●夏祭り開場
まだ明るい午後4時少し前。幼稚園の門の外にはたくさんの園児とその親が開場を待っている。
影野 恭弥(
ja0018)は列を作る人に自作のパンフレットを配る。
デフォルメされた会場のイラストを中心に、どこで何が何時に行われるかをまとめたパンフレットである。
「おにーちゃん、ありがとう!」
園児にそう言われた影野は、ポンポンと園児の頭を軽く叩くと次の人にパンフレットを配る。
門の中の撃退士たちは、彼らを迎えるべく最後の準備作業を急ぐ。
パンフレットを読みながら、園児たちは期待を膨らませる。
■盆踊り会場
午後4時半〜 盆踊りステージにてヒーローショー
午後5時〜 盆踊り準備・提灯飾りつけ
午後5時半〜 盆踊り開始
午後6時半〜 打ち上げ花火
■屋台
キーホルダー作り・提灯作り
カレー
ところてん
ゲーム屋台・ウォークラリー
■場所不定
バルーンアート(目印はピエロの格好)
救護班(目印は白衣)
門が開く。さぁ、楽しい祭りの始まりだ!
●屋台
┌(┌ ^o^)┐
目立つでっかい看板に目を奪われながら子供達がキーホルダーの工作屋台のテントへと足を向ける。
「さあさあー、自分で絵を描いて『きーほるだー』作りませんかー」
健気に大きな声で呼びかけるエルレーン・バルハザード(
ja0889)は微笑む。子供達はお構いなしにエルレーンの前に広がる様々な道具に目を奪われた。
「おねーちゃん、キーホルダーどこ?」
キョロキョロする子供に、エルレーンは丁寧に説明する。
「あの、このプラ板に自分で絵を描くんだよ」
あらかじめ用意してあった『┌(┌ ^o^)┐』の描かれたプラ板をトースターに入れて待つ事しばし。
チーン! と鳴ったら、エルレーンはトースターから小さくなったプラ板を取り出して見せた。
「ほらぁ、トースターで焼いたら…できあがり★」
「魔法みたい!」
にこにこ笑顔のエルレーンは「この魔法は誰にでもできるんだよー」と子供達にマジックとプラ板を渡した。
「描けたら、私に教えてね」
子供達が描き始めると、エルレーンは『┌(┌ ^o^)┐』のキーホルダーをたくさん作り屋台に飾り付ける。まるで即売会のようだったが、子供達相手だとまた違う雰囲気。エルレーンの小さな胸がほんわかした。
さて、その横では盆踊りのステージを飾る提灯を皆で作る。
桝本 侑吾(
ja8758)はその手先の器用さで子供達に作り方を教えながら、見守る。
「うん、いいんじゃないかな」
用意された和紙を使って子供たちはカラフルな提灯を作っていく。
「好きなものを描いていいよ。あ、ペンも使っていいから」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)は小さな子にペンを差し出して言う。
「そうだぞ。すきなものをかくんだぞ。おれは…クリフの絵にする。クリフはかわいーんだ」
「俺は可愛くないってば…」
子供たちに混じってアダム(
jb2614)が提灯に張り切ってクリフの似顔絵を描こうとするのをやんわり止める。その様子を見ていた女の子が心配そうに呟いた。
「可愛いものはダメなの?」
「何でも良いのよ? 花とか乗り物とか…家族とか」
傍にいた朝顔柄の浴衣に身を包んだシエロ=ヴェルガ(
jb2679)は優しくそう言うと、色鉛筆やクレヨンを差し出す。シエロの言葉を聞いて女の子はホッとしたようだ。
「じゃ、おねえさんの頭のやつ描く。それ可愛いから」
「あら。嬉しいわ」
シエロの頭には角を隠すように大きな髪飾りが揺れている。シエロは女の子にそれが見えるようにしながら、自分も燕や鬼灯の絵を和紙に描いていく。
