●説得の突破口は‥‥
斡旋所で依頼を受けた生徒たちは依頼の詳細を聞いた後、其々の連絡先を交換し散っていった。
うち、黒夜(
jb0668)はそのまま斡旋所の窓口によりかかる。
「学園生の母親が入学したから、学園の雰囲気も合わせて娘の活躍を見せてあげたいんだけどさ。なんか資料ある?」
「その生徒の名前、教えてもらえますか?」
窓口の生徒はパソコンのキーボードを叩いて、モニターを眺める。そんな様子を黒夜は見るともなしに眺める。
(まぁ、勝手に名前変えて言わなかったのはマズかったよな‥‥)
カチャカチャという音、その後に黒夜に斡旋所の生徒は言った。
「特に目立って活躍した‥‥という報告書はないんですけど、構いませんか?」
「構わない。あ、ついでに。調べたいことあるんだ。パソコン貸してくれる?」
「いや、ちょっと斡旋所のは‥‥ついでなんで調べますよ」
「‥‥そっか。じゃ頼む」
中島に関連する外部記事の検索を依頼し、黒夜は自分の労力を使わずに資料を手に入れることに成功した。
●母説得中
「この学園に遊びにきたの? 撃退士になりに来たんでしょ!?」
応接机を叩きながら力説する中島母。そして、その前に座り説教を聞いているのは‥‥中島だった。
だが、中島の様子がおかしい。八の字眉で母の説教を頷いて殊勝に話を聞いてはいるものの全く反論しない。
「自分の名前くらい堂々と言いなさい。誰かに苛められたとかじゃないんでしょ!?」
そんな説教の場を隠れるように見守るのは雫(
ja1894)である。
「不謹慎ですが、母親と喧嘩出来る中島さんが少し羨ましいですね‥‥」
ぽつりとそんな思いをこぼしたが、中島に助け舟を出す様子はない。
「指宿さん、頑張ってください」
視線の先には、説教されている中島の姿。
実はこの中島の姿は、指宿 瑠璃(
jb5401)のスキル『変化の術』による姿である。
『雪哉ちゃんのお母さん怒ってますね。‥‥まずは落ち着いてもらわないと話し合いにならないな‥‥』
アイドルを目指す同士、また部活の先輩として一役かってでた指宿。ポケットにレコーダーを忍ばせ、とりあえず言いたいことを全部言ってもらって落ち着かせる作戦である。変化の術とはいえ、声を出せばばれるのでジェスチャーのみであるが。
大体の母の言い分としてはこうだ。
「撃退士になりに来たのだから、胸を張って本名名乗りなさい」
「アイドルなんて夢みたいなこと‥‥」
一通りを聞き終えると、母は出されていたお茶に気づきため息をついた。そろそろ頃合いかもしれない。
「あの‥‥」
目の前の中島の姿が、形を変えて違う少女の姿になっていく様を、母は呆然と見つめた。
「す、すいません! 騙してごめんなさい! ゆ、雪哉ちゃんに言われてきたんじゃないんです。怒らないでください‥‥雪哉ちゃんと話をする前に落ち着いてほしかったんです」
平謝りする指宿に母は「びっくりした」と胸を抑えた。どうやら拍子抜けしたようだ。
「雪‥‥哉子ちゃんのお母さん、はじめまして。哉子ちゃんが所属する『アイドル部。』部長の川澄文歌(
jb7507)です」
アイドルの微笑みでにっこりと母と指宿の前に現れた川澄。腕の中にはたくさんのDVDとアルバム。
「あら。これはご丁寧に‥‥」
取り繕うように笑う母。川澄の横にいた雫が頭を下げた。
「えっと、哉子は‥‥?」
事態がうまく把握できていないでいる母に、川澄と雫は指宿の隣に座る。
「今、部活の延長の学園アイドルが熱いんです! 学園アイドルのトップはプロのアイドルと同じ位の人気で、さきたまハイパーアリーナ(収容約3万人)で2daysライブとかやっちゃうんです!」
