●事前捜査打ち合わせ
情報の共有は大切である。という訳で、皆で会議室に集まった。
今回の依頼にあたる8名の撃退士たちと寮のオバチャンたちは真面目な面持ちでホワイトボードを見つめる。
相羽 守矢(
ja9372)と燕明寺 真名(
ja0697)、桝本 侑吾(
ja8758)、フィール・シャンブロウ(
ja5883)はまず被害にあった寮のオバチャンたちへの事情聴取から開始した。
驚くべきことに、オバチャンたちは独自のネットワークを駆使しある程度までの情報を掴んでいた。
「オバチャンネットワーク、恐るべしね」
フィールは食べ物の恨みの恐ろしさを実感した。
「それで、現れてないとこの寮のオバチャンたちにこの事伝えたのね。そしたら!」
「そしたら?」
得意げな顔のオバチャンに燕明寺は目を輝かせて聞き返す。
「6人も犯人ぽい子が出てきちゃったの!オバチャン、これはもうお手上げだわ〜!」
「あー…大変でしたね。うん、うん…」
桝本が相槌を打っている横で相羽が言う。
「その6人の名前を教えてもらってもいいですか?」
オバチャンはメモを1枚差し出した。6名の名前の書かれた紙である。
― 以下、被害のあったオバチャンたちから得られた情報である。
・容姿:カメラマンは帽子をかぶっていた。顔は覚えていない
リポーターは帽子をかぶっていた。印象に残らない顔だったので覚えていない
・機材:カメラやマイクには『高等部放送部』の文字が入っていてうっかり信用してしまったが、後で確認したら放送部にそのような生徒はいないと確認された
・言葉:カメラマンは「拙者・〜である」/リポーターは「某・〜ござる」
・現在現れていないのはA寮・B寮・C寮で、近くそこのどこかに現れるのではないか
・現れるのは金曜日。夕飯前に現れることが多い
・所属寮 ・名前・一人称・三人称・語尾
A寮・戸隠 仁・拙者 ・おぬし・〜である
A寮・伊藤 要・ 某 ・〜殿 ・〜である
B寮・稲葉 博・拙者 ・〜殿 ・〜である
B寮・松平 隆・ 某 ・〜殿 ・〜ござる
C寮・富川 某・拙者 ・おぬし・〜ござる
C寮・因幡 明・ 某 ・おぬし・〜ござる
キュキュッとホワイトボードに書き込むのは桐原 雅(
ja1822)。
「ボクはこの情報を元に写真を撮ってきたよ。顔わからなかったから、寮のオバチャンたちに協力してもらったよ。協力感謝するよ」
A寮、B寮、C寮のオバチャンたちに一礼する桐原にオバチャンたちは「気にしないでちょうだい」と手を振った。
冤罪で関係無い人に迷惑をかけないよう証拠固めはしっかりと。
しかし、オバチャン3人に囲まれながら美少女・桐原が男子生徒の盗み撮りをする姿はちょっと不可思議なものであっただろう。
桐原はホワイトボードに6枚の写真を貼った。
並木坂・マオ(
ja0317)はこの時を期待していた。写真を見せれば一発でわかるのではないかと!
…しかし、オバチャンたちの反応は薄い。やはり顔を見てもピンと来ないようだ。…加齢のせいです。はい。
「…やっぱりそういうこと?『ござる』って言ってたらしいし」
並木坂は誤解した!けれども、その誤解を解けるものは誰もいない。
小さく手を上げて久遠 栄(
ja2400)が「その放送部だけど…」と意見した。
「高等部放送部にカメラを金曜日は使わないように頼んできた。放送部に変装しても札がそのままでカメラを持って行ったら犯人だとわかるように、どうしても放送部員が使わなければならなくなったら部室の前に札を下げておくので裏返すようにって。あと…」
久遠の続きを燕明寺が次ぐ。
「あそこの部長とは懇意にさせてもらってるから、それとなーく探りいれてきたのよ」
「どうもどうも、報道同好会の燕明寺です。先日はうちのネタお取引きありがとうございます。またのご贔屓をお願いしますよ」
燕明寺が放送部に顔を出すと、放送部の部長は「またネタ持って来てくれたの?」とワクテカした。
その期待を裏切って悪いと思った。とりあえず部長の名前は犯人候補に入っていない。
燕明寺は部長に「そういえば、防犯取締り月間なんだそうですよ。うちは盗れるようなの置いてないんで大丈夫ですがね。放送部さんの方は大丈夫ですか?」などと、世間話的に話を振ってみた。
すると意外な答えが返ってきた。
「…そういや、なんか場所が違うときがあるんだよな。部員の誰に聞いても知らないっていうんだけどさ」
「放送部に協力者がいないとも限らないし、犯人が在籍してる可能性はあるけど…」
燕明寺はそう言うと考え込んだ。
入れ替わりに鴉乃宮 歌音(
ja0427)が手を上げる。
「可能な限り容疑者の身辺調査を行った結果ではこの6名の中に放送部員はいない。ただ、協力者まではさすがに…。『密偵』を使って調べてきたが、怪しいのはB寮の稲葉とC寮の因幡。彼らは同じクラスで昼休みの雑談中に『次の寮』『カメラ』という単語が聞こえた」
鴉乃宮の言葉にB寮とC寮のオバチャンがシュンと下を向いてしまった。これは重い。重い空気だ。
「う〜ん、う〜ん…寮のオバチャン達が心をこめて作ってくれたゴハンを食い逃げしよーとは、ゴンゴドーダン!食べ物の恨みは怖いよ〜…ってことをちゃんと教えなきゃだよね!」
わざと場を明るくしようと並木坂が大きな声で立ち上がる。
「あたし、アリバイ調べてくるよ。まだ調べてないし…忍者としての心得があるかどうかを調べてくる!」
並木坂さん…誤解したままでした。
「俺ももう少し聞き込みにいってくる。情報は多いほうがいい」
相羽も席を立つ。会議は実質、解散となった。
「今ある情報からだとB寮の稲葉とC寮の因幡だと思うんだけど…」
桐原はホワイトボードを見つめて決意した。
やってる事はきっちり犯罪だから、容赦はしないよ。いきなり暴力を振るったりはしないけど…ね。
「此度の罪は必ずや我らの手で裁きが下されるであろう!…と怒りと共に決意を新たにする撃退士一同であった…と」
「燕明寺さん。『我らの手で裁きが下されるであろう』って…新聞か何かにするのかい?」
手記をつけていた燕明寺に、久遠は素朴な疑問をぶつけた。
「…!?なんで私が書いたことを久遠さんが知っているんですか!?」
「声に出して言ってたよ?」
「やだなぁ!だったら先に言ってくださいよ」
あははと笑った燕明寺だったが、その胸の内には幾許か以上に怒気が秘められている。
桝本は席を立ってホワイトボードを見つめた。
数行で纏められた桝本たちが集めた情報。だがそれを聞き出す時、オバチャンの愚痴もあわせて聞いた時間が3時間に及んだことは彼の胸の中に仕舞っておくことにした。
●決戦の金曜日
オバチャンネットワークによると最近『突撃!隣の寮ご飯♪』は出没していない。
だが、そろそろ出てきても良い頃合なのではないか…そう考えた撃退士たちは罠を張ることにした。
「オバチャン、朝飯を…ってオバチャンじゃねぇ!?」
C寮の寮生はその朝の異変にすぐに気がついた。
「すまない。オバチャンたちは研修で別の寮に行っている」
朝食をさっと出しながら割烹着姿の鴉乃宮は淡々と仕事をこなしていく。
「手伝ってもらって悪いわね」
「ついでです、ついで」
B寮のオバチャンに鴉乃宮はそう言った。
鴉乃宮は朝早く、誰にも気づかれぬようオバチャン達を移動させた。
A寮からB寮へ。B寮からC寮へ。C寮からA寮へと。
各寮の者はオバチャン達が顔を覚えている事を知っている筈だ。だとすれば犯人は自分の寮にこない筈。
オバチャンたちを入れ替える事で2人が来れば、例え逃げられようと必ず1人の身元は判明する。
そう考えて鴉乃宮はオバチャン民族大移動を行った。
C寮に潜んでいたのは鴉乃宮だけではない。
「オバチャン、朝食ひとつ。お願いね」
「…あなた、ちょっと溶け込みすぎじゃないですか?」
鴉乃宮にお盆を出して朝食を請求したのはフィールである。
「人を隠すには人の中よ。さ、朝食お願いね」
にこりと笑ったフィールに、鴉乃宮はなにか納得いかない気もしたが朝食を差し出した。
B寮に張り込むのは燕明寺と桝本。
その後の捜査で結局決定的な証拠は出てこず、これ以上の被害を食い止めるために各寮への配置となった。
「オバチャンたちとも連絡先交換してきたし、無線アプリで全員通話オッケーだし。後は犯人とっ捕まえるだけですね」
燕明寺の言葉に、桝本はコクリと頷く。
「容疑者の誰かがB寮から出てくるかもしれないしね…もしも、は大事だ」
A寮。桐原は1人思う。
確信は持てなかったが、B寮の稲葉とC寮の因幡が怪しいと踏んだ桐原は自分の住んでる寮で事は起こさないと推理した。
しかし、早く着すぎたかもしれない。
「なにか…手伝えることないかな?」
厨房で忙しげに働くオバチャンにそう聞くと、オバチャンはニコッと笑った。
「じゃあ、ジャガイモむいてくれるかい?今日の夜はカレーなんだよ」
必要なのはアンパンと缶コーヒーだ。
「…ここで朝食ですか?」
相羽にそう聞かれて、久遠はちっちっと否定した。
「張り込みに必要なアイテムだよ。相羽さんもいるかい?」
「…いや、俺はいいです…」
放送室の出入り口が見える場所で相羽と久遠はそんな会話をしていた。
しかし、待てどくらせど誰かが来る気配は無い。
「くっ。アンパンと珈琲がなくなってしまう」
「それはどうでもいいと思います」
辛抱強く、昼が過ぎ…放課後が来た。アンパンとコーヒーはあと一口ずつ。
その時、放送部の扉に手をかけたものが現れた。
久遠が放送部に提案しておいた札を裏返しもせずにサッと入ってカメラとマイクを持ってササッと出てきた2人組。帽子を目深に被り、顔まで確認できない。
久遠は慌ててコーヒーを口に含み、アンパンを放り込んだ。
「よひ!おふぞ!!」
「そこまでして…!?」
相羽は冷静にツッコミを入れた。
2人組は学校を出るまではキョドっていたが、学校を出るともう周りを気にしなかった。
下校する生徒たちに混じり歩く2人組と久遠、相羽。
そうして向かったのは…A寮だった。
相羽と久遠は各寮に待機する面々へと連絡をいれ、もしものときの為に外で待機した。
「『突撃!隣の寮ご飯♪』でござる!くんくん…この匂いはカレーでござるな!?」
悪びれもせず入ってきた2人組に、桐原は気取られぬように厨房の出入り口へと移動した。
「いい匂いでござるな〜。味見しても良いでござろうか?」
にこにことオバチャンに近づいたリポーター。
しかし、思わぬ事態が待っていた。
「あんた…因幡明くんだね!?」
「!?」
C寮のオバチャンに出会ってしまいリポーターは身を翻し逃げようとする。
「逃がさないよ!」
出入り口を塞ぐように桐原が闘気解放すると「ひぃっ!」という情けない声と共に2人組は崩れ落ちた。
相羽たちから連絡を受けた鴉乃宮、燕明寺、フィール、桝本が寮に駆けつけた。
