●屋根よ〜り高い鯉のぼ〜り〜♪
調理室に美味しそうな匂いが立ち込めている。
「あとはこれを〜かるーく蒸すと出来上がりです〜♪」
江沢 怕遊(
jb6968)が蒸し器の蓋をすると、粽作りを手伝っていた深森 木葉(
jb1711)や相馬 カズヤ(
jb0924)はホッとしたように笑顔を見せた。
「んじゃ、こっちも仕上げにかかるか」
地堂 光(
jb4992)は粽の手伝いが終わると、今度は自分が作っていたお子様ライスの盛り付けを始める。
唐揚げにポテトにエビフライ、今盛っているチキンライスが終わればあとは旗を挿すだけ‥‥。
「あ、そうだ」
地堂がふと手を止めて深森や相馬を見る。
「中島とフロル、呼んできてくれないか? チキンライスの旗挿すのやらせてやりたいんだ」
「じゃあ、ボク行ってくる!」
エプロンを取りながら相馬が手を挙げる。と、深森もにこにこと手を挙げた。
「あたしも行きますぅ」
2人が向かう先は屋上。今日は快晴。屋上でパーティーを開くことになった。
「あ、木葉ちゃん! カズヤ君!」
中島 雪哉(jz0080)が深森と相馬に気づくと近寄ってきた。
「六華ちゃ〜ん、雪哉ちゃ〜ん、お久なのですぅ〜」
深森が同じく近寄ってきたフロル・六華(jz0245)にぎゅっと抱きつくと六華もぎゅっと深森を抱きしめた。
「こんにちは、木葉!」
「地堂さんが手伝ってほしいんだって。中島と六華に」
「ボクたちに?」
中島はちらりと後ろを振り向く。その先には教室から運んできた机とねこの着ぐるみを着た或瀬院 由真(
ja1687)の姿がある。中島と六華は或瀬院の持ってきた粽や柏餅を並べていたようだ。
「大丈夫ですよ。こちらももうちょっとで終わりますし」
優しく微笑んだと思われる或瀬院の言葉に、ちょこちょこと動き回っていたキョウカ(
jb8351)と自称パーフェクト秘書天使マリス・レイ(
jb8465)が後押しする。
「りっかねーた、ゆきねーた。キョーカ、がんばるなのー!」
「準備もお片付けもお手伝いするよー! パーティーは既に始まっているんだよ。楽しもうよ!」
中島は少しはにかんでと「じゃあ、ボク行ってきます!」と六華と深森、相馬と共に調理室へと向かった。
それと入れ違いに背の高い青年が屋上にやってくる。尼ケ辻 夏藍(
jb4509)だ。
「お邪魔しますよ。こどもの日の宴はこちらでよいのかな? 手土産を持ってきたのだけど、こちらに置けばいいかな?」
「あいっ。おはななのー。きれいなのー!」
尼ケ辻の持ってきた風呂敷をキョウカが受け取る。そこからは立派に咲く菖蒲の花が顔を出していた。袋の中には粽も入っていた。
「‥‥ん。遅くなった」
大きな箱を抱えた最上 憐(
jb1522)が現れた。その箱は煌びやかな装飾がされている。
「これ、何? 何が入ってるの?」
興味津々のマリスに最上は「‥‥ん。出す」と頷いた。マリスは期待に胸ふくらませ、張り切って箱を開けた。
中に入っていたのは鯉のぼりだった。
「‥‥ん。みんなで。力。合わせた。けど。ちょっと。少し。若干。少々。希望より。小さくなった」
本当はもっと大きな鯉のぼりがよかったが予算を考えるとこれが精いっぱいだった。
「おおきい! 入れそう!?」
マリスが興味津々で鯉のぼりを1匹手に取ると腰にそれを当てた。
「‥‥! これあれじゃない? 人魚姫みたいな‥‥! すごい、天使とサカナのハーフになれるっ‥‥!」
人魚というよりは鯉に食われた天使なのだが、キラッキラの入っってもいいかなオーラを全開に出すマリスに最上は静かに言った。
「‥‥ん。それは。かなり。だいぶ。ものすごく。大いに。止めた方が。いい」
「そっかぁ‥‥」
しゅーんと落ち込んだマリスだが気を取り直すと、最上と共に鯉のぼりを組み立て始めた。
