●撃退士
駅前の広場は明るい喧騒に包まれていた。
フーリが物珍しそうに見回り、屋台を物色していると、駅前の見回りを担当する長田・E・勇太(
jb9116)が店員と話しているのを見かけた。
「とっても大事なコト書いてあるのね。目立つトコ、貼ってクダサイ」
チラシを配り歩いているようだ。書かれているのは避難経路。英語、日本語両方の表記がある。
フーリが全力の背伸びをして手を振ると、
「オゥ!」
勇太も気づいて手を振り返した。
お喋りしていこうかとも思ったが、従兄弟に叱られそうなので職務に集中することにした。
少し歩くと、当のラズリ・シールが壁に寄りかかり資料を眺めている。
「……」
シールは先程のミーティングで出会った面々を思い出していた。
今、見ている資料は巫 聖羅(
ja3916)のもの。
「私は巫聖羅。大学部の1年生よ。クラスはダアト……まぁ呪術師みたいなものかしら? これから宜しくね」
クラス……能力の差別化。
スキルや装備を特化させ、分業と連携により大きな戦力を生み出す。
それは良い。
問題は。
「すごい面子ですね、このチーム」
声をかけられて、シールは我知らず重心を落とした。
接近にも気づいていたし、声の主はわかっている。東條 雅也(
jb9625)、クラスはルインズブレイド、『種族』は……
悪魔ハーフ。
先ほどの聖羅と同様。
シールはゆっくりと視線を雅也へ、
「こら、サボタージュはダメよ」
反対側から声をかけられて、シールは振り向いて、視線を落とした。
フーリだった。
雅也はアルカイックスマイルのまま頷いた。
「じゃ、また後で」
去り際に振り返る。「さっきの話、お願いします」
「もちろん!」と拳を握るフーリ。
「……了解」
雅也が立ち去るのを見送りながら、シールはミーティングの会話を思い出す。
彼はシールに頼んだ。天魔からの避難時、人々を落ち着かせて欲しい、言語は関係ない。
「シールさんは威風堂々って感じですからね。そういう人の言葉は他人を落ち着かせる効果がある」
フーリには小さい子供などに気を配って欲しいと言って、彼女はもちろん張り切って承諾した。
シールは、困惑した。
言われた内容にも、言ってきた相手にも。
「ダェワ(悪魔)」
何気ない母国語での呟きに、フーリは訳知り顔で応える。
「天使もいるわ、アサニエルよ」
フーリはひと目でアサニエル(
jb5431)が気に入った。背が高く、グラマーで、フーリの理想とする女性像だ。
「こういうゲストが居る時に限って何か起きるんだよねぇ」
というアサニエルの何気ない発言に、
「我々はゲストではない」
とシールが思わず反発してしまったのは、やはり信用しきれていないからなのか。
「ああごめんね、ゲストっていうのは一般客のこと」
あっさり謝るアサニエルに、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が笑って頷いた。
「そうさ、撃退士の現場に観覧席なんてないぜ」
この国には、立っているものは親でも使えということわざがある。
「それでは撃退士として、私も微力ながらお手伝い致しましょう」
リアン(
jb8788)も笑顔だったが、それは最初からだった……
……回想を終え、シールはフーリを見つめる。
「平気なのか」
「古来よりNIPPONでは、色んなモノが人間に変化してもあっさり受け入れられるのよ」
「そういうものか」
「タダシIKE−MENニカギル」
フーリは手を振って、雑踏の中へ消えていった。
シールもやがて、定められた警備ルートへ足を向けた。
●闘士
聖羅、アサニエルらが中心となって発案した警備ルートは無駄のないもので、一般の駅員も混じえた警戒態勢は充分な効果をあげていた。
ありがちな迷子や紛失といった問題も早期に解決し、このままうまくいくのではと誰かが思いかけた時。
笛が鳴った。
「あ」
神酒坂ねずみ(
jb4993)の目が動いた、同時に駆け出していた。
笛は、天魔関係の問題が起きた時の合図。
「天魔発生、地下ホーム」
短く無線に伝え、音の方へ。
