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マスター:三咲 都李
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/01


みんなの思い出



オープニング

●締め切り間際の…
 9月に入り、だいぶ暑さも和らいで…きているんだけど、やっぱり暑い。
 カリカリカリカリ…。
 室内に響くは無心に、ただひたすらに動き削れていく鉛筆の音。
「あと3日…あと3日…」
 白い紙はあっという間に黒く描きつぶされて、次の用紙に取り換えられる。この作業を一体あと何枚繰り返すのだろうか?
 時間は刻々と過ぎていく。休憩を入れたいが、そんな暇はない。

 ぷぅううぅぅぅぅ……ぅ……。

 冷房が奇妙な音を上げて止まった。
「な、んで…!?」
 慌ててリモコンをポチポチと連打してみるがウンともスンとも言わない。
「嘘!? こんな時に!?」

 コミック新人賞の応募締め切りまで、あと3日…。 


●藁にもすがる思い
「冷房と! 場所と! アシスタント募集!!」
 斡旋所に駆け込んで、開口一番彼女・村井ミコは言った。
「えっと…できればもう少し詳しい情報を…」
 斡旋所の生徒は村井を落ち着かせようと、ひとまずソファに座らせる。
「漫画描いてるの! 部屋の冷房壊れたの! あと3日なの! もう間に合わないの! だから、アシスタントと場所が欲しいの!! これ逃したら、また半年待たなきゃいけないんだから!!」
 早口に捲し立てる村井の言葉を、斡旋所の生徒は冷静に話を纏める。

「つまり、漫画を描ける場所(冷房付)とアシスタントの募集…ってことですね?」

 そんな斡旋所の生徒の言葉に再び村井は絶叫する。
「あぁ! こんなことしている時間すら惜しいの! 早く! 早く!!」


リプレイ本文

●終結した猛者たち
 その依頼に、雪室 チルル(ja0220)は熱い情熱をもって即決した。
「事情は分かったわ! やったことないけどあたいに任せてね!」
 エルレーン・バルハザード(ja0889)も同じ匂いのする依頼に秘めた情熱をたぎらせる。
「はうっ! 聞こえるの、なかまが助けを呼ぶ声が…。だいじょぶだよっ、ヲタクなかまのけっそくはこうてつのきずな! 今いくからねっ!」
 情熱のまま依頼受諾をしに行った2人の後に、樒 和紗(jb6970)は依頼の貼り紙を静かに見つめる。
「夢に向かって頑張る姿は、素敵だと思います。…それが例え修羅場じみてても」
 樒はその一言で、依頼を受けるべく斡旋所へと入っていく。
 …その貼り紙に吸い寄せられるように、あっという間に6名の協力者が現れた。