「僕も手伝います。取りあえず鯉のぼり上げないと、始まらないですよね」
天羽 伊都(
jb2199)が加わって、鯉のぼりは手際よく組み立てられた。そして、尼ケ辻の方位術によって一番風になびく場所に据えられた。
「こどもの日はなんだかわくわくするよなー‥‥って、ボクだけだな?」
「そんなことないよ!? ボクもこどもの日はお休みだし友達と遊べるしワクワクするよ」
階段を先に上る相馬と中島の会話に、六華は首を傾げて訊ねる。
「こどもの日は、ワクワクするのです?」
「こどもの日、ですかぁ? そうですねぇ‥‥子供の日は元は『端午の節句』っていって〜、蓬や菖蒲で邪気を祓い無病息災を願う習わしだったのですぅ〜」
元は暦を管理する陰陽師らしく、しかし子供らしからぬ薀蓄を深森はにこにこと語る。
「こどもの日と言えば柏餅と粽なのですよ♪」
手に持ったたくさんの粽を運びながら江沢は言葉を続ける。
「こどもの日は柏餅と粽が食べ放題の日なのですよ♪ おいしいお菓子を好きなだけ食べれるのですよ♪ フロルさんもいっぱい食べましょうね♪」
「粽と柏餅、いっぱい食べます!」
「お前ら、俺のお子様ランチも食えよ?」
お菓子食べ放題に顔をほころばせる江沢と六華に地堂は苦笑いする。明るい屋上に着く。たくさんの人が既に集まっていた。
「お待たせしましたー! 光先輩がチキンライス用に鯉のぼりの旗を‥‥!?」
調理室からたくさんの粽とお子様ランチを持ってきた中島、六華、相馬、地堂、江沢と深森が屋上の空を見上げて「うわぁ」と声を上げた。
そこにはベランダ用の鯉のぼりが、空いっぱいとは言えないものの5月の風に吹かれてまるで生きているかのように元気に泳いでいた。
●こどもの日って?
「こどものひ! ‥‥は、何をする日だ‥‥?」
パーティー会場である屋上に行く足を止めたNicolas huit(
ja2921)は、んー‥‥と考え込んだ。
こどもの、ならこどものためなんだよね‥‥。僕はもう大人だから…えっと、こどもに優しくする日かな! こどもに優しくって?
そんな自問自答の答えに閃き、Nicolasは踵を返した。
いっぱいいっぱい買ってこよう。あれ? これってあの日と同じじゃ‥‥??
そんなことを考えながら、足取り軽く階段を降りていった。
「空に舞う姿は圧巻じゃな! 見事なのじゃ!」
アヴニール(
jb8821)は風になびく鯉のぼりを初めて見た。日本の知識はほぼなく、実に新鮮な眺めだった。
同じように人間界の行事を目の当たりにした経験が少ない桜ノ本 和葉(
jb3792)も空を映したような青い目を細めてその光景を見つめた。
「すごいですね」
「くるくる回っています!」
大きな鯉のぼりに六華が顔を輝かす。どうやら大変気に入ったようだ。
「おさかな! なの!」
キョウカが長い髪を揺らして喜んでいる。そんな鯉のぼりを見つめる4人に、マリスが笑顔でこういった。
「あのお魚はね、親子をあらわしてるんだよ‥‥! ほら、家族って川の字で寝るっていうでしょ! あれ! 家族みんなで鯉みたいに滝を上れるくらい元気にすごせますよーにってゆー願掛けらしいよ!」
鯉のぼりが親子を表しているのは間違いではないが、川の字で‥‥というのはマリスの誤解である。
しかし、この4人に日本の風習についての知識がない以上、マリスの誤解は解けるはずもない。
「こどもの日‥‥日本は奥が深いのう。親子の絆を大事にするのじゃな」
「ほのぼのですね。素敵な願いです」
「う? かわ? のじ?」
「‥‥ん。高所に。掲げて。願うと。願望成就する。らしいよ」
進み出た最上が鯉のぼりに向かって祈り始めた。
「‥‥ん。噂だと。高所の。方が。サンタクロースが。見付け易いらしい」
