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マスター:皆瀬 七々海
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/10/18


みんなの思い出



オープニング

●斡旋所
「渋川市攻略の続きだが……」
 斡旋所の女性職員が言った。
 今回の依頼は「渋川市攻略第一陣が帰ってきた後の、小学校跡地へもう一度向かう」というものだった。
 一度向かった時にディアボロが奇妙な行動に出たため、第一陣のほとんどが2〜3日ほど行動不能になるほどの怪我をした。重症でなかったのが幸いだが、斡旋所の女性職員にとっても、ディアボロの行動が気になるところではあった。
「我々が見つけた住人を奪い返そうとしていたのはわかるんだが……どうも、住民を庇っていたような様子もあったらしい」
 もう少し渋川市の様子を知るべきだと、同じ場所への調査を依頼しているのだった。
「意外に逃げてくる人間が他にも居たのかもしれないな。あと、連れ去られた女性を探してほしいとの依頼もあるし。もう一度、この辺りに行くべきだろうな……この間の大手食品工場から1km先か。何もないとは思うが、一応、情報は多いに越したことはない。調べてきてくれ」
 そこまで言って、女性職員がふいに黙った。そして、叫ぶ。
「……だ、誰だッ! 部外者を入れたのは!」
 そこにいたのは小学生ぐらいの男の子が一人と、車いすに乗った幼稚園ぐらいの女の子の二人組だった。話している最中に、こっそりと忍び込んだらしい。
「俺だってこんなトコ来たくないよ!」
 少年が怒鳴った。「検査ついでにお礼に行けって言われたから来たんだ!」と、しきりにアピールしていた。
「ん? お礼? もしかして……火明(あかり)くんか?」
「そうだよ!」
 泣きそうな、それでいて背伸びをしているような表情はぎこちなく、まだまだ先日の事件が心の中で解決していないのがわかる。
 ヴァニタスに襲われ、撃退士たちの重体を以って一旦は解決となった事件。それは彼にとって新たな葛藤となっていた。
「狭霧が行くって言ったから来たんだ! まだお母さんも見つけられないゲキタイシなんか信用するもんか!」
「火明くん、やめなさい! それに、私も撃退士よ」
 火明に付き添っていた月遊 神羽(jz0172)が叱る。
「に、神羽(にけ)ねーちゃんはいいんだよっ! 俺の話聞いてくれたしっ」
「あのね、この子……撃退士の素質があるみたいなの。狭霧ちゃんも……」
「うるさいなッ! 言うなよ! 秘密って言ったじゃないか!」
「なるほど……それで検査か」
 女性職員は神妙に頷く。やっと、何があったのかわかった。
 【群魔】内にいた火明と狭霧の兄妹は、撃退士の素質があるかどうかの検査を受けたことがない。健康診断のついでにと診てみたのだろうか、彼らにその資質があるとわかったようである。
 だが、それが幸いかどうか。少年の表情を見るに、心の葛藤は大きそうだった。
「女性を一人を探してほしいという話は聞いていたが……母親か。何か手がかりはあるのか?」
「な、い……でも、お母さん、ここのところ具合悪かったし。連れてかれたから、死んじゃうかも」
 そう言って、火明は口をつぐんだ。
 車椅子の上で大人しく話を聞いていた狭霧が静かに泣きはじめる。
「病気か……病名か何か聞いたことはないのか?」
「ない……いつも気持ち悪いって、寝てた。真っ青な顔してたし……熱っぽかったし」
 そう言いながら、素質があるならいつか母親を解放できるのではないか。自分が渋川市の住人を助けることができるのではないか。そういった淡い願いを少しは持っていたい。縋りたい。
 だが、今の火明では何一つできはしない。
(「……ずるい」)
 心に嫉妬の炎が上がる。
「俺は……施設に帰る」
 火明は皆を睨み、そう呟いた。
 暗い表情のまま狭霧の車椅子を押すと、保護された施設に帰るため、黙って斡旋所を出ていった。独りで母を探すと心に誓って。