足音と人のぶつかる音が響く。それにも増して、悲鳴、怒号、絶叫。意味のある声はなく、それらもやはり音。
それでも避難経路は役に立った。一般客は悲鳴を上げながら階段を駆け上がってゆく。駅員とナディムジャバードによる誘導も的確だ。
逃げる人々の奥に、敵がいた。
聖羅のトワイライトに照らされたのは黒い鱗、赤い眼、白い牙と真っ赤な舌。
巨大な蛇。
「まったく、何も今日来なくったっていいんじゃないかい」
超低空を滑空し、アサニエルが無茶な接近を試みる。敵の眼前に着地。
毒液を浴びるもアウルの防壁で防ぎきる。鋭い牙も彼女を傷つけるには至らず、捕まりさえしなければ容易い相手と見えた。
ねずみの如く自動販売機に駆け上ったねずみがライフルを構え、発射。絶好の狙撃位置に陣取った一射は黒い鱗に爛れた傷を穿つ。効いている。
避難者たちの音は確実に遠ざかっていく。
……その、一瞬の静けさがあればこそ、気付けた。
母を呼ぶ小さな声。
「!?」
耳聡いねずみが振り向いた、その下の、さらに下。すぐそこに。
ホームから転落したであろう少女が泣いていた。
そして。
「黒蛇が2体!?」
悲鳴にも似た声を上げたのは聖羅だ。
二体目の黒蛇が、天井から少女に迫っていた。
聖羅の放った真空の刃は、毒液を吹き散らしながら黒い鱗を切り裂いた。それが少女の命を永らえさせた。
だが少女は、聖羅の作った逃げる機会を活かせなかった。
「っ!」
二発目のマジックスクリュー。
それを食らいながら、黒蛇は少女を、呑み込んだ。
地下に、敵。
それは一瞬のうちに撃退士たちへ伝わった。けれども地下への増援は果たせなかった。
他にも敵が現れたのだ、空から。
筋骨隆々の巨人のような上半身に、鳥かご状の下半身をもった捕獲用サーバント。それが二体。
人々がパニックに陥る中を、雅也は翔んだ。敵の眼前をこれ見よがしに飛び回り挑発する。
敵は大きく、数も居る。自身の防御に不安もある。
もしも捕まったら。
「まぁ、いいか」
大鎌を受け止め、火炎を耐える。被害は軽くない。
そこに、空に羽ばたく者がもう一人。
「避難はもう少しですか」
翼を広げ、リアンは眼下の避難者を見る。彼の情報操作、勇太のチラシなどの甲斐あって、人々は駅ビルへ殺到している。
入り口の混乱を、フェルドースタン人たちがどうにか捌いていた。
「お見事。それでは……相手をしてやるぞ、鳥カゴめ」
文字通り目の色を変えて襲いかかるが、蔦の戒めは払われる。
「何かを守りナがらが一番メンドクサイノネ」
ぼやく勇太。その言葉は適当だが、声には強烈な痛みがあった。呼び出したフェンリルを巧みに操り、トリカゴへ爪牙の洗礼を浴びせる。
しかし有効打が出ない、出せない。
避難者を掻い潜りながら、青年たちは必死の抵抗を続ける。
●義士
「こっちだ! よし、逃げ遅れはないな?」
川内 日菜子(
jb7813)は地下から駆け上がってくる避難者たちを誘導し、見届けるとラファルへ合図した。
相棒の合図を受けたラファルは防火シャッターを閉じ、回線を開く。
シャッターを閉じたという彼女の報告より早く、ナディムジャバードの声が聞こえた。
「広場の避難が遅い、誰か……え!? 地下に来てくれ! 子供が!」
二人が目を合わせたのは一瞬だ。
「……ラル」
「おう! ……駅ビル閉鎖!」
日菜子は身を翻して広場へ駆け出した。
ラファルは報告と同時に義体偽装を解除、飛ぶような速さでシャッターをくぐり抜けて地下階段を飛び降りた。彼女が中間地点にいたのはこのためだ、この速度と飛行能力があれば戦場間の距離など無きに等しい。
「おうコラ、援軍だ!」
到着と索敵を同時にこなし武装展開、悪魔の束縛とも言うべき念動力で黒蛇の一体を捕らえる。
ズタズタに鱗の爛れたそいつは、アサニエルの猛攻の上にラファルの追撃を受け、無残にひしゃげた。
問題はもう一体だ。ナディムジャバードの散弾銃と聖羅の魔術は精彩を欠いていた。腹中の子供が人質となっている。温度障害や、貫通力のある攻撃はできない。
だが、ついに聖羅のマジックスクリューが蛇の顔を切いた。黒蛇は大きくのたうった。苦し紛れの毒液は、風の刃が吹き散らしてしまう。
今だ!
