クリスマスパーティーである。
QED(久遠イベント大好き)副部長の毛利が飛鳥黎子(jz0246)の機嫌を取るために考えたイベントだが、参加者は集まった。
――ひとりは寂しい。
――気になるあの人や仲間と共に過ごしたい。
そんな想いを抱える者にとっては、とても魅力的なイベントだった。
崋山轟(
jb7635)も、そのうちの一人だ。
「うーん……“手作り”って、こんなもんで良いのか?」
用意した自作プレゼントの出来をチェックしている。
手作りの贈り物を用意することがイベントの参加条件だ。
『あの子』の手に渡るかもしれない、と思うと手は抜けない。
気が付けば、出発の時間に差し掛かっていた。
プレゼントを袋に入れて、会場であるキッチンスタジオへ急ぐ。
●
冬の日暮れは早い。
だが、ここからが本番だ。
会場前には参加を希望した学生たちが集まっていた。
その中に、結月 鳳仙(
jb7598)の姿があった。
(クリスマス……を祝うことなんかなかったからな……少し憧れていたんだ)
期待半分、不安半分で会場に訪れた彼女は、その様子に愕然とした。
集まっている学生たちの服装や雰囲気が普段と違う。
通り掛かった人は皆、結月をチラ見していく。
胴衣で会場に訪れた彼女は「自分が場違いな格好をしている」と思い込んだ。
実はひざ裏まである、優美に流れる長い黒髪が綺麗で注目されているだけだった。
……あと、胴衣におさまりきらない豊満な胸も要因の一つだ。
或瀬院 由真(
ja1687)も大勢の学生たちを見て震えていた。
彼女の場合は「来て良かった」という感情から来る震えだった。
(一人ぼっちのクリスマスは嫌なので、参加しに来ました……)
つい、ほろりとしてしまう。
(皆で盛り上げていきましょう!)
ぐっ、と拳を握り締める或瀬院の隣で、礼野 智美(
ja3600)が待ち合わせをしていた。
彼女が参加した背景には天川 月華(
jb5134)が絡んでいる。
(……あ、またイベントやるんだ)
以前、天川はQED主催の天体観測に参加していた。
(でも一人はちょっと……)
その話を礼野と神谷託人(
jb5589)にしたところ、二人が「面白そうだね」と乗ってきたのだ。
部活を除くと関連性がない三人組だが、こういうときは自然に集まれる間柄だった。
そんなわけで、礼野は天川と託人が来るのを待っている。
――うわ、手作りに限る、かぁ……。
と悩まされたプレゼントも、きちんと用意してある。
妹の手を借りて作成したプレゼントの包みに目をやったところで、礼野は仲間に名前を呼ばれた。
まもなく、会場の入場受付が始まる。
●
毛利が作ったイベントの広告から一部を抜粋する。
・料理のメニューは自由に、食べたいものを持ってくるべし(クリスマスディナー関係は用意)
・調理器具はこちらで準備
要するに「メイン料理は用意してあるけど、調理も楽しめるよ☆」ということだ。
天羽 伊都(
jb2199)は食事を抜いて来ていた。たくさん食べるためである。
戦闘時は鎧を着込む彼だが、今日は生身(?)だ。
彼自身もポルポローネ(スペインのお菓子)作成を目指しつつ、他の学生たちの厨房を飢えた目で見つめている。
(――み、見られている?)
