●夢への第一歩
大阪の某TV局。
『撃退士様』と張り紙のされた控え室に夢を追いかける少女達は集められていた。
控え室の壁にはアイドルのポスターが貼られ、目の前のテーブルには仕出しのお弁当……。
TVでもたまに映る光景だった。
ブルームーン(
jb7506) は自分が人間界にくるきっかけかとなったアイドルのポスターを眺めていた。
「ふ、ふふふ……。こんなに早くチャンスが巡って来るなんて♪」
「これでアイドルになれる…!」
ふと隣をみると、指宿 瑠璃(
jb5401)が同じポスターを見つめて拳を握っている。
「貴方もこの方に?」
「はい、いいですよね。こういう華やかなアイドル! 今回は天魔のアイドルみたいでしたけれど、応募しちゃいました」
ブルームーンは頬を赤らめて照れくさそうにする瑠璃を見て微笑んだ。
「一緒にがんばりましょう♪」
「はい、一緒に!」
夢を抱く二人は固く握手をする。「偶像かぁ。嫌だなぁ、めんどくさいぉ……」
一方、秋桜(
jb4208)はチューチューとジュースを部屋の隅で啜っていた。
秋桜は青色の肌と羊型の角、白目の無い真紅の瞳をしていて、見るからに悪魔である。
「めんどくさがらないの。これはある意味チャンスなんだからさ」
「チャンス……ねぇ?」
メイド服姿の恵夢・S・インファネス(
ja8446) が秋桜の頬をつつく。
「アイドルになって、みんなに知ってもらったら、お友達たくさんできるかも……ですの?」
クリスティン・ノール(
jb5470) が恵夢の言葉を聴き、隣にいるユウ・ターナー(
jb5471)へとたずねる。
「うん、きっと大丈夫だよ。がんばろうね、クリスちゃん」
「ええっと、撃退士の皆様。ロケの準備が整ったそうなので、バスまで案内、します」
番組のADらしき男性がが控え室の外から緊張した声色で呼びかけてきた。
撃退士達は警戒されている溝をほんの少し感じる。
「偶像も楽じゃないかもしれないねぇ」
秋桜のつぶやきが静かな控え室にしみこんだ。
●クリスマスのカップルドッキリ大作戦
寒空の下、一組のカップルが時計台の下で待ち合わせをしていた。
なお、そのカップルの周囲にはカメラを持ったスタッフが何人もいて、ドラマかCMの撮影のような雰囲気が作られている。
「寒いね」
「でも、こうして二人でいるとあったかいよ」
女性物のロングコートを着込んだカナリア=ココア(
jb7592) とショーヘアで男役を務める川澄文歌(
jb7507) の二人だ。
カナリアの方は冬だというのに汗をかいている。
(「早く来てくれるといいんだけどね……」)
ぽつりとつぶやきながらも敵がカップルを狙っているという情報を信じて恋人ごっこをカナリアと文歌は続けた。
「これ、一緒に飲もう♪」
文歌が紅茶を入れた水筒を掲げると、彼女の背後から地響きと共に何かが近づいてくる。
「あれ……なに!?」
ココアが驚き、文歌に抱きつく。
「大丈夫だから……ここは逃げて」
文歌がココアを守るように立ちはだかり、迫ってくるものを見つめた。
地鳴りをあげて迫ってくるのは4体のトナカイである。
「早くッ!」
強い意志を持った瞳で文歌がココアを見つめると、ココアは待ち合わせの公園から走り出した。
ココアが去っていき、残った文歌が迫ってきたトナカイサーバントに両手を広げて立ちはだかる。
●激闘開始
トナカイサーバントが文歌に向かって突進していく。
カメラクルーが危ない状況にもかかわらず、ベストショットを狙えるように位置取りをしていった。
そこにスモークが炊かれてあたりが白いもやに包まれる。
「人の心に悪魔の力、戦うアイドル!」
煙の中より声が発せられ、周囲に響く。
視界をスモークで覆われて躊躇していたサーバントは声にむかい鋭い角の突進を仕掛ける。
「ルュエム、変……身!」
だが、その突進はガキンという金属音でふさがれた。
煙が晴れるとメイド服から一転、露出の高い服装に仮面をつけた恵夢がそこにいる。
彼女は自分の背丈よりも大きな黒色の大剣を構えて、トナカイサーバントの攻撃を防いでいた。
「恵夢氏は、パンチラよりも胸のがサービスカットになりそうだよねぇ」
秋桜はトナカイサーバントを蹴り飛ばしたときに揺れる恵夢の胸を眺めてぽつりとつぶやく。
「追い討ち行くおー」
やる気のない声をあげた秋桜はメイド服をパージして、ボンテージ姿になった。
夕方のお茶の間ぎりぎりのセクシーさが続く。
変身(?)を終えた秋桜は鎖でつながれた指輪を赤黒く光らせて上空に掲げた。
恵夢に吹き飛ばされたサーバントが立ち上がろうとしたとき、その頭上に逆十字架が落下する。
「ナイスアシスト! このままトドメまでいっちゃうよ」
「やってしまうぉ」
