●四季彩の女将
朝早く、木彫りで『和風茶房「四季彩」』と彫られた看板のある店の前に伏見 千歳(
ja5305)は立っていた。
『準備中。近日新装開店』の立て札が書かれている引き戸の前にいると、背後から柔らかな声がかけられる。
「あら、まだお店は準備中ですけれど……何か御用でしょうか?」
千歳が振り返ると店の雰囲気に良く似合う妙齢の女性がそこにいた。
「伏見千歳です。宜しくお願いします。撃退士で依頼を受けてきました」
「店主の神無月彩奈です・・・・・・でも、予定ではもう少し後だったはずですが・・・・・・私、時間を間違えていましたか?」
千歳が丁寧に挨拶をするとたれ目に泣きホクロのある女性はより不安そうな顔をみせる。
「いえ、僕が勝手に来ただけですから……お掃除とか手伝いたくて」
「ありがとうございます。優しい方に受けていただいて嬉しい」
目を細めて彩奈が微笑んでいると、デジカメをもって撮影する鈴代 征治(
ja1305)が近づいてくる。
「なかなかこだわり抜いた和風ですね。女将さんも美人で悪くない」
「貴方も撃退士さんでしょうか?」
「はい、鈴代です。インタビューとかしてもいいですか? 宣伝とかするにも必要ですし、店内も良くとりたいです」
彩奈を撮影した征治はデジカメから顔を離すと、人の良さような笑みを向けた。
「どうぞ、今お茶などよういします……あら?」
引き戸の鍵をあけようとした彩奈だったが、引き戸は鍵はカチっと閉まる音がする。
「まぁ、鍵を書き忘れていたなんて…・…私ったら、もう、恥ずかしいっ」
「女将さんはどうやらドジっ娘属性ありみたいですね…・・・」
慌てて店内に入っていく彩奈を見送った千歳は苦笑をもらした。
●和風好き集まれ!
その後、予定の時間には残りのメンバーも集まっていた。
こじんまりした店内で挨拶や制服の受け渡しが行われる。
「クリスですの。和風なお店を盛り上げて行きたいと思ってきましたの」
クリスティン・ノール(
jb5470) がぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「行き着けが老舗和菓子の併設店や、長年和食をやっていた人だったけど、普通に喫茶店というのは新鮮だね♪」
「はい、とてもいい響きもお店でもありますし、お手伝いしたいですね」
竹や木のよい香りがする店内を見回した江戸川 騎士(
jb5439)や雪成 藤花(
ja0292)が言葉を弾ませる。
「和食系にはあたしにも拘りがありますから、新商品のアイディアで協力したいです」
小さいながらも”腕利き料理人”と称される美森 あやか(
jb1451)から漂うオーラは実に頼もしい。
一方、蓮城 真緋呂(
jb6120)は貸し出される制服をチェックしていた。
「男女でズボンが違うんですね。イメージしていた作無衣に巻きスカートでちょっとうれしいかも」
落ち着いたベージュ色の上下に前掛けをかけるスタイルの制服で、着付けに慣れていなくても苦労しないだろう。
「時間は有効に使わねばなりません。宣伝の仕方や新商品の製作もありますし・・・・・・」
撃退し達をみていた彩奈は制服を手にしたステラ シアフィールド(
jb3278) の言葉を受けて、「よろしくお願いします」と深く頭を下げるのだった。
●商品開発
着替え終わった一同は早速、新装開店の看板メニューともなる新商品の開発に取り掛かった。
とはいうものの、個室のテーブル席を囲んでお茶を飲みながらの雑談会のような形式である。
「春は桜、梅雨は紫陽花。夏は朝顔……秋は紅葉や兎。冬は牡丹の練り切りはどうですか?」
さっそく千歳は砂糖や水あめとツクネイモを混ぜて練った生菓子を提案をだす。
季節の色合いが出せれば雰囲気にあうはずだ。
「それならば伊勢の朔日餅のような、年に一回毎月決まった日のみ販売の和菓子としてみるのもいいでしょうね」
お茶を飲む藤花が千歳の提案に顔をほころばせる。
「飲み物もこだわりたいですね。抹茶以外にも蕎麦茶や麦茶、甘酒も二種類ほしいところです」
考えてきた商品のリストをだしながら、美森がアイディアをだしていく。