調理中の結月はここでも身震いしていた。
自信のある料理を作るべきだろうと、鯖の味噌煮込みと出汁焼き卵を作っている。
いい匂いもしている。見栄えもいい。
……だが、何故に和食? そういう目を集めていた。
(な、何かおかしかっただろうか……)
クリスマスの経験を持たない結月は混乱するばかりである。
だが、和食を求めていた人物がいた。
或瀬院 由真である。
「すみません、良かったらこれをお料理に添えてもらえませんか?」
羊羹だった。
「他の人が用意する材料に合わせてデザートを作っているんです。でも羊羹だけは、事前に用意していたんです」
「な、何故?」
「……私が食べたかったので」
或瀬院は照れ隠しに笑った。
「あなたは、どんなデザートが食べたいですか?」
結月と或瀬院が話し始めた横で、礼野、天川、託人の三人も料理に挑戦していた。
作ろうとしているのは「アボカドと海老と水菜とチーズの生春巻き」である。
クラブのクリスマス会で、礼野の妹や親友が作ってくれたメニューだった。レシピは礼野が事前に聞いてきている。
「タレはケチャップとマヨネーズを1:1の割合で混ぜて、と……」
礼野はソースを作り、天川と託人は海老を茹でながら水菜とアボカドを刻む。
「粗挽き胡椒入れるか?」と礼野。
「胡椒入りは主に年齢高いメンバーが食べてましたし……両方作って解り易いように表記しておきませんか?」
三人で相談しながら、分担して料理を仕上げていく。
「生春巻き巻くのって結構難しいですね……確か、こんな感じでしたよね?」
託人が出来栄えを尋ねると、礼野と天川は楽しそうに頷いた。
明るい雰囲気のところに、三人は藤堂 猛流(
jb7225)と川知 真(
jb5501)の二人組に声を掛けられた。
「待ち時間にどうぞ」
川知が野菜スティックとカナッペ(フランス料理)を差し出す。
食事時間までの繋ぎに――と考えて作った料理だ。
「あと、これも」
藤堂がカップケーキも追加する。
こちらは持参してきたものだ。参加者全員分ある。
礼を言う三人と礼を言われた二人が盛り上がる横で、久瀬 悠人(
jb0684)がウンウン唸っていた。
(クリスマスに作る料理ってケーキしか浮かばないんだよな〜)
それではあまりに芸がない。
(……って事で、おでんなんてどうでしょうか奥さん)
空を見上げながら、おでんに決めた。
圧力鍋を使って、短時間で美味しく作っていく。
傍らにいるヒリュウが女子の目を引いているが、久瀬は気付いていない。
「チビ、毒……味見しろ」
物騒な単語にヒリュウが震え上がる。
「素で言い間違えただけだ」
結局、渋るヒリュウにおでんを食わせる。
料理が終わると、久瀬は他の参加者の厨房を見て回った。
ヒリュウが愛嬌を振りまくおかげで、あちこちから料理をもらうことができた。
「あ、悠人さんも来てたんですね」
地領院 夢(
jb0762)に呼び止められて挨拶を交わす。
彼女は麻倉 弥生(
jb4836)と和風ケーキを作っている最中だった。
「チビちゃん、味見をどうぞ」
作りかけのケーキに、ヒリュウは「♪」マークを出して飛びついた。
目を細めて食べる姿が、とても愛らしい。
久瀬はジト目でヒリュウを見ている。
「……チビは相変わらず夢の差し出す物は簡単に食いつくな、この野郎」
久瀬が立ち去ったあと、地領院と麻倉はケーキ作りに戻った。
大きめの抹茶風スポンジにクリームをたっぷりのせていく。
スポンジが少々しぼんでしまったので、それをカバーする意図もあった。
クリームの上にはもちろん、スポンジの間にも栗や小豆をたくさん挟んでいる。
「お姉ちゃんからレシピも書いてもらったの!」と夢が持ち込んだメモ通り、仕上げていく。
