●それは切実な願い
ゴキブリ型のディアボロが現れたと聞き、談話室に集まった撃退士たち。G型であるのが気になる、気にならないと意見が各々あるようで、反応も悲喜交々。
「あぁ、大嫌い。生理的に受け付けませんわ 」
小梅ちゃんを守るため頑張るわと呟いて、斉凛(
ja6571)は溜息を吐く。
「黒くてつるつるカサカサ、平べったい体に長い触角……僕もだいっきらいだ!」
永連 紫遠(
ja2143)も言った。
白野 小梅(
jb4012)は目を瞬かせて凜を見上げる。
「皆が恐がってるGってなんだぁ? バンバーンってやっつけたらぁ、ボク、学園の超新星だよねぇ☆」
「別名、夏の夜の魔物だよ……」
月遊 神羽(jz0172)はげんなりと答えた。
「ただの虫型ディアボロだろ? 何故、そんなに怖気が走るというんだ」
アイリス・レイバルド(
jb1510)は不服そうに言った。 異端な部分がサイズだけだとどうも物足りない。
それを信じられないと言うように見る、黒羽・ベルナール(
jb1545)。
「えー、Gですよ、G! 虫怖い! 超怖い!! 」
「だから、ただの虫型だと……」
「まあまあ。でも、そんなものでもディアボロですから……倒しますけどね」
にこやかな笑顔の沙 月子(
ja1773) 。
しかし、【倒します】と語る言葉が、微妙に【ブッ殺す】ぐらいの勢いで聞こえなくもない。本性を隠し込んだいつもの笑みも、ここ最近の熱帯夜のせいでバターのように溶けて消えかけているようだ。
「ただでさえ存在すら許されないというのに。これは一体残らず消し去るしかありませんね!」
料理店【太狼酒楼】の末息子である楊 礼信(
jb3855)にとって、ゴキブリ=敵が意識下に刷り込まれている。ゴキブリ状のブツは殲滅の対象でしかない。
「はぁ……まあ、とりあえずこれ使わんと話にならんわけよな」
桐生 水面(
jb1590)は手に持った阻霊符の効果を考えると気が重くなった。
どぅわーっと、ぶわーっと、盛大に壁からナニカが出てくるであろう不穏な予感がする。
「やった♪ 害虫退治はまかせろー! 湿気が多いところって言ったら、やっぱ風呂だろ。お風呂場へごー ♪」
「お風呂は意外と明るいよ?」
意気込んだむ海城 恵神(
jb2536)に、神羽が突っ込んだ。
「え?」
「せやなあ、ゴキブリと言ったら暗い所と食べ物がある場所やで。食堂とか、寮生が集まる場所を中心に捜索してくのがええんちゃう?」
「ですねぇ。食堂に、暗がり。う〜、ヤな感じですねぇ……」
落月 咲(
jb3943)は不安そうに辺りを見た。
「大きいのが5で中くらいのが25ぐらい居たんですよね? ……としますと、小さいのは125くらいでしょうか?」
山科 珠洲(
jb6166)は努めて冷静だ。
「怖くないんですかぁ?」
「アレですか? 別に怖くはないですよ。冥魔にはもっと表現しがたい形状のものとか結構いましたし」
「ボクも平気なんだよ〜」
と、ルルディ(
jb4008)。
「じゃあ、おびき寄せるのは食堂でいいよね。海城さんの意見を採用するなら、食堂の冷房を切っておくのがベストかな? 小さいのはどれだけ居たか覚えてないの……気絶したし」
神羽は溜息を吐く。
皆は大きさに応じて班分けし、それぞれ退治することにした。
●蒸し暑い食堂の中で
【大】永連、アイリス、落月、海城、礼野
【中】黒羽、ジョシュア、風雅、斉、ルルディ
【小】沙、桐生、楊、白野、山科、月遊
以上が神羽を含めた16人の配置である。
すでに皆は準備を始めていた。
冷房を切ると、あっという間に室温は上昇しているのだろうか、蒸し暑さに汗がぽたぽた落ちてくる。
料理の得意な月子は手作りケーキ。礼信は香ばしい匂いを放つ中華料理。礼野 明日夢(
jb5590)はソース焼きそば。ジョシュア・レオハルト(
jb5747)はカロリーブロック。ルルディは砂糖を持参していた。