持ってきたDVDやアルバムを広げつつ、川澄は『アイドル部。』活動記録を母に紹介する。その中には中島の活動も収められている。
「あの子は学園に来てまで‥‥」
母の顔が険しくなる。が、ここで雫が口を開いた。
「まず、中島さんを怒る前に小松さんに謝って下さい。知らなかったと言え、彼女の触れられたく無い事に触れてしまったのですから」
母は雫を驚いたように見てから、目を伏せた。
「それは‥‥哉子のことで有耶無耶な感じになってしまったけど、私が悪いわよね。謝らなきゃいけないわ」
肩を落とした母に、雫はさらに諭すように言葉を続ける。
「中島さんに対しても同じです。何故、名前を変えたのか話を聞きましょう」
自分の子供と同年代の雫に諭されて、母は黙り込む。
「芸名とは単にもとの名前が嫌だから付けるものとは限りません。その人のプライバシーを保護する為のものでもあるんです」
成り行きを眺めていた影野 恭弥(
ja0018)が口を開いた。
「たとえば有名人がお店で名前を呼ばれたりしてしまうと、もし本名で活動していた場合周囲の人間に有名人がいるとすぐばれてしまう。人気者であればあるほど騒ぎは大きくなりプライベートも何もなくなってしまう。他にも電話帳や配達物等から住所が特定されればストーカーなどの犯罪の被害に合う可能性も増える。こういうことが起きないように芸名を使ってプライバシーを保護するんだ」
「あなたの言うことは理解できるわ。でも、あの子は撃退士でしょう? そこまでしてプライバシーを守らなければならないことがあるの?」
母の疑問に影野は淡々と答える。
「正義が、必ずしも全員に受け入れられるわけではないです」
影野の言葉に母は言葉を無くした。
「少なくとも名前が嫌いだからとの訳は無いと思いますよ。嫌いであれば、変更した名前に元の名前の字は使わない筈ですから」
困った母に雫はそう言う。
「そう。そうよね」
「いきなり肉親と話すと感情的にもなり易いでしょうし、ワンクッション置いて名前を変えたい子の気持ちを聞いてみましょう。調度良い具合に適任者も居ますしね」
そう言うと雫は席を立つ。森本小松をここに呼び出すのだ。
「‥‥まさか嫌とは言いませんよね。小松さんの名前に付いて盛大に皆に迷惑を掛けて混乱させたお母さんは」
雫のその迫力に、母は少々涙目であった。
●小松合流
「中島さん、ここにいるの!?」
呼び出しを受け職員室に再び勢いよく入ってきた小松を、雫は母の横に座らせた。
「それでは小松さん。中島さんのお母さんに名前を変えたい理由をお話してもらえますか?」
「な、なに? 影野先輩。これなんなの?」
唯一顔を見知っていた影野に小松は訊いたが、影野はひらひらと手を振るだけ。訳が分からないが、話すしかないと小松は察した。
「私、自分の名前に『木』が多いのが嫌なの。『森本小松』って‥‥どれだけ木があるのよ? 大体みんな『小松』を苗字だと思うのよね。だったらいっそ『小松』を苗字にしちゃえばいいと思ったのよ。可愛い名前がいいの‥‥」
バツが悪そうに小松は、最後の方を小声で呟いた。子供なりの抵抗なのである。
「名前で苦労する子もいるってことね。わかったわ。小松さん。さっきはごめんなさいね。知らなかったとはいえ、ごめんなさい」
小松に向き直り、母は深く頭を下げた。小松はやっぱり訳が分からないといった感じで頭を下げた。
「あー、いた」
そこに大量の紙を抱えた黒夜が現れた。
「ウチは黒夜といいます」
軽く頭を下げて、黒夜は手に持っていた紙を机の上に置いた。
「まずはまだ『中島雪哉』の登録名だから、中島と呼ぶことを詫びます。これは中島の‥‥あなたの娘さんの知らない一面です」
