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犬の散歩でもしているようにのんびり歩く少女型ディアボロは、人気が無いことを特に不審に思っている様子はない。
「このままこっちにcomingしてるぜ!」
「分かりました」
ディアボロ達の偵察から戻ってきた炎條忍(jz0008)の言葉を受け、ファリス・フルフラット(
ja7831)は持っていたビニール袋から何かを取り出す。
囮をする前に試したいことがある。
そう言ったフルフラットの行動を静観しつつ、久遠 仁刀(
ja2464)は他の仲間が待つ場所への誘導ルートを地図で確認する。
近くで肉を焼く香ばしい香りが漂って来た。
今回運良く釣れても次も同じ手が通用するかは、これまた運次第。
「……来ました!」
ファリスの仕掛けた肉におびき寄せられ、興奮気味に吠えながら走ってくるグールドッグ達との鬼ごっこが始まるまで、後数秒。
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「天使の次は悪魔か。あいつらはGWを知らないのかしら」
待ち伏せ場所を見渡すことができる車庫の上で、田村 ケイ(
ja0582)が嘆息する。
「GWとは人間が定めた連休なのだし、天魔には長期休暇というのは存在しないかもしれないな」
実に興味深い。天魔の世界で長期休暇が実在しているのか、下妻笹緒(
ja0544)は関心を持ったように腕を組む。
「しかし、ドーベルマンは確かに優れた犬種だが、いかんせん黒毛の割合が高すぎる」
白黒パンダの姿で、笹緒は誰も聞いていないけれど白黒のバランスに関して滔々と語り始める。
「笹緒君、ディアボロが来たら相手を頼むね」
ディアボロとの対話を試みるつもりの下妻の補佐として近くで待機するグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が声を掛けると、笹緒はこくりと首肯した。
「うむ、任せてくれ。上手くコミュニケーションが取れると良いのだが」
言葉が通じなければ身振り手振りのジェスチャーで挑む心構えはできている。
なかなか心強い言葉に、グラルスも頷く。
万が一の場合に備えての準備はできている。
「うえー…気持ち悪いワンちゃんですねー!」
ファリス達を追ってくるグールドッグを見て、丁嵐 桜(
ja6549)は思い切り顔を顰めた。
「何か……嫌な予感がするのよね……」
徐々に姿が見え始めた敵の姿に、藍 星露(
ja5127)は歯切れ悪く眉根を寄せる。
「え? どうかしたんですか?」
「確証はないから、今は何とも言えないわ」
きょとんと首を傾げる桜に曖昧な笑みを返し、星露は未だ見えないディボロを思って気を引き締める。
羽に含まれる謎は、考えていても答えは出ない。
「流石に速いな」
常人であればとっくに追いつかれている速さで、仁刀は直ぐ後ろを咆哮しながら追ってくるグールドッグを一瞥した。
「撃退士でなければ危なかったですね」
グールドッグ三匹しか見えないが、その後ろからディアボロの少女も付いて来ていると信じるしかない。
そろそろ合流地点だ。
「あ、っ!」
油断したわけではない。けれど一瞬の隙が出来たのは否めない。
ファリスの腕に、グールドッグが噛み付いた。
「ファリス、大丈夫か!」
「大丈夫ですっ」
振り払うではなく、ファリスは一度腕を上げて振り下ろすのと同時に装着していたメタルレガースをグールドッグに叩きこむ。
「このまま噛み付いてるなら……こうです!」
「キャウン!!」
ファリスのメタルレガースがグールドッグの顔にヒットする前に、グールドッグの腹に薄紫色の光の矢が貫通した。
「ナンパはパンダの人に任せた!」
見れば車庫の上に大城・博志(
ja0179)が居り、手を振っている。
仲間を撃たれて足を止めたグールドッグは、威嚇しながらその場に留まる。
