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じめっとした六月某日のこと。
撃退士たちは掃除道具持って、寮の前に立っていた。そこには依頼人の寮母も一緒にいる。
困り果てた様子の寮母を見ると、同情を禁じ得ない。
撃退士たちは男子寮組、女子寮組に分かれて、作戦を開始する。
――いざ、寮内お掃除大作戦!
集まったメンバーの中でまさかの男子一人、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)。ツナギに軍手、マスクに三角巾。準備は万端だ。
そんな彼とペアを組んだのが、三島 奏(
jb5830)だ。男子一人な状況なので、必然的に奏は男装することになった。大きな胸はさらしで潰してツナギを着て、髪型を誤魔化すためにタオルを巻いている。ハウスダスト対策も兼ねてマスクを着用。元々身長が大きいので、顔さえ見られなければ疑われないだろう。
「よろしくお願いします、奏さん」
グラルスがオッドアイの瞳を細めて笑うと、奏もニッと笑顔を見せた。
「こちらこそよろしく!」
男子寮に足を踏み入れる。パッと見、玄関や廊下部分は綺麗な状態だった。寮母が掃除をしているからだろう。
「この辺りは綺麗なものですね」
独り言のようにぽつりと呟き、グラルスが手近な部屋の前に立つ。事前に寮母から教えてもらった汚部屋状態の部屋。
奏がドアノブを握り、彼に視線を送った。目と目で合図。グラルスがノックして、奏がドアノブを捻って、扉を開ける。
「…………」
「…………」
揃って口を閉ざす。そして部屋の主はポカンとした表情で二人を見ていた。
部屋の惨状に、若干……否、かなり、引く。
「あっ、もしかして寮母さんの言ってた……」
無言のまま、二人は掃除道具を部屋の主に押し付ける。
同時刻、男子寮の二階にて。
百瀬 莉凛(
jb6004)と、アニタ・劉(
jb5987)がペアを組んで作戦に取り掛かろうとしていた。
莉凛はパーカーのフードを被って、顔とおさげを隠している。アニタは男子用制服を着て、マスクと伊達メガネを着用して男装している。
「男の子の部屋……それは年頃の女子にとって、入る時には大切な物を失う覚悟をしなければならない危険な領域……。そして、男のドス黒い欲望の温床……」
私に言わせれば宝の山っ!
莉凛の叫びが男子寮に木霊する。廊下にいる男子生徒がジロジロと二人を見た。しかし彼女はそんなことも気にせずに。
「ふふふ、男の部屋に入ったことは幾度も有れど、じっくり家宅捜索なんてしたことはないですからね! ましてやお盛んな男子学生の巣。一体何が出てくるか……楽しみですねぇ♪」
何というゲス顔。女子がしていい表情ではない。
そんな彼女の様子を呆れたように見つめたアニタは、ため息をひとつ。
「掃除のアルバイトはええんやけど、何で男装せなあかんのやろ……」
「ふふふ……それじゃ、お邪魔しまーす!」
意気揚々と扉を開けたのは莉凛。筆舌し難い部屋に立ち尽くしている部屋の主は、唐突に現れた二人の姿にギョッとする。
「寮母さんに聞いてるやろ。掃除の手伝いに来たんや」
「あ、あー。そういえば言ってたような……」
記憶を手繰り寄せるように呟き、掃除を開始する。
ゴミや物で溢れて、床が見えない。足の踏み場もない。まずは物を退かしていかねば。
「はぁ……濃厚な男の子の匂い……♪」
莉凛がうっとりしている。アニタは特に突っ込まずに、ゴミ袋にゴミを放り込んでいった。
「あのう……掃除手伝ってくれるんですよね……?」
部屋の主に訊ねられて、莉凛も掃除を開始する。アニタがゴミを拾い集めている間に、別のゴミ袋に洋服をひとまとめにする。
ようやく部屋の床が見え始めた、その時――
「ひぃ!?」
