フレグランスはチョコと硝煙の香り。
欲望は胸の奥、そのまま咲かせましょう。
スイートブラッドへようこそ。
さあ、貴女もお試しあれ……
●血に染まりし菓子の家
「ああ、このお店……随分前にTVで見た……こんな形で来店とは不本意ですね」
沙 月子(
ja1773)はやれやれと言った風に呟き、肩をすくめた。
道の先には、記憶の片隅にあった店と一致する店舗がある。
ショップにディアボロが現れたと聞き、撃退士たちは殲滅するためにやって来たのだった。今は店から遠く離れて見ていた。
「本当?! むぅ〜……美味しいお菓子を売っているお店で暴れるなんて許されないの!」と 周 愛奈(
ja9363)。
「そうだよ! お菓子は全て私のもn……じゃない、お菓子のお店を襲撃するとは許すまじ! 全部撃滅だよ!」
蒼唯 雛菊(
jb2584)の黒毛の耳と尻尾がぴこりと動いた。
「ったく……いい迷惑だ。なあ?」
意外にも自身の趣味は料理というデニス・トールマン(
jb2314)も頷く。
「赤頭巾ちゃんはいないだろうけど……狼退治だ……それに、時間」
だぶっとしたパーカーに隠れるようにしながら、夏雄(
ja0559)が幽玄ともいえる声で言った。
「だな……行くか」
『今日も人助けなう(`・ω・´)シャキーン』
ルーガ・スレイアー(
jb2600)が呟きつつ、スマホ片手に応じた。
一同は持ち場に散った。
It's showtime!
死神の斧は振り下ろされた。捕らわれるのは誰か。撃退士か、ディアボロか。
それは……神のみぞ知る。
●謳え、戦いの凱歌を
「どこにいるんでしょう……」
知楽 琉命(
jb5410)は呟いた。
仲間達の突入前の数分前の事。
琉命は生命探知を駆使して建物全周囲を急いで回っていた。
店の外観から距離を測り、わかる分だけ各出口を目視確認する 。
パティスリーとショコラショップの買い物コーナーにうろつく何かの反応があった。それの高さが低く、横に大きかったため、それはディアボロと知れた。
俊敏な動きの反応に、やはりディアボロであると断定する。
そうして、店舗内には生きた人間であろう反応はなく、どうやら二階と別の部屋らしき場所に三つあった。
「あれ、お客さんかしら? わからない……」
また反応を確認する。対して、ディアボロの反応はパティスリー側の喫茶に3匹、ショコラショップ側の喫茶に3匹、各販売コーナーに二匹ずつ居ることが分かった。店舗内から出ていないことが救いだ。
琉命は二階の事も気になり、生きている人はいないだろうかと、裏口を見ようと少しだけ近づいた。そして、琉命はあるものを見て驚愕した。
「さ、最悪です。こ、これ……裏口って!」
琉命は携帯メールを送信した。
「ん? メールだな」
それぞれの班に分かれ、少し離れたところで待機していたデニスは、マナーモードで振動する携帯をポケットから取り出した。
琉命からのメールだ。斜め読みすると、眉を顰めて舌打ちをする。
「どうした?」と天宮。
「最悪だな。裏口側に回ったら、裏口は鉄の門の中だってよ」
「え?」
「つまりだ! 倉庫へは、一旦外に出なくちゃいけねェってことらしいぞ。しかも、門があってご丁寧に鍵がかかってる。このくそったれがァ!」
「入れ……ない? 昼シフト店員が来るかもしれないんだろう? 連絡もちゃんとしてないし、危機管理意識に問題ありだ!」
「逆だな。防犯だ」
「え?」
「倉庫が外なら、商品を盗まれてもわからないだろうが。だから、門があるんだ!」
「どうする?」
「ああ、確かめる目があるうちは、自分で動くことだ」
「ああ」
デニスの言葉に天宮 佳槻(
jb1989)が頷く。
デニスは短く「GO!」とだけ皆にメールを送った。それだけで十分だ。
