次の瞬間、潮の匂いが満ちた。
目の前には、木陰さえもが青く染まる楽園。
そう、ほんの少し前までは……
こんな形で舞い戻るとは思っていなかった、故郷。
今は撃退士として守るべき大地。
この想いは誰もが同じ。撃退士たちは砂浜を走り出した。
●撃退士たちの願い
「一人では出来る事限られますから」
そう言って、水屋 優多(
ja7279)は涼風 桂に微笑んだ。
これから走り出そうとした瞬間、声を掛けてきたのだった。
「え?」
自分より年上の生徒に話しかけられて、桂は戸惑い立ち止まる。月遊 燈辻も立ち止まった。
「兄さんとの合流を優先してください」
「でも……僕も撃退士だし、私情を挟むわけには……」
「何を言うのじゃ。大切な絆(かぞく)じゃろう?」と、リザベート・ザヴィアー(
jb5765)。
「このように愛らしいのじゃから、さぞ兄上も大切にされていたと思うのじゃ」
先程から桂を見てはあれこれと着せ替えたくなっていたリザベートは、うずうずしつつ、ある意味チャンスと思って言った。
それを見て、顔見知りらしいカイン 大澤 (
ja8514)は苦笑し、片手を上げて軽くリザベートに挨拶する。
「よう、あの変態野郎と同じ部の変わりもんのBBAか……ま、よろしく。じゃあな」
「BBAは余計じゃ! 妾は本来、ぼいんぼいんな大悪魔なのじゃぞ!」
走り出したカインに叫んだ。
「あはは♪」
稲葉 奈津(
jb5860)が進攻の足を止めて笑う。
「俺は行くぜ。あばよ」
カインは背中越しに言った。
「まったく」
「ちぃっと距離があるなあ。ま、ひとっ走りすっかね」
Silly Lunacy(
jb7348)はひょいと片手を上げて挨拶して去って行った。
「いってらっしゃい! はァ……家族って、絆よね……私も無事に再会させてあげたいな。ね?」
奈津がリザベートに言った。そして、桂に笑いかける。
「そうじゃよ、桂殿。まずは連絡なのじゃ。状況を知るのも大切なことじゃぞ?」
そう言ったのは、木花咲耶(
jb6270)の方だ。桃色の髪の愛らしい少女だ。
「そうだね……電話してみるよ」
頷いて桂は携帯に手をかけた。焦りはあったのだろう。失念していたことに気付き苦笑する。
『もしもし……桂か?』
弟を案ずる涼風 爽の声が聞こえた。
「爽兄ぃっ……今どこに……」
『港だ。センターの人間は無事避難した……和幸も一緒だ』
「和幸兄さんも……よかった」
ホッと溜息を吐きつつも、和幸兄さんが先に行ったことを後で問い詰めてやろうと桂は心に誓った。
その後、兄は、自分の周りでは逃げ遅れた人はいないと教えてくれた。
ホッとしたのも束の間、隣にいた優多の電話が鳴る。
「あれ?」
優多は携帯を見た。連絡を約束していた友達からの電話だった。内容は他班の現状報告。どうやらうまくいったらしい。
そして、まだ桂の方は爽兄さんからの電話は続いている。
「そっか。こっちにはディアボロがいるんだ。僕たちで倒すから、爽兄ぃは……」
『いや。桂、宇宙センターで待ってろよ』
「え?」
『今すぐ迎えに行く』
それだけ言って、爽は電話を切った。
「どうだった?」
心配げに奈津が聞いた。
「こっちに来るって……センターに」
「え?」
「ならば、まずは走るしかなかろう。あとは倒してからの話じゃ。では、咲耶は先に行くのじゃ!」
咲耶は走り出した。小学生とは思えぬ速さで砂浜を駆ける。
「桂くんだっけ? 携帯電話で連絡し合おうよ」
そう言って、奈津はメモに走り書きをして桂に渡した。
「え? あ、うん。必要だよね、この状況だと」
桂は受け取り、「ありがと…」と呟いた。
「じゃあね! 私も全力を尽くすからっ!」
奈津が走りだす。
「では、センターで無事会おうぞ!」
リザベートもディアボロを滅するべく砂浜を駆けだした。