麻倉の提案で最後に上からきな粉をまぶし、見た目にも拘った。
「いろんな人に食べて貰えると嬉しいな、折角のパーティだもの」
地領院が明るく言うと、麻倉は優しく微笑んだ。
「そういえば――地領院さんが久瀬さんと話しているときに思ったんですけど、親しい人とは下の名前で呼び合っているんですね」
二人が友達になったのは最近のことだ。
微笑と共に注がれる麻倉の視線の意味を察知して、地領院がはにかむ。
「えへへ、麻倉さんも、弥生さんって呼んでいいですか?」
夢の明るいところに惹かれはじめている『弥生』の答えは、決まっていた。
「もちろん、では私も夢ちゃんと呼ばせていただきますね」
約束されていた笑顔を互いに向け合う。同じ表情をしているのがおかしくて、二人はまた笑った。
友人同士で調理にあたっているのは、仲間内で「ロリータ」と呼ばれているドロレス・ヘイズ(
jb7450)も同じだ。
神谷春樹(
jb7335)とロキ(
jb7437)に、カナリア=ココア(
jb7592)と白桃 佐賀野(
jb6761)も一緒にいる。
白桃の後輩、春名 飛梅(
jb8398)も同行している。
合計六名の大所帯だ。
ドロレスは現在、春樹とロキから料理を教わっている。
春樹は最初、ロキのパエリア作りを手伝っていたが、そちらはもう終えている。
オムレツやトルティージャといった卵料理、人参のグラッセ……小等部でも作れる物を中心に、春樹とロキは教えていた。
序盤は不慣れな料理に苦戦したドロレスだが、手先が器用なので上達は早い。
自らの「教え下手」を心配していたロキも、ホッとしている。
カナリアも「次は……えっと……これですね♪」と、楽しそうに料理をしていた。
「クリスマスってあれ……七面鳥? 食べるんでしょ? 楽しみ〜」
ふわーっとした口調で発言したのは白桃だ。可愛らしいレディースの服を着ている。
彼(!?)は、料理上手な飛梅のケーキ作りに手を貸していた。
「あれ? お砂糖はどこでしょう?」
飛梅は厨房を探しているが、見つからない。
「サガノ先輩、横で邪魔ばっかりしないでちょっと借りてきてくださいよー」
「うん〜、借りてこよう〜」
ゆるーく返事をした白桃が、近くの集団へ歩み寄っていく。
「あの〜、お砂糖借り……」
ます、と続くはずの声が止まり、「わぁ美味しそう! これは何て言う料理?」と談笑が始まる。
その後、白桃は当初の目的を忘れて、つまみ食いツアーを楽しんだ。
結果――
「ここどこ……?」
白桃は迷子になった。
立ち止まってきょろきょろしているところを、飛梅に発見される。
「あ、飛梅ちゃんよかった〜」
「先輩! 室内なのに迷子だなんて、もう病気レベルですよぉ」
「ごめんね〜……って何で首輪持ってるの……?」
白桃が、震え声で後ずさる。
「私が治してあげなきゃ……と思いまして」
飛梅はにっこりと笑った。
本人は悪気なく、献身的に治療に努めているだけなのだが、危険を感じた白桃は逃げ出した。
「あっ、どこいくんですかぁー!?」
白桃は適当な人物を盾にしながら、物質透過を使用して首輪を避ける。
ガチ逃げだった。
「先輩、待てー! ……きゃ!?」
「ふぎ!?」
飛梅が、誰かにぶつかった。
「ごめんなさい! お怪我はありませんか?」
衝突した相手は合法ロリ(※禁句)のQED部長・飛鳥だった。
「あの、絆創膏ならありますから、あとは湿布も……」
白桃のことを忘れて、飛梅が鞄の中をがさごそやり始める。
飛鳥は「いい」と治療を断った。
「大したことないから。……じゃあね」
飛梅が引き止めるのを聞かず、飛鳥はさっさと立ち去ってしまう。
(ったく……人を呼びつけといて、どこ行ったのよアイツは!)
