作物は宇迦之御魂神の宝物……
●南種子町 南東部にて
「来たぜ、芋! じゃなかった、種子島!」
ディメンションサークルを抜けた瞬間、蔵寺 是之(
jb2583)は万歳ポーズで言った。隣にいた椎葉 巴(
jb6937)も同じように叫ぶ。
「私達が来たからには、もう大丈夫!」
「種子島か……かなりの激戦区らしいからな。気張って、だったか…? とりあえず、それで行くか」
はぐれ化したばかりの悪魔である是之は、日本語が正しいかどうか自問自答していた。
「それにしても…安納芋か。どんな芋なんだろうな……」
じゅるりと少しよだれが垂れてきたのを袖口で拭く。
「って、よだれ出す場合じゃ……ねぇよな」
「時期的にも食べ物のおいしい季節だし。安納芋は実際、美味しいからね」
涼風 桂(すずかぜ けい)はそんな是之の様子に微笑んだ。どんなものでも種子島の事を好きになってもらえるのは嬉しい。
「へぇ〜。じゃあ、電話口で言ってた『化け物』って、お芋が好きなのかな?」
巴はまじまじとお芋の葉を眺めた。
「かもしれないね。わからないけど……あ、足元気を付けてね」
「ああ、わかってる。結構、畝高いンだねェ。蹴ッ躓かないように気ィつけないと……」 と、三島 奏(
jb5830)。
軽く地面を踏み固め、足場を調べる。
農業で生計を立てる家族が困るのを幾度となく見てきたので、収穫期の畑を荒らすなど言語道断と奏は思っていた。
「へぇ……柔らかい良い土だ」
「なるほど、それではお芋の交渉楽しみですね。桂さん、今回も宜しくお願い致します」
水屋 優多(
ja7279)は深々と頭を下げた。
「こちらこそです」
「桂君、私も協力させて欲しいな」
初めての仕事に緊張しつつ、木嶋香里(
jb7748)は言った。桂の島と住んている人達を守る為に頑張ろうとする決意に触れ、「大切な人たちを守りたい」という願いとの共感から、依頼を引き受けたのだった。
彼女の真剣な様子に、桂は慌てて頭を下げる。
「こ、こちらもよろしくお願いします!」
そんな桂にハウンド(
jb4974)は笑って言った。
「桂さんとまた一緒か〜。今回もよろしくね」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします」
「せっかくだから、友達になれたらいいな〜と思ってたんだけど」
「え?」
「電話番号と……アドレスだ」
綾羅・T・エルゼリオ(
jb7475)が連絡にメアドを渡した。
「はいっ! こ、こちらこそっ!」
ハウンドと綾羅の言葉に、桂は赤くなったり、何度も頭を下げた。
万事が万事、まったりと教室の雰囲気に埋もれるタイプの桂は、見つかってひょいと持ち上げられた兎だかハムスターだかになったような気分だった。
鞄からカードを出し、三つ指を突く勢いでアドレスを書いたカードを両手で皆に渡す。
「よろしくお願いします!」
「よろしく……アドレスはいただくぞ」
「えっと、友達って言っていいのか、な?」
「はいっ」
綾羅とハウンドにそれぞれに言われ、桂は何度もうんうんと頷いた。
●狩りの準備を畑で
「行くぜ…!」
「畑が荒らされる前に倒しちゃわないとね!」
「「おー!」」
是之と巴は翼を広げて偵察に出かける。ハウンドと綾羅も翼を顕現して飛び立った。
「頭の中、こんがらがってみたいたけど、大丈夫?」
眺めて笑っていた米田 一機(
jb7387)が桂に近づいて来る。
「あ、米田さん……言わないで下さいよ、もぅ……」
「だって、告白された女の子みたいな反応だったからさー。あ、逆もアリ」
「ちっ、違いますよー。もうっ!」
「ははっ……ところで。事前に作物のないところとあるところの境目に鉄パイプを打ち込みたいんだけど」