 村井が斡旋所から案内されたのは星杜 焔(ja5378)と雪成 藤花(ja0292)のマンションであった。
「ご飯も休む場所もちゃんとありますから、休憩の時はゆっくり出来ますよ。でも…赤ちゃんがいるので大きな声は控えてくださると嬉しいです」
 小さな赤ん坊を胸に抱き、雪成は微笑む。
「飯係なら任せてよ〜」
 星杜はその言葉の裏に(…餌付けのチャンス到来であるな)などと思っていたが、柔和な笑顔から推測する術はない。2人は奥へと村井を案内する。エアコンの効いたリビングでは、エルレーン指揮の元で机を漫画制作用に上手く並べてあった。
「ここがあなたの席…こっちに背景担当さんが座って、その隣に消しゴムかけ、トーンって順番で回してけば…いいと思うの。『エルえもん』にお任せなの!」
「理想の…環境! …え!? 『エルえもん』!?」
 村井がなぜか浮き足立つ。
「憧れのエルえもんさんにこんなところで…!」
「なかまの危機ですから!」
 村井は早速持ってきた荷物を机の上に広げる。31枚の原稿。下書きは全て終わっている。
「早速なんだけど、私時間がないの。でも、あなた達の画力がわからないからどこまで任せていいかわからないの。だから、風景とベタとトーンの実力見せてね」
 そう言って村井は其々に3枚の紙を渡す。が、黒夜(jb0668)は「消しゴム掛けってやつ、やるよ」と手をあげる。
「ん、わかったわ」
 村井は特に驚くでもなく頷いた。他の5人が紙に向かっている最中も村井は原稿を進めていく。
「お茶を用意する」
 黒夜がそう言うと、星杜が呼び止めた。
「冷蔵庫にペットボトルが入ってるんだよ。それを出してもらってもいいかな〜?」
「わかった」
 500mlのペットボトルを配りつつ、黒夜は村井の手元を覗く。
「漫画ってこーやって描くのな。初めて知った」
「これが漫画の原稿…初めて見ました」
 樒も時折、村井の手元を興味深げに見ている。
「できました」
 一番手に名乗りを上げたのは樒であった。村井は樒から紙を受け取る。
「さすがぁ〜」
 樒のイラストに村井は頷く。樒の背景イラストはそれ単体であれば高評価な物である。しかし、漫画の背景になると人物を際立たせるためにわざと描き込みを少なくしたり、細い線で描いて印象を薄くするという手法が取られる。
「その点だけ注意して、背景お願いします」
「もちろんです。逆境を乗り越え頑張りましょう」
 早速、樒に人物にだけペン入れをした原稿を渡す。
「できたの!」
 エルレーンが続いて名乗りを上げる。こちらはぼっちオリジュネ&ロボットアニメ『キャッチザスカイ』二次創作サークルをやっている腕前だけあって文句なしだ。
「エルえもんさんにお願いできるなんて…」
「困った時はお互い様なの! ベタにトーン、何でもお任せなのッ!」
 経験者は言うことが違う。村井はエルレーンとがしっと握手して「お願いします!」と頭を下げた。
「できました」「できたよ」「できたわ」
 雪成、星杜、雪室とそれぞれが同時に声をあげる。村井がそちらを覗いてみると…それぞれの絵に目を丸くした。
「雪成さんは…う、上手いんだけど…すごく達筆なのね」
「あの、母が水墨画を描いてまして…畑が少し違いますが、インクや墨を使って描くのならお手伝いできるかもと思ったんですが…」
 不安そうな雪成に村井は慌てるように「う、上手いよ!」とフォローした。そんな村井と雪成に星杜が手を差し伸べる。
「俺、同人誌の完成作業を手伝ったこともあるから、ベタとかフラッシュとか教えてあげられるよ〜? 俺はナイフの扱いに慣れてるからトーン作業をやろうかな〜」
 そう言った星杜のトーンを貼った紙は、小さい部分も綺麗に貼り付けてある。
「なるほど。腕に自信ありね。星杜さん、雪成さん。お願いするわ」
 さて、最後に自信ありげに紙を差し出した雪室。
「雪室さん、これ…」
「上手く描けてるでしょ? あたい、頑張ったよ!」
 確かに。確かに上手く描けているのだが…。
「これ、下書き…してないわよね?」
「…え? 漫画ってペンで一発で描くんじゃないの?」
 雪室にいい笑顔でそう言われ、村井は脱力した。いくら上手くてもさすがに一発描きで背景を描かれたら困る。
「それから、こっちの指定したトーンを貼ってないのはどうして?」
「えっと…トーンって何?」
 これまたいい笑顔で返されて、村井はさらに脱力した。そして、雪室は自ら消しゴム掛けをかってでた。
「漫画を描く事自体初めてなの。あたいより上手くできる人がいるならその方が早くできるものね!」
 