「はぁ、暑いなあ。カロリーブロックを細かく砕いてみようと思うんだけど……大型のゴキブリにはあまり必要ないかな、これ?」
でも砕くジョシュアであった。
凜は食べ物の近くにワイヤーを設置する。
「ボクは料理上手のお姉ちゃんに作ってもらいました。美味しそうな匂いの物で暖かい物が良いかなって思いまして」
「いいんじゃないかな〜」
開けたタッパーから香るソース焼きそばの匂いにジョシュアと明日夢は目を細めた。
「月遊さん、小梅さん、出入り口はお任せしますねぇ」
「え"えー!」
「わーい、ボク頑張るよ♪」
「出入り口から敵さんが逃げちゃったりしたら大変ですぅ。死守と迎撃をお願いしておきますぅ〜」
「神羽ちゃん、Gを逃がさないように頑張ろうねー!」
「うぅッ……小学生の子が頑張ってるのに、怖いとか言えなくなっちゃったよう」
「人間に対して恐怖を与える虫がいるとは、はたまた難儀なもんだな」
悪魔にしては珍しく和装の風雅 哲心(
jb6008)が、手で仰いで涼を取りつつ言った。
「よし、餌の準備OKや。阻霊符行くで〜。ぶわーっとぎょうさん逝くで〜」
水面の声に一同は身構えた。
小梅と神羽は入口付近へ。大の殲滅担当は前へ。中型の担当も気を引き締めた。
●這い寄る者よりも黒い奴ら
「キターーーーーーーーーーー!!」
誰かが叫んだ。
目の前は一面の黒。
白い壁が一瞬にして黒光りする壁に変わる。おぞましくもリアルな、文字通り悪夢且つ悪魔的な存在たちだった。
「ぎゃあー!」
食堂の外から叫び声が次々上がった。
「何が起きている?!」
淡い緑色の光に包まれた哲心が、玉鋼の太刀を振るいながら叫んだ。
両脚に雷のアウルを、身体に風のアウルを纏い、鬼神の如く戦場を賭ける。哲心は最初のディアボロに切りかかったところだ。
「食堂以外にも居たってことですよ」
事も無げに月子は言った。
慣れた様子で巨大な火球を出現させ、おびき寄せた小物どもに喰らわせてやった。
「エアコンの効いてない食堂なぞ居る価値もない。あぁ、暑い……恨むなら夏の暑さを恨みなさい……」
「ぎっ、ぎいいいッ!!」
深淵よりも暗き殲滅者。這い寄る者よりも黒い奴らがいることをディアボロたちは思い知らされたようだ。しかし、その瞬間にその身は月子の炎で焼かれてしまっている。地獄の炎より、現世の炎の方が恐ろしいと言うところか。
一方、攻撃の風景をスマホに収める恵神もいた。
「うぉう、デカイとやはり見た目が凄いな! 写真でも撮っておくかねぃ」
スイーツな香水を自身に振り撒き、甘い匂い漂わせていた。
器用にも、恵神は上手く相手の攻撃を避けた後、アウルの力を足に込め、目にもとまらぬ速さで目の前の相手へ攻撃を繰り出していく。
進路を塞ぎ、追い詰めていたアイリスは機械剣で大型のディアボロを切り刻んでいく。
「抉り殺してやろう。今のうちに楽に死んでおけ!」
いくら速度があろうとも、的がでかい事実は覆せない。そこを狙っての戦い方だった。
「わっ! きもっ! きもっ!」
初めてのGを前に鳥肌の立つようなおぞましさを小梅は味わっていた。しかし、恐怖から好戦的になっていっているようである。
周囲の様子も気にかげず、身体の自由を奪う結界を展開する。
「いっくよー!」
「わ、私だって!」
動きの止まったディアボロなど恐るるに足らず。 神羽も負けじと剣を振るった。
明日夢も弾丸にアウル力を集中し、光を纏わせて撃ち放つ。
「ぎゃあ"−−! 中ぐらいって嘘だー! 十分大きいよー!」
ベルナールが絶叫する。
鋭いスレイプニルの嘶きが食堂に響いた。
相棒の『ライチ』は馬のような四肢と二枚の翼を持つ勇猛な召喚獣。飛びかかってくる中型ディアボロには恐れもしない。もともと、中型ディアボロもそれほど強い攻撃力を持たぬ。そして、それ以下の小さなGたちは、無残にも踏み潰されていった。
若干、ベルナールの様子が及び腰だった気がしないでもないが、ちゃんと仲間の援護もしていた。
(適材適所だよね!)