「え?」
米田の提案に、桂は目を丸くした。
「半分だけ打ち込んで、セエレを巻き付たいんだよ」
セエレは目に見えないほど細い金属製の糸。それを罠にしたいとのことだった。
しばし、桂は悩みこむ。
「んー……あんまり畑に害が無いようにしてもらえると嬉しいな。農家の人がショックだと思うから。でも、今回は仕方がないね」
「まあな。早くやっつけてやろうよ」
「うん。頑張ろう」
そう言って、桂は米田の提案にほぼ賛成した。
「いた!」
ハウンドは叫んだ。
見えたのは、畑の北側に小さい方の猪1匹。猿が3匹、今は群れで動いてはおらず、てんで気ままに走り回っていた。辺りに一般人は見当たらない。四人同時に翼で偵察をするというのは効率の良いものだ。
「では、連絡と……」
情報共有するために、ハウンドは携帯電話を取り出した。
「……いたな。東側に猪はゼロ。猿が小さいのが5匹だ。皆の行動を持って作戦を開始する」
綾羅は芋の葉と戯れ畑を荒らしはじめた猿を眺める。それから常に、上空からの情報を送り続けた。
作戦が始まれば、猿も惹きつけ追い込む予定だった。
「あー、いた」
巴は畑に被害が及ばない場所で待機し、仲間が敵を誘き寄せるのを待っていた。猪と猿は同じ仲間のはずだから、綾羅の方は待機でもカオスレートを確認するには問題はない。
「こっちは畑の西、作物の無い所よ。出荷が終わってるみたいね。猪は無し。大物の猿1匹と小さい猿5匹。……えーっと、どっちかなー。種子島だしどっちもありえるよね。あー、ディアボロだ」
巴はすぐさま携帯電話で連絡し、作物の無いエリアに向かってディアボロたちを追い込み始めた。
「おっと、こっちもいたぜ! こっちは畑の南って……ディアボロかよ! あそこにいるのは、猿……だな、ありゃ。猿2匹だ……いや、猪も! こっちは大物が1匹、小物が1匹だ」
是之は見える範囲で、敵の全体の様子を携帯電話で伝えた。無論、綾羅にも連絡済みだ。
「さっそくで悪ぃが……射抜かせて貰うぜ……!」
飛翔したまま携帯をしまうと、猪に向かって破魔弓を引き絞った。掛け声と共にアウルの白い矢を放ち、陽動&撃破をはじめた。
●お芋畑で捕まえて
「「そーれぇ!!」」
米田と香里は同時に言った。
飛び込んできた猿をひっかけるための罠を支えて叫ぶ。米田はセエレを持ち、香里は米田を支える。引っ掻け罠は、ここで最初の一匹を引っ掻け、後続の数匹を巻き込みたい。早く終われば、それだけ被害が少なくなる。
「やった!!」
「引っかかった!」
二人は快哉を上げた。無論、罠を設置した地面には阻霊符がある。こうすれば、地中に逃げられることもなかった。
『ギャ――――ッ!』
「すごい! 5匹捕まえた! ボスもいるよ」
「やりましたね!」
怪我人が出た時に対応するために控えていた桂と、影の書を構えていた優多も微笑んで言った。
「ではッ!」
影の書の遠隔攻撃で敵の注意を引き付ける。
(「もうちょっとだけ、こっち側に……やった!」)
ほんの数十センチでも反れれば、作物に影響しかねない。安全な範囲に誘導しホッとしたのも束の間。ボス猿ディアボロが後ろ足を上げた。
「え?」
香里が目を瞬いた。
ばぶうううううううううううううッ!!! (´д`(⊃*⊂)=3
「こんなこともあろうかとっ!!」
すかさず、米田は頭に引っ掛けていた防護マスクを下した。しかし、持っていない香里は……南無三。
「きゃぁーーーー!」
「やっぱ、キターーーーーー!!」
(「こ、これも経験値……じゃなかった、経験知」)
「ボス猿の毒は多分尻から出そうなので、僕は防護マスクをつける(きりっ☆」などと思っていたところ、大当たりだったというわけだ。