 かくて、修羅場の準備は整った。


●あと2日
 冷蔵庫の中はおやつや栄養ドリンク、剥いた果物にサプリメント、食材におでこに貼る冷却シートまで詰め込まれている。
 人物に必死にペン入れをする村井、それが終わるとエルレーンと樒の手による背景の描きこみ。
 そこから雪室と黒夜による消しゴム掛けの洗礼を受けると、仕上げであるトーン貼りとベタ・効果担当の星杜と雪成の出番となる。
「ここの背景、薔薇を咲かせてください!」
「任せてください」
「こっちは教室内をお願い!」
「任せてなのッ!」
 鬼のように一心不乱に原稿だけを見つめる村井。
 ここに村井が来たのは昼ごろだったはずなのだが、既に日が暮れている。黒夜はカーテンを閉めた。
 黒夜と雪室の消しゴム掛け班と星杜と雪成の仕上げ班は、まだ出番がないため夕食準備や、夜食の準備などをしている。
「主人公『皆の憧れの彼と同じクラスになるなんて!』と赤面…」
 ブツブツと言いながら、村井の顔は今描いている漫画の主人公のように赤面している。
「すごい…! これが漫画の制作現場なんだね! キャラクターと同じ顔してる」
 雪室の言葉にエルレーンが答える。
「漫画は…どれだけ主人公に感情移入できるかがポイント…なの!」
 そう言いながらもエルレーンの作業の手が止まることはない。同人で鍛えられた職人技である。
「消しゴム、お願いします!」
 樒の声に、黒夜が席について丁寧に消しゴムで下書きを消し始める。それは表紙だった。読む人を引き込めるかどうかの最初の関門。可愛い女の子と優しそうな男の子が背中合わせに立っているイラストだ。
「………」
 思わず手を止めて黒夜はそれを見つめ…ハッと我に返ると作業を再開した。…ちょっとだけ興味が湧いてしまった。そんな夢見るお年頃・黒夜。
「これ、お願い…なの」
「任せて!」
 エルレーンの手から雪室へ。
 消しゴム掛けは大量に消しゴムかすが出る。それらを散らかさないように注意しながら、一生懸命綺麗に消していく。
「そういえば、ご飯どこで食べるの?」
 夕飯を作っていた星杜に、雪室が訊ねると台所に立つ星杜はにっこりと笑う。
「ハーブの効いたグリルチキンと野菜をたっぷり入れたピタパンだから、作業しながら食べられるよ〜」
 グリルチキンのいい匂いが漂ってくる。
「原稿や机を汚さないように別の場所で食べた方がいいんじゃない?」
 それを聞いて赤ちゃんのミルクをあげていた雪成が頷いた。
「気分転換にカウンターで食べてもいいと思いますよ」
 全員でワイワイと食べるのは無理であったが、交代で夕食を頂くことになった。
「星杜君! キミは最高のメシスタントだわ!」
 美味しいピタパンのおかげで村井は少しテンションを取り戻して原稿に向かう。
「よし、気合い入れるぞぉ! 二次元サイコー!」
「二次元サイコー!!」
 エルレーンも加わって、時計を見れば真夜中の正午である。
「…とりあえず落ち着け」
 黒夜がいつの間に取り出してきたのか、おでこに貼る冷却シートをエルレーンと村井に貼る。
「ぅ!? 冷た〜」
「眠気覚ましに欲しい人、いる?」
 黒夜が呼びかけると、樒と星杜と雪成が手を挙げた。
「あたいは、まだまだ大丈夫よ!」

「この原稿が終わったら…私、二次元の恋人たちを新しく作るんだ!」
「とっぱつコピー本つくりとかで慣れてるのっ…まだまだいけるぅ! …ううっ、主人公のらぶ…もえもえなのっ!」
 村井とエルレーンのテンションの高さは異常である。エルレーンは作画しながらなのだが、村井においては何故かスケッチブックに落書きを始めている。
 雪成はこっそりと2人にクリアランスをスキルを使う…が、効果は見られない。ヒール…を使ってみてもやはり効果は無いようだ。
「あれ? 肩こりが楽になった…?」
 …効果はあったようだ。
「村井!! もう時間的余裕はないよ!!」
 雪室がコミック新人賞のポスターを片手に村井に叫ぶ。村井はスケッチブックを泣く泣く封印すると原稿にペンを走らせる。
「無理し過ぎて倒れては元も子もありませんよ。梨を持参しましたので、片手間でつまんで栄養補給して下さいね?」
 樒に差し出された果物に、村井は「ありがと〜!」と言った。冷たい梨は眠気も程よく飛ばしてくれた。
 仕上げを担当する雪成は自らの手で出来上がっていく原稿を見る。
 主人公が男の子に優しくしてもらって嬉しそうに笑っているシーンだった。
(クラスや学年こそ違うけど、他の人から見たら私と焔さんも同じようにみえるのかしら)
 …ほんのりと顔が熱くなるのを感じた。
「藤花ちゃん、顔赤いけど…大丈夫?」
 星杜の優しい言葉に雪成は「だいじょう…っぶですっ…」と慌てて頬を抑えた。


