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討伐班、防衛班に別れた撃退士たちは、事件の起きた保育園へ急行した。
園内はシンと静まり返っていて、外の遊具は夜に見ると不気味な印象を受ける。
きょろり。園内を見回した後、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は仲間たちを振り返る。
「とにかく急いだ方がいいね。見つからずにいるといいけど」
彼の言葉を聞いて、高野 暁(
jb5274)は頷いた。
「きっと先生が探しにくるのを、待っているはずですからね」
ノエル・シルフェ(
jb5157)も同意するように、こくこくと頷く。
「良い機転……流石、先生だね。ん、早く……かくれんぼ、終わらせて……あげないと、ね」
ぽつりと、ダッシュ・アナザー(
jb3147)が呟いた。先生の機転がなければ、園児はすぐに見つかってしまっていただろう。
急いで取り残された園児を探しに行きたいところだったが、事前に保育園の先生から聞いた情報を仲間たちと整理しなければならない。
「取り残されてしまった園児が隠れそうな場所は、『お遊戯室』、『トイレ』、『年長が使用している各教室』のどれかね」
保育園の先生から聞き出した情報を提示した、フローラ・シュトリエ(
jb1440)。
彼女に次いで、桜坂秋姫(
ja8585)も口を開いた。
「先生の名前は、ひよりさん……だ……」
人見知りな秋姫は、仲間と顔を合わせようとせず、俯いている。
「子供が使ったトイレは一階のトイレなのです」
見取り図を描いてもらいました、と言いながら、アイリス・L・橋場(
ja1078)は一枚の紙をポケットから取り出した。事前に保育園の先生――ひより先生に描いてもらったものだ。
「子供の名前は、さとしくん、です」
ソーニャ(
jb2649)が先生から聞いた園児の名前を、ぽつりと呟く。
情報の整理をし終えて、各班が行動に出た。
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防衛班の秋姫、フローラ、グラルスは、園児が使用した一階の男子トイレへと向かった。討伐班のアイリスも彼らと同じく男子トイレを目指す。
阻霊符を携帯し、発動しているため、彼らが侵入したことは気付かれていない。
男子トイレ前に張り込み、様子を窺う。中にディアボロがいる気配はない。
「もういいかい」
小さな声でぽつり。秋姫が訊ねる。返事はなかった。
グラルスが男子トイレへ足を踏み入れる。
「もういいかい」
囁くように一声。返事は、やはりなかった。
外では秋姫が襲撃に備えて、鼻をふんふんと鳴らしながら感知をフル稼働させている。
扉に軽くノックをしたグラルスが、個室の戸を開けていった。ひとつ、またひとつ。男子トイレに、園児の姿は見つからない。
「トイレから移動して別の場所に隠れたのかしら? 早く安全を確保したいわね」
困ったように眉根に皺を寄せたフローラは、手早く他の仲間たちに報告のメールを入れた。
此処にいないとなると、二階のトイレかお遊戯室、年長が使用している各教室のいずれかになる。
「急ごう。心細い思いをしているかもしれないからね」
「ん」
小さく返事をした秋姫が、二人の後に続く。
アイリスも防衛班と行動を共にする。子供を見つけるか、ディアボロを発見するまでは同行するつもりだ。
討伐班のダッシュは一足先に、園児が隠れていると推測される場所へ足を運んでいた。ディアボロの姿はない。
防衛班から先ほどメールで、『トイレにはいなかった』と報告を受けている。おそらく、まだディアボロには見つからずに済んでいるのだろう。――おそらく、だが。
携帯を取り出して、仲間たちへメールを送る。園児の捜索は防衛班に任せて、彼女は策敵を再開した。
一階の端の部屋から順番に探索しているノエル。敵に備えてはいるものの、園児の安否も気になる。敵の探索を優先しつつ、園児の捜索も念頭に入れていた。
「かくれんぼしているだけならそれだけで終わらせないと……。早く探さないと……」
先にディアボロに見つかってしまうのだけは避けたい。早く園児を保護するか、ディアボロを倒さないと。
「さぁ、鬼がきたわよ。上手く隠れてなさいよ。上手く隠れてた子にはおいしいお菓子をあげるよ」
ソーニャが園内を駆ける。走りながら耳を澄まし、ディアボロの存在を探った。
もしかしたら、ディアボロは何処かに潜んでいるかもしれない。しかし、潜んでいるのなら怖くない。園児を探して彷徨っていなければ、何ら問題はない。
班に属さず一人で行動しているのは暁も同じだ。護符を手に、足音を立てないように廊下を歩いている。ふと聞こえる獣のような声。
音を立てずに振り向いた。そこには、一匹の獣。
「……みーつけた」
ぽつり、暁が呟いた。
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暁の行動は早かった。予め用意していた携帯の一斉送信画面。短い単語を打ち込み、送信ボタンを押す。
