●迎撃と救出
凪いだ海に燦々と午後の太陽が照りつける。砂浜は白く、あちこちに流木が流れ着いていた。
‥‥冬の海とはいえ、これだけだったらとても平和な光景だ。
しかし、海には今巨大なタコ型サーバントが居座っており、漁師小屋を襲っている。
「まだ海か…海保に就職しようかしら?」
海の上を行く漁船に乗り込んだ常木 黎(
ja0718)は潜水具を装備しながら、サーバントの動向を探っていた。
そして船との距離、SOS信号との距離を考え最適の待機地点を船長に指示する。
「常木さん、潜水具の用意ありがとうございました」
礼野 智美(
ja3600)が常木に礼を言うと、常木はひらひらと手を振った。
「礼なら船長に言うといい。私は頼んだだけだ」
常木の頼んだレギュレーターなどの本格的な潜水道具はなかったが、素潜り用の足ヒレとマスク、スノーケルを借りることが出来た。それでもないよりはマシだった。
礼野は漁船を運転する船長に深々と頭を下げた。
その横で猫野・宮子(
ja0024)は服を脱いで猫耳と尻尾がついたスク水姿になり、潜水具をつけると気合の一声を上げた。
「マジカル♪みゃーこ、水中バージョン準備完了にゃ♪」
安否不明者3名のSOS信号はまだ海中から途切れることなく発信されている。どうやら海中にいることは間違いないようだ。
船には礼野の機転により安否不明者分の毛布、バスタオル複数枚、着替えが用意されていた。
救助班が濡れたまま帰るわけにいかない。
「なるべく早く救出にいかないとにゃ」
いつでも飛び込む準備はオッケーだ。あとは迎撃班の準備が整えば‥‥。
猫野は迎撃班が向かうはずの浜辺を見た。
浜辺に向かい疾走する5人の人影があった。
「冬の海の蛸か………。北斎の時代から蛸は人に絡んでくるものだというのが相場で、こういう状況じゃなければ楽しめそうだったんだがな!」
大城・博志(
ja0179)は、防水式のビデオカメラを設定しながら呟く。
「明日は我が身の光景…ですか。命は尊く1つの命に多くの命が枝分かれしています…その枝を断つ事が無いよう、頑張りましょう」
大城の肩を励ますようにポンと叩き、鮫島 玄徳(
ja4793)は携帯を取り出した。海にいる3人への連絡のためだ。
「さて、安否不明者とやらは生きているのか否か、まぁそちらは救出担当に任せるとしよう」
御巫 黎那(
ja6230)は息ひとつ乱さずに淡々とそう言った。
そんな御巫の言葉に七尾 みつね(
ja0616)は祈るように、そして意を決するように囁いた。
「大丈夫、きっと助かる‥‥だから、私たちは私たちに出来ることを‥‥」
「それじゃ、時間も惜しいし行こうか」
平坂 九十九(
ja3919)はそう言うと車椅子を漁師小屋に向けて走らせた。
それが、全ての合図だった。
●安否不明者捜索
「迎撃班が攻撃始めたにゃ。こっちもいくにゃ!まだ無事でいてくれるといいんだけどにゃ‥‥」
鮫島からの携帯連絡を受けた猫野、常木、礼野はすぐに船をSOS信号が発信されている地点へと向けてもらった。
SOS信号は変わらず海中に留まっている。
「初対面だけど、潜るに当ってはバディだからねぇ。ま、宜しく」
常木はそう微笑んだ。猫野と礼野が「はい」と頷くと常木は海へと飛び込んだ。
「うに、どんな形であれ救助者は絶対見つけて連れて帰るにゃ。持ち物もなるべく全てっ」
猫野はにゃっ!と気合を入れると海に飛び込んだ。
礼野はサーバントの動きを警戒した後、2人に続いた。サーバントは陸の迎撃班に気を取られているようだった。
潜った水は冷たかった。さすがに冬の海だ。しかし、視界は良好。サーバントがこちらに来る気配もない。
段々とSOS信号が近づく。礼野は目を凝らし、海底を見つめた。
そこには、横たわる制服姿の3人の安否不明者と思われる姿があった。
常木は急いでその1人に近づくと肩に担いだ。そして脈を取る。