彼女はQED副部長・茶畑毛利を探していた。
しかし、腹を立てる一方で飛鳥は思う。
(……みんな、楽しそうよね)
部長としては喜ぶべきだが、これを黙ってやったのが毛利だと思うと素直に喜べない。
再びムカムカし始めた飛鳥だったが、歩いている途中に「あれ?」と呼び止められた。
振り返ると春樹がいた。
彼はQEDが主催したイベントに連続で参加していたので、飛鳥も顔を覚えている。
「お久しぶりです。お元気ですか?」
「……うん、まぁ」
飛鳥の煮え切らない返事に対して、春樹は優しく微笑む。
「今回も楽しませてもらっています」
素直に喜べないのは変わらないが、見知った人物に笑顔を向けられると飛鳥も悪い気はしない。
「飛鳥さん、よかったら連絡先を交換しませんか?」
「いいわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、」
「ハルーっ、何してるの?」
可愛らしく登場したのはドロレスだ。
「ロリータ、少し待って」
「ロリータ?」
自身の禁止ワードに、飛鳥が反応した。
「あだ名なんです」
「ふぅん……」
飛鳥にじろじろと見られて、ドロレスが「なんですの?」と硬い口調で尋ねた。
「いやぁ、仲がいいんだなぁーって思って……ふふふ」
「あ、いやっ、その、」
飛鳥から意味深な流し目を向けられて、春樹が後退する。
厨房の台に手をついた際に、春樹が顔を歪めた。
慌てて指を口に咥えるが……
「ちょ、ちょっと?」
飛鳥は、春樹が指から出血しているのを見てしまった。
「ご、ごめん……私……」
「飛鳥さんのせいじゃないです」
春樹は傷口を確認する。
「絆創膏も持ってますし……どこだったかな」
鞄を探しに行こうとした春樹を、ドロレスが服を引っ張って止めた。
意図を尋ねられる前に、彼女は春樹の腕を掴んで、引き寄せる。
そして指を、……血を、口に含んだ。
――え!?
と、飛鳥や春樹の友人が目を見張る中、ドロレスはこくりと喉を鳴らす。
ぷはっ、と指を吐き出し――ひくっ、としゃっくりした。
ひくっ、ひくっ、としゃっくりが止まらない。酔っ払いのようだった。
「ロ、ロリータ?」
「……あ」
すぐ、正気に戻った。
一騒動あったものの、春樹は無事に応急処置を済ませる。飛鳥も毛利を求めて歩き出した。
友人同士で料理といえば、ユウ・ターナー(
jb5471)とクリスティン・ノール(
jb5470)も注目されていた。
「ポトフを作るよ♪ 寒くなって来たし、温かいモノ欲しいよねっ! クリスちゃんと共同作業なのだ☆」
「ユウねーさまと一緒にポトフを作りますですの。ポトフ、食べた事もみた事も無いですの。楽しみですの!」
「美味しく出来るとイイな♪」
料理番組じみた勢いでユウとクリスティンが明るく叫ぶ。
調理をしていない学生たちが立ち止まっていた。
「お野菜はクリスちゃんに切って貰って、ユウは調理をするよっ☆」
「色々初めてでドキドキですの。色々教えて貰いますですの♪」
「クリスちゃん……包丁使うって言うか、お料理するの、初めてなんだね」
「ユウねーさま、包丁って何ですか? ですの。どれですか? ですの」
「よぉっし! ユウが手取り足取り、一から教えちゃうぞ☆」
二人の微笑ましいやり取りの効果か、ギャラリーが増えていく。
大勢の学生が集まるイベントならではの盛り上がりだった。
参加人数の多さの恩恵を受けた(助けられた?)といえば、ルカーナ・キルヴィス(
jb8420)である。
彼女は、カレーとアップルパイを作っていたのだが――
「ルカ、みんなのために沢山作っちゃったよー♪」
ものすごい量のカレーが完成した。
「足りない場合は困るけど、多い分には困らないよねー♪」と、余裕を持って用意した材料を全て使ったのだ。
しかし、作り過ぎたのがカレーなのは幸いだった。
いい匂いがしている。
しかも参加者は皆、空腹だ。
「あ。味見するー?」
希望者は殺到した。
「いっぱいあるから、慌てないでー♪」
美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、ついつい多めに配膳してしまう。
「たくさん作ってよかったー!」
幸せいっぱいに微笑むルカーナの近くで、不意に歓声が上がった。
なんだろう? と彼女が目を向ける。
●
毛利が作ったイベントの広告から、再び一部を抜粋する。
・調理時間は一芸披露も可能
そんなわけで一発芸である。
ルカーナの近くで芸をしていたのは崋山だった。
炎(※光纏)の演出を加えたロボットダンスを、カレーを食べている連中の前で披露していた。
わー♪ とルカーナも拍手を送る。
(へへっ、こんな事もあろうかと! 練習しておいて正解だったぜ!)