「しーちゃん、浴衣似合ってるもんね」
「ありがとう、クリフ」
「おれもそう思ってたぞー!」
3人の撃退士たちは子供達と何やら話しながら、楽しげに提灯を作る。
「ほのぼのってやつだな」
桝本の言葉に子供たちの手伝いをしていた杉 桜一郎(
jb0811)が「そうですね」と頷いた。
「近くのお寺へ寺小僧として色々手伝いに行った際にこういうお祭り準備もしました。あの頃もワイワイがやがやの賑やかさで、皆で楽しんでいたものです」
昔を懐かしむように、杉は優しい眼差しを子供たちに向ける。そんな杉に子供の質問の声がかかる。
「ちょっと行ってきます」
桝本に一礼すると、杉は子供達に向き合って質問に答え始める。杉は『皆で楽しく』と言ったが、気付いているだろうか? 彼もまた、それを楽しむ者の1人だということを。
「できたー!」
アダムが大きな声を上げて描きあげた絵を掲げ持つ。そこには赤い目に茶色の髪のニッコリマークが…。
「アダム君は安定だな」
桝本の苦笑いにクリフも困ったように笑う。
「よく描けてるわ、アダム」
シエロの言葉とみんなの笑顔に、アダムは満足そうだった。
子供達からも次々と出来上がりの声が聞こえ始めた。どれも個性的でカラフルだ。
「いいんじゃないかな。皆よく描けてる」
子供の創作センスは時に大人よりも優れている。そう思える瞬間だった。
「いっししし! 君に財宝の在り処がわかるかな?」
海賊の帽子を揺らす大狗 のとう(
ja3056)の呼び声に、子供たちが目を輝かす。ゲーム屋台の机一つ分を借りたここは『ウォークラリー』の出発点だ。机の上には船模型が飾られている。
「はい、どうぞ」
同じく海賊の格好をした真野 縁(
ja3294)が5つの空欄が設けられた『秘密の暗号』と書かれた紙を配る。
「以前此処に来た彼ほどじゃないけど、今日は俺たちも海賊なのなっ。そして、その海賊の宝を君たちは今から暗号を解いて探すのな!」
「暗号の紙にヒントが書いてあるんだよ。頑張って探してね!」
暗号の紙には星のマークが大きく書いてある。紙を渡しながらニヤリと笑う大狗とおもちゃの剣を振りかざす真野は高らかに宣言する。
「探せ! 海賊のお宝! なんだよー!」
「お父サンお母サンも一緒に、楽しんでくれなっ!」
美味しい屋台・カレーとところてん。
「フェイちゃん、今日も楽しいがいっぱいの1日になるといいね?」
「フェイ、お祭りって初めて。人がいっぱい」
春名 璃世(
ja8279)とフェイリュア(
jb6126)の気合と友情の甘口カレーは渾身の傑作であった。
ニンジンとスライスチーズの星がカレールーに散りばめられ、茹でたブロッコリーは満月みたいに盛られたご飯の上に小さな木に見立てて飾ってある。まるで小さな地球のようだった。
「フェイちゃんが考えてくれた星空のトッピング、すごく可愛い…♪」
「今日は綺麗な夜空だと思うから、カレーも夜空みたいにトッピングしたら楽しいの」
さらに晩御飯に響かせたくない親向けとお祭りで晩御飯を済ませたい親向けに少な目と普通の2種類の量を用意されていた。
味見もかねて、フェイリュアに春名はカレーを盛り付けて渡す。フェイリュアはカレー初体験。
「カレー、美味しい…?」
春名が不安そうに訊くと、フェイリュアは顔を輝かせた。
「うん! とっても美味しいよ」
「よかった! じゃあ、頑張ろうね」
「りせと一緒に頑張る!」
純真無垢な笑顔で答えるフェイリュアに春名も笑顔になる。お腹を空かせた子供たちに、美味しいカレーを!