眩しい光の下、それぞれに走りはじめる。
「行こっか?」
燈辻が微笑んだ。
桂は頷くと、二人は走りはじめる。
――今すぐ迎えに行く……
その言葉の重さ。兄は気付いているだろうか。
「爽兄ぃ……」
この想いを抱きしめて、桂は宇宙センターへと走った。
●種子島宇宙センターへ
「むむ……」
エイネ アクライア (
jb6014)は唸った。
(「先日よりの種子島近辺襲撃。一体何の為でござろうか?」)
「まぁ、今はご兄弟を救う事に全力でござる!」
唸っていても仕方がない。エイネは長い髪を揺らし、翼を広げて飛んだ。
同じく隣を走るルーカス・クラネルト(
jb6689)。
(「絶対に守る……元軍人として守ってみせる」)
この島も、平和も、そして再会しようとしている兄弟たちも。
ルーカスは心に誓った。
「エイネさん! 宇宙センターまでお願いします!」
「もちろんじゃ。このタクシーは高いでござるよ?」
「誰かの命のためなら安いものですよ」
「そうでござったな。命に勝る宝なぞありはしないでござる。……桂殿!」
「え?」
燈辻と並走していた桂はエイネに声を掛けられて驚きを隠せなかった。
「宇宙せんたーへ飛ぶ故、貴公も共に行くがよろしかろう」
「でも、燈辻ちゃんが」
「私なんか気にせずにセンターに行って。エイネさん、桂君をお願いします!」
「……燈辻ちゃん」
「待っていて……すぐ行くから」
燈辻は微笑んだ。
その表情を見るや、エイネは燈辻に向かって頷き、問答無用で桂を捕まえて空を飛ぶ。
「わぁッ!」
「では、参る!」
あっという間に舞い上がりギリギリまで高度を上げると、宇宙センターを目指して三人は空を飛んだ。
「おーおー、派手だねぇ」
悪食 咎狩(
jb7234)はさも楽しげに言った。
桂とルーカスを抱え、センターへと向かうエイネを見て笑う。
「なあ?」
「……。のんびりロケットを見ている暇はないか……」
他人に深く関わることを避ける気質である牙撃鉄鳴(
jb5667)は、悪食の言葉を聞いてか聞かずしてか、無表情に呟く。
対して、悪食の方も無視されたことを気にもせず横槍を入れた。
「暇はないな。なあ、お前も俺の翼で一っ跳びするか?」
「あァ?」
ごくわずかだけ眉を上げ、牙撃は射殺しかねない視線で悪食の方を見る。
「ふははッ! 面白そうだなぁ、お前。血か……それとも金か? イイ匂いがするぜ、なァ?」
「……」
「真っ当な奴なんざァ、面白味がねえ。誇りや矜持も無さそうな、言わばお前みたいな正直な奴が一番面白い。今度、味見させろ。じゃあな、先行ってるぜ!」
それだけ言うと、悪食も飛び上がった。黒き翼をはためかせて去って行く。
みるみる距離の離れてく悪食を、牙撃は一瞥した。
「……鴉野郎が」
その声は悪食には届かなかった。
最初、一同が降り立った砂浜からセンターは一直線の距離で400m程。そこから陸寄りに150mほどのところにセイレーンらしき影を見た。
しかし、サーバントを発見しても、悪食は気にもせずに飛び去った。まずは、センターを制圧し、その上でサーバントを攻撃すればいい。一分経たずに悪食は到着した。
敵の状態を確認次第、位置を光信機で仲間全体に伝えた。
「あーあー、こちらセンター屋上。お客さんのお出ましだぁ。丁重にもてなしてやれぇ……おっと、もう戦闘中か」
光信機を片手に悪食は満面の笑みで言ったが、その笑みに優しさの欠片なぞない。ただただ楽しく、愉快で堪らないといった表情だった。悪魔の悪魔たる所以と言えよう。
己の翼で宇宙センターまでやってきた悪食は、センターの上を陣取り東の砂浜を一望して非常にご機嫌であった。一番乗りではなかったものの、気分はすこぶる良い。
下界に布陣する敵を見下ろせるというのは気分が良いものだった。