最上曰く「鯉のぼりを高い場所に掲げ、願を掛けると、クリスマスにサンタクロースが天の川から牛車に乗って願い事を叶えに来てくれる」らしい。
「日本のこどもの日‥‥恐るべしなのじゃ」
アヴニールが鯉のぼりに向かって祈る。
「う?」
よくわからないながら、キョウカも真似をしてみる。
「人間界の行事は繋がっているんですね! 私もお願いしてみますね」
桜ノ本もお祈りし始めたので、マリスも慌ててお祈りする。そんな姿を見て六華もとりあえずお祈りしてみる。
「‥‥ん。カレー。食べ放題を。願った。コレで。クリスマスは。カレー三昧」
満足そうに最上はそう言ったが、もちろん、最上の誤解であってそのような説はない。
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は六華に声を掛けた。
「六華ちゃん、元気してた? ‥‥って問題なさそうだね」
優しく笑う砂原に六華も微笑み「こんにちは」と返す。この学園に六華が正式に来る前に関わって以来の再会である。
「定番の新聞紙の兜でも作ってみようかな。六華ちゃんも中島ちゃんも一緒に作ろうか」
「カブト?」
「そう。まぁ、帽子みたいなものかな」
曖昧に笑う砂原に六華も曖昧に笑う。と、砂原の言葉を聞いたキョウカが寄ってきた。
「あいっ! キョーカも、ぼうしをつくりたい、だよ?」
キョウカは新聞紙を抱きしめて笑う。そんなキョウカを見ながらお子様ランチを平らげた地堂はふと大量にある柏餅と粽に目をやる。
「これで兜つくれねぇかな?」
そんな独り言に柏餅を食べていた最上の手が止まった。
「‥‥ん。食べ物で。遊ぶの。あんまり。すごく。とっても。すこぶる。よくない」
「‥‥」
地堂は最上の言葉で柏餅と粽の兜を諦めた。
「折り紙、私も持ってきました!」
桜ノ本がたくさんの折り紙を出して「一緒にやりましょう」と輪に加わる。相馬も「ボクも!」と合流した。
そこで、六華は改めて訊いた。
「『こどもの日』ってなんですか?」
その言葉にうーんと思わず考え込む。
鼻歌を歌いながらダンボールを地面に置いて何やら作っていた戒 龍雲(
jb6175)がそんな六華の問いに答えた。
「何の日かと言えば色々諸説あるけど、まあ男の子も女の子も併せて子供たちの健やかな成長を願って祝う日かな」
中島の所属する『アイドル部。』の部長、川澄文歌(
jb7507)は六華の目線と同じ高さまでしゃがむと丁寧に教えてくれた。
「5月5日はすごい昔から端午の節句って言って男の子が元気に成長できるようお祈りする日だったんだよ。それとは別にちょっと昔に子供の幸福を願う日を作ろうって話になって、その日をいつにするか皆で話し合ったら端午の節句の日がいいねってなって、5月5日がこどもの日になったんだよ」
1枚、新聞紙をもらって兜を折りだした犬乃 さんぽ(
ja1272)は少し恥ずかしそうにしながら金色の髪を揺らす。
「父様の国の大事なお祝いだもん。ボクが知ってること、色々教えちゃうね」
犬乃は「元々は日本のサムライやニンジャの男の子の成長を祝うお祭りだったんだよ‥‥女の子にはお雛様があるから、これで『だんじょびょーどー』なんだって」と話した。
「男の子のお祭りだから、今日はボクにも大事な日なんだよ‥‥」
「大事な?」
嬉しそうに笑う犬乃に六華が真っ直ぐに質問した。
「って、わわわ、ボク、ボク、男だからっ!」
さらに恥ずかしそうに顔を真っ赤にした犬乃に、六華は少し考えてポンポンと頭を撫でた。
「‥‥ボクの方が年上なのに、ゴメンね」
消え入りそうな犬乃の声。でも、幾分は落ち着いたように見えた。
たくさんの返事に共通しているのは『みんな楽しそう』だということ。六華はそれらの答えをしっかり覚えた!