恵夢は腕のアーマーをパージして構えた。
重厚な手甲が装着され、焔のような闇が揺らめく。
「出力安定、目標補足!」
ぐっと拳を引き、闇の力を腕に込めた。
「<DF【偽:魔炎剣】[アナザーワンフレイムパニッシャー]>!」
アウルと共に栄光の手を敵に向けて射出した。
加速する拳……ロケットパンチである。
逆十字架で動きの止まったサーバントの体を拳が貫き、墓標のように立った。
「セクシー悪魔コンビ、参上! ムチムチ悪魔は嫌いですか?」
「ムチムチいうなし」
カメラの前で胸を強調するかのようなポーズで二人は討伐を締める。
***
恵夢達がひきつけた1体以外にもトナカイサーバントが姿を見せる。
そこに逆光を浴びた二つの影が現れた。
「SLM72、総選挙……は、よくわからないクリスですの! 悪いやつはやっつけますですの!」
クリスがユウと決めポーズをしようかと思った瞬間、トナカイサーバントが容赦のない体当たりをしてくる。
イマイチしまらない挨拶だったからか、それともタウンとの効果だったからかはわからない。
「名乗りあげて居る間に敵さんが攻撃してきたら、駄目ですのー!」
クリスをい弾き飛ばしたトナカイサーバントがターンをして二人に迫る。
「クリスちゃん大丈夫?」
ユウは加速をつけてくるトナカイに向けて弓を放ちながら、立ち上がるクリスに声をかけた。
放たれた矢はトナカイサーバントに刺さるも突進をとめることはできない。
「大丈夫ですの。カウンターを決めてみせますの」
クリスは心配するユウに凧型のシールドを構えて笑みを見せた。
加速のついたトナカイサーバントがクリスの華奢な体を再び弾き飛ばそうと巨体を進撃させる。
盾を構えて受け止めたクリスの足が地面に沈み、後方へ押された。
鼻息を荒くしたトナカイサーバントがさらに追い込もうとするが、クリスの体はそれ以上後ろに下がることはない。
「秘技、エメラルドスラッシュ! 受けてみよっ! ですのーっ!!」
クリスの鋭い剣閃がトナカイサーバントの目を斬った。
「ユウとクリスちゃんの連携を受けてみるんだよ☆」
跳ね馬のようにいなないた敵に向かって、ユウが飛び上がりワイヤーを使って捕縛をはじめる。
そのまま空中でくるりと回りながらヨーヨーで頭部への追加攻撃をユウは叩き込んだ。
ふわりとパニエがあがり、オーバーソックスとドロワーズがちらりと見える。
「私たち二人には!」
「敵はないですの!」
着地したユウと盾を構えたクリスが決めポーズをとると背後のトナカイサーバントが倒れるのだった。
***
●我らSLM72
ココアが逃げていったことを確認した文歌は光纏を広げた。
服装がみるみるかわり、ウサ耳に学生服、アーマーといった戦闘姿に変わる。
「SLM72、総選挙16位、美少女真紅公ゼパルちゃん! 参上Death!」
ウィンクしてポーズを決めた後、文歌改めゼパルは術符を放った。
トナカイサーバントの角に阻まれる。
「でも、距離をとって戦えばそんなにつらい相手じゃない!」
距離をとりつつ戦う文歌に対し、トナカイサーバントは角でベンチを持ち上げると投げつけてきた。
「うそっ、そんな攻撃聞いてないよ!?」
あわててゼパルが転がるように避けると、ゼパルのいた場所にベンチがペシャンコになって落ちる。
「ちょっとマズイかな?」
冷や汗をたらすゼパルに向かってベンチや街灯が容赦なく降り注いだ。
あわてて逃げようとするゼパルの足元に街灯が転がってきて、彼女は躓く。
追い討ちをかけるかのようにトナカイサーバントが蹄で地を蹴り、突貫してきた。
「ゼパルちゃん、これを!」
もうだめかと思ったゼパルの前に歌詞カードが刺さる。
彼女が振り返った先には逃げたはずのココアがいた。
「やっほー♪ SLM72、総選挙14位、美少女深緑公レラジェ参上♪ 悪い事をする悪い子は倒すよ☆」
「その歌を一緒に歌おう、この楽器で!」
ココア改めレラジェからピンクのエレキギターを受け取ったゼパルは歌いだす。
レラジェの奏でるベースとゼパルの奏でるギターが衝撃波を生み出し、トナカイサーバントの翻弄した。
トナカイサーバントを挟み撃ちし、円を描くように二人が歌いながら戦う。
衝撃波を多数受けてヘロヘロになってきた敵に向けて、二人は互いに見詰め合ってうなずく。
「「二人のユニゾン、受けてごらん!」」
ゼパルが衝撃波で抑えているところへレラジェからはの手裏剣の雨が放たれ、敵を包み込んだ。
「これが…私達二人の力です☆」
楽器を構えた二人は背中合わせでフィニッシュポーズを決める。
***
「恋する男女を邪魔するサーバントよ、そこに直りなさい!」
突如、周囲に響いた声にトナカイサーバントは足を止めた。
