●
学園から応援が到着したとき、3人は浜辺でタオルをかけられた状態でうなされながら横たわっていた。
大怪我をしているとか、気を失っているというのではなく、精神的なダメージを受けて戦意喪失しているだけなのだが。
真っ先に駆けよったのは、高峰の恋人の犬乃 さんぽ(
ja1272)だった。
「真奈ちゃん、大丈夫!?」
高峰を抱きおこし、ぎゅっと抱きしめる。
「ボクが来たからもう大丈夫だからね」
「うん……ありがとう」
高峰も犬乃を抱きしめ返した。
「真奈……あんた……」
後ずさる沙希。
「中学の頃から後輩の女の子に人気あったけど、とうとうそっち系に走ったの……!?」
「え……?」
犬乃は、一瞬きょとんとした表情を浮かべるが、すぐに合点がいって、
「ちが、ボク、男! 男! 彼氏だからっ!」
慌てて誤解の訂正をした。
「ねーねー」
楓が先の背中をつんつんとつつく。
「これが噂に名高い、男の娘ってやつじゃない?」
「だから、ボクは普通の男だってば!」
なんだか、とっても悲しくなった犬乃だった。
その横では、蓮城 真緋呂(
jb6120)がフィーナの介抱をしていた。
「真緋呂……さん?」
「これ以上無理しないでいい」
大丈夫、大変だったねと声をかける蓮城。
「後は私に任せて!」
「でも、あれは危険です」
「……うん、酷い目に合うかもしれないけど」
目を伏せ、少し口ごもった蓮城は、「……大丈夫、私が犠牲になればフィーナさんは安全だもの」と、優しく微笑みをおくった。
「いえ……」
すっくと立ち上がるフィーナ。
「真緋呂さんにばかり頼るわけにはいきません。微力ながら、私も戦います!」
ぐっと両手の拳を握った拍子に、身体にかけていたタオルがはらりと落ちた。
それを見て焦ったのは米田 一機(
jb7387)だった。
「ちょ、フィーナ!」
距離的に落ちるタオルをキャッチするのは間に合わない。そこで米田が取った行動は、フィーナのために持ってきた冷たいドリンクを放り投げ、自らの手でパイディフェンス――つまり、正面から胸をわしづかみにすることだった。
もはや唯のスケベである。
「あの……一機さん……?」
「一機君?」
戸惑うフィーナ。笑顔が怖い蓮城。
その直後、ビーチに強烈な打撃音が響いたのだった。
この時、米田の顔面に女性サイズの足跡がくっきりと刻まれたことを付け加えておこう。
「キーヨくん」
キーヨに声をかけたのは、水着の上にパーカーを羽織った藍那湊(
jc0170)だ。
「この前依頼で会ったけれど元気……そうじゃない、ね?」
「ああ、僕はもう平気だよ。ちょっと面を食らったけどね」
口ではそう言うが、格好はちっとも平気そうじゃない。
「かわいそうに……」
「そんなに哀れんだ目を向けないでよ……」
タオルを腰に巻きつつ、視線を逸らすキーヨ。
「ぱぱっと倒して楽しい海を取り戻すからっ」
「うん、頑張って」
気合をこめる藍那をみて、自分は平和に傍観していようと心に決めるキーヨだった。
キラリと光る眼鏡。
太陽光が反射して、視線が何処にあるのか分からない。
でも、明らかに被害者3名をガン見している。
袋井 雅人(
jb1469)の視界の隅には、『REC』という文字が浮かび上がっているに違いない。
「3人とも心が折れておるだろうが、無理するでないぞ?」
高峰たちを気遣う言葉を投げたのは、久世姫 静香(
jc1672)だった。
「何やら外野から好奇の視線も感じるでな」
そういって、ビーチの外へ視線をむける。
いつの間に集まったのか、大勢のギャラリーが集まっていた。
男性の比率が高いのは、おそらく気のせいではない。
良く見ると、あの老人が携帯でどこかに連絡しながらも、ギャラリーをあおっている。
「あ、あ、あの狸ジジィ……」
高峰は、ワナワナと拳をふるわせた。
「大丈夫だよ、真奈ちゃん」
犬乃は、高峰の肩にポンと手をおいた。
