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「わぁ、真奈ちゃん、真奈ちゃん、大丈夫?ボクが来たからには、もう大丈夫だから」
犬乃 さんぽ(
ja1272)は、集合場所である遠野たちが襲われた神社へ血相を変えて駆けこんできた。
そして、腕組をして待つ高峰をぎゅっと抱きしめた。
「離せ、犬乃」
「え……?」
冷たく言い放たれて戸惑う犬乃。そんな彼にむかって、遠野が内股走りで猪のように突進してきた。
「わーん、さんぽ君!」
「って、わわわ、遠野先生、ボク、そういう趣味は……っ!!」
「俺が遠野でそっちが高峰だ」
抱きつかれたまま、高峰が冷静な口調でいった。
「えっ?」
犬乃が理解する間もなく、遠野が彼を抱きしめる。
「えぇぇぇぇ、真奈ちゃん!?」
瞳を潤ませ、上目遣いの遠野はコクコクと首肯した。
犬乃がこの事実を受け止めるのには、若干の時間を要した。
(ボ、ボクの愛はこんなくらいじゃ……っ!)
意を決して抱きしめ返す犬乃。
膝を折ってなお、犬乃より身長が高い遠野ボディの高峰が、覆いかぶさるようにキスを迫ってきた。
「大丈夫、ボクが絶対に元にもどしてあげるからね」
恐怖を感じ、さり気なくキスを避けた犬乃は、誤魔化すように彼女の頭を優しくぽふぽふした。
(ごめん、真奈ちゃん。きっ、キスは無理……っ!)
そんな様子をガン見している蓮華 ひむろ(
ja5412)。
キスに至らないふたりを見て、内心で舌打をした。
(でも、遠野先生の見た目な高峰先輩と犬乃先輩のらぶらぶ……アリね!!!)
Rehni Nam(
ja5283)は、依頼人たちを眺めながら、どんな理屈で入れ替わっているのだろうかと考えていた。
だが、そもそも天魔の特殊能力に理屈を求めること自体が間違っているような気がする。 依頼を請け負ったメンバーのひとり、やや小柄な男子生徒は、呆れ顔でため息をついた。
「他人事ではないけど。つくづくなんでもありね、撃退士は」
言葉も仕草もどこか女っぽい。
他人事ではないというのは、彼の中身は暮居 凪(
ja0503)なのだ。
偶然居合わせた男子生徒と身体を入れ替えられてしまい、しかも男子生徒は行方不明。
女子と入れ替わったことに浮かれ、どこかへ行ってしまったのだ。
そんな時に目にしたのがこの依頼。早く自分の身体を取り戻すため、彼女は藁にもすがるおもいでこの依頼を受けたのである。
「ひとまず騒動の原因である猿を捕まえないと話になりませんねぇ」
そう言った澄空 蒼(
jb3338)は、気のせいか楽しそうにみえる。
「その為にお前たちに集まってもらった。正直、俺と高峰だけでは手詰まりなんでな」
「私からもお願いします。もう、この身体でいるのが耐えられない……っ」
威風堂々とした高峰、女々しい遠野。
「落ち着きなさい自分。どんなに気持ち悪くてもあれは高峰さんで遠野先生じゃない」
乙女な遠野の言動を目にするたび、雫(
ja1894)は攻撃的衝動を必死にこらえていた。
(このトオノ先生とタカミネ先輩、ぶっちゃけどっちもキモいなぁ……)
自分も入れ替えられたら、同じように思われてしまうかも知れないので、その前に解決するのが一番だと思うレフニーだった。
何はともあれ、遠野と高峰をこのままにしておくことは、周囲にとっても精神衛生上よろしくない(一部を除く)と思われるので、事態の解決は急いだほうが良いだろう。
「そこで【ミッション・モンキーフィッシング】始動なのです!」
『モンキーフィッシング?』
皆の声がハモった。
「つまり、猿追い込み漁ですね――」
澄空は、自分の作戦を説明した
「猿の追い込みなら、あたいに任せてよ!」
嬉々として名乗りを上げる雪室 チルル(
ja0220)。
