●
「腹が減ってはなんとやら。おやつ代わりに肉まん食べる?」
目的地へ向かう小型バンの中、土方 勇(
ja3751)が持ってきていた肉まんを見せて皆の顔を見渡した。
「prepare(用意)がいいな! 勇! 一つtakeしようか!」
遠慮なく手を出した炎條忍(jz0008)に肉まんを一つ手渡し、土方は心なしかほっとした表情を見せる。
「ボクの初めての依頼だし、失敗しないように頑張らないとね」
猫野・宮子(
ja0024)は自分に気合を入れるように拳を握った。
初依頼の面子も居る中、同じように学園での初実践のはずの野崎 杏里(
ja0065)は楽しげである。
「おもしろそーじゃん? こーゆー奴と戦う機会あんまないし」
「俺もagreement(同意見)だ! 血は出ないだろうがenemyには変わりねえ!」
戦い好きの二人は互いににやりと笑い合う。
「今回は宜しくお願いしますね。しの……えっと、なんて呼べばいい……ですか?」
学年は上の自分より大分大人びている炎條に、逢染 シズク(
ja1624)は困ったように首を傾げる。
「好きに呼べ! シズクの方がolderだしな!」
「え? そうなんですか?」
見た目は炎條の方が上なのだが、大人びて見えるだけなのだろうか。それとも学年の事を言ったのか。
誤魔化しているようでもないけれど、肉まんを美味しそうに頬張る炎條にそれ以上聞けない。
●
「ボク、先に行ってちょっと偵察してくるね」
あまり近づきすぎて取り込まれるのが嫌だからと少し離れた場所で止まった小型バンから、元気良く飛び出した犬乃 さんぽ(
ja1272)が駆け出す。
セーラー服に身を包み、ツーハンデッドソードを背負う姿は戦う女子生徒そのものであるが、正真正銘男の子だ。
「あ、ボクも偵察行こうっと」
続いてバンを軽快に駆け下りた勢いのまま、野崎が犬乃の後を追う。
「逃げる相手でもないのに、strivingなことだな!」
「だが敵を注意深く観察するのも作戦の内だ」
肩を竦める炎條に、獅童 絃也 (
ja0694)が嗜めるように言った。
「報告書と実際の相手との相違の幅を埋めるのも必要だと思うけど……もしかして炎條くん、そういうのやらないの?」
作戦会議に参加はしててもほぼ発言はしなかった炎條に、土方が少し心配そうに首を傾げる。
そんな土方に、炎條はぐっと胸を張る。
「そういうまどろっこしいのはweak pointだ!」
「忍って、本当に忍者らしくないよな」
斥候にとって目立つことを厭うはずのジョブ、鬼道忍軍なのに色んな意味で目立つ炎條の返答に、同じ鬼道忍軍の柏木 丞(
ja3236)は笑う。
外見や服装はいかにも忍者で名前も『忍』なのに、忍ぶ気の全くない炎條。
「ところで、strivingってどういう意味?」
「地道な努力、てところだな!」
中らずとも雖も遠からず。
「……あ、そうだ。予め高橋さんから荷物を受け取っておいても良いでしょうか?」
そうすれば戦闘後、直ぐにでも娘さん夫婦の下へ荷物を届けることが出来る。
「高橋さん家はother sideだから、スライムをextermination(退治)しなきゃ受け取りもunableだ!」
「そうですか」
「寒いし、さくさく済ませちゃいましょ。そうすりゃother sideへすぐ行けるっすよ」
残念そうな逢染に、柏木が軽く肩を竦めて見せた。
●
「わあ、居る居る。思ったより大きいなぁ」
目的のものは、静かに道路の上に居た。
「目立った動きはないみたいだね」
時折風に吹かれているのか、ゆらゆら表面を揺らすスライムを観察しながら、犬乃は向こう側へ回り込むルートも確認する。
程なくしてやってきた残りのメンバーと合流し、回り込む班とこのまま正面から攻撃する班へ分かれた。
