●それぞれの下準備
斡旋所前で中島の母の依頼詳細を聞いた美森 あやか(
jb1451)は、可愛らしい顔に眉根を寄せた。
「料理1種類につき3000久遠で1クラス分‥‥中々難しいですね」
「予算内でいかに量を作るか、だな‥‥」
同じく詳細に悩むのは強羅 龍仁(
ja8161)。どちらも料理には腕に覚え有りである。
「ごめんなさいねぇ。私、久遠はあんまり持ってなくて。あ、でも学園の野菜を少し分けてもらえるようにお願いしてきたから!」
母はそう言った。どうやら中庭の野菜を分けてもらう交渉をしてきたようだ。
「材料費を抑えるためにスーパーじゃなく、市場の方がいいかも」
木嶋香里(
jb7748)の提案に強羅が頷く。
「なら、軽トラックを借りてこよう。市場の近くなら漁港にも寄れる。近くに激安スーパーがないかも調べるか」
強羅が動き出し、木嶋が必要な素材をメモするとフロル・六華(jz0245)を市場に行こうと誘った。
「市場には様々な食材があるんですよ♪」
「それいいわね! 行ってらっしゃいよ」
母は木嶋に賛同し、六華の背中を押して送り出した。
「‥‥ん。図書室に。行って。くる」
最上 憐(
jb1522)がそう言うとその場を去った。何か考えがあるのだろう。
「さて、花火と食事ができる場所を相談させてもらえるかしら」
学園のパンフを開きながら、母は残った相馬 カズヤ(
jb0924)、黒夜(
jb0668)に問う。
「花火と食事会か‥‥」
「浜辺はどうかな? 砂埃は上がるかもしれないけど、みんなで楽しむことが第一だよな」
相馬が学園パンフの島全体図を指差しながらそう言った。
「ウチも花火をしても燃えるものとか少ないし、ブルーシートを引いたり木とかで簡単な土台作ったりすればテーブルを置くこともできるかなって思う」
黒夜と相馬の説明にフムフムと頷く母。
「他にもいいところあるかしら?」
少し考えて黒夜は「運動場」と答えた。
「広くて花火も食事もできる場所で思いついた候補はそこくらいかな。もちろん、許可が下りればの話だけど」
「なるほど。なら見て決めましょ。えぇっと運動場はこっちだったわよね?」
「違う。そっちじゃない」
黒夜が母の誘導をかってでる。
「ごめんなさいね。この間から迷惑かけっぱなしね」
母が苦笑いした。黒夜は視線を少し泳がせたが「いや」と小さく呟いた。
「‥‥あのさ、中島のお母さん。六華さ、中島が自分で頑張って助けた奴なんだ。記憶喪失だからちぐはぐだけど、ちょっと大目に見てやってほしいんだ」
袖を引っ張った相馬が母にそう言うと、母はちょっとハッとした顔になった。
「待って‥‥相馬くんが言っているのは、もしかしてこの間教えてもらった哉子の活動記録にあった‥‥あの子なの?」
先日、名前騒動で娘・中島雪哉(本名・中村哉子)の撃退士としての活動を黒夜から教えてもらった中に確かにフロル・六華の名前があったのを思い出した母。ちょっと感慨深げである。
「相馬くんは友達思いなのね。大丈夫、心配しないで」
相馬はホッとしたような顔ではにかんだ後、少し声を小さくして母に訊いた。
「‥‥今日は中島はいないの?」
「ん?」
母に聞き返されて相馬は「なんでもない!」と駆けだした。そんな相馬を見送って、黒夜に母は向き直る。
「えーっと‥‥黒夜くん。それじゃ行こうかしらね」
「そっちじゃない。あと‥‥ウチ、女だ」
歩き出した黒夜に、母は「ご、ごめんなさい!」と今日何回目かの謝罪をした。
●材料到着と現場見学
