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かつあげの共犯者が、風紀委員の中に居るかも知れない。
被害報告のみで一向に犯人の所在が判明しないのは、内通者が居ると考えるのが妥当だろう。
博士・美月(
ja0044)と都竹 東(
ja1392)は学園に残り、聞き込みを行うことにした。
(ったりぃ……馬鹿が何してーか知らねぇけど、どうせ碌でもねぇ事だろ)
学園のパソコンのネットワークを開き、都竹は何か無いかと情報を探る。
被害者の呟きは簡単に見つけたが、日時や場所に規則性は感じられない。
(面倒臭ぇな)
舌打ちし、都竹は別のキーワードを入力して検索し直した。
被害者と直接話をした博士も同様に、事前に貰った資料以上の情報は得られなかった。
恐怖を感じる場面で、相手をしっかり観察するほど豪胆な低学年生は、まあ、そう居ない。
これ以上聞き込みをしても意味がない、と博士は風紀委員の集まる部室へ向かう。
「あら、今からお出かけですか?」
風紀委員と見られる複数の人間が指定学生服を着、右腕に『見回り中』の腕章を装着している。
「学生街の見回りを。今回君達は聞き込み調査をしてるんだったね」
「はい」
囮調査は風紀委員には秘密裏に行うため、博士はリーダー格らしい男子生徒の目を見て首肯した。
「これがパトロールの道順と時間帯だ。丁度良いので君にも渡しておこう」
「あ、有難うございます」
見れば学生街の簡易地図に、赤い線で道なりが示されている。
開始と終了が記述され、確かにその時間で回れる道順だ。
「ちなみに毎回こうして印刷されているんですか?」
「店や歩行者の迷惑にならぬよう、こうして事前通告している」
部屋を出ていく風紀委員を見送り、博士は嘆息する。
「……都竹さん? 何か目ぼしい情報見つけました?」
『ない。けど、風紀委員のバカ正直さは分かったぜ』
携帯で連絡を取った都竹も、ネット上や学生街の掲示板にもスケジュールを公開している風紀委員の真っ正直さを確認したようだ。
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例え如何なる理由があろうと、弱者から金品を巻き上げる行為は恥ずべき行いである。
目的が何を指しているのか不明だが、今日捕獲することで知ることが出来るはず。
囮役のラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は内心の憤懣を押し殺し、不安げに眉を下げて周囲を見回す。
フリルのブラウスにベルベットのロリータコートに身を包み、お嬢様風のシャーウッドはできるだけおっとりした体でウィンドウショッピングをする。
やや疲れたのか、ベンチに腰を下ろして持ってきた本を広げ、読書をする振りで周辺地図をチェック。
そんなシャーウッドを離れた所で、久瀬 千景(
ja4715)が見ていた。
「待つって苦手なのよね。まだかなー?」
久瀬の脇からひょいと顔を出し、今にも飛び出していきそうな雪室 チルル(
ja0220)が周囲を見回した。
「犯人の動機と目的が全く読めませんね……」
シャーウッドの背後を通り過ぎ、雫(
ja1894)も二人に合流する。
「自称でも『学園の先輩』らしいからな、本当に学園の生徒であれば、学園の評価にも関わる。早々に捕まえたいところだな」
こんなことで評判を落としては、撃退士としての行動が制限されかねない。
それに本当に学園の生徒であれば、更生を促すのも必要だろう。
「あんな卑劣な行為は許せないわ! あたいがとっちめてやるんだから!」
小さい子を脅すようなことは最低だ。
「しっ。ターゲットらしき人間が現れました」
雫が唇に人差し指を当てると、二人も口を噤んでシャーウッドへ視線を向ける。