「汁粉も栗入りとか、正月限定で紅白餅をいれたりするのもいいですよね」
「あと『濃縮薬膳ほうじ茶』もあるといいかな? 和風コーヒーともいえる大人向けね」
真緋呂も美森の飲み物に賛成しつつ話を広げる。
「今の季節なら金柑饅頭とか、柚子寒天とか香りもよくって女子に人気が出ると思うわ」
女子会トークともいえる雰囲気が強くなった。
「季節物といえば紅葉に抜いた飾り羊羹で、南瓜、紫芋、抹茶の三種の餡子玉とかどうだ?」
騎士の提案もなかなかに凝ったもので、空間を使った盛り方までしっかりしたイメージ図を描いてみせた。
「そうだ。お持ち帰りにも少しこだわりは出したいな」
「私も賛成。持ち帰りできる商品があるとお店の宣伝にもなるわよね」
「包みは風呂敷とまではいかなくても、不織布では包みたいですね」
新商品だけではなく、持ち帰りの提案にまで発展していく。
「できれば竹を割ったカップであると一番よさそうですけれど……」
美森の視線がちょうどお茶のお代わりと、店の名物である羊羹を持ってきた彩奈の方に向いた。
「あっ……はい、知り合いの伝をたどればそこも大丈夫だと思いますが、ちょっとすぐには間に合わないかもしれません」
彩奈はタレ目がちな瞳をより下げて驚く。
真剣に集まってくれている嬉しさも大きかった。
「うちの名物は羊羹でしたから、そちらの方は早速取り掛かっていけますね」
「そちらの作業は手伝わせていただきます」
彩奈が細腕を和服を端から覗かせて意気込むと、ステラも立ち上がった。
「試作品の作成にはわたくしもお手伝いいたしますわ。なんなりとお申し付けください」
「あたしもお手伝いします。今月のお菓子であるウサギのお菓子のアイディアも持ってきていますから」
美森も協力し、早速試作品作りに取り掛かっていく。
「じゃあ、僕の方は宣伝にいきますね。新聞部とかに宣伝してもらえないか頼んできます」
「クリスはチラシを作りますの」
征治やクリスも立ち上がり宣伝の準備に動き出した。
●一に宣伝、二に宣伝
新装開店を翌日に控える日まで、各自は試作品のつくり込みや、各場所での宣伝に力を注いでいた。
日が昇り、人々が増えだしてくる頃に商店街でクリスは動く。
「素敵なお店ですの。良ければ、来てください……ですの」
彼女はベージュ色の制服に茶色の前掛けをかけ、三角巾で髪をまとめたスタイルで手作りのチラシを配っている。
チラシには季節のメニューが加わったことや、今回が御月見シーズンということも合わせ、兎形の月見団子のサービスチケットがついている。
兎形の月見団子は美森の考案だ。
チラシの文字は書道が得意な藤花が書いており、達筆な筆遣いが店の雰囲気をよく伝えている。
「ありがとうございますの♪」
何度か街頭で手渡す中で、チラシを受け取って貰えたクリスは愛らしい笑みを浮かべた。
持っているチラシの束は中々減らないが、それでも笑顔を崩すことなくクリスはチラシを配り続ける。
***
太陽が高く登り、
「これでいいかな」
寮の掲示板にチラシを貼り付けた千歳は残りのチラシを持って寮を跡にしようとする。
「それ何のチラシですか?」
外から帰ってきた寮生が千歳の手に持っているモノに興味を示す。
「明日新装開店する純和風喫茶店「四季彩」のチラシだよ。どうぞ」
『純白』という形容詞が似合う千歳が微笑みチラシを手渡した。
「こんな店あったんですね……」
寮生がチラシに記載された地図をみながらつぶやく。
賑わう商店街より外れているため、やはり知名度が低いというのが千歳の心に刺さった。
「開店日にはちょっとしたイベントもあるから、よかったら来てね。僕はこれからスーパーに配りにいってくるよ」
そういって千歳は寮を後にする。
スーパーではおばちゃんたちに囲まれて苦労をするのだが、このときの千歳は知ることはなかった。
***
四季彩の店内に窓から朱色の光が差し込んでくる。
カラスの鳴き声も聞こえ、夕刻を告げていた。
「よーし、こんなもんかな」
「何を作っていらしたのですか?」
ぐーっと伸びをする騎士の背後からステラが顔を覗かせて彼の手元を見る。
そこには会計時に渡すための「お礼の一筆」と「アンケート葉書」があった。