気になる『あの子』の応援を背に、崋山のダンスは冴えを増していく。
柳田 漆(
jb5117)のパフォーマンスも人目を集めていた。
トマトソース、バジル、モッツァレラチーズを乗せたパイ生地を、ロックBGMに合わせて回転させる。
股下をくぐらせ、高く投げてキャッチするとこれまた観客が沸いた。
みんなが喜んでいるのを見て、賑やかな場が大好きな幽樂 來鬼(
ja7445)も士気を上げる。
「パーティーは楽しまなきゃ!」
無論、彼女も楽しんでいる。
パフォーマンスで人目が一方に集中している隙に、会場の壁や窓をツルやネコの折り紙で飾っていく。
「皆がんばってるのねー」
他人事のように、Luxuriaちゃん(
jb6953)が言った。
彼女は幽樂や柳田、藤堂、ウェル・ウィアードテイル(
jb7094)についてきたのだが、料理が出来ないので隅っこで大人しくしていた。
とはいっても、何もしていないわけではない。
「ふふ……食事タイムが楽しみだわっ」
何かを準備する、Luxuriaちゃんであった。
●
食事タイムになると、スタジオが用意した七面鳥等々と、学生たちの料理がテーブルに並んだ。
ドロレスが友人たちの顔を注視している。
「おいしいです♪」
カナリアが言うと、春樹やロキも笑顔でドロレスを褒めた。
「油をもっと馴染ませると、卵が綺麗に焼けるよ」
春樹の助言を受けて、ドロレスは「うんっ!」とやる気を見せる。
その間もカナリアはずっと楽しそうに食べ続けていた。ドロレス以外の料理も含め、バランス良く食べている。
「どんどん食べる♪」
思い切りの良い食べっぷりに、全員が知らず笑顔になる。
「これはロキさんのパエリア?」
「うん。……あ、待って」
ロキの制止よりも早く、ドロレスがパエリアを口に入れる。
「ヒーッ!?」と悲鳴が起こった。
「普段食べてる辛さがいいって言われたから……」
デスソースを多量投入したパエリアなのだ。
「そ、そんなに……?」
春樹も躊躇しつつ、ロキの料理をおそるおそる口に運ぶ。
ドロレスと同じように、悶絶した。
「……大丈夫? やっぱり辛くしないで作ったほうがよかったんじゃないかな……」
ロキが不安げに水を渡す。
そこへ、
「辛い物を中和するには甘いものですっ。いかがですか?」
或瀬院が自作のデザートを勧めにやってきた。
甘いもの、と聞いた女性陣が反応を示す。
「春樹さま〜」と、クリスティンも加わった。春樹とは友人同士である。
「春樹さまの作ったお料理、是非食べてみたいですの!」
だいぶ、賑わってきた。
●
食事時間が半分ほど過ぎたころである。
「ジャズバンド?」
料理にありついていた幽樂を、友人の藤堂と川知が誘っていた。
「いいね! やろうよ!」
藤堂と川知は快諾を得て、とても喜んだ。
「ウェルと柳田も捕まえてくるから、それまで待っててくれる?」
「わかった。……じゃあ俺はその間、合唱でも提案してみよう」
ハモニカを片手に話す藤堂に「了解!」と、幽樂が元気一杯に答える。
幽樂が立ち去ったあと、藤堂は川知と共に有志を集めてクリスマスソングの合唱を始めた。
楽しげに響いてきた歌を聞いて、ウェル・ウィアードテイルは食事の手を止める。
(独りじゃないクリスマスなんて久しぶりだなぁ)
しみじみと心中で呟き、改めて目一杯、このイベントを楽しもうと決めた。
「あ、いたいた。ウェルー!」
幽樂の声に、ウェルが振り向く。
彼女もジャズバンドの話に快く乗ってくれた。
「トランペットを持ってきてるよ。昔なんとなく買って、それなりに吹き鳴らしたんだよねぇ」
無駄にならなくてよかった、と言い結ぶウェルに、幽樂が質問を重ねる。
「柳田知らない?」
「ああ、彼なら――」