紙は斡旋所でプリントアウトされた報告書や外部記事。それは中島がこの学園でしてきたことだった。
「‥‥」
無言でそれらを読む母に、黒夜は言う。
「中村哉子は、撃退士あるいは久遠ヶ原学園生徒の中島雪哉として2年以上頑張ってきたんです。中村哉子という本名を変え、家族に伝えなかったのは問題だとは思う‥‥だが、撃退士あるいは久遠ヶ原学園の『中島雪哉』として、認めてほしい‥‥です」
慣れぬ敬語を使いつつ、黒夜は少しだけ声を小さくして付け加える。
「ウチは本名もそれを付けた親も嫌いだ。だから別名にしてる。だからって訳じゃねーが、撃退士の黒夜としての誇りを持ってる。だが中島はウチと違って本名を嫌ってるからって理由で変えてはいないと思う。‥‥読み方は違うが同じ漢字が使われているしな」
報告書を読んでいた母の手がとまり、ふふっと笑った。
「あの子、いい友達がいっぱいいるのね。さっき部活の記録も持ってきてくれたのよね? 見せてくれる?」
「はい!」
「是非!」
指宿と川澄が部活の記録を差し出すと、母はそれらにも目を通し始めた。これなら中島を呼んでも大丈夫そうだ。
黒夜はスマホを取り出し、とある連絡先にメッセージを入れた。
相馬 カズヤ(
jb0924)に黒夜から連絡が入る。
保健室に立てこもる中島 雪哉(jz0080)の元にきたのだが‥‥中島と話がしたいというと先生が招き入れてくれたものの、中島はすっぽりと布団をかぶっている。
「‥‥おばさんも小松も怒ってないって」
相馬がそう言うと中島が青い顔を出す。
「お母さん、ここに来たの!?」
「来てないよ」
「‥‥そ、そっか」
ホッとしたような泣きそうな顔で布団から顔だけ出している。
「‥‥あのさ、おばさんは中島のこと本気で心配してるな。中島が心配だから適性検査も受けたと思うし」
相馬の言葉に、中島は俯く。暗い顔だ。
「でも、怒ると怖いよ」
「怒るのも心配してるからだって。‥‥だからこそ自分でどのくらいアイドルになりたいかとか、今まで学園でやって来たこととかちゃんと伝えよう。本気を伝えて認めてもらおうぜ」
にかっと笑う相馬に、中島は躊躇っているようだ。
「ボクは頑張ってるのよく知ってるから、言いたいことあるならボクも助ける。大丈夫、側についてる」
中島の手を握って、相馬は「行こう」と促す。と、中島が小さく言った。
「お願いがあるんだけど‥‥」
●名前はね‥‥
「あ、あの、あ、の‥‥」
母の前に立って、中島は言い淀む。影野や雫、川澄、指宿、黒夜、小松が見守る。汗とどもりが半端ない。
「中島さん。このままでは、誰も悪くは無いのにいがみ合ってしまうかも知れません。何も話さなければ、何も伝わりません。ですから‥‥お願いします」
雫が促す。そんな中島の横に立っていた相馬が、軽くパンッと背中を叩いた。これは中島が相馬にお願いしたことだった。それを合図に、中島は前を向いた。
「お母さん。ボク、撃退士として頑張る。でもね、平和になったらアイドルになりたい。今みんな頑張っているから、ボクが大人になる頃には平和になるよ。その頃にアイドルになれるように今から頑張りたい!」
両拳をぐっと握り中島は言い切った。
「アイドルはいつか卒業するもの‥‥。少なくとも学園にいる間、アイドル『中島雪哉』を認めてくれませんか? 哉子ちゃん、アイドルとして本気で頑張ってるんです!」
活動を収めたDVDを再生しつつ、川澄がそう言う。
「中島はいつだって本気なんだ。おばさんのほうが中島のこと知ってるはずだろ? 信じてあげて!」
相馬が中島の手をそっと握って、加勢する。
「だから『中島雪哉』でいたいと?」
母の問いに頷く中島に、母は笑った。
