●かの悪魔との因縁
奈々の話を聞いた撃退士たち。そこに何かを感じ取るものもいた。
「西村って、確かフロルとも因縁のあるとこ? もしかしてアールも絡んでるかも‥‥?」
相馬 カズヤ(
jb0924)がそういうと、フロル・六華(jz0245)はハッと顔を上げた。過去にこの近くであったフロルにまつわる出来事を相馬は知っている。奈々から聞く限り容姿はアール・オムと似通っている。
「‥‥なにか因縁のある悪魔の可能性がある、ということですか?」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がそう言うと、事情を知る水無瀬 文歌(
jb7507)は可能性の一つを上げる。
「六華ちゃん、少年の悪魔ってアールくんかな‥‥?」
「文歌、それはどういう悪魔だ‥‥?」
水無瀬 快晴(
jb0745) がそう聞くと文歌とフロルはアールがかつてのフロルの仲間であることと彼を探していたことを伝えた。それらの話を報告書などでしか見聞きしていない浪風 悠人(
ja3452)とエイルズレトラもそれを聞く。それとともに、相馬が過去の報告書を各自の端末に送る。
「‥‥で、もしそれがアールだとして、お前はどうしたいんだ?」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はフロルにそう尋ねる。彼女もまたアールを知る人物だ。
「俺‥‥助けたいです。助けて、もう一度‥‥」
そのあとの言葉は聞かなくてもラファルにはわかる。泣き出しそうな決意の顔にラファルはため息をひとつつく。
「‥‥正直アールはいけ好かない野郎だが、フロルの頼みとあっちゃ助けない訳にはいかねー。だからそんな顔すんなよ」
フロルの頭をクシャっと撫でてにやりと笑うラファル。
「急いで助けに行こうっ! 今度こそアールくんと分かり合いたいものっ!」
文歌は急いでマホウ☆ノコトバをかけて仲間の体を軽くする。ラファルはいつか使ったアールの写真を各自の携帯へと転送する。
「もし最初にアールに会ったら六華に連絡してやってほしいんだ」
そう言った相馬に浪風は頷く。そしてフロルに向かうと目線を合わせて話す。
「俺卒業しちゃうけど、またいつか一緒にパーティーに参加出来れば良いですね」
「悠人、気を付けてください。みんな、無事に‥‥」
祈るフロルに軽く頷き、撃退士たちは声を上げる。
「奈々さんの来た方向から考えて扇状に分かれて捜索するのが合理的でしょうかね。僕は奈々さんを助けた悪魔については保護したいと思いますが?」
エイルズレトラはそう言うと浪風は答える。
「奈々ちゃんを助けた悪魔の少年は、たとえアールくんでなくてもまずは保護をしたいですね」
それがアールであるかは関係なく、彼らは撃退士として失われようとしていく命を救いに行く。
時間は少ない。
●斜面を行く
体も軽く、山の斜面を分散して駆け上がる。快晴、文歌、ラファル、フロルは左方向へ。エイルズレトラ、浪風、相馬は右方向へ。それぞれに点在する廃屋へと向かう。
道中、手短ながら快晴はフロルや文歌からアールについての情報を聞いた。
フロルが記憶喪失になり学園へ保護され、アールに殺されかけた過去を思い出し、そしてアールと和解しきれなかったことを。それでもフロルは今もアールとともに生きる未来があることを希望として生きている。
話を聞きながらも周囲に気を配りつつ、やがて一軒の廃屋へとたどり着く。
「‥‥ここではないな‥‥」
快晴がそう言うと文歌が二度目の『マホウ☆ノコトバ』をかける。ここから分かれていく仲間たちの行動をより軽快にするためだ。
