●いきなり中間発表
「えー。ここまで天界代表・ハーピーさんたちによるアカペラ、魔界代表・サキュバスさんたちのラインダンスをご覧いただいたわけですが‥‥いかがでしたでしょうか?」
舞台の幕間に、実況と思しき女性が解説と思しき黒い羽根を持つ男性へと話を振る。会場は興奮冷めやらぬ熱気に包まれている。
「ハーピーたちの歌声は、まさに天使の歌声と呼ぶにふさわしかったと思います。しかし、コーラスの一部に不協和音がみられましたね。やはり大舞台で緊張を隠せなかったのですかね。また、サキュバスたちのラインダンスも華やかで素晴らしかったのですが、脇にいた数名がややリズムを取り損なってラインダンスの一体感が感じられませんでした。どちらも甲乙つけがたく決め手に欠ける状態だと思います」
男性がそう言うと、女性は深く頷く。
「つまり、鍵は人間界代表の撃退士たちであると?」
「横並びになるか、または突出した演出で単独トップとなるか。もしくはダントツの最下位となるか‥‥」
「さぁ、いよいよ最後のエントリー! 人間界代表・撃退士たちの登場です!」
舞台袖。既に出番を終えたハーピーやサキュバスたちが肩を落としたり慰め合っている中、これから舞台に上がる撃退士たちは緊張のピークを迎えていた。
「そういえば、こんなアニメもありましたね‥‥わ、私今アニメの主人公みたい?! だ、大丈夫でしょうか? 私にできるんでしょうか!?」
顔を赤くしたり青くしたりとオロオロする指宿 瑠璃(
jb5401)に川澄文歌(
jb7507)は優しく微笑む。
「いっぱい練習してきましたし、自信持ってください、瑠璃さん。私たちは『アイドル部。』の仲間。これまでも歌にダンスに一緒にやってきたから息ぴったりだよ」
「指宿さんと川澄さんと中島さん、そして私。『アイドル部。』として‥‥アイドルとして負ける訳には行きません! だからこの歌で勝ちましょう!」
いつもは冷静なカナリア=ココア(
jb7592)。口調こそ変わらないものの、やや緊張気味にそう言った。
「アイドルってェ柄じゃねーケド、ここは一枚噛ませて貰うとすっかね」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は咥え煙草でベースの最終調整をしながら、悪友・鈴木悠司(
ja0226)と共に舞台に臨む。
「俺らの歌で戦いを終わらせるゼ! ‥‥ってね」
鈴木はヤナギを見て笑う。これからのステージが楽しみで、テンションはうなぎのぼりだ。
「歌が世界を救う‥‥か。絶好のチャンスだよな。‥‥成功させたいよな、あいつのためにも」
相馬 カズヤ(
jb0924)が漏らした呟きに、傍に居合わせた中島 雪哉(jz0080)が首を傾げる。
「あいつ??」
「! な、なんでもない! それより、順番はこれでいいんだな?」
焦った相馬は進行表の確認をする。覗き込んだフロル・六華(jz0245)と中島は頷く。
「最初がエリューナク先輩と悠司先輩、次にカズヤ君、最後が『アイドル部。』だね」
「き、緊張してきました」
「緊張をほぐす為に、瑠璃さんが考えてくれた振り付けの確認をしておきましょうか」
「そうですね、何かしていた方が緊張もほぐれます」
『アイドル部。』の面々は振り付けを練習し始める。
「カズヤ、俺でよければ手伝います」
「六華、ありがとな」
そうこうしているうちに、舞台の幕が上がる。
『さぁ、いよいよ最後のエントリー! 人間界代表・撃退士たちの登場です!』
その声にヤナギは不敵な笑みを見せながら、吸っていた煙草を揉み消した。
「俺らの本気、魅せてやろーじゃねェの」
「じゃ、ヤナギさん。俺らの音、目一杯聴いて貰おー!」
●伝説のclutch
幕が上がるとともに、巨大な破裂音と共に舞い散る銀の紙吹雪。
それまで天魔たちの舞台の余韻に浸っていた観客たちは、その音に度肝を抜かれた。
「ガンガン飛ばすゼ〜。皆、乗り遅れンなよ!」
ロック系の黒い衣装できめたヤナギと鈴木を強烈なスポットライトが後ろから照らす。