二人は琉命のいる裏口へと走った。
●我らの戦い
店に近づき、ルーガ、雛菊、そしてロジー・ビィ(
jb6232)の三人は見えない位置に隠れてた。
佐藤 七佳(
ja0030)の用意した張り紙には「本日臨時休業」と書いてある。まずそれを各店舗の入り口に張った。用心して、メニューの立て看板にも張り紙をした。これで、まきこまれる一般人が出なくなるだろう。
「む?」
携帯の振動を感じ、三人はほぼ同時に携帯を取り出す。
メッセージは琉命のもの。自分たちの担当であるパティスリーの店舗側はディアボロ2匹ということだった。だが、裏口が……。
「どうする?」とルーガ。
「戦いの火蓋を切るのは、私たちしかいませんわ」
ロジーは迷わず言った。
「だな」
「だね!」
満足そうに雛菊が応える。
「天宮さんや、デニスさんたちならやるよ……あ?」
また携帯が揺れて、メールが入ったことを伝える。見ればそれはデニスから。内容は「GO」と。
「時は充ちましたわね」
「ふむ……では、合戦じゃ! ヽ(o`Д´o)ノ 」
「「「おー!」」」
言うや否や、雛菊は疾風の如く駆出し、迷わず壁へ飛び込んだ。
天魔であれば当たり前にできる物質透過。近づく壁にも恐れることなく飛び込む。この先は戦場。私たちのフィールドだ。
「さぁ! 悪いワンコ共、このホンマもんの【黒狼】が相手してあげるよー♪」
自身は狼型悪魔。相手はディアボロ。負ける気はしない。
「おっりゃー!」
全長70cm程の打刀を振り抜いた。風のようなアウルを纏う飛天の名を冠する刀だ。
「キャウンッ!」
ディアボロの一匹が不意打ち攻撃に驚き出足が遅れ、雛菊の攻撃をもろに受けた。血飛沫が飛ぶ。
窓の外からルーガが確認すると、ディアボロを惑わすように阻霊符を展開する。
「ウォウン!!」
案の定、外に出ようとしたもう1匹のディアボロが弾かれて転がった。その瞬間を逃さず雛菊の刀が振り下ろされる。
次にロジーが壁を透過した。
「隙が多いですわよ!」
わざと声を上げ、ロジーは敵を誘き寄せる。店内に生存者がいないのなら、要救助者から敵を引き離す手間が無くて戦闘に専念できた。
「ただ戦うだけなら、誰にもできますのよ」
店内を荒らさぬよう得物にカットラスを選んだロジーは、壁に弾かれて動揺するディアボロに容赦なく斬りかかった。
「やれやれ……自分たちだけ壁を通り抜けるのもアタマ使うぞ! (・∀・)」
ルーガも再度、阻霊符展開を切り、飛び込んできた。自身が通過し終わったらすぐ展開する。 そして、このまま展開し続けた。
●事務所にて
「それにしても、魂を取る訳でもないのにこの騒ぎ。力を別にすれば、まるで何かの腹いせでもしているはた迷惑な「おこちゃま」みたいだな」
天宮はやや憤慨しながら言った。
裏口の門は、丁度出勤してきた店員から鍵を借りて開けることができた。逆に自分たちの突入がもっと早い時間だったらと思うと、背中に嫌な汗をかいた。
自分とデニスの脚に風神を纏わせ、素早い動きができるようにした。そして、今は速やかに事務所へと飛び込んできたのである。
「誰かいますか?」
「た、助けてくれえ……」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえる。視線を巡らすと、机の下に男がいた。怪我をしているようだ。天宮は手早く応急処置をする。問題はなさそうだ。
「自分の足で移動できるようなら、移動してもらった方が……」
夏雄が逃げ遅れた人間を抱えながら言った。
「あ、夏雄か……」
ルーガが阻霊符を展開させた瞬間に、夏雄はパティスリー側のドアを蹴破るが如くの勢いで店に飛び込んだのだった。幸いにして、透過できないことに動揺したディアボロの影を縫い付けることに成功。移動力を削いでから、救出をするために店を突っ切り裏口へ出たのだ。