擦り切れたジーンズに薄汚れたTシャツ、着古したライダージャケットの長身の男が、ベンチに座るシャーウッドに近づく。
「…………」
ページを捲るシャーウッドは男に気付いていない振りをしながら、意識は男へ集中している。
男は暫くシャーウッドを眺めていたが、やがて興味を失ったように歩き出す。
「どうしましょう。追いますか?」
ターゲットではなかったのだろうか。
現行犯逮捕でなければ、冤罪の可能性も生まれてしまう。
「とりあえず、B班に連絡しておくか」
顔を上げて去った男の背中へ強い視線を送るシャーウッドに一応声をかけず、久瀬は携帯を取り出す。
学生服に身を包み、帰宅途中の猫野・宮子(
ja0024)は学生街で寄り道していた。
店先のワゴンセールに足を止め、美味しそうなケーキに目を奪われる。
購入を迷う猫野から少し離れた所で、携帯電話が着信を告げた。
「あ、と。ごめんなさい」
宅間 谷姫(
ja1407)は慌てて携帯を取り出し、紅葉 公(
ja2931)と連れ立ってそそくさとその場を離れる。
猫野はそんな二人をちょっと見てから、再びショーケースへ視線を戻す。
(しっかりと囮にかかってくれるといいんだけどな……)
ケーキを眺めつつも、思考は別方向を向いている。
偶然を装って近くに居た宅間と紅葉が離れたので、これからは猫野一人で誘き寄せ、時間を稼がなくてはいけない。
「ターゲットらしき人物が、A班より離れたようですの」
「それじゃあ、こっちに来る可能性が高くなってきましたね」
引き続き囮捜査を続行するA班より連絡を受け、宅間と紅葉は辺りを見渡す。
聞いた情報に当てはまるような人物は、未だ姿はない。
「お金が欲しくてやってるのではなく、入学したかったけどできなかった腹いせにやっているのでは、なんて思ってしまうですの」
自分が送れなかった学園生活を満喫する生徒達が、憎かったのだろうか。
「理由はどうあれ、こういう行動は何とかして止めて頂きたいです」
お金を奪われた生徒達の心中を思うと、早々に解決したい。
「あのactingはなかなかじゃねえか!」
猫野を見ていた炎條忍(jz0008)が感心したように笑う。
見れば、自動販売機前に移動した猫野が財布から小銭を取ろうとして一枚落としてしまったようだ。
慌てて転がる小銭を追う猫野。
見失わないよう距離を置きつつ後を追う三人は、猫野の向かう先に人影を見つけて足を止める。
「あっ」
猫野の指が逃げる小銭に触れる前に、無骨なサンダル履きの足が小銭を踏みつけた。
「──これ、嬢ちゃんの?」
逆光でよく見えないものの、軽い調子の声から柄が悪そうだと判断する。
「bingo!」
「こちらB班、かかりました!」
男から見えないよう店の軒先に身を隠し、紅葉はA班へ連絡した。
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「え、ええと……でもその……お金返してくれます? はぅっ」
「あー返す返す。まーいつになるか分かんねーけど、今度会ったらな。だから、一枚でいいし」
小銭を拾ってやったお礼と称し金を貸せとしつこい男を振り払いきれず、猫野は絡まれていた。
実際には脅えた振りで適当に構いながら引き付け、合流するのを待っているのだが、勿論男が気付くはずもない。
もう一押しで金をせびり取れそうだ。
そうニヤつく男は路地を曲がり際、何かに足を取られてバランスを崩す。
「──っうぉっ!? と、とっ、とっ。あっぶね。……なんだぁ?」
よろめきながらも何とか体制を整え、振り返った男は路地入り口に片足を一歩差し出した状態で立つ宅間に気付く。
先程まで気弱げに縮こまっていた猫野がにっこりと笑う。
「なんちゃって♪君の悪事も此処までだよ♪この……魔法少女マジカル♪ミャーコがお仕置きしてあげるのにゃ♪」
