深々と頭を下げる彼を智秋が一瞥する。
「今後はこのような事態が起きないように頼むよ」
「そのように努めていきます……」
「まぁ、済んだことじゃ。深く気にすることもないじゃろう。失敗は次に生かせばよいしのう」
からからと白蛇が笑い、館長の肩を叩く。表情が少しだけ和らいだ。
「一度起きてしまったことなら、対策も練りやすいし。次がないようにするのは大前提だけれど」
と、苦笑がちの明守華。次がないように祈るばかりだ。この調子ならば、きっとその心配も杞憂で終わることだろう。
「おはなし会は楽しかったっす! いい経験だったっすよー!」
あんな風に子どもたちの前で物語を朗読する機会などなかなかないことだ。その機会を得たのは、楓にとって収穫だっただろう。
それぞれ話に花を咲かせていると、悠市は一人こそこそと職員の元へ近付く。
「所蔵している稀少本があれば見せてもらえないだろうか」
だめもとでぽつりと。すると職員は朗らかな笑顔を浮かべた。
「貸出は無理だけど、見るくらいなら。どうぞ」
司書室で管理しているらしい希少な本を数冊、デスクの上に並べて。悠市はうれしげにする。
「やはり本に囲まれていると落ち着くな……。今後も機会があれば立ちよらせていただいていいだろうか?」
「もちろん! 常連さんが増えるのは嬉しいことだからね!」
是非、と職員が微笑んで答えた。
「イベントの準備があったら、よければあたしも手伝うよ。図書館はちょくちょく利用させてもらってるから、良い機会だしお手伝いしようかと」
「え、でも……お仕事を終えたばかりなのに」
困惑気味の職員に、いいから、とソフィアが笑う。少しでも色んな知識を身に着けたいと、彼女は思っている。
「……じゃあ、閉館の時間になるまで、手伝ってもらっていいですか?」
いい返事をもらえれば、瞳を輝かせて頷いた。
あまねと和葉の二人は、図書館のロビーに並んで座っている。此処でなら飲食してもいいと案内されたのだ。
「和葉さん、お疲れ様なのー。お茶にしましょなのよー」
水筒に紅茶を入れてきたあまねは、持参した紙コップに紅茶を注いで、和葉に手渡す。
「あまねちゃんも、お疲れ様。家でクッキー作ってきたの」
召し上がれ、と手作りのクッキーをあまねの膝の上に広げて。
作りすぎてしまったクッキーは、あとで仲間の皆を誘ってお茶でも。
そんなことを思いながら、和葉はささやかな乾杯をあまねと交わしたのだった。