カレーを食べ終わると美味しいところてんが待っている。
「…お祭りを楽しみにしている子供達の為に僕も頑張らないといけませんね」
楊 礼信(
jb3855)はてきぱきと1人でその全てを回していく。
あらかじめ作っておいたところてんは適度な大きさに切り分けて、保冷容器の中で冷たく出番を待っている。三杯酢、すり胡麻、黒蜜。
「ところてん、くださーい」
「はい、今作ります」
楊は注文が入るとところてんと天突きを取り出して、その場で突いてみせる。子供はそれを興味深そうに見つめていた。
「味付けはどちらにしますか?」
楊がそう訊くと、子供は後ろにいた親を見る。
「…ママ、どっちが美味しいの?」
「普通は三杯酢かしら…」
どうやらこの子供はところてんを食べたことが無いようだ。
「どうぞ」
三杯酢を掛けたところてんを子供に渡すと、早速子供は食べた。しかし…
「すっぱあい!」
「あらぁ…。黒蜜の方でもう一度作ってもらえるかしら? あ、この三杯酢は私がちゃんと食べるから」
顔をしかめた子供と困ったような親。楊は「はい」と言ってもう一度ところてんを作り出す。
「それ、あたしやりたい!」
「え?」
子供が楊の手元を指差している。どうやらところてん突きをやりたいようだ。
「いいですよ」
楊は笑顔でそういうと、大きめのボウルを取り出してその中に器をセットする。
「お母さん、手伝ってもらっていいですか?」
「えぇ」
母親に手伝ってもらってところてん突きを挑戦。にゅるにゅるっと押し出されるその感触が面白かったようで、子供は大はしゃぎした。
「自分で突いたところてんは、もっと美味しいですよ」
出来上がったところてんに、今度は黒蜜をかけて渡す。甘い黒蜜のかかったところてんは子供はさらに喜んだ。
「ところてん、美味しいね」
その言葉に、楊も思わず微笑んだ。
最近の祭りは色々とうるさいんだな…なんて思いながら歩いていると、指を指されて叫ばれた。
「ピエロだ!」
あっという間に子供に囲まれた千 稀世(
jb6381)の格好はそのものズバリ、ピエロだった。
「ピエロ何すんの!?」
千はにやっと笑うとおもむろにポケットから細長い風船を取りだしてぷぅっと膨らませた。そして、きゅきゅっと見事な手つきであっという間に犬を作った。
「くれんの?」
こくこくと笑顔で手渡すと子供は喜んでそれを受け取り「あんがと!」と走っていく。そして、千には次から次へとオーダーが来た。
「キリンは?」「ネコは?」
ウィンクひとつで返事を返し、千は魔法のように風船の形をリクエスト通りに変える。
風船が1つできるたびに子供たちはわーっと拍手をしてくれた。
喜んでもらえると嬉しいよなー…会場を歩き回りながら、たまに風船を渡すふりして花を出してみせた。それもまた子供達の大きな笑い声を誘った。
そして、千の背中には大きな星のマークが貼られている。きっとそのうち大量の子供たちが来るだろう。これを求めに…。
ポケットの中の小さなスタンプに千はそっと触れた。
「王子様がいるよ!」
そんな子供達の声にラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「ハロウィンの時は、皆お姫様を助けるお手伝いしてくれてありがとうだよ♪」
「王子様…女の子みたいな格好してる」
元々女の子のラズベリー、今日は可愛らしい浴衣姿だ。ラズベリーは人差し指を口元に当てて小さな声で囁く。
「僕が王子だってことは内緒にしておいてくれないか? 皆で今日も沢山楽しんでほしいな」
「わかった! 約束ね」
子供達が頷くとラズベリーはニーナニーノ・オーシャンリーフ(
jb3378)にお客さんが来た事を告げた。
「ここはゲームな屋台だよ。水風船釣りと的当てのゲームができるよ。君たちはどっちをやるのかな?」
ニーナニーノの言葉に子供たちは口々にゲームの名を口にする。
「待って! こっちに水風船。そっちに的当ての列を作ろう。順番は守るんだよ」
上手く列を作れない子供達のところに、中島 雪哉(jz0080)が運動場に石灰でラインを引く道具を持って現れた。
「少しだけど、お手伝いに来ました!」
「来てくれたんだね。ありがとう」
そう言ったニーナニーノに中島は微笑むと、ラインを2本地面に描いた。
「ゲームで遊ぶ人はここに順番で並んでくださーい!」
的当ては、段ボールに怪獣の絵が貼られたものにボールを当てて倒れたら景品が貰える。水風船は屋台定番のぼよんぼよんと楽しいアレだ。どの子も景品が掛かっているとなると目の色が違う。
「なるべく針が水の上に出ているのを狙った方が取れやすいよ」
ニーナニーノの声に、子供は狙っていた水風船をやめて取れそうな針の物を選んで、慎重に針に引っ掛ける。すると、見事に水風船を取ることができた!