「はあ?」
学生服を脱ぎ、魔法少女の衣装へ変身した猫野の宣言に、男は訝るように目を細めた。
「大人しく捕まって下されば、此方も手荒な真似はしません」
掌に淡い光球を作り出して辺りを照らし、紅葉は男の反応を見た。
「何言ってんの? お前ら」
路地の入り口は塞がれている。
男は口の端を歪め、後ろに数歩下がった。
路地は行き止まりだ、このまま追い込んで捕まえようと猫野が駆ける。
「ガキと女に捕まるかっての!」
「あ!」
壁に付いた手を軸に壁を駆け上がり、勢いそのまま三人の頭上を越えて路地を飛び出す。
「くっ!」
「ざーんねんっ」
入り口近くに居た宅間が慌てて手を伸ばしたが男のジーンズの端に触れただけで、捕まえることはできない。
「chaseするぞ!」
走り去る男を追いかける炎條の声に三人は慌てて路地を後にする。
「トワイライトに反応しないということは、彼は一般人ではないのでしょうか」
「というか、あの跳躍、普通じゃありませんでした」
運動神経抜群というだけでは済ますことのできない反射神経と、現役撃退士四人が追うのに追いつけない駿足。
どう考えても撃退士である気がする。
「でも博士さんからも都竹さんからもそんな連絡ないにゃ!」
学園に残って情報収集に努める二人からは、男に関する情報は回ってきていない。
ふいに、男が左の路地へ入り込んだ。
「こらー! 逃げるんじゃないわよー!」
前方に回りこんできていたらしい雪室が、男に向かって怒鳴る。
男に続いて路地へ飛び込み、続いて久瀬、シャーウッドが向かう路地へ、紅葉達も飛び込む。
右に左に細い道を走り、どうやら撒こうとしているようだがそうはいかない。
「鬼ごっこは終わりだっ」
「そうはいくかよっ!」
地図を頭に叩き込んでいるシャーウッドや久瀬らがわざと道を外れ、横道から前方を塞げば男は建物の窓から中へ進入し、別の道を走り去る。
「これじゃキリがないっ」
「そうでもないですよ」
全員が男の後を付いて回るのではなく、道なりが分かる者は別の道から男の行く手を阻み、気付かれないよう追い詰めている。
「あっ!?」
男が気付いた時には、完全に三方を巨大な壁に囲まれた行き止まりに追い込まれていた。
「きみ、そろそろ大人しく捕まってくれないかな」
「は! だーれがっ」
ちらりと男が視線を向けたのは、右の建物の二階ほど上にある窓。
「んじゃあな!」
「逃がしません」
壁伝いに跳躍して窓へと手を伸ばそうとした男の頭上、目標にしていた窓から雫が武器を手に飛び降りた。
「うわあぁっ!?」
「危ないっ」
男の目的を察して登攀し後を追おうとしていた宅間が咄嗟に男を引っ張る。
「……怪我はありませんか?」
布に巻かれた大剣は男にも宅間にもヒットせず地面を叩き、雫は腰を抜かした男を淡々と眺めた。
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「これでよし、と」
捕獲用のロープを持っていた雪室が男を縛りつけ、撃退士達は身動きできない男を囲むように並び立つ。
雫がしゃがみ込んで近づく。
「あの……先程はすみませんでした。大丈夫でしたか?」
「……」
無言だが男はアウトローの影響か、興味を示すように雫を見る。
「それで、何故カツアゲなんてしたんですか? 年下の子ばかり狙うなんて……」
「別にー? ガキならちょっと脅せば簡単に金出すからな」
「貴方に見回りの情報を流したりなど、共犯者はいらっしゃいますか?」
「居たら捕まってねえっつうの」
逃げ道を絶たれ、久瀬と炎條の二人に体中を探られた男は不機嫌である。
携帯電話はおろか、財布のような所持品は一つもない。
「きみ自身、誰かに恐喝を強要されているのか?」
シャーウッドの問いに男は一瞬ぽかんとする。
「……何だ、日本語話せるのか」
