●進路相談開始
中島 雪哉(jz0080)とまず視線が合ったのがエナ(
ja3058)だった。エナは軽く説明する。
「まあ、撃退士の主な任務と言えば、やっぱり天魔関連になります♪ 例えば急に行方不明になったりとかは、天魔絡みのことが多いです。そういった対処としては主に戦闘が多いかと思います♪」
中島の視線はさらに、顔を見合わせていた橘 優希(
jb0497)と里条 楓奈(
jb4066)へと移る。
橘と里条は幼馴染で、相談する。
「どういう進路を取るにしろ、後悔だけはさせないようにしないと…ちゃんと教えよう」
「未来の後輩になってくれるやもしれん彼だからな。だからこそ、しっかりとアドバイスをしてやりたいものだ」
竜見彩華(
jb4626)は考えた。
撃退士は、皆が普通の日常を送るために必要な存在なんだって分かって欲しい。そして、できれば一緒に皆を守る仲間になって欲しい。…天魔に襲われたこともないのにアウルの力があるって分ったのは、羨ましいな。あたしは…。
そんな思いを胸に秘め、竜見は手を挙げた。
「あたし、資料室で資料纏めてくる。あとで来てもらえるけ?」
「『け』?」
「うっ…! 行ってくる!!」
猛ダッシュで竜見は校舎へと消えて行った。
相馬 カズヤ(
jb0924)は中島の頭をぽんっと叩いた。
「落ち着けって。みんなで協力すればいいんだからさ」
「カズヤ君…うん、そうだね」
少し冷静さを取り戻した中島に、相馬はホッとした。
中島もだけどボクもお人好しだなぁ。でも困ってる人をほっとけないしね。折角だからこういうにーちゃんの悩み相談もきこうかなっ…。
中島が落ち着いたところで、里条が手を挙げた。
「少し席を外す」
「どこに行くんですか?」
エナが訊くと、里条は「職員室」と答え、岩井に向き直る。
「お主が悔いの無い選択が出来るように全力でサポートさせて頂こう」
里条は微笑んで颯爽と去った。
巫 桜華(
jb1163)は自ら撃退士になった理由を話した。
「ウチが撃退士ニなったのハ…、家族の殆どガそういう能力、持ってたノデ…ある意味自然な流れだったですネ」
「なるほど、家系の影響で撃退士になる人もいるんですね」
岩井はメモと筆記具を出してメモりだした。
「撃退士には特権があってね。撃退士免許が運転免許も兼ねてるんだよ。カリキュラム等を受ける必要があるけど、18歳以下であっても車やバイクを運転する事ができるよ。他にも任務中に必要なものであればほとんど法律に縛られない。僕はドライブが好きだし車の運転も楽しいから、それをオススメしたいかな」
橘の言葉を岩井はメモりながら…途中で手を止めた。
「…『僕』?」
「うん、僕。男だよ」
どうやら岩井は橘を女だと誤解していたようだ。赤くなって「すいません」というと俯いた。
相馬は巫や橘の言葉を聞きながら、思ったことを口にする。
「あのさ。アウル適正があるってすごいことなんだよな。天魔ってさ、撃退士=アウル適性者にしか倒せない。普通の人は触ることすら困難なんだよ。そのこと、まず肝に銘じておいてほしいな」
「天魔は…適正者にしか倒せない」
その言葉は岩井に、重い一撃をくらわせたようだ。
「彩華先輩が資料室で待ってますから、校舎に入りませんか?」
中島が促すと、見学者と共にエナたちは校舎へと入った。
●資料室にて