「側に居るから、今度は一緒にクラゲをやっつけよ」
「さんぽ君……」
屈託の無い犬乃の笑顔を向けられた高峰は、再び戦意を取りもどした。
「高峰さん、一度食らった攻撃は二度と通用しないって母が言ってました」
ゲルダ グリューニング(
jb7318)はいった。
「つまり、高峰さんを盾にすれば敵の攻撃を防げる、という事です!」
「いやいやいや」
さすがに、これには犬乃と高峰が声をハモらせる。
「逆に考えるんです。『最初から着なければ溶かされない』と!」
「やだよ! やだよ!」
大事なことなので2回繰り返す高峰。
その横では、フィーナが「なるほど……」と妙に納得した顔でいうものだから、米田が慌てて「フィーナ、騙されないで!」とフォローに走った。
黄昏シロ(
jb5973)は、再び立ち上がった被害者たちの前に立ち、小首をかしげる。
手にしたスケッチブックには『おふたりとも大丈夫、ですか?』と書かれていた。
「大丈夫。まだ戦えるよ」と高峰。
「私も平気です」
フィーナもそれにつづいた。
ふたりの闘志を確認した黄昏は、コクリと小さく頷いた。
『援護、します』
スケッチブックにそう記したあと、弓を構えて海を臨んだ。
海では、既に戦闘が始まっていた。
●
ビーチから最も近いバス停にバスが到着した。
「凄い人だね」
猫野・宮子(
ja0024)は、目を丸くした。
「お祭りか何かかなぁ」
アムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)は、桜井・L・瑞穂(
ja0027)にそう尋ねた。
猫野と桜井、アルムペアは、ここへ向かう途中のバスで偶然一緒になり、目的地が同じならと一緒に行動することにしたのだった。
「良く分かりませんが、わたくし達を抜きに盛り上がるなんて許せませんわ」
人ごみを掻き分けてビーチを確認する桜井。
そこに広がるのは、武器を手にした男女が海で暴れている光景。
水着がズタボロになっている者の姿も確認できる。
「なんですの、あれは……」
「なんでも、海に発生したクラゲ天魔を撃退士たちが駆除しているらしいぜ」
ギャラリーの若い男がいった。
良く見ると、見知った顔もちらほら見受けられる。
「んふふぅ、面白そぉなサーバントが出てきたねぇ瑞穂ちゃぁん♪」
艶やかな甘い声でにんまり笑うアムル
「ボク達の卑わ……じゃなくて華麗な格好見せ付けていこーねぇ♪」
「ほーっほっほっほ! わたくしにかかれば、あんなサーバントなど物の数にも入らなくてよ!」
桜井は、華麗に服を脱ぎ捨てた。
服の下から現れたのは、白水色の水玉柄なワンピース水着。着いてすぐに泳げるよう、服の下に着て来ていたのだった。
「せっかく遊びに来たのに……」
どうしてこうなってしまったのだろう。
猫野は困惑しながらも、状況に流されるまま、冷刀マグロ片手にビーチへ突撃していった。
●
時間は少しだけ巻きもどる。
被害者3人の介抱をした者以外のほとんどが、ビーチに到着してすぐにクラゲへの対処をおこなった。
戦闘の口火を切ったのは、雪室 チルル(
ja0220)だった。
「たかがクラゲ、あたいがみじん切りにしてやるんだから!」
海に入って大剣をふるう雪室。
彼女がスイングするたびに巨大な水柱があがり、クラゲたちは体液を撒き散らしながら粉砕した。
それを合図とするように、撃退士たちが一斉に攻撃をしかけた。
「いやー、どうやら人数は十分っすねぇ」
周囲の状況をみて強欲 萌音(
jb3493)がひとりごちる。
自分は距離を取った援護に回ったほうが良いだろうか。
それより何より、強欲は今回の相手に嫌な予感しかしなかった。
過去にスライムやカエルに襲われたときのような悪寒が背筋を走り、身を震わすのであった。
「討伐依頼とは聞いていたけど――」
意識を研ぎ澄まし、水と区別がつきにくいクラゲに照準を絞る雫(