「気を付けてね、カイ」
「‥‥何かあったらすぐに行く‥‥」
そう言って夫婦は別のルートへと探索の足を向ける。
「ラファル。俺、分かれて探しても大丈夫です」
フロルにそう言われてラファルは「‥‥助けを求められたら助けるって約束だからな」と呟く。‥‥フロルが俺っ娘になったのに幾ばくかの責任を感じて、ラファルはフロルに弱い。
ここのところ天使戦が続いていて食傷気味だったためテンションが上がるのを感じる。護衛も兼ねて一緒に探索する‥‥とはいうものの、はやく交戦することをラファルは望んでいた。
自然と足は速くなる。この先に悪魔たちが戦っている場所があることを願って。
「良くも悪くも、悪魔ってのは自由な生き物ですよね」
一方右斜面を駆け上る浪風は携帯に送られた報告書を掻い摘んで読み、そう感想を述べる。
殺しかけたフロルの記憶喪失を知ると彼女を取り戻しに来たアールという悪魔。そして自分を殺そうとしたアールとともに生きたいと願うフロル。
どちらも利己的で理解に苦しむ。それが悪魔というものなのか、はたまた愛ゆえの暴走なのか。
相馬は一足先に召喚獣ヒリュウのロゼによる偵察、および斥候を派遣している。今のところ異常は見られない。
エイルズレトラは行く先にいるであろう悪魔たちに備える。交戦状態で会話をすることは難しいかもしれない。だから相手の自分に対する反応をよく観察する必要がある。敵対してくるようならば容赦なく倒す。
やがて一軒目の廃屋を見つけたが、ここはハズレのようだった。
相馬、浪風、エイルズレトラはここから相馬・エイルズレトラと浪風とに分かれる。左方向に行った者たちからもまだ連絡はない。まだ先に進む必要があるようだ。
相馬とエイルズレトラは無言で斜面を駆け上がる。すでに人の手を離れた集落は草が生い茂り、木々の手入れもされてはいなくて視界はよくない。
彼らが2軒目の廃屋を見つけた時、相馬のロゼの偵察が終わった。
「オレが行こうと思ってたとこには何もいないみたいだ」
目の前の2軒目の廃屋にも悪魔の気配はない。
「次に行きましょう」
エイルズレトラはあたりを見回す。どこからか悪魔たちが争うような声が聞こえた気がした。そちらの方角へとエイルズレトラと相馬は走り出す。
●交戦開始
別ルートを行っていた浪風とエイルズレトラ、相馬がその場の異変に気が付いたのはほぼ同時だった。そこが奈々が言っていた廃屋であることも瞬時に分かった。叫び声、破壊音。それらがその廃屋からは聞こえた。
臨戦態勢を取りながら廃屋へと踏み込むと、1対多数の戦闘が行われていることが察せられた。すでに悪魔1体がその足元に倒れている。
「あれはアールだ!」
半分洋装、半分和装の少年悪魔を指さして相馬が叫ぶ。位置的に見ても少年悪魔が奈々を救ったとみてよいだろう。
すでに頭に血の上りきった悪魔たちは到着した撃退士に目もむけず、少年悪魔に襲い掛かる。それなりのダメージを負っているようだ。
「大した撃退士じゃないし、混血人間なんだけどなぁ‥‥」
浪風はそういいながら武器を構え、少年悪魔と襲い掛かる悪魔の間に割って入る。
「久遠ヶ原の撃退士だ! 大人しくするならよし、それでも戦うなら‥‥倒すぜ!」
相馬が召喚獣スレイプニルを召喚し、加勢する。と同時に一斉送信による伝達を行う。アールの生存確認、撃退士が向かうべきはここであると。
エイルズレトラは相馬が『久遠ヶ原の撃退士だ』といった時のアールの表情を見逃さなかった。眉根を寄せて苦々しいような顔を一瞬見せた。あれはどういう意思が隠れているのか?