しかし、その中でひときわ真面目に語りだしたのは紅華院麗菜(
ja1132)である。
「子供の日はもともと端午の節句と言って男の子の健やかな成長と出世を願う行事ですの」
紅華院は古来より伝わる行事は大切にするべき、人々が代々受け継いできた営みの象徴であり智慧としてこれから先も受け継いでいくべきであるという強い正義感の元に六華に語りかける。
「古来は男の子たちに鎧兜着せ戦わせ、成長の証としたが時代を下るにつれその身代わりとして武者人形が使われるように‥‥それが五月人形ですの」
「みがわり?」
首を傾げた六華にコクリと頷く紅華院。どこまでも真剣な眼差しである。
「五月人形って怖いけどかっこいいなと思ってたけど‥‥まさか‥‥」
甲冑武者を想像し、相馬がやや青ざめた。中島も口を開けたまま固まっていた。
「‥‥まぁ、それは置いといて。ついでにとーちゃんかーちゃんに感謝もしとけよ」
ごほんっと戒が凍った空気をほぐすようにそう言った。
「ぺったん、ぺったん♪ できたー! なのー!」
夢中で折っていたキョウカが兜をもってピョンピョンと跳ねた。
「上手だね。よし、本格的な兜は無理だけど…ほら、これで5月忍龍に」
犬乃がにこっと笑い、ヒリュウを召喚すると自らが作った兜をヒリュウにかぶせた。
「わぁ! 可愛い!」
可愛らしいヒリュウに兜を折る手が一時止まったが、皆何とか折ることができた。
「ついでに刀も作っといたよ」
ダンボール鎧を完成させた戒がくるくるっと丸めた新聞紙につばをつけた物を見せた。
お菓子を食べる前にひと汗かくため鬼ごっこでもやろうと思っていた天羽はそれにとびついた。
「それ、いいですね!」
お菓子で鎧を作るのを断念した地堂も嬉々としてそれを受け取る。
「よっしゃ! ちゃんばらやろうぜ!」
かくて、アヴニールやによる兜チャンバラが開戦したのであった。
少しチャンバラに疲れた頃、六華は中島とラズベリー・シャーウッド(
ja2022)を見つけた。
「ラズ。こんにちは」
「フロル君。きみも一緒に鯉のぼりを作らないか? ロールケーキを鯉のぼりにするんだ」
ラズベリーは持参したロールケーキと苺や蜜柑缶、ペンチョコや生クリームを差し出した。
「うわぁ! やろう! 六華ちゃん」
中島が飛び跳ねて六華を促し、ラズベリーと3人でロールケーキのデコレーションを始める。
「こどもの日は『端午の節句』といって男子の健やかな成長を祈る日だね。菖蒲の束を浸した『菖蒲湯』に入って、病邪を祓う習慣もあるようだよ。あ、この苺は目にしたらどうだい?」
ラズベリーのアドバイスを聞いて、六華は風にはためく鯉のぼりとロールケーキを見比べる。すこしずつ、カラフルなロールケーキ鯉のぼりが形になっていく。
●宴に集う妖怪たち 忙しく立ち振る舞う両儀・煉(
jb8828)は疾風のような速さで料理を作ったり、子供たちと遊ぶ準備をしていた。
「何ぼさっと突っ立ってんだいそこの唐変木ども、おまいさんらもちっとは働きなぁ。‥‥こんなに小さい子にばかり働かせるなんざどういう了見だ」
そんな両儀の姿に年長者の徳重 八雲(
jb9580)は、尼ケ辻と百目鬼 揺籠(
jb8361)に喝を入れる。2人は仲良く喧嘩しながら折り紙で兜を折って、まず裏葉 伽羅(
jb9472)の頭にかぶせる。
「こどもの日は元々鎌倉より前は女性の日でもあったのだよね。田植えに向けその役割を担う女性が菖蒲酒と菖蒲湯で心身清める為の日という武家が強くなった辺りから鎧の人形が出て男の子の‥‥」
「夏藍さま、物知りですのね‥‥!」
錣羽 瑠雨(
jb9134)がきらきらとした尊敬の眼差しを尼ケ辻に向ける。そんな尼ケ辻の言葉を遮り百目鬼が小声で「話が長ェんですよ」と呟く。
「百目鬼君。そういうからにはちゃんとこどもの日についてわかっているのかな?」
尼ケ辻の反撃に百目鬼が「当然でさァ」と答える。
「和菓子が売れる日でしょう? ‥‥や、や、尼サン。なんですかその目は。ちゃんと知ってますって。なんでもごく最近にゃァ『子どもの幸せを願いつつ母に感謝する』なんてまた改められたそォですよ」
そんな話をしつつ、百目鬼も尼ケ辻も兜を折る手は止めない。完成した兜はチラシ寿司を作っていた錣羽と両儀の頭にかぶせた。
「はい、どーぞ」
「わっ!? ‥‥ボクを子供扱いしないで下さいよ」
今日はこどもの日ということで引率側に回る予定だった両儀は少し不服そうだったが「ありがとうございます」ときちんと礼をした。
「徳重サンにも、お1つ差し上げますね」
ぽんと頭の上に兜を載せられた徳重は眉根を寄せる。
「折角の晴れの日にこんな爺引っ張りだして、やることがこれかい」
「ほら、俺おかーさんいませんし、感謝感謝の気持ちでさァ」
錣羽は仲よさそうに話す徳重と百目鬼を写真に収める。シャッターチャンスを逃さぬように辺りを見回しながら歩く。
今日はいっぱい静御前のみなさまの写真を撮るのですわ!
「迷子にならぬようにね」
尼ケ辻に声を掛けられ、錣羽はむぅっと膨れた。
「‥‥さすがに今日は迷子にはなりませんのよっ」
と、錣羽のカメラのフレームに見慣れた女性の姿が映った。
「魅木さま!」
「え? 魅木姉様!」
錣羽の声に裏葉も駆け付けた。祀木 魅木(
jb9868)がにっこりと笑った。
「みんな、今日はよろしくね? せっかくのこどもの日だもの、お土産に柏餅はいかが? これも、お風呂に入れて楽しんでね?」
祀木は手土産に手摘みした蓬の手作り柏餅と摘んだ菖蒲の葉を可愛い布袋に入れたものを錣羽と裏葉に渡した。
「ありがとうなのです〜」
「祀木サンのお手製ですか。そりゃまた贅沢なお土産で」
百目鬼が笑うと祀木は「おめめちゃんも、お1つどうぞ」と差し出した。
「おめめちゃ‥‥、ありがとうですよォ」
まさか自分がちゃん付けで呼ばれるとは思っていなかった百目鬼はやや動揺したようだったが、すぐに笑顔になる。
「あとであちらのお嬢ちゃんたちにも渡してこないといけませんね」
祀木の視線の先には六華と中島の姿がある。
「お返しなのですよ? こういった風習もあったそうなんですよ〜」
裏葉は菖蒲の花を髪飾りにした物を祀木の髪へと挿した。
「あら、ありがとうございます」
祀木は嬉しそうに微笑む。裏葉もそれを見て微笑んだ。
「錣羽ちゃんにも。3人おそろいですよ?」
「素敵ですの〜!」
きゃっきゃと戯れる錣羽と裏葉を、百目鬼と祀木はしばし温かい目で見守る。
「こどもの日は、もともと男の子の健康を祈っていた行事なの。けど、こうして時代が経てば女の子も男の子も一緒にお祝いできるようになるのですね」
「時代ってェ‥‥そんな年よりくさいことを‥‥」
百目鬼が祀木の言葉に苦笑すると、祀木はにっこり笑って百目鬼の耳元で囁いた。
「‥‥って俺より年上なんですかぃ!?」
衝撃の実年齢をさらりと告白され、百目鬼は言葉もなく祀木の顔をまじまじと見るしかなかった。
「尼様!」
「夏藍さま!」
左右からがっしりと錣羽と裏葉は尼ケ辻の両の手を掴む。
「粽に柏餅、桜餅もいっぱいありましたの。一緒に取りにまいりましょう」
2人の少女に連れられて、尼ケ辻はにこにことついていく。今日は子供が主役の日。どうやらお酒は控えるのがよさそうだ。
「食べすぎには注意だよ」
そう言って錣羽の頭を撫でると、錣羽は微笑んで頷いた。
3人がいっぱいのお菓子を手に戻ると一番に徳重の元へと向かった。
「鴆のじじ様!! 柏餅を持ってきましたので一緒に食べましょうね?」
「ほほぅ。それは嬉しいねぇ」
徳重は先ほど百目鬼や尼ケ辻に見せた厳しい顔とは打って変わった優しげな表情を見せた。
「八雲のおじさま。『お子様ランチ』というものもありましたのよ」
「あ、でものどに詰まると危険だから気をつけてくださいな?」
いそいそと裏葉はお茶を入れ、徳重へと差し入れる。
「伽羅ちゃんは上手にお茶を淹れるんだねぇ」
うんうんとゆっくり頷いて徳重は裏葉のお茶を一口飲んだ。
「両儀様も百目鬼様も、魅木姉様もご一緒しませんか? 皆一緒です♪」
「良くできたし、これで勘弁してもらおう‥‥」
両儀は作っていたチラシ寿司を味見して、とりわけの作業を変わり身の術で他の人に押し付けて徳重にチラシ寿司を渡した。
「これ、お口に合うかわかりませんが‥‥」
両儀の作ったチラシ寿司を徳重が一口食べる。緊張の瞬間。
「おまいさん、美味しくできてるじゃないか。爺は孫に構って貰えて幸せですよ」
破顔した徳重に、裏葉も錣羽も、もちろん両儀も胸を撫で下ろして柏餅を一緒に頬張った。
●響け、こどもの日の歌声
チャンバラが一通り終わると、堰を切ったように柏餅や粽、お子様ランチはみんなの胃の中に消えていく。
「桜餅もどうぞ」
桜ノ本が差し出した桜餅にアヴニールは目を輝かす。
「柏餅も粽も初めてじゃが…これも初めて見るのじゃ」
そう言って一口食べると「これもりょくちゃとの相性もばつぐんなのじゃ♪」と感動した。
「ネットで調べても色々あるみたいで、地方によって柏餅を食べたり草もちを食べたり。お団子とかおはぎとか」
桜ノ本の話にアヴニールはさらに目を輝かせた。さらなる発見の予感である!
ラズベリーと中島と六華が作ったロールケーキの鯉のぼりはカラフルで可愛い鯉のぼりになった。
「記念写真を撮ろうか」
そう言って一緒に写真を撮った後、皆に切り分けた。中島がロールケーキを食べていると、ラズベリーがひょいっと中島の頬に手を伸ばした。
「‥‥雪哉君、頬にクリームついてるよ?」
ラズベリーがそのクリームを指ですくって舐めると、中島は真っ赤になって俯き「アリガトウゴザイマス」と何やら片言のように呟いた。
深森は裏葉に貰った菖蒲の髪飾りを見ながら、六華に話した。
「菖蒲は『尚武』に通じることから〜、江戸時代に武士の間で喜ばれ〜、男子の健やかな成長を願う祭事に変化していったのですぅ〜」
江沢は六華にどんどんと柏餅と粽を勧めた。そして江沢本人もいっぱい食べた。
「こどもの日は食べ放題ですからね〜」
そこに最上と地堂も加わって、なぜかプチ大食い大会のようになっていた。
「ひかにーた、がんばれー!」
キョウカはマイペースでもちもちと幸せそうにおいしく食べた。
「猫の妖怪ちゃん?」
或瀬院を見た祀木が訝しんだ。
「あ、これは趣味で着てきただけですので。こどもの日は関係ありませんよ。こいのぼりの着ぐるみでもあれば良かったのですが、流石にありませんでした‥‥」
残念そうに言った或瀬院はそう言うと祀木に柏餅と粽を振舞う。
「ありがとう」
祀木が受け取ると、或瀬院は‥‥
「では、私も失礼して‥‥」
ズボッと柏餅を持った手を着ぐるみの口に突っ込み数秒後、柏餅の葉っぱだけが出てきた。
「猫ちゃん‥‥本当に妖怪じゃないの?」
祀木の言葉はもっともで、少し‥‥いや、だいぶシュールな光景であった。
「5月といえばやはり5月病だよね。ボクの中では5月の時点で目が死んだ魚みたいになってるとよく5月病になってるって言うらしいよ! 新入生は気を付けないとね」
「人間が死んだ魚の目に!?」
天羽の話にマリスが粽を食べながら興味津々で聞き入っている。そこへ紅華院が後ろから囁く。
「粽ももともと『血撒き』といって闘争の様子を表した菓子だとか‥‥」
「えぇ!? それ、ものすごく怖いよね!?」
と、突如タンゴの音楽が流れた。砂原の持ってきたラジカセの音である。
「タンゴの節句だからね。僕がリードしてあげるから、楽しく踊ろう♪」
六華の手を取り、踊りだす。タンゴのリズムで軽やかなステップを踏む。
「きっと、キレのある子に育って欲しいという意味だと思うよ」
そういった砂原の顔は真面目だった。
「キレのある子?」
「ま、六華ちゃんが楽しく生活してて良かったよ」
『?』マークが浮かぶ六華に、砂原は笑いながらくるくると回る。
川澄がタンゴのリズムに体を揺らしながら「そうだ」と振り返る。
「このリズムでこいのぼりを歌いましょうか」