「アレが標的か」
見た目邪魔なだけで大した事ない様に見える。けれど油断すると思わぬ反撃を食らうかもしれない。
「見た目通りなら、ただ切るだけでは効果は薄そうだな、斬り飛ばすか抉り取るの効果的か」
獅童は油断無くスライムを見据え、眼鏡を人差し指で押し上げた。
「こっちが進みやすいよ、みんな着いてきて!」
先程ルートを確認した犬乃がガードレールを乗り越え、手招きする。
「じゃあ行こうか」
軽い足取りで柏木がガードレールを越えると、続いて獅童、猫野もそれに続く。
「動きづらくないか、そのコートは」
足元まで隠すような長いロングコートを着た猫野は、いくら歩き易い道といっても山道だ。
心配する玄武院 拳士狼(
ja0053)に猫野は力強く頷く。
「準備万端、問題ないよ」
初依頼でも気合は充分、心に誓った正義は誰にも止められないのだ。
「さ、こちらも準備しましょうか」
回りこみ班が無事向こう側へ着くまでスライムの気を逸らすべく、逢染がツーハンデッドソードを構える。そして少し、眉根を下げた。
「……これって、本当に斬れる……のかな」
液体なら斬っても斬ってもきりがないはずで、けれど相手はサーバントだ。無傷のままではいられないだろう。多分。
「うむ」
ナックルダスターを装着した玄武院もスライムの前へ立ちはだかった。
「とりあえず、今のところ順調に行ってるみたいだね」
ショートボウを手にしながら、ガードレール越しとはいえスライムの横を走り抜ける回り込み班を見守る土方は、足音にあまり反応を示さない様子に少し安堵する。
だがこの静寂がいつまでも続くはずもない。
気を逸らすべく牽制攻撃を始めるべく、仲間たちと視線を合わせて頷き合った。
次の瞬間、野崎のショートスピアがスライムを貫く。
「いっちばーん! さあ、ボクを楽しませてよねっ!」
笑ってそのままショートスピアを横に薙ぎ、スライムの一部を切り取る。
本体から切り離された一部分は意思を持ったように震えながら本体へと移動し始め、反撃を見越して後退した野崎の横から伸びた逢染のツーハンデッドソードが止めを刺す。
「野崎に一番手を奪われてしまったか。……ホゥアッタァ!」
熔けるように消えたスライムを横目に、玄武院がナックルダスターを装着した拳をスライムへ叩き付けた。
衝撃にスライム全体が波打つ。
「玄武院先輩、そのままで!」
片膝を着いた状態の玄武院を飲み込もうと盛り上がったスライム目掛け、土方が矢を放つ。
続けて野崎のショートスピアがスライムを分裂させ、逢染のツーハンデッドソードが切り裂き、
「アタァッ!」
己の頭上に残った小さな分裂部を玄武院自ら拳で撃ち抜いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
後ろへ飛び退った玄武院に、逢染が声を掛ける。
「どうやら自分に関わってくるものに反応を示すようだね」
四人がスライムから距離を置くと、まるで何事もなかったようにまた静かに揺れているだけだ。
ほんの僅か、体積が減ったようにも見えなくもないスライムを見、土方は道路の向こう側へ顔を向ける。
「回り込み班も無事あちら側へ行けたようだし、本格的に始めましょうか」
「そうだな……悪いが、これ以上お前を野放しにしておく訳にはいかんのでな」
討伐の意思を改めて宣言する玄武院にも、口元をきゅっと引き結んだ土方にも、スライムは特に反応を示さない。
●
幸い雪が降り積もった様子も無く、ただ森林独特の泥濘に足を取られないよう、回り込み班はスライムを横目に足早に先を急ぐ。
スライムはガードレールの向こうでただぷるぷるしているだけで、見た目無害そうにも見える。