「あなたは少女を助けた悪魔ですか?」
刀を振るいながらエイルズレトラはそう問いかける。少年悪魔はその問いかけに答えずに、ただ襲い来る悪魔に攻撃を加える。エイルズレトラは質問を変える。
「あなたはアール・オムですか?」
少年悪魔は少し動きを止めたが、すぐに目の前の敵に意識を移す。
そうか、これは動揺しているのだ。なぜだかわからないが『アール・オム』という名を知る『撃退士』にどう対応するかを迷っているのだ。
エイルズレトラは少年悪魔から目を移す。彼が迷っているのなら攻撃はしてこないと踏んだ。ならば、攻撃してくる悪魔たちを制するのが先だ。疾風切り裂く一撃をエイルズレトラは目の前にいる悪魔に叩き込んだ。
相馬からの連絡を受け、それぞれ位置情報をもとに目標の場所へと急ぐ。
快晴、文歌が到着した時、2体目の悪魔が倒れたところだった。だが、悪魔たちの勢いが衰えることはなく、攻撃の手を緩めようとはしなかった。
「女の子のこと助けてくれてありがとうっ。助太刀に来たよ!」
にこやかに文歌はそう言うが、少年悪魔の視線は揺らがない。
「‥‥一気に行かせて貰う、よ!」
気配を断ち敵の背後に立つと快晴を中心とした凍気で攻撃、悪魔を睡眠へと誘い、さらにそこへ輝く刃を叩き込む。夫婦の阿吽の呼吸でそこに文歌の追撃が入る。快晴が動けば文歌もそれに合わせて動く。会話がなくとも心はいつでも通じている。
悪魔たちは手を緩めようとしないが、それでも撃退士たちが増えると悪魔たちへの攻撃の手数も増える。ついに3体目の悪魔が倒れた。
だが、それと同時に少年悪魔はかなりの手数を負っているように見えた。息が上がり始めている。
「事情も名前も知らない部外者だけど、子供が不利な状況は見逃せないんですよ」
浪風は少年悪魔を背に守りながら、フロルに繋がったスマホを渡した。
悪魔たちが交戦していた場所から一番遠い場所にいたフロルとラファルは懸命にその場所へと向かっていた。そんな時、フロルに一本の通知が入る。
浪風からだった。だが、それはすぐに違う誰かの息遣いに変わった。
「悠人です?」
フロルがそう訊ねるが、答えは返ってこない。ただ、戦闘中のようで激しい息遣いのみが聞こえる。
「死なないでください。俺、すぐに行きます」
すっと息をのむ音が聞こえて、それはもう聞こえなくなった。
●悪魔は思う
浪風に渡されたスマホをポイっと返し、少年悪魔はなお戦おうとする。
「話はできましたか?」
「‥‥」
少年悪魔は頑なに話そうとしない。
スレイプニルのブレスが悪魔にとどめを刺す。
「あと2体‥‥!」
少年悪魔を下がらせようとする文歌、だが少年悪魔はなお前線に立ち続け血を流そうとする。文歌の作り出した防御鎧に体を守られながらも、少年悪魔の体力は極限まで削がれつつあった。悪魔がそれを狙ったかのように2体同時に少年悪魔へと襲い掛かる。撃退士たちは少年悪魔を庇う様にそれぞれの攻撃へと移る。
「いいカッコしやがって‥‥てめーが死んだら何にもならねーだろうが!」
躍り出たのはペンギン帽子のラファルと息をのむフロル。ラファルは瞳に宿るウロボロスの幻影を相手に飛ばすことに成功した。時間感覚を曖昧にするスキル。これで戦闘を有利にできるはずだ。
「オム‥‥」
フロルの視線先には少年悪魔があり、また少年悪魔もフロルを見て呆然と立ち尽くす。
「これからの世界にはあなたたちは不要です」
浪風が悪魔を切りつける。相馬のスレイプニルが攻撃する。エイルズレトラの刃が皮膚を切り裂く。快晴の左手の獲物が薙ぎ払う。
フロルの手がアールの体を引き寄せて抱きしめた。出血が酷い。文歌がようやく後退したアールに治療を施す。
「超絶速度様児戯非最恐怖片鱗舌鼓打剣技!」