強羅が運転する軽トラックが帰ってくると、その荷台にはたくさんの野菜。それらを調理室へと運ぶ。
「値引き交渉のかいがあったな。上手く材料を分けて使ってくれ」
ジャガ芋、人参、玉葱を箱でどどーんと買い込んで、強羅は目を細める。足りなければ懐から‥‥と思っていたが、何とか予算内で収まった。
「オマケもしてもらえたし、良い買い物でしたね! 美森さん、強羅さん」
「そうですね。美味しい料理ができそうです」
ポニーテールを揺らして木嶋も買ってきた食材を運ぶ。美森も手伝ってそれらを運ぶ。
調理室に先に来ていた相馬と図書室に行っていた最上も合流し、ワイワイと食材を分け始めた。
「強羅さんは夏野菜カレーでしたよね。最上さんは‥‥」
「‥‥ん。多分。おそらく。きっと。もしかすると。カレーを。作る」
「ボクはサラダを作ろうと思ってるんだ。グリーンサラダ」
六華がニコニコとレタスやセロリを探し出して相馬に渡した。
「カズヤ。これは、セロリです。これは、レタスです。俺、香里と龍仁に教えてもらいました」
「‥‥そっか! よかったな!」
どうやら買い物中に色々と教えてきてもらったようで、六華はたくさんの食材を楽しそうに分けていく。
「ではあたしはお寿司の材料を貰います。ご飯を炊く時間もいりますし」
「私もバターライス作るから、早く始めないと!」
美森と木嶋が慌てて白米を炊く準備を始め、その他の料理に使う材料も持って行く。
最上が六華を手招きし、材料を指差す。
「‥‥ん。六華。一緒に。カレーを。作ろう。入れたい。食材とか。ある?」
最上と材料を見比べて、六華は首をひねる。
「‥‥ん。大抵の。モノなら。何でも。カレーに。合う」
「合うのですか‥‥」
六華が悩んだ末に選んだのはゴーヤとトマトだった。
「残った食材は俺が責任を持ってBBQに使わせてもらおう」
BBQ用に購入した材料と余った材料を箱に詰め、強羅はそう言った。
「集まる皆さんの為に頑張っていきましょう♪」
一方、その頃運動場と浜辺を見に行った黒夜と母。運動場は花火をやるには少々明るすぎるかもしれない、という母の見解から浜辺を会場とすることを決めた。
「さて、あとは何をするかよね。花火と食事と‥‥あとはどうしたらいいかしら?」
悩む母に黒夜も考え込む。食事会のいいアイディアか‥‥。
「招待状とかチラシみてーなのを作るとか? 子供とかだったらそういうの楽しいかもしれないし」
黒夜の脳裏に浮かんだのは知り合いのチビ助の顔。チビ助が笑顔になるようなことを一生懸命思い描く。
「ふむ。子供‥‥ねぇ」
「‥‥ウチも子供じゃないかってツッコミはなしで」
母の疑問形な返しに、黒夜が先手を打つと母は動揺した。
「だ、誰もそんなことは思ってないわよ?」
嘘だ。と思ったが、まぁ話を先に進める。
「あとは外で料理以外何もないとかは寂しいから飾りつけするとか。例えば、テーブルの上に花を飾ったり支柱立てて『会場入り口』の幕とか旗とかつけたり。‥‥光源に工夫するのもありか。星やハートの形に切り抜いた黒い紙の筒を光源にかぶせるとかで花火の邪魔にならないようにライトアップできるし」
「なるほど、なるほど」
先ほど浜辺を選んだ理由からしても、その案はよいように思えた。
「やっぱりアレね。1人で考えるより誰かと一緒に考える方が建設的ね」
母は1人でなにか納得したようだ。
その後も母は黒夜の提案について色々質問をし、それを黒夜が答えて考えをまとめていった。
●楽しい調理
美森は水を少な目にしたご飯を炊く間、具材を調理していく。