●お仕置きダベ〜
鴉乃宮は犯人・因幡へと小さなライトを向けた。割烹着を脱ぎ捨て、今はミニスカ警察官姿である。
「まぁ…食え。私の奢りだ」
因幡の前にどんっとカツ丼を出すと因幡はそれを無言で食べた。
「…食ったな?よし、では白状してもらおうか。おまえたちの罪の全てを」
「鴉乃宮さんは何をしてるんですか?」
遅れてきた並木坂が不思議そうに衝立の向こうから聞こえる鴉乃宮の声に首を傾げる。
「まぁ、青春の叫びみたいなものよ」
フィールがもう1人の犯人の帽子を剥ぎ取った。
「…稲葉博くん…」
B寮のオバチャンが絶句した。
「あなたたちが食い逃げ犯だってことは、状況証拠的にも…まぁ、現行犯だから言い逃れなんか出来ないけど」
「何か理由があったんだろう?言ってごらん」
桝本が優しく諭すと、稲葉はがっくりと頭を垂れた。
「…天魔が怖くて…依頼には行きたくなくて…久遠がなくて…」
「…何に使ったら飯を食いっぱぐれるくらいに貧乏になるんだ、ったくよぉ」
相羽が呆れている。ごもっともである。
フィールはなにやら目を瞑って考えている。
働きたくない…働かずに得られる食い扶持のパイは少ない…そのパイは私の物…ん?そもそも食い逃げか…許さん
しかしフィールは思考とは裏腹に言った。
「あれよね、食い逃げなんてするもんじゃないわよね。タダ飯自体は魅力的だけど…」
フィールさん、心と口が別物です。
「働きたくないって気持ちも分からないではないけどね…。危険じゃない仕事だっていっぱいあるだろうに。ま、盗みはだめだよね」
久遠はため息混じりに言う。
「警察に突き出すのは簡単だけど…手持ちの久遠が無いなら、料理の代金は労働で返すのがスジじゃないのかなぁ。オバチャン達さえ良ければ、だけど」
並木坂がそう言うと、オバチャンたちは顔を見合わせた。
「当分の間全寮でオバちゃんの雑用ってのもありだよね」
燕明寺がそう言うと、オバチャンはさらに考える。
「俺からもお願いします。働かざる者食うべからずって言うし。食い逃げはよくないよ、うん。作ってくれた人にはきちんと対価を支払わなくちゃな」
「私も寮でしばらくただ働きっていう意見に賛成する。他所の仕事が天国に思えるくらい、こき使って欲しい。…美味しいまかないくらいは食べさせてやってもらえるだろうか?」
桝本と桐原の言葉に稲葉が土下座して「お願いである。まかない付きで働かせてください!」と頭を下げた。
「もうこんなことしないって誓えるかい?」
「しないでござる!」
「しないのである!」
「こうして、悪は滅んだ。正しき報道の道は清められたのだ…めでたしめでたし…っと」
…に見えたのだが?
因幡の肩をポムッと久遠が叩く。その手にはおにぎりが握られている。
「腹が減ってるんだろ?俺の夜食でも食べるかい」
「く、くれるであるか!?」
サムズアップする久遠から奪い取るようにおにぎりに貪りつく因幡。一口食べて…
「くぁwせdrftgyふじこ!?」
「おやおや、ちょっと辛すぎたかな。これ、中身超激辛デスソース。ま、騙すのは良くないって身を持って覚えてもらわないとな」
久遠は満足そうだ。並木坂がなぜか寮の夕飯のカレーを持ってくる。
「これを食べて辛さを消すんだよ!」
「〜〜っ」
かきこむ因幡に、なぜかニヤリと笑う並木坂。
その様子を顔面蒼白で見ている稲葉の肩を鴉乃宮は叩いた。
「ひとつアドバイスしておく。…この捕り物だって依頼さ。依頼は何も戦闘が全てじゃない」
鴉乃宮はそういうと寮の台所を借りて紅茶を淹れだした。
「と、トイレはどこであるか!?」
因幡が突然わめき始める。うろたえる因幡に並木坂は追い討ちをかける。
「オバチャンに頼んで下剤入りのカレーを作ってもらったんだよ」
オバチャンたちは因幡をトイレへと誘導する。
「カオスね」
「カオスですね」
「これって…成功なんですかね?」
はい、成功です(花丸)