「ひ……どい」
「ごめん、予備なかった……」
「退け退け退けェーーーーーーー!」
是之が追い込んだ大型の猪が罠に飛び込んできた。どうやら尻を撃たれたらしく、ほんのりと焦げたような跡。猪は怒りに任せ、大型の猿が掛かった罠に自ら飛び込んできた。
『ぶぎぃぃぃぃ!!!!』
さすがに5mの敵は自分で自分を止められず、ついでに猿も踏み潰す。その後を小さい猪たちが小さな猿を踏み潰した。
「同士討ちかよw」
「今がチャンスです!」
優多は無数の何者かの腕を呼び出した。ギリギリで5mもある大型の猪を捕まえて、その腕たちは地面に猪を縫い付けた。暴れる猿はセエレで体を切られ、深い傷を負って罠から逃げる。子猿5匹残して他のものは逃げてしまった。
「はァッ!」
綾羅は地面に縫い付けられたまま動けない猪を狙い、上空から閃のリングの最大射程で攻撃をしかけた。
それを機に、奏が脛や足先に装着する装甲型の武器――ラーゼンレガースを装着した脚で蹴りを食らわす。
「守りたい人達や大切な物の為に私は戦うの! それにっ、さっきの絶対に……許さないんだからぁ!!」
先程の大猿の攻撃から精神的にも立ち直った香里が奏と同じくラーゼンレガースで攻撃しはじめる。猪はなるべく猿が集まりきらないうちに素早い殲滅を目指していたため、大物が引っ掛かった今、逃げられたのはある意味ラッキーだった。今のうちに倒しておくべきだ。
「これでどうです!」
優多は炎の塊によるダメージを猪に与えた。
『ぶぎいいい!!』
黒焦げ猪になりながら、絡まったセエレに巻き取られ、大猪は大暴れした。
「早く沈めェ!」
是之が叫ぶ。
炎の球体を出現させて撃ち放ち、大猪はさらに黒こげになっていった。タイミングを見計らって、有多がエナジーアローを放つ。
『ぶぎっ、ぶぎいーーーーー!』
「よっしゃ、撃沈! じゃあ、俺はボス猿退治に行くぜ!」
猪を全撃破した是之は元気に猿を追って走って行った。
●お芋畑で焼け焦げて
「……追い込むぞ」
綾羅は淡々と言ったものの、高揚する気分は隠せない。
「うん、ちょっと、順番が狂ったけどね……でも、やれるさ!」
ハウンドは大猪が退治されたのを確認すると、綾羅と相談しながら小猪を攻撃していく。囮役として作物の無い畑から出ないように陽動し、攻撃する。
突進攻撃を警戒しながら、側面または背面からネフィリム――1.2m程の片刃の戦斧で綾羅は斬りつけていく。
ハウンドも大鎌ウォフ・マナフ で斬りつけた。
「ほーら、逃がさないよ!」
奏は囮役の二人が寄せた敵を分散させないよう、じわりじわりと外側から作物のないエリアへ追い込むように攻撃した。
「こらッ! 作物お触り禁止!」
掌に力を込めて攻撃を打ち込み、小猪が吹っ飛ばされた。
「んじゃ……そろそろボス猿狩りと行くか!」
是之は1匹ずつ仕留めて行く。現在2匹目。先程の同士討ちの分と合わせると、7匹目になる。あと、7匹と、ボス猿だ。
先程の同士討ちで大猿の体力は削られているようだった。小猿が守ろうとするので、手を出せなくなる前に倒したのである。
「「お待たせ!」」
「待たせたな」
異口同音に言いながら、猪を退治したハウンド、綾羅、奏がやって来た。
それを察知したかのように、大猿がひょいと足を上げる。
「――気を付けろ」
「うん、さっきのだね」
大猿の力を増幅する能力。あまり嬉しくない行動である。そして、次に来るのは……(´д`(⊃*⊂)
「させるかぁ! 何が何でも!!」と是之は絶叫。
うんうんとハウンドは頷く。
「さぁ、俺の相手をして貰おうか!」
山をも打ち砕くような重い一撃を繰り出し、ハウンドは大猿を吹き飛ばす。そこを駆けつけた米田、優多、香里、巴が小猿を囲んだ。