「取れたよ、お姉ちゃん!」
「すごいね! おめでとう!」
一方、ラズベリーは的当てでひっくり返った怪獣を戻しながら、当てた子供に景品を選ばせる。
「ブレスレット、綺麗!」
手作りのブレスレットやシュシュは女の子に好評だった。男の子はミニカーやシャボン玉セットなどを選んでいく。
「ボク、そろそろ行かないと…」
中島が申し訳なさそうにそう言った。ラズベリーとニーナニーノは笑顔で送り出す。
「雪哉君も、ヒーローショー頑張って。後で子供達と一緒に観に行くからね♪」
「ありがとう。助かったよ」
中島は笑顔で「はい!」と答えると、慌てて駆けていった。
ステージに中島が戻ると、見覚えのある顔が待っていた。
「雪哉、今日はいい顔してる。楽しそう」
ヴァローナ(
jb6714)が嬉しそうにそう言った。中島も嬉しそうに「はい!」と答える。
「ヴァロ、雪哉手伝う」
「助かります!」
見よう見まねで手伝いするも…楽しくないことに気が付くとふらっといつの間にかいなくなっていた。
「ヴァローナ先輩…?」
探す暇はなかった。
ヒーローショーがそろそろ始まる時間だ。
●ヒーローショー
「さぁさ見てらっしゃい! ヒーローショーの始まりだよ!」
弥生丸 輪磨(
jb0341)の声がステージのスピーカーから聞こえる。その声に、子供たちはキラキラとした目を向ける。千の誘導もあってステージの前は子供達で既にいっぱいだった。
そして舞台に登場したのは浴衣姿の中島だった。
「お祭り会場はここかな?」
「お祭り! なんかおもしろそーだな。ボクも混ぜてよ!」
中島の後からやってきたのは相馬 カズヤ(
jb0924)。どうやら2人でお祭りに来たという設定だ。
「うわー、屋台がいっぱいだぁ! カレー、美味しそうだね」
「ボクもウォークラリーしたいな」
舞台の上からお祭りを見渡す2人。しかし、そんな2人に忍び寄る影。
「俺の名は大福魔人。お前も大福にしてやろう!」
ガッ! と中島を捕まえたのは大福の着ぐるみを着こなす森田良助(
ja9460)。そしてその後ろには大福魔人の手下・小福魔人こと九十九 遊紗(
ja1048)。小さな大福の髪飾りを付けている。
「中島!」
相馬が叫ぶと小福魔人・九十九が意地悪そうに笑う。
「いーひっひっひ! おなかに餡子いっぱい詰めるのだ〜☆ ちなみにこし餡とつぶ餡どちらが好みなのだ〜☆」
会場からこし餡派とつぶ餡派の声が聞こえる。
「ボクは…こし餡かな」
「中島っ! なに答えてるんだよ!」
相馬のツッコミに会場から笑いが起こる。…とりあえず話を戻さなければ。
「誰か助けてー!」
相馬が叫ぶと、どこからともなく笑い声が聞こえる。
「だ、誰だ!?」
慌てる大福魔人・森田と小福魔人・九十九。そこに颯爽と現れた2つの影!
