●面会の前に
愛知県の西村に向かう前に、依頼を受けた一同は会した。
「ハッキリとは言えねーが、どことなく腑に落ちん話だよな」
ペンギン帽を揺らしながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は呟いた。
「ヤツ、アール・オムだっけ? 奴に関してわかってんのはさ。フロルを完全に特定してるってこと、絶対人間から引き離すつもりだってこと。‥‥あと、何か隠してるってことか」
ラファルはそう口にした後、黙り込む。縁あってフロル・六華(jz0245)に関わりを持ち、『俺っ娘』にしてしまったという何かほっとけない気持ち。何とかしてやりたいが‥‥。
「やれやれ‥‥こうも読めない交渉は難しいねぇ。もう少し交渉材料があるといいんですけどねぇ」
九十九(
ja1149)もそう言って考え込む。そんな九十九とラファルのアールへの懸念とは別に、友人に対して心を砕く者がいる。
「六華ちゃんのモヤモヤを解消してあげられるといいんだけれど‥‥」
学園の友人として、川澄文歌(
jb7507)は先日のフロル・六華(jz0245)の落ち着かない様子を思い出す。今日の面会で六華の想いを形にしてあげられたら‥‥。
一方当の六華は何やらぼんやりと上を見ている。
「六華、大丈夫だから。皆いる。ロゼも召喚しておくからさ」
努めて明るい口調で相馬 カズヤ(
jb0924)は六華に話しかけた。少しでも緊張をほぐすために。相馬の顔を見た六華は、唐突な質問をした。
「仲間は、大切ですか?」
唐突すぎる質問は、その場にいる全員に聞こえた。
「‥‥ん。仲間。友達は。大切だよ? だから。私は。今。ココに居る」
最上 憐(
jb1522)はいつもの顔でそう言った。しかし、はっきりと真っ直ぐな言葉に嘘、偽りのない最上の気持ちが表れている。
「仲間は、大切ですねぇ〜。同じ目的に向かって一緒に努力していく。とても大切だと思いますよぉ〜。でも‥‥」
ニコニコと笑顔で深森 木葉(
jb1711)は言葉を続ける。
「あたしは、六華ちゃんのお友達だよぉ〜。目的が同じじゃなくてもいいの。ただ、六華ちゃんが笑顔で楽しく暮らしていけることを望むよぉ〜」
深森の笑顔につられて、六華も少しだけ笑顔に戻る。
「仲間‥‥お友達、笑顔です」
それまでアールについて考えていたラファルも口調を変え、明るい声で言った。
「仲間は大切さ。フロルは俺達と同じ釜の飯を食ったんだから仲間だしな」
「同じ釜?」
「一緒に飯食ったっていうことな」
ラファルの説明に、六華は首を傾けた。
「んー、仲間ね。仲間。…ある意味漠然とした言葉だがねぇ。うちの答えは『大切』かね」
九十九は傍らの相棒の姿を見ながらそう言った。九十九の言葉に川澄も大きく頷く。
「私もそう思います。仲間は大切な存在だよ、六華ちゃん」
「仲間っていうのはさ、困っている時に手をさしのべ合える存在だと思う。こんな風にさ」
相馬の言葉に六華はじっと手を見る。また誤解しているようだ。
「助けるってことだよ。‥‥だからおまえが思うようにしたら良いんじゃないかな」
相馬は手を見る六華に苦笑しながらそう付け加えた。
「でも相手が仲間だって言っても、その人が本当に仲間かどうかは六華ちゃん自身が判断しないとね」
川澄は少し声のトーンを落とした。ラファルがその言葉に頷いた。
「アールの言っていることは裏付けがない。そのことでフロルが負い目を感じる事はねーんだよ」
六華が『仲間』にこだわる理由を、ラファルはそう見当つけ言い切った。それは的を射ていた。
また少し顔が曇った六華と、川澄は視線を合わせた。
「相手が仲間かを簡単に判断する術を教えるね。相手を見た後に目を瞑ってみて。そして自分が戦ったり料理したりする姿を思い浮かべるの。その時、相手も思い浮かべてみて。相手が一緒に戦ってくれてたり、料理を作ってくれたりする姿を思い浮かべる事が出来ればその人は六華ちゃんの仲間。でも思い浮かべる事ができないなら,その人はまだ仲間ではない‥‥かな?」