夏に触ったらひんやりして気持ちいいだろうな、と柏木は思ったが、邪魔なものに季節は関係ない。
背後でどうやら正面班の牽制攻撃が始まったような音が響いた。
「とっとと俺たちもstartしねえとな!」
心が逸るのか、炎條は走る速度を速める。
「とうちゃーっく!」
スライムの端っこを越えたのを確認し、犬乃はガードレールを飛び越える。
無言で獅童がその後に続き、猫野、柏木も軽々と後を追う。
「敵の攻撃方法が判別出来るまではとりあえず、突いて反応を見るか」
眼鏡を取り、気が弱い者なら目が合った瞬間気を失いかねない強面をした獅童が、鋭い眼光でスライムを睨み付ける。
だがスライムは何の感情も無いのか、ただぷよぷよしている。
「眼鏡取るとintrepid(精悍)な面構えしてるじゃねえか!」
「言ってろ」
からかう炎條の言葉に、獅童は微かに鼻で笑って炎條の肩を軽く小突き、前衛組よりやや後ろに下がる。
「それじゃあ本格戦闘開始だよ♪」
配置に着くや否や、猫野はコートを脱ぎ捨てた。魔法少女の衣装に身を包み、いつの間にやら頭にはしっかり猫耳カチューシャ装着済み。
「ん、悪いサーバントは……この魔法少女まじかる♪ミャーコが退治しちゃうにゃん♪」
「そうか! その為のcoatか!」
決めポーズもばっちり決まって、猫野はスライムの前へ立ちはだかる。
「まじかる♪スラッシュを食らうにゃ!」
サバイバルナイフでスライムを斬り付け、素早く後退しようとした猫野の足元にスライムが細長く伸びる。
「にゃにゃっ!?」
猫野の足首へ伸びたスライムに獅童と柏木のスクロールから放たれた光の玉が命中し、煙を上げて消滅した。
逃げるように縮む箇所を炎條が斬り裂いて刃を突き立て、消滅させる。
「お前の相手はこっちにもいるぞ……光刃閃光シュリケーン!」
スクロールを口にくわえて印を結んだ犬乃の放つ光の玉が、スライムへめり込む。
「さんぽ、interestingな使い方するじゃねえか!」
「炎條くんも真似してみる?」
取り込まれたように見える光の玉はしかし、周囲を巻き込んで蒸発させる。
「まあthinkしてみるのもいいかもな! 面倒だがhonestで行くしかねえようだ!」
忍刀を叩きつけるようにスライム目掛けて振り下ろした炎條の脇で盛り上がりを見せたスライムに、犬乃がツーハンデッドソードを突き立てる。
コアを探すようにスライム全体の動きを観察しながら、獅童がスクロールを放つ。
その獅童の横へ並び立った猫野がピストルを構えて狙いを定める。
「まじかる♪シュートにゃ!」
そこへ柏木がスクロールの攻撃を合わせ、命中とダメージの倍増を図る。
「そういや忍って、同い年だよな……?」
「ああ、rightだ! それがどうした!」
忍刀を振り回す炎條に柏木が思い出したように口を開いた。
犬乃がツーハンデッドソードでスライムを薙いで叩き斬り、分かたれた部分へ獅童がスクロールで止めを刺す。
「──除けば大人っぽいイケメンだから、うん」
「……eulogyとして取っておく!」
故意的に聞き取れなかった言葉を問うような一瞥をくれて、炎條はスライムへ苦無を放つ。
「eulogyだよ、多分」
●
「ホゥアッタァ!」
玄武院の蹴りがスライムに入った。その拍子に盛り上がったスライムがここぞとばかりに玄武院の足を這い上がろうとうねる。
「オァタァッ!」
スライムが僅かに触れた衣服が溶け、皮膚が焼け付く前に玄武院は自らの拳でスライムを叩き落す。
「そんなに食いたきゃこれでも喰らってなッ!」
ショートスピアを振り回し、野崎がスライムを斬り裂く。
「ほらほら、よそ見しないで……って、目はないか」
挑発するようにショートスピアで風を切り、野崎は周囲に目をやる。
標識は取り込まれていないが徐々に小さくなるスライムの中腹くらいに位置していた。