まだ死んではいない。だが、早急な手当てが必要だ。
礼野も1人抱え、海上へと向け急いだ。
猫野が1人抱えようとした時、その近くに小さなブレスレットが落ちているのを見つけた。それを拾い上げると猫野も急いで海面へと向かった。
船に安否不明者の3人を引き上げ、状態を確認する。
礼野が助けた女生徒は引き上げるとすぐに大量の海水を吐き出した。
「呼吸、脈拍共に正常。おい!しっかりするんだ!」
女生徒の濡れた服を脱がせ、暖かな毛布でくるみながら礼野は声をかけ続けた。
常木が助けた男子生徒は脈はあるものの呼吸停止。
「彼岸に逝くにゃまだ早いさ」
口腔内異物確認、気道確保、大きく深呼吸し男子生徒の鼻を押さえて常木は口全体を覆うように息を吹き込んだ。
「げほっ!」
猫野が助けた女生徒は、引き上げるとすぐに意識を取り戻した。
「大丈夫かにゃ?痛いとことかあるかにゃ?」
「大‥‥大丈夫です‥‥あ!」
突然大声を出した女生徒は慌てて辺りを探し始めた。
「どうしたのかにゃ?」
「ヒヒイロカネ‥‥落としちゃったみたい‥‥」
猫野はにゃっと声を上げると先ほど拾ったブレスレットを差し出した。
「もしかしてこれかにゃ?」
「そ、それ!ありがとうございます!!」
女生徒は大切そうに猫野からそれを受け取った。
「こちらのやることは終わったかにゃ?漁師さん、急いで引き返してにゃっ」
●陸の攻防戦
「足止めでもしてくるから、治療しててね。あ、治療終わったら援護射撃デモしてくれれば助かるよ」
海で救助が行われていたその頃、平坂は漁師小屋に立てこもっていた2人の撃退士に救急箱を渡していた。
「ありがとう!助かったよ」
和也が礼を述べると、平坂は「まだ早いよ」と漁師小屋を出た。
「さてと、やるかな」
その言葉を引き金に平坂の表情が一変し、平坂は車椅子から立ち上がって手裏剣を構えてサーバントへと走り出した。
足元に気をつけながら‥‥七尾は慎重にかつ迅速に、攻めてくる触手を斬りつけた。
まずは小屋から敵を遠ざけることが先決。七尾は攻撃を仕掛けながら少しずつ小屋から遠のくようにした。
阻霊陣はどこまで有効なのか?足元から触手が攻撃することも気にしながら、七尾は慎重に足を進める。
黒い焔を身に纏う御巫は、標的を自分に向けさせる七尾と同じく敵の気を逸らせることにした。
漁師小屋を攻撃する触手に向かいハンドアックスを容赦なく叩きつける。
叩きつけられた触手は千切れかけ、サーバントはもがき苦しむように別の触手を御巫へと伸ばす。
「IYAーー爆ぜよ!裂く風よ!」
それを待っていたかのように、大城はビデオカメラ片手に魔法を炸裂させる。
今後の戦闘資料のためにもビデオカメラ手放すわけにいかなかった。
そんな大城が今度は狙われた。
御巫に攻撃され千切れかけた触手が大城に襲い掛かる。
「げ!?」
大城が目を瞑ったとき、ザシュッ!という音と共に黒い影が覆いかぶさった。
そっと目を開けると前に立ちはだかる打刀を持った鮫島の後姿と、千切れゆく触手が落ちていく様が写った。
「大丈夫〜?」
おっとりした口調で七尾が体液まみれの苦無を引き寄せた。
「お怪我はありませんか?大城様」
どうやら大城は鮫島と七尾に助けられたようだ。
「サンキュ。助かった!」
大城はまたビデオカメラを持ち直し、百科事典を構え直した。
「平坂が戻ってきたか‥‥なら、あっちの2人は大丈夫そうだな」
御巫は漁師小屋から出てきた平坂に気がつくとそう呟き、また斬りかかった。
触手がさらに1本、砂浜にジタバタと転がり落ちる。
七尾が傷をつけてきた1本もさらに切り落とされる。
ダメージが蓄積されてきた証拠だ。
あと一押し‥‥その時、鮫島の携帯がなった。
ハッと海を見ると、岸に向かう船の上で手を振る猫野の姿が見える。
そして鮫島は気がついた。
今は引き潮。自分たちの足元から、いつの間にか波打つ水が消えていた。
●タコを逃がすな!