●あと1日
 朝方、少しの仮眠を皆に指示しながら村井は徹夜慣れしているエルレーンと共にひたすら描き続ける。
 現在の仕上がり状況は半分。今日スパートを掛ければ何とかなる。
 うつらうつらとした中で、ジュワジュワ〜っという音とスパイシーな匂いが意識を取り戻させた。
「もう少しで朝ごはんできるからね〜」
「村井さん、お先にどうぞ…なの」
 エルレーンに促されて、のそっとカウンターへ村井は座る。樒と黒夜も席に着いた。
 出てきたのはスパイスのよく効いた汁気のない豆のキーマカレーのサンドウィッチ。
「…美味しい…」
 眠気も吹っ飛ぶ美味しさだ。村井はそれを素早く食べ終わると、エルレーンに食べるように勧めた。
 村井が席に着くと、樒が栄養ドリンクを差し出した。
「もう少しです…ここが正念場ですよ」
「ありがとう。皆に手伝ってもらってるんだもの、頑張らないとね」
 グイッと一気に飲み干すと、村井は頬を両手で叩いた。
「やるぞぉ!」
 順番に朝ご飯を食べていく中で、固形の食事を少ししか食べることのできない黒夜は出来上がった原稿を順番に読んでいた。
 普通の学校、普通の女の子が主人公の話。まだ半分しかできていないそれの続きが気になった。
 やや疲労感はあるものの、村井の描くペースは順調。
 背景の樒とエルレーン、消しゴム掛けの雪室と黒夜、仕上げのトーンやベタの雪成と星杜も、すべて順調だった。
 雑穀米のおにぎりも美味しかったし、消しゴムを強くかけすぎて原稿を破くなんてことも、カッターを強く押し当てすぎて下の原稿まで切り抜くなんてこともなく。

 だが、それは最後にやってきた。
 最後の人物へのペン入れを終えた真夜中。村井は小さな声で呟いた。
「どう…しよう…」
「どうかしたのですか?」
 樒が、異変に気が付いた。村井は震えていた。
「ダメだぁ…こっちもデッサン狂ってる…このセリフ変だし…無理だわ…」
 創作する者あるある『我に返るとこれダメ作品じゃね?』である。
「落ち着いてください!」
 原稿を破ろうとした村井を樒が押さえ、エルレーンは慌てて原稿を守る。
「あきらめちゃだめなのっ、破っちゃダメ! 完成しなかったおはなしはただのマボロシになっちゃうんだよっ」
「あたい、これとっても面白いと思う! キャラクターも可愛いし、ストーリーも『あっ』て思ってドキドキするよ!」
 雪室がそう言ったが、村井は聞き入れない。すると、黒夜が原稿の中から1枚ページを抜いてきて、村井の前に差し出した。
「ここのシーンの主人公の笑顔、結構気に入ってる」
「…え?」
 思わぬ言葉に村井はきょとんとした。
「あと、19ページ辺りの主人公と相手の気持ちの流れ。わかりやすくていいよな」
「俺も、主人公の心情の変化が良いと思います」
 黒夜に続いて、樒もそう言った。
「手が届くところにある物語という感じで、俺は共感が持てると思いますよ」
「ほ、ホントにそう思う!?」
 村井が樒に訊くと、樒は大きく頷いた。
「そっ…か」
 村井は涙を流した。それは嬉し涙だった。
「私、皆が普通に恋できる世界になってほしいから…だから、皆の希望になるような漫画…描きたくて…」
 そんな村井の声に、赤ん坊の声が重なる。
「あ…」
 雪成が赤ん坊を抱っこして戻ってきた。
「この子が大きくなった時、そういう世界であるように頑張りましょう」
 星杜は微笑んで原稿に向かう。
「まずはその一歩、新人賞の☆をつかむために…インクのいってきは血のいってきいいいっ!(`・ω・´)シャキーン」
 エルレーンも原稿を描き始める。
「俺も微力ながらお手伝いしますね」
 樒が村井の肩を叩く。
「飲み物入れるよ。何がいい?」
 黒夜の声に星杜が立ち上がり「蒸し饅頭があるので、食べますか〜?」と訊くと歓声が上がる。
「あきらめんなよ! あつくなれよ! もっとあつくなれよ! じゃなきゃ、あんたの希望は誰にも届かないよ!」
 雪室の言葉に、村井は頷いて机に向かう。
「ここ、トーンお願いします」

「ラスト!」
 樒のその声が最後の掛け声だった。
 村井は全てをチェックして、描き損ないがないことを確認した。
「はい、封筒と送付票。ちゃんと記入しといたよ」
 雪室からそれを受け取り、村井は出来上がった原稿を入れて封をした。
「それじゃ、行ってきます!」
 朝の光の中で、村井は皆が見送るマンションを後にした。
「はぅはぅ…見てっ、ありあけの朝焼けがあんなにキレイにかがやいてるのっ」


●少し先の話
 村井の投稿作品は、入選はしたもののデビューには繋がらなかった。
 しかし、村井は諦めない。あの作品を描いた時の思いをいつまでも忘れないから、これからも頑張れる。
 伝え忘れた『ありがとう』をいつか形で返すために…!


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 思い繋ぎし翠光の焔・星杜 焔(ja5378)
重体: −
面白かった!:6人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター