●住宅地へ
「さぁ皆、そして月遊君。宜しく頼むよ! 」
雨霧 霖(
jb4415)は皆に用意された地図のコピーを配布しながら言った。
ここはディアボロのいる住宅地へと向かう坂道の前。国道は車がぽつぽつと走り、田舎とはいえ人通りが無いわけではないということがわかる。
国道沿いの看板には、「ショッピングモールまで3km」などと書いてあった。
ディアボロを取り逃がしたら最後、このショッピングモールに向かうことだってありえる。そう考えると、一同は身震いした。
霖は「私がいるのだから上手く行くに決まっている」という気持ちで高揚はしているようだが、やはり不安はあるようで。
(これが私にとって初めての依頼。学園での模擬戦ではなく命の掛かった実戦……果たして私に上手く務まるだろうか? 考えただけで胃が痛い……)
両価感情が霖の中で戦っていた。
千 庵(
jb3993)も神羽に声をかける。
「ニケ、頼んだぞえ」
「うん。こちらこそ、よろしくね! 霖さん、地図のコピーをありがとう。で、作戦は?」
月遊 神羽(jz0172)は笑って霖に応える。
「二手に分かれて行動にしたのよ。住民の誘導はお願いするわね」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)が答えた。
【A班】ケイ・リヒャルト、テイ、武田 美月、アシリエル・マーライカ(
jb4117)。
【B班】浪風 威鈴、ユリア、千 庵、雨霧 霖。
以上が、メンバーの割り振りだ。
説明を聞き、神羽は納得したように頷いた。
A班は一般人を逃がしつつ索敵&囮役を務め、B班は主火力を務める手筈となっていた。
「折角、2班に分けたんですし。民家に一番近い道と、一番遠い道から分担していくのも手かもしれないですね」
「なるほどー。じゃあ、A班が先行して進む形でいいのかな?」
「そうなるのでしょうかね…… 子供とか寄り道好きですし。山道だと遊ぶ場所が多いから、見落とさないようにしないと」
アシリエルは神羽に答えた。
アシリエル自身は、大きな声で誰何を問いつつ、逃げ遅れた人を探そうとい思っていた。
「了解! じゃあ、携帯で連絡よろしく」
そう言うと、神羽はまず住民を誘導するべく走っていった。
「うちの地元でも熊が出たとかよく聞いたなー。さすがに天魔じゃないけども」
武田 美月(
ja4394)は懐かしそうに言う。
美月、威鈴、庵の三人は地図と地形を見比べ、同じ意見を出した。
住宅地は、国道に出る道・それ以外の三つの道の合計四つの道がある以外はいたって単純な構造になっていたが、距離は1キロあり、阻霊符の範囲を超える。
「……まあ、500mに……一個ずつ。……使え、ば……いいかな?」
「そうだな。じゃあ、まず私の阻霊符を使おうか」
そう言うと、霖が阻霊符を使用した。
「じゃあ、A班は索敵だね? 囮役か。久しぶりだねぇ。盛大に釣らせてもらおうかな」
行ってきますねと笑ってテイが言った。
「ユリアちゃんは連絡お願いね」
「了解だよ!」
美月に向かってユリア(
jb2624)が笑う。
そして、ユリアは上空へと飛び立った。
●A班
「あ、はい。了解しました。一番手前の道から逃がしてるんですね?」
テイ(
ja3138)は電話の向こうの神羽に言った。
三つあるうちの坂道に近く、国道にも近い道から住民は避難することになったとの旨を、テイは他のメンバーに伝える。
「国道側に逃がしたら終わりかぁ……山側で押さえればなんとかなりますよね……あッ!」
「何?」
「動物の遠吠え……? 見えた!!」
テイの声に、少し離れて歩いていたA班のメンバーに緊張が走った。
「来た?!」
美月が間髪入れず3つ目の阻霊符を発動させる。
透過しようとしていた熊型ディアボロは壁からはじき出された。
「やった!」
「ヴォーーォォォ!」
「目標発見。デコイを開始する」
テイはリボルバーを構えると、威嚇するようにディアボロを撃った。
「ずいぶん鈍いじゃあないか? 餌はここだ。来なよ。そら。追いついて僕を喰らえばいい」
聞こえた銃声に、腕を振り回して熊型のディアボロは怒りの咆哮を上げる。どうやら威嚇の弾が当たったらしい。
美月は十字槍を構え、打撃を軽減しようと試みる。
「ヴォーー!」
「ッ!」
熊型ディアボロの攻撃を躱すことができなかったが、幸いにして軽傷だった。
その刹那、ケイのヴィントクロスボウD80が熊型のディアボロの腕を貫いた。
それに乗じてアリシエルも攻撃を開始する。
「図体のデカイ相手を狙うのは……ここですっ」
チャンスを密やか狙っていたアシリエルが足元を集中的に攻撃すれば、ディアボロの足はゼルクという目に見えないほど細い金属糸によって切り裂かれる。
「やりました!」
「きみもやりますね……では、ボクも!」
テイはリボルバーで狙いを定めて引き金を引いた。
(有象無象の区別無く、ボクの弾頭は許しはしないッ!)
「ヒット!」
「ヴォーーーーーーーー!」
ディアボロの目に被弾し、それによってディアボロは怯んで引き下がろうと思われる動作をした。
そこを狙って、美月が十字槍で一気に突いた。
「ヴォーーー!! オォォォ……」
美月の渾身の一撃がディアボロに突き刺さる。ディアボロはとからない遠吠えを一つすると倒れた。
●B班
ユリアと霖のスレイプニルが先行して行動していた。空から索敵ならば、敵の攻撃を受けずして行動できる。
住宅街の情報をユリアは威鈴に伝え、威鈴はそのまま神羽に携帯で連絡する。その際に、A班がディアボロと遭遇したことを聞いた。
「いい……な。倒した……熊……さん……の……毛皮……欲しいな」
そう言いつつも、威鈴は鋭敏な聴覚でディアボロを探していた。
息遣いでも、声でも、動く音でもいい。拾えるものなら何でもこの耳で拾って、すぐさま行動しなければ。
地図は碁盤の目状になっているから難しくはない。ごみ収集場所や家一件分ぐらいの小さな公園など、ディアボロの死角になりそうな場所に移動しながら敵が出てこないか見定めた。
「あ!」
鼓膜を揺するわずかな音。威鈴は手を上げ、一同を振り返えって注意を促した。そして、虚空にユリアを探す。
すでに戻る体制に入ったユリアがこちらに全力で滑空してきていた。
その瞬間、公園の先に見えた横合いの道からA班の仲間たちが飛び出してくる。
「みんな、いたっ!」
美月が歓声を挙げた。快哉と言ってもいい声だった。それもそうだろう、手負いとはいえ二頭の熊型ディアボロに追われていたのだから。
「このおじいさんを……逃がしてあげてッ!」
「え?」
威鈴のすぐ後ろにいた霖は一瞬驚き、視線を彷徨わせた。
「あ……」
ケイやテイに守られるように体を支えられている老人がいた。幸いにして怪我はないようだ。手に持った紙袋を抱きしめて震えている。
「ご、ご老人? 逃げ遅れたのか?」
「説明は後っ!」
「そ、そうだなっ」
我に返った霖は武器を構えた。
「ご老人、向こうへ逃げるのだ」
「ははは……はいっ。ちょ、チョコ……美千代さんの……位牌が」
袋を抱えた老人は、B班が歩いてきた方向に向かい懸命に走って行った。呟きを聞くに、袋の中身はヴァレンタイのチョコなのだろう。女性の名前と位牌との言葉に、霖はなんとなく事情を悟った。こみ上げた悲しみの感情に、瞳の端から見える景色が滲んだ。
「来……たっ」
(ディ、……ディア……ボロ!)
威鈴は老人が逃げるのを確認すると、すぐにアサルトライフルWD3を構えた。その視界に二匹の熊型ディアボロが映り込む。
(二匹……)
迷わず威鈴は死角から飛び出し、手前のディアボロに突っ込んで行った。アサルトライフルの先端に付けたナイフで鋭く突きを鞍わせると、闇雲に転がって敵の視界から逃げようと試みる。
「ヴォォォ?!」
不意打ちを食らったディアボロは混乱しているようだった。その隙に皆は体制を整える。
A班は前に、B班は後に。ディバインナイトの防御力の高さを守りとしながらも、各々の戦いやすいように連携して行動していた。
間髪入れず、威鈴に続いた庵が全力で熊の懐に入り攻撃を仕掛けた。
「留守かぇ? いかんのぉ!」
「ヴォォォ!」
突きを食らったディアボロは、A班の攻撃を受け、弱っていたせいもあって庵の攻撃を避けることもできなかった。
いい場所に攻撃が入ったのか、ディアボロは虫の息だ。
そこに霖のウェイヴリットが振り下ろされ、ディアボロは倒れた。
「逝ったか……」
「まだ安心できないよ!」
ユリアが霖に注意を促す。
ケイの攻撃は辛くも当たらず。美月の十字槍は熊型ディアボロに有効だったようで、手ごたえのある攻撃をすることができた。
次は攻撃を受けまいとディアボロは素早い動きでテイの攻撃を避ける。
「これではどうじゃ!」
「ヴォォ!!」
「手ごたえ……有りじゃな……」
庵は戦闘故に仕方なしと割り切ることにした。小さく溜息を吐く。
攻撃が届かない高さを飛び、敵の目をこちらに引き付けようとしていたユリアが、その位置から攻撃を試みる。
それはダイヤモンドダストのようなきらめきを持っていたが、ディアボロにとっては死のきらめきにも等しい。凍てつく空気に切り裂かれ、異常な寒さにディアボロは眠りに抵抗できなかった。
「今よ!」
「月光のきらめきは、死の輝きとな。眠りの中で果てるがよいぞ」
そんな庵の声に、撃退士たちがディアボロに近づいていく。
討伐という名の解放が、ディアボロに変えられてしまった人の魂を救ってくれるように祈りつつ、皆はそれぞれの武器を構えた。
●最後の討伐
「今までで3体を倒したから、あと1体よね?」
「ですね……」
ケイの問いにアリシエルは答えた。