●
柳田 漆には、食事とイベントを楽しむ以外に裏の目的があった。
「雑誌のモデルに興味ない?」
スカウトである。
「え〜俺ですか〜?」
おっとりした口調で答えているのは白桃だ。
「俺にできるかな〜?」
「やれるよ」
「え〜でも〜」
押せばいけそうな流れだったのだが――
「だめですよー、サガノ先輩」
飛梅の乱入が流れを変えた。
……お? とスカウトマン・柳田の目が彼女にも反応した瞬間、飛梅は白桃に首輪をつけた。
あ。
白桃が声を上げて、柳田の動きも止まった。
そのまま、白桃は飛梅に引きずられていく。
「……首輪は、違うジャンルだね」
柳田は次を探す。
すると、低身長で金髪でツインテールな女子が近くを歩いていた。
飛鳥だった。毛利が見つからず、イライラしている。
「ねぇ、きみ」
「何よ!」
「モデルに興味ない?」
がるる、と唸っていた飛鳥が一転、態度を変えた。
「え、えー……?」
思わせぶりに顔を背けて身体をくねらせている。
今度こそいける。柳田が確信したところに、幽樂がやってきた。
「見つけたー!」
言うや否や、幽樂は彼を引っ張っていく。
「まぁ私もQEDの活動で忙しいけど、どうしてもなら……」
飛鳥が振り返ったときには、誰もいない。
●
藤堂が提案した合唱は、最終的に会場全体を巻き込む大合唱になった。
余韻が残る中、バンドマンたちが彼を中心に集合する。
幽樂はジャズベース、ウェルはトランペット、柳田はギター、川知は電子ピアノ。
それぞれ楽器を持って、急いで作ったステージに上がった。
期待と共に観衆が静まり返る。
ボーカルを担当することになったカナリアが、壇上でぺこりと礼をした。
「……いま……とても幸せです。これからも幸せな時が続きますように……歌います」
演奏が始まった。
クリスマスソングのジャズアレンジに優しい歌声が乗る。
聞き手が歌声に酔い始めたころ、Luxuriaちゃんがステージに上がった。
カナリアのそばに立った彼女は、調理時間に仕込んでいた手品を披露していく。
右手に広げた扇状のトランプを瞬時に左手へ移動させたかと思えば、胸の谷間からハトを出現させる。
演奏と手品ショーのおかげで、イベントはさらに盛り上がっていく。
●
「……いい加減、機嫌直してください」
ステージが終わる直前、QED副部長の毛利は困り果てていた。
ようやく飛鳥と合流したのだが、彼女はぶんむくれている。
「そんなに参加したかったんですか? プレゼント交換」
毛利の読みがズレていたせいで、飛鳥はますます不機嫌になった。
……交換会の時間が、やってくる。
●
プレゼント交換前には様々な思いが交錯する。
(折角なら俺は可愛い女の子のやつが欲しいなぁ……ふふ)
貰うプレゼントに邪(?)な思いを抱く白桃もいれば、
(ハルに当たるといいな……)
自分のプレゼントの行く末に思いを馳せるドロレスもいる。
一番、真剣な顔をしているのはカナリアだった。プレゼント造りを手伝ったウェルは、酒を飲みながら密かに思う。
(彼女の想いが伝わりますように)
さて、結果は――
●
白桃からビーズのストラップを受け取ったルカーナは、自分がプレゼントを渡す相手を探していた。
……彼女がプレゼントを受け取るとき、白桃が「可愛い女の子だ〜」と喜んだのは、想像に容易いだろう。
「えっ、俺?」
ルカーナがプレゼント相手……華山を呼び止めた途端、彼はぶるぶるっ、と震えて「いよっしゃーっ!」と叫んだ。
「おおっ?」とルカーナはびっくりしている。
贈り物は、りんごの置物だ。
「これ、大事にさせてもらうぜ!」
華山が自作した手編みのマフラーを受け取ったのは川知である。
「似合いますか?」
