●戦いの前に
参加者は小松と中島以外全員年上の高校生。中島は委縮した。
「一方的に名前使うなとか無茶苦茶だね。やり方も酷いし、止めさせるぐらいはしないと」
ユリア(
jb2624)の言葉に頷く片瀬静子(
jb1775)。少し離れて静かに影野 恭弥(
ja0018)が武器の手入れをしている。
「……これはあれですかね、小学生特有の奴ですかね……」
「この勝負条件ですが、客観的に考えても中島さんに不公平と思われます。それに小松さんにどのような事情があるかわかりませんが、小松さんが中島さんにしてきた仕打ちは勝負の優劣で解消できるものではないと思われますので、小松さんには『中島さんを傷つけ続けた非を認め謝罪させる』という項目も追加しない限り勝負として認めない、というのはいかがでしょう?」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)は冷静かつ端的に言う。真面目に分析した結果だった。
「そっか! それなら、ボク、小松さんと勝負しなくてもすみますね…!」
ぱっと顔が輝いた中島だったが、それを遮った者がいた。
「アイツとダチになりてえんすよね? そんなら勝ちに行ってきな」
鷺ノ宮 亜輝(
jb3738)はニカッと笑うと、中島に言った。
「喧嘩売るっつうのも気合がいるんすよ。アイツはそんだけの理由があるんだろ。そんなら雪哉も譲れねえって気合見せるんすよ。雪哉が本気になる程大事っつうのを解って貰うにゃマジになるしかねえだろ?」
鷺ノ宮の言葉に黙り込んでしまった中島。
そんな中島に片瀬は言った。
「う〜ん、友好な関係への第一歩は誠実な対応、だと思います。どうもっていくにしろ、勝負を要求されたからにはこちらも勝つ気で行くのがいいと思いますよ? もちろん、ネガティブな感情はなしで、そして仕事もきちんとこなす、という所を守りつつ
……それと、これは私の想像ですけど、中島さんが思うほど、悪い状況じゃないと思いますよ『好きの逆は嫌いじゃなく無関心』とも言いますし、中島さんが仲良くしたいと思っているのでしたら、きっと可能だと思いますよ」
片瀬の言葉に少し安心したのか、中島は「はい!」と頷く。
「なにしてるの? 準備ができたなら行きましょ」
小松の声に、一同はディメンジョンサークルへと飛び込んだ。
●グール20体
蒼桐 遼布(
jb2501)は目的地の河川敷に着くと、グラウンドを徘徊するグール達を把握するために上空から観察するべく高く舞い上がった。
「おぉ、おぉ、うじゃうじゃいるなぁ」
ヴェスも空へと舞いあがり、グラウンドの様子を見る。
枯草の中に人工的に作られた広いグラウンドの中を、グール達があてどなくウロウロと歩き回っている。やや川寄りに近い方がグール達が多いように見える。
先に降り立った蒼桐が、状況を伝えた。
「とりあえず、ノルマは1人最低2体ってところだね、競争もいいけど小火にならないように気をつけないとな。こういった枯れ草ってのは一気に燃えるからね」
蒼桐がちらっと小松を見ると小松はムッとしたようだ。
「わ、わかってるわよ。いくらグールが火に弱いからって、焼け野原にしようなんて考えないわよ。それに、私の『聖火』は物質には燃え移らないわ」
蒼桐は少し感心した。牽制のつもりだったが、やはりそこは小学生でも撃退士。きちんと戦いの知識はあるようだ。
「堤防寄りの奥に8体、川寄りに11体います。…情報では20体と聞いていましたが…気になります。私は引き続き敵の偵察を行います。皆さんはどう動きますか?」
ヴェスの言葉に、影野と蒼桐が動き出す。
影野は堤防を駆けあがり、蒼桐は川寄りのグールへと。
「チタンワイヤー、アクティブ。リ・ジェネレート」
蒼桐の手に目に見えぬほどの光る糸が現れ、爆発的に速さでグールへと駆けていく。
「あっ!?」
遅れて、小松が蒼桐を追いかける。川寄りの11体の方が勝負には有利だと踏んだのだろう。
その小松を追って鷺ノ宮も動く。
先頭を走る蒼桐は闘気解放、物理攻撃力と物理命中力、回避力を上げたうえでチタンワイヤーでグールを牽制、その動きを拘束する。
「フルカスサイス、アクティブ。リ・ジェネレート」
そう言って蒼桐の手に現れた長身の大鎌でばっさりと3体を切りつけた。
「後れをとったわ」
小松もファルシオンを取り出すと銀色の炎をその刀身にまとわせて、グールに一太刀、返す刀で二太刀を入れる。
そうして、2体を撃破した小松は次のグールに近づこうとした時…
「な、なにこれーーーー!!」
青い翼の全長約2メートル、見た目からして見まごうことないドラゴン・ストレイシオンが突如立ちはだかったのだ。
「あ、俺が召喚した」
悪びれた様子もなくひょっこりと鷺ノ宮が笑った。
「私たちも行きましょう」
片瀬に促されて、中島も気を引き締める。
勝たなければ…まずはそこがスタートラインなんだから。
ユリアはそんな中島にこそっと耳打ちをした。
「名前を使いたくて仲直りもしたいなら、自分にとってその名前がどういうものなのかや、自身の気持ちについて言ってみたらいいと思うよ。勝っても負けてもね」
そう言ってニコリと笑うとユリアは走り出した。
中島にとって、その言葉は目から鱗が落ちたようだった。
ユリアの行く手に3体のグールが立ちはだかる。前方に味方はいない。
ユリアは影の刃を無数に作りだし、グール3体に向けて一気に放出した。
無数の刃はグール達を切り刻み、絶命させた。
ユリアに負けぬよう、中島もワンドを手にグールへと足を進める。
普段は後方支援ゆえに、基本中島が敵への攻撃を行うことはほとんどない。あったとしても仲間が弱らせた敵がたまたま近くに来て魔法攻撃を加える程度だ。
自分にできるのか?
その時、目標にしていたグールに何かが当たり、グールがのけぞった。
思わず振り返ると、先ほど堤防を駆けあがっていった影野がスナイパーライフルを構えてこちらを見ていた。
グールが苦しそうな悲鳴のような声を上げながら、のたうつような動きでよたよたと中島の方へと向かってくる。
向かってくるグールの後ろからさらに2体、グールが迫ってくる。
そのグールも影野の放った弾丸と思われるものが撃ち込まれる。
中島の気が一瞬逸れた瞬間、目の前のグールが中島に襲いかかった。
「!!」
思わず目を瞑ってしまった中島。と、片瀬がグールの足に金属バットを叩きいれた。
「しっかりしてください」
その声に中島はハッと我に返り、グールに思いっきり一撃を叩きこんだ。
「その調子です」
片瀬はそう言うと、2体のグールも急所を外して攻撃を仕掛けていく。
どうやら影野が撃ったのはただの弾ではなくアシッドショットだったようだ。グールは時間と共に腐敗が進んでいき、片瀬の金属バットに謎の何かを引っ付ける。
ユリアが、いつの間にかカレンデュラに武器を持ち替え、広範囲に月光色の光の球を爆発させる。
「今だよ!」
ユリアの声に、中島は無我夢中でグールを切り付け2体を撃破できた。
「ボクでも…できた…」
放心状態の中島の死角から、グールが2体忍び寄る。
それを影野の的確なショットと片瀬の山より重い金属バットの一撃が粉砕した。
「まだ気を抜いちゃだめだよ!」
ユリアの声に、中島は再び気を引き締めた。
影野の狙撃とユリアのMoonlight Burst、そして片瀬の金属バットのおかげで中島はさらに2体撃破することに成功した。
「堤防寄りはすべて始末されました。残りは川寄り…あと1体は?」
上空からユリアたちの動きを見ていたヴェスは索敵に神経を澄ませた。
ざわざわと揺れる枯草のどこかに、もう1体グールが隠れているはずだ。
情報は逐次、携帯電話から一斉送信で皆に知らせていた。
●勝負の行方は
ストレイシオンに前をふさがれた小松は鷺ノ宮に抗議をした。
「なんでわざわざ私の前に召喚するのよ!?」
「たまたまだ。たまたま」
そう言って笑った鷺ノ宮だったが、その間にもストレイシオンは2体のグールを撃破していた。
「…つかあんまり必死になるんじゃねえすよ。別にオメェさんもアイツが嫌いな訳じゃねえんだろ?」
鷺ノ宮の唐突な言葉に、小松は瞬間的に険しい顔をした。
「中島さん、話したのね!?」
その問いには答えずに、鷺ノ宮は続ける。
「簡単に口にできねえ理由つうのもあるんだろうし別に雪哉の肩持つわけじゃねえ。ただな、理由があんならちゃんと言ってやった方が伝わるってモンすよ。ま、口喧嘩になりゃおめえが勝つさ。大体可愛い子が勝つってのが相場すからね」
一瞬、何を言われたのかわからなかった小松だったが、少しの後、顔を真っ赤にして怒り始めた。
「だ、誰が可愛いですって!?」
なんで怒っているのか…鷺ノ宮にはさっぱりわからなかった。
鷺ノ宮と小松がそんなことをしている間に、青桐は小松と鷺ノ宮の横をすり抜けて、残りのグールへと向かっていた。
目視できるのは2体。
堤防側から走ってきたユリアが再びグール2体に向かって月光色の光の球を爆発させ、光の粒子を撒き散らす。
その音で我に返った小松はストレイシオンの横をすり抜けた。枯草が揺れる。
「もらったわ!」
小松のファルシオンがグール2体を叩き切った。だが、小松の通り抜けた後の枯草がまだ揺れている。
「グールの最後の1体見つけました…小松さんの…!」
メールを打つ暇も、電話をかける暇もない。
ヴェスの叫び声が聞こえ小松が振り返ると、目の前にはグールが襲いかかろうとしていた。
「!?」
対応が遅れた。小松はファルシオンを振ることも忘れ、ただ茫然としていた。
「小松さん!!」
中島の魔法もここからでは届かない。遠い。誰か!
…2発の銃声の後、グールが小松の前に倒れた。
「大丈夫ですか?」
「怪我はない!?」
片瀬とユリアに肩をゆすられて、小松はグールを見た。
そこには2発の弾痕。影野とヴェスの銃弾が、それぞれグールを貫いていた。
●小松の秘密
依頼は達成された。
そして、小松と中島の勝負も。
小松5体、中島6体。勝負は中島の勝ちである。
任務終了の報告と共に、あとは帰りの迎えを待つだけとなった。
「これでグールの退治はおわりっと任務達成だな。お疲れさん。さ、さ、あとは君たちのご自由に」
蒼桐はそう言うと少し離れて、笑顔で中島と小松を見守る。
まぁ、こんな競争を持ちかけるって事は何かしらのきっかけがほしいんだろう…巻き込まれたからには最後まで見届ける権利がある。
「なぜ中島の名前が嫌なんだ?」
それまで一切口を出さなかった影野がそう訊いた。
武器の手入れをしたまま、視線を上げず…別段攻めているような口調でもなかった。
「ここにいる人、全員知ってるってこと? …約束は約束だものね。お、教えるわよ。私のこと…」
少し困惑したような小松は俯いたまま、ぎゅっと手を握って絞り出すような声で言った。
「私の名前は…モリモトコマツっていうのよ!」
…は?
「漢字だと『森本小松』。それが私の名前よ!」
明らかに全員ポカンである。
しかし当の本人は堰を切ったように話し続ける。
「私の名前にどれだけの『木』がついてると思ってるの!? 大体、『小松』って名前じゃないでしょ!? 誰だって名字だと思うじゃない! 現にあなたたちだってそう思ってたんでしょ!? こんなに恥ずかしい名前なのに…中島さんは自分でつけた名前で学園に登録してるの!? 不公平じゃない!!」と涙目で訴えている。
…所為、子供のやることでした。片瀬は当たらずとも遠からずな自分の考えにホッとした。
そんな小松にユリアは困ったような笑顔で言う。
「どんな理由だったとしても横暴だし、理由の説明もなく、やり方も嫌がらせだと後で良くないことになるよ」
ヴェスは笑うでもなく、見下すでもなくただ淡々という。
「公衆の面前で他人を侮辱すると『侮辱罪』『名誉棄損罪』になります。貴方が今までやっていた事ですよ。犯罪だと貴方が自覚できず謝罪を拒否するなら、勝負とは別にこれから貴方は多くの大人達に囲まれ沢山勉強しなければいけません。何故なら私が中島さんに被害届を出す様説得するからです」
ヴェスの言葉に小松はぐっと詰まりながらも「ごめんなさい…ごめんね」と必死に泣くまいとしていた。
影野はぼそっと言う。「なら、名前変えればいいと思うんだが」
「え?」という小松に中島は言う。
「名前…登録しなおせるよ? 一緒にいい名前考えよう。ね?」
差し出された手に、小松はためらいながらも手を握った。
鷺ノ宮はそんな小松の頭をポンポンと叩いた。
「よくできた」
その言葉に小松はぼろぼろと泣きだした。
片瀬はそんな二人を微笑ましく見ながら「……しかしあれですね、こういう敵って後で武器の手入れしとかないといけないのが難儀ですよね」と武器の手入れをしていた。
まさか、影野のアシッドショットでさらに腐敗が進んだから…とは思われなかった。
その後高等部の教室にも響き渡るような楽しそうな小学生の声が聞こえた。
小松と中島の仲よさそうに歩く2人の姿が見受けられた。
なぜか小松は鷺ノ宮の顔を見ると赤くなって逃げていくようになったが…それはまた違う問題。