竜見は資料室で最近天魔に襲撃された場所やその被害状況をまとめた物をプリントしたり、スライド用の資料を選別していた。
「彩華先輩、見学の人たち連れてきました」
「わ! ありがとう!」
竜見は笑顔で皆を迎え入れ、椅子に座ってもらった。
「じゃあ今から資料配ります」
竜見は手際よく資料を皆に配った。
「これ…この間の『天魔大戦』の資料ですね」
エナの言葉に岩井は怪訝な顔をした。
「天魔大戦?」
「…時々、大きな天魔との衝突があるんです。一般の人には情報が伝わらないかもしれないけど…」
エナがそう言うと竜見はスライドで破壊された街を映しだした。
「ある日突然、ゲートという天魔が操る存在が現れ、それを放置すれば人の住む場所は…」
竜見はスライドに目を移す。見学者たちはその悲惨な写真を見つめた。
「ゲート…」
岩井は写真から目を逸らし、メモを取る。
竜見はスライドの写真を色々と入れ替えて皆に見せた。
「危険を伴う仕事だよ。この学園の前身でも酷い惨状が起きたって聞いてる。…今でもその跡が残ってる」
相馬はスライドを見ながら言った。
「ほんとに突然、何の予兆もなくゲートが開いて、逃げる間もなく飲みこまれちゃうんだ。私はこの学園の撃退士さんに助けられたけど…親友はダメだった。天魔に襲われるとね、お葬式も出せないんだ。出せたとしても、あるのは空っぽのお棺だけ。私は、親友の顔を見て最後のお別れを言うことすら、できなかったんだよね。あの時、この力があったら…って。私と同じ後悔は…して欲しくない、かな」
竜見の話は淡々とした口調だったが、見学者の口を閉じさせた。
巫が、沈む見学者に優しく声をかける。
「力を持つ、そうでない人ができない事、できマス。例えバ、貴方の大事な人が天魔に襲われた時、撃退士の貴方なら、絶望的な状況を打開できるカモしれまセン。直接戦いに赴く以外デモ、他の皆サンが教授して下さったヨウに、撃退士としての特権を活かして働きかけられる事も多いと思うデス。撃退士になる事、ガ大事なのではなく、撃退士にナッテ何がしたいカ、が迷う貴方にとって大事なのではないデショウか?」
「撃退士になって何がしたいのか…?」
岩井はその言葉を書き写すと、強調するように丸で囲んだ。
その時、校内放送が入った。
『本日の見学者と案内生徒。グラウンドまで来てくれ』
その声は、先ほど職員室に行くといっていた里条のものだった。
「交渉がうまくいったかな…竜見さん、移動しても大丈夫かな?」
橘が立ち上がり、竜見に尋ねると「はい!」と元気な返事が返ってきた。
竜見が先頭に立ち、見学者を先導する。見学者は先ほどの話から、真剣な面持ちになっていた。
移動の途中、エナは先ほどの天魔大戦のことなどを交えながら笑顔で話した。
「怪我をしたりは日常茶飯事ですが…それでも、最後にありがとうって言って貰うと、苦労したこと全部忘れちゃいますね」
「エナさんにとっては…怪我をしても…笑っていられることなんですか?」
岩井がそう訊くと、エナは少し考えたようだったが最上級の笑顔で答えた。
「掛け替えのない仲間とか、先生とか、友達とか…やっぱり普通に公務員になるのとは違いますよね…それでも私には、毎日が楽しいことで沢山です…♪」
そう言った笑顔のエナ。岩井はエナが学園での生活を楽しんでいることがよくわかった。