 

●渋川市 某所
「あーあ……暇ねぇ。ファズラ、遊びに来ないかしら。退屈よ」
 ルルーはその伸びやかな脚をソファーに投げ出して言った。
 方針的にも、互いにうら若き乙女である点も、知己のファズラはルルーにとって話しやすく、好ましい相手であった。
「ファズラはチョコより豆腐かしらね〜」
 サイドテーブルに置いた箱からショコラを取り出し、整った指先でひょいと口に掘り込んだ。
「んー、美味し♪ ……で、メレディス。そこで何をやろうとしてるのかしら? 私のメイドたちに手を出さないで頂戴ね」
 満面の笑顔を見せ、チョコを食べていたルルーは、背後にいた従僕(ヴァニタス)――メレディス・マルツァラゴーシュ(jz0227)に声を掛ける。
「いやですねぇ〜、俺にはお嬢だけですよ?」
 そう言ってメレディスは茫たる表情で笑ったが、彼の視線はルルーの世話をする人間の女たちに灌がれている。そこには火明と言う名の息子を持つ母親がいた。
 女の園。まさにその居城はそう言うべき場所だった。ここでは、男はメレディス一人だけである。
「嘘つかないで。鏡にニヤけた顔が映ってるわよ。何がお嬢だけ〜よ。私のことはルルー様とお呼びなさい!」
「はいはいはーい、ルルーお嬢様〜」
「返事は一回よ! 腕はイイのに、この性格どうにかならないかしら……」
「それは俺のせいじゃないですよ。そうしたのはお嬢です。それより、用事って何ですか?」
「ああ、用事ね。できそこないのディアボロの始末だけど。勿体無いし、撃退士たちが現れたっていう工場近くに放ったわ」
 そして、「どうせ倒されるでしょうけど、主戦力を削ぐよりは良いわ」と続けた。メレディスは頷いて聞く。
 渋川市のど真ん中に撃退士が出ることもなかろうという判断の元、拠点にするであろう辺りに配置したのだ。そのディアボロたちは弱くはない方だが、ルルーのお気に召す出来上がりではなかったようだ。先日の相手を考えると、気を抜かない方がいいのは当然と言えた。
「残りの魂も惜しいわ……あの特殊な結界も開けちゃったわけだし。出来うる限り搾り上げないと。あぁ、質は落としたくないのに……まったく、トゥラハラス様は何を考えているのやら」
 そして、ルルーは工場付近へのディアボロの増援と、それを取り賄う新しいディアボロ制作に力を入れるとメレディスに伝えた。
 少しでも侵攻を防ぎ、出来うる限り魂を搾り上げておきたい。
「やれることをやっておく……それについては、トゥラハラス様もアバドン様も関係ないの。……私がそうしたいの」
 氷のような銀色の瞳を輝かせ、ルルーは暮れなずむ群魔の空を見上げた。

 やってくる……戦いの音が、血の歌が。

 そう考えるだけで、高揚してく心を隠すことなどできなかった。それは、彼女のヴァニタスも同じ。
 だが、今はまだその時ではない。
 ルルーは退屈な日々を壊す戦いを心待ちにしていた。

