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照りつける太陽。響き渡る蝉の鳴き声。
――夏、真っ盛り。
そんな真夏の日に、撃退士たちは集まった。
今日の現場は、プール施設。一日アルバイトである。
撃退士たちは事前に話を聞いていたスタッフに案内してもらい、更衣室で早々に着替える。
スタッフから説明を受け、オープンの時間になるまで控え室で待機することとなった。
「プールでアルバイト、か。普通の学生ならありがちな夏休み。……俺には縁遠かったけどな」
ぽつりと呟く、緋山 要(
jb3347)。折角だから今日は楽しもう、と一人思う。
彼の水着はシンプルな紺のトランクスタイプ。パーカーとサンバイザーをつけ、胸からホイッスルを下げている。
猫野・宮子(
ja0024)は、黄色のツーピース水着にパレオを巻いて猫耳尻尾をつけた元気スタイル。
「暑い時は涼しい場所で仕事が一番だよね」
「暑いのも寒いのも得意なので、よろしくお願いしますね」
Maha Kali Ma(
jb6317)は、くす、と微笑んで集まった仲間たちに頭を下げる。
ビキニが手に入らなかったので、学校指定の水着で参加となったらしい。サイズが小さめなのかそういう仕様なのかはわからないが、あちこちピチピチである。エプロンがあるからいい、と本人は考えているが色々と危険だ。
「プールをご利用される皆様に、素敵なひと時と楽しい思い出を提供出来るよう、お手伝い頑張りますのっ!」
城里 万里(
jb6411)は気合い充分にぐっと拳を握った。スポーツタイプのセパレートの水着を着ているが、上にTシャツと短パンを身に着けている。二つに結った髪がひょこひょこ揺れる。
デニムのショートパンツと丈の長いパーカーを羽織った、田村 ケイ(
ja0582)はオープンの時間を待っている。
「仕事ならきっちりこなすけど。たまには水浴びもいいわよね」
「そうだね。私も水浴びはなかなか好きだよ」
早く遊びたいものだね、と陽気に笑う亜星(
jb2586)。彼女も水着の上からパーカーを羽織っている。髪はひとつに括って留め、邪魔にならないようにしていた。
「水遊びは気持ち良いけどトラブルが命に直結するから気をつけないと」
音羽 紫苑(
ja0327)は、ぽつりと呟き、これから行う仕事のことを考えていた。楽しい時間を送れるように配慮したいと、彼女は思う。
「こういうの、一度やってみたかったんだよね。とはいえ責任ある仕事でもあるし、気張っていこうか」
少し楽しげに笑う、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)。プールでのアルバイトは初めてなのか、少しだけわくわくした様子だ。仕事が終わった後でゆっくり楽しみたいところ。
「そろそろオープンの時間ですので、持ち場についてくださーい! 今日は宜しくお願いしますね!」
スタッフからの呼びかけに、それぞれが持ち場につく。
夏真っ盛り。プールで一日アルバイトの開始だ。
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「こんにちは。暑いから気を付けてください」
訪れる客たちに、ケイが手を振って見送った。
「おねーさん、浮き輪貸してください!」
母親と手を繋いだ子供が、背伸びしながらケイと視線を合わせる。
「いいわよ。何色がいい?」
「ピンク!」
元気よく返事が返り、ケイはピンク色の可愛い浮き輪を少女に渡した。
「気を付けて遊ぶのよ」
「ありがとう、おねーさん!」
ご機嫌な様子でにこにこ笑う少女に、ケイは無表情のまま手を振る。僅かに心がほっこりしていた。
「魔法少女、まじかる♪ミャーコがプールで出撃にゃー♪」
売店に立つ宮子は特に張り切っている。早速売店に訪れた客に、にっこり笑顔。
「いらっしゃいませにゃ〜♪ 暑い今日はこの商品がおすすめにゃよ♪ 一緒にこっちの商品もどうかにゃー?」
「いらっしゃい、今日も暑いね。何か飲み物でもいかがかな?」
彼女の隣には亜星が立って、熱中症対策に、と飲み物を勧めている。氷水で冷やしたペットボトルや缶飲料が次々と売れていった。
「特製のカレーもありますよ。腕を奮いましたから、是非」
宮子、亜星と共に売店の手伝いをしているMaは、特製カレーを勧める。食欲をそそる匂いに、売店前に人が集まってきた。カレーは彼女の得意料理だ。
「美味しそうな匂い!」
「カレー二人前くださーい!」
カレーの注文が続き、二人で売店を回していく。
「少々お待ちくださいね。まだありますから、順番に並んでお待ちください」
特製カレーで人だかりができる。Maha Kali Maは嬉しそうに、忙しなく動いていた。
「次のお客さん、ご注文をどうぞだよ」
