●船の上
青黒い海原を切り裂いてゆく一組の影。
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の操るモーターボートは、最大船速で『海竜』及び豪華客船に向かっていた。
良い位置だ、通信を入れる。
「はーいパパ元気〜? 暇やったらこれ回収頼むわ〜」
「お願いします」
同乗しているユウ(
jb5639)も、闇の翼を発動した。
大気を切り裂いて舞い上がったゼロとユウは、翼を広げ、しばしボートと平行して海面を飛び、身を翻して『海竜』へ。
無人になったボートは、客船の前方から側面を目掛けて突っ込んでゆく。
誰かがそのボートを目掛けて、客船の舳先から飛んだ。先の二人とは違い翼はない。だが迷いのない踏切で、音もなくボートに着地する。そのままロンダートでフロントガラスを乗り越えシートに収まると、「ふざけんなあああ!」とハンドルを切った。
危ういところでボートは客船との激突を免れた。
「お見事」
横目で確認したユウが言うと、近くを飛ぶゼロは楽しそうに笑った。
そこに入った通信は、生まれて初めてのボートで少々難しいハンドルさばきを要求されて、非常に不機嫌な声だった。
「ぜってーオゴらねー」
「あいよ、情報ありがとうな」
「ゼロ、わかってると思うが奴が船を狙いだしたらすぐ阻霊符を使う。気づかれる前に片付けろ」
という角河トホル(jz0314)の声は、他のメンバーにも通じていた。先ほど、敵の情報をやり取りしたのでチャンネルは開いたままだ。
気遣うような通信が入る。
「なるべく早くおわらせるの……」
「大丈夫だりんりん。君たちのペースで、決して無理はするな」
華桜りりか(
jb6883)の言葉に癒しを感じたトホルは、弟もドンびく優しい声で返した。
「休暇中までご苦労だね、ちょっと厄払いしたほうがいいんじゃない?」
「やかましいさっさとやれ」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)には癒しの欠片もない返事だった。
そんなやり取りをしているうちに、ゼロの『朽嵐』が海面上に異様な爆風を巻き起こしている。別角度からはユウが、稲妻の名を冠した銃撃を連打していた。
効いた様子はない。『海竜』は悠々と泳いで、つかず離れず客船を周る。
「船から逸らすには餌が要るか」
客船の周囲に点在するボートのひとつに乗って、Unknown(
jb7615)は腕を組んで思案する。
「彼奴(敵)も腹が減っているのであろう……何か餌ないか? 餌?」
どこまで本気で言っているのか謎だ。
別のボート上には神雷(
jb6374)がいる。
「弱点をつかないと、お話にならないようですね」
かと言って玉は胸にある。仰向けにでもなってくれないかぎり、上からは狙えない。
しかし、神雷は平然とたすきをかけ始めた。
「勇魚取りは古来より銛一本で行うものです」
なんと潜ろうというのだ。
トホルの通信も流石に呆れ声。
「そのカッコで泳ぐの?」
「脱ぎましょうか?」
「あんた脱いでもサービスにならないし」
「後で覚えていてくださいね」
神雷は笑顔で槍型∨兵器を実体化させると、その怒りを敵にぶつけるべく、海に飛び込んだ。
「ほら、貸しておく。有事の際は使いな」
後藤知也(
jb6379) が∨兵器を実体化させ、近くにいたボート上のトホルに手渡した。
周囲にボートを用意したのは知也の発案だった。敵に有利な場所だからこそ、わずかでもこちら側の環境に近づける……素晴らしい戦略だ。
「どうも」
飛び道具が壊滅的に下手なトホルは、複雑な表情で受け取った。
「乗客を頼む!」
言って、知也はボートの縁を蹴って海に飛び込み……海の上に着水した。