藤堂が頷くと、川知も花が咲いたように笑う。
川知が用意した革の小銭入れには、メッセージカードが添えられている。
『メリークリスマス。貴方に幸せが降り注ぎますように』
(……あなたにもね)
礼野は、川知と藤堂の話を邪魔しないよう、心中で礼を言うに留めた。
礼野が作成したクッキーは柳田が入手している。
ココア生地と、プレーンと、砕いたカシューナッツ入りと、苺ジャムのせ。これらの四種詰め合わせである。
袋の口は赤と緑のリボンで止めてあった。
「おしゃれだ」
スカウトマンも舌を巻く仕事だった。
柳田のプレゼントは大きな本棚で、自然と包みも大きくなる。
受け取ったロキは、荷物番を春樹たちに任せて交換相手を探している。
残念ながら、春樹とドロレスが相手ではなかった。
しかし、
「おー! ありがとう! かわいい!」
サンタとトナカイの形をしたクッキーを渡すと、幽樂が全力で喜んでくれたので、ロキも笑顔をこぼした。
幽樂から多種多様な折り紙作品を受け取った或瀬院も、満面の笑みを咲かせている。
或瀬院が用意したトナカイサンタのぬいぐるみは、麻倉の胸元に納まった。
ぬいぐるみは頭を撫でられて、可愛がられている。
天羽は、麻倉が作ったクリスマス風・チョコ入り生八橋を食べながら結月を呼び止めていた。
クリスマスプレゼント初体験の彼女は、緊張した面持ちで包み紙を開ける。
大きな手編みの靴下が入っていた。
「サンタさんに大きなプレゼントをもらうんですよ?」
天羽、渾身のボケである。
「サ、サンタが来るのか……!」
結月の純真にボケは殺された。
興奮する結月の隣で、天羽は「負けた……」とうな垂れている。
ちなみに、結月が用意したのは重箱入りのおはぎだった。
(ク、クリスマスにおはぎ……?)
受け取った久瀬は、心中で首を傾げる。
(まぁ、チビが喜んでるからいい……のか)
今回はヒリュウだけが得をしている。
久瀬が用意したプレゼントも、実はヒリュウにちなんだものだった。
ヒリュウの尻尾をイメージした、青い毛糸付きのキーホルダーである。ドロレスが受け取り、さっそく鞄に着けられていた。
ドロレスが用意した白猫の刺繍が入った黒のマフラーは、ウェルの首元を暖かくしている。
(ハルに届けば良かったけど……残念)
こればかりは、運なのでどうしようもなかった。
次の機会があれば、きっと届くだろう。
「その気持ちが嬉しいよ。ありがとう、ロリータ」
春樹がしっかりフォローしていた。
ウェル作成の白と黒の子うさぎペアの編みぐるみは、ユウの手元にある。
「かわいー♪」と、クリスティンと共に飛び跳ねて喜んでいる。二人とも、うさぎのようだった。
ユウ(可愛い女の子)から手編みのマフラーを受け取った白桃も、一緒に跳ねている。
その様子を笑顔で眺めている飛梅の首元では、クリスティンからプレゼントされたビーズのロザリオが輝いている。
クリスティンが夢から受け取ったクッキー詰め合わせは、大事に鞄の中に入っていた。
夢は、天川から貰ったクリスマスリースに目を輝かせている。
あけびの蔓と樅の枝、金銀のスプレーを吹き付けた松ぼっくりと南天の実。赤と緑と金のリボンと金色の鈴を使って仕上げられた、丁寧な一品だった。
「お姉ちゃんに見せたら喜んでくれそう!」と、麻倉に笑顔を向けている。
交換前に、真剣な顔をしていたカナリア=ココアは現在、真っ赤な顔をしていた。
「あら、きれいー」
歓声を上げているのはLuxuriaちゃんである。
カナリアのプレゼントは見事、希望通りに彼女の元へ届けられていた。
贈ったのは、折り紙で作った“ネリネ、ヒルガオ、サルビア紫”の三種の切り花である。
それぞれの花言葉は“また会う日を楽しみに”“絆”“尊敬”となっている。