アサニエルが翼を広げ……
それよりはやく、ねずみが自動販売機から転げ落ちるように飛びかかる。最も距離が近かったのは、実は彼女だった。
ライフルの思わぬところから覗いた刃が、黒蛇の延髄に突き刺さる。
「野郎、とっとと、吐き出すで、ござる」
シァァァァァァ!!
窮鼠に噛み付かれた蛇は、苦し紛れに毒液をばらまきながら、更に激しくのたうち回る。
しがみつくねずみは、蛇体に腹を打たれ、線路に背中をぶつけ、毒液を浴び続ける。
「おい、離れろ!」
衝撃波を放つ魔具を構え、ラファルが怒鳴る。
「おかまいなく」
いつも以上に無表情で呟くねずみ。
ラファルは歯を食いしばるような笑顔で、衝撃波を放った。
蛇頭が弾け、牙が折れ飛ぶ。
黒蛇は数度痙攣し、動かなくなった。
「……」
自らのダメージを意にも介さず、ねずみは黒蛇の口から子供を引きずり出して蘇生を開始する。無言でラファルが手を貸した。
「無茶するねぇ」
小さな背中に、アサニエルはライトヒールをかけてやるのだった。
リアンの戦法は正しかった。立体的に動きまわる空中戦では、トリカゴ最大の武器である籠部分が機能しない。大鎌と火炎も無視できるものではないが、気を抜かなければ一撃でやられることはない。
だが、敵もそれは承知していた。決定打のないリアンを無視して、地上への攻撃に切り替えたのだ。
ある意味で、雅也が最も、護衛として優れていたと言えるかもしれない。
彼はたった一人で二体の敵を受け持ったのだ。
籠に囚われ、その外から火炎を浴びながら。
「まあ、こうなるか」
内側から必死の一撃を放つが、籠は揺るがない。
「めんどくさい、ネ……」
勇太のフェンリルも精彩を欠いていた。ハイブラストとのシナジーが今ひとつ良くないのと、何より地上からの攻撃がやりづらい。
それでも、アウルを放ち続ける雅也、外からの火炎、氷の爪牙による集中攻撃は籠の一部にヒビを入れはじめた……が。
「ぐ……」
雅也がついに片膝をついた。血とともに力が抜けてゆくのが分かる。痛みはなく、変に、寒い。
少し休むか。
他人ごとのような呟きが脳裏をかすめた瞬間。
妖精の囁きが聞こえた。
「ボランド・ショダン・ヒールダード(起きなさい、壮健なる者よ)」
意味は分からない。
それでも、雅也は立った。立ち上がることが出来た。温かな力が満ちてゆくのを感じる。
いける、もう一撃。
音をたてて籠が欠けた。
もう一度声がした。英語だったのでこちらは分かった。
「避難は完了した、総攻撃にうつる」
それは全員に聞こえていた。
火炎を弾く炎の拳、いや、開手。手刀受けと呼ばれる空手の技法に似ている。日菜子だ。
「地下は蛇だったらしいな……こっちがマシということもないが」
日菜子はつまらなそうに呟くと、地を蹴って跳躍、反転、戦斧のように踵を振り下ろす。
火炎の渦巻く必殺技は、見た目も派手だが威力はそれ以上に派手だった。欠けていた籠がさらにひび割れ、大きな穴が空く。
「フェンリル! ソッチノ奴は好きにシテイイヨ。存分に遊んで貰え」
うおーん……
勇太の意思を受けたフェンリルは、命ある刃となって籠の内側を縦横無尽に飛び回る。
砂漠の風が吹いた。
時として燃えるように暑く、時として凍りつくほどに冷たく、強く、乾いた風。