アラを選んできたがそうと思わせないほど丁寧に鮭を焼いた後に身をほぐし、寿司酢に漬ける。胡瓜は横切りスライスし、塩を振った後に水けを出す。大葉は千切り、水に晒す。茗荷は小口切り。すり鉢で胡麻をする。
たくさんの料理が並ぶことを考えて少な目に作る。ここまでやれば後はご飯が炊けるのを待つだけである。
調理前に手を肘まで石けんでよく洗い、三角巾とかマスクを衛生面でした方が良いと伝授して最上は本を取り出した。
「‥‥ん。ガイドブックを。借りて来た。コレを。参照しよう」
図書室で借りてきた本を六華と最上はじっと見つめる。『はじめてのりょうり』と書かれたその本は、小学生向けの料理本である。
しかしながら料理初心者にはハードルが高いのである。写真と説明に交互に視線を滑らせつつ、六華は頭を捻っている。
「‥‥ん。大丈夫。洗って。皮。剥いて。切って。後は。カレールウを。入れるだけ」
皮むき器でジャガ芋の皮を剥き、最上はちょっと大きめに切って鍋の中に投下しながらそう言った。しかし、六華が選んだトマトとゴーヤはどうすればいいのかは本に書いていない。
「‥‥ん。思うがままに。作るのも。良い経験」
「思うがまま?」
悩んだ六華がその言葉を聞いた後、トマトを丸ごと鍋に入れてしまった。
「‥‥ん。危なくなったら。他の。参加者に。助けを。求めれば。良い」
最上のその言葉、もう少し早く聞きたかった。
玉葱は飴色になるまで炒めた物と軽く火を通した物で分ける。入れる材料の順番も注意しながら煮込んでいく。ルーはあえて市販のものを使い食べやすい辛さにすることにした。カレー皇帝の名は伊達ではない。
強羅は自分の夏野菜カレーを作りながら、最上と六華の様子に助け舟を出した。
「いいか? トマトをカレーに入れる時はこうするんだ」
トマトの皮を湯剥きし、一口大に切る。お手本を見せたところで強羅は六華と交代した。
「こうです?」
「そう。手は猫の手のようにして指を折り曲げるんだ」
強羅が見守る中、ようやく最上と六華の調理が軌道に乗り出した。上手く切り出した2人に強羅も並行してBBQの用意を進める。
「六華、野菜を切るのを手伝ってくれるか?」
最上と六華のカレーの合間に六華に野菜を切る手伝いをしてもらい、食材について色々教える。
「豚肉は豚の肉。魚は切り身で泳いではいない。いいか?」
包丁を握ったのは家庭科の時間のみ。相馬は食材を前に勇気を振り絞る。
セロリ、胡瓜、トマトを一口大に切っていく。‥‥多少の大小はご愛嬌だ。
レタスは手でちぎってサラダボウルの底にしいて、先ほど切った野菜を彩りを考えて盛り付ける。その横にトマトと胡瓜とセロリを丸ごとおいておく。
あとは食べる時に塩とマヨネーズをかけてもらおう。素材の味を生かすってやつだ。
見てよし、食べてよし! 野菜を見たことないやつでもこれならわかるだろう。
「やればできるじゃん、ボク」
相馬は料理が楽しく感じた。
木嶋はまず、玉葱をやや大きめの微塵切りし、色が透けだす程度にまで炒めた。それとコンソメ・バターを米と通常の炊き具合になる水を炊飯器に投入してスイッチを押した。これで1品目コンソメバターライスは炊き上がりを待つだけである。
次にローストビーフの調理に取り掛かる。大きな牛腿ブロックを塩、胡椒で味付けした後にオリーブオイルと大蒜、ローリエの葉を入れたフライパンで肉の表面に焼色を付け、肉汁を閉じ込めた後に火を止めて寝かせる。切り分けるのは食べる時だ。醤油、トマトピューレ、みりん、水で味を調節しながら付けダレを作る。ローストビーフの準備は整った。