六華がまた何やら考え始めるが、そろそろ時間も押し迫ってきた。
「フロル、相手と面会中はサテライトグラス掛けとけ。あとな、つい流されて返事せずに俺達に諮るように」
ラファルはそう言うと、持ってきたサテライトグラスを六華の頭に着けた。催眠術などの対策だ。
「‥‥ん。とりあえず。今すぐに。色々な。答えを出す。必要は無い。分からない。答えられない事は。正直に。言えば。良い。アールへの返答に。困ったら。助ける。ので」
最上とラファルの言葉に、六華は頷く。川澄は六華に聖なる刻印を施す。これもアールが仕掛けてきた場合の対策である。
「もし、六華ちゃんがアールちゃんって人と一緒に行きたいって望むなら、あたしはそれを止めることは出来ない。あたしも六華ちゃんを手助けしますよぉ〜。でも、六華ちゃんが学園にいてくれたら、あたしは嬉しいなぁ〜。まだまだいっぱい遊んだり、学んだり、することあるもんねぇ〜」
いつもと変わらぬ笑顔の深森に、六華は「はい」と頷いた。
「さぁて、行きますかねぇ」
九十九がそう言って転移装置に入ると、その後に続く。
「! そうだ。六華ちゃん」
装置に乗ろうとした六華を、川澄が呼び止めた。
「ひとつ付け足すね、仲間の見分け方。思い浮かべた相手がもし自分の前に立ち塞がってる姿が見えたら、その人は『敵』だよ」
●アール・オムとの面会
面会の場所は愛知県西村、西川家の応接間。
そこに入る直前に、相馬は召喚獣ロゼを呼び出し、川澄は円滑な面会の為にスキル・アイドルの微笑みを使う。六華はラファルに言われたとおりにサテライトグラスを掛ける。
ドアを開けると、既にアールはそこにいた。
「シー!」
喜んで駆け寄ろうとするアールを先生が手で制し、着席するように促した。
「まずは確認を先に。この子は『フロル・六華』と言いますが、本当にあなたの知人『シー・ファム』ですか?」
「当たり前でしょ? 私のシーだ」
あからさまに不機嫌そうに言うアールに、川澄や相馬が口々に畳み掛ける。
「シー・ファムってどんな子? 大切な仲間なら詳しいはずだよね?」
「シー・ファムの特徴をもう一回教えてくれないか?」
川澄の微笑みにアールは諦めたように溜息をつくと、シーの特徴を語りだす。
「シーは長い金の髪に緑の瞳の女の子です。賢く従順な子です。‥‥もちろん、そっちの人間ではないです」
ラファルを指差しながら、アールはそう言った。
「他に特徴は? それだけじゃ決め手に欠ける気がするんだけど」
相馬がそう訊くと、アールは目を泳がせた。左右、そしてアールの手にあるステッキを見て何かを思い出したようだ。
「ここに、アザがあるはずです」
アールが指差したのは六華の右の首筋。ステッキを見てみると、柄の部分に花のような模様が彫ってある。
わざわざ伏せていたアザの存在を指摘され『六華=シー・ファム』であることはほぼ間違いないと思わざるを得なかった。
「シー、何故私を無視するんです? シーから私のことを言ってくれればそれで済む話でしょう?」
アールが六華を詰問するような口調で問いただす。相馬はその間に入った。
「名乗りが遅れたけど、ボクは相馬カズヤ。六華‥‥おまえがシーだと思っている子の友達だ。今彼女は保護されるまでの記憶を失っているんだ。良かったらどういういきさつではぐれたのか、もっと細かく教えてくれないか? 六華の記憶を探ることができるかも知れないから」
「覚えていない‥‥? 本当に?」
アールが六華をいぶかしげな眼で見た。六華は何も言わず、頷いた。
「そうだ。学園への資料用の為に、録音させてもらうからな」
「それは構いませんが‥‥怪我のせいで記憶を失ったのですか?」
「そう考えるのが妥当ですねぇ」
九十九の言葉に、アールは考え込んだ。
「あの強襲のせいで‥‥。あれからずっと探しても見つからなかったのはそのせい‥‥シー、今すぐに帰りましょう。あんな強襲を避けるためにも他の者が来れないような奥地に行きましょう! そうだ、それがいい!」
六華に答えを求めるが、六華は横にいた深森と川澄に静かに助けを求める。この勢いでアールは六華を連れ出してしまいそうだった。
「‥‥ん。ちょっと。待つ。アールが。側に居ても。六華は襲われ。重傷の上。記憶喪失だし。奥地に逃げた。としても。安全の保証は。無い」
最上が淡々と意見すると、アールはムッとしたようだ。
「今度こそ上手くいきます。私が永遠に守ります!」
「アールはシーを連れ戻してどうしたいのさ? 逃げるだけならば学園に庇護を求めることもできるはず。なのにどうして2人だけで逃げようとするの?」
なるだけ刺激せぬように、相馬は穏やかな口調でそう訊く。
「仲間なんだから、当たり前でしょう? 私たちは悪魔だからね、人間の中にいるよりも2人でいた方がずっと楽しいんです」
勝ち誇ったような顔でアールはそう言い放つ。しかし、それをラファルは切り返した。
「悪魔に狙われているなら悪魔側に戻るのは自殺行為だな。奥地に行っても敵が本気なら探し出される可能性が高ぇし。‥‥それに、フロルの悪魔としての記憶が無い状態で悪魔と一緒にいても楽しくはないだろ」
「それは‥‥あの悪魔は私が倒した! だから私たちを狙ってくる者は‥‥!」
「アールちゃんも一緒に学園に来てはどうですかぁ? 学園だと、もしもの時には他の生徒さんも守ってくれますし、安全ですよぉ〜。それに、狙われていないなら尚更だと思うのですぅ〜」
深森がにこにこと進言した。虚を突かれ、アールはポカンとした。
「‥‥ん。学園なら。色々なサポートや。似た様な事情で。庇護を。求めている天魔が。居るし。六華は。学園に居る間に。襲われてはいないし。普通に。楽しそうに。生活しているので。学園に居る方が。良い」
最上も頷きながら、深森の言葉を補足する。
「学園? 撃退士の? 私が!?」
明らかに動揺するアールに、相馬は訊ねた。
「六華は今、撃退士として学園にいるんだよ。六華を‥‥シーを撃退士にした学園をどう思ってるの?」
「そんなの決まってる! 人間ですよ? ‥‥シーを助けてくれたことは感謝しますが、それ以上はない。ありえない」
ラファルの思った通り、アールは六華を人間から引き離したいのだと確信した。
「‥‥皆さんヒートアップしすぎですねぇ。休憩をいれましょうかねぇ」
九十九が何事もないように、そう言った。
「学園に連絡を入れるついでに、お茶でも入れてきましょうかねぃ。アールさんは何を飲みますかねぇ?」
九十九がそう訊くとアールはため息交じりに言った。
「私は人間とは違いますから」
「‥‥そうですかぁ」
頑なな拒否に九十九は苦笑し、撃退士たちは応接間を出た。1人を残して。
「質問をしてもいいでしょうか?」
川澄がそう訊くと、アールは少し冷静になったようで「どうぞ」と答える。
「六華ちゃん発見時、強襲した悪魔をあわせ光は3つのはず。でも、目撃情報の光は2つだったのはなぜでしょうか?」
優しく柔和な笑顔の川澄の問いを、アールは笑った。
「覚えていませんね。必死で戦っている時に、傍からどんな風に見えているかを考えるのですか? あなたは」
●撃退士たちの判断
「アールの目的はなんだろ? ただの仲間恋しさにみえない‥‥気がするんだよな」
相馬がお茶を飲みつつ、そう呟いた。六華の記憶喪失については本当に驚いていたと思うのだが‥‥。
「まぁ、フロルを連れていきてぇってのは間違いねぇな。なんで連れて行きたいのかは謎だがな」
ラファルはそう言って3つの推論を並べた。
・フロルそのものに用がある。もしくは体に用があるのか? アザと何か関係があるのか?