「ありがとー」
Luxuriaちゃんがウィンクすると、カナリアはますます真っ赤になって下を向いた。
カナリアとは違う意味で赤面しているのは神谷 託人だった。
彼がLuxuriaちゃんから受け取ったのは、女性モノのピンクの下着である。
手渡された卓上ツリーの星からプレゼントが飛び出す、という凝った演出には喜びを感じたが、中身には困惑する他なかった。
「何を貰ったの?」と天川に訊かれても、誤魔化すしかない。
ちなみに、天川は飛梅からお手製の青汁粉末を受け取っている。
味はお察しだが、栄養は満点らしい。
託人から干しブドウ入りの芋蒸しパンを贈られた春樹は、仲間と一緒に分け合って食べている。
「ホットケーキの素で作るのか……ロリータに教えるのにいいかも」
「うん。春樹のプレゼントは、誰に渡したの?」
ロキに問われた春樹は、目配せをして藤堂を示す。
川知と談笑している彼の胸元で、雪の結晶の形をした七宝焼きのピンバッチが光っている。
「……渡すとき、お邪魔な気がして恥ずかしかった」
仲睦まじい二人を見て、春樹は軽く赤面していた。
●
イベントは無事に終わった。
QEDの二人――飛鳥と毛利は参加者の見送りをしている。
「終わりましたね」
最後の一人を見送ったあと、毛利は隣を見た。
飛鳥は何も言わない。不機嫌なままだ。
帰宅の準備を済ませて、二人は外に出る。
綺麗な夜だった。
澄んだ空気が、身体の隅々まで浸透していく。
(……次の道を曲がるときに、伝えよう)
毛利が決めた矢先に、曲がり角は訪れる。
しかし、先に曲がりかけた飛鳥の足が止まった。
「どうしたんです?」
「しっ!」
飛鳥が毛利の口を押さえる。
……顔を覗かせると、パーティーに参加していた藤堂と川知が話をしていた。
かろうじて声が聞こえる。
「革が余ったので。色違いのお揃いなんですが……受け取っていただけますか?」
どうやら川知が個人的なプレゼントを渡しているらしい。
毛利たちからは見えていないが、贈っているのは革のストラップだ。
「ありがとう。大切にするよ。これも、真も」
幸せオーラが目に見えて漂っていた。
「お返しは……これで」
藤堂が、川知を優しく抱き締める。
あっ、と飛鳥が吐息した。
……二人が、キスをしている。
結ばれたばかりの二人だが、どことなく成熟した雰囲気を感じさせる口付けだった。
二人が腕を組んで立ち去るまで、毛利と飛鳥は一切動けなかった。
「はぁー……」
感嘆の吐息が飛鳥の口から漏れる。
「……あの、部長」
「何よ、せっかく人がいい気分でいるの、に?」
毛利が、ラッピングされた小箱を差し出していた。
「私に?」
こくり、と毛利が首を振る。
顔をまともに見れないようで、目を斜めに逸らしている。
飛鳥は、ハリセンで毛利をいきなりぶっ叩いた。
「痛い!?」
バシンバシンと叩いていく。
「何故!?」
理不尽な殴打が続く。
ううー、と毛利がうずくまっていると、声が降ってきた。
「……のくせに」
「はい?」
飛鳥は毛利を無視して、さっさと歩き出す。
毛利が何をプレゼントしたのか。
飛鳥が今、どんな心境でどんな顔をしているのか。
そのあたりは、想像に任せる。
「ほら! 早く行くわよ!!」
「……はい」
飛鳥に急かされて毛利が立ち上がる。
ひらりひらり、と何かが降ってきた。
雪だった。
毛利も飛鳥も、会場を後にした撃退士たちも一斉に空を見上げた。
隣に誰かがいてくれることを祝福するような、幻想的な光景だった。
「来年は、最初から私も混ぜなさいよ!」
「あっ、はい」
イベントも仲直りも成功して、めでたしめでたし。
ではまた、来年――。
(代筆:扇風気 周)