「こんな準備までしていたのですね。あ、こちら真似て作ってみたのですが……どうでしょうか?」
「おう、サンキュー」
手書きで「お礼の一筆」は書いていたため、結構な労働になった。
それでも騎士は『手間がかかる』ことの優位性を人生……もとい、悪魔生として感じている。
ステラの用意してくれた羊羹を口にする。
程よい甘さが疲れた体に力を与えてくれるような気がした。
「いいんじゃないの? この羊羹だけはオリジナルのウリでいけるだろうな」
材料の配合割合とかにこだわりがあるらしく、彩奈が名物というだけはあると騎士は感じる。
「和物は初めてでしたから、よかったです。長く生きてみるものですね。下級のわたくしでもこうして色々なことが学べますから」
騎士と同じくステラもまたはぐれ悪魔であった。
「だな、よし。葉書の印刷を頼みにいくついでに一緒にチラシ配りにでもいくか。今くらいなら行きつけの風呂場とか知り合い来ているだろうからな」
「かしこまりました」
二人の悪魔は夕方のひと時をチラシ配りに費やす。
時間のある限り、やれることをやるのだ。
***
日も落ちて、夜の帳が広がる。
カタカタと自分の部屋でキーボードを叩いていた征治がエンターキーを押した。
人海戦術ではなく、ウェブ方面からのアプローチを考え、ホームページを彩奈から頼まれて作っていたのだ。
そのための素材写真やインタビューもしてきたので、十分に活用はできる。
「機械オンチに天然属性……女将さんのキャラが吉とでればいいんですが」
ネットに流すなら格好の素材であると征治は感じ、彩奈の人となりや和風の店内を生かしたレイアウトやデザインのページを作ってみた。
下準備でやれることはやってきている。
「あとは、本番を待つばかりです……執事喫茶で培った接客技能を見せるとろでしょうか」
SNSなどにも書き込んでから、征治は眠りについた。
●新装開店「四季彩」
当日。
準備の成果を示す時が来ても、人はまばらにしか来ない。
「中々うまくいかないものね……」
気合を入れていた分、真緋呂の口からため息が漏れる。
それでも数少ないお客を相手に撃退士達は接客を続けた。
「いらっしゃいませー」
「ありがとうございました」
サービスの月見団子を持ち帰っていく客も多く、竹皮を模したプラスチック製の包装紙が好感触のようである。
また、征治の執事喫茶で執事長を勤めていた経験を生かした丁寧な接客や千歳のマダムキラーのごときスマイルがお店に訪れた女性陣に高い評価を貰うも、客の伸びはお昼時になってもいまいちだった。
***
――午後二時半、商店街一角
小振袖と袴一式を身にまとい、あまり見ることのない凛々しい表情の藤花がそこにいた。
何事かと人が集まってきだしたのは藤花がいるからではない。
彼女の足元に広がる畳一条分の紙と、バケツに入った墨汁に太い筆がそこにあったからだ。
喧騒が大きくなる中、藤花は目を閉じて深呼吸をするとカッと見開く。
筆を取りだし、紙の上を走らせる。
華奢に見える藤花の姿からは想像しがたい力強い筆運びを集まってきた人々は固唾を呑んで見守った。
ビシッと文字を書き終えて藤花が顔を上げると『四季彩』と言う文字が完成する。
「本日新装開店しました『四季彩』です。場所はこちらのチラシにありますので……是非訪れてください。店内ではまた別のパフォーマンスがあります」
おっとりした口調で藤花が告げると、人だかりはチラシを求め、そのまま足を店へと向けた。
***
――『四季彩』庭園風ベンチ席
藤花のパフォーマンスのおかげで、賑わう階下の様子を尻目に鹿威し(ししおどし)の鳴る庭園エリアでは風流な琴の音がBGMになっていた。
演奏するのは振袖を着た騎士である。
騎士の演奏にあわせて、着物に着替えた千歳が日本舞踊を披露していた。
「来てくれてありがとうございます。こんな素敵な舞がこれからも時々見れますのでこれからも四季彩をよろしくお願いします」
給仕に自分の考案した銀杏餅を運んできた真緋呂が帰っていくお客様へ笑顔を向ける。
忙しさに額に文字通り汗が浮かんでいるが、笑顔はまぶしく輝いていた。