実に良い言葉である。別に怖くて後ろからだなんていうのは以下略。撃退士は毎度々々命がけ。
「窓を開けるなー!」
「おい、開けるなって言ってるだろうが!!」
「でもォ」
「ドアの方を開けるんだよ!! 食堂で掃討作戦中だってよ、合流するぜぇ!」
寮生が叫んだ。
「へ、合流? ドア?」
遠くで聞こえた「ドアの方を」の言葉に、神羽は振り返る。ベルナールも振り返る。そして、そこには残っていた寮生たちの開けた部屋のドアから、無数のゴキブリ型ディアボロが食堂に向かって這い寄ってくるのが見えた。
「きゃあ!! 後ろ! うーしーろー!」
溢れかえる黒い波。人間大のGも飛び込んで来る。
建物の外に逃がさないようにと寮生が窓を閉じ、その代りに廊下へと繋がる部屋のドアを開けたせいだ。
「「「「「「「「「ぎッ! ぎぎッ!」」」」」」」
「うぎゃーーー!!」
Gたちがベルナールを弱いと見たのか、それともただの神様の意地悪か。
彼は無残にも50センチ大のゴキブリボディーアタックを顔面に食らった。
大事なことだからもう一度。ボディーアタックを【顔面】に食らった。
「ヒィッ! きィやぁ"あ"あ"あ"!!」
憐れ、ベルナール。悲鳴を上げた彼は逃げる間もなく気絶した。
「ベルナール君?!」
「盾になります!」
シールドを前面に押し出すように、礼信が構えて叫んだ。
ある程度惹きつけたところでアウルで作り出した無数の彗星をぶつけ、範囲内の敵に打撃を与えた上で、討ち漏らしを確実に掃討していくよう努めた。
小型は生命力自体は少ない。ベルナールに近づいて来ていたディアボロを無理なく倒すことができそうだ。
「寄せ餌での誘引作戦は成功してるみたいですね。でも、数が!」
「ウチの担当は大型の敵さんなのでぇ〜、ちっさいのは任せたですう」
そう言いつつも、咲は山をも打ち砕くと称される、重い一撃を人間サイズのGに繰り出した。
飛びかかってきたらGに対し、カウンターの要領で腹をブッ刺したり。全長200cm程の黒色の大鎌で足を全部切断して動きを止めてから、じっくり止めを刺したりと、こちらの方が凶悪な姿にも見える。
そして、先ほどまでは「わ、わたくしが小梅ちゃんを守るんですから」と言っていた凜も、 あまりにGへの恐怖がMAXを越え、人格が豹変してしまっていた。
「虎徹のサビにしてくれるわ!」
さっきの涙目もどこへやら。
混沌も死せる釘バット、「愛刀虎徹」に持ち替えて叩き潰しまくる。
そして、キレていたのは凜だけではない。
「キサマラ……イイドキョウダナ……」
G型ディアボロに大事な人のハートを傷付けられ、目のハイライトが消えてキラーモードに入った小梅も、バットからマシンピストルに持ち替えていた。
「ククク……キマサラノツミヲシレ!」
ぐっちょん♪ べっちょん♪
もちろんフルオートで小も中も構わず撃ちまくり、踏み潰し、飛んでくる小は素手で掴まえて握り潰す始末。
「小梅ちゃんが壊れた〜」
「ひぅぅっ、僕の身体に触れるなぁぁあああ!!」
「紫遠さんも壊れちゃった〜!」
紫遠は持参した玉ねぎを砕いて皿に乗せていたが、その足元で見事に踏みしだかれてしまっていた。
広い食堂では動き放題。距離を置いての突き主体だったが、今はその限りではない。
「さぁ、こんな気持ち悪い連中、さっさと殲滅するで! 伝うは凍気、眠りを誘う冷厳なる波動!」
水面の狙いは小型のG。アウルによって自身の周囲に凍気を発生させ、同時に起こる眠気で周囲を攻撃していく。
