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日暮れ前の夕方、村に到着した撃退士達はすぐさま行動を開始した。
ケイ・リヒャルト(
ja0004)やクライシュ・アラフマン(
ja0515)のように荒らされた現場に赴き調査を行う班、村人達に説明や避難誘導を促す班の二手に分かれる。
「果たして敵は猿なのか鳥なのか……食y……いえ、興味をそそられますね」
村長の家へ向かう二上 春彦(
ja1805)が、穏やかな笑みを浮かべつつ呟きを漏らした。
「……まだ人に被害が出ていなかったのは救いですね……」
ほんの一瞬陰った瞳に決意を籠め、吐息するファティナ・F・アイゼンブルク(
ja0454)に、アシュリー ソーンウッド(
ja1299)は励ますようににっこり笑う。
同じ依頼に参加した仲間であり、友達同士である二人は同じ避難誘導班だ。
近くの畑で作業をしている村人に村長の家を聞き、三人は西の広場近くにある大きな村長の家へ向かう。
「は? 生肉?」
「調理前の鳥とか豚とか牛とか、ちょっとでいいから売って貰えると有難いんだけど。野菜でもいいからさ」
途中、見知らぬ青年から売買交渉をされ困惑している村人を見かけたが、ひとまず会釈のみでその場を通り過ぎる。
「高城さん、生肉なら私が買って来ましたよ」
村人に胡乱な目で見られている高城 カエデ(
ja0438)に持っていたビニール袋を見せた天羽 マヤ(
ja0134)もまた、共に依頼に当たる仲間だ。
村長の家は広く、広場も近いことから集会場にもなっているらしい。
不安そうな表情で身を寄せ合う複数の男女が集まり、やってきた撃退士達をちらちらと窺っている。
「もう大丈夫ですよ? 私達が退治してみせますから」
村人の不安を吹き飛ばそうとするように、アシュリーが自信たっぷりににっこりと笑う。初依頼で不安を抱えるのはアシュリーも同じ、けれど撃退士として彼らの不安を払拭する為には堂々としていなくては。
「すまないね、年寄りばかりの村では、若い人達は珍しいから」
三人を客間で迎えたのは、六十代半ば頃の男性だ。
「いえ、此方こそ大勢で急に押しかけて申し訳ありません。ですが、事は一刻を争う事態ですので」
「迅速な対応をしてくれて、感謝するよ。依頼したのはこちらだし、村人の皆も、協力は出来る限り行わせてもらうよ」
穏やかな表情で物腰柔らかな二上に、村長は満足そうに目を細める。
第一印象は上々のようだ。
襲われた畑の農作物は踏み荒らされていたり、食い荒らされている。だが野菜はお気に召さなかったのか、大半が踏み潰されて土と交じり合っているだけで食べ残しが多い。
畑に被せられていただろうネットは役に立たず、畑を耕す邪魔になるからと脇に追いやられていた。簡単にくくりつけられていたCDは無数の引っかき傷がついており、割れているものがネットに引っかかっている。
「なぜか鳥よけのCDがやけにボロボロですねー。邪魔なネットとかだったら分かりますけど……。もしかして、キラキラする物に反応するんですかねっ?」
ネットを調べる天羽に同意するように、ミリィ・エモリア(
ja4105)がこくりと頷いた。
伸ばした手で取ったCDは割れていないものの、噛み後らしき穴が半円状に付き、粘液が付いている。
「……」
ちょっと嫌な顔をして、ミリィはそのCDを元の場所へそっと戻す。
「人以外の足跡っぽいのは無いみたいだな」
襲われた農作物の周囲の土を注意深く観察していた高城は肩を竦めた。
クライシュは村到着と同時に襲われた家畜の調査へと向かい、廃棄処分されようとしていた遺体に待ったをかけることに成功した。