「宇宙センターから600mほどのところにセイレーン1体、だな。そこから10m先に2体。お? 陸には誰かいるぞ。山側だ……ははァ、逃げ遅れた住民だな。人魚の遊び相手を志願した奴等はそこで押さえろよ」
戦闘中であれば、その説明も聞けないかもしれないが、それを考えていたら状況は伝えられない。悪食は気にせず喋り続けた。
「おっと、三兄弟の末っ子と軍人が来たぜ。俺たちは宇宙センターを中心に援護する」
エイネに抱えられて到着した桂たちが見えた。
「……っと、やべぇ! 西からだ!! スキュラの奴等、西から来たぞ!!」
「まずはセイレーンを押さえます!」
ルーカスはセイレーンを狙える場所まで走った。
セイレーンの歌に備えて、長射程の武器を準備し、センターを守るような位置取りをする。
「ここには近づけさせない」
すぐにでも連絡できるよう、携帯を首から下げて準備した。
●セイレーン戦
センター制圧から1分ほど前のこと。
アッシュ・クロフォード(
jb0928)は交戦状態に入らんとしていた。
「行っけぇ!!」
アッシュは叫ぶ。
退屈な日々に終止符を打つべく入学した久遠ヶ原学園で、このような刺激が待っていようとは。
平穏を投げ捨ててまで得る価値のある戦闘。この高揚感は、高校生の日常生活では得難い至福だ。
――速度なら……誰にも負けはしない!
移動に適したスレイプニルを召喚すると、アッシュは騎乗した。
東の砂浜の端に居たアッシュも、スレイプニルがいればその様な距離も気にならなかった。砂を巻き上げ飛翔するスレイプニルは黒き弾丸。蒼煙を纏いて、その勇猛さのままに突進した。
先程、ジェンティアン・砂原(
jb7192)が身体に聖なる刻印を刻んでくれている。恐れることはない。
「いたァ!」
アッシュは咆哮した。
ターゲットの発見に心が躍る。
セイレーンたちは「それ」が近づきつつあると認識するまでに接近を許してしまっていた。
全力で駆け抜けるバハムートテイマーに敵うものなどあろうはずがなかった。
たかが数秒、されど数秒。
出遅れたセイレーンたちの命運はここで尽きたとも言えた。だが、セイレーンもさるもので、アッシュがスレイプニルを戻し、ストレイシオンを呼んでいる間に体勢を整えて反撃に出る。
『ヴォォォン!』
セイレーンの咆哮がスレイプニルを襲う。
「ぐあッ!」
「ォォン!」
セイレーンの攻撃をま直に受け、アッシュは怯んだ。ストレイシオンの受けた攻撃も自分に跳ね返る。だが、高い防御力を誇るストレイシオンの前では致命傷にはならない。
青き燐光を放つ結界の中でアッシュが不敵に微笑む。
「やってくれたな。これだからっ……戦闘は面白いのさ! ストレイシオン、噛み千切れぇ!!」
歌さえなければ、どうということはない。
『ギャッ!』
歌う間もなく、セイレーンはストレイシオンに喉を噛み付かれた。
もがき、のたうち回り、歌の代わりに苦悶の声を上げる。
その度に、セイレーンの尾が海水を跳ね上げ、アッシュもストレイシオンも濡れた。
押さえられたセイレーンも大したもので、ストレイシオンを海に引きずり込もうともがく。尾が跳ねて、アッシュを打つ。一瞬怯んだが、堪えてみせた。
「ストレイシオン、絶対に離すなよ!」
セイレーンを離さぬよう指示を出し、自身は噛み付いた隙をついてウォフ・マナフを振りかぶった。
『ァアッ!!』
あっけなく偽りの生を奪われたサーバントは海に沈む。二度と起き上がることもなかった。
「服がビショビショだ。まあだけど、これで終わりだね……でも、まだいるな」
さすがに異常を感じた他のセイレーンは、アッシュの元に集まろうと間合いを詰める。
そこへ、一陣の風の如く、リュックサックに愛用のぬいぐるみを常備したアーニャ・ベルマン(
jb2896)が駆けつけてきた。