校舎を出ると遠くに学生寮が見える。それを指差して橘が言った。
「そうだ。この学園はかなり自由が利くんだよ。寮は旧式では無料、新築でも1万円からと格安だよ。何より将来的に撃退士になるのなら、学費が無料だから一般の高校、大学とは比べられないほど経済的なんだよ。基本的にお金は食費しかかからないし、撃退士として任務の収入もあるから、お金には困らないよ」
「学費が…無料!?」
岩井が目を光らせた。魅力的な言葉だったようだ。
ふと、相馬はさき程から言葉を発してない中島が気にかかった。
「中島、どうかした?」
「…先輩たち、すごいなぁって思って…ボク、そこまで深く考えてこの学園に来たわけじゃないから…」
落ち込んでいるらしい中島に、相馬は呟いた。
「ボクは…悪くないと思うぜ? アイドル志望で撃退士だって…」
「…ありがとう。カズヤ君」
お礼を言った中島に、相馬はそっぽを向いた。耳まで赤かった。
「おーい!」
里条がグラウンドの隅から手を振った。その横には教師らしき人影があった。
●模擬戦
「生徒だけじゃ危ないからな。…しかし、見学者に模擬戦を見せたいとはな」
帯同した教師は里条が模擬戦の許可を貰いに職員室まで来たことを笑って話し、グラウンドよりさらに奥にある洞窟へと見学者を案内した。
都合よく洞窟に発生していた腐骸兵5体が本日の模擬戦の相手である。鈍い動きと知能の低さで雑魚の部類といってよかったが本物の敵であることに違いない。
「それじゃ、私の番だな」
里条は見学者に向かって話し始める。
「実際の戦闘を見て、天魔との戦いが如何なるものなのかを少しでも知って貰おうと思う。…あと、召喚獣についても、軽くな」
そう言うと、里条はスレイプニルを召喚した。黒と蒼の体をして蒼白い煙を纏った竜だ。
「戦闘開始だぜ! ロゼ!」
相馬もヒリュウの幼体を召喚する。こちらは朱色の小さな竜だ。
「援護します!」
微笑むエナは厚い本を取り出し、ページをめくる。
腐骸兵より早く相馬のヒリュウが腐骸兵に一撃を加える。よろめく腐骸兵にエナが炎の塊を撃ち放つ。1体撃破。
続けて、里条のスレイプニルが腐骸兵に向かって突進する。
「これはスレイプニル。体は大きいが、頭のいい奴だ」
スレイプニルに命令を下しながら、里条は見学者にそう説明した。スレイプニルの渾身の体当たりで、腐骸兵1体撃破。
「これはうかうかしていられないね」
橘は大剣グランオールを取り出すと、その刀身にエネルギーを込め一気に振りぬく。
「全然使い慣れてないスキルだから上手くいくかどうか…」
風の刃となったそれは、腐骸兵の腕を叩き切った。腐骸兵は落ちた腕を探し始めた。
「…もうちょっと左だったか…」
反省もほどほどに、橘は光と闇が混じる魔法を腐骸兵へと解き放つ。腕を探していた腐骸兵は跡形もなく消えた。
「私もいきまショ」
巫は微笑むとヒリュウの幼体を召喚した。この場に計3体の召喚獣が現れたことに、教師も驚いた。
「圧巻…ですね」
岩井はメモもとらずに見入った。
「召喚獣は攻撃に使うだけでなく、視覚共有する事で斥候の役割を果たすのヨ。さて、ここで問題ネ。腐骸兵は後何体いるでショ?」
「? 5体いて…3体倒されたのだから…2体ですよね?」
「では、自分の目で確認して見てネ」
微笑む巫に岩井は目視で腐骸兵を確認する。1体…あれ?