「最初は4班ばらばらで捜索して、猿と遭遇したらお互いに携帯を使って連携しながら包囲網を狭めていきましょう」
そういうと、澄空はメンバー間での番号とメアドの交換を提案した。
「猿の能力にだけは気をつけろ」
注意を促す高峰。いや、遠野と書くべきか。
「まあ、あたいならだれに代わっても平気よ!」と雪室。
誰と入れ替えられようと、彼女の行動が猪突猛進であることに変わりはないだろう。
「色々と観察分析したいところだが――」
抑揚のない口調でアイリス・レイバルド(
jb1510)が口をひらく。
「まずは依頼達成が第一だな」
彼女の本懐は観察。好奇心と行動力に溢れた観察狂なのだ。落ち着いて観察することは出来ないけれど、その代わりに自分が貴重な体験ができるかもしれないと期待しているのかもしれない。
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猿を誘い出す作戦は、遠野と高峰が襲われた神社を中心におこなわれた。
猿と遭遇したら他の班と連携をとって、最終的に境内へ追い込むからだ。
ただ、猿の居場所にあてがあるわけではないので、最初はただ闇雲に歩きまわるだけになる。
「ペアでいる所にやってきて術をかけて逃げる……なら」
そのうち、どこかの班が遭遇しそうかなと蓮華。
元凶の天魔を討伐しないとね、と言っているわりに、遠野や高峰の現状を楽しんでいる節がある。
その証拠に、ときおり自分の彼氏が遠野姿の高峰を姉と呼んだり、高峰姿の遠野と犬乃がラブラブしているという姿を妄想しながら、ひとりで含み笑いを浮かべたりしていた。
「こういうので動物と張り合っても仕方ないからな」
山歩きに慣れているアイリスは、周りの景色や周囲の状況をよく観察しつつ、追跡は根競べなのだと説明した。
レフニーは、犬乃とペアを組んでいた。
「召喚獣とも入れ替わったりするんでしょうか?」
召喚した大佐を見上げ、ふと湧いた疑問をくちにした。
犬乃もつられて自分の鳳凰を見上げた。
「どうなんだろうね」
空を舞う2匹の召喚獣が、まるで肩を竦め合うような仕草をみせたのは、気のせいだろうか。
それより、今の犬乃にとって大事なことは、一刻も早く高峰たちを元に戻すことだ。
もし高峰が遠野のままになってしまったら、ふたりの将来がとんでもないことになること間違い無しなのだから。
「普段はあまり感じないけれど……こんなに大きかったかしら」
ふぅとため息をつく暮居。彼女が入れ替わった男子生徒の身長は160cmほどで、つま先立ちをしないと、いつもの慣れた視線の高さにならない。
視線が低くなって特に困るということもないのだが、やはり違和感というものは拭えないのである。
「視界の違いは、すぐに慣れるぞ」
そういったのは、既に入れ替えられて数日が経過している遠野だった。
「それよりも、普段とリーチが違うからな。イメージトレーニングはしっかりと――」
ふたりが入れ替わりトークに花を咲かせていると、澄空がふと足をとめた。
「先生、あれじゃないですか?」
澄空が指差す先、街路樹の枝の上に猿はいた。右手にはステッキ。間違いなくあのディアボロだ。
「ドーモ、イレカエザル=サン。ニンジ――」
「何、暢気なことをやっている! いくぞ!」
礼儀正しく挨拶している暮居の後ろ頭を小突きいた遠野は、逃げ去ろうとする天魔を追う。
「普段通りに戦闘をするけれど――体を傷つけてしまったらごめんなさい」
一応、何処にいるか分からない身体の持ち主に詫びをいれ、暮居は遠野のあとを追った。
澄空もそれに続き、手早く携帯を操作して天魔発見の報告を全員の携帯に一斉送信した
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最初に動いたのは、雪室と雫の班だった。