ヤナギの激しいベースの音に鈴木のギターの旋律が絡みつく。激しいロックのリズムを刻みながらも、ヤナギのベースは独自のメロディラインでその音を主張する。
親指と人差し指と小指を立てたメロイックサインで客を煽りながら、ヤナギはステージ中央へと歩みだす。
ボーカルを務める鈴木の声がやや擦れたような声で言葉を紡ぎだす。柔和な笑顔とは裏腹な耳に残る声色に観客は魅了され、糸で操られるかのように立ち上がる。
楽しげにのびやかに歌う鈴木に対し、ヤナギが女性客にウィンクしたり男性客には指差して親指を喉元まで当てて煽れば、その度に黄色い声が上がる。
客席を色とりどりのライトが明滅するたび、観客たちの笑顔が浮かび上がって鈴木もさらにテンションが上がる。
完全にヤナギと鈴木のペースに会場は包まれている。歌は最高潮のサビに差し掛かる。
「♪〜 蹴り上げろ
『そんなイメージ』
滅茶苦茶にしろ
『そんなリモース』
後ろ振り返ってる余裕ない
前だけ見て前だけ見つめて
我武者羅で『いいだろ』
デタラメで『いいだろ』
『自分を掴みとれ
未来を掴みとれ』〜♪ 」
鈴木の声にヤナギの声がハモる。力強く腹の底に響く2人の歌声が会場を一体化させる。
躍動する言葉と強い意志。そこには人種など関係なく、すべての者を共感させる力があった。
ヤナギのベースソロが始まると、少女たちの歓声が上がる。速弾きで魅せながらヤナギは会場をさらに煽る。
「もっと声出してもいいんだゼ!」
ヤナギの言葉にさらに会場は盛り上がる。ライブならではの臨場感だ。
「『自分を掴みとれ! 未来を掴みとれ』〜♪」
ラストフレーズが終わるか終らないか、その瞬間に鈴木とヤナギは同時に大きくジャンプした。
「きゃーーーー!!」
大きな歓声と爆発音、そして鈴木とヤナギの着地した瞬間に銀の紙テープが舞い散る。
キラキラした笑顔の鈴木と満足気な顔のヤナギはハイタッチをした後、手を握ると観客に向かって大きくお辞儀をした。全席に見えるように角度を変えて何度も、何度も。
どの角度の観客たちも、笑顔で拍手をしたり手を振ったり。
「俺ら『clutch』。聴いてもらったのは『Don't think』だ。縁があったらまた会おうゼ〜!」
惜しむ声を背に鈴木とヤナギは舞台袖に戻る。
待機していた指宿や川澄、カナリアが笑顔で迎えた。
「君たちも力を出し切ってね」
きらりと光る汗も爽やかに鈴木が言った。
「客は完全に温まったからナ」
ヤナギの言葉に、相馬がスタンバイに入る。
「ボクも負けてられないよな!」
●奏でるはミューズの歌声
鈴木とヤナギの演奏の余韻を残した開場は、いまだに興奮が冷めやらぬようだ。
相馬はパソコンの前に座り込む。次は相馬の出番なのだがそこから動く気配はない。
「カズヤ君?」
心配げに訊ねる中島に、相馬はシーッと人差し指を口に当てた。そして、パソコンのエンターキーを押す。
すると、会場には相馬の作曲した16bitの前奏が流れ始めた。舞台上には誰もいないまま、前奏はやがて民族調の和音を奏でて会場の口を閉じさせた。
変調の多い曲だが、どこか昔を思い出させる懐かしい旋律だ。
『♪〜 はじめて、であったあの頃は
互いに反発してたけど
気づけばいつも目が追ってた 〜♪』
誰の声ともつかぬ歌声が流れ出す。若い女性の声だ。
「ボーカルソフトだよ」
相馬は不思議そうにしていた中島と六華に小さく呟いた。
『♪〜 小さな背中を震わせながら
傷ついた少女を思い
ほおっておけなかったキミ
どうしてもどうしても
口は悪くなるけれど
嫌ってるわけじゃない
キミの中に女神【ミューズ】を見る
すべてを救うは理想
理想を信じて生きるは困難…
けれど信じたいよ
キミの中の女神【ミューズ】を 〜♪』
ケルト調の音楽にのせられた優しい言葉。小学生の相馬が作ったとは思えないほどの甘酸っぱいメロディが会場を包み込む。
「すごい‥‥」
中島の言葉に相馬は思わず振り向く。
「く、くさいっていうなっ?!」
「え!? 言ってない、言ってない!」
慌てて否定する中島に、相馬はそっぽを向いて呟いた。
「‥‥結構好きなんだよ、こういうのもっ」
相馬の耳が赤い気がするのは、照明のせいだろうか?