「おいらはこの人を逃がしてくるから」
「ああ、頼んだ」
「うん」
それを聞くや、夏雄は階下へと降りていった。
「やれやれ……さてと、こっちは……」
「狼が……狼が……」
「はあ……あれはディアボロですよ」
「そんな! あれはTVン中のことだろう? 俺の人生には関係ない。関係ない。事件なんて普通……」
呆けているというよりも、頭がお花畑かという相手の印象に、天宮は苦虫を噛み潰した。
「現場なんです、ここは! 今までなかったから、これからもないなんてことないです」
そう言いつつも、仕方ないとの思いを噛みしめ、天宮は辺りを見回した。
「タイミング的には阻霊符は発動しているはず。なら、ここを動かない方がいい。あとで迎えに来ますから」
「ちょ、ちょっと? 撃退士さん?」
「……」
いきなりの「さん」付けに眉を顰め、天宮は「鍵をかけておきます」とだけ言って事務所を後にした。無論、しっかり鍵をかけて。
●乱戦
「さァ、おかしなパーティーはおしまいよ!」
メフィス・ロットハール(
ja7041)は叫んで挑発した。
ショコラショップからの突入だ。
先陣に2匹をやられたディアボロたちは、襲撃者に向かって躍り掛かる。
「かかったわね!」
メフィスは炎の護符を取りだした。その刹那、炎の玉がはじき出された弾丸の速さでディアボロに向かって飛び出した。
「ギャウ!」
「あら。美味しそうな娘たちなのに。勿体ないことするわねぇ……では、お仕置きよ?」
クラウディア(
jb7119)はヒリュウを呼び出し、メフィスの攻撃していた1体に追い打ちをかける。
「ギャオオッ!」
ヒリュウは力を溜めて強力な一撃を繰り出した。
「シンプルな狼型、か。何の変哲もない雑兵ねぇ」
ふわりとクラウディアのゴシック服の裾が翻る。
「クゥン……」
「逃がしませんの!」
逃げかけたディアボロに、今度は愛奈の魔法が飛んでくる。
「お店っ、壊させないんですぅ!」
ギリギリの位置に魔法の電撃を放つ。
「……すばしっこい敵でも動きさえ止めてしまえば、こっちのものなのっ」
「ギャウン!」
「やった!」
びくっと背が跳ねたディアボロが、お菓子の棚まであと10センチというところで倒れた。
「お姉さん、愛ちゃんの魔法で動きを止めている間にオオカミは倒して欲しいの!」
「愛奈ちゃん、上手ねぇン。くふふ、今度は背中がお留守よぉ♪ 薙ぎ払え!」
空中待機させておいたヒリュウに攻撃を仕掛けるよう命令する。ヒリュウは応じてディアボロに体当たりを食らわした。
そこをパティスリーから逃げてきたディアボロを追いかけて、ルーガが走り込んできた。全力で跳躍したルーガは、星のように白く光るトンファー――スターライトハーツを振り回し、ディアボロの背に躍り掛かる。
「∠(゜Д゜)/イェェェェェェェガァァァァァァァ!!!!!!!」
それは閃光の狩人のようだった。
「ギャウッ!」
全長160センチある狼型ディアボロも、渾身の一撃を見舞ってくる撃退士の攻撃を背に受けてはたまったものではない。
一方、パティスリー側、喫茶入口にて七佳は多重魔法陣状に形成したアウルを一気に解放するため、気を練って機会をうかがっていた。
「今よ!」
七佳は光纏を収束噴射させ、一気にディアボロに飛びかかる。そして、武器を介して、相手に直接アウルを叩きこむ。
「貴方の正義を見せていただきましょうか!」
「手伝うの!」
愛奈は上手に距離を測って七佳を魔法で援護する。激しい風の渦に対象を巻き込む魔法は、七佳が狙うディアボロの意識を朦朧とさせた。
七佳の高速移動と攻撃のコンボに、愛奈の魔法が相まってディアボロへの攻撃チャンスがさらに訪れた。
「一撃で仕留める!」
「キャウン!!」