「メンバーが宇宙センターに布陣する前に交戦なんて、やるねえ〜」
彼女はにやりと笑う。
「ふふふ、ここが悪者たちの墓場なのさ〜 」
サーヴァントに恐れることなく駆けてくるのはアーニャだけではない。金と青の混ざった瞳を持つはぐれ悪魔、ヴァローナ(
jb6714)も駆けつけてくる。
「ね、ヴァロと遊ぼ……?」
音楽プレイヤーの音量をガンガンに上げ、音の世界に己を閉じる。だが、この集中は眼前の敵へ。
ヴァローナは水の上を滑るように走った。
「歌ならもっと楽しいのがいい。……優しい歌、歌えばいいのに」
過去に子守歌を歌うヴァニタスと交戦したことがあり、そのことを思い出しながら言った。
嘆きも悲しみも幸せをほんの少し彩りはしても、決してのめり込んで得られる幸福ではない。愛を想えば、そのような歌は歌とは思えなかった。
「はァッ!」
アウルの力を脚部に集中させ、雷の如く跳躍する。優雅で、スピーディーな動きはまるで舞っているかのようだった。
その脚力でもって飛び出し、セイレーンに一撃を与え、ツーステップ目で離脱した。
「ギャッ!」
またも歌うチャンスを失ったセイレーンは仰け反り、体勢を整えられずに水に沈む。
「次……来る」
ヴァローナは重心を左足に乗せ、次のステップで攻撃に出る準備をした。
すでに準備万端なアーニャが破魔矢を番えて放つ。
「ヒーローは勝つのさ!」
アウルの白い光の矢がセイレーンに突き刺さる。
「どんどんいくよ!この戦いが終わったらミハイルをもふもふするんだから!」
ちなみにミハイルとは彼女が大事にしている猫ぬいぐるみのことである。
「そのような成りで人々を誘惑しようなど… …せめて盛装してから出直すがよい!!」
リザベートは十分に仲間から距離を置き、またセイレーンの攻撃範囲に入らないよう注意しつつ攻撃を行った。
アモルの書からハートの矢がセイレーンに降り注ぐ。
「ヒィィッ!」
悲しげな悲鳴がセイレーンから上がった。
「心持たぬサーヴァントの歌が持つ魅力など何ほどのものぞ! 人の幼子が歌う童歌の方が、よほど心を打つわ!」
ヴァローナもこくりと頷く。
「つまらないから、さよなら」
ヴァローナは渾身の蹴りを放つ。
「そこだ!」
セイレーンは雷上動の鋭い一撃を食らって仰け反る。ルーカスの矢だった。
二匹目のセイレーンにヒットするのが見えた刹那、アーニャが破魔矢を放った。
「この海は私たちが守る!」
そして、二匹目のセイレーンが海水に沈む。
「ウォォン!」
ヴァローナの背後でストレイシオンが勝利の咆哮を上げた。一匹目は無事掃討完了した。
三匹目は海水より浮上し、陸へと降り立った。
スキュラと合流しようとするかのように、宇宙センター西側へ移動しようとする。
それを逃すエイネでもなかった。
高い位置より滑空し、三匹目のセイレーンへと飛んでいく。
「待つでござる!」
エイネは空中よりラジエルの書にて攻撃を開始した。
白いカード状の刃が生み出され、それがセイレーンの白い肌を切り刻んだ。
『ギャッ!』
「ほーらほら、そんな浮いてないで降りてきなよ……っと!」
エルフリーデ・クラッセン(
jb7185)も高揚した声で叫ぶ。
助走なしで飛び込んできたポニーテールの彼女は、天使のような華やかさだった。元気いっぱいの蹴りが、地上を浮遊していたセイレーンを蹴り落とす。
『ォォ……ォーーーーン』
「次ィ!」
エルフリーデは全力で拳を振りかぶった。渾身の力を込めて叩きつける。
「拳で語れ、肉体言語ー! とりゃあ!」
『ォオッ!』
フルボッコにされ、地に落ちたセイレーン。
だが、体勢を整えると、エルフリーデに向かって嘆きの歌を歌い始めた。
「わわっ……何、これ……なんか、元気なくなっちゃう……やだァ、思い出したくない」
