●一に練習二に練習
大阪の某所。
人気のあまりない貸しスタジオの1つへカメラが寄っていく。
カメラ周囲を撮影しつつ、ゆっくりと扉を開けると、ダンスの練習をしている少女達の姿が映った。
「はい、ダンスはリズムが命ですよ。一緒にステップをあわせることから、それから曲ですよ」
手拍子をしているのは指宿 瑠璃(
jb5401) 。
久遠ヶ原学園にてアイドル部に所属し、クリスマスにはSLM72の総裁[キャプテン]ハゲンティを名乗ってもいた。
「指宿氏、ちょ、ちょっと休憩……ほしいぉ」
秋桜(
jb4208) がぜぇはぁと息を切らし、青い顔(もっとも、彼女の場合は元からだが)で瑠璃に対して手でTの字を作ってサインを送る。
「恵夢さんは動きにキレがありますね。あとは自分のリズムではなく、そとのリズムに合わせるところかなと思いますよ」
「ありがとー。でも、動きの癖が戦闘寄りなのが苦労しそうかな」
恵夢・S・インファネス(
ja8446)は部屋の隅においてあるクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出しつつ汗を拭く。
動きやすいスポーツウェアの下で、収まりきれない90のバストがたゆんと揺れた。
恵夢は今回から本腰を入れてアイドル活動をすることに決め、研修生としてダンスや歌の特訓をしている最中だった。
カメラは3人とは離れた場所で軽い振り付けを鏡を見つつ練習している二人に近づいていく。
左右対称の動きを練習しているユウ・ターナー(
jb5471) とクリスティン・ノール(
jb5470)だった。
「小さい子が真似してくれるといいですの。ユウねーさま」
「そうだねー☆ かわいい振り付けを一緒に考えていこう」
仲のいい姉妹のような二人だが、ユウは種族が悪魔であり、クリスは天使である。
SLM72の基本コンセプトともいえる、天使と悪魔のイメージ払拭に一役買っている二人組みだ。
今回は「ブロッサム」というユニット名で新曲を披露するようだ。
「じゃあ、お歌の練習もしちゃおうか☆」
「はいですの♪」
鏡の前で二人は笑顔で歌う発声練習を横に並びながら行う。
カメラは二人をそっとしつつ、窓辺で携帯音楽プレイヤーを聞いているジェンティアン・砂原(
jb7192) を捉えた。
SLM72では現在一人だけの男性である。
女装も辞さないつもりではあったが、すんなりとそのままで受け入れてもらっていた。
関西出身であることから『西方の魔王パイモン』を名乗ることにしている。
「ん、撮影お疲れ様だね」
カメラに気づいた砂原がカメラに向かって微笑みかけた。
日の光を浴びてきらめく金髪が眩しい姿である。
「あ、砂原さん交代ですよー」
「じゃあ、いってくるね」
声をかけられた砂原がカメラに手を振って去っていく。
その姿をカメラが追っていくと、砂原とハイタッチをしたフェイト・高槻(
jb1798) がカメラによってくる。
「あ、練習とかの撮影ですか? せっかくなので、コメントとか残してしまいましょーかね」
アイドル歌手としてすでに活動中のフェイトは面白そうということで今回の企画に参加していた。
「『スタート』をテーマに歌ってみました。出会いも別れも進み始めないと起こらないですしね」
楽しそうに笑顔を浮かべてフェイトはカメラに語りかける。
「詳細はCDをお楽しみにフェイト・高槻でした。ばぁん♪」
締めとして右手を銃の形にしてウィンクと共に撃つポーズをとった。
カメラがそのまま部屋を後にしようとすると、大きな声がそれを静止させる。
「ちょっとお待ちなさい この私を忘れるなんてダメよ。ヴァサ子ちゃん」
撮影していた少女がカメラと共に声の主の方を振り向いた。
大きなツインテールが特徴的なブルームーン(
jb7506) が立っている。
「SLM72、総選挙42位の地獄のマーメイド・ウェパルちゃん参上よ」
ウィンクと共にポーズを決めたブルームーンはそのまま熱い野望について語りだした。
「このCDデビューが華麗に決まればDVDや写真集が出て、ローラースケートでライブをやって、大きなステージで輝くのよ。そして無数のドルオタに崇拝される未来が決まっているの!」
熱く語りすぎて妄言が広がっていくのをただただ、ヴァサ子は撮影をし続ける羽目になるのだった。
●三、四の販売