「まてまてーーーいっ! その人を放すんだーっ!」
ぴっちり上下、白ブーツ白グローブ、ごてごてベルト、ヒーローっぽいヘルメットにはそれぞれラインが入った明らかにお手製と思われる衣装で登場したのは鈴代 征治(
ja1305)。音量は充分なのに、ちょっと棒読みなのは緊張ゆえか?
「大福魔人に小福魔人! そうはさせないぞ!!」
その後ろで鈴代につき従うのは巴(
jb5632)。いつものおっとりは捨て去り、一陣の風と共に荒ぶる謎のヒーローポーズを決めて登場! 彼らこそ、この舞台のヒーローである!
「わー! ヒーローだ!」
「みんな、ヒーローを応援しよう! がんばれー!」
喜ぶ子供達と弥生丸とは対照的に、大福魔人・森田と小福魔人・九十九は苦い顔をする。
「計算外のヤツが現れた…やってしまえ小福魔人よ! ヤツラを打倒すのだ!」
「のだ☆」
激しい戦いの音楽が流れ、小福魔人・九十九は鈴代に襲いかかる…と見せつつ、巴へと襲いかかった!
「フェイント!?」
鈴代がそれに気を取られている間に、今度は大福魔人・森田が中島を放りだして鈴代へと襲いかかる!
「あ!? 危ない!」
相馬がヒリュウ・ロゼを召喚し、中島を受け止めた。
「どうしよう!? ヒーローが!」
「く…!」
巴が悲痛な声を上げ片膝をついた。見れば、魔人相手にヒーローは絶体絶命のピンチである。
「な、なんて強さだ。このままではっ…! こんな時に子供たちの助けがあれば…ややっ、ここにはたくさんの子供たちがっ! みんなっ! 僕に力を貸してくれっ!」
「皆でヒーローを助けるんだ!」
その時、弥生丸が声を上げた。手にはなぜかカラーボールを持っている。
「みんなの近くにカラーボールが入った箱があるよ。それを使って大福魔人と小福魔人に攻撃してヒーローを助けよう!」
子供達は近くにあった箱に次々と集まって、カラーボールを持つ。
「よーし、みんな1人1個ずつボールはもったかい? 僕の合図で一斉に投げるんだ。いいね?」
鈴代は言葉を切って息を吸い込む。
「いち、にぃの、さんっ! ゴーーーッ!!」
「頑張って〜!!」
正直、子供達が投げるボールは大福魔人や小福魔人だけでなく、鈴代や巴にまでぶつかっているがそれは耐えるべし!