悲しみの声がエルフリーデを追いかけ、かつての些細で悲しい思い出が彼女の動きを縛っていった。
「これが……深き闇。悲しみというものでござるか……」とエイネ。
二人はセイレーンの呪歌に捕らわれた。だが、戦う者は一人ではない。
「危ない!」
やっとの思いで駆け付けたジョシュア・レオハルト(
jb5747)。
エルフリーデとエイネを縛る歌の束縛を『拒絶』するために、腕に装着したリボルビング式の弓を構える。歌に「捕まらなければ」行動不能に陥ることはない。機甲弓から矢を放つ。
『オォッ!』
セイレーンは歌を止め、身を捩った。
「僕はただ、会わせてあげたいんだ……それを邪魔するなら、君達を僕は『拒絶』するよ!」
ジョシュアは狙いを定め、島を守る『拒絶』するため矢を放った。
「それが……僕だから」
万感の想いを込め、矢がセイレーンに突き刺さる。
「……」
牙撃の素早い射撃がセイレーンを襲う。ジョシュアの攻撃と、牙撃の射撃に為すすべなく標的の的となった。
セイレーンの攻撃の射程に入らぬ様、牙撃は距離を取りつつ、もう一度狙いを定める。海には逃がしはしない。
「……沈め」
無表情に牙撃が呟く。無慈悲な狙撃者は容赦なくセイレーンを撃った。
「このまま陸まで上がってくれれば!」
小杏(
jb6789)は当たるようにと祈りながら、ミーミルの書を開いた。その瞬間、水の刃の様なものが生み出されセイレーンを襲う。
『ギャッ!』
「やりましたっ……」
心の奥で小さな快哉を上げ、小杏はホッと胸を撫で下ろす。だが、まだ安心できない。一生懸命走ってきた分、攻撃も外さぬ様集中した。
センターへの到着を最優先したかったが、距離的に無理だったため、セイレーンへと行動を変えたのだった。
センターは先陣が押さえてくれているはず。小杏は信じて目の前の敵を倒すことにした。
『ォオッーー!!』
セイレーンがジョシュアに接近する。
ジョシュアはクレイモアに持ち替えて構えた。
「剣は慣れてないから、どうなっても知らないよっ !」
敵を迎え撃ち、振り翳したクレイモアはセイレーンの胴を薙ぎ払った。
『ギャァアア!!』
セイレーンは青き海に自身の不幸を嘆く歌だけ残して倒れた。
●スキュラ戦
宇宙センターに鎮座する悪食から、海岸の西側にスキュラがいるとの報告を受け、撃退士たちはそちらへ向かっていた。
当の悪食はというと、建物の屋上から地上に降りて先に現地入りする予定だ。
そして、その隣を桂が並走していた。無言のまま、悪食が見つけたスキュラの方へと駆け付ける。
「よう、宇宙センターに居なくていいのか?」
悪食は桂に言った。
走りながら、桂は答える。戦地に身を置かないのは嫌だと。ましてや、兄が来るとわかっていて、何もしないような卑怯な真似はできないと。
兄が愛した種子島。そして、宇宙。未来。
輝かしきもの――それらを守らずして、何が人間か。
「僕にできることは……戦うことだから」
「堅苦しい奴だな」
「それでもいいんだ。僕には天の化身のような翼も持ってない。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「この力――アウルがあるから光纏うだけだよ……」
(「爽兄ぃを守るには……これしかないから」)
桂はスキュラに向かって駆け出して行く。
そして、後方から桂を呼ぶ声が聞こえてきた。
「桂君! 一緒に行こう!」
「おーい、燈辻ちゃんを連れてきたよ〜」
振り返れば、後から燈辻を連れてハウンド(
jb4974)が飛んでくるのが見えた。その下を中村 巧(
jb6167)が追いかけている。「急がないと行けないしな」と一直線にセンターを目指していた 。
「走ってるの見てたらまどろっこしくてさ。友達なんだよね?」
「う、うん」
ハウンドに続き巧も笑んで。
