●いらっしゃいませ
「うわー、見事に散らかっちゃってるね!」
「こ、これは……ほ……本の宝箱やぁ〜」
店の中を覗いて鈴木悠司(
ja0226)は率直に明るく、銀 彪伍(
ja0238)はよくわからない感じの感想をそれぞれ口にした。
事前に説明を聞いた想像通りかそれ以上に、床一面に散らばって山となった本はこれから片付けようとする者に疲労感を与えてくる。
「とりあえず直せばええんやね?どないする?」
しかしそれに挑む者もそれだけでは心折れぬ曲者揃い猛者揃いである。
「立ち読みのターゲットになりやすいものは入口付近、貴重な本は奥のレジ近くに置きたいですね」
クルクス・コルネリウス(
ja1997)の提案を皮切りに、
「ではそれ以外はジャンルごとに分けていきますの〜」
「あとは……著者名のあ行順に並べていくといいと思う」
「SOREDA☆」
御堂島流紗(
jb3866)、鴻池 柊(
ja1082)の案によって方向性が定まっていき、彪伍がそれにのっかった。
「金とかたんいとかもらえるんならなんでもいいや」
そうぞんざいっぽく賛同するSadik Adnan(
jb4005)も大量の本への興味は隠せないようで中をきょろきょろと覗き込んでいる。
「んじゃ、張り切って、皆で片付けちゃおー!」
片付け方も纏まり、士気も高い、好調な出だしと言えるだろう。
●
「ふう、とりあえずはこんな所でしょうか」
一息つくクルクスの目の前にあるのは本ではなくノートパソコン、十数年前に発売された種類だが未だ現役、本屋家愛用のものだ。
クルクスが本の整理ついでに在庫状況をデータベース化しましょうかと提案し、それに賛同した古書堂店主から渡されたのがこれなのである。
「本屋様、こんな感じでどうでしょうか?この様な形式で、例えばこの本ですとこちらの様に入力する事になります」
とはいえ今日の主目的はあくまで片付け。入力作業に人手を割いてそちらは終わらなかったでは本末転倒だという事で相談の末、簡単な外枠のみ作っておいてもらい、面倒くさくも単純なデータ入力は後々古書堂の人間で行うという形に落ち着いた。
「なるほど。ありがとう、試し少しにやってみるわ。分からなくなったらまたお願い」
どうやら言売子は機械系がからっきしらしい。画面と本とキーボードを見比べながら、たどたどしく入力している。
(これは……時間がかかりそうですね)
しかしだからこそ今後も管理をパソコンで行うなら少しずつ慣れねばならない、ひとまず彼女には頑張ってもらうとしよう。
(ああ、でもやっぱり古本の臭いっていい)
今後の寄り道ルートを脳内で新たに書き換えつつ、クルクスは他の人の手伝いに向かった。
●
古本の扱いが丁寧でないため紙が傷まないか心配であるものの、何気に分類速度が一番早いのが彪伍であった。
活字に他の五人ほど惹かれたりしないため脱線するとすれば誰かに話しかける程度、それも今の所は支障をきたさない程度に軽くのみ。
ジャンル分けもしっかりと出来ているし、意外と思える程に言うことなしの出来である。
「ほい持ってきんしゃい、これらは文庫じぇけえ……あの棚やねっ!」
なのでSadikに本を渡すときに役に立ってるって言ってオーラを全開にしてみた。
「ん、わかった」
しかしそんなアピールはさっぱり届かず、彼女は受け取って直ぐ言われた本棚へ。。
後ろ姿を見ながら「ワ、ワイの活躍が軽く流されたやと……!」と慄くが、それもやはり気づかれない。
興味の対象は一回り上の男のドヤ顔よりも知的好奇心をくすぐる本の山である。