収録を終えて後日、CDのプレスも終わり販売イベントへと事は運ぶ。
販売の当日まで、ダンスや歌の練習も続けていた。
インディーズレーベルを多く扱い、路上演奏も支援してくれる専門店『アケローン』の店先にワゴンに入ったCDと共にアイドル撃退士達がでてきた。
人通りはまばらだが、見慣れない撃退士の上、はぐれ天魔もいるためか歩く人が足を止めて様子を伺ってくる。
「うふふ、こっちに来て見ていってくださいね♪ 私たちCDデビューの決まったアイドルSLM72でーす♪」
ギャラリーに向かって第一声を放ったのは猫をかぶりにかぶったブルームーンだ。
蝙蝠の翼にハートの形をした尻尾を生やした、わかりやすい小悪魔少女のスタイルである。
「ひ、昼間からなのはとけるぉ……その上働くのはいやだぉ。働いたら負けだぉ」
「はいはい、ここまで来たなら営業もがんばるがんばる。よろしくおねがいしまーす。SLM72のサブナックでーす」
嫌々と太陽の下にいることを拒む秋桜を恵夢が引きずるように店内からCDのおいてあるワゴンへと連れ出し、売り子をしはじめた。
「今回に限り整理券不用で握手もできちゃいますよー♪」
フェイトが看板を持って売り子の宣伝をすると店に入ろうとした客が足を止めて様子を伺ってくる。
「どうぞ、見ていってください。天使や悪魔、そして人間が種族の枠を越えての初めてのアルバムCDとなりまーす」
瑠璃がジャケットを手にとって笑顔で様子を伺ってきた人々に自分たちの成果を示した。
「SLM72、貴方に召喚されて来ました。一曲聴いていきませんか?」
ジェンティアンが若い女性と目が合えば、にこりと微笑んで自分の携帯音楽プレイヤーのイヤホンを差し出す呼び込みを行う。
手をとり、曲を聴いた上でCDを一枚、一人の女性が購入した。
「ありがとうございますですの! いっぱい、いっぱい、聴いて下さいですの!」
CDを渡したクリスは思わず彼女の手をとり、握手をする。
「がんばってくださいね。いい歌ばかりでしたから、トモダチににも進めてきます」
女性客の意外な一言にアイドルたちの顔に笑顔が浮かんだ。
●五にライブ!
ライブの時間が近づき、店のスタッフがワゴンを下げて機材等を準備してくれる。
フェイトや恵夢もスタッフと協力して、機材の設置やロープをはったりと手伝っていた。
「なんか、フェイトがすごくマネージャーっぽいわね」
店舗2階の従業員用休憩室から眺めていたブルームーンが呟く。
「なんでもないわよ。さぁ、ライブもばっちり決めたいわね。一番手はよろしくね。お二人さん」
ブルームーンはユウとクリスの背中を叩く。
「では、いってきまーす☆」
「いってきますの♪」
トップバッターの二人はお揃いでピンクと白基調のロリータ風衣装をきて店先にできた簡易ステージへと向かった。
***
新人アイドルで、はぐれ天魔もいるとあって恐怖と興味を混ぜごぜにした思いを抱くギャラリーがぽつぽつと集まっている。
少し離れたところでは、ヴァサ子がライブの様子も撮影しているのが二人にも見えた。「よいよライブですよー。司会は私、フェイト・高槻がお送りします。トップバッターは天魔ユニットの『ブロッサム』です」
司会進行をするフェイトが紹介するとユウとクリスが姿をみせた。
「おにーちゃん、おねーちゃん達、こんばんわ。ユウたちはブロッサムというユニットだよ☆ ユウはSLM72の『フェニックス』で、クリスちゃんはSLM72の『グレモリー』だよ」
「『グレモリー』のですの。みなさま、私達一生懸命歌うので、応援して欲しいですの」
自己紹介を終えた二人がお辞儀をすると音源からイントロが流れてくる。
アイドルらしい可愛らしさを残したガールズポップで明るくわくわく感のあるチューン だ。
『ブロッサム』CERRY
♪〜〜
窓から見える桜揺れるもうすぐ歩いてくるよあたしの心そわそわわくわく窓から見える桜萌えるもうすぐ見えてくるよあたしの心どきどききゅんきゅんオシャレはオッケーあたしのチェリー駆けてくよ
〜〜♪
ミニスカートのフリルをふわりとあげ、小さなステージの隅から隅まで大きく動きながら二人は歌った。
イントロでは、手拍子を見せて観客をあおり『あたしのチェリー駆けてくよ』 では寄り合ってのハモリで締めきる。
練習に励んだ成果は数少ないギャラリーからの精一杯の拍手で示された。
拍手を一心に受けた二人は手を繋いで上にあげ、下げてのお辞儀すると次のメンバーに交代する。