「悪食が見つけた逃げ遅れた住民? 山側に居たのは俺たちで逃がしといたから」
「そうなんだ、ありがとう」
「あ、桂君♪」
奈津が全力で走ってきた。
「さあ、スキュラなんかぶっ飛ばすわよ!」
「い、稲葉さん……」
「もう! 奈津、よ。奈津! それ以外で呼んだら承知しないんだからねっ」
そう言って、奈津は笑った。
あの時、自分を助けてくれたフリーの撃退士のように笑えたら、きっと桂を助けることができるかもしれない。
(「私の笑顔が、誰かのための太陽になりますように」)
「奈津ちゃ、ん……」
「それでいいわ。みんなが来たわよ!」
東側にいた撃退士たちは、西の海岸に集結しつつあった。
ハウンドは桂を下すと、悪食から連絡のあった一般民間人の救出に向かう。一同は全力疾走で海岸を駆けた。
「わ〜ォ! スキュラがいっぱいよォ♂ うふふ……なんか虫みたいねン。まあこの程度の天魔、さっさと片付けてしまいましょうか!」
勢いよく穿いてきたブーツを脱ぎ捨てると、御堂 龍太(
jb0849)はスカートを翻してスキュラに駆け寄る。
チラリと見えるピンクの生地に黒いリボンをあしらったオシャレなインナー。危険漂うニュ―カマ―な馨り。メンバーの何人かは目が点になったが、今はそれどころではない。
そして、龍太は祝詞を挙げて霊力を高めた。
「滾れ、霊力! うぉれの股間がフルバースト!」
敵陣めがけて突撃をかける龍太。
ルキフグスの書を開けば、黒いカードが生み出された。
『キィャア゛ーーーーーー!!』
怒りの声を上げてスキュラが躍りかかる。龍太への距離は遠く、手に持ったナイフは宙を薙いだ。
「おっとォ! 危ないわねぇ、このコ。そんなに怒ることないじゃなーい。お肌が傷付いたらどうするのよゥ!」
そう言ってはいるものの、表情はすでに戦闘にのめり込んでいる様子。
至近距離のため、武器を鎌に換えた。
「ほ〜ら、オカマの大鎌よ〜。……って、笑わないと『ちょん切る』ワよー!」
敵を3体巻き込んで、龍太が身体の自由を奪う結界を展開した。3体すべてにダメージを与えつつ、大鎌を構える。
「じゃぁ、いただきまーす♪ どぅおりゃァーー!!」
フルスイングで振られる鎌。スカートがはためいて、パンツ丸出しのオカマ。にっこり笑顔が妙に怖かった。
「今のうちに攻撃よ!」
「あ……うん。……ふふっ……あはは♪」
「桂君、どうしたの?!」
「なんでもないよ、なんでもない……あのね、ありがとう」
「え?」
「みんな、いてくれてありがとう」
桂は微笑み、礼を言った。そして、決意を込めて敵を見据える。近づいてきたスキュラを聖なる鎖で縛りつけた。ヒヒイロカネから剣を顕現させ、構えた。
「僕も戦うから!」
「やるじゃなーい♪」と龍太。
「さあ、暴れさせてもらうでー!」
Sillyは桂の縛りつけたスキュラを薙ぎ払いで追い打ちをかける。隙ができたところで、激しい痛みを伴う一撃を与えた。
『ギャァァッ!』
「獣くっつけただけで強うなると思うたら間違いやねん。でも、あたいは別やけど♪」
狐の耳をピコッと動かして笑った。だが、攻撃する手は止まらない。
「泣くまでやっちゃるわ〜」
「これでどうかな!」
薄い青色のオーラを纏い、巧が武器にエネルギーを溜めた。振り抜きざま風の衝撃波を撃ち放つ。
『ギィヤァォォ!!』
スキュラに攻撃が当たると、巧は武器を弓に変えて敵の攻撃が届かないところにまで下がる。
「クカカッ、どうしたぁ。俺はこっちだぜぇ?」
敵の射程以上の高度に陣取り、真上から仲間の邪魔にならぬよう悪食は光陰護符でもって攻撃した。光と影の刃がスキュラを貫く。
『ギャッ!』
「はっはァ、イイ声だ。もっと啼けェ!」
「もう一発ですよ!」
巧もアウルの力を込めて強烈な一撃を放った。
『ォォーー!』