ガードレールを囮に使おうかと考えていたが、切り取り投げつけて注意を惹くより、普通に攻撃するために動いた方が楽しい。
野崎がショートスピアを振るってすぐ右へ逸れれば、後を追うように伸びたスライム目掛けて土方の攻撃がヒットする。
「女性に手を出すのは許可できないよ」
「ナイスアシスト!」
走る足を止めずに土方へ向けてぐっと親指を立て、野崎はショートスピアでスライムを斬り裂く。
断面部が接続を始め、そこへ逢染がツーハンデッドソードを振り下ろす。
緩いカーブの向こう側に居たはずの回りこみ班が、もう間近で武器を振るっている。
「そろそろ終わりが見え始めてきましたね」
気付けばスライムも始めの半分以下になっていた。
森林部分への逃亡も視野に入れていたものの、どうやら『逃亡』という意識はないようである。
「スクロールでの攻撃より、こいつは直接的な攻撃の方がダメージ大きいっぽいすね」
固体ではないため魔法などの攻撃が有利そうに思えるが、今回のスライムは斬られたり殴られたり方が堪えるようだ。
正面班と連携が取れる位置まで互いに距離を縮め、柏木がスライムの様子を冷静に分析する。
「そのようだな」
ならば、と獅童はスクロールの他に鉤爪でスライムの表面を抉り取る。
「弱って来たかにゃ? それなら皆でとどめの連続攻撃をするにゃ♪ 一気に決着をつけるにゃー!」
サバイバルナイフでスライムを切り裂き、やや後退して猫野がピストルで狙い打つ。
小柄な身体を生かして右へ左へスライムを翻弄しながら、野崎はショートスピアを振るう。
高橋さん達家族の思いを繋ぐ架け橋を架けるため、逢染は誓いを籠めてスライムを薙ぐ。
反撃を予期して後退した逢染と駆け抜ける野崎の間を、土方の放つ矢が駆け抜けた。
「アタタタタタッ!」
連撃の蹴りでスライムをぼこぼこにし、玄武院は拳でスライムに打撃を与える。
「おばあちゃんの為にも、これで終わりだぁぁ!」
犬乃が振り下ろしたツーハンデッドソードで二つに分裂したスライムを獅童が爪で抉り、柏木のスクロールが消滅させる。
最後の足掻きとばかりに盛り上がりを見せたスライムを土方が地面へ縫い止める。
獅童がスクロールで追撃し、猫野もピストルで援護射撃で最後のスライムを消滅させた。
「んーっ。ま、そこそこ楽しかったよ」
野崎は満足そうに大きく伸びをする。その手の甲に、赤い筋が付いているのを猫野は発見した。
「野崎さん、手の甲、怪我してる」
「あ、ほんとだ。これくらい大したことないよ」
痛みもなく気付かなかった擦り傷は、大した反撃もできなかったスライムの小さな抵抗だろうか。
舐めてりゃ治る、とぷらぷら手を振り、野崎は特に気にしてないようだ。広がる傷でもないので、実際数日で消えてしまうだろう。
「じゃあ折角なんで、蜜柑もcarryしときましょうか。忍はどうする?」
携帯で任務完了を報告し、柏木が言うと運搬希望者が我も我もと手を上げた。
「大勢で行ったほうが楽しいしね? それに早く届けた方が嬉しいと思うし」
魔法少女から女の子へ戻った猫野が頷く。
連絡を受けてやってきた小型バンに乗り込んだ八人は、高橋さんの家へ向かう。
「蜜柑、好きですか? 一つ、頂けたらいいね」
「好物ってほどじゃねえが、hateではねえ! Deliciousな蜜柑だとなお良い! 拳士狼もそうfeelだろう!?」
「……む? まあ、そうだな」
話を振られるとも思っていなかった玄武院は、曖昧に頷く。
静かに見守るつもりであったので、お土産云々は特に考えていなかった。
「あらあら、まあ。沢山のお客さんだねえ」
年若い撃退士達が揃ってやってくるのを見て微笑ましいように目を細め、高橋さんは顔を綻ばせて出迎えてくれた。