荒ぶる雷神の名を冠した直刀は、ディアボロの首を両断した。
●パティスリー側 喫茶
「少々お待ち下さいね。すぐに躾のなっていない犬を片付けますから 」
月子は嫋(たお)やかなメイドのように、にっこりと死体に微笑んだ。
一陣の風のように喫茶側の入り口から店舗へ侵入した月子は、給仕中に殺された店員の遺体を発見したのだ。
見るからに華奢な、自分とほとんど歳の変わらなさそうな遺体。
「オーダーを……お客様」
涙の代わりに血を流すかのような隊を見つめて呟く。
「Yes……As for an order, only one is. 」
ディアボロを背に立つ月子はそちらへと振り返る。眼前に狼(敵)。
「お客様、当店ではペットの立ち入りを禁止しております」
雷上動を素早く構え、迎え撃つ。
「手加減をしている暇はありませんので ……みーんな、滞りなく還れ(死ね)!!」
その瞬間、紫電の矢がディアボロを貫く。間髪入れず、店舗に帰ってきた夏雄が走り込んでサポートする。
「お腹に石でも入れてあげようかぁ……!」
艶消し加工で光を反射しないアサシンダガーは奇襲に向く。月子に気を取られていたディアボロは回避することもできず、どてっ腹に刃を突き立てられた。
「ギャウ!!」
「ォォン!」
他のディアボロがフォローに入る。
「Damn……こんな事で来たくなかったぜ! さて、楽しい楽しい狩りの時間と行こうじゃねェか!」
弾丸のように飛び込んできたデニス。皮膚上に衝撃に対する指向性を持たせたアウルを張り巡らせ、光纏による放電に似た現象が顕著化した。ディアボロの体当たりの衝撃を緩和し、今度は体制を整える。
「脇が疎かです!」
月子が雷上動を撃ってカバーした。
「踊ろうぜ、Baby!」
ワンステップ踏んで、デニスが赤き双斧を振り下ろす。
跳ねて飛ぶ血にデニスは笑った。
「その咎に苦しんで還れ(死ね)! 一片の懺悔も許されずに還れ(死ね)!」
月子は微笑んで言った。天使のように。幼子のように。
体制を整えた月子は、虚空から無数の釘を出現させる。罪を貫き、咎の刃で地に縫い付け、ディアボロを屠るために。
それは獄卒が罪の責め苦に用いる釘を連想させた。
「ウォォン!!」
「おいたは終わりだよ!」
夏雄はもう一度アサシンダガーを振りかぶる。
月子は雷上動を脇に抱えると、刃を握り振りかぶった夏雄の手を掴んだ。そして、また微笑んだ。
shall we dance(一緒に殺る)? Are you ready(ぶっ殺す準備は)?
Yeah!Yeah!Yeah!!
「それでは……お帰り下さいませ、お客様♪」
躊躇なく振り下ろした。
●イカレたパーティーの後に
月子は救出者の治療等を他の人に任せ、被害者の亡骸を横たえた。一人ずつ髪を整え、綺麗に見えるように。無論、荷物も分かり易くまとめた。
服や髪等を奇麗に整え、血を拭い、白いナプキンで顔を覆う。
(「静かに眠って下さい……すぐにご家族が向かえに来てくれますから」)
「こんな所で殺されるなんて、この嬢ちゃん達も思ってなかっただろうな……」
デニスは隣で呟いた。
「もう、この世に絶対に安全な場所なんて無いのかもしれねェな。嫌な時代になったモンだ 」そうも言った。
死者には敬意と弔意を。
事後処理が終わった後、監視カメラの映像を確認することにした。
一部壊れた機器があったゆえに、まともな画像は1本のみ。
しかし、すべて背中しか映っておらず、どうやらビデオの位置を知っているようだった。
すべてが終わったあと、男は飾ってあった狼男のハロウィンのお面を手に持って顔を隠し、ビデオの方を見た。
「やあ♪」と言った風に手を振ると、拳銃でビデオを撃つ。
残された虚無。
だが、その闇に立ち向かう情熱は撃退士たちから消せはしなかった。