「ホント足多すぎ。虫の真似でありますか、気持ち悪い」
シエル・ウェスト(
jb6351)は我慢ならんと眉を顰めた。
「念願のスローライフが出来ると思ってこの島が気になっていたのであります! そこを侵略? すっ飛ばすぞ? オイ」
『ギャア!』
対してスキュラの方もシエルに躍り掛かった。跳躍後、手に持ったナイフを薙ぎ払う。シエルはかろうじて避け、手に持った青銅の鎖鎌で斬りつけた。
『ギャッ!』
「足元がお留守だってーんだよ!!」
先程とは違う強い口調でシエルが叫んだ。狙いを定め、鎖鎌の鎖に巻き取れるだけサーバントを捕縛しようと試みる。
「ほーら! はっはァ、大漁だ!」
スキュラを2体巻き上げ、シエルは悦に入る。
「おーらおらおらッ! 当たるからな。ちょっと、下がってろよォ〜……うおりゃ!!」
シエルは闇の力を腕に纏い、強力な一撃をスキュラに喰らわす。鎖鎌で纏められた2体のスキュラ達は猛攻を食らって地に伏した。
「これで……どうです!」
そこを到着した榛原 巴(
jb7257)がラジエルの書で攻撃をした。白いカードが生み出され、スキュラに襲い掛かる。
『『ォッ!』』
スキュラは最後の悲鳴を上げて倒れた。
巴が振り返ると、背後で龍太と桂、Sillyが3体のスキュラを倒したところだった。
「お、もう5体倒しちゃったんかいなあ〜。うちら、優秀!」
「よかった……」
桂は皆に笑いかけた。12体のうち5体倒したとなると、少し展望が見えてきた気がする。
だが、海岸の端にある木陰に人の姿を見たような気がした。じっと見つめると、それは逃げてきた人間のようだった。
「誰かいるよ!」
「た、助けてくれぇ……」
「お、おじいさん?!」
やはり逃げ遅れた人だった。痩せた体に禿頭。老人だ。
後ろからスキュラに追いかけられている。距離にして50m程、数は3体。やるしかない。
「お触り禁止に決まってんだろうが!!」
シエルはダッシュした。
(「届く!」)
「させるかァ!」
ハウンドもスキュラに向かって加速落下した。
「させませんよ!」
センターに向かってきていた饗(
jb2588)も加速落下した。
「撃退士の目の前で一般人に手を出すなぞ、許さん!」
斎宮 輪(
jb6097)も特攻した。イチイバルの射程距離に入れば援護ができる。
「させません! 竜胆兄、本気で頼みますよ 」
「それじゃ僕がいつも本気出してないみたいでしょ〜」
センターを目指していた樒 和紗(
jb6970)とジェンティアンも、やっとたどり着いて参戦する。
「だっしゃぁぁオラァァ!!」
シエルは叫んだ。
老人との距離も十分にある。鎖鎌を振り回し、スキュラに襲い掛かる。
『『『ウォォォー!』』』
「行かせません!」
優多は射程に入るや、雷の矢を放つ。間を置いて、逃げられぬよう無数の何者かの腕を呼び出す攻撃魔法を放った。
「射程に入れば負けはしない!」
輪が弓を番え、矢を放つ。射程をある程度保ったまま、援護射撃に徹した。
「小さな傷も……重ねれば、ってね!」
ジェンティアンもダメージが通るよう、飛竜の名を冠したダブルアクションの自動式拳銃で同じ箇所を狙って撃つ。
『ォオッ』
「効いてるね。和紗!」
「わかってます!」
和紗は矢にアウル力を集中し、黒い霧を纏わせて撃ち放った。
スキュラの女性部分の胸に突き刺さり、それは苦悶の声を上げる。
『ァ゛ァッ……』
「畏怖で逃げられない……か。ならここで!」
饗は鎖鎌で敵が射程内に寄っていることを好機と見た。スキュラを可能な限り多く巻き込む位置で「狐火:燐」を使用する。 人魂サイズに凝縮された狐火が召喚され、爆散した。
「まだまだ!」
饗は限界ぎりぎりまで「狐火:燐」を使い切るつもりだ。
「翼があるってのはこういうことさ! 這いつくばってろ、サーバント!」