そのまま駆け出す。
「ほら、お前の相手は俺たちだ。追ってこい、デカ物がよ」
声を上げ、波に膝をついてスナイパーライフルで狙撃。
敵に効いた様子はなかったが、その声に反応した者が居た。
Unknownだ。
追わせるには、餌。餌は……目の前に居た。いっぱい。
「ほーれほれこっちだよー、はーいお口アーンして」
それだけなら効果的とは全く言いがたいが、りりかがジェラルドに指示して『海竜』の鼻面を動きまわるうち、敵の動きは彼らに引きつけられていった。
「ひとの、おおいほうに、来るの……」
りりかの呟きに、メンバーの動きは決まった。
●海の中
炸裂符。
一瞬、海面の一部が爆発し、蒸発する。
そこに突き刺さるジェラルドの銃撃。
「アクション映画っぽいけど、デートとしては落ち着かないね♪」
操る水上バイクが、軽快なエンジン音を響かせる。
その背中で、りりかは恐れ気もなく応える。
「デートは、すきなひとと、するものですよ?」
「りんりんは、ボクのことキライ?」
「えっ?」
ずばしゃあん。
強烈な高波を危なげない運転で躱すジェラルド。
「当海水浴場は、ナンパ禁止である」
「ここ海水浴場じゃないし」「アンノさん、なにをしてるの、です?」
高波の主は、『海竜』の上で仁王立ちのUnknown。仲間の銃撃やらスキルやらによくぞ当たらなかったものだ、それだけ的が大きいというのもあるが。
「これだけデカいとなると、体内からの攻撃が有効と思ったのである……しかし、なかなか口を割らんではないか」
それで、とりあえず口が開くまで『海竜』の体中をウロウロしているらしい。爆炎で遊んだり、モグラ叩きのように金棒で叩いたりしていたのだが、あまりに効かないのでちょっとヒマになっていた。
そのとき、『海竜』の動きが突然、変わった。
「む?」
「おっと」
「ジェラルドさんっ……」
直後、閃光が弾け、海が吹き上がった。
間一髪だった。
海上のジェラルドは見事なバイクさばきで躱しきった。水上バイクを要請する際、かなり細かく注文していただけあって、運転にも慣れていたようだ。
水中にいた人物は、そうはいかなかった。
少し前、『海竜』の真下に潜り込んだ神雷は、客船との距離ができたことを確認し、太陽の柱を放った。
「さぁ、ご照覧あれ、天照様の御力を!!」
海中を真っ直ぐに奔った光線は、『海竜』の胸元にある玉の、二つに触れた。
玉が輝きだした。
情報はすでに聞いていた。神雷は続けざまにエアロバーストを使って距離を取り……渦潮に巻かれ、したたかに水を飲み、海面へと投げ出された。直撃ではなかったものの、運が悪ければ二度と浮き上がれなかっただろう。
首根っこを掴まれて、身体が浮いたと思う間もなく、ボートに放り込まれた。
「御機嫌よう、オジサマ……」
「どうだった?」
「やはり……弱点の、様子……」
トホルは通信を開いたままにしていたので、メンバーはすぐに行動に移った。
「狙いは悪うなかったな……タイミングか」
ゼロは苦笑し、海面を見やる。彼とユウは交互に海に潜って、目標に攻撃を加えていた。だが距離もあって、胸の玉が上手く狙えていなかった。
海面からユウが飛び出し全員に伝える。
「放電と同時に高熱を発します。水蒸気爆発はそのせいです」
電流に熱はない。電気抵抗によって熱が生じる。
つまり。
「敵は放電の際、自らの全身にも流しているようです」
非常に厄介な情報だった。
竜は顎の下に逆鱗を持つという。
まさしくそこに触れられた『海竜』は怒り狂ったように暴れだした。身をくねらせ、螺旋を描いて泳ぎまわり、海面上まで体を持ち上げて叩きつける。体型のせいで動きは大きく、遅い。だが激しい動きに海は荒れ、波とうねりが撃退士たちを襲った。
