●そうだ、お昼は焼き肉だ
その日、朝の買出しを終えた紅葉 虎葵(
ja0059)は商店街をブラブラしながらお昼を考えていた。
悩んでいると、人だかりのできた一軒の店で足が止まる。
「ほえ? 焼肉大食い大会……焼肉、焼肉♪」
店頭ポップに描かれた文字を読み、紅葉は店内へ入っていく。
店内からはギャラリーの賑わいに肉の焼ける香ばしいにおいが漂ってきた。
●開催、大食い大会!
「はぁい、イイ肉食べてるかしら〜♪」
焼肉マタドールの名物店長ともいえるホルスタイン中村(お婿さん募集中)の挨拶に店内が微妙な空気に包まれる。
「みんなシャイね〜。今回の参加者6人に意気込みを聞いちゃうわねー」
「焼肉大会! ふふん、実にいい! 好都合だな 」
ラグナ・グラウシード(
ja3538)は尊大な態度ながらも甘いマスクをキラリとさせて語る。
「今回一番のイイ男なので、あたし期待しちゃうわぁ♪」
「男には興味ないですから、おっぱい星人ですから」
クネクネっとシナを作って近づいてくる中村からラグナは距離をとった。
「私にもあるわよん」
大胸筋をピクピクさせて中村がさらににじり寄ってくる。
「それ筋肉ですから!」
「もうツレナイのね。じゃあ、次も中々可愛い子よ」
ラグナのツッコミを受け止めながら、中村は次の紹介をはじめた。
中々のタフガイである。
「ゴチになります! やるからには勝ちにいきます。じっちゃんの名に懸けて!」
緋野 慎(
ja8541)は13歳らしいあどけなさを残した笑顔で挨拶を締める。
「アタシこそゴチになりたい気分よぉ〜。ここからは女の子が続くわぁん、まずは菜都ちゃん」
「じゅるり」
順番の回ってきた久慈羅 菜都(
ja8631)だったが、思わず視界に入ってきた肉の山に涎をたらしているところだった。
「草食系男子の反対、肉食系女子というのかしらねん」
「すみません……えっと、お肉好きのお友達と一緒に参加したかったです……。お友達の分も、たくさん食べたいです……野菜と一緒にできれば食べたいです」
「お野菜もあるけど、カウントは肉の重量だけよん。制限時間の2時間の間にたくさん食べて頂戴ね」
中村の言葉に奈都はこくりと頷いた。
「続いては今回の最年少。最上ちゃんね」
「……ん。美味しい肉の日。しっかり食べる。あとカレーを所望」
最上 憐(
jb1522)の発言に会場がざわめく。
「……ん。カレーは、飲み物。つまり、カレー=水だよ?」
「さすがにその理論は初耳っ。用意が間に合うかしらん」
同様を隠せない中村に憐は不思議そうに首をかしげた。
「は、はぁい……次の人にいくわよ。スタイルのいい美少女、真緋呂ちゃん」
「お褒めに預かり光栄です。伊達に色々なお店の店長さん泣かしてきた実力を見せたいですね」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は照れつつも、実力者の風格を見せる。
「以上……と思ったけれど、飛び入りの可愛い子が来たみたいね。お名前聞かせてね」
中村は店内に『焼肉、焼肉〜♪』と歌いながら入ってきた紅葉に向けた。
意気込み溢れる6人の勇士が揃い、大食い大会が今、はじまる……。
●試合なう
制限時間を示すタイマーがカウントダウンを始めた。
初手から憐は光纏を出して戦闘モードに入る。
お腹がクぅーと可愛い音を立てた。
「……ん。おかわり。おかわり。どんどん。バシバシ。持って来て」
憐の前に肉の山が置かれるもあっという間に消えていく。
焼き網の上には隙間ができることなく、肉が敷き詰められている。
あまりの速いペースにギャラリーが沸いた。
「……ぬ、これはなかなかよい肉だな」
一方、ラグナはステーキを食べるかのようにナプキンを首につけて上品に肉をいただく。
「食感も悪くないし、味付き肉もスパイシーだ」
ナイフとフォークを使った食べ方と貴族の嗜みといったコメントもできていて、大食い大会の雰囲気とは少し違った空気をかもしだしていた。
「上品に食べる男性は素敵よね☆」
中村のコメントにむせそうになるのをラグナは耐える。
ここでむせては色々と台無しだ。
「あー、幸せ〜♪」
紅葉も菜都と同じように肉を食べ、目を細めて頬を緩ませていた。
彼女はもともと勝負をする気はなく、美味しい肉を食べ放題だということで参加しているのでマイペースだ。
「味付けの種類が塩、タレとあってどちらもご飯にあいます……」
菜都もまた競争意識が低いので、大食いというよりは料理の味を楽しむ方向でいる。
この三人だけグルメ番組っぽいが、憐がものすごいためバランスがとれているのかもしれない。
「……ん。水(カレー)。おかわり。鍋で。頂戴」
憐は上品さよりも量。
「……ん。もう。何か。生でも。良い気が。してきた。焼けるの。遅い」
レアであろうと肉をカレーで流し込んでいく。
「食中毒が怖いから、ちゃんと焼いてねー営業停止になっちゃうわぁー」