突然の発言に驚きが隠せないが、川澄がリードして歌いだす。アイドルのリズム感がすんなりとこいのぼりをタンゴのリズムに変えてしまう。
地堂が照れくさそうに小さな声で歌いだす。中島は大きな声で川澄と歌いだす。砂原も踊りながらその美声を遺憾なく披露する。
「あぁ!? こどもの日おめでとうー! いい子にしてた子、この指止まれー!」
両手いっぱいにお菓子を抱えたNicolasが、屋上へと駆け込んできた。
「huit先輩!」
中島が喜んだのも束の間、Nicolasは躓いてお菓子が空を飛んだ。クッキーやキャンディー、空からお菓子が降ってきた。
「こどもの日は、ハロウィンの事だったということ‥‥」
寸でで持ちこたえたNicolasは呆気にとられた。
百目鬼も思わず呆気にとられた。その一瞬の姿は尼ケ辻によって写メに撮られた。
徳重はそんな子供達を見守りつつ、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「日本は、いっぱい遊べる日があって楽しいなー」
改めてお菓子を配って満足げなNicolasは、柏餅をパクついた。
相馬がなにやら深森や六華、キョウカや中島と共に何かをしていた。
「‥‥あ、追いついた。おそろいだな!」
得意顔で相馬が笑う。
「あ!? ホントだ」
子供たちがやっていたのは背比べだ。これもまたこどもの日の定番である。
「来年もやれば、1年でどれだけ大きくなったかわかるんだ」
「大きく?」
「う?」
首を傾げる六華とキョウカに相馬は「背が伸びるんだよ」と説明した。
「来年はボクだって伸びてるもん」
「ボクも来年はもっと伸びてるよ。‥‥あ、六華。金太郎の絵本を持ってきたんだ。大きくて強い子供になるようにって」
「ボクだってもっともーっと伸びてるもん!」
負けず嫌いの相馬と中島のやりとりに、六華はさらに首を傾げる。
「木葉も大きくなるのです?」
六華の問いに深森は大きな瞳をパチパチさせて、にこっと笑った。
「えへへっ。そんな難しいことは置いといて〜、楽しく遊びましょう〜」
六華の手を引くと深森は再び始まっていたチャンバラの方へと駆けて行く。
六華はダンボール鎧を戒に着せてもらった。
「本物じゃないからなちょっとしょぼいけど、気に入ったんだったら着てくれよ。そしたら僕も嬉しいですから」
そう言った戒に「これ、本物です。俺、好きです。ありがとう」とお礼を言って、六華はチャンバラの戦いの中に楽しそうに入っていくのだった。
「昔わたくしが住んでいた所では、鯉のぼりと一緒に鎧武者が描かれたのぼりも揚げていましたのよ。男の子が元気に力強く育つように、という意味ですかしら。託す思いは多々あれど、男女問わず健やかに育つとよいですわね♪」
女の子も。
「まあ、子供は子供らしく元気なのが一番じゃないかな」
男の子も。
「ふふ、この学校の子たちみんな元気にすごせるといーね!」
天使も。
「子ども達がいつまでも笑顔でいられるこの平和を続ける為にも頑張ろう」
悪魔も。
「こどもの日は、女の子も自分の幸福を皆に願って貰えるお祝いの日なんだよ。だからこのパーティーは男女関係なく子供はみんな主役だよ!」
人間も。
机の上にみんなで折った色とりどりの折り紙。兜や馬、帆掛け船。お子様ランチを彩った鯉のぼりの旗。ところどころにNicolasが降らせたお菓子もある。
5月の風に元気に鯉のぼりが泳ぐ。
願いはひとつ。みんなが幸せで、健やかでありますように。v