どうやらシャーウッドに話しかけなかったのは、言葉が通じないと思ったかららしい。
複数名への繋がりは確認できず、仕方がないのでこのまま男を風紀委員へ引き渡すことにした。
「今時携帯持ってないなんて、珍しいわね」
「月々払い出来るならカツアゲなんかするかよ」
博士の言葉に男は吐き捨てる。まぁ、ご尤もな意見ではある。
「あ!?」
「……なに、あんたこいつ知ってんの?」
男を見た風紀員の一人が驚いて口を押さえたのを見逃さず、都竹が音を立てずに距離を詰める。
「い、いや、知っているというか、長期依頼中だと思ってて……」
男と風紀員は寮の元同居人であり、彼もれっきとした撃退士の一人らしい。
だが去年の文化祭前後に姿を消し、風紀員はてっきり長期依頼に出て留守にしているのだと思っていたというのだ。
「そういう大事な情報は、今度はちゃんと渡して貰えると此方としても助かるんですが?」
「す、すみません」
同じ撃退士で素性や氏名が分かればもう少し違う対応を考えられたはずだ。
故意ではないにしろ、情報操作が行われたのと同じことだ。
この風紀員は後で反省して貰うとして、今はカツアゲ犯である。
「数十久遠で手を引いているが、何らかの事情があったのか?」
「一日生き延びる為の食い物は数十久遠で事足りる」
駄菓子など単価が安い物で命を繋ぐ。
寝る場所も着替える服もなく、追われる自覚はあるので十分な休息を取る時間はない。
男は血走った目で、観念したというより自棄になったように笑う。
「どうせ学園に通ってる連中なんざ、お前ら含めて金持ちのぼんぼんだろ。俺みたいに家族も友達も恋人も家も住む場所も全部奴らに盗られた人間は、金なんて一久遠も残ってない。生きる為に撃退士になったって金がなきゃ寮にも住めない。ちょっと小銭掠め取ったくらいでうっせえんだよ!」
生きる為に入学したが、寮に住むにも金は要る。
仕送りも頼れる親族もいないから、男は学生街で生き延びる為にカツアゲをした。
大金を奪わないのは預ける場所もなく捕まる可能性が高いから、その日暮らしが出来る額だけ要求した。
褒められることではない。けれど、彼にも事情がある。単純に金を貸した所で根本的な問題は解決しない。
押し黙る周囲に男が勝ち誇るように口の端を上げる。
「ド低脳」
嫌悪感を隠そうともせず、都竹は男を見下ろし一言。
「……んだとてめえ!」
数秒遅れて激昂する男を振り返りもせず「お疲れ」と都竹は足早に部屋を後にする。
「天魔に大切な人を奪われたのは、あんただけじゃない」
暴れる男を取り押さえ、久瀬が静かに言った。
生まれ育った環境も、入学した理由も様々な学生が集まる学園で、彼のように自分を卑下して誰かに八つ当たりする人間も居るだろう。
「どんな理由があろうと、小さい子を脅してお金を取るのは悪い事です。被害者にちゃんと謝罪して下さいね」
「お金使っちゃったなら仕方ないわよ。これからは撃退士として依頼こなして貰ったお金を返せばいいし」
静かに諭す紅葉に、博士も言葉を重ねる。
男に良い感情を抱いていない雫はキツイ視線を緩めはしないが、異論はないようだ。
「一部釈然とはしないが、多少情状酌量の余地はあるように思える」
「折角入学しているのですから、これからは撃退士として働いて頂ければいいと思いますの」
シャーウッドや宅間、猫野も風紀委員に言い募り、風紀委員達は困惑したように顔を見合わせる。
「……甘いんだよ、お前ら」
だから嫌いだ。疲れように呟いて、男はそのまま意識を失った。
緊張の糸が切れたのだろう、爆睡している。
「処分は追々考えます。とりあず、ご苦労様です。そして有難うございました」
深々頭を下げた風紀委員の代表者に、撃退士達は漸く肩の荷が下りたのを感じて、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。