「頑張れー! 皆あと少しだ!」
「頑張って!」
脇の相馬と中島も応援を送る。子供達は一生懸命にボールを投げまくった。
「君たちの力、受け取った!」
『ダブルヒーローパーンチ!』
巴と鈴代の合わせ攻撃が大福魔人・森田と小福魔人・九十九に向けられる。
「うわぁぁ!」
大福魔人・森田と小福魔人・九十九の断末魔。と同時に、子供たちの歓声が上がった。
「覚えてろよ、次は必ず大福にしてやる!」
「なのだ!」
大福魔人・森田と小福魔人・九十九は舞台から逃げ去った。
「皆のお陰で悪者を倒せたよ、有難うね?」
弥生丸がそういうと、舞台の上の鈴代と巴が子供たちに手を振った。
「ありがとう!」
「ありがとうだよ〜!」
たくさんの拍手の中、ヒーローショーは幕を下ろした。
弥生丸はステージの裏に休憩所用の椅子やテントを借りていた。疲れた人の休憩所として使ってもらう為だった。
だが、まずやるべきはステージを終えた仲間たちの疲れを労うことだ。
中島は「屋台の手伝いに行ってきます」と早々に出て行き、その後を追うように相馬もここを後にした。そんな相馬が実はこっそり中島にジュースを渡しに行った…などということは誰も知らない事実である。
「お疲れさま」
冷たい麦茶を振舞いながら、弥生丸もその喉を潤す。
森田と鈴代は、主役級だったからとても疲れたようだ。2人とも椅子に座ったままぐったりしている。
「すいません、救急箱はありますか?」
1組の親子連れが休憩所に訪れた。子供が膝を擦りむいたようだ。
「よしよし大丈夫。こんな怪我、あっという間に治してあげよう」
弥生丸のライトヒールが、子供の膝をあっという間に治した。
●盆踊りと花火
ヒーローショーが終わると、子供たちは再び屋台へ汗だくで駆け回る。
「少年よ! 我が秘蔵の水を飲むがいい!」
地領院 徒歩(
ja0689)は『水+砂糖+塩+レモン果汁』をいい感じに混ぜた脱水予防飲料を駆けずり回る少年少女たちに配り歩く。
「お兄ちゃん、変な味ー…」
「脱水症に効く秘蔵の水だ。脱水症は重症になれば死も招く恐ろしいものだ。それを防ぐのがこの水だ!」
「死!?」
驚いた子供は水をまじまじと見た後でグイッと地領院から貰った水を飲み干した。
「これでオレ死なない?」
「あぁ、いい飲みっぷりだった!」
爽やかな笑みの裏で、地領院は内心ほくそ笑む。ここで久遠ヶ原の評判を上げておく事は回り回って野望にプラスに働くだろう。
「おにーさん!」
ふと、袖を引っ張る者がいた。地領院がそちらを見ると紙を持った女の子たち。
「おにーさん、スタンプ持ってる?」
「…なぜ、わかった?」
地領院がそう訊くと女の子たちは笑った。
「おにーさんの鞄に星のシール貼ってあるもん♪」
地領院の鞄には大狗と真野に頼まれた宝探しの目印の大きな星のシールが貼ってあった。
「よし、それでこそ海賊を目指すもの! スタンプを押してやろう」
「わーい!」
そんなほのぼのとした光景を影野はポラロイドカメラで撮影する。
「…やる」
「ホント? ありがとう!」
女の子たちはワイワイと次のスタンプを求めて走っていく。その先にはヒーローショ―を片付けたり、提灯を飾りつける盆踊りの会場がある。
「あー、楽しかった! なんだかおなか空いちゃった!」
「すっごく楽しかったね! カレー、あるっていってたね」
「巴ちゃん、一緒に屋台でカレー食べようよ!」
九十九と巴は先ほどまでの役柄とは逆に仲良く後片付けをしている。
一方、提灯を付けるクリフやアダム、シエロの隣で桝本は提灯を持って上を見上げる子供に話しかけた。
「ん? 自分でやるか?」
桝本がそう訊くと子供はこくんと頷いたので、桝本は肩車をしてやった。
「落ちるなよ」
「侑吾さん、やさしー♪」
「桝本…肩車似合ってるわよ」
アダムとシエロのそう言われ、桝本は少し恥ずかしそうに笑う。提灯を全て飾り終え、電気を灯す。夕暮れの空にぼんやりと子供達の絵が浮かび上がる。
「人はこういう物も楽しむからこそ…なのね」
シエロは提灯の電気の明かりに温かさを感じた。そんな淡い光の中の子供達を影野は写真に収め、子供たちに配った。
盆踊りが始まった。子供向けの音楽を鳴らしながら、皆で輪になって踊る。先生も園児も少しずつの暗くなっていく園庭で楽しく踊る。
そんな園庭の隅でシルヴィアーナ=オルガ(
jb5855)は矢絣の浴衣を着て線香花火を始める。
「こんばんは。良かったら、一緒に花火しませんか?」
祭りの隅で座っていた子供達を誘ってみた。それぞれ大きな音が苦手だったり、人ごみが苦手だったりする子供達だ。
