●それぞれの支度
「やれやれさねぇ」
九十九(
ja1149)はややのんびりしたような口調でそう言う。
依頼の詳細を聞き少しの相談をした後、準備に入る各人の動きを見ながら考える。
「中島は猪突猛進タイプだから、目を離さないようにしないと」
目的地にいる中島 雪哉(jz0080)とフロル・六華(jz0245)ともに面識がある相馬 カズヤ(
jb0924)がフォローを入れつつ、携帯のアプリを確認し始める。
中島と同じ場所にいる六華に電話を掛けたのは最上 憐(
jb1522)。
「‥‥ん。今から。行くから。じっと。しててね? 動かないでね?」
電話越しの六華はいつも通りの声、動揺などは感じられない。最上は六華にこれからの行動を伝え、サポートを頼んだ。もちろん、部屋から出ないことが前提だ。
相馬がどこかへ電話を掛ける。こちらは中島に電話をかけたあと、もう一ヵ所どこかへと電話をかけた。漏れ聞こえたのは「中島、無茶するなよ」という言葉。
Abhainn soileir(
jb9953)が購買の袋を持って「準備してきました」と告げる。
各人の準備が揃うと、転移装置で目的地へと飛んだ。
目的地、西川家の手前で二手に分かれる。
ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)、Abhainnの2名は裏手より物質透過を利用し屋敷内へ。ラファル A ユーティライネン(
jb4620)と最上も同じく屋内へ移動だが物質透過は不可能なので最上は擬態で、ラファルはこそっと侵入を図る。こちらはあくまでも訪問者に見つからないように動く。
相馬と九十九はアール・オムがいる玄関に向かう。
「‥‥なんかまた厄介なことになりそうだな。中島も六華も無茶しないようにしないと‥‥」
相馬の覚悟にも似た決意を聞きながら、九十九はICレコーダーを服に忍ばせながら呟く。
「仲間の悪魔を捜して人様の家に大人しく訪ねる悪魔ねぇ‥‥どうしたものか。‥‥やっぱりやれやれさぁねぇ‥‥」
●表と裏と
「大丈夫ですかー?」
Abhainnがにゅっと壁から侵入したのを見て、部屋の中にいた中島が声にならない驚きの声を上げた。
「学園から来ましたー。お2人ともご無事ですねー」
歌うようなリズムで語りかけニコニコと微笑むAbhainnに、中島がホッと胸を撫で下ろした。味方が現れたことによる安堵とAbhainnのマインドケアの効果だ。
「フロル。俺と服、取り替えるぞ」
窓から入ってきたラファルはフロルの服を指差した。
「取り替えですか? ‥‥トレーニング、行きますか?」
「そうじゃねーって。ここに来てる悪魔がお前みたいなヤツを探してるって言ってんだろ? 俺も半分悪魔だからな。あいつの探す条件にはまってるし、代わりに会ってくるんだよ」
よくわからないという顔をしている六華に、ラファルは「悪いようにはしねーから」と付け加える。
一番最初の授業で人界での生き方を教えた手前気にはしていたが、風の噂で上手くやっているのだとは知っていた。‥‥もしかしたら六華の一人称は自分のせいかも‥‥と少々責任を覚えたりもしていた。
服を脱ぎだした六華に、ラファルも服を脱ぐ。六華のために一肌脱ぐベー、と思いながら来たがまさかホントに服を脱ぐことになるとは。
「そうだ。ボク、カズヤ君にアプリ起ち上げておけって言われてた!」
中島が携帯を取り出して、何やら操作を始める。起ち上げたのは通信用のアプリだ。このアプリを通してアール・オムとの会話を聞けるようにしておくのだ。
六華とラファルが着替え終わるのを待っていたように、ヴァルヌスが壁からにゅっと顔を出した。
「これで悪魔が3人となったわけですね。あ、どうも、ヴァルヌス・ノーチェと申します。気軽に『のんちゃん』とでも呼んでください」
「のんちゃん、よろしくです」
ラファルのペンギン帽をかぶってヴァルヌスにお辞儀をする六華に、ヴァルヌスもまたお辞儀をする。
ふわふわとどこからか相馬の召喚獣・ロゼが中島の傍にいた。
「だ、大丈夫だよ」
中島はロゼに言い訳するように、そう呟いた。
西川家、玄関。
九十九と相馬が西川家当主と話していたアール・オムと接触した。
「うちの生徒に御用というのはあなたですかねぇ?」
「あなたは?」
穏やかな態度で訊くアールに九十九は笑顔を崩さずに答える。
「久遠ヶ原学園の九十九ですよぉ、お見知りおきくださいねぇ」
「学園?」
アールが意外そうな声を出した。どうやらアールにとって想定外のようだ。
当主が「応接間で話を」と勧めたので、九十九と相馬はアールを促して屋敷へと入った。
九十九の服の中のICレコーダーによる録音と相馬のスマホアプリで会話は全てラファルやAbhainn、ヴァルヌスの元に届けられている。
応接間に入ると、最上と当主の息子がお茶とおにぎりを用意して待っていた。
「‥‥ん。とりあえず。腹ごしらえ。しよう。私も。お腹。空いた」
お腹が減っていると頭も鈍って碌な考えが浮かばない、という先に屋敷に入っていた最上の進言で用意されたものだ。
「‥‥私は悪魔なので、お腹が空くという感覚はないのです。申し訳ないです」
席に着くとアールはそれを辞退した。あくまでも口調は穏やかである。
「そうですかぁ。それじゃ重複してすいませんが、お名前とこちらへ来られた理由を教えていただけますかねぇ」
九十九と相馬、最上も座って改めて話し合いの開始である。
●駆け引き
『私はアール・オムです。『シー・ファム』という仲間の悪魔を探しています。こちらに入っていった悪魔の少女がシーに似ていたので会いたいと思いました』
アールの言葉は相馬のスマホを通し、別室に控える仲間達にも伝わる。
「六華ちゃん、『シー・ファム』って名前に聞き覚えはありますかー?」
Abhainnの言葉に六華は「いいえ」と首を振る。中島も首を横に振っている。
「心あたりがある方はー‥‥?」
縦に首を振る者がいないのを確認し、Abhainnは携帯でその情報を共有する。
「『シー・ファム』の特徴を教えていただけますかねぇ? いえ、念には念をってことで、お気を悪くしないでくださいねぇ」
「金の髪に緑の瞳の可愛らしい少女です。当然悪魔の子ですが」
アールが見た少女が確実に六華であると、相馬にも最上にもわかった。
と、タイミングよく六華の服を着たラファルがドアを開けて応接室に入ってきた。
「俺に用があるって悪魔っておまえさんかい?」
「ラファルさん! ラファルさんが似てるって言うけど‥‥この人を捜してる?」
相馬が立ち上がり、アールに訊ねる。しかし、アールは笑顔のままで首を振る。
「いえ、その人ではないです。先ほど見た子と同じ服ですが、別の人ですよね」
「‥‥俺じゃないって言い切るのか。面白れぇな」
見破られることは百も承知だったが、あっさりと言い切られた。ラファルは警戒しつつソファに座るとやや硬い口調で矢継ぎ早にアールに訊ねる。
「おまえはどこから来た? シー・ファムはどういう悪魔でおまえとはどういう関係だ? いなくなったという経緯は? なぜ探している? 緊急性があることなのか?」
ストレートな質問であったが、アールはそれらによどみなく答える。笑顔で。
「私はあなたがたの言う岐阜から来ました。シーと私はともに魔界の勢力より逃げ出した仲間です。いなくなったのはずいぶん前、悪魔の強襲に遭ったせいです。その時にはぐれたきり‥‥。生きているのなら会いたい、仲間であればそう思うのではないですか? ここでシーに似た子を見たのなら、確認したいと思いませんか?」
ラファルはアールの言葉のひとつひとつを吟味する。
鋭敏聴覚でアールの小さな呟き1つも聞き逃すまいとしていた九十九も、アールの言葉に嘘・偽りがないかを確認する。聞き洩らしはなく、言葉に揺らぎはなかった。
「‥‥ん。お茶が無くなった。少し。ちょっと。若干。わずかに。待ってほしい」
最上がお盆を手に席を立つ。
「ボクも手伝うよ!」
ついで相馬も最上の後を追った。
別室で話を聞いていたヴァルヌスは感想を述べる。
「相手がその気なら強引に来てもおかしくないですし、何か事情があるのでしょう。一先ず話を聞くというのも悪く無いと思いますけどね」
Abhainnは何か考えている六華を覗き込む。
「私も記憶喪失ですけど、記憶なんてなくても意外にやっていけるものですよー」
同じ記憶喪失状態のAbhainnの意見はもっともである。
「悪魔は基本、本能に生きるものだし、ボクはボクのしたいことに従ってココにいるわけですが‥‥。フロルさんも、自分の心に従って行動すればいいんじゃないでしょうか? 例え過去を思い出しても、記憶を失ってからの今までが消えるわけではありませんし、それに縛られて行動することも無いと思いますよ?」
「心‥‥行動‥‥」
幼い見た目とは裏腹な堅実さ。同じ悪魔のヴァルヌスの言葉に六華は首を傾げる。
「‥‥ん。六華は。会いたい? 記憶を。取り戻したい?」
お盆を手にした最上が、廊下から顔を出した。相馬が複雑そうな顔で後ろから見つめている。
「俺‥‥よく、わかりません‥‥」
「‥‥ん。迷うなら。やめるのも。いいと思う」
最上の言葉は迷う六華の背中を押した。
「世の中には知らなくていいことっていうのもあると思いますよー」
Abhainnは手早く情報の共有を行いながら、微笑んだ。
「六華ちゃんは今が楽しいですか? それとも今を変えたいですか?」
「俺、今、楽しいです。けど‥‥」
●結論
「‥‥という感じで、過去に人側に付いた天魔から報復などもありましてねぇ」
九十九はそう説明しながら、柔和な笑みでアールをまっすぐ見据える。
「久遠ヶ原学園に所属する悪魔への接触は大変厳しい状態なんですよねぇ」
「では、会うことは無理だと?」
「本人と話して嫌がらないのであれば『改めて会合の場を設ける』という事で異論はないのですけどねぇ」
「学園側で予備調査を実施した上、面会できるかどうかは判断される‥‥ってのは理解しておいてくれよ」
九十九の答えを補足するようにラファルが答える。
アールが少し眉間にしわを寄せたように見えたが、それも一瞬で元の笑顔に戻る。
「では改めて会談を申し込みます」
九十九は軽く頷き「この九十九の名において」と一礼した。
次回会談場所は未定、六華との話し合いにより白紙に戻る可能性もある。
アールとの連絡方法は西川家がパイプ役を務めることとなった。残念ながらアールは人間の文明に疎かったようで一切の最新的な連絡手段を持っていなかった。
話し合いが終わると、手にした杖をくるりと回しアールは西川家を後にした。依頼達成である。
「カラーコンタクトとヘアカラーリング剤を用意してきたのですがー‥‥不要になってしまいましたねー」
用意の良いAbhainnが「まぁ、終わりよければすべてよしですねー」と笑う。
「最悪は身代わりになることも想定してましたが、女装しなくてすみました」
ヴァルヌスは心底ほっとしているようだった。
西川家の応接室で、最上はペンと紙を借りてさらさらと何かを書いた。
「‥‥ん。六華。これは。とっても。凄く。おもいきり。なにより。大事な事が。書いてある」
最上が六華に西川家の連絡先を渡すと、六華はそれを大事にポケットにしまった。
「‥‥ん。もし。六華がアール・オムに。会いたいなら。これで。連絡できる」
「憐、ありがとう。ラファル、帽子、ありがとう」
お互い着替え終わっていたが、最後にかぶっていたペンギン帽をラファルに返しながら六華は少しだけ笑みを見せた。
「お、おぅ」
少し照れくさそうなラファルに、六華はいつもの調子に戻っていった。
「カズヤ君。あのさ、お母さんが電話してくれた。カズヤ君が連絡くれたって‥‥ありがとね」
六華と中島たちがこもっていた部屋に、相馬は相棒のロゼとぼんやりとしていた。中島が話しかけると、わずかに微笑んだ。
「い、いいよ。心配だっただけだし。‥‥六華、どうするんだろうな?」
相馬が呟くように中島に訊いた。
「‥‥わかんない」
俯いた中島に相馬は「ボクさ」と言う。
「六華の記憶を取り戻す鍵になるのなら、会うのも一つの手ではあるかも知れないなって思うんだ。‥‥でも怖いんだ。六華が全部を取り戻したとき、ボクの友達の『フロル・六華』がいなくなったりとかしてしまうんじゃないかって。そんなことだけは絶対にいやだ‥‥!」
「‥‥ボクも、それは嫌。絶対嫌だ!」
泣き出しそうな中島に、2人の友人が傷つくことを相馬は絶対嫌だと感じていた。
「さて、このことを学園に報告‥‥と担任の方にも報告しておきますかねぇ」
九十九はICレコーダーの電源を切った。
「‥‥やれやれさぁねぇ‥‥」
この依頼はここで終わりだが、この件はまだ終わりが見えない。
そう思った。