「…………くそ、やっぱわからん」
が、興味こそあるものの、学園に来るまで碌な教育も受けず山でのサバイバル三昧であったSadikには、気になる本を覗いてみても何が書いてあるのかまだよく分からない。
そのため彼女はジャンル分けには参加せずに、並べ替えと収納に専念ということになっている。
「ちぇ……ま、いいや。これはたしか……ぶんこ……ここだな。で、かしらもじは……あれとおなじだ」
分からない事は分かっていた事、ならあとで誰かに聞いて覚えていけばいいと、悔しい気持ちを切り替え意識を与えられた仕事へ。
そんな彼女の前に立ちふさがる、言葉の壁に続く第二関門は高さの壁である。
試しに近くにあった台を使ってみるものの、今手に持ってる本を入れる所には完全に届かない。
「よし、キュー、これを、あそこだ。いけ」
だがしかしその程度は障害にならない。今の彼女には頼れるバハムート達がいる。キューと名付けられたヒリュウは本を受け取ると、危なげなく指定の場所へ置きまた主の元へ。
「よしよし、そんじゃつぎはこれを……」
けして早いとは言えない、しかしゆっくりでも確実に本は片付けられていく。
●
流紗は初め大好きな本に関する依頼ということで意気込み十分であった。だがしかし彼女はのんびり、まったりを至高とする堕天使である。元々穏やかな性格であるのに加えて、積極的にまったりを追求し、それを守るためなら戦いも辞さない彼女が、『分類途中で脱線してついつい本を読むふけってしまう』というお約束を欠かす事などどうして出来ようか。
「可愛くて〜暖かくて〜、ふふ、思ったとおり素敵な本です〜」
現在彼女はジャンル別に本を分類して、新書ならここ、写真集ならあそこといった感じで事前に定めた所へ固めて置く作業中。のはずだったのだが、残念なことにというかやはりというか、絵本コーナーから一向に動く気配がない。
それも良質な茶を最適な手順で淹れ、持ち込んだ寝椅子に横たわりながら気に入った絵本を読むという徹底ぶり。
そこだけ切り取れば完全に家でごろごろしている人状態というツッコミどころ満載の彼女に対して、
「サボってないでちゃんと分け……あ、それ!弟が持ってたやつだ!懐かしいな〜」
この時一番近くにいた悠司も、ツッコミには少々適さぬいい加減さの明るき楽しさ至上主義。
「寝る前とかに毎日ゆーしお兄ちゃんご本読んでって俺のところに来てさ!あの頃は可愛かったなー!あ、いや、今も可愛いいんだけどね!」
「あら〜仲良しさんですね〜」
「それが最近はすっかり構いに来てくれなくてさー……って違う違う、分けないと……中学校のころ使ってた参考書だ、懐かしい!懐かしい……けど、これはまぁ、読まなくていいや」
さすがに読書に没頭するということこそないものの、見覚えのある本があるとぱらぱらとめくったり、後で買うために目を付けた漫画を手元にキープしていたり、と興味の範囲が広いこともあって目移りの量では彼も決して他人のことを言えはしない。
「こら二人とも。ちゃんとしてください」
そんな二人にパソコン作業を終えこちらに合流したばかりのクルクスのハリセンツッコミが飛ぶ。
「読むなとは言いませんけど、没頭しすぎです。それでは一向に終わりませんよ」
はーい、と素直に反省した風の返事をしジャンル分けに戻る二人に満足し、クルクス自身も同じ様に本を分けようと近くにある物を丁寧に手に取っていく。
(あ、こう言う本、好きだろうなぁ。でももう持ってるかな……?)