中村自身も憐の食べっぷりに大きな体をプルプル震わせていた。
ウェイトレス達は消えていく肉を次々に補充していく。
「俺の考えが間違っていた、認めてやるぜ、あんた達は本当の大食い王だ!」
緋野は憐の怒涛の食べっぷりを見て、闘志を燃やして肉汁たっぷりな種類を選んで食べていく。
ギャップのあるワイルドな食べっぷりに黄色い声援がかけられた。
「良く焼く方がいいなら……よく焼く」
レアで食べていた菜都は中村のアドバイスに焼き方を直して肉を口に入れる。
よく焼くと身が締まり、噛めば肉汁が口の中にあふれてきた。
隠れた実力者の真緋呂は落ち着いた速度で肉を味わいつつ口の中に入れる。
満腹中枢が働かない程度のバランスを意識して食べていた。
そこを自然とやれるところが、真緋呂の今までの実績だろう。
しかし、それはあくまでも一般的な大食いのこと。
現在は憐の吸引力のある食事法が大きく伸びていた。
食べ終えた皿の山が早くも5列以上。
真緋呂は2列に差し掛かったところである。
「店長さん、これとっても美味しい♪ 後でレシピ知りたい!」
「レシピについては乙女のヒ・ミ・ツ♪」
ウィンクをして投げキッスまでつけてきた中村の姿に全員の食欲が一瞬、ダウンした。
「お、お水くださーい」
「僕ももらいます」
制限時間をカウントするタイマーが30分をきる。
●ブースト! あとは追い上げるのみ
一瞬、全員の食事の手が止まったかに思えたが、すぐに食べる勢いが戻る。
むしろ、忘れるように食べているのかもしれない。
現在のところトップは憐、続いて緋野、ラグナと真緋呂がそれに続く形だった。
「流石口コミに間違いはなかった。どれも美味しい。止まらない」
店長が変ではあるが、味はいいという口コミ通り、どの肉も飽きない味付けがなされていて真緋呂はモグモグとペースを徐々に上げながら食べていった。
「……ん。ラストスパート。全力で。全開で。行く」
真緋呂の追い上げに憐もスキルを使用しだす。
憐は空腹の副作用を起こして能力を高める“増幅”で食事速度を上げた。
両手のフォークで肉への“死の舞踏[ダンスマカブル]”をたたきこむ。
量を食べる憐に加速がつくも、肉を食べるというよりカレーの比重が増えた。
「なんという食べ方だ……品がない」
大食いの自信のあったラグナだったが、憐の食べ方に口をぽかんとあけてしまう。
それでも3列しっかり食べているので凄いことだ。
「俺は、俺が緋野 慎だ!」
また緋野もその身を炎に包んで食べる速度を高めて追い上げを目指した。
一挙一動に炎の軌跡が追従し、見た目にも鮮やかだ。
しかし、思わず使ってしまったために驚いたウェイトレスに水をかけられるアクシデントに巻き込まれてしまう。
「……こ、これ燃えないんです……事前にいってなくてスミマセン」
水浸しになった緋野の前の焼き網が消えてしまい再び熱が入るのに時間がかかりそうだった。
「まだまだ勝負は終わっていませんよ」
マイペースながらも肉の食べる順序を考えて飽きないようにし、野菜も口にしては消化を助ける食事法を続ける真緋呂がここぞとばかりに追い上げてきた。
食べてく姿よりも積み上がっていく皿の方にギャラリーも圧倒されてくる。
誰に対しても頑張れと声がかかり、声援を受けた選手達も時間ぎりぎりまで肉を食べ続けた。
皿が幾重にも積まれていく音が声援にこたえる。
制限時間を表示するタイマーが0へと変わった。
○試合終了
「今回の優勝者は真緋呂ちゃんよー。おめでとぉ〜♪」
パチパチと拍手をする中村に合わせて、ギャラリーからもおめでとうの声が真緋呂に贈られた。
「ありがとうございます。店長さんの好みの男の子でなくてごめんなさい」
「本当ねぇ、真緋呂ちゃんみたいな子が男の子だったらワタシいろいろささげちゃうっ☆」
クネクネっと腰を振る中村に真緋呂は乾いた笑みを返すことしかできない。
「じょーだんよぉ〜。優勝者からの一言お願いねん」
「えーと、お肉と野菜だけだったので、デザートが欲しいですね」
少しハニカミながらコメントする真緋呂に今度は中村が苦笑をした。
「本当によく食べるのねー。そこはまたお店に来てくれた時にサービスするわん。これが副賞のデザートチケットだからねん」
ハグッと真緋呂を抱きしめた中村は真緋呂にチケットを手渡す。
「よく食べるといえば、憐ちゃん。カレーも含めたらもう、負けないくらいトップよ」
「……ん、食べたりないので、お金、払うので、食べ放題の、追加、所望」
コメントを求められた憐は真緋呂の上を行く返しをして、中村の顔に冷や汗を流させた。
「たまには思い切り肉を喰うというのも、よいかもしれんな。二時間ではやはり味わいきれないしな」
「‥‥ん、次は、いつやるの? 明日? 明後日? いっその事、毎日、やらない?」
「いやん、さすがに毎日はお店としてこまっちゃう! それだけは勘弁してぇぇ〜」
冷や汗どころか涙を流して中村は大きな声で叫ぶのだった。