「猿が居たって」
大剣を展開し、戦闘態勢にはいる雫。猿はこちらに向かってきているようだ。
「OKよ。とりあえず突撃すればいいのよね?」
嬉々として答える雪室。軽いウォーミングアップのあと、愛用の大剣を展開させた。
発見報告があったほうへ向かうと、すぐに猿を見つけることができた。
雪室は、すれ違いざまにブリザードキャノンを放った。
開放されたエネルギーが、まるで吹雪きのように輝きながら猿にせまる。
しかし、猿は直撃寸前で大きくジャンプしてそれを回避した。
「甘い」
滞空中の猿に斬撃を繰り出そうとする雫。
その瞬間、猿の右手のステッキが光った。
『!?』
光に包まれる雪室と雫。
天地のバランスが崩れたふたりは、そのままアスファルトを転げた。
「痛たた……あのサルどこ行った?」
雪室は、ゆるゆると上体を起こした。そして、周りを見回すと目の前に自分がいた。
「あれ? なんであたいが目の前に?」
目をしばたかせる。
「……どっぺるげんがーあってやつ?」
「これが敵の特殊能力……」
雪室の身体と入れ替えられた雫は、ゆっくり立ち上がった。慣れない身体で思うように動けない。
「体がふらついて、動き難い」
何とか気を取り直し、猿の追撃を再開しようとするが、足がもつれて盛大にコケてしまった。
そのあとも、上手く身体が動かず、何も無いところで何度も転げてしまう。
「くっ! これでは、漫画等に出てくるドジっ子ではありませんか」
状況を飲み込んだ雪室は、コケまくっている自分の身体にかけより、頭からウシャンカを脱がして自分の頭にかぶせた。
「こうなれば全力全開で追いかけるよ!」
大剣を掲げる雪室。「あたいに続けー!」と叫んで猪のように猛進をかけた。
「表情が良く変わる自分をみると……」
同じ自分とは全く思えない雫だった。
「こっちに来るみたいです」
「そうみたいだね」
身構えるレフニーと犬乃。
この班は召喚獣を使った立体的な捕獲作戦が展開できる。
召喚獣の視点から見下ろすと、ステッキを持った猿を追う雫の姿と、その後方でやたら転びまくってる雪室の姿がみえる。
レフニーの大佐が威嚇をつかう。
猿の足が一瞬止まった。
その隙に犬乃は猿との距離を一気につめる。
「絶対逃がさないから!」
猿と近接し、呪縛陣を使用した。
展開された結界が猿を飲みこむ。
「キキッ!?」
呪縛から抜け出す猿。
ダメージを与えることには成功したが、束縛には失敗したようだ。
離脱を試みる猿に合わせてレフニーが動く。
犬乃も彼女を支援すべく、鳳凰を急降下させ、猿の針路妨害をこころみた。
猿のステッキが怪しく光る。
大佐がレフニーを守ろうと動くが間に合わない。
光は犬乃とレフニーを包んだ。
召喚獣たちの動きがピタリととまる。
主人から感じる雰囲気が変わり、事態が理解できずに思考停止に陥ったのだ。
猿は、その隙に往々と逃げ去ってしまった。
「……えっ」
自分の身体を上から触ってチェックを始める犬乃。
「……ない」
上半身に異常はみられない。しかし――、
「……ない」
額から流れ落ちる滝のような汗。
男子が必ず持っている懐刀が消失してしまっていた。
「イヌノ先輩とは、後ほどゆっくりお話があります」
笑顔の自分が額に青筋を浮かべて語りかけてきた。
自分が置かれた状態を把握した犬乃。
「事故、事故だもん!」
慌てて言い訳をした。
『えっちぃ思考は控えましょうです』
絶妙なタイミングで澄空からメールが届く。
しかし、それどころではない犬乃だった。
猿の動きを予測して動くアイリス。蓮華と高峰もそれにつづく。
仲間からの報告もあり、猿はすぐに見つけることができた。
常に視界の中に猿の姿をおいて追跡し、隙を探る。
「ひろむちゃん、そこ!」