ja1894)。
「エロ天魔とは聞いてなかった……」
いつも大剣を振りまわしている彼女なのだが、今日はアサルトライフルで遠距離から攻撃をしていた。
放たれた弾丸は、正確に1匹ずつクラゲを屠る。
雫がこの手の天魔と戦うのは、今回が初めてではない。
「同タイプと何度か戦った経験は伊達では無いんです……」
そう呟きながら、次弾の準備をする。
「近づかなければ醜態をさらす事は無いはずです」
衣服を溶かされたく無いから、遠距離攻撃に徹していた。少なくとも、これだけ離れていれば、返り汁や飛沫が飛んでくることは無いはずだ。
「着衣を溶かす敵ねェ……」
半眼で海を眺める黒百合(
ja0422)。
「きゃはァ♪」と黒い笑いを浮かべたあと、変化の術を使用してから海へ向かう。
しかし、身長が伸びたわけでも、外見が変わったわけでもなく、ぱっと見では、どこも変わっていないように思われた。
若い撃退士たちの中に水着姿の老婆がある。
地元住民でも、ましてや一般人でもない。
なぜなら、その老婆は恐ろしく俊敏な動きで槌を振り回しているのだ。
山から下りてきた山姥などでは決して無い。彼女もまた久遠ヶ原学園所属の撃退士だ。
「困ったクラゲだねぇ」
ハッスル婆ちゃんこと阿東 照子(
jb1121)は、笑顔で巨大な鎚を振り回しながら、息切れひとつせずにクラゲを粉砕し続けた。
開始早々から多くのクラゲが粉砕され、その体液を周囲に撒き散らした。
返り汁を受けた撃退士たちの水着は、少しずつ溶けはじめていく。
火輪の斬撃でクラゲを切り裂いた蓮城は、その返り汁を左肩に浴びた。
「や!? 溶けるっ!」
肩紐が溶解し、水着のブラが緩む。
彼女の巨乳があればこそ水着は隙間無く胸を覆っているが、標準以下の乳であれば色々と見え隠れしていたかもしれない。
「何て破廉恥な、ディアボロなんでしょうか。ふ、服をとか、溶かすなんて……」
アルティミシア(
jc1611)は、朱に染まった顔を両手で覆っていった。ちなみに指の隙間から、その光景はしっかりと見ている。
「全くだ。破廉恥なクラゲだな……」
腕組をする御剣 正宗(
jc1380)。黄金色のポニーテールが潮風に揺れる。
一見するとボーイッシュな女の子然とした風貌だが、これでも立派な男の子だ。
「ボクの裸なんか見ても得はしないぞ……」
やれやれといった感じでため息まじりにいった。
その瞬間、背筋に悪寒が走る視線を感じたのでその方向に目をやると、そこには被害者のひとりの高峰がいて、一瞬だけ目が合ったような気がした。
海を眺めて佇んでいるのは、佐藤 としお(
ja2489)だった。
「なるほど……」
フッとすました笑みを浮かべる。
「この状況、今回の敵は、大量に発生したエロクラゲも然る事ながら、最大の敵はズバリ……」
キラリと瞳が光る。
「クラリン!」
海で戦う仲間たちの着衣は、少しずつ溶け落ち、肌の露出が増えていっている。
しかし、わけもなく太陽光が輝いたり、不自然に水煙が上がったり、肝心な部分の布だけはしっかり残っていたり、この不自然極まりない自然現象こそがクラリンそのものなのだ。
佐藤の思考は、クラリンの考察へと移っていった。
フリル付き白ビキニ姿のペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)は、戦闘に参加するのではなく、砂浜に座ってスケッチブック片手に戦闘を眺めている。
いや、彼女にとって、戦いとは同人誌のネタを集めること。だから、これこそが彼女の戦いなのだ。
「こいつをこうしてこうじゃ!」
なにやらぶつぶつと呟きながら、スケッチブックに魂を描きこめる。
「ふふ……こうしてくれるわ……なの♪」
さきほどは、ラキスケを狙ったかのような男子もいた。
天魔は服を溶かす系のエロ天魔。
ここはネタの宝庫だ。
今、戦わずしていつ戦う!?