先ほどの場所から移動して、山へ抜ける道に追い込もうと一同は歩いていた。
ここまで来るのに3体倒していたから、この先にディアボロがいるのだろうと踏んでいた。
聴覚が鋭敏な者の力を借り、ゆっくりと探しながら進む。
「来い……」
霖はスレイプニルを呼び寄せ、自分の隣に並んで歩くように言った。
(何? 体が震えている? なぁに、武者震いという奴だよ、そうに決まっている。そうさ……だって、上手く戦えたじゃないか……)
「馬みたいなドラゴンだから、馬ゴン」という、思えば可愛らしい理由で名付けられたスレイプニルの頭を撫でながら、霖は少しだけ感慨にふける。
そんな余裕がないはずなのに、心を落ち着かせるため、この馬のような四肢と二枚の翼を持つ馬竜を撫でた。
「こっちだ!」
「何?!」
「遠吠え!」
「いた!」
窓の中に見えた巨大な生物を発見するや、美月は囃したてるように叫んだ。
「ほらー、熊出てこーいっ! いるのは分かってんだからなー!」
「き、聞こえるわけが……」
アシリエルが驚いて美月の顔を見た刹那、家の中にいたディアボロは何を思ったか壁を透過してこちらに来ようとした。
「え? ホントに来たー!」
「呼んだのは美月じゃぞえ?」
「それはいいから、阻霊符!」
残りの阻霊符を使い、ディアボロの透過能力を無効にするため、それを地面に置く。
「ヴォォ?!」
急に押し出され、不意の声を上げたディアボロは攻撃に出遅れた。
その隙に撃退士たちは陣形を作る。A班とスレイプニルを前衛に。その他を後衛に。
「遅いよ!」
ユリアは上空から目に見えない闇の矢を作り出し、高速で離れた相手へと気配を悟られず攻撃を行った。銀色の着弾の光が跳ねる。
それに乗じて霖はスレイプニルに号令をかけた。
「行け、馬ゴン!」
スレイプニルは一吠えすると、ディアボロの方に向かって突進し強烈な一撃をお見舞いした。
「やったぞ、馬ゴン!」
一気に深手を与えなくても、何度も浅く斬ればダメージが蓄積され倒れる筈だと思い、霖はは高揚する気持ちを抑えて一歩前進する。
「俺だって!」
アシリエルはゼルクでディアボロへの攻撃を繰り出した。スレイプニルの攻撃の後だった為か、うまく隙をつくことができて有効な一撃を与えることができた。
ディアボロの動きが、一瞬止まる。
その瞬間、テイはリボルバーを構えた。
「キリングゾーンへようこそ。 そして、さよならだ」
ニヒルな台詞に似合う、掛け値なしの必殺のショットが炸裂した。同時に威鈴のアサルトライフルも無慈悲な砲火を放った。
「沢山の……お肉……毛皮……いただき、ます」
「ヴォォーーー!!」
ディアボロは断末魔の叫びを上げた。平和を告げる声としては、どこか悲しげな声だった。
●特別なラブリーチョコレート
「毛皮……だめ?」
「だめだよ〜」
テイの願いに、神羽はにっこりと笑って答えた。
「あとの作業は専門の人がすると思うし、私たちのすることじゃないよ」とのことだった。
「ふむ……熊鍋は無理とな」
庵も残念そうだ。
「だめだめだめ! ディアボロ鍋なんて、だめーぇ!」
「残念じゃなあ」
「残念とか……だめでしょ。めっ!」
神羽は口をとがらせた。
「あの……よかったら……僕の家にくるかい?」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
不意の声に、撃退士たちは振り返った。
彼らを見ていた一人の老人が声を掛けてきたのだった。
「さっきはありがとう。お陰で助かったよ。美千代さんにあげるはずだったチョコはこんなになってしまったけど……命ほど大切なものはないと、再度思い知ったよ。ありがとう」
老人は握りしめてぐちゃぐちゃになったチョコの箱とカードを見せて言った。
「あ、あの時の……奥さんにあげるつもりだったチョコなのか?」
走り去るときに聞いた「位牌」との言葉を思い出し、霖は気になって質問した。
「いえね。美千代さんはもう天国なんですよ。今年7回忌でね……だから、チョコのことなんか気にしないで下さいよ」
「7回忌……亡くなってもチョコを?」
「ええ、僕のね。楽しみなんですよ。カードを書いて贈るなんて、彼女が生きてたことには考えなかったなあ」
老人は「独りで生きるのは寂しいものです。でも、誰かのことを思って生きれば楽しい」と言って笑った。
皆は断ろうとしたが、老人は「お礼をしたい」とのことで、皆はやれなかったお鍋を老人とすることにした。
お肉は熊肉ではないけれど、美味しいお肉ならショッピングモールにあふれている。
チョコではない、お鍋のヴァレンタインだけれど。誰一人文句を言う者はなかった。
老人とその奥さんの温かい気持ちになれる話と、温かいお鍋のごちそうに皆は戦いを忘れて寛ぐことができた。