「いない」
「その通り。でも、私とヒリュウは見えているのヨ。もう1体がどこにいるか…」
巫はそう言うと、ヒリュウと共に駆け出していく。そこは、影の濃い闇。もぞりと何かが動いた。
「ヒリュウはちゃんと見えているヨ!」
巫の手から黄色い光の矢が腐骸兵に向かって弾けた。残り1体。
「おい! こっちに来てるぞ!」
教師から叱責が飛ぶ。振り返れば見学者に最後の腐骸兵が近寄っている。
相馬が慌てて制服のポケットを探っている。
「阻霊符使って…って!? 忘れた!」
「ボクがやるよ!」
後衛にいた中島が慌てて見学者の周りに阻霊符を発動させ、ブロンズシールドを持って腐骸兵との間に割り込んだ。
そして、これまた慌てて呼び出された竜見のヒリュウのブレスで撃破された…。
●見学終了
模擬戦が終わった後、巫は召喚したヒリュウを見学者に紹介した。
「私の『ヒリュウ』ヨ。ウチの力、龍使いデス。龍以外の召喚獣も、勿論扱えマスが召喚獣、ウチの大事なトモダチ。彼らト寄り添い、いつかウチらの力が必要なく暮らせる時まで…頑張る、したいデス。バハムートテイマー、素敵ですヨ♪」
にっこりと笑い、ヒリュウと寄り添うとその信頼関係をしっかりと見せた。
一方、相馬もヒリュウを撫でながら、先ほどの阻霊符について語る。
「さっき中島が使ったのは阻霊符っていって、天魔の『透過能力』を防ぐことができる道具なんだ。うまく使えば戦いを有利に進められるんだよ。で、こいつはロゼ。ボクの味方なんだ」
里条はスレイプニルを還した後、もう1体召喚獣を披露した。
「これはストレイシオン。スレイプニルよりは温厚な性格をしている」
「性格があるんですか?」
「もちろん。竜の性格も色々。その性格を把握したうえで、バハムートテイマーは召喚獣と共に戦って真価を発揮するジョブだと思ってもらっていい。故に、彼らは大事なパートナーと言える存在だ」
里条は優しくストレイシオンを撫でながらそう説明した。
岩井はそれらの言葉を書きとめながら、真剣な面持ちだった。
見学を終え、見学者をバスまで送り届ける。
「あのさ」
相馬は岩井に話した。
「岩井さんさ公務員になりたいって言ってたけど、デスクワークの公務員でも資格を持っていれば損することは絶対にないと思うんだよね。この学校でしか得られない知識は沢山あるし、それに、デスクワークにこだわらなければ、公務員の撃退士だっているしね」
巫も思うところがあった。
「撃退士になったラ、危険と隣り合わせになりマス。一般人として過ごしても、危険な時は危険、変わり無いけれど
『力あるものの義務』ついて回りマス。…色んな話聞いて、岩井君自身が思う所も出てきたと思うけれド、貴方が望む幸せ、何デスカ? 心はもう、決まりましたカ?」
岩井は俯いた。竜見がキラキラと期待の眼差しを向けている。
「僕は…もう少し考えたい…です」
その言葉に幾分がっかりしたものの、竜見はにっこりと笑った。
「そうけ…でも大丈夫! 私が…ううん、私たちがちゃんとキミを…この世界を守るよ! 約束する!」
「…ボクさ、天魔に対する正しい知識を持った人がいれば撃退士に対する色んな理解が偉い人にもきっと伝わるんじゃないかと思うんだよね。そういう道もあるって信じてる。まだこの撃退士という存在は生まれて間もないから、岩井さんみたいによく知らない人もいっぱいいるだろうし、色んな所に理解者が必要だと思ってる。公務員ならきっと国とか自治体に、そういう知識が伝えてくれるんじゃないかって…」
相馬の言葉はそこで切れ、代わりに橘が岩井の頭を撫でた。
「一生懸命考えて、慎重に進路を決めるといいよ。頑張ってね」
里条も微笑んで岩井に言う。
「もし撃退士を選んでくれるなら歓迎するし、助言などもさせて頂く。気軽に訪ねて来てくれ」
その言葉に、岩井は小さく頷いた。
「それじゃ、気を付けて帰ってね!」
エナがとびっきりの笑顔で大きく手を振って見学者の乗ったバスを見送る。皆それぞれに手を振り、笑顔で見送った。
「行っちゃいましたね」
中島が見えなくなったバスに呟いた。
「…現役の私たちの話、彼の参考になれば幸いネ…」
●岩井からの手紙
後日、一通の手紙が届いた。
差出人は岩井。あて先はあの日の撃退士たちへ。
『先日はありがとうございました
僕は久遠ヶ原学園への進学を決めました
理由は、撃退士をしっかりと理解しそれを知らない人に知ってもらうという目標ができたことです
僕にも皆さんの助けになることができるかもしれない…
あの日、皆さんから教わったことはほんの少しだと思うので、4月からまた色々教えてください
その時は、よろしくお願いします!』