そんなシルヴィアーナに杉がバケツに入った水を持ってきた。
「花火をされるのならこれを使ってください。やはりこういうのは火元の管理が大切ですから」
「お気遣い、ありがとうございます。杉様」
バケツと蝋燭を隣同士に置き、シルヴィアーナは1本花火に火をつけた。
「先っぽの部分を火に垂らせばすぐです。綺麗でしょう」
静かに火の粉を散らしながら、綺麗な花火の花が咲く。1人の子供がそれを掴もうと手を伸ばした。シルヴィアーナはそれを優しく止めた。
「パチパチしてる所を触ってはダメでございますよ。とても熱くて、火傷してしまいますから」
「触れないの?」
「はい、残念ですけれど…」
少し残念そうな顔をしたが、子供達は線香花火を持って火をつけ始めた。
「消えてしまった花火はバケツに入れてくださいね。火事になってしまったらいけませんから」
コクリと頷く子供達にシルヴィアーナは目を細めて、子供たちが怪我をしないように見守った。
一方同じような子供をヴァローナは悪魔の囁きを使って呼びとめた。
「祭り、つまんない? ヴァロといいとこ、いこ」
どこに?と子供が訊く前に、ヴァローナは子供を抱えて空へと舞いあがる。
「うーわー!」
「空の特等席。どう?」
「ねぇちゃんすげー!」
「もっとびっくり、する?」
にやっと笑ったヴァローナが空を旋回する。下から誰かの叫ぶ声が聞こえたが、ヴァローナはお構いなしに夕闇に包まれた祭りの会場上空を飛び回った。
盆踊りの最中、屋台はてんてこ舞いだ。
「おまかせなのー! はい、できたよー★」
エルレーンの二次元の知識が燃えに萌え萌え、加速する。
ゲーム屋台ではニーナニーノの部屋に眠っていたクレーンゲームの景品は底を尽きかけるほど盛況であったが、中島が手伝いに入ってラズベリーもニーナニーノも屋台の味を堪能できた。
カレーは完売し、フェイリュアと春名は浴衣に着替えると盆踊りの輪に加わった。
「りせ、ありがとう。大好きっ」
音楽に掻き消えてしまいそうな声でフェイリュアがそう言うと、踊っていた春名はフェイリュアに向き直り優しく笑った。
「私こそありがと。フェイちゃん、大好きだよ」
優しく頭に触れた春名の手がとっても嬉しかった。
「ところてんは食物繊維が豊富だし、黒蜜もミネラル分が多いので健康的な食べ物です」
ところてんは、子供よりも母親に好評で楊の周りでは母親たちが興味深く話を聞きながら食べている。
「とうとう辿り着いたんだね! 君の力あってこその宝なんだよー!」
ウォークラリーでは『かいぞくせん』とスタンプされた紙を持った子供達を大狗と真野が温かく出迎えた。
「これで君も立派な海賊の一員なんだね!」
そう言って机の上の船模型の中から光るスーパーボールを数個出して金魚すくいの袋に入れて渡し、胸元にお手製のバッジをつけてあげた。
「ブンブン振り回さないようになー?」
ほのかに光るスーパーボールを大切そうに持ち帰る子供達に、大狗と真野は顔を見合わせて微笑んだ。
その時、花火が上がった。小さな家庭用の花火だったが、皆踊りの手を止めた。盆踊りの音楽が止まる。それは祭りの最後を飾る花火だ。
「ん? なんでぱーん、ってならないんだ? ならないんだ??」
「危ないよー」
苦笑いのクリフに、アダムの『?』は止まらない。
「こら、危ない事しないの」
まだ花火を覗き込むアダムを制止するシエロはクリフに指示を仰ぐ。
「クリフ、位置はここでいい?」
「うん。あ、杉さんの方も火をつけてくれます?」
「はい。わかりました」
クリフがそう言うと消火準備をしていた杉が花火に火をつける。と、今度はパラシュートの花火が夜空に舞う。
「アレ取ろうぜ!」
子供達がそれを追いかけていくと、それよりも早く門の近くにいた桝本が全力跳躍でキャッチした。
「ん? どうした?」
「にぃちゃん、ずるい!」
「欲しいならあげるから、あっちの方に行ってこい。外出たらダメだぞ」
桝本がパラシュートを渡すと、子供たちは争うようにパラシュートを持って会場へと戻っていった。
「ますもとー! 花火きれーだぞ!」
アダムの声が聞こえる。そしてまた1つ花火が上がる。しかし、今度の花火は普通の花火ではなかった。
「クリフの花火だー!」
アダムが叫ぶ。それはクリフのファイアワークス。本来は攻撃に使う技だが、上にあげれば見事な花を咲かせる。
「これで皆に楽しい思い出ができたら良いですよね」
ほんの数分の花火だったが、〆にふさわしい演出だった。
…はずだったのだが、本当の〆はここからだった!