「そろそろ準備しろよ。次だろ?」
「あ、うん! 頑張ってくるね!」
中島が勢いよく立ちあがって、川澄やカナリア、指宿の方に足を向ける。
会場は静かに相馬の曲に耳を傾けている。相馬は自分の歌の最後のフレーズを口ずさむ。
『♪〜 どうか天と魔とヒトの
架け橋になれるような歌に
なれますように
祈り願う 〜♪』
●『アイドル部。』のスターたち
舞台は暗転と共にスポットライトが舞台の袖を照らし出す。
上手から2人、下手から2人。ボロボロに傷ついた戦士の衣装を身にまとった少女たち。
「ここまで来るまでに色々な事がありました‥‥。お互いを理解することなく戦ってきました。しかし『アイドル部。』として部長の川澄さん、メンバーの指宿さん、中島さんの綺麗な歌を聞いて欲しいです」
マイクを持ったカナリアは目を伏せてそう言った後、指宿にマイクを渡す。
「わ、私たちは戦いで傷ついた人々の心を癒すために今日この場所に来ました」
指宿は困ったような顔でそう言ったが、単に下がり眉の為困ったように見えるだけで実際に困っているわけではない。むしろ強い決意の眼差しで観客席を見つめている。
「私たちの歌で、みんなのことを勇気づけたり励ましたりしたいんです!」
最後に川澄がそう宣言すると、スモークが焚かれて少女たちを包んで視界から消した。
次の瞬間、弾けるような音ともに元気に飛び上がる『アイドル部。』の面々。それぞれが所定の位置につき満面の笑顔だ。
その恰好は先ほどとは打って変わり、学園制服風のお揃いのアイドルらしい衣装に変わっていた。アイドル早着替えの術である。
そしてカナリア、指宿、川澄、中島が一斉に口をそろえた。
「これは出会いの歌。この歌のように、私たちきっと分かり合えるはずだよ。『あけぼのweek サクラ咲く☆』聴いてください!」
アイドルらしい軽やかなテンポと元気なダンスで所狭しと舞台を駆け回る。
『♪〜 冬の別れ 雪の日に 見送った仲間
別れがあれば 出会いもあるさ
春の訪れ 晴れの日に 笑顔のキミと
はらはらと舞う 花びらの中
We'll be right here. あの日の言葉
春が訪れ 夢がまた 叶ったね
ほのぼのdays キミと会う
あけぼのweek サクラ咲く☆
また出会えた このよろこび
かぎろひmonth ココロ萌え
A happy year 今年もね☆
歩き出そう みんな一緒に 〜♪』
紙吹雪は雪のように川澄のアイドルの微笑みと声にのって舞い散り、指宿が跳ねると舞ってきたシャボン玉は春風の如く観客席へと流れていく。ドライアイスに映る色とりどりの光と影が幻想的な朝日のようにカナリアを照らし出すと、中島は観客席へ笑顔とウィンクを飛ばす。
舞台は歌詞に沿ったカナリアの舞台演出によって、観客の歓声を誘う。
『アイドル部。』の名に相応しい、明るく元気な舞台。
少しでも元気に、少しでも仲良く。
『アイドル部。』の願いが込められた歌は、皆の心に届いたのだろうか?