叫んだのは部屋の主だった。二人が怪訝な顔をすると、彼は声もなく、床を指差す。そこにいたのは、『ゴ』のつく、アレ。
「んなもんでビビらんでも……うち小さい頃からいくらでも掴んで来たし」
悲鳴も上げず、表情も変えず、手で掴んでゴミ袋にダイレクトイン。なかなかできることではない。部屋の主が拍手した。
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阿鼻叫喚な男子寮から少し離れた女子寮では。
「大掃除の日も片付けてなかったとなると大分年季入ってるよね。時期も時期だしちゃっちゃと片付けよう。虫に遭遇しませんように!」
せめて人を呼んでも悲鳴を上げられないレベルには綺麗に掃除したい。藤白 あやめ(
jb5948)は、ぐっと拳に力を込める。
「お、お掃除……頑張り、ますっ」
ふんすっ、と気合充分なセリェ・メイア(
jb2687)。掃除が主な目的ではあるが、人間の住居空間の観察も目的のひとつらしい。
寮母に教えられた汚部屋状態の部屋へ向かい、扉をノックする。こもった返事が聞こえて、すぐに扉は開かれた。
「掃除、です」
慣れないけど、やる気は充分。掃除道具を部屋の主に手渡す。
掃除の手伝いに来てくれたことに気付き、部屋の主の少女は慌てて二人を中へ招き入れた。
部屋の状態に、二人は呆気にとられる。あやめがため息を零して、セリェを見つめた。
「よくこんな事になるまで放置できたね……。よし、手分けして頑張りましょう!」
「は、はい! 私、頑張ります!」
おどおどと、しかし返事はしっかり。頷いたセリェはあやめの手元を見ながら、掃除を開始する。
部屋の主も部屋に散らばったゴミや洋服、本を片付け始めた。
「(こ、こうかな……?)」
見よう見まねでゴミを片していくセリェと、てきぱきと無駄のない動きで本を纏めていくあやめ。
二人の姿を見て、部屋の主もやる気を出した。
女子寮の掃除を任されている残りの二名は、周 愛奈(
ja9363)と、秋姫・フローズン(
jb1390)。
「……汚れたお部屋じゃ、快適に過ごせないと、愛ちゃん、思うの。だから、姉様達と一緒にお部屋をキレイキレイにするの!」
愛奈がにっこり笑いかければ、秋姫も微笑みで返す。長めの髪をひとまとめにした秋姫は、女子寮の一室をノックした。
ややあってから返事があり、開かれる扉。出てきた部屋の主は、掃除途中なのか洋服を小脇に抱えていた。
「あ、お掃除の! 助かります! お願いします!」
「それでは……始めましょうか……」
秋姫と愛奈が部屋に上がり、部屋の状態を見回す。部屋の主が少しずつ片付けをしていたのか、歩くスペースくらいはあるようだ。
「これは……処分……ですね……」
「ああああ待ってそれはだめぇえぇえ!」
無造作に置かれている雑誌を秋姫が拾い上げれば、部屋の主が慌てたように雑誌を取り返そうとする――が、秋姫はそれをひらりと躱した。
びったん、と床に転んだ彼女は、鼻を押さえて起き上り、愛奈が段ボールに詰め込んでいる物を見て立ち上がる。
「そ、それもだめー! その内使おうと思って……」
「……いずれ使うと思って取っておいたモノは結局使わないことが多いの。だから、思い切って捨てた方がお部屋もすっきりすると思うの」
姉様は廊下でゴミと要る物の判別! と愛奈に指示されて、部屋の主は小さく頷いて散らかっていた物が詰まった段ボールを持って部屋を出る。
再び男子寮では、グラルスと奏が順調に部屋の掃除を続けていた。二人ともてきぱきと作業しているからか、掃除の進みも早い。
掃除中の一室で、奏がふと気付いた。部屋の主が古いマンガを読んでいることに。
「気合入れてきりきり働けー!!」
怒号が響く。
部屋の主が、うわぁ!? と間抜けな声を上げて、グラルスは思わず苦笑を漏らした。
助けを求めようとグラルスに視線を向ける部屋の主。グラルスはにっこり笑顔を浮かべる。
「ちゃんと集中しないのが悪い。次からは気を付けるようにね」
「要るもののうち一年以上使ってない物はこの箱、半年程度ならこの箱、毎日使うものや重要度の高いものはこの箱に入れて」
段ボールをどんっ、と部屋の主に突き出して、奏は腰に手を当てた。彼女の威勢の良さにびくびくしながら、使っていないもの、使っているものの分別を始める。
ある程度終わったところで、奏がにっと笑った。
「……よし、じゃあ一年以上使ってない物は捨てようか! どうせ箪笥の肥やしにもならないから!」
「ええー!?」
「じゃあ僕は掃き掃除始めてますね」
箒を持ちかけたグラルスは、ふと思い出したように持参したペットボトル飲料を二人に差し出す。
「水分補給、大事ですよ」
6月とは言え、熱中症の危険はある。休憩はこまめに。
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「これは燃える……これは燃えない……燃える……燃えない……っ!? こ、これは萌えますね……!」
掃除をしているのかと思ったら莉凛は、部屋の主の隠しアイテムを物色していた。
「うわぁぁあちょっと何やってんですか!!」
莉凛が発見したのはちょっとオトナでほにゃららな本。中を開けば裸体の女性が自主規制。
「開かないで! 開かないでください!」
部屋の主が走って莉凛の手から本を奪おうとする――が、見事に躓いて転倒。アニタが巻き込まれてその場に倒れ込んだ。
「いった……! ちょ、何す……」
言いかけて気付く。口を覆っていたマスクがとれていた。
「すみませ……あれ。お、女の子?」
男装がばれた。
「えっ!? じゃあ、君も?」
彼の視線が莉凛に向く。彼女は慌てて取り繕うが、
「え? やだなぁ……わた……ボクはオトコノコですよぉ?」
「此処、寮母さん以外女子禁制なんだけど……」
部屋の主は信じていないようだ。
「んなこと言うたって男装せなあかん言うからしただけで、掃除するだけやで? 別に男装する必要なんて無いやろ?!」
咎められたアニタは開き直る。ご尤もな意見ではあるのだが、部屋の主は困ったように頭をかく。
「それならそうと寮母さんも言ってくれたらいいの……。汚い部屋に女の子入れたくないじゃん」
まぁいいや、とため息を吐いた彼は、二人にくれぐれも他の男子に襲われないよう男装を続けるようにと忠告した。
女子寮の掃除も順調に進んでいる。
「きゃあぁああぁあ! 虫ィィィィ!」
そんな中上がる悲鳴。頭に『ゴ』の付く虫が出現した。
あやめはびくっと肩を震わせ固まる。そしてGに興味津々な様子のセリェ。
「生命の、強さ……!」
「か、感心してる場合じゃないです、セリェさん!」
退治しなくては。殺虫スプレーを手に、あやめが果敢に立ち向かう。そっと近付き、一気に噴射。のたうち回るG。駆逐完了、人類勝利の瞬間である。
「虫さん……可哀想に……」
セリェは悲しそうな表情でティッシュでくるんだGをゴミ袋にインした。
「セリェさん、その悲しそうな表情やめてください。悪いことした気分になるから」
やれやれと肩を竦めて、あやめは気を取り直して部屋の主に向き直る。
「じゃあさっき分別してもらった使っていないものは捨ててもらいますね」
「え!? まだ使……はぁ、わかりました」
本当は捨てたくなかったようだが、このまま置いておいても自分のためにならないと考えたのだろう。渋々頷く姿を見て、あやめは苦笑を浮かべた。
女子寮最後の一部屋。愛奈と秋姫が掃除を行っている。床は大分綺麗になって、ベッドには洗濯していない衣類が溜め込んである。
「……洗濯物を溜めるなんて、女の子として駄目駄目だと思うの。だから愛ちゃんがきちんとお洗濯をしてあげるの!」
「お、お恥ずかしい……。宜しくお願いするね……」
地図にランドリーが載っている。溜まった洗濯物は愛奈が担当することになった。
噴煙タイプの殺虫剤は一度済ませているので、秋姫が掃除機をかけ、二度目の殺虫剤散布にかかる。
「さて……二回目……です……」
その間、秋姫と部屋の主は廊下に出ている。廊下を見渡した秋姫は、ぱちぱちと瞬いて、ぽつり。
「ついでに……掃除してしまいましょうか……」
折角だから廊下も他の場所も隅々まで綺麗に。
二度目の殺虫剤散布が終わった頃、愛奈が洗濯にかけた衣類を持って戻ってきた。
廊下の掃除も終えた秋姫は、タイミングよく戻ってきた愛奈と一緒に部屋へ入り、早々に換気を開始する。
愛奈が濡らした新聞紙を細かくちぎってばら撒き、箒掛け。仕上げに秋姫と一緒に雑巾がけをして汚れを落とした。
最後の一室もようやくぴかぴかになった。
「……きれいなお部屋は気持ちいいの!」
満足そうに愛奈が笑えば、秋姫も視線を交わして微笑んだ。
「ありがとう! ぴっかぴかで満足っ。これからは、お部屋を汚さないように気を付けるわ!」
虫も怖いし、と言って苦笑する部屋の主を見て、二人は小さく笑った。
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日が落ちる前に掃除を終えた撃退士たちは、学園の厨房を借りて簡単な食事を作っていた。時間的にも夕食時に近い。
掃除で消耗した体力をきっちりと回復してもらわなければ。
厨房に立った秋姫は、おにぎりと味噌汁を作って寮生に振る舞う。
「食事……できました……」
「わー! 私もうお腹ぺっこぺこ!」
「俺も! いただきまーす!」
一仕事終えた寮生たちが、軽食を食べて笑顔になる。
部屋もすっきり、気持ちもすっきり。たくさん働いた分、ご飯が美味しい。
奏手製の紫蘇ジュースも配られて、寮生たちには好評だ。疲労回復のために少量の塩とレモン果汁が入っている。元気が出る味だった。
部屋を綺麗にするためのアドバイスを求められれば、秋姫が淡々とした口調で答える。
「いらないと……思ったものは……すぐに捨てる事……です……」
「じゃあ私たちも、いただいちゃおうか」
全員分の軽食を配膳し終えたあやめは、皆で席に着いて食事を始める。
空っぽの胃に、温かいご飯が染み渡る。
「綺麗に、なりました……」
お掃除のミッションを終えたセリェはほわりと笑顔を浮かべて嬉しそう。しかし気になることも一つだけあって――
(……でも、どうして、お部屋を……お掃除、しないのを……黙ってたの、でしょう……?)
首を傾げつつも、まぁいいかと味噌汁を一口。ほっとする味にご満悦。
「いやぁ、今日は楽しい一日でしたねぇ。健全な男子学生の隠しアイテムを物色できたことですし♪」
莉凛のゲス顔再来。彼女の近くに座っていた寮生たちが一斉に目を逸らす。
「こっち一杯仕事したんやし、同じ給料ってわけには……男装バレたんがアカンのか」
アニタは依頼人の寮母に依頼報酬の増額を要求しようとしたが、断られて引き下がっていた。
「皆、掃除は定期的に。今日みたいなことにならないように、寮母さんも確認するようにしてください」
アドバイスと注意をしたグラルスに、寮生たちは食べる手を止めて苦笑気味に返事をする。寮母も確認は怠るまいと深く頷いた。
「やれやれ……お互いお疲れさん」
紫蘇ジュースを一口飲んで、奏がぽつりと零す。
食堂を見回して、愛奈はにっこり笑顔になる。
「皆で一緒に食べると、美味しいの!」
彼女の言葉に、一同は楽しそうに笑い声を上げた。
年の瀬の大掃除をサボったツケが一気に回ってきて、大忙しな一日だった。
たくさん疲れて、大騒ぎした――しかし、充実した一日でもあった。