ペルルは戦闘風景を繊細なタッチで耽美に改竄しつつ、「えっちすけっちわんだふる!」と呪文のように唱えながら、目を爛々と光らせながらスケッチを続けた。
「海草は衣服に含まれないはず……!」
両手を腰にあて、後光を浴びて登場したのはシエル・ウェスト(
jb6351)だった。
彼女が身につけているのは水着ではなく海草。
昆布やワカメを頭の先からつま先まで器用に巻きつけている。
わずかな隙間からポニーテールがはみ出していなければ、これが人間であると思わないだろう。
場合によっては、天魔と誤認されて討伐されかねない。
しかし、この場では最良の選択かもしれない。
彼女が言うように、海草は海草であって衣服でなはい。つまり、海草に溶解液は効かないのだ。
袋井は、いきなりほぼ全裸に近い格好で、恋人の月乃宮 恋音(
jb1221)と戦っていた。
いや、戦っているふうに見せて、仲間たちのあられもない姿を目に焼き付けている。
「おおっ、目の保養、目の保養!」
クラゲを適当に屠りながらも、意識は周囲の仲間たちにむいている。
「みんなの勇姿は、ちゃんと目に焼き付けておきますよ」
そんなとき、月乃宮が小さな悲鳴をあげた。
見ると、胸に何重にも巻いたサラシにクラゲが吐いた白濁液がべっとりかかっている。
重たい胸部装甲もさることながら、通常サラシで無理やり押さえ込むという無理がたたって、動きが鈍ってしまい、白濁液の射程から逃れられなかったのだ。
サラシは白濁液がかかった部分から溶けちぎれ、サラシの中に無理やり押し込めていた胸の肉厚で一気に弾け飛んだ。
両腕で胸を押さえ、その場にへたれこむ月乃宮。白濁液で麻痺した身体では、とても隠しきれるような物体ではない。
このままでは、あられもない恋人の姿が衆目にさらされてしまう。
「恋音、今助けに行きますよっ!」
咄嗟に動いた袋井の前を、
「待てやコラー! 逃がしはしないよー!」
大鎚を片手にほぼ全裸で走る阿東が駆けぬけた。
思考が止まり、硬直する袋井。
袋井と目が合った阿東は、「いやん」と恥じらうポーズを見せた。
衝撃的な映像を目の当たりにしてしまった袋井。脳内メモリに記録した仲間たちの恥ずかしい映像は、完全に消し飛んでしまった。
神谷春樹(
jb7335)は、クラゲ殲滅よりも女性の被害を少なくすることに重きを置いて行動していた。
とはいえ、数が多すぎて神谷ひとりで何とかできる状況ではない。
ましてや、衣服に染みこんだ溶解液は、砂や水圧でどうにかできるほど単純なものでもなく、むしろ状態が悪化することも多々あった。
「くっ」
小さく呻く神谷。
これではギャラリーを喜ばせるだけではないか。
やはり、女性の被害を少なくする一番の近道は、クラゲの早期殲滅しかなさそうだ。
神谷は意識を切り替える。
「その前に……」
ギャラリーを目視確認。そして、ギャラリーに向けて発煙手榴弾を投げ、砂浜に煙の壁をつくった。
「見ないのがマナーだって分かるだろうに」
ギャラリーのブーイングを背中に浴びながら、クラゲ殲滅に集中する神谷だった。
「へっへーん、俺様の水着は魔装じゃないから全然平気だぜー」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)の姿は、首からしたがずんぐりむっくりとしたロボそのもの。