海に落ちれば、さすがに『海竜』より早く動けるはずがない。
そんな中、ゼロとユウが物質透過と翼で海中を自在に飛び回り、『海竜』へ波状攻撃を仕掛けた。
しかし、敵は暴れまわる。狙いづらい。
初撃を大切にするべきだった。客船から離した後、ゆったり泳いでいるところに狙いすました痛撃を与えることができていれば、もう少し楽だっただろう。
「なに、あいつの関わることなんて、だいたいこんなもんや」
言って、ゼロは翼をたたむと、海中へ姿を消した。
●いつも通り
海面に上がったところを狙撃。
尋常ならざる戦場で、それくらいしかやることがない。
それでもやることができただけマシだ。激しく動くせいで海面からでも『海竜』の胸側を狙えるようになったのである。
「口を開かんなあ」
Unknownは指を鳴らしファイアワークスを発動するが、攻撃が大雑把すぎた。今の角度では玉が狙えない。
ちなみに彼は、ジェラルドの水上バイクの後方に、馬泥棒の末路のように引き摺られていた。先ほどの水蒸気爆発で無傷なのはギャグキャラ補正ではなく、「動かないでね、輪切りになるから」とジェラルドがワイヤーで捉えて助けただけだ(切りつけない部分に巻き付けるのは大変だった、ほぼ裸なので)。
神雷は接近を諦め、ボートですれ違いざまガトリングを連射していた。しかし運転するのがトホルなので、波に阻まれて近づけないこともあった。もの問いたげな視線をトホルに送るが、真剣にハンドルを握る目付きを見て、余計なことは言わず、彼の気持ちを代弁してやる。
「そろそろ終わらせたいですねえ」
早くしないと宴会が、じゃなくて危険度が増す。
それを見越したわけでもなかろうが、ギリギリまで近づいて放った知也の一撃が、玉の一つに突き刺さった。
「よしっ! ……うお」
快哉を叫ぶ間もなく、慌てて飛び退り、駆け出す。再び玉が輝きだしたのだ。
遅れて、大放電、大爆発。
濁流のような海水の雨が降る。
その只中で、ユウの銃撃が着実に弱点を削っていた。物質透過によって水圧は無視され、研ぎ澄まされた集中力が、彼女を昔の姿へと近づけていた。
一見して小さな弾丸が、彼女のアウルと重なって強烈な打撃となる。特殊なスキルではなく、ユウの意志と鍛錬が生み出した必殺の一撃。
その上で、『必殺』は彼女の役割ではない。
「……」
漆黒のドレスに似た過去の姿を翻し、一瞬投げた視線の先……海底の岩陰に、黒い影が翼を休めている。
その真上を、水上バイクが通り抜けた。
大波を潜り抜け、ジェラルドのバイクが疾走する。
螺旋のバレルロール。逆転した天地の中で、りりかの繊手が印を組む。
「早くおわらせるために全力なの……」
式神が絡みつき、巨体が引き攣るように動きを止めた。
その時を信じ、待っていた男が、ようやく動いた。
「攻撃は最大の防御や」
海中に声は響かず、凶鳥の大鴉は静かに獲物を貫いた。
ギン、という硬い音が響いて、『海竜』の胸元の玉が砕け散る。
巨体が仰け反り、一瞬だけ海面に飛び上がるような動きを見せると、どぉんという轟音と水柱を上げて倒れこんだ。
「あいつらに任せておけば、問題ない」
トホルは笑う。彼らのコンビネーションはよく知っていた。
効いたのは間違いない。
その上で、誰一人油断はしなかった。
案の定、敵は死んでいなかった。
巨体を翻すと、きりもみ状態になりながら、弾丸のように泳ぎ始める。
「まずい、客船に……!」
船上のナディムジャバードはすぐさま阻霊符を発動する。
だが、あの勢いでぶつかられて、客船が無事ですむはずがない。
風を切り裂いて、ゼロが、ユウが、とどめを刺すべく敵を追う……だが、どうやって?