瑠璃が黒を基調とした色合いのフリルスカートファッションでトナカイサーバントに立ちはだかった。
「SLM72、総選挙48位、SLM72の総裁[キャプテン]ハゲンティでーす! みんなー! 今日は私のソロデビュー曲、聴いてください!」
瑠璃ことハゲンティは緊張した空気から一転、恋する男女の応援歌『小悪魔ハゲンティ』を唄う。
ハゲンティのワンマンライブにポカンとなっていたトナカイサーバントは首をふってから突進を再開する。
歌い続ける彼女にトナカイサーバントの巨体がぶつかったかと思ったら、瑠璃の姿は煙のように消えた。
「忍法、一人グループアイドルの術!」
声だけが響き、次々とハゲンティの姿がトナカイサーバントを囲むように出てくる。
歌声が輪唱するように流れ、トナカイサーバントは混乱した様子をみせた。
「スキありっ!」
雷のような速度で敵に切り込んだハゲンティはそのまま敵を踏み台にして、一撃離脱をする。
カメラ目線で決め顔も忘れていない。
「なんか、いいところをとられたわ。ならば、戦闘で見せるのが手早いわね。リア充どもを見ていてたまった鬱憤、晴らさせてもらうわよ」
怯んだ敵に向かってブルームーンはキックを敵に当てた。
反動を打ち消すように後方へ空中回転をしながら着地する。
撮影中のカメラの配置を考えベストポジションを取ったのはいうまでもない。
「SLM72、総選挙42位、地獄のマーメイド・ウェパル。参上よ」
きりっと決めてから、ブルームーンことウェパルはアウルの力で氷の鞭を出現させるとトナカイサーバントを鞭打つ。
ウェパルが舞うように動けば腰についた大きなリボンが靡き、ミニスカートから下着がチラリと覗く。
見せパンではあるため、あえて見せるかのように動いて敵を華麗に叩き伏せていく。
しかし、タフなトナカイサーバントは怯むことがない。
「ならば! これで! とどめ! マーメイドムーンサルト」
一度しゃがんでためてからのムーンサルトキックをウェパルはトナカイサーバントと叩き込んでフィニッシュを華麗に決めた。
「ふふ、これでかんぺ……ですね♪」
戦闘に集中して素が出かけたところをギリギリ元に戻したウェパルだった。
●伝えるべきこと
サーバントを倒しきるドキュメント映像が流れ終わった後、別の場面が映った。
秋桜が演説台に立ち、背筋を伸ばした姿勢で力強く語っている。
「私は、冥魔の血が通う悪魔である。しかし、映像を見て貰った通り君達人類に仇を為す存在ではない。私の命尽きるまで、君達の脅威たる天魔と闘い護る事を誓おう」
拳を握り上へと突き上げる。 次に一転して願う口ぶりで演説が続く。
「だから、君達の身近にいる、肌の色が違うもの、角や翼があるものに、敵意を向けないで欲しい。家族や近しい友を奪われた君達に、恨むなというのは酷な話である。愛せよとは言わない。ただ石を投げたり、無視をする事をやめて欲しい」
秋桜の脳裏に過去の経験や見てきたことを振り返り身震いをした。
「普通の何気ない挨拶でも、実に嬉しい事であろう。ただ普通に接するだけで、彼等は良い隣人になる筈だ。冥魔にも、天界にも君達に寄り添い共に味方になる者がいる事を、この芸能活動を持って伝えていければ幸いである」
秋桜が締めくくると画面が暗転し、番組は本当に終了した。
――そして、後日。大阪某所
暗い事務所で二人の人間が撮影された番組のテレビ放送を見ている。
頬骨が張り、眉毛が太くギザギザにされて、ポマードで髪をオールバックに固めている男の方が手元にある書類をとってサメのように笑った。
「実にええ素材や。レベルの高い魅力もあるしのぉ」
写真付のプロフィールシートで、SLM72への加入希望についても記載されている。
「ヘルP、気に入った?」
一緒に番組をみていた人形のような少女が男に尋ねた。
「モチのロンや。気に入ってくれたドラマの監督とかスポンサーもいるみたいやしのぉ。こいつは新しいブームを生み出せるかもしれんで。ヴァサ子も次からはがんばってもらうから覚悟しいや」
ニタァリと微笑むヘルPにヴァサ子は小さくうなずく。
――さらに一週間後
深夜番組にひっそりと変わったCMが紛れ込んでいた。
ライブステージの上で二人の少女が踊っている映像である。
「やっほー、ユウだよ☆」
「クリスですの♪」
くるくると回り、交互に入れ替わるダンス。
小さいステージを隅から隅から動き回り、ハイテンポなリズムに合わせたパンクな歌を奏でる。
背中にある翼が踊りに合わせてリズムをとり、飾りでないことを示していた。
「「SLM72、この先デビュー予定! よろしくね」」
カメラに向かってアップで二人が宣言するとテロップが入る。
『新規アイドルプロジェクトSLM72始動! 続きはWebで!』
――伝説はここから始まった。