「サーバントがもう少しで陸に上がります!」
鮫島の声に御巫がハッと海面を見て、状況を把握した。
ハンドアックスで切り落とした足につかまらないように、御巫はじりじりと後退する。
その間にも七尾の苦無が傷つけた場所を、大城の風魔法が切り裂いてまた1本足が転がり落ちる。
足が落とされるたび、サーバントは苦痛の声を上げて撃退士たちに迫り来る。
それでいい。全力で襲って来い。
「さて、黄泉路へと誘うとしようか」
打刀をすらりと引き出して、平坂は無表情にサーバントへと切りつける。
「食わないが刺身にしてやろう。料理が下手だからぶつ切りになるけどな」
足は既に3本しか残っていない。そして、そのうちの1本を平坂は真っ二つにした。
「ちょ!うわぁ!!」
大きな声に振り返ると、大城が触手に捕まってしまっていた。
ビデオを構えたその腕は自由なのに、武器を持つ手は触手につかまって自由にはならない。
「嫌〜〜!童貞は兎も角、処女は結婚まで失いたくないの〜〜!」
「大城さん!今助けるから!」
苦無を投げ触手に傷をつける七尾だが、切断までには至らない。
「くっ‥‥」
七尾が大城を助けるのに必死になっていると、「どいて」と声がしてヒュンッと七尾の顔の前をハンドアックスがよぎった。
小さい傷をさらに大きく広げ、断つ。
「所詮は蛸…考えることをしないらしい」
大城を捕らえた触手はボテッと海中に落ちた。
「あぁ、大城さん!?」
七尾と鮫島が大城を助けに走る。大城は溺れる寸前だった。
「さて、あと1本‥‥平坂、きみならどうやる?」
御巫がそう聞くと、平坂はサーバントに目を向けたまま呟いた。
「そうだね、ボクならこいつの注意を引いてもらうかな」
誰に?御巫がそう聞こうとした矢先、1発の銃声と共にサーバントの目に銃弾が被弾した。
音の下方向を見ると、漁師小屋からきらりと光る銃先が見えた。
サーバントが銃撃に機を取られた瞬間、平坂が横薙ぎを一太刀浴びせる。
少し遅れて御巫もサーバントの触手に叩き込む。
サーバントは戦う触手を失った。しかし、戦意は失わず無い触手を必死にうごめかす。
そんなサーバントに、御巫と平坂は止めを刺した。
●愛しき我が子をこの手に
「これ以上被害者を出さないためにもここで倒して‥‥にゃっ!?終わってるにゃ!」
駆けつけた猫野は目をパチパチと瞬かせた。
「そちらはどのような状況ですか?」
鮫島が常木に話しかけると、常木は事実だけを簡潔に述べた。
「安否不明者は全員発見。内2人は意識を取り戻したが、1人は意識、脈、呼吸共に弱い。現在学園からの救護チームが手当てしているよ」
そうですか‥‥と鮫島は帽子をかぶり直した。その表情は窺えない。
「こちらにも救助が必要な方がいるはずですが‥‥」
学園から派遣された救助チームが御巫に訊ねたので、御巫は漁師小屋まで案内した。
担架で運ばれ2人の撃退士は漁師小屋を後にする。
「お嫁にいけない〜!」
「いや、男の触手プレイとかダレが見るの!」
未だに切られた触手に捕まったままの大城に平坂が頬を染めながら適切なツッコミを入れている。
「も〜少しですから〜。んしょっんしょっ」
七尾が苦無を触手につきたてながら、なんとか大城を助けようとしている。
「あ、ありがとう!君たちのおかげで助かった」
突然、担架の上の和也が大きな声で言った。担架を運んでいた隊員がびっくりして歩みを止めた。
「仲間の危機を助けるのは当然だろ」
礼野が静かにそう言い「あなたには守るべきものがあるのだから、もっとしっかりするべきだ」と付け加えた。
「曰く、偉大な愛は運命の岸さえ乗り越える。子供が忘れ形見にならなくてよかったですね」
御巫は担架を持っていた隊員の肩をポンと押した。
「しっかり治してください」
運ばれていく後姿を皆が静かに見送った。
あのサーバントのタコを見てから無性にたこ焼きが食いたくなった。
「おばちゃん!ソースマヨと醤油1個ずつね」
大城は学園に戻った後、街にたこ焼きを食べに出た。ほかほかのたこ焼きの上で鰹節が踊る。
「いただきまー‥‥ん?」
ふと、携帯が鳴り出した。見ると、斡旋所からのメールだった。
怪訝に思って中を見ると、大城は目を細めた。
『子供産まれました。斡旋所を介してお茶代程度ですが、俺からのお礼を送ります』
メールに添付された写真には小さな赤子を手にした和也とその奥さんらしき人物を真ん中に、4人のパジャマ姿の少年少女達が笑って写っていた。