絹路の彼方から吹く風は、極東の終着点で戦う士の背を押した。
援軍が到着した。
「上にいられるとやりづらいわね」
聖羅は精神を集中して魔力を高める。
「じゃ、叩き落とすよ」
アサニエルは翼を広げ、宙にいるトリカゴへ。審判の鎖はサーヴァントに効果的ではなかったと気付き、拳に電撃を纏わせる。
そこに、無数の鳥が現れる……誰の目にも、鳥達が羽ばたくように見えた。
回転しながら飛来した、無数の、三日月の形をした刃だった。
鳥の羽ほどの大きさの飛刀は、奇妙な軌道で敵の顔面を襲う。ダメージは小さくとも、目をくらませるには充分だ。
「いいアシストだね」
アサニエルの電撃を纏う一撃が、トリカゴのバランスを崩す。
「ふ……なかなかのお手前」
リアンの、カオスレートを歪める追撃が、トリカゴを地面に叩き落とした。巨体も相まって思わぬ大打撃となる。
地響きを立てて墜落したトリカゴを、文字通りの総攻撃がめちゃめちゃに破壊した。
とどめとなったのは聖羅の火炎。
「……」
魔力の残滓を振り払いながら、聖羅は駅ビルを見上げた。
「中東に、ああいう飛刀があったわね」
さほど高くもない屋上に、ターバンを巻いた白い人影が見えた。
残る一体は、執拗な連携と日菜子の打撃に崩壊寸前となっていた。
そこにラファルが、終演のラッパを吹き鳴らす。
衝撃波に籠の大半が砕け、巨像が倒れるようにサーヴァントは崩れ去った。
「……ふー……」
ようやく、休める。
雅也は座り込んでしまうと、何気なしに空を見上げた。
やはり駅ビルの屋上に人影があった。
小さな、小さな人影が。
●同士
「みんなスゴイわ!」
ビルの屋上から、フーリは目を輝かせて彼らを見ていた。
下で勇太が「ウィーガッタ!」と拳を突き上げている。
フーリも「バーダー!(やったね)」と手を振った。
「……」
シールは、同じく久遠ヶ原学園の彼らを見据えながら、応えない。
「人の血が混ざったからなのか」
呟きに、フーリが答える。
「関係ないわ、言ったでしょ、そんなことは気にしないって」
フーリは微笑む。
「わたしは、アルサラン兄さんが本当に獅子王の化身だったとしても、気にしないわ」
「アフタルフーリ……」
妖精のような微笑みを残し、フーリ……アフタルフーリは不意に振り返った。
「ムーシュ(ねずみ)! お疲れ様!」
「どうも」
ボロボロで薄汚れた、ドブネズミさながらの姿で、ねずみが現れる。
「飲み込まれた子、無事でした。カバンは千切れちゃったけど、趣味悪かったし」
あろうことか猫のイラストだったので、うっかり蛇の牙に引っ掛けて千切れてしまった。言葉って難しい。
「あと軽傷者がちょっとでござる」
「わかった、ありがとう」
「ありがと!」
たしか彼女は人間だった。
そう思ったシール……アールサラーンだが、「天魔とともに戦うことをどう思うか」という問を言葉にできずにいた。
そこに通信が入る。
「改めまして、ラズリ様、フーリ様、ようこそ」
声の主はリアン……天魔ハーフ。
ねずみに続いて屋上を後にするとき、『星の妖精』は青年に耳打ちした。
「楽しくなりそうね」
『獅子王』は少女に言った。
「忙しくなりそうだ」
ねずみは、背後のやりとりを耳にして、一瞬だけ立ち止まり。
「……」
いつものヘッドホンを取り出し、頭にかぶるのだった。