白面をつけたクライシュに村人は驚いたが、彼が撃退士であること告げると、快く遺体を見ることを承諾した。
「トロッコで運んでいたのは、昨夜襲われた家畜でしょうか?」
「あぁ、昨日はうちのがやられた」
クライシュは農家の男に一言添えて、リアカーの上に乗ったものを調べさせて貰う。
元は豚であっただろうそれは、ほとんど肉が残っていない。むき出しの骨さえ齧りつかれた跡がある。
男の家の家畜小屋も見せて貰ったクライシュは、家畜小屋のどこにも無理やり侵入した跡がないことを確認した。小屋の天井も、特に目立った外傷は無い。他の農家の家畜小屋もそうなのだろうか。
クライシュは農家の男に礼を言い、別の農家へ向かう。
「貴方が見張り役をやっていたの?」
「あぁ、これ以上やられっぱなしじゃいられねえからな」
赤ら顔の四十台半ばの男がケイに声を掛けられ、何故か誇らしげに胸を張る。しかし。
「その時懐中電灯、持ってなかったの?」
「持ってたさ! 勿論な。けど……っ」
ケイの質問に急に気落ちし、男は肩を落とす。
野生の動物の対策などをしていた男は、大抵のことには対処できると自負していたらしい。けれどその夜、聞いたことも無い恐ろしい叫び声が響き渡り、耳に激痛が走った。
電灯を点けてやってきたものを光で脅すはずが、魔獣の鳴き声や家畜の悲鳴、肉を食む音から逃れるように己の耳を押さえることに必死で、電灯を点けることができなかった。
それにCD付きのネットを張っていた畑でも暴れるような音と声がして、二手に分かれた姿形の解らない相手に立ち向かえるほど、肝は据わっていなかったのだ。
それこそ天使や悪魔であったりその配下だったりしたら、太刀打ちできない。
「──……ということらしいわ」
「肉食でもあるようだな」
それぞれ調べた事柄を纏める為に集まった調査班の面々は、一つ一つ見聞きした事実を挙げていく。
「罠をしかけるとしたら、西の広場に、ですね」
借りた村の地図を覗き込み、ミリィが指差す広場らしき場所を目で追い天羽が言う。
正確な数が判明しない魔獣を一つ所へ誘き寄せて一網打尽にするには、撃退士達も容易に動けるほど広い場所でなければ。
「誘き寄せるのはそこで良いとして、村人達にも注意しねえと」
「案山子は借用の手筈は整っている」
「餌は焼きそばパンでいいわね」
後は村人達の説得だけだ。
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ポケットに入れていた携帯が鳴り、ファティナとアシュリーは慌てて取り出す。
二上にも同じように着信があったはずだが、取り出し手に取っただけで画面を眺める様子はない。
「──ところで、今夜決着を付けようと思います。場所は此処の隣の広場をお借りしますね。それで、万全を期す上で、皆様にもご協力頂けると有難いのですが」
村長と和やかに話を続けながら、テーブルの影に隠してメールの内容を確認しているのだ。
「と、言うと?」
「もしかしたら魔獣が逃げ込むかも知れないので、広場近くに住む皆様、村長さんを含め、今晩は避難して頂けませんか?」
「雨戸閉めてじっとしてりゃあ、問題ない」
今日までそれで大丈夫だった、と渋い顔をして村人の一人が反対する。例え気心知れた村人同士だとしても、自分の家が安全であると知っているのに人の家に上がりこむことに難色を示す。
一人が口を開けば集まった村人達は次々と口を開き、自分より若い撃退士に指示されるのはやはり抵抗があるようだ。
「確かに今までそれで良かったかもしれません。今の所、家畜や農作物も残っているようですので、わざわざ皆さんの家へ入るようなことはないと思います」
決して声を荒げることはなく、二上は少し困った風を装う穏やかな笑顔を浮かべて言葉を続けると、村人達は自然と口を閉ざす。