「その覚悟があるなら、頑張りなさい」
母の許可が下りた中島は、顔を泣きそうだった。
「よかったですね、中島さんの気持ちをちゃんと理解してもらえて」
雫がようやく笑顔を見せた。
「折角だから、お母さんに実際にライブを見てもらいましょう! 文歌ちゃん!」
「瑠璃さん、いい案です。やりましょう!」
「今!?」
アイドル部。がアイドルステージを企画しようとした時、小松が叫んだ。
「ねぇ! 私の名前は!?」
「! 忘れてた!」
急いでペンと紙を取り出し、中島は悩み始める。しかし、アイデアはすぐに出てくるものではない。
「だ、誰か!」
焦った小松の声に、黒夜が手を挙げる。
「りりな。もか(萌風)。ここあ(心愛)。ゆあ(結愛)。かりん(華鈴)‥‥とか?」
「可愛いと思うけど変えるのか‥‥生まれ故郷や好きな物をイメージしてつけたらどうかと思うけど」
相馬の言葉に小松は「れもん」と呟く。
「‥‥本名にも近いほうがいいかな? なら」
相馬は紙に『小松 りん』と書きこむ。
「本名『森本』から木を減らした『林』にして読み方を変えたんだ。これならいろんな意味で木が減るじゃん? 『凛、輪、鈴』とか色んな字に変換できるしさ」
その紙に影野は『小松菜々子』と書き込む。
「これ‥‥木が入ってる」
小松の呟きに、影野は「適当」と目を瞑った。
「ひらりちゃんってどう? 擬音語で木偏の漢字も入らないし可愛い名前でしょ?」
川澄はアイドルでも通用しそうな名前を提案した。
「どうする? どれもいい名前だけど」
中島の言葉に小松は名前一覧を睨みつけた後、ある名前を指差した。
●そして日常へ?
「ちょっと相談したいことが‥‥」
「? ボクでよければ」
「その‥‥ごにょごにょ‥‥好きな人が‥‥」
「雫ちゃん。そ、それは‥‥ひそひそ」
後日、昼下がりの教室の片隅で中島と雫のヒソヒソ話中に、通りがかった相馬が顔を出した。
「中島!」
「! 今の聞いて‥‥?」
慌てた中島と雫に相馬が首を傾げて話を始める。
「中島の名前ってなんか由来あるの? なんか気になったから聞いとこうと思って」
「‥‥雪が好きだから! あと、中村だといっぱいいるから中島にしたの」
こどもの発想なんてそんなものである。
「雪哉! 川澄さんと指宿さんがステージで待ってるわよ!」
廊下から母の声が聞こえる。今日は母にアイドルステージを見せる予定だった。
「そうだった! 雫ちゃん、後で予定決めよう」
中島が用意をしている間に、相馬は母に訊ねた。
「なんで『哉子』ってつけたんですか?」
ガキ扱いされ終了かと思ったが、母は笑って答えた。
「哉子のお父さんから1文字、私から1文字とって『哉子』になったのよ」
‥‥この母、シンプルに名前をつけていた。
「にしても、撃退士って大変な仕事なのね。お母さん、だいぶ侮ってたわ」
今回の件で母は、撃退士について何やら思うところがあったようだ。
川澄と指宿がステージに向かう途中、小松に出会った。
小松は‥‥何やらどよんとしている。
「ど、どうしたんですか?」
指宿がそう訊くと、小松は深いため息をついた。
「せっかく『小松ゆあ』って名前にしたのに、みんな『小松さん』って呼ぶの。『ゆあ』って呼んでくれないの!」
指宿と川澄は顔を見合わせて苦笑した。呼び方を変えるのはそう簡単ではないのだ。
「私、本当の両親のこと知らないの‥‥。でも文歌って名は、本当の両親が名づけてくれたって教えてもらってる。私にとって名前だけが両親との唯一の絆なの。だからゆあちゃんにも雪哉ちゃんにも名前を大事にしてもらいたいなぁ」
にこにこと話す川澄に、小松は「大事にする。皆に貰った名前だもの」と笑った。