ステージのマイクを握りしめたのは、地領院。彼は熱血保健部員なのだ!
「さぁーて皆寝る前に歯は磨いてるかなぁ? なに、磨いてない!? そんな事じゃあお姉さんに嫌われてしまうぞっ!」
「お姉さんて誰?」
「君たちの心に思い浮かぶ女の人がお姉さんだ!」
子供には到底わからない理屈であったが、地領院は力説する。そんな地領院の姿を影野は写真に残す。きっといい思い出になるだろう。
「徒歩先輩、頑張ってるなぁ」
呟いて花火の片付けに向かった中島は、先に片付けていた先輩たちに「お疲れ様です」と声を掛けた。
「お疲れ様。中島…、色々言いたい事はあるけれど…あまり心配かけさせないでね?」
シエロの言葉に中島は困惑したように笑う。
「すいません…心配かけて…」
「まぁまぁ、しーちゃん。誰だって心配かけたくてかける子はいないよ」
クリフに宥められ、シエロは「1人で悩んじゃダメよ?」と中島を優しく諭した。
それからクリフはポケットから小さい包みを出すと「あげるよ」と中島に手渡した。
「翡翠色のとんぼ玉のイヤリング。今日の浴衣に合うと思うよ」
「ぼ、ボクに!?」
「あ、でも祭り終わっちゃったね。もっと早くに渡せばよかった」
そう笑ったクリフに中島は、急いでイヤリングをつけて見せた。
「どう…ですか?」
「うん、似合う。よかったよ」
クリフの言葉に中島はにっこりと笑った。
さて祭りは終わったが、1人ぐぅ〜っとお腹を空かせるものがいた。
「お菓子食べたい…」
ヴァローナは祭りの間中、子供を抱えて空を飛んだ。とても楽しかった。
「楽しかった…けど、お菓子がない…」
そんなヴァローナの横で、九十九や巴はせっせと祭りの後片付けに精を出すのであった。
●子供達からの直筆の手紙
『お兄ちゃん、お姉ちゃん。お祭り、ありがとう。
┌(┌ ^o^)┐ ←これ、描けるようになったよ。
海賊のバッジは宝箱に入れたよ。
花火、綺麗だったよ。
ヒーローの名前、わからないよ。今度教えてね。
だっすいしょーでおれはしなない。はもみがく。でも、おねえちゃんはいない。
風船、小っちゃくなっちゃった。だけど、捨てない。
ブロッコリー、食べられるようになったよ。
線香花火、またやりたい。
ママがところてん、ずっと食べてるよ。
お写真、綺麗に撮れてたからお部屋に飾ったよ。
水風船、商店街でやってたから教えてもらった通りにやったら取れたよ。
空、ボクもいつか飛べるかな?
またお祭りしようね。とっても楽しかった! ばいばい』