「フィロ君、Gなんて蹴散らしちゃうんだよ!」
ルルディは力を貯めたヒリュウの攻撃で、中型のGたちを蹴散らし、潰していく。
「さぁ、這い這い蹲りなさい! そして、ぼくらに出逢ったことを後悔して散りなさい!」
「はあ……お祭り行く予定ですし、早急に消えてくれませんかね!」
確実なショットを狙って明日夢がルルディを援護する。
同じく、ジョシュアも機甲弓で地道に迎撃していく。軽傷でも戦いが不利にならぬよう、仲間が怪我をしたらライトヒールで回復していた。
「なかなかしぶといな、だがこれで終わりだ。雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
哲心は光り輝く雷を野太刀のような形状に変化させ振るう。残っている個体に積極的に攻撃を仕掛けた。
「これでどうです!」
珠洲はアウルを炎状に変換して投射する火炎放射器を向け、容赦なくGに引き金を引いた。
時折、火炎放射器を上に向けアウルの炎で焼く。届かない場所には、不可視化している翼を背中に顕現して飛び上がって放射した。
根気強く地道に退治し、全身に紫電のアウルを纏い、防御力を瞬間的に高めて腐愛奈噛み付き攻撃から身を守る。
「これで最後です!」
火炎放射器の引き金を引き、珠洲は宣言した。
●夏の戦いの終わり
大型Gのディアボロがゴミのように燃え上がり、身を縮めて動きを止める。
その瞬間、背後で湧き上がる音がした。寮生たちの快哉の声だった。
「え?」
倒されたGが黒い絨毯のようになった食堂には、自分たち以外にも戦っていた者がいたようだ。戦いに集中し過ぎて、どうやら気が付かなかったようだ。
一人が前に出て言った。
「食堂のドア……開けてすまなかったな」
「はい?」
「悪かったよ」
そう言って、寮生は謝った。
ディアボロを寮の外に逃がさぬよう、効率よく退治できるように一か所に纏めたかったようだ。だが、了承なしだったため、彼らも必死に援護していてくれていたようだった。
結果良ければと言いたいが、そう言える立場でもなく、寮生はただ謝った。
だが、無事闘いは終わった。同じ撃退士として戦ったのなら文句があるはずもない。
寮の全館に残る生徒すべてで後片付けをすることにした。ちなみに、ベルナールはまだ気絶したままだ。
珠洲の持参したビニールシートや簡易ホウキ等の掃除用具を分配して掃除を始めた。
珠洲の横では、小梅を後ろから抱きしめて神羽が泣いている。
「ごめんねぇ〜、小梅ちゃん小さいのに……」
「うぇ〜ん、べっとべとぉ、くっさぁ〜い。早くお風呂行きたいなあ」
「もう、皆にアイス奢るし! ありがとぉ〜」
神羽は両腕を上げて叫ぶように言う。
「大分汚れたな。さすがにこのままというわけにもいかんし、やはり銭湯だな」と、哲心。
「お風呂から上がったら、良い物あげるね。ごめんね、お疲れ様」
神羽はわずかに笑った。
Gが出現した所は隅々まで綺麗に掃除をしていた凜は、はしゃぐ小梅をなだめて微笑んでいた。
一方、恵神は虫嫌いの兄に潰れたGの写真を送るつもりらしい。
一同はその場の掃除と処理が終わると、銭湯へ向かうことにした。
夏の戦いは終わったのだ。
そして、寮の外。闇夜に声一つ。影一つ。
「害虫を使う……か。悪魔(あいつ)は本当に根性が悪い」
どこか苦い感情のある声音。わずかに厭う思いの、凍った声音。
聞かれない声は夜に消え失せるばかり。
そして、影も闇夜に溶けた。
■END■