 ディアボロたちが小学校と大手食品工場の周辺に集まり始め……そして、ある保護施設から少年が一人消えた。

―― 行く先は、【群魔】
 
 そして、撃退士たちに火明少年の失踪が知らされた。


リプレイ本文

 迷うは魂か。
 それとも、人か。
 薄野原は死者の手招き。
 ゆらゆれて生者を呼ぶ。
 昏き闇に幼子は往き
 今、群魔を越える……

●学園周辺
 火明少年の失踪を知らされた撃退士達が、まずしなければいけなかったのは、少年の行き先を特定することだった。渋川市は県庁のある前橋市の先。県境から先に子供一人では行けない。
 撃退士達は通行人に特徴を聞いて、火明を見かけなかったか尋ね歩いた。そして、商店の立ち並ぶ街角で、それらを不思議そうに見つめる火明に遭遇したのだった。
「見つけたでクソガキ。面倒事増やしやがって」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は速やかに火明を裏道に引っ張り込んだ。
「離せよッ!」
「妹さんを悲しませたいんですか? ……死にたい、んですか?」
 久遠寺 渚(jb0685)はどこか悲しみに満ちた声で言った。
「お、俺は群魔に行くんだっ!」
 睨み据えるゼロをものともせず、火明は睨み返した。
「黙れ。戦う力もない奴が吠えるな」
 火明がなにを反論してきても、一蹴する気でいた。ゼロは低く言った。
「クソガキ。吠えるんは誰でもできんねん。お前は駄々こねとるだけや。そんなんやったら何も救えんし、何も守られへん」
「……」
「撃退士が憎いんとちゃう。何もでけへん自分が憎いんや。うちで力をつけて、せめて一発ぐらいは避けれるようになって来い。せやないとお前のおかん救うとき、邪魔になる」
 邪魔になると言われ、火明は俯いた。
「俺らがお前らのおかん探しとったる。はよ力つけて自分の手で取り戻せ。いろんなもんを……な」
「無謀と勇気は違う事を覚えておくんだな。いつかその命を落とし誰かを悲しませる。だが、譲れない信条、想いがあるのなら先ずは強くなれ」
 神凪 宗(ja0435)も言葉を贈った。
「う、うるさいなッ! 群魔がどうなってるか見ただろ?! お前らなんか……」
「厳しいことを言わせてもらうよ。君は『助けられた』。この言葉の本当の意味、分かる?」 と矢野 胡桃(ja2617)。
 じっと彼女は火明を見つめ、火明も見つめ返した。
 火明には生きることは苦しいことでしかなかった。
 世界は生るるに辛く。そして、死は平等に悪魔が別つ。生きておれば、悪魔に殺されるのが、群魔だった。生も死も同じ。
 火明は答えなかった。
「ねぇ、君に何があったか知らないし、知った所で何も言えない。でもね、助けたい人が居るなら一緒に行こう? 撃退士とかじゃ無く、一人の人として一緒に戦おう。ね?」
 姫路 神楽(jb0862)は微笑ながら接そうとした。
 神喰 朔桜(ja2099)も横から語りかける。
「好きにしたら良いんじゃないかなって思うよ。生きるとは行動する事。それに選択を選ぶのは、何時だって自分」
 好きな様に生きて理不尽に死ぬ。それが人生。
「生き様は兎も角、死に様も望む様には行かないのが常。でも、だからこそ」

――良く考えて生きなよ。悔いがない様に。甘えた子供でいられる時間なんて、そう長くないよ?

 囁いた声に火明は顔を上げる。
 彼女を見つめた後、火明は小さく「連れてって……」と呟いた。

●渋川市 〜行動開始〜
 火明を連れ、皆はディメンションサークルを潜った。、次の瞬間には渋川市の大手食品工場付近へと飛ばされていた。
 呆然と周辺を眺める火明に明斗は近づく。
「強くなりたいのですか? なら、優しくなりなさい、そして学びなさい」
 それだけ言うと、黒井 明斗(jb0525)は小学校担当の班に光信機を渡しに去って行った。神楽の提案で人数分用意したものだ。
 火明には無理強いする気はなかったが、明斗は一言だけ伝えたかった。大切な――祖父からの言葉(十字架)を。

 一同は【小学校班】と【工場班】に分かれた。
 【小学校班】はの6人。【工場班】は4人。
 火明は工場班と共に行動したいと言い出し、それを中津は了承した。自分が盾になればよい。そのような判断だった。