「けれど、やはり僕達が彼らと戦うとなると、聞きたくない音も聞こえてしまうと思うのです。逃げを打つ彼らの逃亡先に皆さんの家が無いとは言い切れませんし」
あくまで口調は変わらず物腰柔らかく浮かべる笑顔も穏やかなのに、何故だろう、この静かな威圧感は。
「眠れない一夜を皆さんに与えてしまうのは、僕達の本意ではないのです」
だから、と言葉を続ける二上の続きを遮るように、村長が承諾の意を示す。
「仕方あるまい。一晩だけなら」
「それから、光源となるものは全て消して下さい。魔獣は光を目指して来るようですから」
目印となるものは撃退士達が仕掛ける罠一つのみ。そうすればきっと集団行動している奴らはただ一点のみを目指してやってくるはずだ。
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クライシュが借りてきた案山子を広場の真ん中に立て掛け、着用している服の中に一つ、焼きそばパンを入れた。それから胸辺りに残りの焼きそばパンをくくりつける。
「さて、これでどれほどの敵が釣れ上がるか楽しみだ」
そして懐中電灯を頭や足元に置いて点灯させ、案山子は闇の中にぼぅっと浮かび上がった。
「ああ……僕の焼きそばパン……」
元々夜食代わりに持ってきた焼きそばパン。目の前にあるのにみすみす魔獣に食われてしまうのが、悲しい。
寂しげに案山子ではなく焼きそばパンを見つめる二上の肩を、高城は苦笑交じりにぽんぽんと叩く。
広場近くの建物の影に身を潜めたクライシュは羽ばたく音が遠くから聞こえてくるのに気付いた。
やや離れた場所の木々の後ろで刀に手を掛けている高城と目が合い、互いに無言のまま頷く。
案山子を左方向から見守るケイや天羽も己の武器を構え直す。
やがて耳をつんざく不愉快な鳴き声が辺りに響き渡り、複数の羽ばたきが上空を覆う。
「……!」
まだだ。
逸る気持ちを抑えるようにファティナはスクロールを胸に抱く。
罠の案山子を取り囲むように、高城は物音を立てないよう慎重に間合いを取り始める。
小学生低学年と同じくらいの背丈を持つ魔獣が一匹、広場に降り立った。
鼻をひくつかせる剥き出しの歯は鋭く尖り、目は赤い。体毛に覆われたその身体は猿に似ていて猿より筋肉質だ。手足の爪も長い。背中に生えた羽は白く幻想的に見えなくも無いが、薄汚れたそれに神秘性は感じられない。
案山子にくくりつけられた懐中電灯は明々と燃え、魔獣の姿を撃退士達にはっきりと伝えていた。
一匹が降り立つとそれに続くように一匹また一匹と降り立つ。けれど全てが地に足を付けたわけではない。
ミリィは真っ暗な村を振り返って眺める。頭上の羽ばたきが煩いけれど、離れていくような羽音も影も見えなかった。
懐中電灯の明かりを受けて未だ空の上には数匹か。
「────っ!!」
一際大きな鳴き声がして、撃退士達は思わず己の耳を押さえる。
その声が合図だったのか、魔獣達は地上と空と、両方から案山子へ襲い掛かった。
懐中電灯の光に照らされた地面に爪を突き立てているものも居る。
統制が取れているようで取れていない魔獣の群れは、少しずつ包囲網を狭める撃退士達に気付かず案山子と光を中心に暴れだした。
始めに動いたのはクライシュと高城だ。
無残に食い荒らされる焼きそばパンに夢中になっている魔獣の背後へ忍び寄る。
何かに気付いて顔を上げた魔獣の心臓目掛け、クライシュは躊躇無くショートソードを突き刺した。
「告死天使の羽撃きを、聞け──」
静かなその一言が開戦を告げた。
「一気に決めさせて貰うぜ」
食べることに夢中の魔獣の背後を付くのは正々堂々とは言い難いが、短期決戦が目的である。
打刀で斬撃を仕掛け、高城はまず一匹を倒した。