この曲が終われば、残るは結果発表である。
●勝敗の行方
「お疲れサーン」
舞台袖に川澄、指宿、カナリア、中島が戻るとヤナギが手を叩いて迎えた。
「お疲れ様。お客さんの反応も上々だね」
笑顔の鈴木にそう言われ、指宿たちは照れたように微笑んだ。
「ほ、ホントですか? き、緊張してうまく踊れてないんじゃないかって‥‥」
「瑠璃さん、素敵に踊れてました。カナリア先輩も、雪哉ちゃんもすごく上手でした」
川澄が部長として『アイドル部。』の面々を労う。
「今更、緊張してきました‥‥」
そう言った中島の背中をカナリアが優しく撫でた。
「できる限りやってきたんだろ? 自信持てって」
「相馬さんの言う通りです。中島さんは頑張りました」
相馬とカナリアに励まされて、中島は大きく頷いた。
「皆さん、そろそろ結果発表みたいです」
六華の声で、撃退士たちは会場へと目を向ける。
舞台の上には審査員長が、結果を今まさに広げて読み上げようとしている。
「結果を申し上げます。優勝は‥‥」
緊張が走る。これでこの戦争の行方が決まるのだ。
「人間界代表・撃退士の皆さんです!」
会場から歓声が沸き起こる。満場一致‥‥という訳ではないようだが、ほぼこの結果に不満は無いようだ。
「やったね♪ 勝てて良かった!」
カナリアがはしゃいだようにハイタッチで喜びを分かち合う。
やがて撃退士たちは舞台へと呼ばれ、再びスポットライトを浴びた。
「ひとつのミスもなく大変エンターテイメントとして楽しめた舞台でした。歌唱力、舞台力もレベルが高かった。おめでとう!」
大きな拍手と共にこの戦いの‥‥いや、天魔との戦いは終止符が打たれた。
指宿が感極まってマイクの前に立つ。
「今日、私たちはここに勝つために来ました。でも、それは天魔に勝つってことじゃありません。戦いで傷ついた人々の、悲しい思いに勝つために来たんです。アイドルは人を悲しませるために存在していません。人々を笑顔にするためにいるんです!」
指宿はぽろぽろと涙を落としながら、それでも言葉を続ける。
「こんな戦いで悲しい思いをするのはもう沢山です! 私たちも戦う必要なんて無いじゃないですか! 笑顔に、幸せに人も天魔も無いはずです!」
指宿の言葉に、川澄も笑顔で思いのたけを会場にぶつける。
「私たち『アイドル部。』は人間も天魔も関係なく、みんな仲良くしてます! だから、みんなもきっと仲良くなれるはずです!」
「さあ、みんな一緒に踊ろう! 歌おう!」
ハーピーやサキュバスも舞台に上がり、『アイドル部。』を中心にみんなで歌いだす。
それは確かに平和の訪れを告げる歌声だった。
「そういえば」
そんな会場が一丸になり歌っている時、中島はふと頭に浮かんだ疑問を相馬にぶつけた。
「カズヤ君が作った歌って曲名なんだったの?」
相馬の目が泳いだ。
「‥‥絶対言わない」
「えー!? なんで?」
不満そうな中島に、相馬は「し、四月馬鹿だから」と目を泳がせたまま呟く。
「好き‥‥だ」
「!? あっ! 曲名が『好き』っていうタイトルなの?」
「!? ‥‥もういい」
「え!? えぇ!?」
慌てる中島に肩を落とす相馬。
「若ェじゃん。ショーボー若ェよ‥‥」
そんな2人を見ながら笑いを堪えるヤナギに鈴木は苦笑いした。
「ヤナギさん。すごく悪い顔してるよ」
そうして、エイプリルフールは幕を閉じたのであった‥‥。