●工場内
「Sit! ちょこまか動かないで、ね。大人しくして」
 胡桃は敵の形状から、過去のデータから、敵は集団で現れるのではないかと思っていた。
(「……当たりね」)
 『PDW FS80』。高い威力と命中精度を誇る個人防衛火器は、その携帯性と安定性から狼型ディアボロにアウルを纏った赤き弾丸を射出した。
「ギャウン!」
 痛みに飛び跳ねるディアボロ。先日のものより小型で、動きも遅かった。
「私は『剣』。悪いけど、道を開けてもらうよ」
 そして、盾は中津 謳華(ja4212)、その人だ。
(「怨 南牟 多律 菩律 覇羅菩律 瑳僅瞑 瑳僅瞑 汰羅裟陀 櫻閻毘 蘇婆訶!」)
 中津は荒野鬼神四肢招来之法により足りない火力を補いつつ、純粋なる殺意を以て敵を引きつけていた。
「ギャオンッ!」
「……はァッ!」
 放たれた墨焔が一撃と同時に狼型ディアボロへと纏わりつき、墨焔は竜の如き顎を以て喰いちぎっては中津と戻っていた。
 正しく鬼神の如き様相である。
「どうした…貴様等如きでは俺の相手は役不足か?」
「……ォォン!!」
「逃げるなら見逃します。でも、向かってくるなら容赦はしません!」 
 明斗は叫んだ。
 仲間に敵の攻撃が及ばないように、後衛の盾となるよう立ち向かう。
「ウォンッ!」
 ヘラルドリースクトゥムを取り出し、突撃してくるディアボロを跳ねのけようと構え続けた。
 その後ろで武器を手に待機していたのは間下だった。火明を背に庇うように陣取り、あの日のように守ることを心に誓って敵を狙い定める。
「凡人でも、これぐらいできます!」
 銃を構え、アウルを込め、狙い撃つ。ただそれだけでも、これが自分にできる最大の事と、間下は火明に教えるように撃った。動きに集中することで放たれる一発が大切なのだと。
 有り得ないほどの練習量に裏打ちされた自信が、通常の弾丸よりさらに威力と精度を高め、血のにじむような努力の結晶で構成されたかのような精密射撃を可能にしていた。
 先日のディアボロよりも小さいけれど、脅威は変わらない。なのに、この安心感は何だろうか。
 火明は見つめた、すべてを。この場に起きた奇跡のような光景を。
 撃っているのはヴァニタスと同じ『モノ』なのに、温かささえ感じる射撃。

――あの時と同じだ。小っちゃい時、誰かに同じようにしてもらったっけ……。

 世界から逃げるように引き籠っていたから、忘れてしまっていた。安っぽい子供じみた正義感で、生きていることや生かされていることを否定してしまっていた。例え食料が配給であっても、それはそこにあるのだから、得ればよかったのだ。

――そうだ。銃、撃ってた。黒い……影……

 ヴァニタスと同じ物を、間下が撃っている。黒いコートの色と輪郭が重なる。ただ、見つめるしかなかった。涙が流れても目を逸らせなかった。認めたくなかった。でも、思い出してしまった。
「メレディス……」
 少年は呟いた。
 近いと思っていた、いつかの黒い影。本当は遠かった、黒い――狩人。