過去の重傷により、四肢と身体の何割かを義体化していラファル。それらを状況に合わせてモード切替できる偽装をほどこしている。
ちなみにこれは、『水上歩行』モードだ。
彼女は、今の姿を擬装解除水陸両用モード「ラッガイ」と称している。
ラファルは偽装に内臓した各種武装(スキル)で盛大かつ派手にクラゲを撃滅していった。
数十体目のクラゲを屠ったあと、アイリス・レイバルド(
jb1510)は「ふぅ」と小休止をした。
服はかなりボロボロに溶け、際どい状態になっている。
それを腕で落ちないように押さえて肌を隠す素振りをしているが、それは恥じらいからくるものではなく、公序良俗からの行動。
小休止の間、ギャラリーの観察してみる。
男たちの好奇と下心満載な視線、緩みきった表情。向こうは撃退士たちを見世物にしているつもりなのだろう。
「こちらから見るとあちらも相当な醜態を晒しているのだがな」
やれやれという表情でつぶやく。
小休止も終わり、戦闘を再開するアイリス。
ボロボロに溶け落ちた服の変わりに黒色粒子を身にまとう。
これなら、多少服が溶け落ちたところで問題にならない。
「殺す気が無いのなら、殺し尽くすだけだな」
アイリスは、返り汁も気にせず、魔鎌と『十刃強襲翼』でクラゲをバラバラに切り刻みはじめた。
「おーっほっほっほ! わたくし達から目を逸らすことは許しませんわ!」
高笑いと共に遅れて現れたのは、桜井、猫野、アムルの3人だった。
「ほらほらぁ、真打登場だよぉ!」
体型より少し小さめの旧型スクール水着姿でギャラリーを煽るアムル。
胸には『2−B あむる』と書いた白いワッペンつき。
猫野は恥ずかしそうに手のひらで顔を隠している。
「わたくしより目立つなんて、許しませんわ!」
「みんなの視線をこっちに集めただけだよぉ。ここからは、瑞穂ちゃんが本領を発揮す――」
「はぅ!」
アムルは、喋りながら不自然に躓き、クラゲの真っ只中に桜井を突きとばす。
無防備のまま海に突っ伏した桜井は、大量のクラゲにまとわり疲れてしまった。
「……っとっと」
フラフラとたたらを踏んだアムルは、猫野を押し倒すかたちで海に突っ込んだ。
一連の動作、全てが明らかに故意である。
「……あ、ごめぇん」
むくりと起き上がってアムルが頭を掻くと、ギャラリーから一斉に歓声があがった。
3人の着衣は、参戦早々見るも無残な状態になってしまっていた。
桜井のワンピースはずたずたに解け、ビキニは輪郭だけが残り、大事な部分がギリギリ見えてない究極のチラリズム状態だ。
「あぁぁっ♪ み、見てはいけませんわぁっ♪」
仕草で恥じらう桜井の表情は、歓喜に満ちている。
「にゃー!? 水着が!?」
猫野の水着は、既に布切れ状態だった。
「見ちゃダメなのにゃー!?」
慌てて隠す猫野。今の状態でその動きはまずい。
「うう、もしかして全部見られてた……?」
しくしくと涙する猫野の身体から、残った布切れがポロリと落ちた。
「どぉかなぁボク達の戦いっぷり〜♪」
水着が溶けた状態のアムルがギャラリーに手を振ると、歓声と共にカメラや携帯のフラッシュが一斉に瞬いた。
雪室は、この破廉恥極まりない状態で一切の怯みを見せていなかった。
着衣がどんな状態になろうと、彼女の猛進は止まらない。
羞恥心って何? 美味しいの?
つまり、彼女にとっては、そういうものなのだ。
もうひとり、猛進撃が止まらない者がいる。
減るものでもないし、見たければ見ればいい。黒百合はそういうスタンスで戦っている。
折角ギャラリーが集まっているのだから、楽しんでもらえれば良いと考えているくらいだ。
そんな彼女は、着衣が溶け落ちて一糸まとわぬ姿だ。
「ふふふ、局部が一切ないわよォ、これが全年齢対象なのは確定的に明らかだわァ……」
白肌を惜しげもなくさらけ出す黒百合。
「まさに健全ゥ、所謂、超健全空間って奴よォ♪」
戦闘開始前、黒百合は変化の術を使っていた。見えると色々イケナイ部分は、全てマネキンが如くのっぺらにしてしまっている。
戦闘前、黒百合が見せた笑みの正体は、まさにこれだったのだ。
のっぺらボディの少女が口から砲撃を放ち、目からレーザーを発射する姿は、とても人間離れしていてギャラリーたちに畏怖の念を抱かせていた。
犬乃は怒りに燃えていた。
恋人を酷い目に合わせたクラゲどもが許せないのだ。
「ニンジャの力で根絶やしにしてやる!」
そんな彼も頭から足先まで溶解粘液まみれになっていて、着衣も色々と際どい状態だ。
しかし、そんなことで怯む犬乃ではない。
「真奈ちゃん、だいじょ……」
一緒に戦う高峰の様子が気になって振り返ると、そこには来たとき以上に酷い状態で佇む高峰の姿。
仲間(特に男子)のあられもない姿を目に焼き付けんと、自分の状態そっちのけで凝視してた。
「はわわわわ」
「ほへ?」
鼻血が垂れた間抜け顔の高峰と目があう犬乃。
「でも、ボクが守るから!」
最早、何から何を守れば良いのか分からなくなってきた犬乃であった。
米田やフィーナへの攻撃を霊気万象で防ぐ蓮城。しかし、溶解液はどうにかなっても、溶解液を含んだ海の水はどうにもならない。
クラゲの体液が溶け出した海の水は、既にそれ自体が溶解液と化している。
だから、クラゲの攻撃を直接食らわなくても着衣は溶け、肌の露出は増えていく。
「け、ケセランで隠せばっ!」
蓮城は咄嗟にケセランを召喚し、身体にあてる。
大事な部分は、まるで修正されているような微妙な感じで隠れるけれど、絵的にアウトかセーフかは、正直微妙なところだった。
効果的に召喚獣を使っていたのは、ゲルダだった。
「ヒリュウは最初から全裸……すなわち、無敵なのです!」
たしかに召喚獣が溶解液に触れても、溶かされる着衣はない。白濁液にさえ気をつけていれば無問題なのである。
「女の人に対してはなるべく直視は避けなくちゃ……」
藍那は視界に女子が入らないよう、気を使いながら戦っていた。
とはいえ、ここにいる撃退士の大半が女子。
見ないようにするためには、目を瞑るしかない。でも、そんなわけにもいかない。
戦闘に集中できないから、クラゲの攻撃も良く食らう。だから、着衣は既にズタボロだ。
「こ、この程度の攻撃で怯むようでは男がすたる……けど」
しばし考え、冷静に自分の姿を確認する。
「人として大事な物を失うわけにはっ……!」
くっと呻き、蜃気楼を使って一時撤退する藍那であった。
「破廉恥! 破廉恥! 破廉恥! オマエ、ハレンチ! シネ!」
目をバツにして戦槌を振りまわすアルティミシア。
服を溶かされたくなかった彼女は、最初こそ遠距離から狙撃していたのだけれど、既にどれが標的でどれが死骸か分からない状態になってしまったうえ、護衛すると決めた被害者たちが再び入水してしまったことで、自分も仕方なく海へ入ったところをクラゲに囲まれてしまったのだ。