乙女な遠野に名を呼ばれ、やる気がみなぎる蓮華。
猿の死角から打ち込まれたマーキングは、猿の背中に命中した。
マーキングを打ち込まれた猿は、蓮華たちへと針路を急転回させた。
ステッキからは怪しい光。光は蓮華と高峰を包み込んだ。
「キキッ?」
戸惑う猿。なぜなら、ふたりの身体が入れ替わらなかったからだ。
遠野ボディと入れ替われなかったことを心底残念がる蓮華。
もし、入れ替わりに成功していたら、遠野の際どいプロマイドコレクションを増やせる絶好のチャンスだったのにと。
「なるほど、入れ替わりの上書きは不可能か」
アイリスは、冷静に状況判断をした。
猿はアイリスの頭上を飛び越えて離脱しようとした。
その瞬間、アイリスの十刃強襲翼が猿に襲いかかる。
猿は身体を刻まれたが致命傷には至らず、逆にアイリスの動きが鈍くなった隙に離脱した。
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猿の追い込み作戦は、1時間ほど続いた。
その間に身体を入れ替えられたメンバーは、新しい身体に慣れていき、猿の包囲網は少しずつ狭められていった。
入れ替わりの上書きが出来ないことが知られ、手詰まりになっていく猿。
土壇場で蓮華とアイリスの入れ替えに成功したけれど、新しい身体に慣れた雪室と雫の連携攻撃であっけなく退路を絶たれた。
ルインズブレイドと阿修羅という、入れ替わり対象としての相性が良かったことと、ふたりとも歴戦の勇士だったことが大きな要因だろう。
「あっちこっちで俺が私が僕がわたくしがと老若男女大騒ぎでしたねぇ」
澄空は、嬉しそうにいった。
唯一入れ替わっていない澄空。けれど、周りが全員入れ替わり済みだから、自分が入れ替えられる心配はもう無い。
「散々好き勝手やってくれたわね!」
不敵な笑みを浮かべる雪室。じりじりと猿との距離をつめる。
「覚悟は出来ているんでしょうね……楽に討滅されるとは思わないで貰います」と雫。
既に深手を負っている猿に逃げる術はない。
「でも、これで終わり!」
振り下ろされた雪室の一撃と雫の横薙ぎは、猿の身体を4つに斬り裂いた。
猿を討伐すると、みな元の身体に戻った。
「んー、まあたまには誰かに入れ代わってみるのも悪くなかったわね!」
ケラケラと笑うのは雪室。
「入れ替わりステッキ面白かったなー」
蓮華は土壇場での入れ替わりだったので、あまり入れ替わりを堪能できなかったけど、周りの入れ替わりを見て十分に楽しませてもらったようだ。
「科学室の先生にもこういうの作れるのかなぁ」
仮に作れたとしても、学園側から止められるに違いない。
「対応力と適応力。常に万全が約束されているわけではないからな」
平時と違う状況でも全力を出せるようになる良い訓練になったとアイリスはいう。
元に戻った高峰と抱き合って喜ぶ犬乃の背後に忍びよるレフニー。
「イヌノ先輩、ちょっと良いですか?」
ぽんと肩を叩くと、犬乃はビクンと大きく身体を震わせた。
きっと、彼には「ちょっと面貸しな」と聞こえたに違いない。
「ええ……自分でも理不尽な事をいってるのは判りますし、遠野先生に罪が無いのも分かっています」
遠野に詰めよる雫。
「でも、このモヤモヤした物を晴らす為に犠牲になって下さい」
「分かった、乱捕り稽古の相手になってやろう!」
ガハハと笑いながら、それに応じる遠野。
神社の境内で雫の『乱捕り稽古』という名の八つ当たりが始まった。
その横で、男子生徒だけはひとり状況が飲み込めないでいた。
その男子生徒と入れ替わっていた暮居は――。
「そう――悪い子ね」
額にいくつもの青筋を立てる暮居。
彼女が元の身体に戻ると、まさに銭湯の脱衣所で服を脱ぐ直前だった。
後日、あの男子生徒がどうなったのかは、あえて記載しないでおく。