最後にアジのたたきを作る。2キロ以上あるアジを全て3枚おろしにし、大葉、青葱、味噌と一緒に今まで使っていたまな板とは別のまな板の上で叩き切りながら混ぜていく。食材によってまな板を使い分けるのは、料理人の知恵である。
「六華さんの進捗はどうでしょうか?」
ひと段落ついた木嶋は六華の様子を見に行くことにした。
「一度縦に割って薄く切って、揚げてから具材にしたら食べ易いですよ」
美森のアドバイスに六華がゴーヤを種も取らずに縦に薄く切り始める。
「そうじゃなくて‥‥種を取ってから、横にスライスするのです」
美森がそう言った時、美森の仕掛けたご飯が炊けた音がした。
「ごめんなさい。ご飯が炊けたので調理してきます」
美森が調理に戻ると、木嶋と強羅が六華の指導を替わった。
「種はスプーンで取るといいですよ」
「油は水分があると跳ねやすいから、気をつけるんだ」
美森が炊けたご飯に鮭は寿司酢ごと、水洗いして水気を切った胡瓜、水切りした大葉などの具材を混ぜた。
「六華さん、味見していただけますか?」
美森が差し出した寿司を一口食べると、六華は嬉しそうに笑った。
「美味しいです。すごく美味しいです!」
●準備万端
「‥‥ん。味見は。私が。積極的に。行うよ」
最上は言葉通り、作ったカレーを味見と称して食べてしまっていた。‥‥六華もだいぶ味見したので、一番少ない量となった。ゴーヤの素揚げがトッピングされている。
美森の寿司は予定通り控えめな量であるが、酢でさっぱりと美味しくいただける。
木嶋のバターライスはカレーとのバランスを考え山盛り。ローストビーフとアジのたたきも多めでガッツリ食べられそうだ。
強羅の夏野菜カレーは食べ盛りの子供にも文句なしの量。ゴロゴロとした夏野菜が美味しそうだ。BBQの具材は値下げ交渉の賜物でどっさりある。
相馬のグリーンサラダは夏バテ気味でもいっぱい食べられる多さ。塩とマヨネーズでたっぷり召し上がれ。
「うわぁ! 美味しそう!」
帰ってきた黒夜と母。母は料理を前に感嘆の声を上げた。カレーの匂いもローストビーフの匂いも色々美味しそうだった。
「場所、決まりましたか?」
木嶋がそう訊くと母は満足げに頷いた。
「えぇ。黒夜ちゃんや皆さんのおかげね。あとは花火やチラシを手配して‥‥」
そう言った母に、美森が進言した。
「打ち上げ花火を見ながらご飯食べれたら良いと思うのですが」
「それいいわね! よし、じゃあネズミ花火と手持ち花火と打ち上げ花火を頼まなきゃ」
「素敵な夏祭りになる様に出来る限りの事はしましょう」
強羅がそう言って目を細める。
「六華。火を使うと温かいご飯が食べられるけどひとつ間違えれば、けがをするんだ。だから気をつけろよ?」
相馬が六華にそう言うと、六華は少し首を傾げたが「俺、気をつけます」と頷いた。
準備が終盤に差し掛かった頃、母は少し寂しそうな横顔をしていた。
「子供というのは親の知らないところで成長しているものですね‥‥私にも息子がいるので貴女が思う気持ちは分かるつもりです」
話しかけた強羅に、母は微笑む。
「そう‥‥強羅さんもお子さんがいらっしゃるのね」
「心配であっても我慢して待てるというのは、やはり母の愛は偉大ですね」
そう強羅に言われ、母は少しだけ真面目な顔をした。
「心配だけど、いつまでも子供の手を握っているわけにもいきませんからね。‥‥みんなに楽しい思い出を作ってもらわなきゃ」
そうして、夏の夜に花火の花が咲く時間が差し迫るのだった。