時折歴史や宗教関係の本を見つければ反射的に思い浮かべるのは、片思い中の彼のこと。
「あ、これ……懐かしいな」
そう言って手にとったのは一冊の絵本。悲恋系の童話が描かれたものだ。
「報われない愛、でも……傍にいられるだけでいい……」
たった今思い人の事を考えていたからか、自身に投影してつい没頭してしまう。
「ふぅ……」
だからため息一つついて読み終えても気づかない。
余韻に浸りながら振り返って見れば、先ほど没頭しすぎと注意した二人の目。
「こ、これは違うんですよ!?」
慌てて否定するも、同士を見るような生暖かい視線が二人分返ってくるだけであった。
●
(相談するときには過去を。享楽するときには現在を。何かするときには未来を思うがよい。だっけか。ある意味、此処も色んな過去が集まってるよな…)
読み終えた年代物の自然写真集を丁寧に棚にしまい、柊はしみじみと思う。
見渡せば絵本、漫画、新書、ハードカバーに写真集、その他にも色々と、年代も種類もまちまちな本がジャンルに分かれて積まれている。
「こんな古い絵画集まであるとは……想像出来なかったな」
これならもしかしたら探している本も見つかるかもしれない。そう思えば片付けも俄然やる気が出てくるというものだ。
「店内を見て回る時間を増やしたい所だな」
そのためには早く片付けないとなと、近くの本に手を伸ばしたとき、
「柊やん柊やん!えっちぃ本はないかい?」
彪伍が凄い事をを口走りながら現れた。自身はすでに成人しているとはいえ、女性もいる店内でその手の本を求めるとは怖いもの知らずなのだろうか。
「…………えちぃ本というと?」
「女の人がうふ〜んであは〜んな格好しとるやつや、言わせんでよ恥ずかちー」
そしてそれにきちんと応える辺り柊も苦労症というか人が良い。
「こういうの……とかか?」
言って手渡したのはさっき偶然見かけていた成人男性向けの文庫。
「惜しい!惜しいねんけど、文字とちごて絵で欲しいだぎゃ!」
ワイの可愛さに賢さが加わったら最強になってまうから!とドヤ顔でのコメントを受けて、真面目に記憶を探る辺りやはり人が良い。
「じゃあ、これくらい、だな」
そういって差し出す本には確かに表紙には裸の女性の姿。しかし喜んで開いてみればいやらしさの欠片もない、芸術としての裸婦画集。
「裏切ったな 僕の気持ちを裏切ったな!……ちゃうねん……これとはな、ちゃうねん……!」
流石に少し期待しただけダメージがあったのか、彪伍はその場で崩れ落ちた。
●
ジャンル分けも終えあとは棚に入れきるのみな片付け終盤、Sadikは彼女の身長でぎりぎり届く本棚の横板を、がしっと掴んだ。
収納の時に手の代わり梯子の代わりであったバハムート達を限界まで呼び出し終え、今日はこれ以上呼び出せないので腕の力だけで登ろうというのだ。
脚も使ったほうが楽ではあるが、本も棚も汚れてしまうので自身で却下してしまった。
ではいざ登ろうか、と力を入れる寸前、視界の外から出てきた柊の手が本を掴み、それを入れたかった位置に差し込んだ。
「此処で良いのか?この本は」
「ああ……そこでいい」
女尊男卑をこの世の法として刻み込まれている全身全霊が、手伝わなくてはいられなかったかの様な機敏さであった。
「高い位置の本は、俺たちがやろう。届く所を任せる」
「ん、まかせた」
適任の人物がやるというのなら任せない理由はない。素直に分担に応じると、板を掴んでいた手を離し低い位置に入れられる本を探し始めた。
さあ、ラストスパートだ。
●ありがとうございました
そして全ての本が床から棚へと戻った。
「今日は本当にありがとうね。おかげで明日からまた営業再開できそうよ。父に代わって本屋家を代表してお礼を言うわ」
夕刻、本日の功労者と六人を前に、言売子は心から嬉しそうに安堵の笑みでそう言った。
「そしてこれ、少しで申し訳ないのだけど仕事料ね」
そう言って其々に手渡されたのはお金の入った封筒。今時振込みでないのがらしいといえばらしいか。
「あ!そうそう、言売子さん!」
給料を受け取って思い出したのか悠司が手を挙げる。
「さっき表見たらもう営業時間終わってるみたいなんだけど、一冊だけ本買ってもいいかな?」
そう言って本棚から引き抜いたのはさっきキープしていた漫画の新古本。
「ああ、うん、頑張ってもらったしね。もちろんいいよ!」
「あ、あの、それじゃ僕も……」
「ん、あたしも。えほんでなにかよみやすくておもしろいの、おすすめくれ」
「あら、ならさっき私いいの見つけましたから、試しに読んでみてください〜」
「俺も一つ探している本が」
「わいも!わいも何か買ちゃるでっ!」
それを皮切りに他の五名もそれぞれ声を上げる。
金があり、気になる本があれば買ってしまうのが本屋の魔力であり、本好きの性なのかもしれない。
そしてそれを心から喜ぶ言売子もまた、本の魔力にとりつかれた一人なのである。
「はい!ありがとうございます!」