『ギャ!』
「許さない……」
いつもは戦わずに収めたいと思っている香里が怒るのも仕方がない。米田はそう思った。
『『キキィッ!』』
小猿の攻撃をハウンドは避け、巴がアウルを一点集中させる。衝撃を貫通させて直線上の小猿2匹にダメージを与えた。
「でやー!」
「もういっちょ!」
巴がアウルの力を込めて強烈な一撃を放ち、香里もそれに乗じて一撃を食らわす。何度も何度も二人は斬りつけた。
「喰らえ!」
米田も普段よりも力を込めて、相手に一撃を食らわした。
再びハウンドが自身の闘争心を解き放ち、回避力を高めて薙ぎ払いを滑らかな動作でヒットさせていく。
その間、皆の攻撃も集中して大猿に向けられたため、大猿は攻撃を封じられてしまっていた。
「これでどうだ!」
体内でアウルを燃焼させ、その力で加速して武器を一閃させた。
『キキィ……ギャッ!!』
「まだです!」
優多のフレイムシュートが炸裂し、大猿はまたも黒焦げになった。
『ギャー!』
こうして、大猿は退治された。残りの小猿たちも一掃され、皆は爪で少々引っ掻かれたが、桂と米田と是之、三人の治癒系スキルと優多の応急手当で怪我は治し、対応できた。
そして、農家の男性に電話をかけ、無事ディアボロを倒したことを伝えた。
●今度はお芋に心焦がして
「安納芋っつーのは、すげーうめぇって聞いたぜ」
不意に是之は言いだした。この焦げ付きそうな情熱を伝えたい。そして、相手が驚いていると、いきなり土下座する。
「頼む、譲ってくれ! パンのネタにしてぇんだ。パンの為なら、プライド捨てるぜ! で、あと試食させてくれ」
「はぁ?」
「あの、お願いします!」
桂も頭を下げた。優多も桂と是之をサポートするかのように丁寧に言った。
「私達、久遠ヶ原の学生は、殆どの生徒が種子島について知らないんです。島についての知識を深める為の一歩として、学園祭でお芋の事を紹介できればと思いまして。ご協力お願い出来ませんでしょうか?」
「種子島の事を知って貰うために文化祭で使いたいんだ」と、巴。
「こんな状況の時に図々しい願いである事は承知しているが、考えては貰えないだろうか?」
綾羅も頼み込む。米田も説明しようと農家の男性の方を向いた。
「文化祭で出す「高品質」の芋を探してるんだ。色々な人が交流する場で味わってもらえば、広告としても効果が期待できると思う。だから、今回の依頼料で払うからこの芋を少し分けてくれ」
そこまで言うと、農家の男性は笑って首を振った。文化祭費用はちゃんと予算がある。
「ははァ……おじゃりもうせ、久遠ヶ原の生徒さんたち。よー来ちぇくれはったなー」
「え?」
「さっきは、がっついおーきに。わざいなバケモンよー倒したかえ」
そう言うと、自分が大人なのに何もできなくて申し訳ないと男性は言った。
ここまでしてもらって、NOと言う気はなかったようだ。収穫したばかりの芋のある納屋に連れて行く。あとで郵送すると約束してくれた。
「まあ、からいもぁつまんでみれ。あと、からいものパンよー」
自宅に呼んでくれた上に、ふかし芋と焼き芋が食卓に並べられ、是之だけでなく、皆が目を輝かせた。
燦然と輝く安納芋とゴマのフランスパン。おやつにと奥さんが作ってくれたものらしい。それを是之にくれた。
「超ンめェー!」
「甘い!」
「クリームみたい」
「これでお芋屋さんの出店ができますね。学生なんですから、楽しんだって良いと思いますよ 」
良き思い出が力となる事もあると、優多は桂に微笑んだ。
「……うん」
――爽兄ぃ、友達できたよ。
桂は微笑み返した。
「写真撮るよー。ハイ」
「「チーズ!」」
ハウンドの記念写真で、この依頼は終わった。