 5匹もの狼型ディアボロを倒し振り返れば、間下のすぐ後ろで涙を流す火明がそこにいた。
 静かに見つめ、中津は滔々と語った。
「……俺は己を撃退士などとは思っておらん。ただ戦に生きる、しがない武術家だ。 撃退士を嫌うのならそれもまた良し。だが、『戦う』という事の意味は知っていて損はない 。まずは見て、感じて、頭でなく心で理解しろ。己の中の力がどういうものなのかを、な。今、何かを感じている、その心のままに」
「えっと……何で、泣いてるんでしょう? あれ? あぁ、そうだ。火明君には謝らないといけませんねー」
「……え?」
「『あとで幾らでも謝る』って前にね、言った身ですし」
 へらりと笑って、間下は続けた。
「適性あったんですよねー……でも、はっきり言いますが。今の貴方は『弱い』し『無知』です。蛮勇振るって丸腰で戦場に来たのが、その証拠。貴方は今は『強く』なって『学ぶ』時期だと思うのです」
「……」
 火明は黙ったまま俯いた。返す言葉などありはしなかった。
 そして、そんな重い気持ちをどこかに吹き飛ばすかのように、間下は笑って言った。
「……ってことで、うちに…久遠ヶ原に来ません?」
「……」
「……学費無料ですよ?」
「わから、ない……」
 火明はそう告げると、大型冷蔵庫の方を見た。そして、潰れた段ボールも。
 逃げ込み、撃たれ、絶望と悲しみと死を覚悟した場所。信じていた黒い影が、自分を撃った場所。でも、裏切ったのではなかった。元からそうだったのだ。だって、彼は自分を覚えてすらいなかったのだから。自分だって忘れていたのだから。
 それでも、まだ火明は決められなかった。

●小学校
「闘諍の戦鬼、神凪 宗。見参!」
 宗は堂々不敵に名乗り上げ、ディアボロたちの注目を集める。救助者から遠ざけるためだ。十分に距離が取れたら正面から仕掛け、複数の敵を巻き込めるようにしていた。後退しつつ、敵を射線軸に捉えたら火遁で焼き払う。
 明斗からの連絡でこちらに向かっていると聞いての配慮だった。
「さぁ残された人達を助けましょうか!」
 ヒロッタ・カーストン(jb6175)は物質透過用い、障害物を無視して市外へ逃げそびれ隠れていた人達を捜索、救助していた。
 発見次第、仲間に連絡する。今は発見した人々を校舎へと逃がして迎撃中だ。
「くらえーッ!」
 両脚に雷のアウルを、身体に風のアウルを纏い、疾風迅雷の如く素早い攻撃で翻弄する。
「ギャウッ!」
「逃がさない!」
 ディアボロが怯んだ瞬間、朔桜の創造≪Briah≫『冥牢繋ぐ禁戒の縛鎖』、黒焔の鎖が現れてディアボロを拘束する。その後、創造≪Briah≫『灼熱孕みし殺戮の毒槍』を食らわす。
「キャンキャンうっさい。消えろ!」
 ゼロは物質透過を利用し、壁や机などを使って狼たちの隙を作るよう努力して、タイミングを計る。体内でアウルを燃焼させる。加速してライフイーターを一閃させた。
「ギャゥン!!」
「まだですよ!」
「ォォン!」
 渚は黒き銃身をディアボロに向けた。十分に距離を取り、ヨルムンガルドで遠距離射撃を狙う。アウルで生み出した蛇の幻影がディアボロに咬み付いた。
「おやぁ…この前みたいに行きませんよ?」
 神楽はメイル・ブレーカーを用いて確実にディアボロにヒットさせていった。
 そして、敵を殲滅したところで工場班が駆けつけてきた。
「お待たせしました、工場のディアボロはすべて倒しました。隠れていた住民も一緒です!」
 明斗の報告にヒロッタが頷く。
「こっちもだよ! 救出者も学校内にいる」
「よかった!」
 満面の笑みで明斗は言った。

 見つかった人々は、見つからないようにひっそりと隠れていた住民たちだった。明斗が生命反応を察知して見つけた家族が2組。小学校周辺に隠れていたのも2組だ。
「あぁ、もう順番が来たのかと思ったよ。……覚悟してたが」
「もう大丈夫ですよ。で、順番って?」
「死ぬ番さ。いつかはお鉢が回ってくる。あのヴァニタスが銃持って来たら、その番さ」
「はぁ……」
「いつも笑ってたな。何にもないときゃ、おはようって挨拶してきてさ。子供がじゃれついても怒らずに遊んでやってる変な奴だったな」
「私も最初はヴァニタスだと思わなかったわ」
 何かあった時は助けてくれるので、はじめは撃退士か何かと勘違いしたこともあると言った。
 何とも複雑な状況にしばらく撃退士達は無言だった。そして、その静寂を破ったのは住民の一人だった。
「そんなこたぁどーだっていいんだよ! 俺たちへの国の補償は? 失ったすべてに保証金は出るんだろうな?!」
「え?」
「ま、またお前はそんなことを! 撃退士さんたちに失礼だぞ!」
「俺はなぁ、とっととこんなところ出てやるんだ!」
「金の話か!」
「俺は会社も成功も失ったんだぞ! 配給生活! どんだけ悔しかったと思うんだ!! なあ、撃退士さんたちよォ……あいつ、ぶっ殺してくれよ。あ、そう言えばもう死……」
「子供がいるんだぞ!」
 助けられたことで気が大きくなっている男を、他の人間が止めた。
「なんて、ひどい……」
 神楽は溜息を吐いた。
「わる、く……いうな」
「お前、何言って……」
「悪く言うなぁーーーッ!」
 少年は叫んだ。
「食料を奪ったり殺し合いをしたのは本当にあったことだぞ! そんなだからっ……どうせ、お前は何もしなかったんだろ!」
 悔しかった。人のことなど言えはしない、何もできない自分。しなかった自分。生に対して感謝しなかった自分。
 どうしても本当の気持ちが言えなかった。でも、今は我慢が出来なかった。苦しくて、逃げたくて、縋りたくて。火明はゼロと間下の上着の裾を掴んだ。苦しくて、掴んでいないと自分が壊れそうだった。
「……ゼロ、間下ぁ」
 温かいものを掴んでいたくて、火明はやっと名を呼んだ。涙で視界が滲んだ。
 ゼロは火明の姿に言いようのない感情が沸き起こるのを感じ、男に低く言った。
「ああ、群魔からは逃げられるやろうなぁ。でもな、お前の【心の闇】からは逃げられへんわッ。ゆがんだレンズはなぁ、正しく世界を映さへんのや!」
「いや、その……」
「何かあるのですか?」
 冷たく明斗が言った。
「お、俺たちはそれだけ撃退士に期待を……。そうだ、お前、助けられてよかったなあ。お母さんは悪魔のところに連れてかれたからな。し、しばらくは生きてるだろうしっ。撃退士さんがチョチョイとやっつけてくれりゃぁ、御の字よ」
「連れてかれてって……この子のお母さん知ってるんですか?! それに、しばらく大丈夫って……」
 ヒロッタは目を瞬かせた。
 男は言った。悪魔が器量の良い女性を集めてメイドにしていると。そこは女の園だとも。
「もう、よして頂戴!ご近所さんじゃないの! この子のお母さんは……お腹に赤ちゃんがいるのよ! よかったって、どういう事よ!」
「え?!」
 渚はその言葉に凍り付いた。横を見ると、火明も言葉を失っている。
「……病気じゃない、の? でも熱が」
「赤ちゃんができるとね、風邪ひいたみたいになるのよ。最初はね」
 先程から暴言を吐いている男の妻は、恥じ入るように言った。
 皆は無言で顔を見合わせる。
 倒すべきディアボロは掃討し、救助者も保護した。火明を保護した時点で、学園からの依頼は終了したことになる。
 陽も暮れはじめ、夜間の行動は危険と言うことで撤退を余儀なくされた。
 各人、様々な思いを抱きつつ、帰路に就く。

「……ま、した」
「はい?」
 少年の泣き声に間下は振り返る。
「……が、がっこう」
「……はい」
 間下は微笑んだ。
 もう、理解っているから。
 二人は手を繋いで歩いた。

 静けき渋川市は灯りも無く、その代りにとばかりに、日願花が火車のように咲き燃ゆっていた。
 この先に悪魔と、あのヴァニタスがいる。
 皆は血色の野原の先にヴァニタスの姿を見たような気がした。

 そして、昏き闇に行きつ戻りつしていた幼子は、久遠の野原に帰って行った。


依頼結果