その間に亜星が注文を聞く。宮子も慣れたように接客をしていた。
「購入ありがとうなのにゃ♪ またまじかる♪みゃーこからの購入よろしくにゃ♪」
売店で購入していった客には、宮子が可愛らしくポーズをつけて、手を振って見送る。
「気を付けて、楽しんでくださいね」
Maha Kali Maも同じように手を振って、気遣いの一言を添えて。
様子を見に来たスタッフは、二人の仕事ぶりに安心してその場を任せることができた。
夏休みシーズンなので、プールサイドは人で溢れている。
監視員役のグラルスは、全体を見渡せる位置についていた。
夏休みということもあって、子供が多い。親とはぐれる子供も多いことだろう。
そんな中、ばしゃん、と水飛沫が跳ねるのを見た。
「そこの人、飛び込みは禁止だよ。ぶつかったら怪我をしかねないから、気を付けて」
若者の一人がプールサイドから飛び込んだようだ。すぐさま注意の声を上げれば、若者はバツが悪そうに頭を掻く。
「グラルス、何か問題は?」
同じく監視員役の要がグラルスに近付き、訊ねる。
「今のところ、特に大きな問題はなかったよ」
答えれば要は、そうか、と呟いた。
見回りの交代を、と思っていた矢先に、ばしゃばしゃと水が跳ねる音がやけに大きく響く。
また誰かが飛び込んだのか、と思いきや、水音が未だ続いた。グラルスと要が音のする方へ目を向ければ、ばしゃばしゃ水飛沫が上がっていた。誰かが泳いでいる、という風には見えない。
その周辺で悲鳴が上がった。
「溺れてる!」
「急ぐぞ!」
要が先行する。彼の声に弾かれたように、グラルスも続いた。
要の背に天使の翼が生え、飛翔する。周りの客たちが宙を舞う彼の姿を見上げた。
飛沫が上がる水面から、細い腕が伸びたのを要とグラルスは確認する。救助は要に任せ、グラルスは救護スタッフを呼びに行く。
水飛沫が跳ねるそこに、浮き輪が投げ込まれた。要が後ろを振り向けば、紫苑が立っていた。騒ぎを聞いて駆けつけたのだろう。
「掴まれ!!」
紫苑が叫べば、細い腕が浮き輪を掴んだ。
「ぶはっ……!」
水面から顔を出したのは少女。
「落ち着け、今引き上げる」
少女の両脇を掴んで、ふわり飛ぶ。プールサイドに引き上げれば、少女は大きく咳き込んだ。
グラルスが救護スタッフを連れて駆けつける。
「しっかり、もう大丈夫だよ」
宥めるような声色で、グラルスが持ってきたバスタオルを少女の両肩に羽織らせた。
ゆっくり浅い呼吸を繰り返しながら、少女がこくこく頷く。
「落ち着いてゆっくり息をしろ」
僅かに震える彼女の背中を、紫苑が優しく撫でた。
「念のため救護室に行きましょう。歩けますか?」
救護スタッフの問いかけに、少女がはまた頷き、支えられながら立ち上がった。
「後はこちらに任せてください。貴方たちの迅速な対応のお陰で、大事にならずに済みました」
安堵した声音に三人も安心する。すぐに救助することができてよかった。
プールサイドを歩いていた万里は、辺りをきょろきょろ見回す一人の少女を見つけた。
「……どうしましたの?」
近付いて訊ねてみれば、少女がぐずぐずと泣き始めた。迷子なのだろうと悟る。
「大丈夫ですよ、ママが見つかるまでお姉ちゃんが一緒に居ますの!」
安心させるように微笑み、優しく頭を撫でた。ぎゅっと手を繋いで、迷子のアナウンスを入れるためにスタッフの元へと向かう。
「わー、その浮き輪可愛いですのっ。魔法少女プリなんとかです?」
手にしていた浮き輪を見て言えば、少女は涙を拭って、少しだけ笑った。
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無事迷子を親の元へと連れて行ってあげた万里は、騒がしい様子に気付いた。視線の先にはプールサイドでふざけあっている少年が二人。
迷わず近付き、注意を促そうとした時だった。
「いってー!!」
一人が転んでしまう。遅かった、と思いつつも歩を緩めず彼らの元へと。
「大丈夫ですの? 楽しむのは結構ですが、ふざけるのはよくないです」
転んでしまった少年に手を貸して立ち上がらせると、膝を擦りむいているようだった。血が滲んでいる。
「これくらいなら、絆創膏で大丈夫ですの」
持参した消毒薬で傷口を消毒、絆創膏をぺたっと貼った。二人は少し落ち込んだように素直に謝ってきたので、万里は笑顔で返す。
「楽しんでほしいですの!」
売店の仕事がひと段落したMaha Kali Maは、巡回を行う。盗撮、除き、置き引きなどを回避するためだ。ケンカ、しつこいナンパ、迷子などの早期発見も兼ねているのだが――
「いいじゃん、ちょっとくらい俺らとも遊んでくれたってさぁ」
「や、やめてください……」
どうやらしつこいナンパに当たったようだ。伊達眼鏡を光らせたMaha Kali Maは颯爽とナンパされている女性の前へ躍り出た。