「ひいっ! 近寄られました! 来るな! 来るなっ! きゃ&%○@★¢¥!」
足元からクラゲに這い寄られたアルティミシアは、半狂乱で戦槌を振りまわし、足が滑って転倒したところを多数のクラゲの餌食となってしまったのだった。
●
撃退士たちの恥と汗と涙のおかげでクラゲの数は激減し、討伐も無事完了するかに思われたとき、強欲がクラゲたちの変化に気付いた。
「な、なんか合体してないっすか!?」
魔装を食べると巨大化するという事前周知があったので、だれも魔装は身につけていない。だから、巨大化などあり得ないはずだった。
しかし、そのクラゲは巨大だった。しかも、明らかに周囲のクラゲを取り込んでいっている。
強欲の嫌な予感は的中、フラグは回収されたことになる。
身の危険を感じて後ずさろうとした瞬間、クラゲの触手が強欲を絡めとり、体内へと取り込んでしまった。
半透明なクラゲの中で苦しむ強欲。溶け残っていた着衣はみるみる溶け消えた。
そして、強欲の着衣を全て溶かしたクラゲは、彼女を肛門からひり出した。
「…………」
呆然とする強欲。肉体的には無傷でも、精神的なダメージは計り知れない。
巨大クラゲは4体現れていた。
一番巨大なクラゲには、フィーナと阿東が取り込まれていた。
「フィーナ!」
米田が叫ぶ。
ふたりの着衣をじっくり消化したクラゲは、プリッとふたりを排出した。
米田と蓮城が落下するフィーナを助けるべくビーチ・フラッグのごとくダイビングをした。
水柱が盛大にあがる。
「すまんの、若いの」
最初に立ち上がったのは阿東だった。ほのかに頬が赤い。
その後、何事も無かったかのように大鎚を振りまわしてクラゲ殲滅を再開した。
阿東が去ったあとには、蓮城、フィーナ、米田が仰向けに折り重なったまま目を回して沈んでいた。ちなみに米田が一番上になっていた。
突然の巨大化に不意をつかれ、多くの撃退士がクラゲに取り込まれては吐き出された。
黄昏もそのひとりだ。
しかし、もともと羞恥心というものが理解不能な彼女は、とりわけ慌てることもなかった。
しかし、意思疎通に使っていたスケッチブックは、クラゲの粘液で使い物にならなくなってしまった。
状況変化があってなお、佐藤は物思いに耽っていた。
「全てをさらけ出せ! 等とは言っていない。不必要に出す必要もない、自然な流れでそうなる事を意図的に隠す意味が分らない」
腕組をして完全に自分の世界に入っている。
「健全な青少年の育成の為? 必要以上に抑圧されては精神上健康とは言えないのではないのか? そr……」
物凄いこだわりがあることだけは良く分かった。
「生きて帰れると思わない事です……肉片一つ残さずに滅してあげます」
怒りのオーラを放つ雫。瞳が赤く光っている。
着衣は既に着衣と呼べる状態ではない。
もはや、クラゲに言っているのかギャラリーに言っているのか分からないところが怖い。
とはいえ、小さなクラゲをちまちま斬っているよりは、巨大化してまとめて屠れることは好都合。
ここからは、完全にこちらのターンである。
雫は、怒りに身を任せたスキル全開モードに移行した。
クラゲに取り込まれ、吐き出された月乃宮。
もはや、その見を包む布はない。
「……お、おぉ……」
恥ずかしさでプルプルと震える。そして、恥ずかしさ紛れに放ったコメットは、巨大クラゲの1体を粉々に粉砕した。
飛散した体液は、浜辺まで飛ぶ。
そこには、もうちょっと間近でスケッチしようと波打ち際まで近づいていたペルルがいた。
頭から足の先まで体液を浴びるペルル。
「ギャー俺の水着が!」