・フロルと顔合わせをすることでどーにか出来る自信が相当ある。
・3人目の悪魔はいなかった。アールがシーを攻撃し、結果は相打ちで意識を失ったフロルは木に激突。アールも反撃でしばらく身動きできなかった。だからヘルハウンドで捜索せざるを得なかった。
「1つ目は顔合わせた時点で行動に移してそうなもんだから、ハズレか。2つ目もそんな様子はねぇし。3つ目は今んとこ否定する要素がねぇな」
「仲間として現れた悪魔が敵、ねぇ。やれやれだねぇ」
九十九はラファルの推論に思い巡らす。
「‥‥ん。六華は。混乱している。どうしたいか。答えを出せていない。ので。現状維持に。持って。いきたい」
カレーを飲みながら、最上はそう言った。
「六華ちゃんはどうしたい? 学園に残りたい?」
川澄が六華にそう訊くと、六華は真剣に言った。
「‥‥アール・オムが一緒にいる姿は、わかりません。立ちはだかる姿も見えません。俺、みんなと一緒にいる姿はわかります」
「そっか」
人間を嫌う悪魔が今の六華を受け入れられるのだろうか?
川澄はその可能性を否定する。けれど、六華がアールが立ちはだかるのを想像できないと言った以上、それも考慮するべきだと思った。
六華に優しく笑いかけた後、川澄は面々に言った。
「やっぱり、六華ちゃんはアールには引き渡せません」
「俺も、川澄と同意見だ。最上と深森の案を押してみりゃいいんじゃないか? アールに堕天を勧めてみるんだ。こちら側に取り込むことで相手の出方を見ることができるしな」
ラファルがまとめた意見に概ね合意した。
●アールの決断
「もう少しこのまま様子を見て、場合によってはキミが学園を見学に来てもいいと思うんだ。『学園は諸君を歓迎する』なんだからさ」
相馬がアールを説得する。
「‥‥ん。アールも。学園に。来れば? 似たような。事情の。天魔も。沢山。居るよ? 学園に来たら。一緒に居られるし。襲撃の心配も。無くなるんじゃ。ない?」
「学園には、はぐれ悪魔のみなさんも沢山いますし、楽しいですよぉ〜」
表情を崩さない最上と破顔の深森。2人の説得にアールは冷静な態度で聞いている。
「六華ちゃんは、あたしの大切なお友達ですぅ。六華ちゃんと離れちゃうと寂しいですぅ‥‥だから、ね。みんなで学園で楽しく暮らしましょう〜」
深森の笑顔の説得に、ようやくアールは口を開く。
「シーは本当に全てを忘れたのですか? 本当に?」
執拗な確認の言葉に、六華は頷く。アールは、考え込む。
「アールにとってシーが大切なのはわかったよ。けど、六華が誰だとしてもボクの友人には変わりない。六華の代わりになる存在は他に誰にもいない。アール以外の人間にだってそうなんだ」
相馬が強くそう言うと、ステッキに両手をついてアールは顔を伏せる。
少しの間の後、アールは顔を伏せたままこう言った。
「学園を見学したいのですが‥‥」
それは、前向きな言葉だった。
アールとも友達になれたらいいな‥‥そう思った相馬だったが、召喚獣ロゼの目を通したアールに違和感を覚えた。
‥‥なんでアールは笑ってるんだ?