「こちらの方が嫌がっていらっしゃるので、そろそろ諦めてはいかがでしょうか?」
にっこり笑顔で言えば、ナンパ男は彼女の姿(主に学校指定水着+エプロン)に驚いた表情になる。
「無理強いはよくありませんので」
「あ、アンタには関係ねーだろ!」
呆けていたナンパ男がハッと我に返り、どけよ、とMaha Kali Maの肩を掴んだ。彼女は笑顔を崩さぬまま、その腕を捻る。
「いっ……!?」
次いで足でナンパ男の腰をがっちり挟み、顔を谷間に挟み込んで締め上げた。得意技のフロントチョークである。
「ぐっ……! 当たってる! 当たってる!!」
締まっているのにヘブン状態。すぐさま観念した彼はちょっとだけ美味しい思いをした。
そんな騒ぎがあった近くでは、グラルスも巡回を行っていた。言い争う声を、彼の耳が捉えた。
声のする方へ向かえば、肩がぶつかったぶつかってない、といったような内容の言葉が聞こえる。やれやれと肩を竦め、まずは注意にかかる。
「はい、そこまで。他のお客さんの迷惑になるから、此処らで収めて」
言い争う男性二人の肩を叩けば、睨みつけられた。グラルスの注意はお構いなしに言い争いを続けている。
グラルスは短くため息を吐いて、口中で詠唱の言葉を呟いた。途端に彼の足元から無数の腕が飛び出す。言い争っていた二人の身体に掴みかかる、腕。
聞く耳をもたなかった二人はようやく大人しくなった。このままスタッフの元へと連行、決定。
監視員役に回った紫苑はペットボトルのお茶を携え、麦わら帽子をかぶっていた。熱中症防止だ。
「おい、そこ危ないぞ」
プールサイドを走っていた子供には注意を。手元には浮き輪を用意して。先ほど溺れた少女もいたくらいだ。またいつ溺れる者が出るかわからない。
大分日が傾いてきて、客も徐々に減っていく。昼間ほどの喧騒はない。
「……そろそろバイトも終わりだな」
忙しかったが、なかなかに楽しめた。まだ後少し。残った仕事をこなそう。
シャワー室の前でひっそりと泣いていた少年を見かけた宮子は、目を瞬かせる。ひょっこりと顔を覗き込んで、安心させるよう微笑んだ。
「うにゃ、迷子さんかにゃー? このまじかる♪ミャーコが来たからにはもう安心にゃー♪」
きっとお母さんも心配しているから、と彼の手を引く。少年は涙を拭って、宮子の手を握り返した。
そろそろアルバイトも終わりの時間だ。要は手隙になったので掃除を行っている。
最後は皆で掃除を行うことになっているので、そろそろ仲間たちも集まってくる頃だろう。
モップ掛けをしながら、ふと思う。
「……いい経験だったな」
病的に過保護な母がいた。アルバイトすら許されず、撃退士になることすら反対していた。それらを振り切り、母と離れての初めての夏。
初めての経験ができて、満足している。
幾つかの足音と話し声が聞こえた。他の仲間たちの声だ。最後の仕事に取り掛かろう。
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仕上げの掃除を終えて、仕事は無事終了。
スタッフからお疲れ様の気持ちとして、缶ジュースが振る舞われた。全員で乾杯した後、お楽しみのお遊びタイム。
「時間内でいっぱい遊ばないとね♪ んー、思い切り泳ぐよー♪」
猫耳と尻尾、パレオを外した宮子は水中へ。早速泳いで、プールを堪能する。
「お疲れ様でしたっ!」
万里が笑顔で皆を労う。火照った身体に、プールの水がひんやりして気持ちいい。
「あー…アイス、食べたいです」
腕や肩を揉みほぐしぽつりと呟く様子に、Maha Kali Maがくすくす笑う。
「いいですね、アイス。帰りに皆さんと一緒に買って歩きながら食べましょうか」
「あぁ、いいね。私も行こうじゃないか。こんな暑い日はアイスが美味しく感じるね」
プールサイドに座って足を水につけてぱしゃぱしゃさせていた亜星が、提案を聞けば楽しげに微笑む。
「アイスを買うのか。何処で買うんだ?」
「アイス屋は混んでいるかしらね。空いているなら寄りたいわ」
紫苑とケイもアイス話の輪に入った。女性陣がアイスの話で盛り上がる。
そんなアイス談義を聞きながら、グラルスは笑みを浮かべた。
「今年はあまり行けなさそうだから、今のうちに楽しんでおこうかな」
のんびり泳ぎ、一人呟く。その近くを、要がぷかぷか浮かんでいた。
忙しない一日だったが、楽しく過ごすことができた。
こういう夏休みもいいものだな。
そんなことを思いながら、空を眺める。
「アイス食べるの? 行く行くっ」
宮子の声で、ぱっと身体を起こせば、仲間たちが集まっていた。
「要君も来るだろ? 皆でアイス」
グラルスの問いかけに、僅かに戸惑い。躊躇いがちに頷いた。
一度しかない今年の夏は、まだまだ始まったばかり。