その答を、後藤知也が全力で示した。
二転三転する目標との角度、ちょうど一番近くにいたのが、彼だった。波の只中、水上歩行のちからで立っていた。
走る。
揺れる足場を、一息に。
海流を飛び越え、高波に手をついて宙返り。
その手に阿修羅曼珠……生まれる前より我が身の一部とも感じた刃。師より授かった魂。
目指すは、『海竜』。
戦いは、もう終わっている。
『海竜』に力は残っていない。客船に一撃を加えたところで、そのまま力尽きるのは分かっていた。
これは戦いの終演ではなく、その後日談、その後始末……
「エピローグだ、化け物」
浮かび上がった『海竜』の巨体を駆け上がり、ぐるりと胸元まで駆けつけて、逆手に持った刃を突き立てる。
五つの玉の、最後の一つ。それは、燦然と輝いていた。
気にせず、知也は玉を抉り、割った。
覚悟はできていた。
魂を砕くには、魂を……
大爆発が彼を包んだ。
●旅の続き
知也が目を覚ましたのは、ベッドの上。
安っぽいマットと軋むスプリング、だがこの船ではSクラスルーム、一等客室のベッド。豪華客船の部屋など、こんなものだ。
「……」
身体を起こす。
「よう大将、シャワー浴びてきなよ」
男の声がした。そちらを見れば、見知った顔。こいつの名は、確か、角河トホル。
「ん、ああ」
起き上がるのを、華桜りりかが心配そうに見ていた。彼女が治してくれたらしい。
「だいじょうぶ、です?」
「ああ、ありがとうよ」
礼を言って、差し出されたタオルを手にシャワー室へ向かう。服はそのままだが下着の替えは用意してあった。
知也がシャワーを浴びて部屋に戻ると、そこは宴会場と化していた。
「来たな」
言って、こちらも風呂あがりといった風体のトホルが小瓶を手渡した。「ビールでいい? バスだけど」
「ああ」
知也は笑って、瓶をぶつけて(どうにも乱暴な乾杯だ)、飲んだ。
「一先ず前哨戦だ、船が着いたら、びっくりするような店に連れてく」
トホルは上機嫌だった。笑いを堪え切れないという笑顔。「正直、おどろいた。いつも通り、『どうせあいつらが全部もってく』って思ってたんだが」
「やれるだけやった、ってことさ」
「いいね」
訳知り顔のトホルの後ろから、ゼロが抱きつくようにその首を抱えた。
「そんで? 嬢ちゃんはいま何しとんねん?」
「僕に聞くなよ、そのうち学園に顔を出すんじゃないか。相手してやって」
「おう」
頬も触れんばかりの距離で、トホルは平然と瓶を傾ける。
「つーかみんな、いいの? あんだけやりあってすぐ酒とか」
そう言いながら、ナディムジャバードの手にもピルスナーの瓶がある。
傍でジュース(に見せかけた何か)を呑んでいた神雷が微笑んだ。
「オジサマといると、いつもこんな感じですよ」
気があるんだかトホルをからかっているだけなのか、神雷はナディムジャバードの傍を離れようとしない。190cmの大男と小柄なおかっぱ少女は面白い取り合わせだ。
その向こうでは、更に巨大な、怪物じみた大男がパイナップルを丸ごと齧っている。
「美味である」
皮ごと葉っぱごとだ。Unknownに味が分からないのは周知の事実となりつつあった。
皆が使ったタオルを丁寧にまとめていたユウが、壁掛け時計に目を留めた。
「あと三十分ほどで、到着しますね」
ええーという声が数名。
そんな彼らをなだめるように、ジェラルドが笑う。
「あと三十分で、本番ってことだよ?」
「せやな、これは前哨戦やし」
ゼロが継いで、部屋の主が「よっしゃ」と声を上げた。
「準備はいいか? 最後まで、家に帰るまでが、旅だからな。しっかりたのむぜ!」
新旧の仲間たちがそれぞれ呼応する。
素晴らしい旅は、もう少し続くのだった。