そのままの勢いで近くの魔獣に打刀を振るい、素早く後退して襲い来る爪を避けた。
その魔獣の喉元をケイのリボルバーが撃ち抜く。
「サンキュー」
「礼は要らないわ」
片手を上げた高城に目もくれず、ケイは上空を舞う魔獣の羽を撃ち抜く。
耳をつんざく鳴き声を発し、魔獣が地に落ちる。
「さぁ、地面に平伏しなさい」
足元近くに落ちてきた魔獣を見下ろしてケイは妖艶な笑みを浮かべ、歯をむき出しケイへ向かって手を振り上げた魔獣にミリィの鉤爪が食い込む。
「ごめんなさい、けどここの人達に被害を出させる事はできないから……!」
ロッドを両手できつく握り締め、アシュリーは深呼吸する。直接ロッドを叩き込んでも魔法攻撃をするにしても、アシュリーには魔獣へ攻撃を仕掛けるのを躊躇う自分を鼓舞する必要があった。
自分達がやらなければ、ここの村に平穏は訪れないのだ。
飛翔することができる魔獣の羽へ、逃げることが叶わぬように攻撃を仕掛ける。
「さて、君達はどんな味がするんだろうね」
焼きそばパンを半分以上食い散らかした魔獣を見て、二上は冷ややかに微笑む。
三節棍を軽く振り、襲撃を無視して未だ焼きそばパンに夢中の魔獣の頭へ痛烈な一撃を振り落とした。
「近所迷惑ですよ」
小さな子供を諭すような口調は優しげに、上空から奇声を発しながら突進してきた魔獣の喉へ棒状にした三節棍を叩き込む。
奇声を発しながら襲い掛かってくるのは、奇襲にならない。
クライシュはショートソードで軽くその鋭い爪をいなすと、カットラスでその胸元へ逆撃を繰り出す。振り返ることなくそのままカットラスを薙いでもう一匹。着実に数を減らしていく。
接近戦をする仲間の後方で、天羽は上空を飛ぶ魔獣を狙い打つ。
「飛べない魔獣はただの……えーと、何でしょうっ?」
天羽の問いに答える声は無い。天羽も返答を求めるというより一人ごちているようなもので、射線に仲間の姿を捉えることの無いよう、魔獣の羽や足を狙って行動範囲を狭めさせる。
そうして落ちた魔獣を高城やミリィが討ち漏らすことのないよう止めを刺す。
「……うるさい、の……お口、チャック!」
口を開きかけた魔獣の頭に、ミリィが鉤爪を食い込ませ、さっとその場に屈み込んだ。そのミリィの頭すれすれを魔獣の鋭い爪が掠める。
反撃しようとしたミリィが顔を上げる前に、光の玉が魔獣を貫いた。
ファティナのスクロールから生まれた光の玉を追い、魔獣が羽を動かす。
「……逃がさない……皆を、護るの……!」
羽ばたき始める魔獣の羽へ、ミリィは鉤爪を閃かせて飛行能力を奪う。
「鉛の飴玉のお味はいかが?」
ファティナのスクロールの光の玉の軌跡を追う魔獣の羽を、ケイのリボルバーが撃ち抜いた。落ちた魔獣に高城が止めを刺す。
あらかた倒し終わっただろうか、耳を澄ましても羽ばたきの音は聞こえない。念のため、ミリィとクライシュは持っていたペンライトで辺りをわざと照らしてみる。
身を潜めて伺う影も、光に釣られて出てくる魔獣も出てこない。
「……終わった……?」
「恐らく」
念の為、見回ってくると言う天羽にミリィと高城が付いていく。
ファティナとアシュリーはケイや傷ついた仲間や互いの傷の応急処置を行い、クライシュは修繕可能か案山子を下ろして確認する。
二上は広場全体をぐるりと眺め、伏した魔獣と焼きそばパンを見、
「……」
静かに手を合わせた。
弔いのようにも見えるその行為は、けれどどこか『ごちそうさまでした』のようにも見えるのは気のせいだろうか。
「畑も家畜も大丈夫でしたーっ。ついでに村長さん達に、終わりましたよーって伝えて来ましたよーっ」
ペンライトをぐるぐる回しながら戻ってきた天羽達が合流して、漸く撃退士達の長い夜は終わった。