「警戒させちゃったかな」
「ディアボロはまだ近くに来てないみたいだし、今の内に殲滅するのも手じゃないかしら」
周囲を見渡し、ケイが言う。
「ふむ、一理ある。丁度射程圏内に入っているようだし」
顎を摩りつつケイの言葉に同意を示した笹緒の隣に金属製の燈籠が出現し、金銅燈籠が発動される。
「よっ……ドスコーイ!」
火球を回避した一匹の行く手を遮るように、桜が片足を高々と上げて地面を強く踏み込み四股を踏む。
「逃がしませんよー!」
気合の入った桜の攻撃がグールドッグにダメージを与える。
「先程のお礼です!」
噛まれた傷を庇うではなく、ファリスはショートソードを軽やかに操り火球で傷を負ったグールドッグに一太刀浴びせる。
素早く後退したファリスと入れ違いにケイの援護射撃が入り、生まれた隙へとどめの一撃。
「こっちも行くわよ」
光纏を緑色の巨竜を模した形状へ変化させ、星露は輪舞曲・ヴリトラを放つ。
火球を受けて覚束ない足取りだった一匹が悲痛な声を上げ、けれど倒れることなく星露へと飛びかかる。
「つぅっ!」
トンファーで振り払おうとした一撃を避けた牙が二の腕に食い込み、思わず顔を顰める。
だがすぐに持ち直したトンファーをグールドッグの鼻先にお見舞いし、引き離されたグールドッグの腹をケイが撃ち抜き、そこへ仁刀が大太刀で動きを止める。
「ディアボロが到着したようです」
ケイが淡々と事実を告げた。
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「むむっ!キレーな羽根!」
静かに佇むディアボロの背の七色の羽に、桜が目を輝かせる。
「人の形を残しつつ、鱗と羽根を備える……まるで継ぎ接ぎだな。魂を奪った上に、弄ぶか」
元は同じ人であったはずの少女の姿をしたディアボロを見て、仁刀は目を細めた。
魂は既に無くとも、外見を歪に変化されたことに憐憫の情を覚える。
「こんにちは、こちらの言葉は理解できるかね?」
動かないグールドッグを確認して、笹緒がディアボロに話しかけた。
倒すべき相手であろうと、意思疎通が可能であれば情報を引き出し次に繋げることができるだろう。
臨戦態勢は崩さないまま、撃退士達はディアボロの反応を伺う。
「…………」
ディアボロは倒れたグールドッグを眺め、撃退士達一人一人をゆっくりと眺める。
「これ倒したの、あなた達?」
「君と話をするのに些か邪魔だったものでね」
「君、名前なんて言うの? できればスリーサイズも教えて? あとここに来た目的とかさ」
車庫から降りてきた博志が笑みを貼り付けてディアボロに話しかける。
「名前なんて知らない。ここに来たのは、あなた達に会うため」
「それはどういう意味ですか」
迎撃の準備は整えている。
グラルスは慎重に射程圏内にディアボロを捉え、問いかけた。
風に揺らめく羽を危険視している星露は傷口を抑えて風上へと移動する。鱗粉を振りまかれても即座に反応できるように。
「わたしの羽、力が足りないの。あなた達みたいに対抗してくれる人達の血を浴びたら、飛べるようになるんだって」
「それは誰が言ったんだね?」
「わたしにこれ貸してくれた人。だから、待ってたの」
これ、と持ち上げたのは一振りの刀。
「だから、死んで?」
わたしの為に、と笑ってディアボロは突撃する。
「そう簡単にはやらせないよ。出でよ、黒曜の盾。オブシディアン・シールド!」
笹緒の前に回り込んだグラルスの詠唱によって出現した大型の騎士盾に、ディアボロの刀が押し止められる。
「うん、簡単にやられちゃったら、つまらないよ」
盾に弾かれ刀を振り、ケイのクイックショットで撃ちぬかれた腕を振り回しながらディアボロは桜へ向かって駆けた。
「負けませんよー!」
突然のことにも四股を踏み、気合を入れた桜はウォーハンマーで刀を受ける。
他の撃退士達もただ見ているだけではない。
博志のスタンエッジや星露の即興曲・ワイバーンがディアボロを襲う。
しかしディアボロは動きを止めない。
「まるで素人ですね……」
決まった型も太刀筋も甘く、ただ刀を力任せに振り回しているだけだ。
簡単に回避できる刀を避け、ファリスは合間に攻撃を重ねる。
「本当に、羽はただ付いているだけなのか?」
防御に使うでもない羽はディアボロの動きに合わせてひらひら揺れるだけで、仁刀の風花で一枚あっさり破れた。
「わたしの羽!」
笹緒の金銅燈籠の炎がディアボロの全身を焼き、更に一枚。
「悪いな、これも仕事なんだ」
「これで終わらせてみせる。灰簾(かいれん)よ弾けろ、タンザナイト・ダスト!」
博志の攻撃でバランスを崩し座り込むディアボロへ、氷の結晶が容赦なく降り注ぐ。
「終わったの……?」
目を見開いたまま動かなくなったディアボロを遠巻きに眺め、星露は吐息する。
桜は目を瞑り、心の中で少女の冥福を祈る。
「警戒した割には、大した裏もなかったな」
飛べない羽はただの飾りで、撃退士達の血で力を得られる。
そんな甘言に騙されたのは元が年端も行かない少女だったからか、ディアボロとして天魔の言葉は絶対だったのか。
真相は判明しないまま、仁刀はディアボロの近くに転がる刀へ何気なく手を伸ばす。
「悪いけどそれは俺のだ」
「っ、誰だ!」
前触れ無く現れた足が刀を蹴り上げ、所有者の手元へ収まった。
黒のローブに身を包み、フードをすっぽり被った長身の男が立っている。
「まだ残っていたか。それならこれで!」
「おーっと早まるなよ兄ちゃん」
魔法書を手に詠唱を始めようとしたグラルスの喉元に刀が突き付かれ、撃退士達は動きを封じられる。
「俺はただこれ回収しに来ただけ」
「本当にそれだけですか?」
口調は淡々としていても、ケイの声には怒りが滲み出ていた。
「そうだよお嬢ちゃん。ここであんたら殺した所でゲートは遠いし、俺の元に魂は届かない」
「では彼女を出歩かせた理由は?」
「ただの暇つぶし。おつむの弱い人間が、騙されるのか見てみたくってさ。結果は見ての通り。ディアボロ作るのももうちょっと質の良いの選ばなきゃダメだな、やっぱ」
工作が失敗したように肩を竦めた男へ左右から仁刀とファリスの蹴りが入る。
だが男は一瞬の内に離れた場所へ移動していた。
桜の放つ矢を上半身を逸らして避けると、星露の放つ翼竜の姿を模した衝撃波を躱し、グラルスの放った氷の錐は刀を薙いで破壊する。
「へっ、……っと!」
口の端を上げた男は両の足元に射撃を受けて後退する。
「消えろ。私たちはあんたらの食料でもおもちゃでもないのよ」
銃口を男に向け、ケイは鋭い眼差しで男を睨みつける。
「俺が言うのもなんだけど、あんた女の子の扱い方もう少し勉強した方がいいんじゃない?」
魔法書を手に、軽口を叩く博志に男は口角を上げた。
「ご忠告どうも。じゃあ俺はお望み通り消えてやるよ」
じゃあな、と軽口を叩いて男は姿を消した。
「腹立たしい天魔でしたね!」
頬を膨らませ、桜は素直に怒りを顕わにする。
言葉に出さないまでも、その場に居る皆が同じ事を思っている。
失った命は元に戻らない。
戦闘が終わり、噛まれた傷が痛みを訴えるがファリスは弱音を吐くことはしない。
「私は……勝利を具現すると決めているのだから!」
被害をこれ以上増やさぬよう、人類の勝利を心に誓い、ファリスは前へ進む。
「笹緒君、何をしてるんですか?」
もこもこの手で器用に携帯電話を操作している笹緒に気付いたグラルスが声を掛ける。
「名前を聞き出せなかったが、ひとまずセーラー服は撮影したので、映り具合を確認しているところだ。細部は無理だが、形状は判別できるだろう」
後日、笹緒が学園に提出した写真を元に調査を行った所、デイアボロの着ていた制服は中国地方の中学校のものだったらしい。
悪魔に蹂躙され、生きる人が居なくなった小さな町の学校であり、それ以上の特定は現状不可能ということだった。