テンション高く超絶早口で繰り出される超高速の突き。ラファルは少しだけそのテンションの高さを発散できたような気がした。
悪魔たちの鎮圧は成功した。
少年悪魔、アール・オムはそこにいた。そして今、文歌とラファルの手により簡易的な治療が行われた。意識はあるが、本格的な治療は必要だった。
「‥‥文歌たちに後は任せるよ。ゆーにぃ、エイルズレトラさん、席をはずそう‥‥」
事情を知る者たちに後を任せ、快晴、浪風、エイルズレトラはその場を離れた。
「‥‥フロルがいねーとまともな判断もくだせねーようだから、今回は目をつぶってやる。後はうまくやんな」
そう言ってラファルも席を外す。
「助けを求めに来てた子、少しだけフロルに似てたな。お前もそれ気付いて、あの子を助けたんじゃない?」
相馬はそう切り出した。
「オレだったら好きな奴に似た子がいたら問答無用で助けたいと思うし、それをオレは否定しないし、お前が本当はいい奴だって信じられる信頼材料だと思う」
フロルの膝を枕にしたアールは何も答えない。
「三界同盟が結ばれてもう私たちがいがみ合う事もなくなったし、互いの世界を自由に行き来する事ができるようになるのも、もうすぐだよ。今までのこと水に流して、改めて私たち友達になれると思うんだよ、アールくん」
傷ついたアールの手に文歌は手を重ねる。人のつながりの温もりを少しでも伝えられたらと思った。
「‥‥確かに人間を許せない悪魔もいるだろう。恨みをもつのもいるだろう。でもアールはオレたちと話して、フロルの立ち位置をきちんとくれてオレはお前を信じたいと思った‥‥今も思ってる」
フロルが心配げに見つめているが、アールはなおも返事をしない。
「六華ちゃんも貴方と共に生きていきたいって思っているよ。そろそろ素直になってもいいんじゃないかな‥‥?」
「‥‥シーの記憶が戻っているかもしれないと、怖くなったんです」
絞り出すようにアールはようやく言葉を紡ぎだす。『シー』とはフロルが記憶喪失になる前の名前である。
「でも、本当に怖いのはシーが死んでしまうことでした。どうして‥‥私は‥‥」
殺すことを決めた後悔と、殺そうとしたことを知られた後悔。それを目の前にしたとき、アールは逃げ出したのだ。現実から。
「あのさ、まだオレはここにいるなかでもガキだけど‥‥だからこそ、一緒に未来を摸索しないか? 誰もが笑って過ごせる未来を摸索しないか?」
相馬の言葉に文歌が頷く。
「こちらの世界もいいものだよ。『住めば都』って言葉もあるしね。だから六華ちゃんと一緒に学園で過ごそうよ、アールくん。六華ちゃんもそう思うよね?」
文歌はそういってフロルの言葉を促す。フロルの思いを話してほしくて。
「オム、俺‥‥いえ、私はずっと一緒に生きていきたいです。もう傷ついてほしくないです。一緒にいてほしいです。だから‥‥」
フロルが堪えてきた温かな涙は、膝上のアールへ降り注ぐ。
「お前となら、出来る気がするんだよ。六華もオレもお前もまだ未来を作れるんだ」
遠くからヘリの音が聞こえる。救助がやってきたようだ。
「少しだけ、眠らせれくれますか? ‥‥まだ、時間は‥‥これから‥‥」
アールはそう言うと寝息を立てて眠りに落ちる。その目に微かに涙が光っているように見えた。
●後日談
アール・オムは2週間ほどの入院(精密検査含)の後、長期間の学園のカウンセリングを受け学園の庇護下に入ることに最終的に同意した。
「オム、今日はヒマワリが咲きましたよ」
「シー‥‥いえ、六華。ピーマンとトマトの収穫の時に見ましょうか」
「収穫祭、しましょう、オム。ラファルや文歌やカズヤや悠人や快晴やマステリオや‥‥それから‥‥」
学園初等部の中庭にある小さな畑。彼らのお気に入りの場所はそこで、穏やかな時間を二人で過ごす姿が見られたという。