水着だけではなく、スケッチブックへの被害も甚大だ。
「この軟体野郎……テメーは俺を怒らせた!!」
ここで本気モードのペルルが参戦することになった。
クラゲに取り込まれたアイリスは、とても冷静だった。
「ふむ」
内部から破裂させたら、どうなるだろう。そんなことを考える。
「迷惑だが別に毒ではないから構わないだろう」
そう自分を納得させ、『黒死鬼焔晶』でクラゲを体内から爆殺した。
結局、巨大化した直後は混乱が生じたものの、細かいクラゲをちまちまと殲滅するより巨大化したほうが倒しやすかったようで、巨大クラゲはほどなくして殲滅されることとなった。
●
日が沈んだビーチ。
昼間とはうって変わって、香ばしいBBQの香りが漂っていた。
「考えていたら、気付いたときには全てが終わっていた、か……」
フッと指先で前髪を上げる佐藤。
「よし、BBQを楽しもう!」
クラリンの何たるかを考えているうちに討伐は終わり、BBQが始まっていた。
討伐任務が終わってすぐ、神谷は女性たちにタオルを配ってまわっていた。
彼のおかげで、女性たちは速やかに肌を隠すことができた。
ギャラリーからはブーイングが起こったけど、そのたびに雫から強烈な殺気を放たれ、次第に大人しくなっていった。
「恋音、獲ってきましたよ」
袋井は、素潜りで獲ったウニやアワビを調理中の月乃宮に渡した。
月乃宮は久世姫と一緒に採れたて海の幸を次々と調理していく。
それでも撃退士たちの食い気には追いつかなかった。
彼女らの横では、シエルが素潜りで獲った魚を適当に捌き、あら汁を作っていた。
「次は、この昆布で出汁をとって……っと」
鼻歌まじりで昆布をぶつ切りにして、大なべに投入する。
「アレ? この昆布、さっき体に巻いていたような……」
そういえば、自分が巻いていた昆布は何処にいっただろう。
「ま、良いか♪」
難しいことは考えず、調理を続けるシエルであった。
「おい、それはまだ焼けてないぜ!」
ラファルは、生焼けのアワビを取ろうとしたキーヨの手を叩いた。
「ほら、こっちなら焼けてるぜ」
そして、焼けてるアワビを無造作に差しだす。
「あ、ありがとう……」
キーヨは、上目遣いで小さく礼をいった。
「ほれ、いっぱいたべんしゃい」
阿東は、食べることよりも若者たちに料理を配ることを優先していた。
皆が自分の孫のような世代で可愛いのだ。
こうしていると、先ほどまでの山姥と同一人物だとは思えない。
撃退士たちは、思い思いの夜を過ごしていた。
波打ち際でしゃがみこんでいる強欲は、お土産になりそうな貝殻を探している。
鉄板の上で踊るようにもがくタコの足をみて、黄昏はビクッと驚いた。
驚きつつも、焼きたての蛸足を一口頬張る。
猫舌の彼女にとっては予想以上に熱々で、ハフハフしながら味わった。
『熱いけど、美味しい』
そう砂浜に書く黄昏。
スケッチブックは使い物にならなくなってしまったけど、意思疎通には不自由ないようだ。
雪室やペルルのようにガツガツ食べる者もいれば、御剣のように上品に食べる者もいるし、仲間同士で談笑しながら楽しむものもいる。皆、和気藹々とした時間を過ごしていた。
いうなれば、彼らは『裸の付き合い』をしたあとなのだ。
あんな天魔を相手にしたあとだからこその団結力ともいえるだろう。
そんな仲間たちを眺めながらアイリスは今日あったことをスケッチにしたためていた。
アイリスは、スケッチに今日の感想を書き添えた。
「うん、阿鼻叫喚だったな」
手帳をぱたりと閉じ、アイリスもBBQに参加したのだった。