ハウンドは急行するとスキュラに激しい痛みを伴う一撃を与えた。
『ギャッ!』
先程から撃たれ、殴られ、スキュラはボロボロになっていた。あと一押しというところで、スキュラがハウンドに反撃する。しかし、するりと避けられ、スキュラは体勢を崩した。
「くらえっ!」
走り込んできた巧。ラインソードにエネルギーを溜め、振り抜きざま衝撃波を撃ち放つ。
スキュラは避けることもできず、真正面からそれを食らった。
『……ッ!』
「咲耶を忘れてもらっては困るのじゃー!」
髪も光纏も桜色に染まる愛らしい天使が一気に飛び込んできた。
南国に舞う1輪の桜のように軽やかに宙を飛ぶ。
敵の攻撃範囲のぎりぎりを飛び、引き付けるつもりでいたから、まさに今は好機と言えた。
「逃がしはせぬ!」
『ギャァオウ!』
身体の自由を奪う結界を展開し、スキュラは地にへばり付けられた。逃げることもかなわず、精鋭ともいうべき久遠ヶ原学園の撃退士たちに囲まれる。
体内でアウルを燃焼させ、その力で加速してウォフ・マナフを一閃させるハウンドの攻撃。同じくウォフ・マナフを振るう龍太の猛攻にスキュラの仮初の命は風前の灯だった。
決意を込めてルーカスは雷上動の狙いを定めた。
「絶対に守る……守ってみせる! ……桂!」
「はい!」
ルーカスの引き絞る和弓が放たれる瞬間を狙って、桂は光り輝く星の輝きを剣に込めて薙ぎ払った。
「今だ!」
紫電と化したアウルの矢がスキュラを貫く。
そして、ルーカスが8体目のスキュラの止めを刺した。
●三兄弟の再会 〜桂花に灌ぐ慈雨〜
桂は前をまっすぐ見つめる。
12体のスキュラの屍の向こうに懐かしい姿を見た。
和幸と共に歩いてくる爽兄さんだ。近づくたび、鼓動が増していく。だが、行っていいのか、戸惑いが足を進ませない。
「来たみたいだね……よかった」
奈津が言った。優多も微笑んで頷いた。
「そうですね……」
「兄弟の感動の再会ぢゃの。無事に会えて良かったのぢゃ」
咲耶も嬉しそうに言った。
「妾に人の家族の絆は分からぬが……分からぬからこそ愛おしいのじゃ。幸多からんことを」
リザベートは桂の肩を叩き、行くようにと即した。
「行って安心させてやるのじゃ」
「う、ん……」
桂はゆっくりと歩きはじめた。そして、少し小走りに。だんだんと走るスピードが増す。
弱りかけた心が仲間によって癒されていく。眠っていた想いが、視界を滲ませる。
僕は独りじゃない。
ふと、横を見た。燈辻がいた。一緒に戦った仲間がいた。
確信。
胸の奥に揺るぎない、想いと確信を抱きしめた。
今だって、手が届かない。
いつまでたっても、その背に見合う自分になれない。一人では戦えない。
背負い、耐え、それでも常に笑顔でいる兄のようには……
それでも僕は。
(「……すべてを捧げ、みんなと戦うから」)
神よ、この手の中の情熱を……
「桂、迎えに来たぞ!」
「爽兄さぁーん!」
桂は爽の胸に飛び込んだ。
迎えに行く。その言葉の重さ。兄は気付いているだろうか。
戦地の中、力持たぬ者でありながら迎えに来ると約束した人。大切な兄。
「桂……久しぶりだな。無茶はするなよ」
そう言いながら、桂を高く抱き上げる。そして、そのまま抱きしめた。
「爽兄さん……恥ずかしい、よ」
「そうか?」
「ずるいぞ、爽兄ぃ!」
和幸が横から二人を抱きしめた。
「和幸兄さんこそ……ずるい。独りで……行った」
「あッ……」
しまったという顔を和幸はした。
「ほう、それはあとで家族会議だな」と、爽。
「……」
「ふふ……」
そんな様子に桂は微笑んだ。
涙で滲んだ視界に家族が在った。仲間がいた。
――われらに、生きていく希望と、戦う勇気。そして、未来への光を与えたまえ……
至福の時を、桂は過ごした。
その日の宙(そら)はどこまでも美しく、蒼かった。