『敵発見、一階桜組廊下』と簡単に打たれたメールを見れば、仲間たちはすぐに駆けつけてくれるだろう。
それまでこの場で食い止めなければ。手の中に札が現れる。ディアボロに投げつけると、見事に命中した。途端に起こる小さな爆発。目晦ましにはなるだろう。
「……鬼が……やってきましたよ……。……かくれんぼ……は……終わり……です……」
暗闇に揺れる紅。駆けつけたアイリスの瞳が、煌々としている。その口元は、妖しく歪んでいた。
ディアボロの姿を確認すると、アイリスの顔の上部に、血のような紋様の浮いたバイザーが出現する。
身の丈以上もある大剣を振り回し、ディアボロに向かっていく。
ディアボロの足を斬りつけたところで、ソーニャとノエル、ダッシュも駆けつけた。
ソーニャがディアボロと距離をとり、アサルトライフルを構える。引き金を引くと、発砲音が響いた。込められた弾は、ディアボロの目に命中した。
傷を負ったディアボロが唸る。その視線は、ダッシュへと向いた。
「そう……貴方は、私の相手を……していれば、良い」
こちらに注意が向けば、園児への脅威は減る。大きな弓を持ち、矢を一本。限界まで引き絞る。きりり、と軋む音がした。
ディアボロが駆けてくる。ダッシュは落ち着いた様子で、絞った弓矢を手放した。風を切る音が広がり、矢はディアボロの胸に中った。
「銃の音で恐怖を煽るかもしれないけど……。私が弱いから……」
ノエルがフードをかぶり直す。彼女は小さく零して、回転式拳銃をディアボロに向けた。躊躇なく、一発。
乾いた音。ディアボロの悲鳴。しかし、ディアボロもタダで倒れてはくれない。潰れていない片目に映したのは、ソーニャ。
ディアボロが飛び掛る。鋭い爪がソーニャを襲った。腕を切り裂かれ、小さく呻く。深い傷ではない。
「……化物……相手は……余計な……こと……考えなくて……良くて……楽……ですねぇ……」
うっすら笑うアイリスの左腕には、漆黒の十字架が浮き上がっている。その中心から、漆黒の矢が現れた。ディアボロに腕を向けると、矢が一斉に飛び掛った。
最早疲弊し切っているのが目に見えている。
目に見えないほど細いワイヤーが、鋭い音を上げた。ディアボロの背後に回ったダッシュが、ワイヤーを引く。
「お休み、なさい……良い旅、を」
ディアボロの首が、音を立てて落ちた。
討伐を終えたが、まだ他にも敵が隠れているかもしれない。五人は再び、策敵を開始した。
ノエルが、忘れない内に防衛班に報告のメールを入れる。彼らも少しは安心できるだろう。
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ディアボロを捕捉、速やかに排除したとの報告を受け、緊張は少し解れた。ディアボロが一体だけではないかもしれない、と仲間たちは捜索を再開しているらしい。
最年長が使用する各教室と一階のトイレは探索済み。残るは二階にある男子トイレと、お遊戯室だけだ。
三人は階段を上がり、足音を立てないように気配を殺す。
お遊戯室の前に、トイレがある。秋姫が躊躇なく男子トイレに入ったので、グラルスとフローラが少し戸惑う。
「ん……んぅ?」
何がいけないのかわからない風に、秋姫が首を傾げた。
『もういいかい』と声をかけるが、返事はない。個室の扉を開けてみても、園児の姿はなかった。
残るはお遊戯室だけだ。お遊戯室の扉を開ける。部屋の中はがらんとしていた。
「もういいかい」
フローラが囁くように言った。
「……もーいーよー」
その声は、窓の方から聞こえた。そっと窓へと近付くと、不自然に膨らんだカーテン。よくよく見れば、下の方から足が見える。
グラルスがカーテンを引く。そこには、少年が立っていた。
「……みーつけた」
ぽつりと秋姫。園児の瞳が、不安そうに揺れる。
「君がさとしくんだね」
問いかけに、園児がこくりと頷いた。グラルスは安心したようにひとつ息を吐いた。
「よかった、無事でいてくれて。かくれんぼはもう終わりだよ」
「私たち、ひより先生に頼まれて、代わりに君を探しにきたのよ」
園児と目線を合わせるようにしゃがみ込んだフローラ。その隣に、秋姫も同じようにちょこんとする。
「先生に? そっかぁ。おかあさん、まだかな」
「きっとお母さんも先生と一緒にいるから、戻ろうか」
園児を発見したことを仲間たちに報告し、園児を連れて保育園の外へと出た。
仲間たちはすぐに駆けつける。どうやら、ディアボロは一体だけだったようだ。
フローラは先生を呼びに行く、と言って、仲間たちに園児の保護を任せている。
園児が無事でいたことに安堵したのか、ソーニャはその場にへたり込む。
校庭に足を踏み入れる二つの影。その存在に気付いたアイリスは、園児の肩を叩く。
「お迎えが来ましたよ」
それは、フローラと保育園の先生だった。
「先生!」
園児が先生の元へ駆けていく。その光景を見て、ダッシュは淡く微笑んだ。
鬼である先生に見つけてもらわないと、かくれんぼが終わらない。
「それじゃ、早く……帰ろうか」
大切な人が待ってる場所に。