「続きまして、ソロで歌ってくれる地獄マーメイド・ウェパルさんです」
ユウ達が盛り上げてくれた後に続き、ブルームーンがしっとりした別れの曲を地味な衣装で歌う。
静かに中央で立って歌っていたが、途中からギャラリーに近づいていくと衣装が剥がれ落ちて普段から来ている青のミニスカートドレスに変わった。
くるくると回るように踊り、ブルームーンは歌い続ける
悪魔の羽と尻尾もはやし、別れは寂しいけれども別れで成長した女性の心をしっとりと歌いきった。
「次はグループユニット3人の小悪魔達のダンスにご注目ください。曲名は『小悪魔のいたずら』です」
ポップなミュージックにあわせて瑠璃と恵夢、秋桜が出てきて、動きのそろったダンスを披露する。
前の二組とは違い、パワフルかつキレのあるダンスを3人は決めていく。
メインボーカルを瑠璃が担当し、掛け合いのサブボーカルとして恵夢や秋桜が続いた。
気になっている彼の卒業に、好きって言いたいんだけど言えずにいたずらをしてしまう女の子の気持ちを歌詞に乗せ、ギャラリーに向かって握手をすると見せかけてのフェイント握手などのイタズラも交えて、歌い続ける。
プロポーションのよい恵夢と秋桜のダンスにギャラリーの男性が盛り上がり、それがまた人を呼んだ。
「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
歌い終わった3人はお辞儀をして、ステージを後にする。
「次はSLM72の中でも唯一の男性となるパイモンさんの登場です」
フェイトの呼びかけに黒マント姿のジェンティアンがゆっくりとステージに出てくる。
顔も隠し、怪しげな雰囲気をまとう中、爽やかなミドルテンポバラードの旋律があたりを包み込んでいった。
曲が始まるとマントを脱ぎ、ロングの黒ゴシックワンピな金髪美少女が姿をみせる。
『Temptation Smile』 作詞:パイモン(ジェンティアン・砂原)
♪〜〜
平凡な色の世界キミと出会い華やぐもう戻れない巡り会う前には
〜〜♪
天使のような歌声が響き、誰もが美少女と信じて疑わなかった。
しかし、歌が後半に差し掛かろうとしたとき、彼はステップを踏んで移動をする。
ワンピースの衣装が崩れ落ちて、黒の金縁の軍服風ロングジャケットに同様のパンツの美男子へと変わった。
声色も変わり、そのまま後半の歌へと続く。
♪〜〜悪戯な微笑みが僕を捕らえ離さない甘い誘惑に完敗Temptation Smile
〜〜♪
眼をギャラリーの一人ひとりに合わせつつ、ジェンティアンは歌っていった。
締めを優雅な例で終える。
「いやー、皆さんすばらしい歌でしたよね。これでライブは……」
「まだ、君が歌っていないよ、フェイトちゃん」
下がろうとしたジェンティアンに突っ込みを入れられて、フェイトも照れ笑いを浮かべた。
「そうでした。裏方ばかりやっていて、すっかり忘れていましたね。最後にCDに入っている私の歌も聴いてください。曲は……」
ライブ返しよりも人の頭の多いギャラリーに向かってフェイトは歌った。
●終わりよければ?
大阪某所。
薄暗い事務所の扉を秋桜が叩く。
「汝、魔界への扉を開くものか……」
扉の奥から地の底から湧き上がる呻き声のようなものが返ってきた。
「地獄P? 秋桜だぉ。ちょっと相談というか渡したいものがあるぉ」
普通の人なら逃げていくだろう状況だが、元々悪魔な秋桜は気にすることなく事務所にはいる。
昼間なのに薄暗く、調度品もありきたりで秋姫にとってすごしやすそうな空間だった。
入り口から奥へ進むと、豪華な机とイスに地獄Pこと菩薩峠イブラヒム(jz0284)が秋桜を迎える。
「イベントはお疲れさんや。おかげさまでSLM72のスタートがいい感じに切れたと思うで。用件はなんや?」
恐ろしい風貌には似使わない軽い関西弁で彼は秋桜に尋ねた。
秋桜は返事の変わりにデモテープをそっと置く。
「曲を作ってはいたんだけど、使わなくなったぉ。どうするかを任せようとおもったんだぉ」
「なるほど、せやなぁ。これは秋桜はんが正式にSLM72へ加入してくれたときに使わせて貰うわ」
そこまで聞いて秋桜はハッとなった。
正式な加入届けをだしていなかったことに気づいたのである。
「お、ぉぅ……」
何もいえない秋桜はその場でカチンコチンに固まってしばらく動けなかった。